快感の芽

 きっかけは些細な事だった。私が彼に強く突かれた時、痛みと苦しみのあまり思わず彼の首筋に噛み付いた。彼は、んっ、と低いうめき声をあげた。それが私の中で得た快感のせいだったのか、噛みつかれた時の痛みのものだったのかは判らない。ただ私の中で、何かが芽生えた。
 彼のセックスは退屈だった。というより、退屈になっていった。
 付き合い始めの頃は丁寧に愛撫もしてくれて、優しく気遣いながら私を抱いてくれた。一緒になって二年目になる頃にはもう流れ作業なようなもので、最中には天井の染みを見つめながら明日の仕事の憂鬱さにため息を吐きそうにもなったりした。
 友人は「そんなもんじゃない?」と口を揃えて言うし、私もそんなもんなのかと思い始めた時だった。一度芽吹いた意識の底の種は、私の胸を徐々に突き動かすようになっていった。
 
 
最初のきっかけから二週間ほど経ったある日の夜十一時過ぎ、彼が酔っ払ってふらふらの状態で家に上がり込んできた。私はちょうとお風呂から上がったところで、バスタオルで髪を拭いていたところだった。今日は泊まらせてくれという。
「来る時は連絡ちょうだいって言ったでしょ」
「いいじゃん別に。水飲んでいい?」
 彼は私の返事を待たずに冷蔵庫を開けてミネラルウォーターのペットボトルのフタを開け、そのまま口を付けて飲み始めた。
「ちょっと、コップに入れてよ」
 彼はちらっと私を見て、まあまあ、という手振りをしてまたそのまま飲み出した。
 私の中でムクムクと苛立ちが膨らんでいく。何も言わずに部屋に入り、テレビを付けてドライヤーで髪を乾かし始めた。すると彼が突然横から抱きついてきて、私を床に押し倒そうとした。お酒臭い吐息が顔にかかる。
 やめて、と私が言っても彼は聞かず、そのまま私の服を脱がそうと腰に手をかけた。
 私はカッとなった。右手に持っていたドライヤーを彼の身体に投げつけ、怯んだ隙に彼を押しのけた。
「なんだよ……」
「やめてって言ってるでしょ」
 彼は声を出さずに笑った。弱々しい笑顔で、申し訳無さそうに、どこか怯えているように見えた。
 私の中の芽が悶えた。向こうも怒ると思っていたから、予想外の反応に驚きながらも「こんな反応」をもっと見たいと感じていた。
 彼は酔いが冷めたのか、その後何もせずごめんなと謝って大人しく帰っていった。私は自分の中の感情を確かめるように反復していた。彼を押しのけた時、彼の潤んだ目を見た時、彼が途端に怯えた子どものようになった時。お腹の下の方が熱くなっていた。
 以前から、そういうアダルトビデオや漫画なんかは好きだった。でも実際に自分でしてみようとは思ってもなかった。フィクションだから興奮するんだと思っていた。
 嘘だと思って観ていたものが、急に現実性を帯びてきて生々しいものになった。混乱と興奮に襲われ、私は久しぶりに何度も自分でしてしまった。


 後日、私は彼をデートに誘った。こっちから誘うのは半年ぶりの事だった。デートの翌日がお互い休みだったので、ホテルに行こうとも言った。彼は喜んで誘いに乗ってくれた。
 買い物をした後、食事をしている時に、このホテルに行こう、と彼はスマホの画面を私に見せた。評判の良いラブホテルらしい。しばらくしていなかったから、彼は喜びが隠せないようだった。いつもなら彼の喜びのほうが強かったと思うが、今日は違った。少しばかりの緊張と不安、それ以上にワクワクした気持ちが勝った。
 部屋に入って彼がお風呂に入っている間、私は冷蔵庫から缶チューハイを取り出して飲んだ。酔っていたほうがやりやすいんじゃないかと思ったからだ。グッズの自販機を何気なく見てみると、安っぽいものだが手錠が置いてあった。それを見つめながら、身体の芯が疼くのを感じた。
「飲んでるなんて珍しい」
 彼がソファーに座ってチューハイを飲んでいる私を見て笑った。タオルを首にかけ、私の隣に座る。
「何だかドキドキしちゃって」
「どうしたの、興奮しているの?」
 私の頬にキスをして、手を太ももに置いてゆっくりと撫で出す。されるがまま、私も彼の太ももに手を伸ばしゆっくりと股間に近づけていく。もう軽く勃っていて、熱い感触が伝わってくる。
 彼は私をソファーに押し倒し、唇にキスをして太ももから股間に手をやる。バスローブがはだけて下半身があらわになる。
「もう濡れてる」
 下着の上から触って彼は言う。自分でも既に下着に染みるくらい濡れているのはわかっていた。彼の指が上下に動く度、息が漏れる。彼のものをさすりながら、私は下腹部から突き上げるものを感じる。彼のものではなく、芽だ。
「ねえ」
「どうしたの」
「試してみたいことがあるの」
「試してみたいこと?」
 彼は愛撫の手を止め、不思議そうに私を見た。
「少し、私の好きにさせてくれない?」
 よく判らないけど、と前置きして、いいよ、と彼は言い、上半身を起こした。
「ベッドに行こう」
 私は彼の手を引いてベッドに連れて行き、彼を寝かせてその上に馬乗りになった。
「騎乗位?」
「ちがうの」
 私は彼の首筋に噛み付いた。彼は、いたっ、と声を出して私の肩に手をやり、押しのけようとする。
「じっとして」
 彼の目を見ながら言う。彼は怯えたような顔で私を見つめる。そんな目で見られたら、身震いしそうになる。
「噛むのが好きなの?」
「そうじゃないの……苛めてみたいの」
「苛める……痛いのは嫌だよ」
「わかった、痛いことはしないから、させて」
 私は彼の乳首に口づけをした。あっ、と声を出して身体をビクンとさせる。舌で乳首の周りに舌を這わせながら、彼の頭を撫でる。
「……気持ちいい?」
 私が聞くと、彼は小さな声でうん、と言った。恥ずかしいのか、腕を目の上に置いている。
「もっと欲しい?」
「……欲しい」
 乳首は舐めず、その周りや胸を焦らすように舐めながら聞いた。明らかに興奮している。想像以上に素直な彼を見て、彼はこういうのが好きだったんだと嬉しく思った。今までそんな様子微塵も見せなかったのに。
 舌先を乳首に当てる。彼の身体が動くの感じて、そのまま舌を動かす。舌先が彼の勃っと乳首を弾くたび、はっ、はっ、と短い声を出した。私の腰に手を当ててぎゅっと掴んで、快感に耐えているようだ。彼の下半身に目をやると、ボクサーブリーフの中でパンパンに勃起しているのが見えた。先がカウパーで黒く湿っている。
「下も……触って……」
 しばらく舐め続けてあげていると、小さな、か細い声で彼は言った。触ってあげようと手を伸ばしかけたが、思い直した。
「まだ、おあずけ」
 少し意地の悪い感じでそう言うと、彼の股間がビクンと動いた。もう私の下着も、気持ち悪く感じるほどに濡れていた。
 この気持ちは何だろう。今までに感じたことのないものだ。身体が浮いているような、時間が止まっているような気さえする。彼がこんなに従順だったなんて。はあはあと息を漏らしながら、射精したくてたまらなくなっているのに、じっと我慢している。何て可愛らしいのだろう。
「下も欲しい?」
 私が聞くと彼は涙声でうん、と言い、欲しい、と続けた。
「欲しい、じゃなくて」
 私がそこで言葉を止めると、考えを察したのか、彼は口をつぐんだ。さすがにそれは言えないだろうか。でも私は聞きたかった。聞かないと満足出来ない状態になっていた。
「ください、って言って」
 腕で目を隠したまま、彼は少し黙っていた。言いたいのだ、と私は思った。でも邪魔するものがあるんだ。取り除いてあげなきゃいけない。私は彼の身体に沿って寝そべり、彼の股間に手を置いて、耳元で囁いた。
「ください、お願いしますって言って」
「……ください、お願いします」
 私は彼のものを下着の上からゆっくりさすり、良い子だね、とまた耳元で囁いた。彼は声を我慢しなくなり、私の手の動きに合わせてあぁ、あぁと喘ぎだした。
「こういうの好きだったんだ?」
「わから……ない……」
「でも気持ちいいでしょう?興奮するんでしょう?」
「……する……」
「もっといっぱいしてあげる。これからずっとかわいがって、遊んであげる」
 手の動きを早め、彼の耳たぶを噛んだ。出ちゃう、と泣きそうな声で彼は全身を強張らせた。彼は腕を顔から離し、私の方に顔を向けた。潤んだ眼差しが、私に訴えかけていた。
「駄目だよ、勝手にイッたら」
「は……い……」
 ベッドから起き上がり、彼をベッドから降りるように促した。トロンとした目で私を見つめた後、ゆっくりと床に降りてそこに座った。
「舐めて」
 下着を脱ぎ、ベッドの端に腰をかけて脚を開いた。彼は何も言わずに私の前に来て、股間に顔を埋めて舌を動かし始めた。
 気持ちいい。していることはいつもと同じなのに、全然違う。言われた通りに自分の股を舐めている彼の姿を見ながら、鳥肌が立ちそうになる。水を飲む子犬みたい、と思った。
「自分でしていいよ、舐めながら」
 彼は言葉の通り右手で自慰を始める。荒くなった息があそこから伝わってくる。下腹部の芽が、お腹の中を勃起した男性器のように屹立していくのが判る。彼の舌がクリトリスを撫で、私は状態を反らす。気持ち良いよ、凄く気持ち良い。彼の頭を撫でて褒める。とっても良い子。
「もう……イきたい……」
 彼が顔を上げて私を上目遣いで見つめる。口の周りが自分の唾液と私の愛液で濡れていて、私の股に白い糸を引いていた。
「そうじゃないでしょう?」
 彼は一度頭を俯かせたが、すぐにこっちを向きなおして、ゆっくり口を開いた。
「イかせて……ください……」
「良いよ。私の目を見ながら、イきなさい」
 右手の動きを早めて、泣き出しそうな顔で、うめき声とともに彼は勢い良く射精した。ベッドのシーツと、床と、私の足に精液が飛び散った。
 この芽が花咲くのはいつだろう。軽い絶頂のようなものを全身に味わいながら、私はゾクゾクした。
 足にかかった精液を舐めるように命令する。彼は荒い吐息とともに、舌を私の足に伸ばした。

快感の芽

2016年3月6日 即興掌編 花

快感の芽

サディスティックな行為への目覚め。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 成人向け
  • 強い性的表現
更新日
登録日
2016-03-06

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