旅人
『旅人』
氷雨の降る季節に
その人は街へやって来ました
冷たい雨はぴたぴたとアスファルトを打ち
工場から立ち上る煙はやけに白く、ひどく重く
その人は列車の通らない線路を
プラットホームからじっと見つめて
悲しそうな目で
少し、俯いていました
その人を呼んだのは、誰でもない
この街で生きる
人、もの、音、とか、
言葉で表しきれない、すべてです
その人は静かに、立っています
忘れられてしまったものを
コートの内にひっそりと忍ばせて
雨はしとしとと降る
風はぴたりとありません
やがて雨が雪に変わる頃
その人はそっと、街を離れて行きました
旅人
かつてCessnaという名前で投稿したものです。