氷砂糖とアマナツとわたし

 親友のアマナツが氷砂糖の虜になって、早一週間が過ぎたのだけど、アマナツは、今日もスナック菓子を食べるように氷砂糖を食べていて、わたしはふと、アマナツから氷砂糖を奪い取ったらどうなるかを実験してみたいと思い立ったのだけど、今、アマナツの手から氷砂糖を取り上げようものなら、わたしはアマナツにグーで殴られるだろうと予想してやめた。
 自殺行為である。
 好きなものを取り上げられたときのアマナツは、ユキオトコよりも怖い。ユキオトコは最近、近辺の山で目撃される体長二メートル以上の毛むくじゃらの大男だ。たまたま雪の日に発見されたためにユキオトコと呼ばれているが、雪の降らない夏にも現れるらしかった。ユキオトコは奇声を発しながら殴りかかってくると聞いて、アマナツに似ていると思った。アマナツも、むかし、大好きな携帯ゲーム機を母親に取り上げられた際に、わあわあ喚きながら母親の顔を殴打したという噂であるが、ふだんのアマナツからはそんな姿まるで繋がらないし、その話はわたしがアマナツと友だちになる前のアマナツであるから、最初はまったく信じていなかったのだが、ついこの間、となりのクラスのイガグリさんにアマナツは大切にしていた「穴に住むライオンに砂をかける少女ソヨリ」という本を破かれ、教室でイガグリさんに襲いかかった。イガグリさんを押し倒し、イガグリさんの頬を左に右に三発と殴打したところを先生に取り押さえられ、アマナツは一週間の謹慎処分となった。イガグリさんの頬が腫れただけで済んだのは幸いだと、わたしが知らない時代のアマナツを知っている子が言っていた。例の、携帯ゲーム機を取り上げられたときは、アマナツの母親の頬骨は折れ、歯も折れて、数日間は何を口に入れても血の味しかしなかったそうである。アマナツってば、シマリスみたいな顔して、まさしくユキオトコではないか。
「あんたも食べる?氷砂糖」
と、自身が抱えている氷砂糖の袋を差し出してくるアマナツは、この頃は氷砂糖をばくばく食べながらゲームの中の男子高校生ミサオにお熱だ。ミサオは学園の王子様だそうだが、わたしからすればただの冷たい男である。アマナツが話しかけても迷惑そうだし、そのへんのブスな女(ブスといっても見た目じゃないの、心がね)みたいに素っ気ないし、何より学園の王子様とちやほやされているくせに王子様らしい振る舞いなど一切していないにも関わらず、表舞台に立つことにまんざらでもなさそうな感じが腹立たしい。なんせミサオは学園の王子様で、生徒会長で、読者モデルでもあるそうだ。
 それよりもユキオトコだ。
 いや、ちがう。
 アマナツの氷砂糖の件だ。まァ、ユキオトコも関係なくはない。
 氷砂糖は果実酒や非常食として使われるそうだが、アマナツにはすっかり常食となっている。
 一週間で氷砂糖中毒者になってしまったアマナツ。
 さらには例のユキオトコを探しに行こうとまで言い出したが、アマナツの好奇心が氷砂糖の食べ過ぎで膨らみ暴走し始めたのかは謎である。今まで色んな捜索隊がユキオトコ捕獲に臨み、無事に帰って者はほんの僅かだ。当然、ユキオトコも捕らえられず。
「氷砂糖をあげれば、どうにかなりそうじゃない」
 こう、ひょいってね。
 そう言ってアマナツは指でつまんだ氷砂糖をひとつ、あたかもすぐ近くにユキオトコが口を開けて待っているかのように、その毒々しい赤紫色の舌と黄ばんだ歯に向かって氷砂糖を投げる仕草をした。
 そんなに簡単にいくもんか。
 わたしは思いながら、せっかくカラオケに来たのだから歌おうとリモコンを操作した。
 アマナツは氷砂糖とミサオ王子に夢中のようですし。
 となりの部屋から若い男の歌声が聞こえるのだけど、ところどころ音が外れているのも気づかないで自分の歌に酔いしれているようで、なんだか笑えることですし。
 そういえばイガグリさんに破かれたあの本、どういう話なの。わたしはマイクを握り訊ねた。アマナツはしばし考える素振りを見せ、それで気味悪くほくそ笑んだ。
「穴に住んでいるライオンと少女ソヨリの異種交流が表向きでありながら、実際は食うか食われるかの水面下の戦いよ。動物とヒトのね。ソヨリは雑食なの。ウシガエルの肉でライオンを餌付けする。ならば、わたしにも出来ると思わない?」
 アマナツってほんと、おもしろい子。

氷砂糖とアマナツとわたし

氷砂糖とアマナツとわたし

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-03-12

CC BY-NC-ND
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