ハンター旅行記

第一話～月夜の始まり(1)～

「……やめ…ろ…」
彼が、喰われている。紅い血が噴き出し、彼の首が地面に転がる。“奴”はゆっくりとこちらを向き、私に大きな牙を向け、その口で私を――

＊＊＊

「おい、お嬢さん、そろそろだぜ」
初老の男の声で目が覚めた。少しうたた寝をするつもりが、ぐっすり眠ってしまっていたらしい。
「よーし、ここだ。ここから先は行き先が違うんでな。じゃあなお嬢さん、達者でな」
「ああ、ありがとう。助かったよ」
「ここが……"トラス"か。」
四方を山と海に囲まれた、青々とした緑が目に優しいところだな……。東洋風建築の、屋根が瓦でできている家が立ち並び、碁盤の目のように区分けされた四角形の街の中央には、ほかの家々の３、４倍ほどはあるだろう集会場がある。沢山の家屋があるが……その割には人の数が少なくないか？民家どころか、ところどころ商店も戸を閉ざしている。集会場もあるし、ここで間違いないはずなのだが……
「おお！アンタがハンターか！」
振り向くと私の倍ほどはあるだろう、大柄な男がこっちに向かってきていた。ガッシリとした体つきの割に柔らかなライトグレーの目。短く刈り込まれた髪と、無精髭はところどころ白くなり始めている。彼の背負っている、身の丈以上あるだろう大剣は、柄は傷が多いが刃こぼれはしておらず、よく手入れされていることが伺える。額の傷は“獣”につけられたものだろうか。
「依頼で来てくれたハンターはアンタのことだな？俺が依頼主のギルだ」
「はじめまして、トレーロ＝ハインケスです。さっそく依頼について――」
「まあそう焦るなよ。まずは宿の確保だろ？案内するよ」
……うん。確かに少し急ぎすぎだったか……。話を遮られるのは好きではないが、おとなしく彼の案内について行く。やはり人が少ないな……いない訳では無いが、なんだろう、怯えているような気がする……。
ギルに連れられて訪れた宿は、東洋風の木造建築だった。ところどころ、壁の塗装が剥がれて瓦には苔がむしていたが、内装は外見とは裏腹に清掃が行き届いており、清潔感のあるしっかりとした旅館になっている。
部屋に案内されてしばらくすると、東洋の「着物」を纏ったホテルのオーナーらしき女性が挨拶に来た。なるほど、東洋のある一族は色んなことをマメにこなす勤勉な者達だと聞いたが、いちいち客に挨拶に来るほどとは(と言っても、やはり客は少なかったが)。軽く設備の説明を受けた後、私たちは武器と鎧一式以外の荷物を部屋に置き、宿を後にした。
「あの、ギルさん、そろそろ依頼の――」
「なぁハインケスさん、腹減ってねぇか？」

＊＊＊

「さて、それじゃあ依頼の件なんだが……」
ギルが依頼の話を持ち出したのは、結局夕刻の、日が傾き始めた頃だった。今は彼の馴染みの武具屋と狩猟道具屋を案内され、装備の点検を受けている間に菓子屋を巡り、本日３軒目の菓子屋で草団子を食べているところだ。……美味しいなこれ。ヨモギを使っているのだろうか、モッチリとした食感に特有の青い香りが鼻に抜ける――
「おい、聞いてるのか？」
「あっ……すみません。どこまで話しましたっけ？」
「今回の依頼は、度々街に降りてくる獣――《ベアウルフ》の討伐だ」
ベアウルフ――確か、大柄の熊のような外見に狼の頭を持ち、５、６頭の群れをなして狩りをする牙獣種、だったか……。なるほど、アイツは昼行性だからこんな時間になってから話をしたのか。しかし――
「新米ハンターには手強いターゲットですが、わざわざ別の街からハンターに依頼するほどではないのではないですか？」
この店で４本目の団子を食べていた彼が、急に顔を曇らせたところを見るに、ただ事ではないのだろう。
「ああ……‘本来は’な。だが、この個体、体長はなんと７ｍ。確認しただけでも２０頭の群れを率いていて、それなりに経験を積んだハンターでも太刀打ち出来ねぇんだ。それに、襲われている村はここから離れていてなぁ、そこにはハンターもいないからどうしようもないって話なのさ」
７ｍ!?記録上では最大でも４ｍだったはず……確かにこれでは厳しいか……。
「対象の住処はここから馬車で３０分ほど進んだところにある渓流だ。それじゃあ……そろそろ時間だな。出発だ」
最後の団子を口に押し込み、武具屋に手入れを任せた装備を取りに行く。
月が紅い、夜だった。

＊＊＊

［この記録は私――トレーロ＝ハインケスの日記である。私は今までにも旅をしてきたが、今回は不可解なことが数多く起こったので、今後の研究資料として、ここに記すものとする。

今から２００年ほど前、まだゲームや電子機器類が昔話ではなく、現実で使われていた時代……地上で暮らしていた人類にある天敵――“獣”――が現れた。奴らは今まで地上の人間が造り上げてきた文明を破壊し、太古からそこにいたかのように、生態系に適応し、馴染んでいった。
生き残ったのは、地上の人間に貶められてきた「地下の人間」だけだった。おかげで人類は半数を生存させたが、地上の文明とは隔絶された彼らが造った文化は数百年前――騎士が戦争をしていた時代――まで退化していた。
そして今から１８年前、私が生まれた。その頃には、地上の人間たちが造っていたものの残骸から、馬車や自治のシステムなどを再構築できるまでに発展していた。そして、新たに〈ハンター〉と呼ばれる、“獣”を狩る者が現れるようになった。］