ウニタくんは銀のホイッスルを吹くと現れる
銀のホイッスルを吹くとウニタくんは現れる。
ウニタくんは、ぼくの友だちである。
ぼくとおなじ十三歳で、ぼくとはちがう中学校に通っているのだと、はじめて現れたときにウニタくんは教えてくれた。住んでいる場所や家族構成は内緒で、趣味については教えても笑われるだけだから嫌だと云う。ものすごく気になるから自分なりに予想してみようと、ウニタくんの持ち物や言動なんかをそれとなく観察しているのだけれど、未だにわからない。なんせウニタくんときたらいつもへらへらしていて、話の内容もどこか真実味に欠けているし、冗談とも思える調子で話すものだからさ。サッカー選手のユニフォームを模したTシャツを着ていたときにサッカーの話をしたら興味なさそうだったし、首にヘッドフォンをかけていたときに好きなアーティストを聴いたら詳しくないと答えるし。とにかく謎が多いウニタくんである。
きょうもぼくは銀のホイッスルを吹く。
ピッ、ピッ、ピッ、と短く切るように吹くと、ウニタくんを呼べる。
銀のホイッスルは昔、おじいちゃんからもらったものだ。おじいちゃんが買って使っていたものではなくて、おじいちゃんも友だちにもらったのだそうだけど、おじいちゃんの友だちが吹いても、おじいちゃんが吹いても、果たしてウニタくんは現れるのだろうか。
「呼んだ?」
と言って、ウニタくんは家庭科室のドアからひょっこり姿を現した。きょうはふつうか、と、ぼくはすこし残念に思った。
ウニタくんはどこからだって現れることが可能だ。家のベッドで寝転がったまま吹いたときは、天井からにょきっと生えるように出てきたし、お風呂場で吹いたときは湯船の中からざばんと上がってきたし、試しにトイレで吹いたときは便器から出てくるかと思ったけれど、そのときは窓から顔を覗かせた。学校の三階のトイレだった。
「きょうも元気かい、ウニタくん」
「ああ、元気だよ。キミは?」
「ぼくも元気だ。きょう、給食がミートソーススパゲッティだったよ。幸せだった」
「はは、キミはそんなことで幸せを感じるのかい。おめでたいやつだね」
放課後の家庭科室で、ぼくとウニタくんはきょうの出来事を語らい合い。
ウニタくんの学校では体育祭の開催が迫っており、一年生の男子は「ハイヒール競争」をするのだそうだ。
ハイヒール競争ってなに、と訊ねたぼくに、ウニタくんは肩から下げていた学校指定らしきショルダーバッグから大人の女の人がよく履いている踵の高い光沢の靴を取り出して見せた。ついでにウニタくんは「履いてみようか」と言いながら、その黒いハイヒールを履いて立ち上がった。
ウニタくんが一歩、二歩と歩く。
かっ、かっ、と床が鳴る。鳴っているのか、鳴らしているのかは不明だ。
踝丈の靴下が実に不釣合いだけれど、ウニタくんのすらりとした細身のからだにはおもしろいくらい似合っていると思った。
似合ってるね、ウニタくん。
ぼくとしては心から褒めたつもりだったのだけれど、ウニタくんは「マジで」と不満げに唇を尖らせた。
ぼくはウニタくんの足元をまじまじと見つめ、
「黒いテカテカって、なんだかいやらしい」
と、率直な感想を述べた。するとウニタくんがどことなく嬉しそうに、「そう?」なんてニヤケルものだから、ぼくはそのあとに何を言ったらいいのかわからなくなって、銀色のホイッスルをピーッと長めに吹いた。
「うるせー」
とウニタくんがけたけた笑う。
ぼくもつられて、声を出して笑う。
ウニタくんの学校って、なんだか変ね。
そう言ったらウニタくんは、キミ、転入しておいでよと誘ってくれたけれど、ぼくはウニタくんが現れる天井やお風呂の中や三階の窓に飛びこめる自信がないから、丁重に断ったよ。
ウニタくんは銀のホイッスルを吹くと現れる