ある日の会話で学んだこと
このお話は、共に過ごしてきたタロットカード達との会話の一部です。
特に心に残ったものばかりを、書いています。
いつもの朝の会話(愚者の正位置)
その日、目覚ましが鳴る前に、私は起きていた。
「主~、起きろって!」
とある人物の、声によって。
彼はタロットカードの一枚、『愚者』のカードである。
私の所有するタロットカードは、全員で78枚。
愚者はそのうちの22枚(一般的には大アルカナと呼ばれる)に所属している。
彼らと会話ができるようになったのは、彼らと初めて出会った日。
最初こそは驚いたものの、こう毎日会話をすれば慣れてしまう。
「はいはい、何? 今日も君のおかげでスッキリ起きれました」
「へへ、だろ?」
愚者は名前に合わないほど元気だ。
いつもこの調子で、私を決まった時間に起こす。
理由を聞いてみると、『早起きは三文の徳であり、朝の限られた心地いい世界を体感してほしいから』だそう。
「…他の皆は、もう起きてるの?」
「正位置組はな!」
これもいつもの事である。
タロットカードには、正位置と逆位置が存在する。
カードの向きによって、意味が逆転してしまうのだ。
例えば愚者の場合、愚者の正位置(今話をしている愚者)の意味は、『挑戦』『発見』など。
逆位置(カードがさかさまになった状態)の意味は、『裏切り』『失敗』などになる。
それによって、カードの人格にも影響があり、一枚のカードに2人といった具合になるのである。
「愚者は早起きなんだね、眠くないの?」
「ん?こっちの世界ではならねえな、カードだし。 自分の世界に帰ったら眠いけどな」
「へぇ、便利だね~」
彼らはそれぞれ、自分の世界を持っている。
私が占いをしたりするとき以外は、自分たちの世界に戻っているそうだ。
カードによって、形は様々。
何度か案内されたことがあるが、いつ行っても不思議である。
「どの世界でも対立は起こるけどな、対立はいいもんだぜ?
自分では気づかない、思いつかない発想が見つかるしな!」
愚者は時々いいことを言う。
それは彼の司る『発見』が影響しているのだろう。
人と関わるから対立が生まれる、そこから人は成長していく。
「人って、一人じゃ生きられないもんね。」
「ああ。 自分じゃない誰かがいるから、人は生きられるんだ。 それを忘れるなよ?」
いつもの無邪気な笑顔で、愚者は私の頭をワシャワシャと撫でた。
いつもの朝、不思議で心地いい時間。
私はこの時間と愚者に感謝をし、朝食を摂るために寝室を出た。
朝食時の会話(魔術師の正位置)
「おはよう主、今日も食パンかい?」
私が朝食として食パンを焼いていると、のんきな声が聞こえてきた。
彼は大アルカナの『魔術師』、何かを生み出すことを得意とするカードである。
「おはようマジシャン、分かり切ったこと毎日聞かないでよ。」
「はは、そうだね。主が朝からごはんとみそ汁って、見たことないや。」
「あれ、ジャムがない…まぁいいか。今日はお砂糖にしよ。」
魔術師はだいたい朝食時に顔を出す。理由は特にはないらしい…
黙々と朝食を摂る私を、何も言わずに見つめてくるだけである。
「…毎日そうやって見てるけど、飽きないの?」
「…ん?飽きないよ♪」
「同じことなのに?」
ふと、魔術師の表情が変わった。先程まで微笑んでいたというのに、今は困ったような顔をしている。
最近になってわかったことなのだが、魔術師は『同じ』という単語が苦手らしい。
「…主、同じ事なんてないんだよ?主は人間なんだから…」
「…?どういう意味?」
「朝は必ず来る。これは確かに同じだよね。でも主はどうかな?昨日の朝と、全く同じだって言える?」
「それはそうだけど…朝食を食べることには変わりないでしょ?」
「行動はね。でも心の状態とか、考えてることは?全く同じこと、全く同じ気持ち?」
魔術師はそれだけを言うと、ふっと笑った。
どんなことでも、変化はある。そう言いたげな目をしていた。
魔術師から目をそらし、私は食べかけの食パンを見つめてみた。
…変化は、分からなかった。
優しい母(女帝の正位置)
「あら、どうしたの?いつもに増して浮かない顔をしているわね…。」
そう言って私に話しかけてきた女性は、少し心配そうな顔をしていた。
彼女は『女帝』の正位置、カード番号は『3』。
その名の通り、彼女は女帝で一国の王女である。夫の『皇帝』と共に、国を治めている。意味は『思いやり・愛情・包容力』で、彼女自身の性格も影響しているが、女性の鏡のような人物である。
「あ、女帝さんこんにちは。ちょっと嫌なことがあってね…聞いてくれる?」
「勿論よ、私でいいならぜひ聞かせてちょうだい。貴女に頼ってもらえてうれしいわ、それじゃあ私の部屋へ行きましょう?お茶でも飲みながら、ゆっくり聞かせてもらうわ。」
女帝の部屋には本がたくさんある。それは彼女が大の小説好きだからである。
特に冒険物語が多く、シリーズごとにきちんと整理され、真新しい本棚に収まっている。それ以外は流石というにふさわしい調度品ばかりで、何度訪れてもキョロキョロしてしまうものだった。
出された紅茶とお茶菓子をいただきながら、私は女帝に話をした。女帝は黙って頷きながら、私が話し終えるのを待っていた。
私が話し終えると、彼女は持っていたカップをテーブルに置き、静かに微笑んで私の頬に手を添えた。
「そう、それでこんなに悲しそうな顔をしていたのね。折角の可愛い顔が台無しよ?貴女には笑っていてほしいもの。」
女帝はいつもいい香りがする。暖かくて優しい、聖母を連想させるような香りだ。
細くて柔らかい指が、私の頬をつんとつつく。
私とは違い、手入れの行き届いた美しい手。それでいて何処か頼もしさを感じる。
「貴女は私の主でもあるけれど、私の娘でもあるのよ?」
「娘?」
「えぇ、私にとって貴女は本当の娘のように愛らしい存在なの。
だから余計に貴女が心配になるの、貴女はすぐに抱え込んでしまうでしょう?
だからね、こうして貴女に頼ってもらえてすごく嬉しいの。
いい主?私には遠慮なんてしないで?私はいつだって貴女に頼ってほしいと思っているのよ。一人で抱え込まないで、せめて私に相談してちょうだい。そうじゃないと少し悲しいわ…ね?」
そう言う女帝は母のような、優しく厳しい表情だった。私はその表情に圧巻され、只々頷くしかなかった。
ダメダメな父(皇帝の正位置)
『皇帝』と聞くと、どんなイメージを抱くだろうか。
国の父と考えられているが故に、威厳を持ち民を従える…そんなイメージが妥当ではないだろうか。
だが、私の近くにいる『皇帝』は…
「あぁ…娘よ。来てくれたのか!待っていたぞ!」
「女帝さんが様子を見に行ってくれって言ってたから…って何よこの散らかった資料は!」
ダメダメな人物です。
彼は『皇帝』の正位置、カード番号は『4』で『女帝』の正位置と共に、一国の王として君臨している。意味は『威厳・偉大・責任感』、正に皇帝の名にふさわしい…。
だが、彼自身の性格からは本来の皇帝のイメージが感じられない。
「ハハハ、娘が来ると思うと嬉しくてな。つい放り出してしもうた!」
「はぁ?!何やってんのよ!そんなことしたら、また女帝に怒られるよ?!私も手伝ってあげるから早く整理しよう!」
女帝さん曰く、私が来るといつもの威厳が消滅してしまうらしい。
それだけ大事にされているということなのだろうが、一国を治める長としてそれはいいのだろうか…。
「娘は父想いなのだな、関心関心!これ程良い娘を持てて、我は幸せぞ!さぁ、その愛らしい顔をもっと近くで見せておくれ!」
「その前に資料の整理!これ今日までって書いてあるじゃない!急いでやらなきゃ女帝さんに怒られるでしょ?!口よりも手を動かす!」
私が言うと、皇帝は渋々作業に取り掛かった。時折私の方をちらりと見ては、沈んだ表情で作業を再開する…これの繰り返しだ。
嗚呼、何て効率の悪い。これではいつ終わるか分かったものじゃない…
「はぁ…皇帝さん。終わったらいっぱいかまってあげるから、頑張って。」
「…!!本当か!?噓ではないな…?よし、この課題終わらせて見せようぞ!」
流石女帝さん直伝の秘技、効果は抜群だ。
皇帝はさっきのやる気のなさはどこへ行ったのやら…突然やる気を出して作業に取り掛かり始めた。その調子なら今日中に終わるだろう。苦笑しつつも何処か憎めない父親の背中に、私は励ましの声をかけた。
恋愛相談(恋人の正位置)
「主、ちょっといいかしら?」
身支度を済ませ、これから何をしようかと考えていた午後。
恋愛のエキスパートとも呼ばれている、『恋人のカード』さんに話しかけられた。
「ん?どうしたの?」
「貴女、いつになったら恋愛をするの?」
「え?」
キョトンとする私に、恋人は不服そうにこちらを見ていた。
彼女なりに、私の事を心配してくれているようだ。
恋愛のエキスパートとしては、主である私が恋をしていないことに、不満を抱いているらしい。
「急に言われてもな~…今はいいよ…」
「何言っているの!恋愛は乙女にとって重要なのよ?恋愛はね、女性を強くもするし女性らしくもするのよ?」
恋人はぐいっと顔を私に近づけ、力強く言った。
流石は乙女の鏡、隅々までお肌の手入れがなっている。
しばらくその顔に見とれていたが、当の本人はくどくどとお説教をしている。
「…黙っていたら綺麗なのに…」
「何?私は主の事を心配しているから言っているのよ?どんな女性だって、恋をすればきれいになれるの。嫌なことがあっても、愛しい人の存在だけで、名前だけで頑張ることができるのよ?乙女の努力の力は強いんだから…」
「それはそうだろうけど…恋人は昔、どんな恋愛をしていたの?」
「…それはもう、たくさんの恋愛をしてきたわ。許されない恋も、叶わない恋も…でもね。恋をしてよかったって、どの恋もそう思えた。次の恋は、もっと幸せになって見せるって思えた。だから私は満足よ。」
そう話す恋人の顔は、先程まで見せていた厳しい顔ではなく、何かを懐かしむ顔に変わっていた。
彼女の恋愛話を聞いていると、恋愛をしたいと不思議と思ってしまう。
そう簡単にできるものではないし、疲れることも多いけれど…それでも不思議とワクワクするのである。
「いい?分かったら、早くいい人を見つけなさい。そうしたら私が、その人との未来を見てあげるわ♪」
「はぁ…それが楽しみで仕方ないからでしょう?」
彼女は強引なところもあるが、それでも憎めない。
彼女はいつだって、私の人生の先輩なのだから。
大好きないつもの主(死神の逆位置)
「むぅ…」
「あの…死神くん?いい加減離してくれないかな~?」
それはある土曜日のお昼だった。『死神』の弟でもある『死神』の逆位置が、何故か不機嫌そうに私に抱き着いてきた。
理由を尋ねても、何も答えない。ただ不機嫌そうにしているだけだった。
「…どうしたの?機嫌悪そうだけど…」
「…ねぇ、いつになったら主に戻るの?ずっと待ってるんだけど…」
「はい?」
ようやく口を開いたかと思った矢先、彼は理解不能なことを言った。
私はますます困惑し、どうしたものかと考えていた。
「あの…いまいち意味が分からないのだけれど…」
「そのままの意味だよ。早く主に戻ってよ。」
「だから…私は私だよ?」
何度もそういうが、彼は納得しない。
離れるどころか、抱きしめる力が強くなっている…正直痛いくらいだ。
いったい彼は、何をしたいのだろうか…?
「違うよ、今の主は主じゃない。僕の嫌いな主だよ!僕は大好きないつもの主に逢いたいんだ!」
「へ?どういうこと?私はいつも通りだよ?」
「全然違うよ!だって…笑ってないもん。また無理してるんでしょ?」
彼は悲しそうな顔を浮かべ、私を抱きしめる力を少し弱めた。
確かに彼の言う通り、最近の私は笑えていないし、多少は無理をしていると思っていた。
図星を言い当てられ、返事に困っていると、彼はぐっと顔を近づけて笑った。
「へっへ~ん♪図星でしょ?主の事は何でも知ってるんだよ?…無理してる主は嫌だよ。僕は大好きな主と休日を過ごしたい。」
「…ごめん。ちょっとしばらくひとりにs…」
「だ~め、また一人で泣くつもりでしょ?それとも兄貴のところに行くの?それならもっとダメだよ♪今日くらい、僕の前で泣いてよ。子供っぽいからって、あまり僕を見くびらないで?(ニヤ)」
私の心を見透かしていたかのような口ぶりに、何も言い返せない。
観念して、その日は彼の腕の中で静かに泣いた。
今まで溜まっていた分が、すべて流れていくような気がした。
対話(女帝の正位置)
「おはよう、女帝さん」
「あら、おはよう主。今日も来てくれたのね?嬉しいわ」
女帝さんは、包容力があり母親のような存在である。私を娘のように可愛がってくれたり、時には叱ってくれたりする。
「今日は何の話を聞かせてくれるの?」
「ふふ、そうね……何がいいかしら?」
女帝さんはよく、自分の経験した話を聞かせてくれる。タロットカードには、それぞれカードになる前の記憶があるらしい。中には話したがらないカードもいるが、彼女は比較的何でも話してくれる。私もその話を聞くのが楽しみで、毎日決まった時間に彼女を訪ねるのだ。
基本的に女帝さんは自分の世界にある部屋で、その世界にしか存在しない小説を読んでいる。その多くは冒険ものの話で、シリーズごとに整理されている。
「女帝さんは、冒険が好きなの?」
「?」
「だって、この部屋にある本の殆どは冒険ものでしょう?」
「ふふ、そうね。冒険は好きよ、ワクワクするもの」
整理された本棚を眺めながら、彼女は嬉しそうに答える。その横顔はいつもの凛とした女帝さんではなく、幼い少女のようだ。
「冒険ってね、いろいろな場所に行くでしょう? その場所でしか体験できないことが、体験できるのっていいと思わない?」
「冒険は危険がつきものだけどね」
「それがいいのよ。危険を味わうからいいの。自分の考えだけでは、どうすることも出来ない事があるって実感できるでしょう? 固定概念や常識ってね、結局は人が作ったものだけど、冒険は、人の世界にはない新しい常識や方法を見つけることができる。それって、凄いことだと思うの。そうやって、世界を知っていけるんですもの。飽きが来ないじゃない」
女帝はふと、私を見つめ笑みを浮かべた。そっと手を伸ばし、私の頬に触れる。女帝から優しい温もりが伝わった。
「貴女も、世界を知りなさい。貴女の周りはまだ、広げられるわ。広い心と、目を持ってね」
「……うん」
優しく、どこか力強い言葉。私はただ、黙って頷くことしかできなかった。
本音を言える仲(死神の正位置)
ある日の朝。
いつも通り愚者に起こしてもらい、朝食を摂ろうとリビングに向かうと、珍しい人物がいた。
「あれ?おはよう。こんな朝から来るなんて、珍しいね…」
「…おはよう。今日は仕事が早く終わったんだ。」
彼は『死神』、名前の通り生と死について詳しく、比較的真面目な男性だ。
彼の住む世界における仕事をしており、この時間帯は彼にとって睡眠時間に充てられているのである。
そんな彼がこの時間に顔を出すのは珍しい。何か急な用事でもあるのだろうか…
「そうなんだ。でも疲れてるでしょう?ちゃんと休まないとダメだよ?」
「……。」
「ただでさえ、無理ばっかりしているんだから…って、聞いてる?」
何故か彼は、切なそうな表情を浮かべている。
私には、何故このような表情を浮かべるのか理解できなかった。
「…だから、休みに来たんだ。」
「…ここに?でもここだとちゃんと休めないでしょ?ベットとかで寝たほうがいいと思うんだけど…」
「私は…主との時間が一番休まる。」
「え?」
驚いて彼の顔を見ると、どことなく赤い。
どうやら照れているようだ。いつもはあまり意見を言わないのに、今日はやけに素直だ。
「主には…正直に気持ちを伝えたい。主だから、伝えたいんだ。信用しているから…」
「し~くん…可愛い♪いいよ、じゃあ一緒に過ごそう!」
「か、可愛くなどない!私は男だ!…いいか主、本音は自分が心の底から信用できる者にだけ伝えろ。逆に言えば、本音を話してもらえるような人になればいい。お互いが本音を言い合える仲になったとき、本当の友情が生まれる。それを見抜くのは、難しいだろう。だが、主ならばわかるはずだ。…私は主を信じている。…これが私の本音だ。」
死神はそう言って、恥ずかしそうに眼をそらしていた。普段そんなことを言わない分、その言葉は余計に重要であるように感じた。
目をそらした死神に軽く微笑み、その日は一日死神と一緒にいると伝えた。
彼は嬉しそうに、優しく私を抱き寄せた。心が、温かくなった気がした。
引っ込み思案な彼の忠告(塔の正位置)
「ごめんなさい…ごめんなさいっ…」
「はぁ…またか。」
ある日の夕方、私は泣き虫な彼を慰めていた。
彼は『塔』のカード、『崩壊』『絶望』などを意味するカードである。
別名『暗示カード』とも呼ばれ、彼が出ることで先に待っている試練を知ることができるのである。
しかし、彼は勘違いをされやすく、彼が出ると不幸になると思われがちなのである。
そのせいかは不明だが、彼の性格は引っ込み思案である。
「塔さん、どしたの?今日は何を見たの?」
「主っ…ごめんなさいっ…!」
「謝らなくていいから、どうしたの?」
「僕のせいでっ…また誰かが不幸になってしまう…ごめんなさいっ…」
彼は時々、見知らぬ人物の不幸を察知してはこうして自分のせいにする。
それをなだめるのが私である。
「塔さん…塔さんのせいじゃないんだよ?塔さんは、その人に起こることを誰よりも早く知ることができるだけ。」
「でもっ…僕には…何もできないっ…!」
「塔さん。塔さんはカードであって、人間ではない。だから何もできなくて当然なんだよ?でも塔さんには、伝える力がある。私たちには分からないことが、分かることができる。それってすごいことだと思う。塔さんがいるから、危険がいち早くわかる。対処方法が分かる…。だから、塔さんは自分を責めないで?逆に誇りを持ってほしい。それは塔さんにしか出来ない事なんだから。」
「僕にしか…?」
「うん。私はね、塔さんにいてほしい。他の人が塔さんを嫌っても、私は塔さんが好き。塔さんは何回も、私の事助けてくれたでしょう?それが何よりも嬉しかったんだよ?ほら、この前なんて命がけだったじゃない?私が体調を壊して、カードさんたちとリンクが取れなくなったとき…塔さんは命を懸けて私に必死に呼びかけてくれた。四六時中私に呼びかけてくれてた。力がなくなりかけて、自分が危ない状態になっても…ずっと呼びかけてくれてた。そのおかげで、私は気づけたんだよ?…ありがとう。」
私が伝え終わると同時に、彼は子供のように泣きじゃくった。不幸になる人よりも、それを知っていて何もできない彼が一番辛いのだ。
自分を責めることしか出来ず、悔しくて苦しくて…彼は誰よりも苦しんでいる。
「僕…主のこと、守れるかな…?こんな僕でも…っ…守れるかな?」
「うん、守れるよ。塔さんだから。塔さんなりに、私を守って。私も塔さんを守りたい。」
「…うん。僕、これからも伝える。伝えることしか出来ないけど…それでも伝える…」
「命を懸けるのはだめだよ?」
彼は泣き虫だけど、私の大事なカード。
いち早く危険を知らせてくれる、重要な『暗示カード』。
だからどうか、彼を嫌わないで。
主依存症(塔の逆位置)
「主…みぃつけた♪」
ある日の朝、私の日常はある人物のせいで非日常と変わってしまった。
その人物こそが、『塔』のカードの逆位置である。
彼の性格は一言でいうなら、『ヤンデレ』という言葉が似合うだろう。
「あの…近いです。あと痛いので離してくださいませんか?」
「ヤダよ。離したら主また逃げるでしょ?だから逃げないようにこうして持っておくんだぁ♪」
「私は物じゃないです。」
早朝にたたき起こされ、何も言わずに追いかけまわされた私は、もはや怒る元気もない状態だった。
その原因を作った当の本人は、涼しい顔をして私の腕をつかんでいる。
一体何が目的なのだろうか…。
彼は出会った当初からこのような性格で、最初こそは戸惑っていたが、今となってはもう慣れてしまった。
「ねぇ主、今日は誰に穢されちゃうの?」
「誤解を招くようなことを言わないでください。今現在貴方に束縛されて、誰のところにも行けないんですけど…」
「はは、そうだね。これで主は誰にも穢されないね♪嬉しいなぁ~、あいつにも穢されない♪」
「…あいつって?」
私が訪ねると、彼はニヤリと怪しく笑った。
その顔を見て、私の脳裏にある人物が思い浮かんだ。
彼は他のカードと仲が悪い。(恐れられているため誰も近づかない。)
そんな中でも、正位置の塔とは切っても切れない縁があるらしく、彼は人一倍正位置を嫌っていた。
理由を聞くと、『うじうじした感じがウザい』とのことだった。
「いい加減離してください…」
「ダメ♪今日はずっと一緒にいてもらうよ?」
相変わらず人の話を聞かない子だと思いつつ、私は半ば諦めていた。
こうなった以上、私にはどうすることもできないし、誰にも彼を止めることはできないからだ。
彼の異常な執着は、今に始まったことではない。
「はぁ…今日の予定が狂っちゃった…」
「えへへ♪人生なんてそんなものだよ、決められた道を辿るだけ。どんなにこうしたいって思っていても、元の道に従うしかないんだから。」
「貴方に邪魔されることも、決められた道だと?」
「そう。僕は今まで色んなものを見てきたけど、僕の手元に残ったものは何もない。大事にしたいって思って持っていても、嵐が来て何もかもなくなっていくように、手元から消えていく。これが僕の決められた道だから、受け入れるしかないんだ。だから僕は、奪われてしまう前に大事にする。これ以上ないってくらいに大事にするんだ。例え奪われてしまっても、手元に残らなくても…頭には残るようにね。」
彼は何処か悲しそうに言った。
彼の意味が関係しているのだと気づいたのは、それから少し後の事だ。
優しい悪魔(悪魔の正位置)
「おいブス、何してんだ?」
カード達は基本的に主を尊敬し、主を慕っている。それは彼らと生活をしていく中で実感することだった。
しかし…彼だけは私を貶す。それがいいのか悪いのかは、分からない。
「はぁ…何?ナルシスト」
「んだよナルシストって…俺がイケメンなのは決まってんだろ?だからナルシストとは言わねえだろ!」
「自分でイケメンって言っている時点でもうナルシスト決定だよ。いい加減認めたら?まず性格の時点で大抵の女の子はドン引きだね。」
「はぁ?ブスには言われたくねえよ!お前は一目でドン引きレベルだろ!」
彼の名前は『悪魔』、その名の通り彼は悪魔だ。顔はいい方だと思うが、性格が残念すぎるため他のカードからも嫌悪されている。
彼自身も他のカード達を嫌悪しており、滅多に口を利かないのだ。
そのためか、彼は私にばかりちょっかいをかけてくる。最初こそ嫌だったが、今はもう何にも思わなくなった。
どちらかというと、一人っ子の私にとって、彼の存在はかなり嬉しい。兄弟姉妹がいたら、毎日些細なことで喧嘩をして言い合いをするのだろうか。
「ひどっ…そんなにひどい顔してる?」
「鏡が割れる勢いだな。」
「……そっか、そうだよね。まぁそれは私も納得してるから大丈夫。」
「………。」
私は彼にとってどんな存在なのだろうか。主だとは思われていないのは目に見えているが、だとすると何なのだろう。
邪魔な存在だと思われていたら、それはそれで悲しい…。
「ねぇ、デビちゃんにとって私ってどんな存在?栄養源とか?w」
「…それも一理あるな、現に奪ってるしな♪」
「一理あるって…それだけじゃないってこと?」
「俺はお前の事、好きでも嫌いでもねえよ。」
「え!なにそれ~どういう意味さ。」
好きでも嫌いでもないということは、どうでもいいということだろうか。言い換えるならば無関心、一番悲しいものではないか。
流石に落ち込んだが、何とか隠した。
「好きとか嫌いとか、何基準が分かんねえだろ?人の価値観は面倒くせえからな。それに、言葉の証明なんざ俺達にはいらねえだろ?一緒にいたくねえなら一緒にいねえし、話したくねえなら話さねえ。それでいいじゃねえか。」
彼は時々まともで、カッコいいことを言う。抜け目のない、憎めない奴だ。
いつも悪口を言う癖に、私が悪口を誰かから言われると苛立って、挙句言った相手の未来を変えようとまでする。
落ち込んでるときは黙って横に来て、決まってこう言う。
「泣けよ、今は俺しか見てねえんだし。情けねえ面は見慣れてっから、今更驚かねえし引かねえよ。お前だって俺にだったら見られても平気だろ?」
口も性格も最悪級、だけど心は神級。
正真正銘の、『悪魔』だ。
調和の意味(節制の正位置)
節制と聞くと、何を思い浮かべるだろうか。
某サイトによると、欲望におぼれて度を越すことがないように、適度につつしむこと。
しかしながら、私の身近にいる節制は、こんな生易しいものでは決してない。
「今日の講義は『欲』について。」
「また講義…?」
「またとは何…?これしきの事で自分のことはおろか、他人の事を理解したつもりでいるというの?」
「いえ、失言でした申し訳ございません。」
「わかればよろしい。」
辞書に書かれているような言葉の意味よりも、かなりスパルタな気がするのはきっと気のせいではないだろう。
彼女の名は、『節制』の正位置。カード番号は『14』。
主な意味は『平凡な日々・調和・平和主義』などであるが、本人の性格はその正反対である気がしてならない。
カード本来の意味と性格の不一致は、そこまで珍しいことはない。(少なくとも私の周りでは)
然しながら、ここまで差があると心配にもなる。
「では主に問う、窮地に立たされた人が優先するのは何?」
「窮地に…?うーん…。」
「設定を加えましょう、周りの人から優しいと評価されている人が、窮地に立たされた時…何を優先すると思う?」
「周りの人…かな?」
「甘いわね、そんな認識ではいけないわ。その場合は葛藤が生まれる、他人か自分か。天秤にかけるの。」
「え、でも普段は優しいって評判の人なんでしょう…?」
「自分が窮地に立たされているときに他人を優先できる人はそうそういないわ、悲しいけど。」
彼女はよく、調和とは何かを問うてくる。これも一般的に調べると、全体(または両方)が、具合よくつりあい、整っていること。そのつりあい・整い。
しかしながら、世の中はその正反対に回っているような気がする。目に見える紛争もそうだが、目には見えない憚りもあるだろう。
それらを踏まえた上で物事を見据えると、今の世の中は不可解なことだらけだ。
「言葉にするのは非常に簡単なこと、でもそれぞれに思い描いていることは全く違う。問題は視点を誰に充てて考えたときに何が起こるのかよ。」
「じゃあ…他人から見たその人、仮にAさんとして。Aさんは普段から人にやさしい人だから、自分たちの為に動いてくれるだろうと考えている…。ということは…。」
「いい観点ね、そう。その人たちが優先しているものは自分たちとなるわね。じゃあAさんはどう?」
「自分…つまりAさん自身が窮地に立っている状態だと、人のことを考えている余裕もないはず。寧ろ誰かに助けを求めるだろうし…そうなると、Aさんも自分を優先してしまう…。」
「そうね、勿論人によるけれど。おおよその人はそう考えてしまうでしょうね。」
人間は欲の塊を抱えながら生きている。マズローという人が解明した、人の中にある欲はまとめると五つ。
自己実現欲求・承認欲求・社会的欲求・安全欲求・生理的欲求と言われている。
人はそれらの欲が満たされた時幸せを感じ、満たされなかったとき不幸を感じるのだろう。
しかしながら、節制さんは別の観点を持ち合わせているようだ。
「調和の取れた状態というのは本来、自分の欲が満たされている状態で、それを脅かそうとする人もいなければ、周りの人たちも満たされている状態であることを指すのかもしれないわね。」
「それってかなり難しいわよね…?」
「そうね、だから人には理性というものが存在するの。己の欲を抑制することができる力、それが理性だと私は思うわ。」
ところが、世の中はその理性の力比べをしているようで、理性の強いものが欲の抑制を無意識に強いられ、理性の弱いものがあふれかえっているのだとか。
故に『理不尽』だと思ってしまう人たちの中には、理性の強い人が多いことがあるのだという。いくら理性があるといえど、その範囲や力は人によってさまざま。
さらに言えば、その理性の強さを主張して最終的に己の欲を満たそうとする人もいるだろう。
「じゃあ…平和っていったい何なんだろう…。」
「一般的には争いのないこととして取り上げられているみたいだけど、実際は間接的に争いが起こっているわよね。それで平和だというのだから、勘違いも甚だしいところだわ。」
「人ってそう考えると、罪人みたいだね…。」
「前にも言ったでしょう?人は前世で犯してしまった罪を償うために生きるのだと。だから苦しいことの方が多いの。だけど、その中であったとしても、自分の本質を見失うような人にはなってほしくないわね。」
「本質って?」
「本当の意味での調和を求め続けることよ、どういう形であれば調和がとれるのか。それを日々追求していくことが重要だと思うわ。私とあなたのようにね?」
「それって…カードさん達と私との関係性も…?」
「そうよ、私たちは人ではない。でもこうして対話をしたりする事でお互いを知っていくことができる。お互いにとって良い環境とは何か、それも話し合うことができるわ。」
特に人と人なら、私達との会話よりも身近にあるでしょうから。そう節制は続けた。
この世を生きるすべての人の大きくて複雑な課題であると、しみじみと実感をするのだった。
僕が見ている世界(吊るされた男の正位置)
「主ちゃん、相変わらずだね。」
「こんにちは…ふんぬ~…!」
「ははは、僕に合わせてくれてるのかい?面白い子だね。でもその体制…辛くないかい?」
「ふんぬ~…ごめん首が痛い。」
そう言うと彼はおかしそうにお腹を抱えて笑った、吊るされた状態で。
彼の名前は『吊るされた男』の正位置、カード番号は『12』
主な意味は『試練・戦い・壁にぶちあたる』など。
彼は名前の通り、吊るされている。四六時中吊るされた体制だ。
そんな彼と話す時、そのまま話しかけていいものか迷うので、先程のように逆さまになって話しかけたりするのだが、長くは続かない。
それが彼にとっては笑いのツボのようで、毎回するたびに笑ってくれる。これは私なりの彼の息抜きになればいいなと思ってしていることだ。
「本当に主ちゃんは面白いね、はははは!」
「だって…その体制辛そうだから。」
「ありがとう、でも僕は自分の意志でこの格好をしているんだ。昔僕は大罪を犯して、いろんな人を傷つけてしまった。こんなことでは報われないのは知っているけれど、そのことを忘れないようにしたいからね。」
「そうだったんだ…。」
「ふふ、主ちゃんは優しいんだね。今までの人はどんな大罪を犯したのか根掘り葉掘り聞いてくるのに…。」
「その事件の被害者の方への冒涜行為はしたくないから…興味本位で聞いていいようなことでもないし。」
そういうと、彼は目をぱちぱちさせ、やがて優しく微笑んだ。
「そう言えば…前に吊るされた男さんにはこっちの世界とは別の世界が見えるって言ってたけど…。」
「嗚呼そうだよ、主ちゃんのいる世界も見えるけどもっと別の世界をいつも見ているんだよ。例えば世界のすべてが茶色い世界とかね。」
「茶色…?全部が茶色いの?」
「そうだよ、その世界ではそれが普通。その世界の住人はちゃんと自分のことも他人のことも識別して生きているからね。」
「不思議…どうやって識別しているんだろう…。」
「他にも、時間が逆に進んでいる世界とか、歩き続ける世界とか…世の中には色んな世界で溢れているんだってことが実感できるんだよね。」
彼は逆さまに世界を見つめているからなのか、私達には見えない世界が見えるらしい。
聞けば聞くほど不思議で面白いが、その世界にとっては全て当たり前のことのようだ。
「主ちゃんの世界でも、常識だと思われていることがあるだろう?でもそれも国が変われば当たり前じゃなかったりもするし、そっちのほうが僕は不思議だと思うけどなぁ。」
「言われてみれば…人種が違ったりするだけで全然違うもの。」
「だからといって、自分が思う決まり事とか当たり前だと思っていることが必ずしも正しいとも言えないしね。」
宇宙のなかにある地球という惑星の中に世界があり、各国があり、国の中にも都道府県や州があり、そこでも各地域があり、個人がいる。
それと同じように世の中にはいろんな世界があるようだ。
「みんな違うからこそ、派閥があったり問題が起こったりするわけだけど…共通するものだってあるよね。」
「共通するもの…?」
「『今、この瞬間』を生きているということだよ。主ちゃんたちは今を生きている、過去の人でも未来の人でもない…今この瞬間を生きているんだ。その共通点があるからこそ、人同士は繋がれる。」
彼の言葉は時々悲しい。違いだらけの中に一つだけでもある共通点を、私達は気付かないふりをして、自分の国や地域の決めごとを武器に他者と争いをしているのだろうか。
大罪を犯してしまった彼だからこそ見つけられた、人との派閥の中にある共通点。その共通点が今後起こるであろう問題に、少しでも良い影響をもたらしてくれればいいなと切に思った。
女王の言葉(女帝の逆位置)
普段とても親身に接してくれる、女帝さん。
そんな女帝さんには、お姉さまがいる。
きっと姉妹そろって親身なのだろうと想像された方、甘いですよ。
「くだらないわね、捨ててしまいなさい!」
女帝さんのお姉さまは、非常に横暴な上に我儘な女王様である。
彼女の一言と気分で、全ての事柄や決まりが覆される。
「女王様、こんにちは。」
「あら、誰かと思えば…無能な少女じゃないの。私の機嫌を伺いに来たのかしら?」
「無能なりに貴女の意見を聞きに来ました、お話聞いてもらいます?」
「あら、私を頼るとはいい心がけじゃない、気分がいいから聞いてあげるわ。」
そんな横暴な彼女だが、気持ちの良いくらいにスパッと嫌なことを切ってくれる。
この日も彼女に聞いてもらいたい話があり、尋ねてみたのだがタイミングが良かったようだ。
「さぁ、聞こうじゃない。無能な少女は高貴な私にいったいどんなくだらない話を聞かせに来たのかしら?」
「聞く前からくだらないって決めつけるところが清々しい…。まぁ、確かに女王様からしたら、全部くだらない話ではあるか…。」
彼女は決して偽りを言わない。全て彼女がその時に思った事感じたことを、包み隠さず話してくれる。
妹の女帝さんも話は聞いてくれるしアドバイスをくれたりもするが、やはり私に遠慮してかオブラートに包んで話してくれる。
それがありがたいときもあるが、遠慮されていることに疎外感を覚えてしまう時もある。
「ふぅ~ん、やっぱり無能な少女が持ってくる話はどれもくだらない話ばかりね。退屈しのぎにもならないじゃない。」
「ははは、すみませんねこんな話ばっかりで…。」
不思議と彼女にくだらない話だと言われても、嫌な気がしない。それは心の何処かで自分も同じことを考えているからなんだと最近は思う。
話し始めた当初は、真剣に聞いてくれない彼女に怒りを覚えたが、その直後にスッキリした気持ちになった。
その理由を探るべく、懲りずに彼女に話をしに行くようになり、やっとわかったのだ。
本当は、くだらない話だと切り捨ててほしかったのだと。こんなことでもやもやする時間がもったいないと、別のことに時間を使いなさいと、叱ってほしかったのだと。
そんな私の思いにこたえてくれるのは、彼女しかいないのだ。
何の遠慮もない、建前もない。ド直球に自分の意見をぶつけてくれる、そんな存在。
「あら、今日はずいぶんと物分かりがいいようね。やっと分かってきたのかしら?」
「貴女にしごかれているおかげで、何となくね。」
「無能が有能になるのも、そう遠くはないかもしれないわね。勿論私には到底追いつかないだろうけど。」
「その時は召使として雇ってあげてもよくてよ、でしょう?残念だけどその時にはやりたい事を見つけて専念するから。」
「あらそれは楽しみね、私の召使いになるのが先か有能になって自分のしたいことをするのが先か…楽しみだわ。」
今日も女王様は高らかに嗤う、でもそれは決して嫌味ではなく彼女なりの愛情であることを知るのは、もう少し先の話。
大人の在り方(隠者の逆位置)
「おやおや…誰かと思えば孫ではないか。」
「あ…逆じいちゃん。」
「ちょろちょろとどこに行くのかね…?落とし穴にはまっては大変じゃよ…ひっひっひっ!」
この如何にも怪しいご老人、私の二人目のおじいちゃんです。
彼の名は『隠者』の逆位置、正位置のおじいちゃんとは相対する存在である。
正位置のおじいちゃんは優しいおじいちゃんという印象だが、逆位置のおじいちゃんは意地悪爺さんという印象だ。
その印象もあながち間違いではないようで、何度か意地悪ないたずらに引っかかっている。
「ということは、何処かにトラップを仕掛けたということだね。」
「さぁの~…それはどうじゃろうのぉ~…ひっひっひっ!」
「相変わらず意地悪だね、逆じいちゃんは。大人なんだからもう少しまともなことしたらいいのに…。」
「おやおや、孫は大人を何だと思うておるのじゃろうねぇ…わしが本当の大人の在り方とやらを教えてやらんといかんようじゃ…。」
「え…?急に何?」
「まぁいいから、ここに座りなさい。」
どうやら何か余計なことを言ってしまったらしい。こうなると正位置のおじいちゃん同様、話が長いし気の済むまで話が続く。
まぁ、お菓子とか食べながら聞けるし、何だかんだ楽しいからいいんだけど…。
ここから、逆じいちゃんの話。
よいか孫よ、孫が思うておる大人とやらは、実際の大人とは偉く違うものなんじゃ。
お主が思う大人は、恐らく子供のように『我儘ばかりを言わず、人のことを考えて行動できる』者の事を指すのじゃろうが、それは大間違いじゃ。
ここで考えてみるがいい、大人が言う『子供の我儘』とはどのようなものを指すのか。
勿論おもちゃが欲しいとか、嫌いなものを食べたくないなどといったものもあるじゃろうが、すべてがそうというわけではない。
子供ながらに思うことを言うておる場合もあるじゃろう、然し大人はそれでさえも『子供が勝手に言っている我儘である』と決めつけ、子供の意見を踏みにじっているのじゃ。
そうして育てられた子供はどうじゃ、お主らがいう『大人』になった時、また同じことを繰り返すじゃろう。
子供の方がの、建前や都合を無視して直球に意見を言えるのじゃ。勿論妥協も大事ではあるが、そればかりでは不満ばかりたまる。
お主も経験があるじゃろう、妥協をした結果不満がたまり、妥協をさせられたとまるで自分が被害を被ったかのようにいい、その者を悪評してしまう…。
人によって合う合わないがあるのは仕方のないことじゃが、『大人』はそれを陰で拡散し、自分が原点である事を隠そうとする。
それが、『大人』なのじゃよ。自身が今まで培ってきた浅はかな経験値を盾にして、ありとあらゆる方法で覆い隠し、他人を陰から襲い、時には牙をむき蹴落とそうともする…。
なんとも恐ろしいものじゃな…。
世の中には、『初心忘るべからず』という言葉があるが、それは子供の時に確かにあった純粋な気持ちを忘れてはならんということを示しているのではないかとわしは思うのじゃ。
大人というのは本来、身体の成長を指すものじゃ。心の成長に関しては身体と相対することの方が多い。
故に身体だけが大人といえど、中身までがそうであるとは限らないじゃろう。
そこまで話し終え、お茶をすする逆じいちゃん。確かに一理あるが、だからといって毎回のいたずらに納得はできないのだが…。
まぁ、矛盾もまた一興。そういう考えもあると、『大人』になっておこうと思ったのだった。
絶望の底に住まうもの(世界の逆位置)
一度絶望を覚えると、そこから這い上がるのは中々難しいもの。あれこれ別のことを考えたくても、ふとした時に思い浮かび、頭と心を支配してしまう。
幼少時代、そんな気持ちになった時いつも思っていたことがあった。絶望の中に何か人ならざる者がいて、その者から逃れない限りずっと引きずり降ろされるのだろうと。
そして、その人ならざるものは、まさしくこの人を指すのではないかと…。
「またそうやって私を否定して…!そうやってからかっているんでしょう!?私がおかしいからって決めつけて!」
「逆位置さんどうしたの…?」
彼女に会いに行くと開口一番、こう言われる。毎回何があったのかわからないまま会話が始まるので、困惑している。
彼女の名前は『世界』の逆位置、正位置さんとは相対する関係性である。
主な意味は『破滅・絶望・未完成』などで、その意味も相まってかかなりのネガティブ思考の持ち主である。
また、彼女の持つ負のオーラならぬものが強いせいか、彼女にしか聞こえない声が聞こえるようで、曰く、いつも自分のことを否定してくるのだとか。
「また言われたわ…何もできないくせにって…!私のことを知りもしないで好き勝手に…!」
「逆位置さん落ち着いて?私が話を聞くから…。」
何とか彼女を宥め、いつも彼女が過ごしている空間に足を踏み入れる。
見ると、あちこちに作りかけの押し花が散らばっており、みなしおしおになっていた。
「逆位置さんこれ…。」
「…っ…!」
「作ろうと…してたんだね。一生懸命…。」
それは彼女が作ろうとして何度も失敗してできた押し花のようだ。その数は数えきれないほどあり、何度も挑戦していたのだと一目で分かった。
これだけ挑戦して作れなかったのだから、あきらめてしまうのも無理はないのだろうと同情しつつ、落ちているうちの一つを拾い上げる。
「逆位置さん、これ作るの大変だったよね。しかもたった一人で試行錯誤しながら作ってたんでしょう?」
「……。」
私の問いかけには答えない彼女だが、目線は私の持っている押し花に向いている。
見たところ一番最初に作ったものなのだろう。
「あれでもないこれでもないって、一生懸命考えながら作ってたんだよね。色んな方法を試しながら…。」
「……。」
「でも、うまくいかなかったんだよね。何度やっても出来なくて、あきらめたんだよね。」
「……。」
「きっと、あきらめたときに言われたんでしょう?何度も挑戦していたことには目もくれず、あきらめたという部分だけを指摘されて…。」
「…っ。」
私には手に取るように分かった。彼女はこれだけの数を挑戦したけど、うまくいかなくて諦めたのに、何も知らない人が諦めた姿だけを見て決めつけたのだということを。
今までの経緯を知ろうとせず、簡単に諦めるなんてといわれたのだろう。
「いやな気持になるよね、分かるよ。自分だって一生懸命やってたのにって思うよね。」
「……。」
「でもね、逆位置さん。まだ逆位置さんがやっていないことがあるよ?」
「……?」
「人に聞くこと。自分だけではできないって思った時は、人に聞いてもいいんだよ?人に頼ってもいいんだよ?」
彼女は人に頼るということを知らない、自分で何とかしないとと思い込んでしまっているから。
でもそれと同時に心の何処かで助けを求めている、理解してほしいと求めている。
その心に秘めている想いの出し方が分からなくて、苦しんでいるんだ。
だからその出し方を、教えてあげればいい。彼女のペースに合わせつつ、引き出してあげればいい。
「私ね、押し花の作り方教えてもらったんだ。だから今度は私が教えてあげる!」
「……。」
「もう一度、作ってみようよ。今度は一緒にさ。そしたらうまくいくかもしれないじゃん?」
そういう私に、逆位置さんは静かに、そして小さくうなずいた。
絶望の底に住まうものにだって、感情はある。寂しくて苦しくて、それを誰かに分かってほしくて泣いているんだ。
自分も同じ気持ちになったからこそ、相手の痛みが分かるし、話も聞いてあげられる。
でも、ある程度泣いたら、話したら…その後どうするかを一緒に考えてあげよう。
ずっと泣いたままでは、ずっと悲しいままだから。一人で考えるよりも、一緒に考える方がずっといい。
そうやって、『心の中の自分』とも、向き合ってあげよう。
「よし、じゃあ一緒に作ろう!まずは材料を…。」
「……ここに、ある……。」
「お、いいね!しかもセンスいい色の組み合わせじゃん!これと組み合わせて~…。」
その後、二人で作った一つの押し花はしおりにして彼女にあげた。
自分にできるとは思っていなかったようで、久しぶりに笑ってくれた。
正義の違い(正義の正位置・審判の正位置)
これは、正義の正位置さんから聞いた話。
その日正義の正位置さん(以下正義さん)は、気分転換にと買い物をしていた。その時に、普段は目を通さないチラシを見てみた。
すると、丁度見ようと思っていたものが乗っており、価格も少し安くなっていた。
早速見に行こうとその店に行くと、チラシに記載のあったお目当てのものが置いてあった。
然し、その商品はずっと前から展示してあったもののようで、ほこりがかぶってた。
正義さんはもう一度チラシに目を通す、チラシには『新品・未使用』と記載があるが、展示されていたものとなると話が違う。
結局そこでの購入は諦め、別の店舗にて定価で販売されていた同じ商品を購入して帰宅したらしい。
何となくもやもやした気持ちでいた正義さんの様子に、ある人物が声をかけてきた。
「何かあったようだな、貴殿らしくない。」
「…これはこれは、審判の正位置殿。このようなところで会うとは非常に珍しいな。」
声の主は審判の正位置、このように二人で話をするのは久しぶり。
これも何かの縁と思った正義さんは、思い切って審判の正位置(以下審判さん)に意見を求めることにした。
「ほう、それは審議の必要がありそうだな。ではこれより審議の時間を始める!」
「今ここでですか?せめて場所を変えた方が良い気がしますが…。」
「ならば審判の間にて開廷するとしよう!」
審議の必要があると判断した審判さんに連れられて、審判の間へ向かった二人。
着くなり大きなホワイトボードに次々に状況を書き込んでいく。
「では、整理しよう。貴殿は今回問題を引き起こした用紙を拝見し、店舗に向かった。実際の商品を見たところ、展示品として飾られていた商品であった…と。」
「チラシには新品・未使用との記載もありましたな。然し実際の商品はほこりがかぶったもの、これを新品・未使用とよぶに値するのかと…。」
「ここでの議題はそこにあるだろう。そして同時に見出せるものもあるな。」
「というと?」
「新品・未使用とは、何の概念に基づいた記載であるかということ。そして通常価格よりも割り引かれて販売されていたことだ。」
「ほう、聞こう。」
「貴殿が思う、新品・未使用とは、箱などに収められた商品のみ示すと考えているようだが、間違いはないか?」
「ふむ、そう聞かれると少々悩ましいが…少なくともその時の私はそう認識していたな。」
「ではその用紙に添付されている写真、写真を撮るために用いられた商品はどう考える。」
「その場合は商品の本来の用途で使用していないことから、未使用と考えるな。」
「であるならば、今回展示されていた商品も、それに該当するのではないか?」
審判さんに言われ、はっとした正義さん。確かにほこりをかぶっていたし、新品とは言い難いものではあったが、それはこの写真に写っているものも同じだ。
然し展示されていたものと、写真を撮る際に用いられたものとでは、状況も違う。
「その鍵が、割り引かれた値段にあるのではないか?店舗側からすれば、商品の本来の使用目的外である展示に用いていた為、新品且つ未使用であると記載した。
だが、展示していた期間も相まって、通常価格で販売をするには些か気が引ける。そこで、通常価格よりも安価にして提供することで、その部分を緩和しようと考えた…と。」
「成程、言われてみれば『念のための動作確認済み』とも記載がある。動作を確認する行為は、未使用の概念とはまた別の概念であるからして、未使用のままなわけだ。」
「その通りだ、後は購入するものの気持ちにゆだねられているといえよう。」
審判さんはそこまで言い終わり、何時の間にか手に持っていた鐘を鳴らした。
審議終了の合図だとわかった正義さんは、そっと審判さんに手を差し出す。
「おかげで解決した、感謝する。」
「非常に良い審議だった、またいずれ。」
この日をきっかけに、審判さんとはよく話すようになったのだとか。
「これこそ、友情の始まりではないかと思うのだが…どう思う?」
「うん、話が深すぎて何も返す言葉がないわ。」
子供扱いしないでね?(死神の逆位置・塔の正位置)
「主~遊びに来たよ~!」
「いらっしゃい死神くん!あれ…タワーさんも一緒に来てくれたの?」
「あ…うん、死神くんにその……誘われて……。」
私の部屋に、可愛らしい訪問者が来た。死神の逆位置さんと塔の正位置さん(以下死神くん・タワーさん)である。
二人は人間でいうと小学生2年生くらいで、私からすると可愛い弟のような存在だ。
この日特に約束をしていたわけではなかったが、二人そろって部屋に遊びに来てくれた。
この二人、結構仲がいいらしく、時々二人で遊んでいる姿を見かける。
「丁度お菓子があるから、食べていいよ。はい、これ二人で仲良く分けてね?」
「これって前に僕がおいしいって言ってたやつ?わぁ~い!」
「ありがとう…主…。」
「どういたしまして!遠慮しないでたくさん食べてね?」
この二人を前にすると、どうも甘やかしたくなって仕方がない。二人が退屈しないようにと思い、何か遊べるものがないかと探していると…。
「あ、いいものあった!じゃーん、お絵かきセット~♪」
「それ主の小さいときからあるやつ…?」
「可愛い……。」
「よく知ってたね死神くん!そうだよー♪可愛いでしょう?2人にピッタリかなと思って♪」
そういった瞬間、二人の表情が変わった。死神くんに関しては何故か黒い笑顔を浮かべている。
何かいけないことでも言ってしまったのかと焦っていると二人が口を開いた。
「ね~ぇ主、僕たちにピッタリってさ~ぁ?どういうことかなぁ?」
「え…いやだってその…。」
「主…僕…お絵かきは好きだけどその…っ…!」
「僕がとってもかわいいのは認めるけどさ~…子供じゃないんだけど。」
「あ…ごめんそうだよねあははは…。」
「ぜ~んぜん分かってないじゃん!僕たち見た目は幼く見えると思うけど、これでも主よりも長く存在しているんだよ?
だから僕たちから言わせれば…主の方が子供なんだから♪」
「僕っ…僕の方が…お兄さんだからっ…!」
(`・∀・´)エッヘン!!って感じの顔した死神くんと、一生懸命伝えようとしている健気なタワーさん…。
二人共あざとくて可愛いけど…たまに大人なんだなって思うところもある。
私よりもいろんな経験してるし、アドバイスとかも的確だし…。
「わかってるよ、二人共。私の大事な人たちだもの。」
「本当に分かってるの…?まぁいっか!僕は僕だしね!」
「もし主に何かあった時は…僕たちが助けるから…頼って、欲しい…。」
「うん、その時は頼りにしてるよ。お兄さん方♪」
幼い見た目だけど、かっこよくて心強いお兄さん。
これからも頼りにしちゃいます!
海の音、空の声(星の正位置)
「え…本当に?」
その日、私は衝撃的な事実を聞いた。当の本人はきょとんとしているが、私にとってはかなり驚愕だった。
「スターちゃん…海見たことないの?本当に?」
「うん!私空しか知らないから!」
そう、星の正位置さん(以下スターちゃん)は海を見たことがないのだという。
元々スターちゃんは星をつかさどるカードなので、今思えば見たことがないというのも無理はないだろう。
然し、カードさん=何でも知っているという勝手な解釈をしていた私にとっては、新しい発見だった。
「ねぇスターちゃん…海、見てみたくない?」
海を見たことがないというスターちゃんの為に、今日一日の予定を海水浴に変更して早速準備した。
といっても大した用事があったわけではないので、いいきっかけになった。
その日は幸いなことに晴天、海も透き通って見える。
「ここが海だよ。」
「わぁ~!すっごくきれい!」
初めて海を見るというスターちゃんの反応は、想像以上のものだった。
歓喜の声を上げながら海に近付き、押し寄せる波に驚いて逃げ回ったりしていた。
対する私は貝殻拾いをしながらスターちゃんの様子を見ていた。
ひとしきり走り回って満足した様子のスターちゃんは、私が集めた貝殻を見て喜んでいた。
特に、巻貝に興味を持ったのか面白い形だと言って喜んでいたので、耳に当ててみるように促す。
「何か聞こえる…!」
「海の音だよ、ざざ~って聞こえるでしょう?実は本当は耳の音なんだけど、海の音って思った方がロマンチックじゃない?」
「うん!聴こえる!ちゃんと海の音聴こえるよ!」
すっかり気に入った様子なので、持ち帰ることにした。
帰宅したときに改めて感想を聞いてみる。
「初めての海、どうだった?」
「楽しかった!ありがとう主!海って、空みたいだね!」
「空と…?」
「うん!広いしキラキラしてたし、貝殻は私達星みたいだったし!」
「あはは、確かにそうだね。似てるところがあるかもしれないね。」
「でも…空の声はみんなには聞こえないから、ちょっとうらやましいな…。」
スターちゃんはそう言って少し悲しそうに笑った。
そんな彼女に私は声をかける。
「でも、スターちゃんがいるじゃない。この巻貝が海の音を届けるように、スターちゃんが空の声を届けてあげればいいんだよ。」
「そうだね!うん、私もっともっと空の声をみんなに聞いてほしい!」
そういってスターちゃんは、嬉しそうに笑った。
何となく、今の空もこんな風に笑っているような気がした。
便利な世の中(世界の正位置)
「主よ、それは何というものじゃ?」
「あ、これ?スマートフォンっていうんだよ。」
この日私は彼女の疑問に出来る限り答えてあげようと、スマホを片手に検索をしていた。
これがあれば、大体のことが調べられるし、詳しいことも書いてあるだろう。
まさに、知りたがりの彼女からの質問にうってつけのアイテムだ。
「ほう、それは一体何をするものじゃ?」
「前に、携帯電話の話をしたでしょう?それが進化して便利になったものだよ。携帯電話の機能に、インターネットっていう調べ物ができる機能がついたものなの。」
「では、主がわらわに寄越したこの百科事典のような機能があるのか?」
「そうだね。わからないことを調べられたり、行きたい場所の行き方を調べたり…。勿論電話もメールもできるから、離れている人とやり取りもできるよ。」
試しにと私は検索画面を開き、今日の天気と入力をして検索ボタンを押した。
すると、本日の天気情報と書かれた画面に切り替わり、その日の天気と気温などが表示された。
「おぉ、今朝てれびとやらが申しておった情報が出てきよったぞ!この中にも誰か入っておるのか?」
「ううん、この中には誰も入ってないよ?本みたいに事前に誰かが書いてくれてるものがあって、それが表示されてるってだけ。」
「なんとも奥深いものじゃな…ん?何か光っておるぞ?」
彼女の指摘に見てみると、通知が入っていることを知らせるランプが点滅していた。
何かのお知らせ等があるようだ。
「これはお知らせがありますよって知らせてくれるの。見たところメールが入ってるみたいだね。」
「主よ、めえるとは遠く離れていてもやりとりができるあれか?」
「そうだよ、メールアドレスっていって住所のようなものをお互いに知っていたら、そこにメール、つまり手紙を送ることができるの。
本当の手紙だと切手を貼ったりしないといけないけど、メールならそのまま送れるし、こんな風に届いたよってお知らせも来るから便利なんだ。」
「そうか…。然し、どれも同じ文字じゃな…。」
手紙とは違い、筆圧など関係なく一律のため、正直だれが書いたとしても変わらないのは事実。
間違えたときにはすぐ消せるし、修正も自由に出来る。なんとも便利な時代になったものだ。
然し、便利であるがゆえに今まででは起こらなかった問題が起こるようにもなっている。
よくあるのは仲間はずれや誹謗中傷など、ニュースで報道されたり実際に目撃する度心が痛くなる。
便利になりすぎるのも、良し悪しなのかもしれない。
「これではどのような思いを込めておるのかわからぬではないか。何事においても気持ちが一番大事だというのに…。」
「世界さんの言う通り、人の想いはわかりにくいね…利便性を優先するあまりに今まで優先されてきたものがおろそかになっている気がするし…。」
「人の問題を解決できるのは人だけじゃ、何事においてもな。便利になったなどとうつつを抜かしているようでは、その内痛い目を見ることになるじゃろうな…。」
そう遠くない未来で起こりそうな問題に思えて、少し怖くなった。
経験はものを知らない(皇帝の正位置)
人が生きる上で蓄積されていくものはたくさんある。
その中でも、時間を重ねれば重ねるほどにより多くの経験が溜まっていくだろう。
勿論その中には、生涯経験したくないものまである。
よく、『経験がものをいう』という言葉を耳にするがどうも私はこの言葉が苦手だ。それはこの人も同じなようで…
「娘よ…。」
「なんだね父よ。」
「どうしてこうも仕事が増え続けるのだろうな…。」
「それは貴方が皇帝だからではないですかね、父よ。」
私が父と慕っている、皇帝の正位置さん(以下父)は、いつもよりも落胆した様子で書類に目を通していた。
同じく母としても慕っている、女帝の正位置さん(以下女帝さん)から父の監視を頼まれ、様子を見に来たのだが、このありさまだ。
「娘よ、女帝がこういうのだ…。『いつもしていることと同じことだから、すぐに終わるでしょう。』と。しかし見てくれその書類の山を…どこがいつもと同じなのだ。」
「父よ、女帝さんはそれ以上の仕事をこなしていらっしゃる。故に文句は言えないと思われるのですがそれは。」
「うっ…いつからわしに冷たくなったのだ娘よ!まるで思春期ではないか!」
「一応今思春期真っただ中ですが…口よりも手を動かしなされ。」
このような会話を続けること、早30分。一向に書類が減る気配がない。
目を離すと手を止めてしまいそうなので、ひたすら目が離せない。
「毎日同じことの繰り返しだと女帝は言うが、わしはそうは思わん!昨日の作業と今日の作業は全く異なるのだから。」
「そう?」
「そうに決まっておろう!昨日見た書類と今日の書類は異なる!どこが同じだというのか…。」
そう言われてみればそうだ。昨日と同じことをしているように見えても、毎日少しずつ違う。
常に何かしらの変化があるのが、人生だと父は言う。
「でも、書類の整理っていうカテゴリーに分ければ同じになるわけだし…効率とかもっと上がると思うんだけど…。少なくとも書類の整理は何度も経験しているわけなんだから…。」
「娘よ、経験はものを知らないのだ。常にその時のようにやればうまくいくとは全く限らない、経験が知っているのはその時のことだけで、それ以降の事柄もその時の心境も知らないのだ。」
「確かに…ある程度のやり方とか気持ちとか分かったとしても、その時によって違うしそれだけでわかってるっていうのも変な話だよね…。」
経験はあって損はないが、必ずしも今後も役に立つとは限らない。
世界は常に変わりゆくものであり、自身が培ってきた経験だけでは歯が立たないときだってある。
軽々しく経験済みだとか言ってしまうと、後に困ってしまうこともあるだろう。
「見ろ、この書類…昨日のものに比べて長さも愚か、書き方が異なっておる。これでは今までのやり方でしても無駄だな。」
「その変化にはすぐ気づける洞察力があるんだから、もう少し頑張ろうよ…私も見るから。」
優柔不断同士はうまくいく(女教皇の逆位置・節制の逆位置)
「あらあらどうしましょう…こちらもいいしあちらもいい…。」
「まぁまぁ本当ですこと、どうしましょうね。」
「……。」
最悪の組み合わせにあたってしまった、本気でそう思ってしまった。
決して彼女たちが嫌いなのではないのだが、こう挟まれるとどうも逃げ出したくなる。
「主様、どうしましょう。」
「私達にお導きを…!」
「…導いたところで決断するような子たちじゃないでしょ。」
そう言うと、彼女達は顔を見合わせまた悩んだ。さっきからこの繰り返しだ。
「では先に主様の意見をお聞かせください。」
左にいる女教皇の逆位置さんがいう。
「それらを踏まえたうえでもう一度考えますから。」
右にいる節制の逆位置さんが言う。
「私なら真っ先にこっちを選ぶけど…。」
真ん中にいる私が…って位置的に言わなくてもわかるよね。
因みにこのやり取り、もう5回はやってるから。
「そうですか…どうしましょう。」
「どうしましょうか…。」
からのこれね、もう無限ループ。
何でこんなに悩んでいるかって?今日のお昼ご飯のメニュー。
パスタにするか、ピザにするか。これだけ。
ここまでくるとどっちでもよくない?って思ってきちゃう…。
「ねぇ、2人で食べるの?」
「もちろんでございます、2人で。」
「ならさ、女教皇の逆位置さんがピザで、節制の逆位置さんがパスタでいいんじゃない?小分けにしたら両方食べられるわけだし…。」
「まぁ、素敵な考えですね!そうしましょう!」
「となりますと次は種類ですね…どうしましょうか。」
「どうしましょう…。」
あ、これ一生決まらないやつだ。
これ以上は付き合いきれないので、そろ~りとその場を立ち去る。
悩みながらでも、楽しそうにしてるし何だかんだ一緒に決めるのが楽しいようだから。
一生懸命悩んで、いい選択をしてね。二人共!
狂弟(悪魔の逆位置)
「嗚呼主様、おはようございます。お目覚め率は昨日と比べ、約20パーセント上昇しているようですね。」
「あ…おはよう…( ´O` )
そんなことまでわかるんだね…。」
「物事の詳細は常に知っておかなければいけませんからね。それよりも見てください、この兄さんの寝顔を。とてもレアなんですよ?」
兄への想いが行き過ぎると、こうなってしまうのか。
彼を見ていると、彼の兄が不憫に思えてくる。
彼の名は『悪魔』の逆位置、正位置の弟にあたる。意味は『見返り・未練がましい・引きずる』など。
兄貴そっくりな顔立ちだが、どことなくインテリ感漂うメガネをかけており、兄と比べるとかなり頭のいい悪魔である。
だがこの通り、彼はブラコンであるがゆえに、『残念なイケメン』である。
「あ、あはは…上手く撮れてるんじゃない?
ってプリントアウトしなくていいから!見るだけで十分だから!拡大コピーしてポスターにしなくていいから!」
「そうですか、それは残念です。主様には特別にと思ったのですが…まぁこれだけではありませんので、コレクションが見たくなったら仰ってください。主様にならお見せしても支障はありませんから、遠慮なく…。」
そう言いながら彼は、何処から出したかわからない巨大なポスターを、残念そうにしまい込んだ。(しまった場所もどこにしまっているのか分からなかった。)
時折ちらちらとこちらを見つめる彼は、余程私にポスターを受け取ってほしいのか、じっとりとしたまなざしを向けていた。
正直言って、そんな顔をされても受け取る気はさらさらない。第1悪趣味過ぎる…。
「はは、気持ちだけ受け取っておくよ…。」
「兄さんの言う通り、主様は遠慮する傾向にあるようですね。少しばかりちょうきょ…いえ、指導が必要なようですね。」
「(ちょっと待て今調教って言おうとしてなかったか?というか少なくともあんたに指導はされたくないわ。嫌な予感しかしないし…というかあのバカ兄貴は弟に何を言ったんだ。後で聞きださなきゃね…)」
こんな狂愛者な彼だが、一緒にいるところを一度も見たことがない。
聞く話によれば、自分のような身分の低いものが、兄と並んで歩いたり一緒に過ごしたりするなど、許されたことではないため距離を置いているのだとか。
食事も兄が一人で食事をしている姿を録画し、自分が食べるときに再生して食事をする。はたから見たらただのストーカーだ。
対する兄は、もっと弟と話をしたいと考えているが、近づくと一定の距離を取られるため苦戦している。その度に私に救いを求めてくるのだが、何度言っても話を聞かない。後にこの二人の関係が、大きく変わる出来事があるのだが、それはまた別のお話し。
ただ一つ言えるのは、彼は本当に兄の事を慕っているということだ。どんな形であれ、兄の話をしている時の彼は、本当に幸せそうだ。これが一般的とされる兄弟としての関係を築けていたら、何と微笑ましいことなのだろうか。兄曰く、弟の行動は物心ついたときからだそうで、誰かに何かを言われたのか、自分からそうするようになったのかは、兄でもわからないらしい。
「( ^ω^)ドウシタモノカ…。」
「おや、どうされましたか主様。まさか兄さん不足による禁断症状でも?!
これはいけません、直ぐに治療をしなければ…!だからこれをお渡ししようと思っていましたのに、主様が素直に受け取ってくださればこんなことには…。」
「どんな禁断症状だよ!っていらないって言ってるでしょう!コラ、部屋に飾ろうとするなぁぁ!勘違いされるでしょう?!」
嗚呼、先が思いやられる。出来る事なら関わりたくない。
だがあの兄からもお願いされているし、何よりも私は主なのだから。
そう自分に言い聞かせながら、今日もこの狂弟を正常化しようと奮闘するのだった。
ハッピーハロウィン(死神の正位置、暗めの話注意)
ハッピーハロウィン
「ハロウィン…。」
10月31日、この日は誰もが知るハロウィンの日。
ハロウィンの夜に死者たちが現世に帰って来る日とされ、それに交じって有害な人ならざるものから身を護る為に仮装をする祭りだ。
近年その祭りは仮装をしてお菓子を貰うというユニークな祭りに内容が変わり、子供を中心に親しまれている印象がある。
そんなハロウィンだが、私は毎年憂鬱な気持になる。
「…どうした、主よ。」
「…し~くん。」
「随分と浮かない顔だな、何かあったのか?」
「…今日はハロウィンだね。」
私の言葉に表情を曇らせるし~くんこと、死神の正位置。
彼はタロットカード上の死神ではあるものの、死に関する概念や知識を強く持ち合わせているらしい。
そんな彼だからこそ、私の今の感情が分かるのだろう。
「主…言いにくいことだが。」
「わかってるよ、何年も繰り返してるんだもの。でも、やっぱりこの時期になると考えるんだよね。」
「……。」
「みんな楽しそうに参加してるね、祭り。」
町を行き交う仮装した子供たち、大人たち。年に一度のハロウィンを楽しもうと必死になっている。
そんな彼らに交じって、何時もやってくるものがいるとも知らずに…。
「いいなぁ、みんな。」
「……もう、見るな。見たところで何も変わらない。」
「どうして、いつもこうなんだろう。私の宿命なのかな…。」
「見るな、見るな!」
し~くんに目をふさがれ、目を閉じる。閉じても無駄だけど…。
どうして、会いたい人の姿は見えないのに、会いたくもないものの姿は見えるのだろう。
「今は私がいる、もう何も見るな…。」
「無駄なんだよ、だって目を閉じても聴こえる。耳を閉じても見える…。どれだけ逃げても無駄。」
私に見えるものは、元々彼らから出たものなのに。彼らは何も知らないで楽しんでる。
彼らから出たものはうようよさまよい、私の視界に、耳に入ってくるのに。
悲しい思い、無念な思い、怒りの思い、恨みの思い…一気に流れ込んでくる。
「私には何もできないよ、見えるだけで何も、聞こえるだけで何も…。」
「主…心を閉じろ。無になるんだ。」
し~くんの言葉に、私はそっと自分を閉じ込める。
これ以上踏み入らせるわけにはいかない。
「……あはは、あははは。」
「主…。」
「ハッピーハロウィンハッピーハロウィン!あははははは!」
自分の原点(恋人の正位置)
「さぁ、レッスンの時間よ主!」
「スパルタ授業の始まりだ…いえ何も申しておりません失言です。」
「今日のレッスンのお題は『茶葉』よ!」
目があったら最後、地獄の授業の開始。
目を合わせなくとも話しかけられたら最後。
恋愛のエキスパートでもある恋人の正位置さん(以下恋人さん)からは逃れられない。
百科事典並みに分厚い参考資料を手渡された私は、指示されたページをパラパラとめくる。
そのページには様々なお茶の種類と味の特徴などが載っており、よく知るものからあまり馴染みのないものまである。
「お題が茶葉か…何か楽しそう。」
「あら珍しいわね、私のレッスンに積極的だなんて。関心ものだわ。」
「普段は無糖珈琲だけど、偶に紅茶とか飲んでるから。」
「では基本的なことを聞くわ、茶葉の種類は?」
「えっと…紅茶とかならアールグレイとかプリンスオブウェールズとか…セイロンとか…。」
「はぁ…全く分かっていないわね。いいこと?根本的観念で言えば、茶葉はどれも同じ種類のお茶の木から作られているのよ?」
その言葉に驚愕した。
え、一緒…?
「あなたそんなことも知らずに今まで飲んでいたの?信じられないわ…。」
「え、お茶の木っていつも飲んでるお茶と同じってこと?!」
「そうよ、発酵方法を変えることで種類が変わっているだけで、根本的にはどれも同じなんだから。お茶は大きく分けると3つ、不発酵茶・発酵茶・半発酵茶。それぞれ代表的なものであげるなら、緑茶・紅茶・烏龍茶になるわね。」
「そうなんだ…知らなかった…。」
「つまり紅茶は発酵する時に種類が決まるともいえるわね。原点は同じでも、そこから手が加わることで様々な姿に進化を遂げるということよ。」
恋人さん曰く、それは人間にも当てはまることらしい。
育った環境や自身の持ち合わせた感性で人は変わることができる。
勿論それがいいか悪いかはその人次第であるが、進化の方法さえ知っていれば何度でも変化できるだろう。
「もしも何かにつまずいたとき、原点に戻れってよく言うでしょう?自分の原点はどこにあるのかが分かっていなければ、戻る場所も戻り方もわからなくなってしまうじゃない。」
「確かにそうだね、でも人の原点ってどこにあるんだろう。」
「それだって人によってさまざまよ、子供の時のことを原点だと思う人もいれば、昨日の自分を原点だと思う人もいる。
恋愛だってそうよ、初恋が原点だと思う人もいれば、最近の恋を原点だと思う人もいる。自分で決めればいいのよ。」
但し、浸りすぎてはだめよと言葉を続ける。
「茶葉だって浸しすぎると渋みが出てきてしまうでしょう?そうなれば本来のおいしさではなくなってしまうわ。常に自分の持ち味を出すことを忘れているようじゃ、何も得られないわね。」
「今すごくしっくり来た気がする…!ありがとう!」
「感謝は貴女が結婚をするときにして頂戴な、先ずはいい人を連れてきなさいよ。私がじっくりジャッジするわ。」
「その時点で逃げるような人はいい人ではないもんね、ありがとう!」
「ふふん、わかっているじゃないの。その通りよ、精々あがきなさいな。」
恋愛のエキスパート並びに、鬼から褒められる日は来るのだろうか。
一度くらい素敵な笑顔で褒められたいなと思う私だった。
最後の晩餐(悪魔の逆位置)
「主様、少しご質問があるのですが聞いていただけますよねありがとうございます。」
「あ~はいはい喜んで聞きますともそれしか選択肢がないみたいなので。」
最初から拒否権が与えられていない話に抗うほど命知らずではない私は、終始笑顔なのにものすごく強い圧力をかけてくる彼に従うことにした。
当の本人は満足しているようで、うんうんととてもとても不気味いや素敵な笑顔で頷く。
「もし、最後の晩餐を召し上がるとしたら何を選択されますか?」
「え待って待って私まだ死にたくないんですがそれも拒否権無しですか?」
「もし、と申しているではありませんか。それとも今すぐ召し上がりますか?」
「いいえ、全力でお断りさせていただきます。」
唐突に何を聞いてくるかと思いきや、想像以上に物騒な話を持ち掛けられた。
最後の晩餐に何を召し上がりますかだって?そんなこと考えたことないんですけど…。
「質問の意図を聞いてもいい?どうして急にそんな質問を…?」
「いえね、兄さんがそのようなお話をされていたものですから…。」
「兄さんが話していたからって何でも話題性のある話だと思っているあたり仲の良い兄弟なんですね安心します。」
何と無くこの話の出どころは想定してたけど、やっぱりそうだったんだ…。
一体どんな会話をすればそんな話題にありつくんだろう…。
「まぁいいや、質問に答えるね。う~ん…最後の晩餐で食べたいもの…やっぱりロールキャベツかなぁ。」
「ロールキャベツ…ですか?随分と変わったものを希望されるのですね。」
「いや別に変ってないと思うんだけど…やっぱり一番思い入れのある食べ物を食べたいかなぁ。」
「成程、人間様方はそのようなあさh…いえ、素敵な考えのもとに考慮されるのですね。」
今、浅はかって言いかけたよね?馬鹿にしようとしたよね!
聞き逃しませんでしたよ私は!
「そういう貴方はどうなの?」
「私ですか…?そうですね…私は最後の晩餐にさせる側なのでなんとも言えませんが…もし、かなうのであれば兄さんの手料理を食べて昇天したいものですね。」
「うん、想定内だわ。」
破壊衝動(魔術師の逆位置)
「お~お~荒れてるなぁ…何があったんだ?」
「っ…!来ないで…危ないから…。」
ストレスも限界が来ると爆発をする、その爆発の方法は様々だが、どうやら私の場合はかなり危険な爆発方法になってしまっているようだ。
脅威を感じるほどに強い嫌悪感と怒りが頂点に達し、手に持つものすべてに何の思い入れもなくなってしまった、ある日の午後。
その元凶となったものはここにはないのに、何かをしないと落ち着かない…
手に取るもの全てを壁に投げつけ、怒りを鎮めようとしていた時、彼に声をかけられた。
「はっ、何をやってんのかと思いきや。そんな生ぬるいもん破壊して何が楽しい?」
「っ…わかってるよそんなこと…っ…。」
「な、おれがいいもん用意してやるよ。丁度やろうと思ってたんだ、一緒に楽しもうぜ?」
そう怪しく笑うのは、魔術師の逆位置さん。
彼は破壊と趣味としており、何でも破壊してしまう要注意人物である。
然し、彼の破壊は良い結果をもたらすためのものである。
例えば建前、邪魔な壁をぶち壊してくれるおかげで本音を相手にぶつけることができた。
その結果、その相手とは更に親睦が深まり、今では親友と呼べる存在になっている。
そんな彼からの誘いに、促されるままについていく。そこは彼の部屋だった。
彼には相対する存在である、魔術師の正位置さん(以下マジシャンさん)がいて、二人は共同生活をしている。
「おや、珍しいね君が主を連れてくるだなんて…。」
「今日に関しては目的が一緒だからなぁ…な?」
「うん…。」
「…そういうことか、分かったよ。僕も協力するから、二人でスッキリしておいで。」
マジシャンさんはそう言い、ぱちんと指を鳴らした。
すると場面が切り替わり、マジックショーが開かれそうな会場が現れた。
『レディース&ジェントルマン!今宵も始まりますのは、クラッシュショー!
心に入ったごみを吐き出して~本能のままにレッツクラッシュ!』
アナウンスの声が不気味に笑う、不思議と不快感はなかった。
何時の間に仮面をつけていた魔術師の逆位置さんが、私の背中に触れた。
その瞬間、私の口から黒い塊のようなものが大量に出てきた。不思議と苦しくはなかったが、出てきたもののおぞましさとその量に震えた。
「なに…これっ…!」
「お前の中に溜まっていたゴミだよ、すげぇ量だな。」
「ゴミ…?」
「お前が溜めに溜めたごみの山だ、そっちではストレスって呼ばれてるらしいな。どうせ破壊すんなら、元凶からだろ。」
彼はそういうと、どこからかハンマーのようなものを取り出し、振り上げた。
鈍い音が響き渡り、私から出たごみの一部が粉々になった。
すると、その粉々になったところから、うねうねと気味の悪いものが出てきた。
「ひぃっ…!」
「何ビビってんだ?折角破壊できるチャンスなんだぜ?お前も好きな武器持ってぶっ壊せよ。」
驚く私に構わず、彼は一心にハンマーを振り下ろす。その度に黒い生き物が飛び出してくる。
すると今度はその黒い生き物に向かってハンマーを振り下ろし、ペッちゃんこにしていく。
「これ…なんなの…?」
「こいつはごみに住む虫だ、自分たちの住処を守ろうとお前の中に滞在し続け、常にお前の中にこのごみの存在を意識させやがる。たまにあるだろ、忘れようとしても思い出してしまうこと…その元凶がこいつらってわけだ。」
そう言われて、心当たりのある出来事がたくさんあることに気が付いた。
いつもそうだ、忘れてしまいたいと思っても、ふとした時に蒸し返ってくる…それが不快で仕方がなかった。
「お、やっとやる気になったみたいだな。やろうぜ~?」
「…武器、貸して。」
私は貸してもらった短刀を手に取り、ちょろちょろと逃げ惑う虫に突き刺した。
しゅわしゅわと消滅していく感覚が、楽しい。
その様子を横目で見た彼も、ハンマーを振り下ろし、ケタケタと笑いながら破壊していく。
きっと今の姿を客観的にみれば、明らかにアブナイ人に見えるだろう。
「そっち行ったぜ~。」
「ありがとう、仕留める!」
繰り返していくうちに、段々自分の中にあったもやもやした気持ちが晴れていくのが分かった。
それと同時に山のようにあったごみも、だんだんなくなっていく。
最後のごみと虫を片付け終えたとき、体の力が抜け、その場にへたり込んだ。
「どうだ?衝動に任せて破壊すんのもたまには悪くないだろ?」
仮面を外し、ニタニタと笑いながら囁く彼の言葉に頷き、あたりを見回す。
さっきまでいたマジックショーのような部屋ではなく、真っ白い空間になっていた。
「ここは…?」
「お前の心の中の状態だ、この部屋パンパンにごみがあったんだぜ?」
「跡形もない…。」
「この部屋に何を入れるかはお前の自由だが、さっきみたくごみを溜めるとまた虫が湧くぜ?」
「そう考えるとぞっとする…。」
「まぁ、また溜まった時には破壊すりゃあいい。またあの爽快感、味わいたいだろ?」
彼の言葉に、素直にうなずく。
あんな感覚初めてだったし、とても爽快だった。
だけど、あそこまでは溜めたくはないなと思う私であった。
照らす対象(太陽の正位置)
朝目覚めたとき。窓から射し込む暖かくて眩しい光を見ると、一日の始まりを改めて実感する。
「ん…もう朝かぁ…ふぁ~ぁ…」
「あら、おはよう主。目覚めが宜しいことで何よりね。」
大きな欠伸をした私に、彼女は眩しく感じる笑顔を見せながら微笑んでくれた。
彼女の名前は、『太陽』の正位置。カード番号は19、主な意味は『ポジティブ・エネルギーに満ち溢れる・健康的な生活』などで、太陽の名に相応しい輝かしい人物である。
「おはよう太陽さん、今日も無事に朝を迎えられたわね…良かった。」
「そうね、主とこうして朝を迎えられた事、本当に嬉しく思うわ。昨日のあなたに感謝ね。」
彼女は何時も笑顔を絶やさず、私や周りの人への気遣いを怠らない。些細な事であっても気にかけてくれて、励ましてくれる。そんな彼女と一緒に過ごすと、自然と前向きに物事を考えられる気がする。
「ねぇ太陽さん、太陽さんの元気の秘訣ってある?何時も太陽さんって元気で笑顔じゃない?何か秘訣とかあるのかなって思って…」
思えば彼女が笑顔でなかった日など無い。普段は明るいが、雨の日になると途端に落ち込むスターちゃんとは違い、彼女は天候に関係無く常に笑顔だ。こんな事を疑うのも違和感があるが、何か秘訣というか、秘密があるのだろうかと考える。
「秘訣…?あら嫌だわ主ったら!おかしな事聞くのね…あはははっ!」
「え…?そうかなぁ…?だってずっと笑顔って中々出来ることじゃないから…。太陽さんは何時も笑顔でいるし、何か秘訣とかあったら教えて欲しいなって思ったの。」
その頃の私は、自分の心に何時も鍵をかけていて、作り笑顔でしか人と話していなかった。不思議なもので、作り笑顔をしている間は何の感情も湧かず、まるで単純作業であるかのように自然と出せる。それは一見楽ではあるが、やはり心の何処かにはもやもやしたものが疼いてしまう。
対して彼女は常に本当の笑顔、本心で語りかけてくれる。どんな些細な事であっても、その笑顔と態度は一切変わらない。そこに尊敬もしているし、彼女の魅力だと思っているのだ。
「そうねぇ…私が心掛けている事は、『照らす対象を誰に当てるかをしっかり定めるように気を付けている』ってところかしら。」
「…照らす、対象…?」
「人と話をする時って当然だけど、自分と相手、二人の登場人物が欠かさず居るじゃない?勿論話をしている内に増えたりする事もあるけれど、基本的にはこの二人よね?二人ともが主人公ってしてしまうと、互いが主張し合って進まないけど、視点を相手に合わせた上で進行すれば、自ずと相手の事を知れるでしょう?そうすると、自然と相手の考えに対する自分の思いを、一番に出すことが出来るの。何も知らない状態で話しても、ただ言いたい事だけを話して終わり。それだときちんとした思いは伝わらないわ。でも、相手を照らす対象にした上で話せば自分の気持ちを少しずつ整理しながら、本音を話せるようになると思うの。本当に話したい事が相手にちゃんと伝われば、勘違いも少なくなるし本当の意味で向き合えるでしょう?…それが、秘訣かしらね。」
太陽さんは、常に相手を敬う心を忘れない。カードの世界に年齢という概念は無いが、明らかに私の方がカード達を敬う立場であるにも関わらず、私を主として認め敬ってくれている。それは彼女の言葉を借りるなら、照らす対象を『私』にした上で話してくれているからなのだろう。
「誰だって真っ向から否定されると悲しくなるし、人によっては腹を立てたりするでしょう?なら、視点を相手に合わせた上で、相手の言うことを踏まえながら自分の意見を言えば、分かり合おうとする姿勢が垣間見えると思うの。主が私達の存在を受け入れた上で、胸の内を打ち明けてくれているのと同じ事よ。」
私達、本当に感謝しているんだから。そう言って彼女は、私に暖かい微笑みを向けてくれるのだった。
我慢の使い方(力の正位置)
「うぅ~…!」
この日の私は、あらゆる事に対して相当我慢していた。それが遂に限界を迎えたようで、今猛烈にむしゃくしゃしている。
「主様、どうかしたの?私で良ければ聞くから、落ち着いたら話して欲しいな。」
そんな私を優しく宥め、背中まで摩ってくれる彼女は、何処までも寛大な心を持ち合わせているに違いない。
彼女の名は『力』の正位置、カード番号は『8』で、主な意味は『忍耐力・思いやり・コントロール』など。
『力』と聞くと筋肉質な人物であったり、権力者などを想像するが、彼女の容姿は『幼女』。話し方こそ落ち着いているが、仕草などに愛らしさがある為親しみやすく話しやすい人物である。
そんな彼女の傍らには、百獣の王ことライオンがいる。どう見ても危ない組み合わせであるが、ライオンは彼女に懐いており、最近では大きな猫に見えなくもないと思い始めている。が、やはり恐ろしいので警戒心は抜けないままだが…
「力さん、こんにちは。実はね……」
私は今の胸の心境を全て話した。殆どが愚痴だったにも関わらず、彼女は嫌な顔一つせず聞いてくれた。傍らのライオンは猫のようにお腹を見せてゴロゴロし、恐る恐る手を伸ばして触れると気持ち良さそうに目を細めていた。
「主様、どうしてそんな気持ちになったか分かる?」
「うーん…やっぱり私がまだまだ子供だからかなぁ。こんな事くらいで我慢出来なくなっちゃうんだから、もっとしっかりしないとね…。」
「……やっぱり、分かってない。主様は、我慢出来る事が大人で、我慢出来ないのが子供だと思ってる。でもそれは間違い、我慢の使い方を間違ってる。」
「我慢の…使い方…?」
「我慢は自分を押し潰す行為じゃない、自分の意見を振り返る時に使うものだもの。思った通りに発言するより、言い方大丈夫かなって確認してから発言したり、相手のことを思ってオブラートに包んだりするでしょう?それが正しい我慢の使い方。」
力さん曰く、我慢は自分との対話の際に使うものであって、自分の意に反することに対して使うことではないのだという。自分自身の考えを、直ぐに形にしたいと思う気持ちへのストッパーが、我慢なのだ。要するに本来の我慢とは、『 我慢心せず』。常に慢心せず過ごすことで良い判断に繋がる、その為に行う行為を指し示す。全ては自分の為に繋がる行いで無ければ、我慢の域を超えてしまうのだ。今回の私も自身の持つ我慢の領域の範囲外に至った為、むしゃくしゃした気持ちになってしまったのだろう。
「正しい我慢の使い方を知れば、溜め込んだりしなくて良くなるわ。本当に自分が伝えたい事を、人が分かる形で伝えて欲しいなって思う。力は使い方によって、凶器にもなるし盾にもなるけど、使い方を間違ってしまったら身を滅ぼしてしまうもの…。」
「そうね…権力とかもそうだけど、持っている人の使い方次第で大幅に変わってしまうものね。威圧して従わせたり、気に入らなければ暴力を振るったり…間違った使い方をしている人が殆どなんだね。」
「力は使い方に決まりがないから、難しいの。常にその人の為になることに使われたいって思ってはいるけど、人を傷つける為とか従わせる為とかに使われるのは良い気持ちにならないから…。」
彼女はそう言って悲しそうにライオンの頭を撫でた。ライオンはそんな彼女を見つめ、口を開いた。
「力を使うものは、常に責任を持ち合わせなければ成り立たない。それを世の者は見て見ぬ振りをし、私利私欲に目が眩んでいる。何と愚かしい…。」
「……え、ライオンさんって喋れるの?!」
「話せるよ?ライオンさんは百獣の王として君臨しているけど、王って権力の塊でしょう?王が崩れたら下のものに示しが付かなくなるし、自然界が崩れてしまう…。だから常に責任を感じながら過ごしているんだって。」
「そっか…お兄さんもそんな事言ってたな。上に立つ者は覚悟が必要だって。何事も慎重にいかないといけないのね。」
我慢とは、我慢心せず。自分だけが正しいと思わず、1度自身と向き合う事が重要。それが本来の我慢なのだと、彼女と1匹は切なそうに呟くのであった。
雲の形と着眼点(太陽の正位置)
「御機嫌よう主様、良いお天気で安心するわね。」
朝からこんなに透き通っていて、且つ元気一杯の声を耳にできる機会など、そうそうないのではないのだろうか。
彼女を見ていると、如何に自分に元気がないのかが分かってしまう。
「おはよう、太陽さん。本当に今日はいい天気だね、久しぶりの青空だ。」
「そうね、最近は曇りが青空を隠していたから。きっと何か恥ずかしいことがあって隠れていたんだわ。」
そう語る太陽さんこと、太陽の正位置さん(以下太陽さん)の思考は、どこをとってもポジティブ一色。
曇りの日のどんよりとした雰囲気を、青空の照れ隠しに変換してしまうなど、彼女にしかなしえない考えだろう。
「あはは、面白い考え方だね。私も恥ずかしいとき何かに埋もれて隠れてしまいたくなる時があるけど、空も同じなんだね。」
「自然だって生き物よ、楽しいこともあれば寂しいことだってあると思うの。元気になってくれてうれしいわね。」
「そうだね…私達は自然に生かされて生きているんだもんね…。」
ふと、そんな話をしていると、どこかで見たことのある形になった雲が流れてきた。
あの形は確か…
「見て、太陽さん。あの形何かに似ていると思わない?」
「あら本当ね、あれは…もしかして恐竜?」
「ん~私は犬に見えるけどなぁ…確かに尻尾もあるし恐竜に見えなくもないけど…。」
私が見る限りでは犬に見えたが、どうやら彼女には恐竜に見えたようだ。
その後も流れてくる雲の形が何に見えるか話をしたが、二人共全然違う形に見えていた。
唯一一致したのは、間に穴が開いた雲。
「「ドーナツ!」」
声までぴったり揃い、二人で笑いあう。
ここまで見るものによって違いが出るのかと思っていると、彼女が言った。
「主様、鵺ってご存知?」
「鵺…?鵺って絵物語に出てくる怪物のこと?」
「そう、見る角度によって姿が変わるもののけのことね。」
「太陽さん鵺知っているんだ…。」
「雲と同じだなって思ったの。着眼点が違うと見えるところも違うし、認識も違うでしょう?
どこから見るかで変わるなんて面白いわよね、でも折角なら違う角度の見え方もみたいわよね。」
「違う角度…?」
「一方だけで判断してしまうよりも、いろんな角度から見て判断した方が、選択肢が広がると思うの。
そうすればこうやって会話も弾みし、相手がどんな見方をしているのかもわかるから、相手の考えもわかるじゃない?
それってとても素敵なことだと思うの。」
そういう太陽さんはうれしそうに微笑んだ。
嗚呼この人はどこまで言っても優しく暖かい人なんだろうなと思った。
受け入れ難い事(吊るされた男の逆位置)
『吊るされた男』…と聞くと、正位置の姿が思い浮かぶ。彼は自身の意志であの体制になっている。
「少女ちゃーん!これ解いて~!」
「……。」
然し、この男は自身の意志では無いらしい。出会い頭に足の縄を解いてくれとせがまれる。
「あんたね…ちょっとは反省しなさいよ…。」
「何をだい?僕は何もしてないじゃないか!なのにこんな姿にされてるんだ…理不尽だよー!」
彼の名は『吊るされた男』の逆位置、正位置とは異なり、足を縄で縛り付けられ、常に何かから引っ張られている。それから逃れようとしているのか、何時も出会い頭に解いてくれとせがまれるのだ。
「大体どういった経緯でそんな格好になったの?何かしたからじゃないの?」
「僕は被害者で騙されたんだ!僕の意志でやったんじゃないよ!なのにこんな仕打ち…あんまりだよ泣」
「あ、そうなんだ…じゃあ正位置さんとは異なるんだね…」
彼曰く、昔ある人に騙され大罪を犯してしまい、いくら身の潔白を証明しようとしても聞き入れて貰えず未だに引きずり込まれているのだとか。大罪を犯した事に変わりはないのだろうが、その要因を生み出した人物が居るのであれば、本人も納得は出来ないのだろう。
「僕は確かに大罪を犯した、それは変えられないのは分かってるんだ。だから受け入れようとも思ってる…でも、やっぱり心の底ではどうしてって気持ちがあるんだよ。どうして僕だけがって気持ちは拭えない…。」
「そうだよね、実際あなたは利用されたんだもの。被害者なんだよね…。」
私は複雑な思いを胸に抱えながら悶々と考えた。彼は大罪を犯した、その事に関しては反省するべきではある。当然被害者側から避難の声も上がるだろうし、その声に対する償いを一生をかけて行わなくてはならない。
然し彼もまた、別の誰かによって騙された身。視点を変えれば彼も被害者になる。勿論だが、それでも罪は無くならない。罪は無くならないが、周りのものが少しでも彼に耳を傾けていれば、お互いの気持ちも少しは晴れたのでは無いだろうか。
「少女ちゃんが話を聞いてくれるだけで救われるよ、本当にありがとうね。僕は僕が犯した罪と向き合うよ、それが今の僕がするべき償いだしね。いつか、僕のように騙されて大罪を犯してしまった人の心を、救えるようになりたいな…。」
彼はそう言って悲しそうに呟いた。
生きる合図(太陽の正位置)
おはようは、朝を迎える準備が出来た合図。これから訪れる一日を受け入れて過ごす合図。いつかの彼女が言っていた、この言葉が頭に残っている。
「おはよう」
「おはよう主」
朝目覚めたとき、必ず言う合言葉。これは彼女にとってただの合言葉ではないらしい。いつも何気なしにいう言葉なのに、彼女からの「おはよう」はどこか力強い。
カーテンを開けると、眩しい日差しが差し込んでくる。思わず目を細め、半分だけカーテンを閉める。
正直朝は苦手ではない。一度目が覚めれば、あとは通常通りに動けるから。それに朝はいろんな音で溢れている。カラスたちの喧嘩をするような声、家の屋根に遊びに来た雀の声、ごみ出しをするおばさんたちの談笑話。
今日を生きようとする人や生き物たちの声。その声はどれも聞きなれたものではあるものの、それぞれが思い思いの今日を生きていくというのが分かる。
私もその中に交じって、朝の身支度を整え、朝食を食べた。今日の天気は爽快、天気予想によればずっと晴天で降水確率も低いのだとか。何となくいい気分になりながら、今日は日向ぼっこをするのもいいなと思いつつ、パジャマを脱いだ。
「今日もいい天気、天気がいいと心も少しうれしくなるわ」
「そうなんだ……確かに雨の日よりも晴れているときの方が気持ち的にはうれしいかもしれないね」
「人って天気にも気持ちが影響されるものね」
つくづく人とは不思議なもので、人から与えられたり自然から与えられたりするものの影響を受けてその日の過ごし方を変える。
それは同時に本当に自分がしたかったことを諦めて、合わせているとも見えるだろう。
「主にとって、朝のイメージってどういうもの?」
「私にとって……やっぱり始まりってイメージは強いかな。これでまた一日が始まるんだって気持ちになるし」
「そう、主にとっても良いイメージなのね」
突然の彼女からの質問に、改めて私は考える。朝を迎え入れ一日が始まり、夜になると「おやすみ」といって眠りにつき、次の朝を待つ。
そうして人の一日がまわりまわっていく。いつ終わりを迎えるか分からない人生に、今日もちゃんと過ごすという自覚をさせて、当たり前というカーテンに隠れた本当の気持ちを受け入れる。
しかしながら、誰だって朝を迎えるのは怖い、何が起こるかわからないから。遠ざけようとしても付いてくる。逃げられないのを知っても尚、逃げたくて仕方がない。
でも、それでもその先にある何かを求めて人は朝を迎えるのだろう。明日という決して約束されていない、保証されていない道を進むために。
その理由の多くは、今を変えるためだろう。現状を変えるために、昨日とは違うことをしてみたり、逆に同じように動いてみたり……今を、明日をよくするために動き続けている。新しい出会いを求めて、人は止まることをせずただ進んでいく。
「私にとっての朝はね、何と向き合うべきなのかを見せてくれるってイメージなの」
「向き合うもの?」
「隠してしまいたい感情や思いは、みんな奥底に鎮めて覆い隠してしまう。そうせざるを得ないから本当に納得した状態でやっているわけではないことが多いわよね。鎮めたものの数だけ、負の感情の住処になって膨れ上がってしまう。そうしたら、悲しみでいっぱいになってしまうでしょう? 朝はそんな負の感情を照らしながら、浄化してくれるものだと思うの。カーテンを開けたときに浴びる日差しって凄く眩しいけど、その分隅々まで照らし出すことができる。隅っこに隠れた気持ちや思いも、きちんと見て一緒に考えれば答えが見えるはず。そのきっかけをもらうための合図でもあると思うわ」
昼や夜のうちに溜まってしまった負の感情は、生きていく中で積もっていくもの。それでも限界があるし、少しでも少ない方が心も軽い。あふれてしまうくらいに溜めてしまえば、それは他人も自分に傷つける存在になってしまうこともある。そうなると、それを取り除くのは困難だ。
そうならないように、少しでも負担を軽くするために、朝は手助けをしてくれる。その朝に向かって、受け入れる準備ができたことを伝える合図が、「おはよう」なのだという。おはようの合図を受け、朝は心を照らし、浄化をする。今日一日を乗り越えられるように。
そんな中私達は当たり前に朝を過ごし、その日に起こる出来事に振り回され、夜を迎える。でもそれはそのどれもが当たり前なのではなく、生きる手助けをしてくれている存在があってのことなのだ。人が前を向いて歩けるように、隠れた道を見つけられるように。
きっとそう感じながら過ごしている人はそうそういないだろう、皮肉なことに目に見えないものはいつだって肯定されない。見える人でないとわからないからだ。確かにそこにあって、同じように生きているものがたくさんいるのに、いつだって見えない人たちはそれを受け入れず拒絶する。そんな悲しい世界でも、ひどいことをしていても、いつだって受け入れてくれる存在が確かにある。
「そっか、朝ってそんなにも重要なことなんだね。そんな風に考えたこともなかった……朝が来るのは当たり前だとばかり思ってた」
「そうね、毎日のことでそこまで実感がわかないと思うけど、朝を迎えるって本当に大事なことなの。自分がここにいるっていう実感も出るし、いてもいいんだって自信にもなる。何よりもきちんと朝を迎える準備をしてくれていた昨日の自分にも、感謝よね」
「そうだね、生きている実感っていろんなところでわくけど、朝はその中でも一番に感じるところかもしれないね」
もし明日、その日差しが見えなくなったら、温かみも眩しさも何も感じなくなってしまったら、私にはどんな感情が残るだろう。カーテンを開けた先に、光がなかったら私の目には何が映るのだろう。
それを考えると、少し怖くなった。人間は当たり前のことに依存して、当り前じゃなくなったときに初めて重みや必要性が分かる。それと同時に、分かった時にはもう遅いということにも。
「後悔は後からいくらでも浮かんでくるけど、思いやる気持ちとか感謝の気持ちって寸前まで中々浮かばないものなのよ。それはきっといつでも思える、いえると思ってしまっているからなんだろうけど、いつか終わりが来てしまうのが人生なのよね」
「そっか……じゃあ私も日頃から言葉にした方がいいかもしれないね。いつ言えなくなるかわからないし」
明日無事に朝を迎えられたら、とびっきりの笑顔で言おう。おはようって。
自分の音(愚者の正位置)
彼は風、誰にも干渉されず自分が思った道を次々と行く。その結果が良くても悪くても、彼の足が止まることはない。
それは時にひやひやするけれど、心のどこかでは羨ましいとさえ思っている。彼の行動はどれも潔いからだ。
「愚者さん、それどこから持ってきたの?」
「主か!これは最近立ち寄った海で見つけたんだ!気になるか?」
彼が持っていたのは、貝殻。その中の一つに法螺貝があり、彼はそれを耳に当てて遊んでいた。
貝殻はどれも綺麗に磨かれており、アクセサリーに使えそうなものばかりだったが、法螺貝だけは薄汚れている。
耳に当てられた法螺貝は、かなり大きめのもので、近寄ると海独特の潮の香りがした。
「何してるの?」
「これか、海の声を聴いているんだ!」
「海の声…?」
それを聞いて、一つ思い当たることがあった。法螺貝に耳を当てると、『ゴー』という音が聞こえるという話を聞いたことがある。
それを海の音だと言っている人がいるが、実際は自分の耳の中の音が跳ね返って聞こえるだけで、海の音というわけではない。
きっと彼はそのことを知らないのだろうと、少し可愛らしく見えた。
「そうなんだ、海さんはなんていってるの?」
私の問いかけに、彼は驚いた顔をした。何か変なことを聞いてしまったのだろうか。
「主も海の声が聴けるのか!今までの者は自分の音が聞こえるだけだといって馬鹿にされたんだが、やはり聴こえるものもいるようだ!」
その言葉に、私の心が痛くなった。馬鹿にしたつもりはないが、きっと本当のことを話せば、また馬鹿にされたと思ってしまうだろう。
だからといって彼に嘘をつきたくはない…どうしようかと悩んでいると、彼が言葉を続けた。
「実はな主、皆が言っていることは本当なんだ。これは海の声ではない、だけど海の声だと思って聴くと、すごく楽しい気分になるんだ!」
「!!」
「たまに息抜きしたくなるときがあるだろう?そんな時にこの音を聞くと、不思議な気持ちになって楽しくなってくるんだ!それに、自分の音ってことは、自分の声がちゃんと自分にも聴こえるってことだろう?自分と向き合ういい機会になるじゃないか!」
「愚者さん…。」
「主も、息抜きがしたくなった時には海の声を聴くといいぞ!一番痛みを分かってくれるのは、自分だからな!それは記念に主にやる、好きな時に使うといいぞ!」
そう言って彼は立ち上がり、またどこかへ行ってしまった。
彼は本当のことを知っていたうえで、それが自分にとって何に生かせるのかを考えた。真実を交えながら、穢さないようにしながら…。
何よりも、彼のことを思って嘘をつこうとした私に対して、真実を話したうえで、こう考えればいいと提案してくれたのだ。
「…ごめんね、愚者さんっ…ありがとう…っ!」
こぼれる涙を拭きながら、彼と同じように耳に当てる。初めて聴いた海の声は、彼の言う通り不思議で楽しく、落ち着く音だった。
一緒にだらけよう。(愚者の逆位置)
怠い…それが彼の口癖だ。何かをしてもしていなくても、開口一番怠いという。いつどんな時でも、彼は揺るがない。
「怠い…。」
「ねえ、私の顔見てそれ言うのいつもやめてって言ってるじゃん…挨拶した後に行ってよ…。」
「怠い…。」
「はぁ…。」
今日もそうだった、なんとなしに様子を見に行ったら、案の定私の顔を見たとたんに言われた。初見の時はなんて失礼な!とも思ったが、彼らのことを分かっていくうちに慣れてしまった。
ただ、慣れたとはいえ流石に毎回になると困惑する。来ないほうがいいのではないだろうかとか、余計なことばかり考えては心配になったりするからだ。
それを知らないであろう彼は、相変わらずの無表情のままで珍しく言葉をつづけた。
「なぁ…。」
「??」
「なんで俺にかかわんだ…?」
「え?」
「ただの興味本位ってんなら、もう飽きてる頃だろ…?なのに飽きもせず毎回来るだろ、お前。怠くないのか?」
突然の質問に、私は驚いた。彼が質問してきたということもそうだが、理由を聞かれると思っていなかったからだ。
言われて改めて考えてみたが、理由という理由はない。ただどうしているかを知りたいからというのと、もっと仲良くなっていろんな話をしたいと思っているから…くらいだろうか。
そういうと、彼は突然立ち上がり私に迫ってきた。
「そんな理由だけで毎回毎回俺のところに足を運んでいるのか誰かに頼まれたわけでもないのに自主的にやっているのかいったい何の意味があるのか俺には理解できないのだがetc…」
「ちょちょちょっ…と落ち着いて!何を話しているのか全然わかんないし!」
急にまくし立ててくる彼を落ち着かせ、もう一度ゆっくりと話を聞いた。彼にとって私のこの行動は不可解の何物でもないらしく、無意味な行為だと思っているとのこと。
大体の人は、彼のこの態度に腹を立て、金輪際かかわってこないのだが、私だけ毎回来るので理解不能なのだという。
そうは言われても、関わりたいと思うから来てるのであって、深い理由や意図もない。そう伝えたのだが、全然納得していない様子だ。
それにしてもと、思う。普段基本無口な彼が、ここまでまくし立ててくるのかと驚いた。てっきりすぐに会話終了になると思っていたからだ。
「愚者の逆位置さんって、結構真面目なんだね。」
「あ?」
「最初は怠け者だな~って思ってたけど、ただ怠けているんじゃなくて、頭でいろいろ考えてはいるけどそれを形にできないんじゃない?」
彼は頭ではいろんなことを考えているが、それを表に出したりする事がなかなかできないだけなのかもしれない。それは私とよく似ているし、表に出すのが怖いからなのかもしれない。
「なんか、今回の件で益々親近感がわいた!しつこいくらいに構いに来るから、覚悟してなさい!」
「はぁ~…怠い…。」
「ふふ、知ってる!私も怠くなってきたからここにいるね!」
返事こそはなかったが、嫌がるそぶりは全くなかった。
あいつの本心(魔術師の逆位置)
妙にめそめそした声が聞こえると思ったら、案の定あいつだった。大方俺にとってはちっぽけなことでくよくよしてんだろうなと思ったが、このまま放置するのも面倒くさい。
「よ~どうしたんだよ主。こんな暗いところで辛気臭い顔しやがって…。」
「…マジシャンの逆位置さん…?」
「俺だがなんかあったのか?聞くだけ聞いてやるよ。」
そう切口を開けると、すんなりと吐き出しやがる。普段から吐き出しておけばこんなことにならねえって何回言えば理解するんだろうなこいつは。
相も変わらず気持ちの悪いくらいに白い塊を吐き出しやがった。こいつの変わったところの一つでもあるんだよな。
俺の今までの経験上、うっぷんとか不満ってのはみんな黒い色をしてやがる。特に濃いものは漆黒で、ねっとりとしている。
だが、こいつの場合は真っ白だ。こいつにとって白は、脅威の塊でしかないみたいだな。しかもいやって程に白く輝いてやがる…気持ち悪ぃな…。
「おいおい、こんなになるまで溜めてんのかよ…これは破壊のし甲斐があるな~…。」
「っ!!ダメ!」
俺がさっそくハンマーで破壊してやろうとしてんのに、こいつは俺の目の前に飛び出してきやがった。寸前で止めたからいいものの、このまま振り下ろしてたら脳みそ吹っ飛んでたぞ?
あろうことか、こいつは自分が吐き出した白い塊を背中で隠しやがった。何がしてえのかさっぱり理解できねえな。
「邪魔だ、危ないからどいてろよ。」
「お願い…破壊しないで…!」
は?こいつ今なんて言った?破壊するな?笑えねえ冗談だな、これはお前にとって必要のないものなんだぜ?
なのに保持しようってのか…笑えねえよ。
「何寝ぼけたこと言ってんだ?お前これの正体が何かわかってるよな?」
「…分かってる。」
「だったら何でかばうんだ?気がおかしくでもなったのか?」
「違うの!わかってるけど…わかってるけど失うのが怖いの…!」
「は?」
「一度でも受け入れたから、ここにあるんでしょう?私が無意識であったとしても、求めたから…!」
こいつ…黙って聞いていたら素っ頓狂なことばっかり言ってやがるな。やっぱり気が狂ってるみたいだ…。
「そうか、ならお前もろとも破壊してやるよ!」
ぐしゃって聞きなれた音を立てながら、おれはハンマーを振るった。結局こいつは最期までかばい続けていた。
破壊が終わってチラッと後ろを見る。間抜けな顔をした主が立っていた。
「え…何してるの…?」
「見ればわかんだろ、破壊だよ。」
「え、でも今私の形してたのと白い塊とあったよね…?あれ何…?」
「嗚呼、初めて見たのか。あれはお前が取り込んじまってた他人の念だよ。」
「念…?あの念?」
「そうだ、お前が他人とかかわるとき、無意識に他人の念を取り込んで話してんだ。それが蓄積されていくとああいう形になるんだよ。」
「でも今、その念から塊が…。」
「あそこまでになれば、念も一種の人格を持ちやがる。自分の居場所を保持させようとしてああやって抵抗してくんだよ。俺は騙された振りをするほど優しくはないからな。」
それにだ、勝手にこいつの姿になって成りすましてたってところが一番気に食わねえ。こいつはこんな風にかばったりしねえんだよ。
こいつは洞察力があるし、人に寄り添う力もあるが…同時に冷酷でもあんだよ。こいつは一人の時間を奪われるのが我慢ならねえたちだ、邪魔する奴にはとことん突き放す度胸はあるんだぜ?
それなのになんだ今のなりすましは…何が無意識のうちにでも求めたものだ。求めてんなら塊になんてこいつはしねえよ。守りたいものは邪険にしねえし、こんなきたねえところに何ておいておかねえよ。
こいつのことを良く知りもしねえで押し付けるだけ押し付けるとは、いい度胸だな。
「そっか…逆位置さんは私の事守ってくれたんだね。ありがとう、助かったよ。」
「俺は破壊しただけだ、あとはお前の仕事だろ。」
「そうだね、可哀想ではあるけれど、私には何もできないから返してあげよう。元の所で頑張ってね。」
ほらな?こいつは介抱するどころか返すんだよ。元あった場所に返してさよならだ。
こいつのイメージだと助けてくれると思ったんだろうが、まったくのお門違いだ。こいつは冷静沈着で、状況に応じて本性を出す。残念だったな。
「さてと、掃除でもしようかな。つぶれた後汚いし!さっさと掃除して手芸しよ~っと!」
「お前らしいな、俺も混ぜろよ…。」
「え、すぐ飽きたっていうじゃん!しかも糸通すだけで!」
ほらな?こいつは自分の好きなことになると頑固になるんだよ。絶対に譲らねえし、寄り添いもしねえ。挙句の果てには諦めてほったらかしにするんだ。
「冷たいやつだな、方法を教えてくれたっていいものを…。」
「教えても無駄無駄!やりたいなら自分でやったら?飽きても誰も困らないし、好きにしたらいいんだよ。」
「相変わらずの態度だなお前…。」
「事実でしょ?説得よりも好きにさせるのが一番だよ。お互いの為にもね!」
主はそう言ってフフッと笑いやがった。やっぱり主はこうでねえとな。
心の靄(魔術師の正位置)
「やぁ主、今日は顔色がよさそうだね。何かあったのかい?」
「あ、マジシャン!えへへ、そうなんだ~♪」
今日の主は上機嫌だ、でも僕が何があったのか具体的に聞かない限りは口を開かない。
いつも不思議に思ってはいたけれど、今日彼女の口からその真相が聞けた。
「ねえ主、前から聞こうと思っていたんだけど…いいこととか悪いことがあった時、君って直ぐに理由を言わないよね?それに他の人の時も何があったの?とかも一回目では聞かないし…どうして?」
僕の問いかけに、主は少し考え込んだ後、小さくため息をついてからこう続けた。
順番に話そうかな。まず、いいことがあった時に話さない理由だね。
これはね、自分が感じている嬉しいことの温度と、話を聞いた他人が感じる温度が全然違うから。
自分にとって嬉しい温度が、他人に話すことで冷めてしまうのが嫌だからだよ。例えばだけど、私にとっていつもより早い時間に起きれたことがめちゃくちゃ嬉しいってなってたとして、それを何も知らない人に話すとするよね?
大体の人って早起きくらいで…ってなると思うし、うわべだけの良かったね~って言葉、あまり聞きたくないんだよね。それを聞いたり、態度を見たりすると一気に冷めちゃって、嬉しいことが一気にどうでもいいことになっちゃうから。
人によってとらえ方も価値観も違うのは当たり前じゃない?当たり前だからこそ、押し付けたりけなしたりせずにすごす方がお互いの為になると思うんだ。よっぽど共感してほしいと思った時は話すけど、そうでないときとかはあまりかき乱されたくないから。
嫌なことがあった時も、理由は同じ。話してすっきりするって人もいると思うけど、聞く側の人にとっては何にもならないよね?
基本的に生産性のない話って、ぐるぐるするだけで糸口がないから、結局何がしたいのかが分かりにくいの。
ある程度自分で小さくして、笑い話にできるくらいになった時だったら、話してすっきりするかもしれないけど…。
それにさ、これも人によるけど、嫌な気持ちを増幅させてしまう人ってやっぱりいるし、そうなったら関係のなかった人や物にまでその嫌な気持ちを抱くことになる。それって本人にとっても向けられる人にとってもいいことじゃないしね。
単に巻き込みたくないっていうのもあるけど、さっきと同じようにかき乱されたくないっていうのが一番の理由だと私は思ってる。
一種の自己保持なのかもしれないね。
彼女の言葉を聞き終えた僕は、悲しい気持ちと納得できてしまう気持ちが入り混じって変な気持ちになった。
確かに今の彼女の話を聞いてこんな感情になってしまうのだから、可能性はあり得てしまう。
一見変わっているけれど、冷静になったら一理ある部分が多いんだよね、この子の話って。
僕はいつも主にいろんな可能性を見出せるような方法を教えているけれど、その可能性の先にあることを見据えて、主はいつもこうして構えているのかな。
自分が理解されることはないということや、他人とは正反対であるということも知ったうえで、自分と相手を守るための最善の方法を、瞬時瞬時に見出して実行しているのかもしれない。
思えば、彼女はいつも自分から一人になりにいっていた。まだ主のことを深く知っていなかった頃は悲惨ないじめにあっているのではないかと疑ってたけど、今となっては彼女自らが望んでやっていたことだって気が付いた。
同時になんだかんだ言いながらも他人を優先してしまっている主に、悲しい気持ちでいっぱいになった。色んな人の話を聞くのが好きだという主は、肝心の自分の話をあまりしない。それは共感者を作れない主の悲しみなのかもしれない…。
「ごめんね退屈な話しちゃったね。じゃあ私急ぐから♪」
「待ってよ主!僕は君の話を退屈だと思ったことは一度もないよ!」
「…そう?なら良かった!」
それだけ言うと、主は疾風のごとく去っていった。
残された僕は、どうすれば彼女の心の靄を晴らすことができるのか、様々な視点で考えようと誓った。
解けない謎(女教皇の正位置)
彼女は常に冷静だ。どんなことが起きても常に冷静にその場を分析し、原因と改善点を導き出す。その凛々しさにいつも魅了され、可憐な手さばきに感心する。
彼女は必要最低限のことしか話さないので、とてもミステリアス。そこも彼女の魅力の一つでもあると思う。
「……主様、何か?」
「あ、ごめんね仕事中に!ちょっと様子見に来ただけなんだ!」
何の気なしに見つめていると、視線を感じたのか、気付かれた。特別な用があるというわけではないため、少し焦ってしまった。
そんな私をよそに、彼女は一言そうですかというと、作業に戻った。何となく気まずくなったものの、そのまま立ち去るのも変なので、何となくその場に居座ることにした。
彼女の邪魔をしてはいけないので、黙って彼女の作業を見つめる。
それから1時間くらいぼ~っとしていると、急に彼女が声をかけてきた。
「主様、少しよろしいですか?」
「え、あ、はい!」
「急にお声がけをして申し訳ありません。主様に一つご意見を伺いたいのですが、よろしいでしょうか。」
「もちろんだよ!…役に立つかはさておきだけど…。」
私のその言葉には触れず、彼女は持っていた用紙を渡しに差し出した。受け取ってから見ると、とある企画書が書いてあった。
企画立案者は彼女の妹でもある、女教皇の逆位置さん。勝手なイメージだが、彼女が企画書を作るなんて意外だなと思いつつ、内容を読んでいく。
そこには、紙いっぱいにやりたいことが書かれており、ざっと見るだけで30個くらいあった。然し企画書に必要不可欠となる予算や開催地などの具体的な部分がまるで書かれていない。
「(これって…企画書というよりもやりたい事リストのような…。)これ、逆位置さんが?」
「はい、妹から今朝提出されていました。一通り目を通したのですが、意図が全く掴めずにいましたので一度ご相談をした次第です。」
「そっか…う~ん、確かに一般的な企画書ではないよね。」
「はい、なのでこれは企画書ではなく、別の物であると判断しました。やはり主様もそう思われますか。では何故妹は私にこれを提出したのでしょうか。企画書の書き方等については熟知しておりますし、少なくともこのような書き方は致しません。」
「成程…ん?」
そこで私は、もう一度企画書を見た。公園で遊ぶ・海に行く・山登りをする…ジャンルは様々だが、どの企画も一人よりも多くの人数で行った方が楽しいイベントばかりだ。
仮にこれが逆位置さんのやりたい事リストなのだとしたら、誰かと一緒にこれをしたいという風に解釈できないだろうか。となると考えられるのは…。
「これ、きっと貴女と一緒にやりたいことを書いたんじゃないかな?」
「私と…ですか?」
「うん、逆位置さんが女教皇さんと一緒にやりたいことを書いたんだよ。私から見ても女教皇さんいつも忙しそうだし、開催日とかの詳細が書けなかったのは、いつ行けるかわからないからなんじゃないかな。」
以前逆位置さんと話した際、女教皇さんを休ませてあげたいというような節の話をしていたことがあった。然し勤勉な彼女のことだから、仕事を放棄して遊びに行くなんてことは絶対にしないだろう。
ならば彼女が行かざるを得ないような形で提案してみるのはどうかと、私が提案したのだ。その結果が、この未完成の企画書だろう。なかなか考えたものだ。
女教皇さんはイマイチぴんと来ていない様子で顔をしかめていた。
「これ、私は立派な企画書だと思うよ。具体的な日にちとか、場所とかは女教皇さんが決めてあげればいいんじゃない?逆位置さんだけだと決められないだろうし…二人で企画して実行したらいいじゃない。」
「…そうですね、主の仰るように妹だけでは決めかねるでしょうし、私が加担して動く方が合理的ですね。ご意見ありがとうございます。早速煮詰めることにします。」
「うん、それとこれは私からの提案。この企画は必ず二人が楽しめるようにすること!」
私の言葉にまた不思議そうな顔をする女教皇さんに、あとは自分で考えるようにと言い残してその場を去った。
何も語らない(法王の正位置)
「……。」
「……(汗)」
まただ、また彼は目で何かを語っている。
彼は必要最低限の事しか話さない、代わりに目で語るのである。
彼の名は『法王』の正位置、カード番号は『5』。
意味は『正しさ・秘密主義・計画的』、この正しさは「精神的正しさ」を表す。
「……。」
「あの…何?いやね、流石に言ってくれないと分からないから!」
「……。」
必死に懇願するも、やはり変わらず無言のまま。仕方なく私は、じっと彼の目を見た。
「……。(しなければならないことを放置して一体何になるというのだ。さっさと作業に戻れ。)」
恐らくだが、こういうことを言っているような気がする。しかしこれくらいのことなら、口に出してくれてもいいのではないだろうか。
そもそも今日中にしなければいけないことなどあっただろうか…?
「あの…何かあったっけ?しなきゃいけない事とか…。」
「……。(言われなければ思い出すこともできないとは…浅はかな頭の持ち主よ。)」
「そもそも言ってないでしょう!大体ね、私だってこの解釈であってるかわからないままで会話してるの!それに反応してくれないと、会話が成立してるかも分からないんだけど!」
「……フッ。」
「!!(今笑った…?)」
彼は確かに笑った、その笑いはもしかすると私に対する憐みの笑いかもしれない。
それでも嬉しいと思えるのは、それだけ普段彼が笑わないからだ。
主としては、どんな理由で笑っていても嬉しいものなのだ。
「……。(どうしようもない主だが、これはこれで面白い。)」
この時の彼がこう思っていたことを知るのは、もう少し先の話。
正義と悪(正義の正位置、逆位置)
「眠れ、屍の如く!」
「何を騒いで居るのかと思ったら…一体何を言っているんだ…?」
正義と悪は紙一重、人によっては正義となる行為でも、ある人によっては悪となりうる事もある。どちらが正義でどちらが悪か…それらを正しく判断することは難しい。
「出たなインスピレーションマダム❗我僕達に永遠の眠りを与えてやるところだ❗」
「……要するに、昼寝をするのだな。ぬいぐるみ達と共に。」
「これでまた僕達は力を手にするのだ❗」
「…昼寝をする事で疲労を回復させられると言いたいのだな。」
正義の反対は悪、悪の反対は正義…そんな安直な基準では言い表せない者達がここにいる。正義の正位置と逆位置は、魔術師と同様相対する存在である。
「流石はインスピレーションマダム、我の言葉を理解できるとは大した奴だ。」
「これでも、相対する存在であるからな。貴公の事は大方把握しているつもりだ。解釈に誤りがあった場合は指摘してくれるといい。」
「ほう、我に教えを求めるか。実に愉快な事よ。して、貴様が手に持つ魔導書は何を意味する?」
「嗚呼これか、主に伝えることを記したものだ。主は我々と関わりを持って日が浅い。故に不安事も多いことだろう。そういった負担を少しでも減らせたらと思ってな。俗に言う、お節介だ。」
「何と…冥界の女王への生け贄か!」
「生け贄とは心外だな、せめて捧げ物にしておいてくれ。」
今突っ込むところそこ?!って思った方は正常ですので御安心を…。
あ、因みに冥界の女王と言うのは少女の事です。逆位置さんはこのような異名と言いますか、中二病的発言が多いのです。
「貴公は主をどう見ているのだ?やはり健気な娘だと思うか?」
「冥界の女王は名に相応しき力を秘めている…覚醒すれば世界を破滅させるなど容易くなるだろう!何とも恐ろしき者よ…!」
「…要するに、尊敬しているのだな。確かに主は秘めた力を持っている。今はまだ完全には発揮されていないが、この先身に付ければ大いに活躍できるだろう。」
「然し、力は特に毒になる。世界は冥界の女王の生を許さない。必ずや仕留めに来ることだろう…。何と恐ろしき運命であろうか!」
「その可能性は大いにある。だが、それを防ぐのが我等の使命なのではないか?我等が主の傍に常につき、様々なことを教えることで防ぐことが出来るかもしれない…自信は無いが。」
少女の身を案じているのだろう正位置さんは、不安なことがあった。それは今後少女が自分達の存在を否定してしまうこと。彼女らの存在は主である少女が居てこそ成り立つ存在。少女が居なくなるか少女に否定されてしまえば、忽ち消滅してしまうのだ。そうなれば、二度と主を助けられなくなる。楽しい話も辛い話も聞いてあげられなくなってしまうのだ。
「何を懸念している!冥界の女王は常に前を向く、我らと共に永遠を求め、僕達を従え世界への宣戦布告を繰り返し唱えるのだ!そのような者がそう易々と滅びるものか!我が認めし冥界の女王は、我が生涯をかけて守り抜くべき存在だ!貴様も同志ではないのか?」
「…そうだな、失言だ。忘れてくれ。」
手の中いっぱいの嘘(法王の逆位置)
「……。」
同じ名前でも、向きが違うとこうも変わるのだろうか。
カード達と過ごす時間が長くなっていくにつれて、その疑問はどんどん大きくなっていっている。
愚者や魔術師にしてもそうだが、正位置と比べるとかなりの豹変ぶりだ。そして、この男も例外ではない。
「ね~ぇ~?僕の話ちゃんと聞いてくれてる~?」
彼の名は『法王』の逆位置、正位置と相対する存在である。
一応兄弟ポジションらしく、彼は正位置を『兄さん』と呼んでいる。
意味は『ペテン師・騙し・偽り』で、兄と違って非常によくしゃべる。非常に。
いや異常というべきだろうか、異常なまでによくしゃべるのだ。
「はいはい聞いてるよ。で?何の話だっけ?」
「聞いてないじゃないか~…ひどいなぁ。折角僕の貴重な体験談を話してるっていうのにさー…。」
「どうせ噓なんでしょ?貴方の話って全部噓じゃない…聞く意味ないじゃん。」
そう、彼はおしゃべりなのだが、彼の話す話は全て嘘なのである。
どれだけ真剣な口調で話をしていても、最後には「まぁ噓だけどね♪」といい、噓であったことが発覚する。
毎回こんな調子であるため、いい加減慣れてしまったのだ。
「噓じゃないよー!今回は本当、ねぇ聞くだけ聞いてよー!」
それでも彼の話には、耳を傾けてしまう。
その理由は、たとえ噓だとわかっていても、それが面白いと感じるからだ。
彼の噓には人を傷つける噓がない、どれも人を面白おかしく笑わせる噓なのだ。
だからこそ余計に聞きたくなってしまうのかもしれない。
「はぁ…もう分かったよ~…。今日はどんな噓を話してくれるの?」
こうしてまた、私は彼の噓に引き寄せられる。
楽しくて面白い、彼だけがつける噓の話に…
トラウマに寄り添う悪魔(悪魔の正位置)
トラウマ…それは誰もが必ず持っているもの。
無論皆が同じトラウマを持っているわけではない。人によって大きさや重さは様々だ。
だが、そのトラウマがもたらす影響はかなり強大である事は共通する所ではないだろうか。
「……。」
私もまた、トラウマを抱える一人である。
私のトラウマは大きなものだと2つ、一つは『比較型存在行動否定』もう一つは『階段下り』だ。
一つ目は、幼い頃から家族によって行われてきた、『友人との比較型存在行動否定』。
言葉通り、自分の友人と自分とを比較し存在や行動、考え方などを真っ向から否定をする。そしてその後に、友人と同じ人生を歩むよう強制するという行為だ。
一例を言うと、友人が将来の夢の話をする。それを聞いた家族が私に友人と全く同じ夢を持つように強制してくる…と言う具合だ。
このようなことを幼い頃からされれば、自分の意見というものを話せなくなってしまう。話しても否定されてしまうと、比較され強制されてしまうと思ってしまうから…。
もう一つの『階段下り』も、言葉通りである。
顔や名前はもう思い出せないが、ある人物に階段から突き落とされたのだ。幸い怪我はなかったものの、それ以来階段下りが怖くなってしまった。
後ろに誰もいなければ、素早く降りることができるのだが、人がいると途端に降りることが困難になる。
それでも階段を使わないわけにはいかないため、少しずつ直していこうと取り組んではいる。その為階段下りに関しては、時間はかかるが直していけるものだと思っている。
だが、どうしても…『比較型存在行動否定』だけは、どうにもできないのだ。
「どうして…かしらね…。黒が好きって、言っただけなのに…可笑しいって…気持ちが悪いって…あの子は水色が好きだと言っていたって…どうしてそこまで合わせないといけないの…?」
その日もそうだった。友人と遊んでいると部屋に入ってきて、根掘り葉掘り話を聞き出し、好きな色を聞かれ素直に答えた途端に可笑しいと言われた。
今思えば好きな色くらい人によって変わるだろうし、意味は完全に同じではないが『十人十色』という言葉だってある。それなのに可笑しいと否定をされた、一体何がいけなかったのだろう。
「お、よぅブス!何しけた顔してんだ~?わりぃわりぃ、いつもだったよな!」
「……あ、デビちゃん…。はは、ごめんね…折角来てくれたのにね…。」
「…おい、何があったんだよ。俺様に謝りがやるなんて、らしくねぇじゃねぇか!何があったか言えよ!」
ダメだ…彼の前では上手く隠せない…。
観念した私は、彼にあった事を話した。またいつもの如く笑い飛ばしてくれるだろう…そうしたらきっと私も馬鹿らしく思えて忘れられる。
そう、いつものように笑って笑って…
「…おいブス、こっち来い。」
「え…何…?」
あろうことか、彼は私を真正面から抱き締めてきた。
普段なら絶対にこんな事はしない、なのにどうして今回だけ…?
訳が分からず混乱する私の頭をポンポンと軽く叩きながら、彼は少し震え声で言った。
「なぁ、主。主は何で…黒が好きなんだ…?」
「…星空が、綺麗に見えるから。夜空が黒じゃなかったら、星達の美しさを知れないじゃない…?私はてっぺんで輝きを放つ色よりも、それを支える基盤の色が好きなの。…変、よね?」
「……嗚呼変だ。変じゃねぇのに変だって考えてる主も、主の家族も全員変だ!
好きで何が悪いんだ?立派な理由じゃねぇか!ただ好きってだけじゃねぇんだろ?だったら堂々と言い張れよ!主の好きな色を、誇りに思えよ!」
私は泣いた、声を殺して彼の胸の中で泣いた。泣きやむまでの間、彼は私を離さずずっと抱き締めてくれていた。
嘘も方便(法王の正位置、逆位置)
「やぁ兄さんおはよう♪相変わらずだね♪」
「………。」
「あ、そうそう聞いてよ❗今日僕が起きたらさ、目の前に揚羽蝶が居たんだよ!まぁ夢の話だけどね♪」
「……。」
「あはは、兄さん今日はやけに機嫌が良いんだね♪目がキラキラしてるじゃないか♪」
彼らのコミュニケーションは、彼らにしか分からない。一方的に弟と、その話を聞いているのかいないのか、終始無言の兄。一見交わって居ないようにも見える彼らだが、これでも兄弟なのである。
「大方主の事でも考えて居たのかな?そうそう主で思い出したんだけどさ~…(ペラペラ)」
「………。」
「…兄さん、主の事とかになると真剣に聞いてくれるよねー✨」
「……口が過ぎるようだな。」
「あはは、兄さんと違って沈黙が苦手だからさ♪何か話をしていないと気が済まないんだよねー✨」
「……お前の話は全て虚無では無いか。何故虚無に拘る…?」
「あはは、兄さんその質問は愚問だよ。もう分かってるでしょう?人は真実よりも虚無に惹かれる生き物だ。そしてその虚無により真実は濃厚なものになる…それを知った人の表情は何とも美しいと言われているからね…ま、僕は興味ないけどね🎵」
「………。」
「兄さん怖い顔してるねー…心配しなくても僕は主やその周りの人を傷付けたりするような虚無は言わないよ♪面白くないじゃないか♪」
「……面白味だけで動いているのではあるまい?お前なりに何かあっての行為だろう。」
兄である法王の正位置は、弟である逆位置の考えなどお見通しなのである。逆位置の話す虚無は、どれも害のないものであり、他者を傷付ける事は先ず無い。毎日のように聞いていると当然呆れてしまうが、そこは兄弟の腐れ縁と言うものだろう。そう割り切れてしまうのも、正位置からすればまた一興なのだ。
「あはは、流石兄さんだね🎵」
「………何年、共に過ごしていると思っている。手に取るように分からなければ、兄の威厳も無価値だ。」
「相変わらず硬い頭だねー…付いていけないや♪別にさ、兄さんがどうであれ僕は僕であることには変わりはないんだから良いんだけどね~♪」
「………御前とは兄弟であり相対する存在だ。それ以上でも以下でもない。」
「冷たいなぁ、ちょっと傷付いたんだけど?…まぁ嘘だけどね♪」
「……。」
淑女としての嗜み(恋人の正位置)
昔道徳の授業で、『フィンガーボウル』というタイトルの物語を読んだことがある。
とある国の女王の食事の会に訪れた男性が、緊張のあまりフィンガーボウルに入った水を飲み干してしまう。本来フィンガーボウルは、汚れた手を洗う為に用意されたもので、飲むものではない。当然正しい使い方を知っている女王や他のものからすれば、奇妙に見えるだろう。ところがその様子を見た女王は、男性と同じようにフィンガーボウルの水を飲み干し、男性に恥を欠かせないように配慮したという話だ。
「あの話…懐かしいなぁ。」
「何を懐かしんでいるの?」
「あ、恋人さんこんにちは。昔読んだ物語を思い出していたの。」
当時の私はこの物語に非常に感銘を受けた。女王という立場でありながら、一人の男性を救う為に礼儀に反する行動を起こし、男性を救った彼女の強さと優しさに惹かれたのだ。
「そう、そんな話があったのね。」
「女王としてのイメージもあるだろうに、それをも顧みず行動したのがカッコイイなぁって思って。」
「礼儀というものは、自分を正しく魅せるためのものなのよ。特に淑女としては一番身に付けておくべきものだわ。」
恋愛のエキスパートで知られる彼女にとっても、礼儀は重視するべき点なのだという。誰に対してでも通用し、きっちり出来ていれば評価も高くなる。知らないよりは知っている方がいいのだろう。
「ただ、その礼儀にばかり気を取られてはいけないわね。礼儀は従うものじゃない、使いこなしてこそなんだから。」
「使いこなす…うーん難しいわね。」
「ねぇ主、貴女が思う女性に必要なものって何だと思う?」
彼女の質問に唸っていると、呆れたように溜息を一つつき、言葉を続けた。
「ほんの少しの強さよ。他にも挙げればキリがないけれど。」
「ほんの少しの強さ…?」
「そうよ、女性は男性と比べれば体力も無く弱い。だから男性に護ってもらうことが多いと思うの。特に女王には警護も付くから余計でしょうね。彼女は常に誰かに護られながら生きている。傷つく事がないから美しさを保ち、気品に満ちている…。けれど今回の彼女の行動はどうかしら?女王らしからぬ行動、お付の人が止めても可笑しくは無いはずよ?今後の女王のイメージにも傷がつく可能性だってある。」
彼女に言われてはっとした。通常女王がこのような行動に出れば、真っ先に周りにいる者が止めるはずだ。だが、描写には止めたという表現は無かった。それだけ勢いのある行動だったのだろうか。
「主の話では、その後女王もその男性も、誰からも咎められていないでしょう?特に女王にはそれなりのお咎めがあってもいいと思うけれど、それをも言わせない女王の強さにお付の人達は惹かれたんじゃないかしら?女王としての立場を優先したのではなく、その場の男性の事を優先し、行動を起こしたんだもの。それがほんの少しの強さだと、私は思うわ。普段出さないから、ここぞという時に発揮されるのよ。」
凛と話す彼女に、私は納得した。確かに物語の女王は好感が持てる。これなら市民達からの支持も上がるだろうし、家臣達からの支持も上がるだろう。
「仮に女王の計算だったとしたなら、相当頭の冴える人物ね。敵に回すと怖いものよ?」
「そう考えればそうだけど、私は女王の性格だと思うわ。」
「ふふ、どうかしらね。女性は賢い生き物だから、侮れないわ…貴女も騙される女じゃなくて黙らせる女になりなさい。」
謎の決め台詞を吐き、彼女は颯爽と去っていった。彼女が座っていた椅子の上には、『いい女の伝授方法~スパルタ式~』と書かれたタイトルの本が置去りにされており、思わず身震いしたのは言うまでもない。
命の捉え方(死神の逆位置)
「ねぇ主、死ぬってどういう事だと思う~?」
「……え?」
その質問は、突然問われた。夕ご飯何にする?と聞かれているかのような日常に溢れる質問のようにさえ感じるほどに、軽く。
冬が終わりに近付き、そろそろ春が来るかという頃。無邪気な笑顔を見せながら、死神君は私に問う。対する私は質問の主旨が掴めず困惑していた。
「主にとって、死ぬってどういう事だと思うって聞いてるの!」
「いや質問の意味は分かるんだけど、唐突だったから…。難しいな…うーん…。」
少し冷静になって考えてみた。人は生きている間に何度死を考えるのだろうか。軽い気持ちで考えることもあれば、本気で考え実行しようとする場合もあるだろう。『生と死は紙一重』と、何処かの哲学者が言っていたような気もする…。
「やっぱり、解放…かな?体という縛りが解けて、在り来りだけど魂だけが残って浮遊するっていうイメージ?」
「……ふぅん、そうなんだ。」
「え、何……?何かその反応怖いんだけど…」
「やっぱりそういうイメージ、付きやすいよねー…。」
彼は死を司る存在、故に人とは別の解釈を持ち合わせているのだろう。(無論彼もあくまでカード上の死神である為、本来の概念とは異なるだろうが)
「そういう死神君はどういう事だと思うの?」
「ボク?うーんボクはねぇ…奪われる事だと思うんだ♪」
先程と差ほど変わらない無邪気な笑顔を浮かべ、彼は言った。しかしその表情とは裏腹に、言葉はかなり重い。奪われると表現した彼は、そのまま言葉を続ける。
「ボクはねぇ…生きるって権利だと思っているんだ。この世に生まれる権利が突然渡されて、戸惑いながらその権利を使って生きていく。生きていくうちに様々なことを経験し、嫌な気持ちになることもあれば、楽しい気持ちになることもある。これからどんなことを経験できるんだろうって思った矢先、突然その権利を奪われる…。見てきた景色も、感じられた温もりや冷たさも、感覚がなくなって消えていく…後には何も残らない。そんな感じに思うなぁ♪」
相変わらず顔は笑っている。だが、それを語る彼の言葉は鋭く冷たい刃のようだ。途端に死が怖いものなのだと実感させられた。結局人は最後までなにかに追われて消えていくものなのだろうか。
「だからさ、いつ奪われるか分からないって思いながら生きていけばいいんだよ。そうすれば、時間がどれだけ大事なものなのか分かるでしょ?明日奪われるかもしれない…そう思いながら1日を刻んでいって欲しいな♪」
これはきっと、彼なりに長生きして欲しいと伝えたいのだと私は思った。彼には人の死を止める力はない、だからこうして伝える事しか出来ないのだ。そう考えると、ずっと笑顔でいる彼の強さは並大抵のものではないと感じた。
心肺症(死神の正位置)
小さい頃、よく人の『死』について考えていた。幼いながらも、死に対する興味と恐怖を感じていたのだろう。
「主、朝ごはんはしっかり食べなければならない。抜くと健康に害が及ぶ、気を付けろ。
それが終わったら適度な運動をしろ、体を動かすことは健康にいいからな。」
「分かってるってば!毎日言わなくても分かってるから!」
人が死んだあと、体から魂が抜けて天に昇っていくという話は、昔聞いたことがあった。同時にその魂を管理する者がいるという話も。
人が死ぬ前に姿を見せるという、死の神様…通称死神。物語やドラマに描かれる死神は、どこか恐ろしい存在だ。少なくともこんな風に人の健康管理に指図してくるようなことはないだろう。
彼の名は『死神』の正位置、カード番号は『13』
意味は『終焉・潮時・別れ』、人によってはいい意味を持っているとは感じないだろう。だが別れは必ず来る、別れがあってこその出会いがあるのだから。
「分かっているならいい、常に健康に気を配り正しい生活を送れ。それが長生きの秘訣だぞ?」
死神の名を持っているにも関わらず、彼はやたらと健康面のことを言う。事あるごとにこうして気遣ってくれるのは有難いのだが、死神としてそれはどうなのだろうかとも思う。より健康的な魂を回収しなければならないという縛りでもあるのだろうか。詳細は聞いたことがないため、分からないままだ。
「あ…うん。ありがとう。しー君はさ、私が主だからこうして気遣ってくれるの?他人だったら、こんな風には気遣ったりしないじゃん?特殊なルールとかあるの?」
「主、しー君と呼ばないでくれとあれ程言っておいたではないか!弟に聞かれたら、からかわれてしまう!…話がそれたな、特にルールなどはない。私は主が主でなかったとしても、心配する。」
しー君というのは、私が付けたあだ名だ。彼の逆位置が弟に値するため、あだ名をつけて区別しているのだ。だが当の本人はこのあだ名がお気に召さないらしく、呼ぶたびに怒られてしまう。だが癖でどうしても呼んでしまうため、怒られても呼び続けているのである。
「いいじゃん、しー君ってあだ名!私が命名したんだからいいでしょう?そっか、特にルールはないのか…じゃあ単純にしー君が、私の事を心配してくれてるってことか。ありがとうね、しー君!」
「はぁ…まぁいい。今は弟がいないからな。
主も知っていると思うが、仮に主が死んだとすれば、次に生まれてくる主は今の主ではない。全くの別人だ。今生きている主は、今この瞬間でしか生きることはできない。私は今この瞬間を生きている主と、より長い時を過ごしたい。主が死んでしまえば、私達も共に消えるのだからな。だから少しでも、長く生きていてほしいんだ…。」
カードとその所有者は運命共同体、どちらかが消えればもう一方も消えてしまう。
彼らはカードであり、人間ではない。人間の死と、彼らの死は全く違うものだ。
だが、失う悲しみと苦しみはどちらも同じ。死を司る彼は、人間の死もカードの死も両方分かってしまうのだろう。それは想像以上に辛いはずだ。
「分かった、約束する。貴方たちとの時間を楽しむためにも、私はとことん生き抜いてやるわ!嫌なことであふれかえってる世界だけど、それ以上の楽しみが私にはあるしね!だからこれからもサポートしてね、しー君!」
この時の私は、まだ自分の身に起こる危機を知らなかった。
死神が、この危機を恐れ回避するために忠告として言っていたことを知るのは、もう少し先の話である。何も知らない私は、すべてを知っている死神に、屈託のない笑顔を向けていた。
悪魔兄弟の日常(悪魔の正位置・逆位置)
これは悪魔の正位置から聞いた話。
その日、悪魔たちによる会議があり、悪魔の正位置(以降デビル)は弟を誘うことにした。普段は一人で行くのだが、たまには二人で行くのもいいだろうと思ったからだ。
「よし、まずはあいつを探さねえとな…。何処にいるんだ?」
普段から何処にいるのか把握できていないため、探すのも一苦労だ。
手当たり次第探そうと、最初に立ち寄ったのは弟の部屋。
一応ノックをして反応を待つが、返答はない。そっと開けるとやはり誰もいない。
…が、彼はこの時とんでもないものを目にしてしまった。
「( ^ω^)ナンダコレハ」
デビルが目にしたもの、それは大量の写真だった。そしてそのすべてが自分を写している。中にはいつの間に取ったのかと身震いするほどのものもある。ふと一枚の写真が目に留まった。よく見ると、そこには自分と少女が写っていた。後ろの風景から、つい最近に撮られたものだとわかった。
「この時…あいついなかったよな。じゃあこれ、どうやって撮ったんだよ…(怯)」
怖くなってきたデビルは、そそくさと弟の部屋を後にした。
長居をすれば気分を悪くしそうだからだ。
気を取り直して弟を探していると、見覚えのある後ろ姿が目に入った。
「お、いたいた。ったくこんなところにいやがったのかよ。おーい、今日の会議一緒に行こうぜ!」
デビルの声にくるりと振り返った弟は、恍惚の表情を浮かべながら一歩後ずさった。
不思議に思い一歩近付くと再び一歩後ずさる。何度繰り返しても結果は同じだ。デビルが近付く度に近付いた分だけ距離を取る。
段々意固地になったデビルは、何としてでも近付いてやろうとずかずかと歩み寄った。すると弟も恍惚の表情を浮かべたままそそくさと離れていく。
「(くっそ、何で離れてくんだ?俺様が何かしたってのか…?)」
意外にも気にしいなデビルは、悶々と考えたが思い当たる節はない。そもそも普段からこのように姿を見ることが無いため関わりたくても関われないのだ。
「(だが、この先は行き止まりのはず。これなら逃げられねえな。)」
デビルの言う通り、その先は行き止まりになっていた。やむを得ず立ち止まった弟に、デビルは息を切らせながらもほっとした。
これで何故自分を避けるのか理由を聞くことが出来る。そう思い一歩近付いた。
ドーン!バキバキバキ!
「…は?」
デビルは唖然とした。それもそうだ。
あろう事か、弟はデビルに顔を向けたまま背中で壁をぶち破ったのだから。
当然壁には弟の形の穴があいている。まるでクッキーの型取りをしたあとであるかのように。
だが壁の向こうは外、しかもここは3階だ。普通ならば真っ逆さまに落ちているが、弟は翼を使い落ちないようにしている為、落下することは無かった。
そんな状況でも、弟の表情に変化はない。相変わらず恍惚の表情を浮かべたままだ。
「おまっ!」
デビルが声をかける前に弟は颯爽と飛び去ってしまった。
突然のことに頭が回らないデビルは、追いかける事も出来ずその場で呆然としていた。
「なぁ、これ俺が悪いのか?俺が急に声をかけたからか?」
「うんあんたは何も悪くない。弟が可笑しいだけだからあんたは悪くない。」
話を聞いた少女は、こんな言葉しか思い浮かばなかった。普段自分をこれでもかと貶すデビルが、こんなに弱気になりながら相談してきていることの驚きと、弟の行動への恐怖心がそれ以上の言葉を消滅させてしまった。
一刻も早く解決させなければ、そう思う少女はその後少女の友人の言葉によりこの事件を見事解決させるのだが、それはまた別のお話。
お休み死神兄弟(死神の正位置・逆位置)
「主ー!」
「あ、死神くん!もうお仕事終わったの?そろそろ寝ようと思うんだけど、一緒に寝る?」
夜になり、そろそろ眠ろうと準備をしていた私は、仕事終わりの死神くんを誘ってみた。
(というのも時々死神くんとは一緒に寝たりするため、今回が初めてではないのだが…)
「うん!ちょっと待ってて、僕パジャマに着替えてくる!」
誘いを受け、死神くんは心底嬉しそうに自室へ消えていった。
その間私は布団を敷き、枕を整え完全に寝る体制印象に入っていた。
暫くして、死神くんが戻ってきた。
「お待たせ主ー!見てみてー!」
「きゃー!若しかして新作?すごく可愛いじゃない!前の猫もかわいかったけど、今回は恐竜さんなのね♪しかもちゃんと尻尾まで付いてる!」
死神くんのパジャマは、所謂着ぐるみパジャマ。
どこで入手しているのかは不明だが、毎回異なる着ぐるみパジャマを着てくるので、毎回見るのが楽しみでもあるのだ。
今回は恐竜さんだったようで、可愛らしく尻尾付き。幼顔の死神くんにとてもよく似合っている。
「えへへーでしょー?
もうすぐ兄貴も来ると思うよー!戻る途中で会って、主と寝るって言ったら自分も寝るってうるさかったし!」
「え、そうなの?」
「多分今パジャマに着替えてるんじゃない?兄貴は放っておいてさ、僕たちだけで寝ちゃおうよ!」
「おい、誰を放っておいて眠るつもりなんだ?」
噂をすれば、しー君本人が登場した。
しかし、私は彼の身につけているパジャマを見て、唖然とした。
そう、彼もまた、死神くんとお揃いのパジャマを着ているのだ。
(正確には死神くんの恐竜さんパジャマは緑色なのに対し、しー君のは赤色の色違い。)
「え…このパジャマってペアルックなの…?というか、しー君ってこういったパジャマ着たりするんだね…。」
「…意外だったか、私がこういうパジャマを着ているのは。
最初こそは断っていたが、着ないといつまでも勝手にクローゼットにしまわれるからな、仕方なく着ることにしている。
見た目は幼いが、案外着心地はいい方だぞ。主も一度着てみるといい、特に冬は寒いからな。」
「(いや、しー君のそのすました態度に一番驚いているんだけど…)
そ、そうなんだー…取り敢えずもう寝よう。誰が真ん中になる?」
色々とツッコミを入れたい気持ちを抑えつつ、死神達に相談する。
普段死神くんと眠るときにはどっちが右か左かなど、特に気にもしていないのだが、三人で寝るとなると場所によって眠れない人もいたりするだろう。私は基本的にどこでも眠れる為、正直どこでも問題はない。後はこの兄弟に任せよう。
「僕主の隣だったらどこでもいい!」
「それは同感だな、では主を真ん中にして眠ればいい。そうすれば私もお前も主とともに眠れる、主はそれで構わないか?」
結局私を真ん中にして寝ると言うことで決まったらしい。
先に布団に入ると、いそいそと二匹の恐竜さんが両サイドから入ってくる。
死神くんはいつものようにべったりくっついて、ふふふと笑っている。
しー君は恥ずかしいのか、顔こそはそっぽを向いているものの、私の手を握りしめている。
何だが不思議な感覚だ、私に兄弟がいたのなら、きっとこうして眠ったりしたのだろう。最も着ぐるみパジャマを着ているかどうかは定かでは無いが…
「ん~?主どうしたの?」
「随分と幸せそう表情を浮かべているな…一体何を考えているんだ?」
「いやね、私に兄弟がいたら、こんな風に寝たりしたのかなって思って…。」
私が言うと、二人は顔を見合わせ、静かに抱きしめてきた。
すごく暖かく、優しいぬくもり。二人は相変わらず何も言わないが、言葉にしなくても言いたいことは伝わった。
『心配しなくても、自分たちはもう家族だ。』そう言ってくれているような気がした。
暖かい兄弟の温もりを感じながら、私はそっと二人の手を握りしめたのだった。
名に相応しい輝き(星の正位置)
幼い頃、よく星座早見表を片手に星空を眺めていた。
夏の大三角形・冬の大三角形…季節ごとに様々な名前の星達が、夜空に広がりそれぞれの輝きを見せる。
そんな星達を見ていると、不思議と前向きな気持ちになれたりもする。特別な人と見上げたりすれば尚のことロマンチックだろう。
「綺麗…晴れて本当によかったね。」
満天の星空を見上げ、隣で嬉しそうにはしゃぐ女の子に声をかけた。
こちらを振り返り、心底嬉しそうに笑う彼女を見ていると、名にふさわしいと改めて感じる。
「うん!雨の日も好きだけど、やっぱり晴れているほうがいいもんね!あ、ほら見てあれ!オリオンがいるよ!」
彼女が指さす方向には、冬の大三角形の一つである『オリオン座』があった。そういえば最近、彼女が喜ぶと思ってオリオン座をモチーフにしたイヤリングを購入したことを思い出し、微笑んだ。
彼女は『星』の正位置、カード番号は『17』
とても明るくて可愛らしい子である。彼女は夜になると仲間達と一緒に会議に行くらしく、今は会議終わりなのだ。
意味は『希望・夢・未来へ続く道』などで、彼女自身の明るさもあってか納得できる。
「本当だ、綺麗…!スターちゃんのお仲間さんって、やっぱり星座なの?」
「ううん、違うよー!星座は人間達が形作ったものだから、あたし達とは無関係なの!あたし達は一個の星に過ぎないんだよ、だからこうして集まってお話ししたりするの!」
「あ、そうなんだ!となるとみんなで集まったら賑やかで楽しそうだね。会議って具体的にはどんな話をするの?」
「星ってね、当然だけど毎日動いているでしょう?次に誰がどの位置に移動するかって言うのを話し合いで決めてるんだ!
大体すぐに決まるから、余った時間はお菓子を食べたりしながら今日あったことをお話しするの!」
彼女達は仲間をかなり大切にしているようで、毎日お互いの磨き合いをしているのだとか。
集団行動特有の啀み合いなどを一切せず、互いの輝きを尊重し合っている。
そんな彼女の話を聞いていると、時々悲しい気持ちになったりするのだ。
「あはは、会議って言うよりお喋り会みたいなんだね。知らなかったなぁ…ただ単に近くにあるだけだと思ってた。物事にはちゃんと意味があるんだね…。」
「意味の無いことなんてこの世にはないと思うよ?どんな小さな事だってそう、何かとは繋がっているんだしね♪
自分が何と繋がりたいか、何を目指したいのかを掲げれば、道を見失わずに済むと思う!」
嗚呼やっぱり、彼女は星の名にふさわしい…。眩しいくらいに明るくて、少し我儘な所もあって、優しい…。
楽しそうに笑い彼女の横で、自然な笑顔になれている事を感じながら、再び共に星空を見上げるのだった。
天使と悪魔(悪魔の正位置)
「ね、デビちゃん。デビちゃんの世界には、天使ってやっぱりいるの?」
それはただの好奇心から浮かんだ疑問だった。デビちゃんこと悪魔の正位置は、名前にもある通り悪魔だ。
悪魔に相対する存在といえば、やはり天使だろう。彼の住む世界には、そういった概念は存在するのだろうか。
「あ?天使?」
「うん、デビちゃんの世界にもそういう存在はいるのかなと思って…。」
「お前あんな奴らのこと興味あんのか?碌な奴いねえぞ?」
デビちゃん曰く存在はしているものの、私たちが想像する天使のイメージとは全く食い違っているらしい。
デビちゃんの世界における天使は、人々を天界へ誘う存在らしく、挫折した人などに声をかけ、連れていってしまうらしい。
一方の悪魔は、デビちゃんのように無駄なものを切り捨て身軽にさせた状態で今を生き抜くよう仕向ける存在らしい。まさに正反対の存在だ。
「あいつら、頑張らなくていいんだよ~楽になろうね~とかいって直ぐあっち側に連れて行くんだぜ?怖いだろ…。」
「何が原因なのかとか言ってくれないんだ…それは確かに怖いね…。」
「あいつらは解放こそが人の幸せだと思っているみたいだが、人の世に開放なんて甘い考えはない。あいつらに誘われたら最後、何も知ることもできずに消えてしまうんだ。」
天使たちは早々に天界へ誘い、誘った後のケアは何もしないらしい。取り残された人の魂は、何が起こっているのかわからないままに消えてしまう…なんて悲しきことだろうか。
その為悪魔であるデビちゃんは、天使を毛嫌いし、天使もまた悪魔を毛嫌いしているのだとか。それはそうなるよなと思いながらも、人間側では悪魔の方が悪いという概念になっていることに、悲しさを覚えた。
海外における悪魔に関しては、確かに人に悪さをし、命を奪うようなものもいる。しかしカード上においての悪魔は、デビちゃんを含め人に寄り添ってくれる優しい存在だ。そんなデビちゃんを脅かす天使を、私は好きにはなれないなと思った。
「それでも、あいつらにほいほいついていくやつがいるんだよな…楽しそうに見えるとか言って。」
「人って常に楽な方に行きたがるもんね…私も気を付けておかないと…。」
「お前は俺様と張り合って生きていれば目はつけられねえよ。つけられたとしても俺様がいる限り、指一本触れさせねえ。」
「天使に主を奪われるって、相当の屈辱だもんね…私もそれだけはしたくないなぁ…。」
もしも今、デビちゃんと天使がいて、手を取るならどっちだと言われたら、迷わずデビちゃんの手を取るだろう。だけどこの先私の身にいろんなことが起こって、再度どっちをとるかといわれたら…その時も迷わずにデビちゃんの手を取れるだろうか。
人は弱い、判断力が鈍ってしまったら最後だ。きっとどこかで判断を誤って、天使の手を取ってしまうのだろう。そう思うと、デビちゃんの手を離したくないと強く思うのだった。
ある日の会話で学んだこと
カードとの他愛もなく、楽しい会話。
まだまだ続きますが、良かったら読んでいってくださいね?