喫茶店相談所の事件簿 #3 黒の結末

古き良き鎌倉の街並み。レトロな喫茶店。常連客が謎解きの相談を受け付けます。

鎌倉の街並みと共に。鎌倉や藤沢、逗子で起こる電車による死亡事故。共通点は黒服の死神の噂。



夏休みも終わり七里ヶ浜学院は二学期が始まった。
しかし、始業式での挨拶は夏休みの時から不安だったが的中してしまう。
私は、三姉妹の長女であるにも関わらず一番背が低い。
小学五年生程だろう。
ただし一番前に立つ子と同じ。
そのため、体育館のステージに立ち私だけ挨拶の時マイクに届かず台を用意してもらったのは恥ずかしさよりも悔しさだった。

始業式も終わり、休み明けの実力試験に手応えを感じていた。
流石に五教科の試験を行うと窓からは傾いた太陽の斜陽が差し込んでいる。
ホームルームも終わり、教室は部活に行く者や帰宅する者、遊びを提案する者といた。
私は生徒会室に寄ろうと椅子から腰を上げたところで声をかけられる。
「ねぇ、会長は知ってる?黒い死神の噂」
クラスメイトの橋本葉子が私に嬉々として訊ねる。
私、桜川舞美は七里ヶ浜学院高等部で生徒会会長をしているため会長と呼ばれている。
彼女の場合は単なる渾名のつもりで言っているのだろう。
「黒い死神?」と私は首を傾げる。
なんだろう、少年ジャンプのネタだろうか。
「何かの漫画?」
「違うよ。実際にいるんだよ死神!」
葉子が手を横に振り言った。
私は椅子に腰を下ろすと隣の席に葉子は腰を下ろす。
「死神って、ホラー映像なの?」
私は顔を引き攣らせた。
よくある実録なんちゃらだろうか。
「会長って、ホラー苦手なんだね。でもホラーよりもミステリーっぽいかも」
「死神なのに?」
「まぁ、そう呼ばれてるだけなんだけど」
そう言って、葉子はスマートフォンを弄りニュースサイトを開いて私に見せる。
「これだよ」
ニュースサイトには電車の人身事故が載っていた。
『小田急江ノ島線で人身事故発生。被害者の背後には、またも黒服の人が・・・』
そんな題名を付けられたニュース記事に様々な人がコメントをしている。
『きた死神www』
『これで五件目ですね(汗)』
『本当に人の仕業?人なら捕まってるでしょ』
『ただの合成だろ』
『日本の警察は優秀だよ 人の仕業なら確実に捕まってる』
『警察は殺人として捜査してるけど 進展ないよね』
『監視カメラの意味www』

私はコメントを見なかった事にして葉子に訊ねる。
「五件もあるんだ?」
「そうだよ、多発してる人身事故。しかも被害者全員に黒い人影が背後にいたって」
葉子は興奮気味に言った。
「しかも五件のうち、三件は踏切で起きて二件が駅のホームで起きてる」
葉子は神妙な顔をして続ける。
「しかも、全部が江ノ島線じゃないんだ。
横須賀線もあるし小田急線だった時もある。そして被害者の年齢も性別もバラバラ」
「不気味だね、それ」
「だから、警察では電車を凶器にした殺人で捜査してるそうなんだよね」
「電車を凶器にって事は全員はお亡くなりに?」
「そうだね」
葉子は真顔で頷いた。
「でも、黒い人影ってどういうの?」
「それはね」と葉子はスマートフォンをいじり「これ」と提示する。
監視カメラの映像の一部を写真にしたのだろう。
監視カメラは白黒だと思っていたがカラー写真だった。
二十代に見える女性は社会人のようでスーツ姿であり、その後ろにはぴったりと張り付くように黒の人がいた。
上下黒の服、黒の帽子、サングラス。
怪しすぎる上に気味が悪い。
葉子は指で黒い人を指し示し言う。
「この人が突き落としたのではないかと言われてる」
「この女性の方は?」
「二人目の犠牲者だった人です」
私は顔を顰める。
気分が悪い。
「ただ、全部が謎ってわけではないんだ。共通点が幾つかあるんだよ」
「どんな?」
「一つ目は終電間近なこと、二つ目は人の少ない駅、踏切なこと」
葉子は人差し指と中指を順に立てる。
「三つ目は、犠牲者に一切の抵抗がないこと」
「抵抗がないって?」
「普通なら突き飛ばされたとき驚くなり、叫ぶなりするでしょ」
「たぶん・・・」
突き飛ばされた経験がないのでわからないが、「わぁっ」とかなら言うかもしれない。
「それが、犠牲者全員にないらしいんだよね。まるで・・・」
「まるで?」
「電車に轢かれるのを受け入れてるみたいに」

そんなことあるのだろうか?
電車に轢かれるなんて、どれだけの苦痛があるのか。
「死神が、突き飛ばす前に犠牲者に何か言ってるみたいなんだよね。本当かどうかわからないけど」
「それは、噂ってこと?」
「どちらかと言えば目撃証言かな。犠牲者の耳元で何か伝えていたとか」

目撃証言があるのに、犯人は捕まっていないのか不思議だった。
「犯人は何で捕まらなかったのかな?」
「それは、流石にわからないよ。でも、電車に人が轢かれたら騒ぎでしょ?それに乗じてじゃないかな」
「それなら有り得そうだね」
「でしょ」
葉子は自分の推理に肯定してもらえたからか満足気に言った。
「それと、今までの被害者はね」

葉子はスマートフォンを操作して死神の仕業となっている人身事故を一覧にしたメモ画面を提示した。

一人目、男性三十代で江ノ島線藤沢本町踏切
四肢切断、頭部損傷
二人目、女性二十代 善行駅ホーム
全身打撲、両足切断
三人目、男性二十代 西浜海水浴場付近の踏切
頭部切断 右腕切断
四人目、女性二十代 藤沢本町ホーム
全身打撲、下半身切断
五人目、男性二十代 逗子駅付近の踏切
上半身切断、頭部切断

葉子曰く、死神の姿が確認されたのは二人目と四人目と五人目だそうだ。
けれど、私には疑問が残る。
「なんで、私にそんな話をしたの?」
「えっとさ、噂のあの人の意見を聞きたいからかな」
「誰?噂のあの人って?」
「ほら、中等部で起きた数学教師が女子生徒を襲った事件を推理した人だよ」

たしか、優姫が孝助に相談した事件だったと思いあたる。
「もしかして、喫茶店相談所のこと?」
「それそれ!」
葉子は孝助の意見が聞きたいようだった。
「その人の推理をさ聞いてみたいんだ。なんせ美術の先生が描いた絵で何があったのか解いたひとなんでしょ!」
「うん、まぁね」
私は歯切れ悪く応える。
つい一年前なら私も孝助の元へ連れて行っただろう。
しかし、今は難しい。
私達が喫茶店相談所を風潮したせいで、『相談』にとても警戒している。
ただでさえ、この間に春奈と詩穂が相談を持ちかけていたのに。

本来ならば、私が生徒会会長として話を聞き解答を出すべきだろうけれども相談内容が特殊であるため難しい。
しかも、私には手に負えないときている。
「電話して聞いてみるね」
私はそう応え、スマートフォンをブレザーのポケットから取り出した。


会長の桜川舞美は、優しく憧れの人である。
茶色のウェーブのかかった長髪をシュシュで束ね前に垂らし背丈は小学生のように小さいが、中身は誰よりも大人びていて、常に県の模試で一位を取るほど成績優秀。
演説は堂々と凛々しく母が子をあやすように語りかけ、部活や委員会での交渉は冷静で鋭く巧みに躱し最良の決断をする。

一年前、舞美がまだ生徒会の会計だった頃は、生徒たちの相談を受けていた。
勉学や恋愛、女子特有の体調管理など様々な相談を持ちかけられていた。
私は舞美の友人として傍にいたが、舞美は天才より秀才だった。
相談が持ちかけられるようになると、あらゆる雑誌を読み、自己啓発本を漁り、図書室で調べ上げ相談の解答を出していた。
決して『てきとう』な応えを出さず、その人を想った『適切』な応えをした。
まだ、高校一年生なのにも拘らず教師よりも当時の生徒会会長よりも慕われ尊敬されていた。

しかし、舞美が会長に就任すると相談事が少なくなった。
その事を舞美は大変悔いていた。
理由は、彼女が慕われすぎてしまったことだ。
会長になった舞美は忙しくなっていた。
それを知った生徒たちは、舞美の負担を減らそうと相談を持ちかけなくなった。
もはや、舞美という教主を崇める信者のようだった。
しかし、舞美本人は生徒たちの心遣いに感謝と申し訳なさを感じていたという。
やはり彼女はとても優しく生徒たちの憧れだった。

電話を終えた舞美は目を伏せ頭を下げる。
「葉子ごめん。駄目だって断られた」
「駄目って?」
「話してくれないけれど駄目だとしか言われなかったかな」
「ただ、意見を聞きたいだけなんだけど」
「孝さん・・・孝助さんは仕事もしてるから難しいんだと思う」
「そっか・・・、そしたらまた今度でいいよ」
「ごめんね」
舞美はもう一度頭を下げた。
「しょうがないよ、こっちこそ突然でごめん」
「ありがとう」
舞美は優しく笑った。

私達は帰り支度をして生徒会室に向かう。
舞美が生徒会の休みの連絡をしたが来ている人がいるかもしれないため様子を見に行った。
生徒会室に鍵が掛かっていることを確認し私達は校舎を出た。
海岸が近いため潮風が心地よく肌にあたった。
江ノ島電鉄の線路を沿って歩くと、七里ヶ浜駅に到着する。
私達はスペイン料理店を通り越し、鎌倉帰省の味と名高い「アマルフィイドルチェ」で、鎌倉七里サブレを買い、駅の近くで立ち食いをした後、七里ヶ浜駅に入った。


私は、孝助に『死神』という黒服の人の意見を聞きたいと電話で伺ったところ、断られてしまった。
断りの文句も普通ではなかった。
『死神の事については関わるな。だから俺の意見は無しだ』と言った。
仕方なくその場は納得し葉子の相談を断ったのだが、どうしてそう言ったのか気になっていた。
私は、最寄り駅の片瀬山駅ではなく長谷駅で降りた。
穂花にいる孝助の真意を確かめようと向かった。

穂花のドアを開けるとドアベルの音が店内に響いた。
マスターに軽く会釈をして、いつもの定位置に孝助は座っていた。
そして、向かいには後ろ姿だがコノミも一緒だった。
早く気付いたのは瑚乃海だった。
「おやー、舞美ちゃんおひさだね」
瑚乃海は振り返り笑顔で手を振る。
仕事の途中か終わったのか、プレシャスラインの入ったジャケットとセットアップパンツを履いていた。
ジャケットの下の白ワイシャツは第二ボタンまで開いており鎖骨と豊満な胸部が色気を出している。


鷲島瑚乃海。
ボブの黒髪に大きい胸、顔が小さいため二十代には見えない若々しさと肌。
花鳥風月四大名家の鷲島家の長女で、鷲島グループの経営コンサルタントを主体として、傘下の企業の営業戦略も行っている。
メンバーの中で、孝助の姉・さやかを除いた次に冷酷で非情、冷徹である。
邪魔者は必ず社会的に飽きるまで追い詰め、気に入ったら飽きるまで使い古す。
壊れたなら修理して壊す。
そんな、恐ろしい人だった。
孝助と春奈、詩穂の一つ上の先輩であり、喫茶店相談所のメンバーで推理が得意な人だった。

私は手を小さく振り、席の前に立つ。
「瑚乃海さん、こんにちは」
「うん、こんにちは。孝くんに用事?」
「はい」と応え孝助に向ける「孝さん、こんにちは」
「どうしてきた?」
孝助は文庫本から顔を上げジト目で私を睨む。
「なになに?何かの相談?よかったら私が聞くよ!」
何やら、瑚乃海はご機嫌のようだった。
今日は運がいいと心の中でガッツポーズをとり、口を開こうとする前に孝助が言う。
「ダメだ。相談は聞かない」
「えー、久しぶりに相談の『解答』出したかったのに」
「瑚乃海さん、死神の相談ですよ」
孝助が、窘めるように瑚乃海に言うと「死神・・・」と瑚乃海は小さく呟いた。
「ふぅん」と瑚乃海は満面の笑みで私を見る。
しかし、目は笑っておらずギラついていた。
「へぇー、舞美ちゃんが私達にその相談を持ってきてくれたんだ」
「えっと・・・」
私は瑚乃海さんの刺し殺すような視線と責めるような口調に戸惑ってしまう。
「いいよ。でも知ってるよね?喫茶店相談所の解答者は動かない。精密な推理を希望するなら依頼者が情報を持ってくるってこと」
「えっと・・・・はい」
「すごいね!相談するのは構わないけど、今回は遺書は書いておいた方がいいよ」
「遺書・・・ですか?」
遺書という死を表す単語が出たことに恐怖が少し顔を出した。
「もしかしたら、六人目が舞美ちゃんの可能性も出てくるわけだし」
「六人目?」
「あれ、知らないの?もう五人は死神の餌食になってるんだよ。舞美ちゃんが調べるんなら死神と出くわすかもしれないでしょ」
「・・・・・」
「あらら、俯いちゃった」
「だから、相談は受けつけないって言ったんだ」
「でもっ」と顔を上げて二人を見る「危険なことはしないから・・・」
「んー、死神を知るなら危険な事になるかもだよ?」
「どうしてですか?」
「だって、死神は・・・」
「瑚乃海さん」
瑚乃海が言おうとすると孝助が止めに入った。
「はいはい、喋りませんよ」
不貞腐れたように瑚乃海が背もたれに寄りかかった。

少しの間、沈黙が続いた。
カランとドアベルの音がすると初老の男性が入店した。
店内をぐるりと見渡し此方を見て「おおっ」と声をかけられる。
「寺岡さん鷲島さん、やはりこちらでしたかぁ」
白髪の混じった髪と小太りの体型をしたスーツの男性は席に近寄る。
「舞美ちゃん、ごめんね。私達、これから仕事の話をするんだ」
声音は優しいが出て行けと目が言っていた。
私は敬礼をして穂花を退店した。



そして三日後、六人目の被害者が出てしまった。
被害者は高校生だった。
七里ヶ浜高校の近くにある別の高校で死神の被害者が出たらしい。
材木座の辻薬師堂付近の踏切で轢かれたそうだ。
そして、不幸な事に葉子の小学校の同級生で仲の良い女子生徒だった。



舞美は生徒会を休み、葉子の見舞いへとやって来た。
葉子は、あれ以来塞ぎ込んでしまい最初は無理をして学校に登校していたものの話題が出るたび顔を歪め遂には登校をしなくなってしまった。

葉子は腰越駅付近に住んでおり、腰越駅は神戸橋という江ノ電と車の併用道路がある。
そして、江ノ島までこの併用区間が続いている。
神戸橋を渡り鎌倉波平の路地に入ると住宅街が広がっている。
真っ直ぐ進むと右手側に小さな公園がありその真向かいが葉子の自宅だった。
家の表札が橋本であることを確認した舞美はインターホンを鳴らす。
『どちら様ですか?』と女性の声がインターホンから出る。
「わたくし、桜川舞美と申します。葉子さんのお見舞いに参りました」
『桜川・・・さん。少々お待ち下さい』

しばらくすると玄関ドアが開き年配の女性が顔を出した。
「こんにちは桜川さん」
「こんにちは、あの・・・葉子の具合は如何ですか?」
「だいぶ、塞ぎ込んでいてね」
葉子の母は悲しそうに笑った。
「これ、お見舞いの品です。よかったら召し上がってください」
舞美は鎌倉ハム ホワイトロースハムのローストセットが入った紙袋を渡す。
「こんな、高い物をいいのかしら」
「はい、葉子さんにはいつもお世話になってますので」
「ありがとうございます。どうぞ上がって下さい葉子の部屋に案内します」

葉子の部屋は二階にあり、葉子の母がドアをノックする。
「葉子、桜川さんがお見舞いにいらしてくれましたよ」
暫く、沈黙していたが中からどうぞと声がかかる。
葉子の母は、それを聞くと「よろしくお願いします」と言って一階に降りて行った。
舞美はドアを開け部屋に入ると寝間着姿の葉子がベッドに腰掛けていた。
泣いていたのか目が赤くなっている。
「具合はどう?」
「・・・・・・別に身体は問題ないよ」
それは、心の方が具合が悪いのだと言っているようだった。
「ごめんなさい、私が孝さんに断られても頼むべきだった」
舞美は深く頭を下げた。
あの時、瑚乃海の圧力に負けずに頼み込めば何とか相談に乗ってくれたのかもしれない。
「それは・・・・仕方ないよ。でも、死神とかいわれている奴は許せない」
「うん」舞美は頷き「私、孝さんにもう一度相談するよ」
「それは、同情?」
「同情かもしれない。けれど、何とかしたいって前から思ってたよ」
葉子は顔を俯かせ肩を震わせる。
「友達・・・・ノリコっていうんだ。私の小学校からの友達で、中学から別々になったけどずっと遊びに行ってた。もう死んじゃったよ。何で・・・紀子が殺されなきゃいけないんだよ」
「うん」
舞美は葉子の目線に合わせるように床に膝立ちする。
「もう、一緒に海とか行けないじゃん。電話もメールもできないじゃん」
「うん」
舞美はそっと葉子を抱きしめる。
「明日行こう?喫茶店相談所に・・・相談に乗ってもらおう」
葉子は啜り泣きながら頷いた。
「ごめんなさい」
舞美も目を伏せ謝ることしかできなかった。



翌日、舞美は学校の終わりに葉子の家により腰越駅から長谷駅に向かう。
通常、喫茶店相談所は解答者の了承を得ない限り依頼人を解答者と会わせないことにしている。
それは、断られた時に依頼人が最も傷付くであろうという配慮だ。
しかし、今回の舞美は一度断られている。
その上で、本人を連れて穂花に向かっていた。

穂花のドアを開け、マスターに会釈をせず店内を見渡す。
いつもの定位置。
四つ目のテーブル席に彼、寺岡孝助は煙草を吸いながら読書をしていた。
舞美は、何も言わず孝助の向かいに着席する。
「孝さん、相談があります」
「・・・・・・・」
孝助は何も言わず文庫本を読んでいる。
舞美は泣きそうになるのを堪えて言葉を紡ぐ。
「お願いします。友達の親友が・・・」
霞んだ視界に孝助の顔が見えた。
こちらに顔を向けている。
「友達の親友が・・・・六人目なんです」
目から雫が落ちた。
「お願いします。助けて下さい」
「入口にいるのは、友達か?」
「え?」
舞美は指で目を擦り、入口に立つ葉子に顔を向ける。
驚いた顔をした葉子と目が合った。
葉子は、舞美の泣く姿を見たことがなかったからだった。
葉子は罪悪感で一杯になった。
あの凛々しく常に自信に溢れた舞美が自分のために泣いているのは私のせいなのだと。
「そこの君も、こっちに座りなさい」
孝助が声を上げて葉子を呼ぶ。
「まだ、早いがいいだろう。相談に乗ってやる」
孝助はそう言ってコーヒーを啜った。



「解答をだすのは構わないが、何を聞いても怒るな狂うな嘆くな。約束できるか?」
俺は、そう先に忠告をする。
「はい、守ります」
「私も守ります」
舞美と葉子という子が口にしたのを聞き、マスターに紅茶を二つ注文する。

紅茶が運ばれ、俺は口を開く。
「まずは紅茶を飲んで落ち着け。葉子さんといったかな?煙草の煙は平気か?」
「はい・・・大丈夫です」
了承を得て、俺は新しい煙草に火をつける。
紫煙を吐いて、事件の解答を話すことにした。

「まずは、今回は同じ依頼が警察の人から受けていたんだ」
そう言うと舞美は目を見開いて驚いていた。
頭のいい舞美のことだ、あの日に来た時の初老の男性が誰かわかったのだろう。

そして、今回の舞美からの依頼を断ったのは、その時点で解答が出ていたからだったのもあった。
舞美からの連絡受けた時、俺は瑚乃海と共に解答を出していた。
瑚乃海の依頼相手は、鎌倉署の警察官で当初は姉のさやかに話を持って行ったのだが断られ、その場にいた瑚乃海が引き受け俺にもお鉢が回ってきた。
瑚乃海も推理力が高いので今回は協力して解答を出した。
初老の男性は刑事で、よくさやかに意見を聞きに行くと言っていた。

「死神の事件は、そう大した事件でもないんだ。ただの殺人鬼擬きの仕業だよ」
「殺人鬼擬き?」
「そう、人を殺したくて仕方がない。しかし、殺人は犯したくない小心者だよ」
「待って下さい。それじゃあ、今までの被害者は何で死んだんですかっ!殺されたからですよねっ!」
舞美は声を荒げる。
「落ち着けよ。冷静なお前らしくもない」
俺は紫煙を吐く。
「死神は誰も殺してないよ」
「だって、傍にいたんですよね。何で傍にいたのに何もしてないのはおかしいです!」
「あぁ、それは俺も思ったな。でも何もしないのが死神の役目なんだよ」
「どういうことですか?」
「死神は殺人を犯したいのに殺人を犯す勇気がない小心者だ。だから、人が死ぬのを真近で見届けるのが役目なんだよ」
舞美も葉子も意味が伝わらないのか顔を顰める。
「人を殺したいのに殺せないやつは、人が死ぬのを見る事で快感を得ようとした。そして死ぬ奴は最期を見届けて欲しかっただけだ。
そして、死神の正体は、自殺サイトのオーナーだ」
「自殺・・・・?」
「そう自殺だ」
「でも何で・・・自殺なんて」
「中には自分の死を見届けてほしい人もいるんだよ。この世に恨みを持つ奴もいる。そんな奴らに復讐する、別れを遂げる。そのために自殺をするんだ」
俺はスマートフォンを取り出し『ある掲示板』を舞美達に見せる。
「これが、死神の『黒の見届け』というサイトだ。ここに書き込むと自殺の場所と時間を指定される。そして、自殺に使用する道具が電車なんだ」
「そんな・・・・」
葉子は口元を抑え泣いていた。
「この中に、君の友人の名前はあるか?」
俺は執行リストをタップして、今までの自殺者の名前を表示し葉子に見せる。
もし、六人目ならば一番上に表示されているはずだ。
「山本・・・紀子・・・」
「何故、自殺したのかは俺は解らない。けれど電車を使う方法の説明で家族に憎しみのある人は・・・とあった。確かに損害金は何千万から何億だろうしな」
「紀子・・・どうして何も言わなかったんだよ」
「家族のことだから相談できなかったんじゃないか?人にとって家族は最上だ。最上の存在の相談は中々話せないものだ」
孝助はコーヒーを啜り口の渇きを潤す
「これが俺の解答だ」
「死神・・・はどうなるんでしょう」
「餌は蒔いたよ。近い内に捕まるんじゃないか」
「そうですか・・・」



翌日、土曜日のため舞美は午前中に穂花に向かっていた。
店内に入り、マスターに会釈をして紅茶を注文する。
そのまま、孝助の向かいに着席する。
「おはようございます。孝さん」
「おう、おはよう」
孝助は煙草を吸いながら文庫本を読んでいた。
「昨日はありがとうございました」
「まぁ、いいよ。報酬は鎌倉七里サブレな」
「明日、持ってきますね」
私は運ばれてきた紅茶を一口飲んだ。

ここに来たのは、お礼ともう一つ瑚乃海から受けた連絡もあった。
「死神・・・・死んでしまったのですね」
「みたいだな、誰にも見届けられもせず」
瑚乃海から受けた連絡がそれだった。
警察は孝助と瑚乃海に相談を持ちかけ二人で解答を出すと行動を起こし死神のサイトを見つた。
警察はサイトに自殺志願として名前を書き込み逮捕する囮捜査を行った。
指定された場所は鎌倉駅の横須賀線ホーム。
昨日の夜 十一時過ぎだった。
しかし、ホームには死神は現れなかった。
だが、すぐに電車は止まってしまう。
延命寺付近の踏切で黒い服を着た男が電車に轢かれたからだ。
瑚乃海は死神が途中で罠に気付き、自殺したのだろうと言っていた。
死神は現在、警察が捜査中だがまだ名前も公表されていない。
誰が死んだのか誰にも知らされていない。
「瑚乃海さんが、私に遺書が必要だと言ったのはこういう事だったんですね」
「そうだよ、お前の事だから解答を聞いたら囮を率先すると思ってな」
「そうかもしれません」舞美は苦笑して応えた。
紅茶を一口飲むと首を傾げて言う。
「孝助さんは、死神がどうして殺人擬きをしたとわかったのですか?」
「被害者の状況だ。踏切の遺体は流石に見る影もなかったが、ホームで起きた飛び込みでわかった」
「どうしてです?」
「普通、電車が来ていてホームから突き飛ばされた時、上半身が一番酷いだろ?でも、被害者は違った。全身打撲と下半身に集中して酷い。つまり、ホームから線路に向かって降りたんだよ。ヒョイっとね」
「殺人鬼擬きというのは?」
「あれは、態々他人の自殺を見届けてやるなんて正気の沙汰じゃないだろ。
人死を見ることで何か満たされるのなら、やってる事は殺人と変わらないと考えてたんだろうよ。
だから、もし死神が殺人を犯したって得意気なのが腹立ってさ、わざと『擬き』をつけた。死んでしまった奴に意地悪しても仕方ないのによ」
「そうですね・・・」
舞美は静かに微笑み紅茶を飲んだ。


孝助は、コーヒーを啜ると思い出したように言う。
「今日は家庭教師の日だろ?」
「お休みしました。その分、花奏と優姫に頑張って貰っています」
舞美は笑顔で言った。
「・・・・・・たまにはいいか」
孝助も軽く笑う。

思えば、孝助と過ごすのは彼が家庭教師だった時以来だなと懐かしくなった。
「孝さん、サンドイッチ食べません?」
「いいぞ、頼め」
舞美はマスターにサンドイッチを大きな声で注文する。
舞美は恥ずかしそうに笑って、孝助の読書の邪魔をするようにちょっかいをかける。
珍しく舞美が子供っぽく見えてしまった。

九月の鎌倉。
喫茶店にまだ暑い陽射しが差し込んだ。

喫茶店相談所の事件簿 #3 黒の結末

喫茶店相談所の事件簿 #3 黒の結末

  • 小説
  • 短編
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  • サスペンス
  • ミステリー
  • 青年向け
更新日
登録日
2016-03-06

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著作権法内での利用のみを許可します。

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