瓶に魅せられた男

大学に通いながら書生をやっているドミトリーは、今日も勉強が手につかず日がな一日街をぶらついていた。普段からよく通う市場も活気付いている。しかし今日は少し違う。市場の片隅に、何かを熱心に磨いている男がいた。ドミトリーは思わず声をかけた。
「おい、何をしている?」男は答えた。
「何って、瓶を磨いているんですよ!」「なぜだ?」「これがなかなか金になるんでしてね!ガラス職人のあたりに持っていくと、買い取ってくれる!」「いつからそんなことを?」「もう半年くらいにはなりますかね?仕事にあぶれて女房に逃げられてから、で!」
勝手にゴミを漁り、売るのは違法であった。いつ捕まってもおかしくない。
「それは違法だぞ?」「法?あっしは一度も法を守ったことも、考えたこともありゃしませんよ!それより、瓶を磨いていると、持っていた人の魂が分かるというか、気持ちがわかるような気がして、なかなか面白いんでさ!」
男は完全に瓶に魅せられていたのだ。
「まともな仕事には就かないのか?」「旦那みたいに頭もよくないし、うだつの上がらないあっしには、これがお似合いでさ!あとは神様のお許しを願うしかないね!」
彼はただ立場の違いに困惑し、返す言葉もなかった。
「さて、あっしはまた瓶を探しにでますよ!」「なら私も、これをお願いしよう。」
彼はスメタナが入っていた瓶を手渡した。
「いいのかい?旦那?駄目なんじゃないのかい?」「構わない。ただ、幸せになってほしいのだ。」「じゃ、ありがたく頂戴しやすかね!」
ドミトリーはその場を離れ、己の知の甘さを、ただ痛感したのであった。

瓶に魅せられた男

瓶に魅せられた男

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-03-16

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