海神をめぐる物語
[1]海神の鯨
その昔、北の湖の浜辺に鯨の屍が流れ着いた。
鯨は剣のような背ヒレを持ち、白と黒の美しい文様を肌に刻んでいた。
人々はその鯨を海からの遣いとして丁寧に弔い、しかる後に食した。
酒、穀物、菱の実、贄などが、鯨に捧げられたという。
鯨の魂は川を遠く下って海神の元へと帰り、貧しい人々の供物について伝えた。
海神は大いに満足して、湖に溢れんばかりの恵みを与えた。
それから人々は海神と鯨のために、湖の岬に祠を作り、
これまでにも増して深い感謝と祈りを捧げるようになった。
[2]海神の凪
一人の老いた漁師が舟で沖へ出て、貝や魚を獲っていた。
そこへ水底から海神がやって来て、美しい乙女へと姿を変えて言った。
「すぐに漁を止めて、立ち去りなさい」
漁師は海神の命に従って、すぐに小屋へ帰った。
その夜から、凄まじい風が海に吹き荒れ始めた。
波が天を突くほどに荒ぶり、村の舟は残らず流された。
何も持たぬ漁師はひたすらに凪の訪れを祈り、終いには自ら身を海に投げた。
やがて嵐は静まった。
人々は老人の魂を鎮めるために、浜に流れ着いた貝の殻の中から美しいものを拾って、
彼の塚に飾った。
海神は漁師の魂を大きな魚へ変えて、里の海に放った。
[3]海神の雨
また、ある海辺の森に男が住んでいた。
男は優れた猟師であり、兎や狐、鳥などを射て暮らしていた。
ある晩、休んでいた男に、海から上がってきた海神がふと呼びかけた。
男が驚いて浜辺へ出てみると、そこには立派な髭を蓄えた大鯨が横たわっていた。
海神は海へ戻りながら、鯨の髭で素晴らしい弓を作るよう男に言い残した。
男は海神に言われた通り、最高の弓を作り上げ、それで獲った獲物を海神へ捧げた。
海神は存分に恵みを味わい、
夏には森に温かい雨をもたらした。
[4]海神の都
ある兄弟が海へ出た。
上の兄2人は末の弟をひどく嫌っており、ついには弟を、
沖に突き出た岩場に残して自分達だけで帰ってしまった。
そうして弟が途方に暮れていると、一匹の傷ついた獣が流されてきた。
憐れに思った弟は獣を助け、足に刺さった鏃を抜いて、我が衣を裂いて介抱してやった。
獣は丁寧に礼を述べて、弟を海の底の宮へと誘ったが、
弟はそれを断り、代わりに兄たちの魂を海神の下へ招待するよう言った。
それから月日が経ち、弟は岩と化し、
兄たちの魂は海神の都へと召された。
海神は彼らの魂をよく見定めた後、彼らの姿を海藻へと変えて、弟岩の下に育んだ。
弟岩はその藻で多くの魚を育み、
里には一層の恵みがもたらされたそうだ。
[5]海神の宴
飢饉によって死んだ女が浜に埋められた。
その後から雪のように白い樹が生えてきたという。
樹はいつまで経っても花を咲かせることはなく、また、何を実らせることもなかった。
ある晩、里の娘が樹の枝を折って、それ振って踊りだした。
海神は喜び、それに和し、空は冷たく赤く輝き出した。
漆黒の鯨がその下を泳ぎ、
海神の歌が遠く響き失せる頃、豊かな潮が満ち始めた。
海神をめぐる物語