木漏れ日

萱島太一18歳。大学入学を控えた春。甘酸っぱい青春を乗り越えながら、1歩大人に近づいていく青春ストーリー

木漏れ日①

3月に訪れた小春日和。春の温かい光を浴びながら、萱島はそっと深呼吸をした。手には大粒の汗が握られている。


萱島太一18歳。今年の春から大学生としての生活がスタートする。上京することに大きな不安と大きな期待が入り交じりながら、新生活の準備を始めていた。大好きなバットとグローブ、新しい鞄に新しい手帳。全てが萱島の背中をグッと押してくれるアイテムになっていた。


「萱島ー!いつまで黙りこむつもり?」


軽いため息とともに、有紀がいつも通りの説教を始めた。


「何か用があって呼んだんでしょ?だったら早く言いなさいよ!私だって忙しいんだからね」



田島有紀は高校3年間のクラスメート。少々男っぽく大雑把なところがあるが、キリッとした目にはっきりとした鼻筋で、とても綺麗でみんなからの人気者だった。



クラスがずっと同じだったとは言え、休み時間になるとツンとした有紀に話しかけるには少々勇気がいった。



思えば2年前の夏、有紀が野球の応援に来てくれたことが2人が話すきっかけであった。


カキーン


豪快な音ともに9回裏、逆転のチャンスがやって来た。


バッターボックスに入る瞬間、友達に誘われ退屈そうに試合を見る有紀の姿が目に飛び込んできた。こんな大切なときにあいつは何考えてんだよ。そんなことを思いながら打席に立った。


緊張からピッチャーとの距離感が掴めなかった。小さい頃から父親に野球の英才教育を受けてきた萱島にとって、気を張るほどの相手ではなかった。高校一年にして期待の新人は小さく深呼吸した。


ストライーーク!!


審判の大きな声が耳に響いた。


まだ大丈夫まだ大丈夫。そう自分に言い聞かせながら、萱島は次のボールを待った。


相変わらず退屈そうに眺める有紀の表情が、心に響いた。


2ストライクノーボール。



勝負が決まるまでそんなにも、時間はかからない状態であった。



観客がそっと息を飲んだ。

木漏れ日②

ストラーイク!!バッターアウト!!


キャッチャーミットに一直線に投げられたボールに萱島は動くことさえ出来なかった。結果は最悪の見逃し三振。萱島は有紀の顔を見ることが出来なかった。


相手チームが歓喜の渦に包まれる中、萱島はロッカールームへと歩いていった。


「萱島そんなに気にするな!お前にはまだ次があるじゃないか。」


主将である宮田にかけられた言葉がいつまでも心に残った。


ユニフォームに付いた砂を払う気力すら萱島には残っていなかった。俺はいつもそう。小さい頃からいつも。萱島はチャンスの時になるといつも気持ちが小さくなってしまう。


「よく頑張ったー!いい夢見させてもらったよ」


そんな労いの声が行き交うなか選手たちは迎えられた。世の中こんなもの。自分が気にするほど周りは気にしていない。チームメイト含め、コーチ、監督、観客の全員が笑顔に包まれていた。


こんなにくよくよしていてもダメだ。次までにもっともっと上手くなろう。そう萱島は心の中で強い気持ちを固めた。


本当に夜は来るのだろうか。そう思わせる程の強い夏の日差しが萱島の顔にちかちかと照りつけていた。もう時刻は夕方5時過ぎ。


「お疲れ様です!!」


そう言って有紀が萱島の横を少し駆け足で過ぎ去っていった。試合中見せていた退屈そうな顔はなんだったのか。頬をきゅっとあげ、萱島が初めて見た笑顔がそこにはあった。


有紀は宮田に近寄ると、持っていた鞄の中から綺麗に折り畳まれたタオルと、小さなチョコレートを出して宮田に渡した。真っ赤に染まった頬に照れながら、有紀はそっと宮田の顔を見た。


「ありがとう」


宮田はそう言うと有紀のタオルを受け取り、顔いっぱいにかいている汗を拭った。ふたりは付き合っているのだろうか。萱島は頭の中で色々なことを考えた。もちろん、付き合っていようがいまいが萱島にとっては全く関係のないことであった。でも、何か受け入れられない。何が萱島にここまで考えさせるのか。それすらわからない状態になっていた。


「萱島くんもお疲れ様!野球上手なんだね。」


萱島はびくっとした。いつもならツンとした表情で愛想がない有紀はどこにいったのだろうか。穏やかな表情で優しい笑顔で萱島に話しかけてきた。


「あ、ありがとう」


それでも萱島にはこれ以上の言葉が出てこなかった。
本当だったら凄く嬉しいはずなのに。何か萱島の気持ちを遮るものがそこにはあった。


照りつける太陽とは違い、もやもやとした気持ちが生まれつつ萱島は家に帰っていった。

木漏れ日

木漏れ日

萱島太一18歳。今年の春から大学生としての生活がスタートする。上京することに大きな不安と大きな期待が入り交じりながら、新生活の準備を始めていた。大好きなバットとグローブ、新しい鞄に新しい手帳。全てが青春の一欠片となっていく。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-03-06

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  1. 木漏れ日①
  2. 木漏れ日②