終着駅

終着駅

いつもの通学、いつもの道、いつもの電車、この電車に終点まで乗って行けば何処にたどり着くのだろう。
いつも思っていた。

少し口うるさい両親、少し神経質な担任の教師、頭が良くて楽しくて決して本心を話さない友人たち。
どこにでもある家庭、どこにでもある学校 、少しの不満が入り混じった幸福な生活。
殴られた記憶も、裏切られた記憶ももろくに無い。気付いたら「裏切られた」と思う程に人を信じたことも無かった。

豊かで平和な国に生まれた幸運、親と学校と社会と全てに守られながら、少しずつ窒息してゆく生活。
いつも思っていた。この道の終わりはどこにたどり着くのだろう。

豊かで平和な国は情報に溢れている。ニュースでは休みなく希望と絶望が垂れ流される。
この国の少子高齢化は絶望的、坂道を転げ落ちるように滅んでゆく国。
地球では1年間に4万種以の生物が絶滅している。
遅々として進まない宇宙開発、「タイムマシン」も「アンドロイド」も「空飛ぶ車」も実現していない。
50年前に描かれた未来は訪れなかった。
予定より数年遅れで出港する金星開発公社の第一回輸送船は、出港を数日後に控えても希望者が集まらずに乗組員が不足しているらしい。
あふれる情報、遠い世界の情報、同じような情報、同じ事を繰返してどこまでも続いて行く。

いつもの通学電車、いつもの乗換駅で降りなかった。
携帯電話がずっと鳴っている。気付けば留守番電話は限度時間いっぱいだった。

お母さん、何故泣くの? 何年も思っていたことを、いつも言っていることを、実行しただけなのに。
わたしは何も変わっていないのに。
お父さん、何故怒鳴っているの?「お前の事は全部理解している」というなら、何も問題ないと思うのだけど。
わたしは何も変わっていない。いつも通りの私だ。

いつも言っていた事と同じ行動をしただけなのに。いつも通りの私なのに、
何故、世界が急変したみたいに騒ぐのだろう? 

もう、どうでもいい。

この電車の終点には何があるのだろう。
本当は、もう知っている。私が住んでいるのは日本地図の「小さな点」にも満たない地域だと。
本当は、もう知っている。終点の駅は日本地図の「小さな点」に収まる距離の場所だと。
終点にたどり着いても同じかもしれない、いつも通りの自分をどこまでも連れて行かなくてはいけないのだから。

電車の終着は大きな駅だった。何本もの電車が交差している。
向かいのホームに古びた電車が到着した。新しい電車に乗り替えた。この電車の終点には何があるのだろう。
乗り継いだ電車の執着駅は港だった。
新しくて大きな船がある「金星開発公社」のシンボルマークが目に付いた。この船の終点には何があるのだろう。
「乗せて下さい」と言ったら「一応、面接を受けて」と言われ、数分後には船の中にいた。
制服のおじさんと数分間話しをした。あれが面接だったのだろうか?

終点には何があるのだろう。この道の終わりはどこたどり着くのだろう。

終点の景色をを考えている暇がなくなった。道行きの途中に、生きるためにやる事が山ほどある。つまり「人手不足」らしい。
何もかもが、初めての事、知らない事、やらなくてはいけないから全部をやる。自分のミスが全員の死に繋がる。
混乱しても疲れ果てても、手を動かしながら考える。全員がそうしているから。

終点は金星だった。人が生きられない場所、脆弱な箱に囲われた小さな空間、携帯電話の電波ももう届かない。
水も、空気も、物も、安全も、人も、全てが足りない。
水も、空気も、食べ物も、生きてゆくための全てを自分達でつくる。
出来ない事の多い私は、人と協力してつくるしかない。
「自分に何が出来て何が出来ないか」死ぬほど考える。出来る事を増やすために必死で考える。
人に信じてもらわなくては生きて行けない。自分を信じてもらうために相手を信じなくてはいけない。
自分を信じてもらう事の、人を信じる事のなんて難しいのか。そして、なんと簡単だったのか。
食べて、働いて、泣いて、疲れ果てて、生きて、生きて、生きて。

わたしは何も変わっていない。わたしはずっとすっとこういう人間だった。

終着駅

終着駅

ずっと考えていた。 終点には何があるのだろう、この道の終わりはどこたどり着くのだろう。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 冒険
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-03-09

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