喫茶店相談所の事件簿 #1『禁断の絵画』

古き良き鎌倉の街並み。レトロな喫茶店。常連客が謎解きの相談を受け付けます。

鎌倉の街並みと共に。襲われた女子生徒の隠し事。不可思議な絵画に隠れたメッセージとは?


潮風の生暖かい風と夏の日差しを受けながら自転車を漕ぎ、背中には汗で張り付くワンピースに不快感を感じつつ目的地へと急いでいた。
長谷観音前の交差点を渡り鎌倉四葩の路地に入ると住宅街が広がる。
手前の横道を左折し道程に走ること数分後にモダンな雰囲気の建物が目に入る。
『喫茶 穂花』と薄汚れた看板に書かれているのを確認し店の横に駐輪する。
玄関の木製のドアを開けるとカランとドアの鈴がなるのを聞きながら入店する。
夏場のためか、冷房が効いており日照りを受けていた身体に冷風が染み渡るのを感じた。
左手にあるカウンターとその奥に佇むマスターと目が合うと会釈をし窓側に並ぶテーブル席に目を向ける。
テーブル席は四つあり、奥にソファー席があるだけの小さな喫茶店である。
その四つ目のテーブル席に座る人物を見つけ真っ直ぐ向かっていく。
彼は、煙草を咥え読書に夢中のようだったが近づくと本から顔を上げ言う。
「久しぶりだな…ユキ」
ユキとは、私の名前である。
私、桜川優姫は彼に会うために穂花に来た。
「コウスケさんにお話がありまして」と向かいの席に座り前のめりになり続ける。
「孝助さんに、ご相談があります」
私の相談内容に答えを持たらせるのは、家族や親戚でも友人でもなく、この人だけだと確信していた。
『この手』の相談は彼、寺岡孝助がいる
『喫茶店相談所』のみである。



彼、寺岡孝助は大概を喫茶店・穂花で過ごしている。
職業は家庭教師であり、私も2人の姉達も高校に上がる前までは彼に家庭教師をして頂いていた。
今は女性の家庭教師の2人が、私達三姉妹の担当である。
喫茶店相談所は、喫茶店が相談を受け付けているわけではなく、孝助がいる喫茶店で相談を持ちかけることが多く勝手に私達が言い、勝手に風評しているだけである。
私が、孝助にする相談は恋愛や受験、家庭内や人間関係などでなく謎解きである。
謎解きというと大袈裟であるが、私がするの
不思議な事件である。
そして、今回は学校で起きた事故であった。
私が前のめりになり「相談があります」と言ったあとも孝助は文庫本から目を合わせず、紫煙を吐くのみであった。
マスターからお冷やとおしぼりを配膳され会釈で応える。
喫茶店相談所は、私達の三姉妹が勝手に作ったものであるため、今まで孝助は偶々手助けをしてくれただけであり、本来は面倒臭がりで積極的に相談に乗る人ではなかった。
また、喫茶店相談所というのを私達が風評しているのを知ると更に、相談ごとを警戒し今のように相談に対しては無視か「やらない」の一点張りだった。
私達としても、何でも相談しすぎだったと後悔しつつも今回に限っては乗ってもらわないと困る内容でもあった。
そのため私は構わず続ける事にした。
「私の通う付属学院の同級生なのですが、ご友人の方が怪我をして入院してしまいました」
孝助は、ちらりと此方に視線を向けるもすぐに文庫本に視線を落とす。
「同級生の名前はカナコさんというのですが、加奈子さんの話ですとご友人のユカリさんが先日の朝、空き教室で倒れていたそうです。しかも、衣服を身につけず裸で」
私はお冷やを口にして言う。
「どうして由香里さんが、裸で倒れていたのかは不明ですが、先生方が言うには以前から風景写真の撮影のためによく利用していたそうです。 ですが、加奈子さんがお見舞いに行った際に犯人を伺ったところ由香里さんは、幽霊にやられたと言ったそうです」
孝助は文庫本から顔を上げ私を見る。
「昔、その教室で男子生徒が出ると噂がありまして由香里さんはその幽霊にやられたと言っています」
孝助は、ふっと軽く笑う。
「幽霊なら霊媒師の出番だ。俺には関係ない」
「いえ」と否定し「それが違うのです。幽霊にやられたと私も本気で思っていません」
私は苦笑して応える。
「加奈子さんも同じでして、由香里さんが何かを隠しているように思えたそうです」
「つまり、俺に隠し事を調査しろと?」
孝助は珈琲を一口啜る。
「これが人の手によるものなら警察も動いているだろ。夏休みの朝とはいえ危ない変質者はどこにでもいる。人が少ない学校に侵入するのは簡単だろうしな」
「なら、どうして由香里さんは犯人の特徴を話さないのですか?」
「それは」と口にして孝助は黙る。
「犯人が侵入者なら必ず特徴を言います。報復が怖いならそう言えば警察もそれに応じて動いてくれると思いますし『幽霊』という単語をだす理由はありません」
「優姫は、どう思っている?」
その質問に私は顔を曇らせる。あまり答えたくない質問だからだ
「私は、由香里さんが犯人を庇っているからだと思います」
「庇う?裸にされて気絶させられたのにか?」
私は、顔に熱が帯びるのを感じながら言う。
「その、中には性的なコミュニケーションを取ることを『愛』だと言う方もおりますので」

あと半年で高校生になるが、私には『性』というのが理解できない事ではあった。
恋慕や好意は、手を繋いだり抱き締めあえばお互いを確かめ合うには十二分だと思っている。
それでも足りないのならば接吻をする。
貞操は結納を済ませた初夜に捧げるべきものであると私は考えている。
しかし、世間では私のような考えは古く、少なくとも貞操は早く捧げた方がいいらしい。
月のモノが近づくと訪れるむず痒さは大人になるための成長の印だと思うが、世間では大人になっているからあらゆるコミュニケーションが取れるものらしい。

爛れていると私は中学生の世界観に軽蔑していた。
そして、今回の出来事も『それではないか』と考えていた。

孝助は新しい煙草に火をつけ紫煙を吐き
「そうか」と応えた。
「孝助さん、お願いします相談に乗って頂けませんか?」
孝助は、文庫本に栞を挟みテーブルに置く。
「少し、興味が出た。受けてもいい」
私は安堵の息を吐き、まだ何も注文していないことに気付きマスターに振り向き「カフェオレをお願いします」と伝えた。


私は店を出て自転車に跨ぐ前にショルダーバックからスマートフォンを取り出し加奈子に連絡をする。
私の役目は孝助に相談に乗って貰えるかの可否を確認することであり相談内容は依頼人が来て話すことになっている。
事前内容だけを孝助に伝え、依頼人が相談内容を言い孝助が推理し解決の手前まで推理した情報を依頼人に与える。
その後は依頼人次第というスタンスを取っている。
喫茶店相談所は相談のため解決はしない。
ただ、解決をするための情報を与えるだけである。
何度かのコール音の後に「はい…」と加奈子の声が電話口から聞こえた。
「加奈子さん、私です。相談を受けて頂けるそうなので、明日私と一緒に孝助さんに会えますか?」と予定を伺う。
「……大丈夫」と数秒の沈黙のあとに加奈子は応える。
加奈子からの正式な相談内容が告白され、相談所ならびに孝助は行動を起こすことを想像し心が躍る。
私は、暫く加奈子と会話をし電話を切るとショルダーバックにスマートフォンを仕舞い自転車に乗る。
夕刻が近いためか、風は少し柔らかく感じた。
家に到着し、自転車を降りて門をくぐる。
自転車を押しながら、錦鯉が遊泳している池を横目に通り歩くと二台の自転車が見えた。
姉達の自転車である。
姉達が帰宅しているのを自転車から想像し、自転車を隣に駐輪する。
私は鼻唄を唄いながら玄関口に向かった。



桜井家は鎌倉の四大名家と呼ばれる内の一つである。
私、桜井優姫は桜井家の末子であるが家の行事に1番多く出ている。
姉達に比べ、私が一番背が高く落ち着いた雰囲気のためだという。
私は、玄関戸を横に開けると長女の舞美が学院の制服姿で出迎えてくれた。
「優姫、お帰りなさい」
「マミ姉さん、ただいま帰りました」
「何処に行ってたの?」と不思議そうに尋ねる舞美に私は「穂花に行ってきました」と伝える。
「もしかして、コウさん?」と舞美は言う
コウさんとは、孝助を指す舞美独自の呼び名である。
「はい、相談を受けたので孝助さんを紹介しようと思いまして」
「ふぅん」と手を腰に当て考える仕草をする舞美は、ふぅと溜息を吐く。
「まぁ、仕方ないか」と呟いた。
私達三姉妹は、私立の中高一貫校の七里ヶ浜付属学院に通っている。
偏差値も高い学校であり、鎌倉女子高等学校に並ぶ有名校である。
姉の舞美は、七里ヶ浜高等学院の二年生であり生徒会会長を務める秀才である。
常に学年一位を獲得しており、人望があり生徒や教師からの信頼も厚く、他校の教師や教育委員会の人とも交流がある。
ウェーブのかかった茶色の長髪をシュシュで纏め肩から前に垂らし、整った顔はやはり姉妹だと私は感じるが、残念な事に長女の舞美は三姉妹の中で一番背が低く、頭脳や思想は実年齢より高いが、身体の成長は小学校四年生から止まっている。
長女は一番年上であるが、見た目は末子なのであった。

先ほどの仕方ないかという呟きは、恐らく会長に就任してから相談が減ったことを指すのであろう。
舞美は人望も厚いが見た目とは裏腹に高嶺の花ともいえる存在であった。
気さくで優しく皆の姉のように男女区別なく相談を受けていたのだが、生徒会長に就任すると学校行事や部活、委員会を相手にするのが忙しいらしく一般生徒との関わりが減ってしまった。
また、高嶺の花の存在が更に生徒会長という役職と肩書きを持つ事により高く恐れ多く感じると同級生は語っていた。
舞美としては、忙しくとも相談すれば乗ってくれるのだが名家の長女であり生徒会長ともなると恐縮してしまうのだろう。
「そっか…どんな相談なの?」と舞美は私のスリッパを取り出して言う。
「ノヤマユカリさんについての相談です」と応えた。
「野山由香里……」と呟いてから思い出したのか頷く「あの事件?」と言った。
「はい…相談者は野山さんのご友人で私の友人でもありますが」と応えた。
「どんな相談内容だったの?」
「それはまだ…明日です」と応える。
私は、靴を脱ぎスリッパを履くと奥から次女の花奏が袴姿でやってきた。
「お帰り優姫」といつもしているポニーテールを解き肩口まであるミディアムヘアを揺らしながら笑顔で出迎えてくれた
「ただいま帰りました。カナデ姉さん」と私も笑顔で応える。
桜井花奏は、私と同じくらいの身長であり厳密に言えば少し私が高いくらいである。
花奏は、三姉妹の中で一番の運動神経があり剣道を幼い頃からしている。
運動部からの信頼もあり、よく試合の助っ人をしている。
また、剣道では全国大会で優勝を何度かしており叔父の拓いている剣道の道場「中西塾」のエースでもある。
姉と同じく気さくで少し男勝りな性格で男女共に人気があり成績は芳しくないようだがスポーツや武芸に長けているため保留とされている。
まだ、孝助が姉達の家庭教師であった頃に渋い顔をして花奏を叱っていたのを覚えている。
私は、姉達と共に居間へ移動しつつ相談の内容が気になっていた。



「幽霊にやられた」と病室のベッドで上半身を起こした友人の野山由香里は頭に包帯を巻き、御見舞に来た私に窶れた顔でそう言った。
「幽霊」の単語で思い起こすのは、私の通う
七里ヶ浜付属学院の美術室に現れるという男子生徒の幽霊だった。
しかし、美術室の幽霊が空き教室にも現れたのだろうか…と不思議に思いつつも応えたくない事だと瞬時に気付く。
つまり、強姦されたのではないか・・・と
それは、一生残る傷でもあり同性で同い年の私には想像できないほどの絶望と憎悪だ。

私は「そうなんだ…」と応えベッドの横にある椅子に腰を下ろす。
「痛む?」と少し声量を抑え訊ねると彼女は「少しね」と言った。
「何で空き教室にいたの?」
私の一番の疑問であった。
「写真」と私から目を逸らして応える「写真を撮ってたのよ」
「写真?」
「そう写真」
「あそこから何か見えるの?お寺?」
由香里は顔を横に振り「海岸と江ノ電」と応えた。
「江ノ電?」
「江ノ島電鉄線よ。釣りバカとか有名じゃない」と横目で私を見ながら言う。
私は彼女が電車に興味がある事を知らなかったため驚いていた。
「由香里が電車に興味があるの初めて知ったよ」
「鎌倉に住んでいるなら電車と江ノ電は別物よ。クッキーと鳩サブレが別物のようにね」

ポツリポツリと、いつもの調子で応えようとする彼女を察して合わせるように応える。

「そうかなぁ」と苦笑する「私の家だと大体御茶請けは鳩サブレだよ」
「鎌倉市民なら8割そうでしょ」と応える由香里に私は鎌倉が好きなんだねと苦笑する。
このような事態でどんな顔をすればいいのか判らなかった。

「警察の人には正直に答えたよね?」
その言葉に由香里は目を細め私を睨みつける。
「どういう意味?」
「だって…」しどろもどろになり応える「幽霊にやられたなんて警察は信じないでしょ」
「なら・・・・不幸な事故よ」と言う
『なら』とはどういうことなのだろう…
「本当に事故なの?」私は少し前のめりになる「何か言えないことあるの?脅されてるとか?」
そう言うと由香里は目を見開いたあと先程よりも強く私を睨め付ける。
「何でそんなこと言うのよっ」と怒鳴るように吼える。
「加奈子、もう帰って信じてくれないなら…もういい」
そう言うと由香里は布団を頭まで被り身体ごと背ける。
「ごめん」と言い「でも心配なんだよ私」
由香里は何も応えない。
「幽霊が存在するとかしないとかは別として、納得できないよ」
そう言って立ち上がる。
私も、怒っていた。
本当の事を言わない友人に対して、彼女を救いたいと思っているのに・・・
「また来るね」
そう言い残し病室を後にした。


私は、病院を出るとお昼時のせいか強い日差しと温度で汗が出た。
蝉の合唱と太陽の紫外線から逃れるように駐輪場の側の木陰に移動する。
学生鞄からスマートフォンを取り出し操作し耳に当てる。
数コールの内に相手が出た。
「はい、桜川です」と落ち着いた声が聞こえる。相手は友人の桜川優姫だ。
「私だよ。加奈子」
「加奈子さん、いかがされました?」
「今から会える?」
私の質問に「少しお待ち下さい」と電話越しに物音が小さく聞こえる。
「はい、特に夜も予定はないので大丈夫ですよ」と聞こえた。
先程のは予定表でも確認していたのだろう。
「北鎌女子高の交差点の近くに喫茶店あるでしょ?」
「えぇ、何度か姉と行きましたね」
「そこに…」私は腕時計で時間を確認する「一時に来れる?」
少し沈黙の後に「大丈夫ですよ」と返答が来る時間を確認していたのだろう。
私は「後でね」と言い電話を切ると駅に向かう。
北鎌倉駅で降りた私は、冷房の効いた車内との温度差で汗が出るのを不快に感じつつ改札を出る。
国道21号線の歩道とは呼べない道路脇を真っ直ぐ歩き、新聞社の看板を目にすると手前の喫茶店に入る。
いらっしゃいませの声と扉の鈴の音を聞きながら店内を見渡すが不在のようなので適当なテーブル席に腰掛ける。
お冷やを配膳するウェイトレスに「カフェオレ」と伝え、ハンカチで汗を拭う。
お冷やを飲んでいると、桜川優姫がチェックのワンピースとカーディガンを羽織った清涼感ある格好で入店し私を見つけるとウェイトレスに待ち合わせですと伝え会釈し歩いてくる。
「よろしいですか?」と笑顔で向かいの席の椅子を手差しする。
「うん」とだけ応えると優姫は向かいに腰掛けウェイトレスからお冷やを受け取り「カフェオレ」と伝えた。
彼女も薄っすらと額に汗をかいていた。
何故か、その汗の姿ですら美しく思えるから不思議である。
彼女、桜川優姫は私と同じ私立七里ヶ浜付属学院に通う花鳥風月四大名家の一つ桜川家三姉妹の末姫であり私の知る中で一番に信頼できる友人である。
腰まで伸びた黒髪と中学3年生とは思えない大人びた仕草と容姿で私達同級生の噂では彼女が実は三姉妹の長女ではないかと疑っていた事もあるほどであった。
同性ですら魅了する彼女を嫉妬する人は今のところ見聞きしていない。
次元が違う・・・というよりも、比べても敗北感しか残らないから何もしないのが正解な気がする。

お冷やを口にするのも両手を添え小さく微量に口に含み飲む姿は流石は茶道や日本舞踊などをしているな…と感じるほど優雅であり、薄っすらと汗を浮かべる首元を艶かしく動かし水を飲む姿は美しいと感じてしまう。

優姫がお冷やをテーブルに戻した音で我に帰る。
「お話しとは何でしょうか?」と優姫は言う。
「由香里のこと覚えてる?」
優姫と私は友人なのだが、由香里は優姫にとって友人の友人という仲であり、由香里と優姫が正反対の性格や感性のため一緒に行動をした事は数える事すら必要としないほど少ない。
「えぇ、野山由香里さんですよね3年D組の」と応える。
「よく覚えてるねクラスまで」
「実は時々お話しをするので」と応えた。
「えっ」
私は、その事実を知らなかったため呟いた。
優姫は申し訳なさそうに目を伏せる。
「ですが、数えるほどしかありません」と微笑を浮かべたが顔には謝罪の色が見えた。
「別に悪いなんて言ってないよ…私も由香里が優姫と仲良くしてくれるのは嬉しいから」
とどもりそうになりながら応えた。

「それでさ」と閑話休題を込めて少し強く言うと優姫も両手を膝に置き真剣な顔つきになる。
「由香里が、酷い目ににあったんだ」と切り出した。

私は、御見舞に行った時の事を伝えると、優姫は顎に指を当て考える仕草を見せたあとに私を見る。
「加奈子さんは、その隠し事が気になるのですね?」と真剣な声音で言う。
私は気圧された気分になり、小さく頷く。
「どうして気になるのですか?」
「だって…」と私は俯いて続ける「幽霊なんて答えるのはおかしいと思う」
優姫は頷く。
「それに、聞く限りだと…強姦されて脅されてるかもしれないから」と応える。
優姫は口を開きかけるが、私と優姫のカフェオレが配膳されたので口を閉ざす。
配膳を終えたウェイトレスが下がり優姫はカフェオレに手をつけず先程の続きを始める。
「もし、加奈子さんが宜しければ謎解き専門の相談ができる人をご紹介致しますよ」と言った。
謎解き専門というと浮かぶのは警察か探偵だった。
「お金かかる?」と聞くと優姫は顔を横に振る。
「その方は、気まぐれで必ず相談に応じてくれるかは存じませんので、もし請求されたのなら私がお支払いします」と応える。
私の猜疑心が伝わったのか優姫は言う。
「私も由香里さんの事を知りたいので」と応えた。
「その人って探偵とかやっているの?」
「いいえ」と応え「家庭教師が本職ですよ。それと、喫茶店の常連です。」と言った。
喫茶店の常連という言葉で思い出す。
前に優姫が相談なら私よりも喫茶店相談所にするといいと言っていた事があった。
「お願いしてもいいかな」と反応を伺うように訊ねると優姫は笑顔で「はい」と応えた。
私たちは、カフェオレを飲み干してから直ぐに喫茶店を出る。
優姫は、その相談する人に会いに行くと言ったからだ。
「加奈子さん、相談内容はまとめておいてください。」
「どうして?」
「私から簡単にお話しをしますが、全てではありません」と言い「オッカムの剃刀ですよ三つぐらいに要点をまとめて伝えるのが分かり易いのです」と言った。
「それと、喫茶店相談所の事ですが解決でなく解答なのでご了承ください」と言う。

解決はしないが解答はするの意味を知るのは、もう少し後のことだった。
その日の夕刻近くに優姫から連絡があった。
「相談を受けて頂けるようです」と…



翌日の午後1時に長谷駅で優姫と待ち合わせしており、私は改札を出ると切符売場の前に立つ優姫を見つける。
藍色のロングスカートにワイシャツと水色のカーディガンを羽織った出で立ちをしていた。
「こんにちは、加奈子さん」と言い会釈する。
前に優姫が言っていた分離礼というものだろう。
確かに同時礼より丁寧に見えるから不思議だと思う。
「こんにちは」と私も倣って言う。
いつもは、「やぁ」や「おっす」と返すのだが緊張しているためだろう。

「それでは参りましょう」と言い歩き始める。
県道32号線に出ると長谷観音方面に歩いていく。
収玄寺の前を通り過ぎ路地に入ると手前の路地を左折する。
けっこう遠いなと思いつつも、優姫についていく。
道中は取り留めのない会話をしていた。
優姫は気を遣ってか相談内容については何も聞いてこず、ただ夏休みの過ごし方を話した。
駅から歩いて15分ほど経った頃に優姫が「着きましたよ」の声を聞き暑さで俯いていた顔を上げる。
歴史のある鎌倉に似合う喫茶店といえばいいのだろうか、洋風な佇まいなのだが古いというよりクラシックな雰囲気の喫茶店だ。
『喫茶店 穂花』と書かれてるプレートは所々錆びていたりするのだが、しっかりと掃除をしているのか汚れているとは感じられなかった。
優姫はドアを開け私に入るように促す。
私は入店すると心地よい冷気が身体に染み込んでいく。
店内にはピアノソナタが流れており、優しく私の耳に入り込む。
木製でニスの塗られたテーブルは焦げ茶色をしているが差し込む太陽光が明るく陽気な色へと変化させ幻想的な雰囲気を醸し出し店内の景色を彩っている。
カウンターには幾つかのサイフォンが並びカウンター内部の棚には瓶詰めされた珈琲豆や紅茶であろうリーフの絵の描かれた缶が並び
食器棚には純白のカップや花の彩られたカップが置かれている。
私はこの穂花に惚れてしまった。
優姫は「どうされました?」と私の顔を覗き込む。
私は笑顔で頷いてみせると優姫も微笑み「案内します」と歩き始めた。
窓際に設置された四つのテーブルの四つ目に男性が煙草の紫煙を燻らせながら読書をしていた。
私たちは男性の向かい側に立ち見下ろす。
「コウスケさん」と優姫は男性に声をかけるとコウスケと呼ばれた男性は本から顔を上げ私達に視線を向ける。
若い男性で恐らく二十代だろうと予測する。
「そちらが?」とコウスケは優姫に言う。
「はい、依頼者の田岡加奈子さんです」
若干、優姫の声音が普段より明るく聞こえる。
笑顔も普段より質が違うようにも見えた。
「どうぞ、お掛けください」と優姫が言い私はコウスケの向かいに座り優姫は私の隣の椅子に腰を下ろす。
「煙草の煙は平気かい?」とコウスケが言う。
気分を害さないかを心配しているのだろう。
しかし、私の父は煙草を吸う人なので不快感を感じることはない。
「大丈夫です」と言うとコウスケは煙を横に向けて吐く。
煙を当てないよう配慮しているとわかった。
コウスケは一度咳払いをする。
「俺は寺岡孝助と申します」と頭を下げる。
私も慌てて倣うように自己紹介をする。
「田岡加奈子です。優姫さんの友達をしています」
「相談をしたいと聞いたのだけれど内容を伺ってもいいかな?」
「はい」と少し気合いを入れる「友達の由香里という子が襲われたんです」
「襲われた?」
孝助はちらりと優姫に視線を向け直ぐに私に戻す。
「なので、事件を解決してもらいたくて御相談に…」
孝助は手のひらをこちらに向け待ったをかけた。
そして、優姫に視線を向ける。
「優姫、話していないのか?」
「えっと」と困惑気味に優姫は私を見る「加奈子さん、喫茶店相談所は解決は致しません」と言った。
「事件を解決してくれないんですか?」と少し砕けた口調になって孝助に言う。
「厳密には解決でなく解答を出すだけだね」
孝助は煙草を灰皿で揉み消してから続ける
「俺のするのは、君から受けた謎に対して推理して解答するのみだ。解決は君自身がする」
「私が・・・・ですか?」
孝助は頷いて言う
「そうとも、今回は由香里さんが襲われた原因と襲った犯人を知りたいという相談だと聞いている」
「はい」首肯して応えた。
「俺は推理して答えを渡す。犯人が誰で、何が原因かの答えだ。それを使って謎解きを披露するも犯人を警察に突き出すのも君次第だよ。だから解答なんだ」
孝助はそう言うとお冷やを口にする。

私は、これが喫茶店「相談所」の由来がわかった。
相談だから解答者は問題を解決しない問題に対して一番良い解答をくれるのみだ。
解決する行動を取るかは相談者次第になる。
孝助は、新しい煙草に火をつけて言う
「それと、俺は推理をするのみだよ。加奈子さんや優姫が持ってくる情報のみしか推理に扱わない」
つまり、寺岡孝助は推理するが細かく丁寧に推理して欲しくば私が動いて情報を集めろと言外にした。
それは、私がどれほど謎解きを望んでいるか由香里を思っているかを試しているのだ。
「わかりました」と私は応える。
「それと」と孝助は続ける「推理して解答を渡すが真実であるという責任は取らない。これは相談であって捜査でない。また、解答であって解決でないからね」と言う。
相談というスタンスをとっているのはそのためなのだろうと思った。

相談による解答は必ずしも正解ではないのだ。
それが謎解きでなく恋愛でも進路でも人生の相談でもそうだ。
『こうしなさい』でなく『こうしてみれば』が相談だ。
また、納得できないのなら相談相手を変えるのも一手であり、納得しても自発的に行動を取る。
そこに強制力はなく、自己責任によるもの。
仮に私が解答者でもそうだろう。
真剣に私の考えた最高の案を出す。
それに対して相手が、どのような行動を取るかは相手次第なのだ。
それについて、失敗した時のリスクは普通は負わない。
決断し行動をするのは相手なのだから。
しかし、それでも負い目は感じるだろう。
解答により相手の人生感も変わってしまうかもしれないのだから。
けれども、失敗し相談相手を糾弾してしまうのは責任転嫁になってしまう。
信頼や尊敬もあるだろうが全部を信用するのも自分がない。
損得勘定や性分を関係なく相手の言われるがまま行動をするのは傀儡とかわりない。
決断し決行をするのは『自分』であって『相手』でないのだ。
孝助は、そう言いたいのだろう。
俺は推理して解答するのみ・・・どこの相談所もそうだ。
結婚したいと相談し相手を見つけ婚姻届を出してくれる相談所もないし、借金を負ったからといって全額返済してくれる相談所もない。育児相談をして代わりに育ててくれる相談所もないのだ。
相談所は相談にのり解答をくれるのみ。
解答をどう扱うかは相談者次第である。
私が黙っていると怪訝な顔をして孝助と優姫が私を見る。
私はもう、決心していた。
「大丈夫です。よろしくお願いします」
私は頭を下げて言った。



孝助がマスターに向けて「珈琲三つ」と言うとマスターは会釈で返した。
孝助は私に向き直り言う。
「それでは、相談内容を聞きたいと思う」
「はい」と返事して私は続ける。
「私が相談したいのは、友達の由香里が隠している事と由香里に何が起きたのかを知りたいです。」
「もし・・・」と孝助は口を開きかけるがやめ「いや、受けよう」と応えた。
マスターがテーブルに珈琲を三つ置き会釈をして去ると孝助が言う。
「野山由香里さんについて幾つか教えてほしい」
孝助は珈琲を一口啜る。
「まず、性格や趣味、学校生活だ」
「由香里は積極的で何でも挑戦する人です」
「趣味は?」
「趣味は、多分・・・買い物と写真ですかね」
「写真?」
「写真部に所属しているんです。私も一緒に」
「写真か・・・」孝助は額に指を当てぐりぐりと押す「写真はいつも撮るような子か?」
「いつも?」
「出掛け先や食事先とかだ」
「食べログとかの写真は携帯でとってますけど、買い物だけの時は撮らないですね」
「例えば、山とかは?」
「そういうのであれば撮ります」
「そうか・・・」と呟いて「被写体は決まっていたか?風景とか動物とか」
「由香里は風景写真を主に撮っていました。最近知ったのですが、江ノ電にも興味があるようで撮っていると聞きました」
「ほう」と感心したように言う「最近というのはいつ?」
「昨日、お見舞いに行ったときです」
「お見舞いに行ったとき?」と孝助は訝しむように繰り返した。
「はい」
「江ノ電の写真を最近撮っていたのはいつだ?」
「・・・事件のあった日です」
そう言うと孝助は目を細め私を見る。
ぞくりと私の背筋を『何か』が走る。

「事件が起きたのは朝だと聞いたが・・・」
「朝・・・・事件のあった教室で撮っていたそうです。」
「教室と聞いたけれど、その教室は何年何組なんだ」
「空き教室です」
「そこから、江ノ電は見えるのか?」
「江ノ電が見えるかはわからないです」
「それを調べて欲しい、入れなければ別の教室からでもいい」
「はい」
「それと買い物が趣味と聞いたけれど、由香里さんは買い物をよくするのか?」
「買い物よくしていますね」と思い出しながら応える「前はブランドバッグを買ったみたいですし」
「ブランド?」
孝助はまた目を細める。
「ヴィトンやシャネルのポーチを買ってました」
「模造品か?」
「銀座のヴィトンのショップなので・・・偽物ではないですね」
「幾らするんだ、ポーチ」
「確か・・・七万くらいと言ってました」
「七万っ」と孝助は驚いていた。
「高額すぎるだろ・・・中学生の買い物にしては」
「中学生でなくても高いですよ孝助さん」と優姫が苦笑して応える。
「何かなかったか由香里さんに変わったこと」
その言葉に私と優姫が考え込む。
優姫がはいっと挙手をして言う
「宝くじが当たったとかはどうですか?」
「ないだろうな」と孝助は瞬時に言う。
「どうしてですか?」
「もし、宝くじが当たったとしたなら、あからさますぎる」
「でも、宝くじですよ?」
納得いかないのか優姫は不満気に言う
「宝くじの当選の場合は家族が使うだろう」
「高額な当選の場合は?」
「高額当選の場合は、あからさまな行動をしないよう自粛するんだ。そういう風に忠告も受ける」
孝助は私と優姫をそれぞれ見て言う。
「そうなると、家族全員がその行動をするように約束をするだろう」
「由香里が破ったとかはないですかね」と私が言うと孝助は首を横に振る。
「そうだとしても、複数を買う前に止められるだろう」
「そうですね」
「つまり宝くじはないな・・・アルバイトしていたとかは」
「いいえ、それはないと思います」と優姫が応える。
「どうしてだ、学生ならするだろう」
「校則で禁止されてますし・・・それに私達は中学生です」
校則を守る生徒がどれほどいるのだろうと私は考える。
恐らく隠れてアルバイトしている高校の先輩達はいる。
「そうか・・・優姫は中学生だったな」
孝助は項垂れる。
私から見ても、優姫は中学生よりも大学生でも通じるほど大人びており身体つきも胸部や背丈を見る限り大人だろうと思う。
「何でそういうこと仰るのかわかりません」
と拗ねたように優姫は言う。

「お年玉はどうですかね」と私は言う。
「それもないな・・・お年玉を貯めてもさすがにブランド品を買い漁るほどの金額になるかも怪しい」
「確かに・・・そうですね」
「それに親が止めるだろう」
孝助は、そう言うと壁時計を見る。
ゼンマイ式の振り子時計だ。
時計の針は三時二十分をさしていた。
「今日はここまでにしよう」と言って珈琲を啜る。
「明日もここにいるから来たければ来るといい」

私と優姫も倣い珈琲を啜る
「加奈子さん、できれば明日来るなら空き教室の風景を撮影してきてくれないか?」
申し訳なさそうに孝助が言う。
「わかりました」
私と優姫は珈琲を飲み干し、支払いは孝助がすると言って送り出してくれたのだった。
私と優姫は長谷駅で解散することになった。
私は優姫に「ありがとう」と頭を下げ礼を言うと微笑みを浮かべて頭を上げるよう言う。
頭を上げると優姫は「事件の解答が出てから孝助さんに仰って下さい」と言った。
優しい笑みだった。

翌日の朝、私は七里ヶ浜付属学院に行き空き教室に入るため一棟の職員室に行き、先生にお願いをして教室に入れてもらえるように頼むことにした。
最初は由香里の事件からか難しい顔をしていたが、私が由香里から落し物があるかもしれないのでそれだけ確認したいと言うと数分で戻るならと応じてくれた。
私は空き教室のある三棟の二階にある空き教室に到着する。
私は鍵を解錠しドアを開ける。
私はカメラを用意して窓に近づき閉まっているカーテンを開け目の前に広がる景色を見てその場に固まってしまう。
由香里は言った海岸と江ノ電を撮っていた
・・・と。
確かに私は疑わなかった。
学校の側に江ノ電は実際に走っており、海岸も校舎からすぐ側にあるのだから。
気がつけば私は泣いていた。
実際には江ノ島電鉄は撮れないのを知ってしまったのだから。
それは、江ノ電が走るレールの手前校舎の側に生えている松の木達が邪魔をして。
もし、ここから撮影すれば海岸は撮れたとしても江ノ電は絶対に撮れない。
他の三階や屋上なら可能かもしれない。
けれど、この教室で江ノ電と海岸を撮ることは不可能なのだ。
私は由香里に嘘をつかれた・・・
信頼をされていなかった・・・
幽霊なんて言葉で隠し事をするのではなく、私に嘘をついたことに打ちひしがれてしまった・・・
そして同時に由香里が嘘を吐く理由がわからないと由香里を更に疑うようになった。



私は加奈子さんと長谷駅で別れてから穂花に戻ることにした。
どうしても、先ほどのやり取りが気になったからだった。
穂花に入店すると孝助と目が合いテーブルに近づく。
「帰らなかったのか?」
「はい」と応え向かいに座る「気になることがありまして」
「何だ?」
「孝助さん、七里ヶ浜学院の卒業生ですよね?なのに何で調べるように言ったのですか?」
「俺の知ってる空き教室とは限らないからな、それに中等校舎なんて10年前だとっくの昔に忘れたよ」
「そうですよね」と私は苦笑する。
「まぁいい」と煙草に火をつける「ちょうど訊きたいこともあったし」
「何でしょう?」
「幽霊の噂っていつからあったんだ?俺の時には高等部の時を含めてもなかったぞ」
「噂が出たのは、去年の九月頃だったと思います」
「約一年前か・・・どんな内容なんだ?」
「そうですね、私の聞いた話ですと美術室の男子生徒の幽霊ですね。」

私は咳払いをして続ける。
「とある女子生徒と友達が遅くまで部活の自主練習をしていて夜になってしまったそうです。慌てて帰ったのですが駅に着く前に宿題のプリントを忘れた事に気づいて急いで学校に戻りました。そして、どこからか視線を感じるので、ふと校舎を見上げると二棟の二階の美術室あたりの薄暗い教室の窓から此方をじっと見つめる男子生徒がいたそうです。女子生徒達は怖くなって逃げるように帰った・・・というお話です」
「優姫は誰から聞いたんだ?」
「私は由香里さんから伺いました」
「野山由香里からか・・・」
そう呟くと、孝助さんは紫煙を燻らせながら考える姿勢をとる。
何が気になっているのかは、私には想像できなかった。
「それと、噂が出始めた後に何か変わったことはなかったか?」
「変わったことですか?」
「例えば誰かが虐められたとか、いなくなったとか」
私は指を顎に当てて考える仕草をし、変わった事で思い出した事があった。
「虐めとかではないのですが、先生が一人退職するのはありましたね」
「定年退職は変わった事ではないだろう」
「いえ、まだお若い方でした。多分二十代後半だったと思います」
「異動でなく?」
「はい、確か去年の二学期の終業式でお別れの挨拶をされてましたから、実家の九州に戻ると言ってたような気がします」
「どんな人だ?」
私は顎に指を当てて言う。
「確か美術を担当している先生だったと思います」
「美術だと?」と孝助は前のめりに訊ねてくる。
「はい、私は選択の芸術科目は音楽なので詳しくはわかりませんが・・・加奈子さんは美術を選択していたはずです」
「そうか・・・他には?」
「あまり、覚えていないですね」
私は噂話の類は嫌いなので、殆ど聞き流しているため覚えていないではなく知りたくないが正解の気がした。
噂話といえば軟らかいニュアンスにはなるけれど陰口には変わりないのだから。
実在するしないの問題ではなく、人を悪く云うのは好きになれなかった。

「そうか」と孝助は応え珈琲を飲む「ちなみに女の先生か?」
「はい、女性の方ですね」
「そうか」とまた応え黙ってしまう。
孝助は、先ほどから指を額に当てぐりぐりと押している。これは孝助の考えている時の癖であった特に推理している時にしている。
「私も帰りますね」と言うと孝助さんは顔を上げる。
「わかった、気をつけて帰れよ」
「はい、また明日」
私は、そう言って席を立ち玄関に出入口に向かう。
マスターに「ご馳走様でした」と言うと、会釈・・・角度からして敬礼だろうをしてくれた。
私は外に出て長谷駅に向かって歩き出した。

10
夜、優姫は自室の和室で座布団に正座し精神統一も兼ねて花を生けていた。
夏椿と桔梗、利休草、リンドウを使って漆の花器に剣山を置き生けていく。
桜川家の作法として宗徧流茶法や小原流華道、若柳流日本舞踊などを習っている。
姉の舞美達は、小学生の時は習っていたが中学に上がるとパタリと辞めてしまった。
長女の姉は勉学に励むために、次女の姉は武道に励むために。
合わなかったのが原因なのだと姉達は云っていたが、本当は他の事に「努力を応用」したのだ。
長女の舞美は励む姿勢と達成感を学び勉学へ応用し、次女の花奏は耐え抜く心構えと優越感を学び武術へ応用した。
私こと優姫は作法と雅に共感し、中学に上がり日数は減ったものの続けていけるのは、やはり作法は合っていたからだった。
そのため、私は桜川家の末子でありながら顔役を仰せつかっている。
それは、姉達よりも身体が大きく、中学生にしては成長してしまっている身体の部位が年相応に見えず遠縁の親戚と会った時に私が長女だと勘違いされることも関係していると思う。

それに、舞美は今や七里ヶ浜学院では知らぬ者がいないほど優秀で生徒会会長を務める人なので忙しく、舞美本人も大学は法学部に入り弁護士になると言っていた。
花奏の進路はわからないが、剣術で鍛えた身体と運動大好きな花奏のことなので体育会系の進路に進むだろうと推測する。
すると、私は何ができるだろうか。
私は姉達のように飛び抜けてはおらず、どちらかと言えば中間に位置した。
勉学は舞美より悪く花奏より良い。
運動は花奏より悪く舞美より良い。
すると、私に誇れるものは努力をしたもの、作法だった。
それに、私としても人と接することや、おもてなしをする事で人を喜ばせることが楽しかった為、顔役をするのは嬉しい事ではあった。
そう思うとバランスの取れた三姉妹である。

気がつくと部屋に飾る盛花が完成していた。
漆の花器を掛け軸のある床に盛花を置く。
掛け軸は孝助が去年の誕生日会の時に贈り物でくれたのだが、あの人は私がどのように見えているのか理解できなかった。
中学二年生の乙女に対して掛け軸はないだろうと思っていましたが、誕生日会に参加していた春奈や詩穂に怒られていたので良しとした。
そろそろ食事だろうと思い、居間に行こうと立ち上がるとスマートフォンのバイブが震える。
液晶画面を見ると「田岡加奈子」からのLINEメールだった。
私はスマートフォンを操作しLINEのアプリケーションを開くとメッセージに加奈子からの一文があった。
『明日、午後一時に穂花に行きます』と書かれていた。
私は加奈子とはLINEを交換してから最初だけしかやり取りをしておらず、話す事も沢山あり、殆どがメールでなく電話だった。
そのため、久しぶりにLINEメールがきたのが不思議だったがメールできたのに電話をするのは変なのでメールを返信することにした。
『畏まりました。明日長谷駅に十二時半で如何ですか?』
と送ると既読が表示されすぐに『わかった』と返信が来た。
しかし、私は胸が騒ついたのを忘れられなかった。



11
翌日の朝、胸騒ぎが治まらず早目に家を出て長谷駅に降り立つ。

優姫はブレスレット型の腕時計を見ると午前十一時半をさしていた。
時間もあり心を洗おうと、私は収玄寺に寄ることにした。
日蓮宗ではないが、この寺の庭は大変風情があり真夏の昼時ですが吹き込む風は心地よく感じるるためお気に入りの場所だ。

参拝を済ませ一度長谷駅に戻ると制服姿の加奈子さんを見つけた。
腕時計を見ると、まだ十二時前を指していた。
「こんにちは、加奈子さん」と優姫は声をかけると加奈子は虚ろな目を此方に向ける。
「うん・・・こんにちは」
おかしいとすぐにわかった。
目が赤いのだ、泣き腫らしたように。
それも、つい先ほどのような気がする。
制服を着ていることから学校に行ったのだろうと思い当たり察した。

何か見つけたのだと。

そして、加奈子を裏切るようなことなのだと。
優姫は何も気が付いていない振りをして
「行きましょう」と言った。
そう言うと、加奈子は頷いて後をついてきた。

穂花に到着し入店すると、孝助さんが注文したのであろうアイスコーヒーをテーブルに置き煙草を吸っていた。
私と目が合うとマスターにアイスコーヒーを追加で二つ頼み手招きする。
優姫は加奈子さんに席を譲り座るのを確認し腰を下ろす。
孝助の事なので直ぐにわかったと顔色の変化で気付いた。

「江ノ電見えなかったのか?」と孝助は単刀直入に言う。
その言葉に加奈子は俯いていた顔を上げ孝助さんを見つめる。
「俺も七里ヶ浜学院の出身だ。わかるよ君の顔を見れば」
「はい・・・」と鼻をすすり涙目になっている優姫は加奈子にハンカチを差し出すと「ありがとう」と受け取りと目を押さえた。
「これは、推理の途中なのだが」と前置きをして孝助さんが言う「由香里さんは、誰かの復讐のために空き教室に行ったのだと思う」
加奈子の肩の震えが少し弱くなった。
孝助さんはちらりと私を見る。

孝助が言いたいのは『復讐』のワードが優姫を怒らせないか気になったからだと察した。

優姫は復讐を嫌っている。
昔、何かがあったというわけではなく、傷つけられたから傷つけるという行為が嫌いだからだ。
そのためハムラビ法典の「目には目を歯には歯を」の部分は最後まで共感をすることができなかった。

しかし、孝助が加奈子を慰めるために言ったのだろうとは察しているため何も言わなかった。
孝助は由香里が嫌な事をされて仕返しに行き返り討ちあったと言いたいのだとわかっていた。


加奈子は、落ち着いたのか顔を上げる。
「それでも、私は受け止めるべきなんです。由香里を知ろうとしてるのですから」
「いい心構えだ」と孝助さんは笑顔で言う。
優姫も微笑んで加奈子を見た。
加奈子は強くなる人だと感じていた。


12
優姫と一緒に穂花に来て泣いた私は、落ち着いてから一応撮影したのを部室現像した写真を渡す。
「見事に写ってないな」と寺岡が言う。
私が撮影したのは『江ノ電と海』でなく『松の木と海』だった。
電車は通らなかったが、通ったとしても写らないだろうと思った。

「どうして、由香里さんはそんな嘘を吐いたのでしょう?」と優姫が言う。
「正直なところ・・・私はお金が絡んでると思うんだ」
「お金・・・ですか?」
「まぁ、普通に考えればな」
寺岡は私の言いたい事を察したのか肯定する。
「裸の女子生徒、カメラ、大金とくるとな・・
・」
「なんですか?」と優姫はキョトンとした顔で質問する。
私は言いづらく寺岡に視線を向ける。
「だからさ、由香里さんは誰かにヌード写真を撮らせて大金を貰っていたってことだよ」
寺岡が言うと優姫は顔を赤面させる。
「そんな、何でそんな卑猥なことをするんですかっ!」
「俺も判らんし、まだ決まったわけではない」
と優姫を宥めるように言う。
「ただな、由香里さんが幽霊にやられたと誤魔化すのも、撮れない江ノ電の写真を撮っていたと言っていたのもヌード写真を撮らせてたのなら辻褄は合うんだよ」
「そんな・・・」
優姫は失望したかのように青ざめていた。
私だって信じたくはない。
そんなことまでして、お金を欲しがるなんて。

寺岡は一度大きく咳払いをして言う。
「まだ、俺の解答は出してないし推理も途中だ。単なる予想だよ」
そう言って、寺岡は私に視線を向ける。
「それと、加奈子さんは去年辞めた美術教師を知っているかい?」と言った。
「徳山美津子先生ですか?」
「トクヤマミツコ?」と寺岡は首を傾げる。
「私と由香里の美術の先生でした」
「なるほど」
「それと」と私は区切る言いづらいからだ「写真部の顧問でした」
「何だって」と寺岡は驚く。
そして「待て待て」と小さく呟いた。
「徳山先生は何か言っていなかったか?」
「何か・・・ですか?」
「辞める前に何か残しておきたい言葉とか」
私は腕を組んで考える・・・何かなかったか。
三分ほど考えると一つ思い出した一枚の絵の存在を。
思い出したと同時に「絵」と呟いた私に寺岡が言う。
「絵?」
「はい、徳山先生は絵を描いてました。今も美術室に飾ってあります。」
「どんな絵なんだ?」と私と優姫を見て寺岡が言う。
優姫は首を横に振る。確か優姫の選択科目は音楽だったので知る由もないだろう。

「変な絵です」と私は応える。
「変な絵?」
「女の人とか犬とか描かれていました」
「それ、撮影してこれるかな?」
「はい大丈夫です」
そして、私の第二の調査が始まった。


13
翌日、私と優姫は七里ヶ浜学院に来ていた。
優姫も絵が気になるそうだ。
夏休みで補習でもないのに制服を着るのは少し恥ずかしさを覚える。
他の人の視線を気にしすぎているのかもしれない。
しかし、隣には成績優秀の優姫がいる。
優姫はお姉さんの舞美さん同様優秀な生徒だ。
一緒に歩いていれば、学校の用事だと周りも思ってくれるだろう。
ちなみに去年は補習だったので、そう考えてしまうのも仕方ないと思う。
進学校の宿命でもあるのだろう。

一度、職員室に寄り鍵を受け取る交渉をするが優姫が言うとすんなり鍵を貸し出してくれた。
格差社会でしょうか・・・と独りごちる。
私と優姫は美術室に入ると四方の壁に飾ってある複数の絵画を眺める。
目的の物はすぐに見つかった。
優姫は美術室に入るのが初めてらしく壁の絵画を一枚一枚眺めている。
優姫は絵から目を離し私に向き直り言う。
「ここに本当に幽霊なんて出るのでしょうか?」
「どうだろうね」と私は苦笑する。
わからない・・・が私の答えだからだ。
「幽霊は犯人なのか、目撃者なのか微妙だよ」と私は呟く。
「孝助さんの昨日の言葉を覚えていますか?」
「絵を撮影しろってやつでしょ」
「いえ」と優姫は目を伏せ「由香里さんがヌード写真を撮らせてたと言ったことです」
「あれは・・・まだ予想でしょ」
「それかも知れませんけど、私も考えてみました。大金を欲しがるなら『そういうこと』もしなければならないのではと思います」
「そっか・・・」とだけ私は応えた。

少し無言の沈黙のあと、私は目的の絵の前に立った。
「これだよ」
「これ・・・ですか」
優姫の声が少し落ちていた。
私もこれを見たときは変な気分になった。
怖いのか悲しいのか気味が悪いのか、よくわからないがマイナスの方面の感情を抱いたのを覚えている。
何度か授業で嫌でも目に入ってしまうため慣れているのではと思ったが、今見ても嫌な気分になる。
絵は油絵でルネサンス期に描かれたのヴィーナスの誕生やプリマーヴェラに似ている。
徳山先生の画力に驚かされたのは覚えていた。
絵の中身は、本を持ち驚いた顔をしている大人の女性に鎖で繋がれ胴体に数字が描かれた白色の大型犬が舌と涎を出し飛びついている。
後ろには校舎が見え右側の空には不気味に笑う太陽と左の空には涙を流す三日月が描かれていた。
優姫はハンカチで口元を押さえ言う。
「題名は『あやまち』ですか」
「そうだね」
私はカメラを構え遮光に気をつけながらシャッターを押す。
あとは帰りに写真部により現像するだけだった。

14
穂花の着き寺岡の向かいに座り私と優姫はアイスカフェオレをストローで飲んでいる。
昼食がまだだったのでマスターに優姫が頼みクラブハウスサンドイッチを作ってもらった。
女性のためか、他の店で見るより小さく切られており一口サイズになっていた。
具はレタス、トマト、キュウリ、ローストビーフ、ベーコン、スクランブルエッグ、チーズであり、マヨネーズとマスタードで味付けされていた。
トマトは肉厚で口の中に程よい甘みと酸味を広げキュウリは薄く切られているのに食感でわかるほど固くしっかりしている。
優姫が言うには、キュウリとトマトは店の裏で有機栽培されているものらしい。
レタスは冷水でさらしたのかシャキシャキしており少し厚めに切られたジューシーなローストビーフの脂を和らげてくれる。
カリカリに焼かれたベーコンはとろけたチーズと合わさりマスタードの辛味とマッチしている。
マヨネーズとケチャップはスクランブルエッグと合わさりオーロラソースのように程よい甘みを広げてくれた。
私が食べていると、二人の視線を感じた。
「みんな、美味そうに食うよなソレ」と寺岡が言う。
「美味しいですよ」と優姫がプラスチックの楊枝で刺されたサンドイッチを差し出す。
寺岡は手を振りいらないと言う。
「美味しいですのに」と優姫は少し拗ねるように言った。
珍しい鎌倉市の優しき美姫が拗ねるのを見れるのは一生に一度だろうと思いながらサンドイッチを食べる。
ふとカウンターを見るとマスターが笑顔だったので「美味しいです」と言うと。
丁寧に会釈を返してくれた。
こんな素晴らしいサンドイッチは初めてだった。
女性用に一口サイズに切り分けてくれる気配りもあるがマヨネーズやマスタードは市販のものではない気がした。
寺岡は絵の写真を見ながら言う。
「マスターは以前は桜川家の専属料理人だったんだよ」
「専属料理人ですかっ」と私は驚いて隣の優姫を見ると恥ずかしそうに俯いた。
「えぇ、独立してこの店を経営されてます」
「ちなみに、ローストビーフ、マスタード、ケチャップ、マヨネーズはマスターの手造りだ」
「すごい・・・」
私は感嘆とするしかなかった。
サンドイッチを食べ終えた私達は、マスターが新しいカフェオレを配膳し空き皿を回収し下がったのを見送り寺岡が話し始める。

「この絵だが、題名はあるのか?」
その質問に優姫が応える。
「『あやまち』と平仮名で書かれてました。」
「『あやまち』か・・・」と寺岡は額を指で押し始める。
「一つ一つ分解しよう」と寺岡が言う。
「あの」と私は寺岡に言う「この絵は意味があるのですか?」
「多分だが、事件に関係していると思う」
寺岡は即答する。
私は頷くとそれを見て「では、始めよう」と言った。
「まずは、女性だ」と写真の女性の絵を指す。
「この女性は左手に右手に「picture」と書かれた本を持っている。」と寺岡が言う。
続けて優姫が「首から三日月のペンダントを下げてますね」と言った。
寺岡は他の意見を待ったが誰も答えないのを見て指を右に移動する。
「次は犬だ」と写真の犬を指す。
「白色の大型犬でテリアに似てるな」と寺岡が言う。
「数字も気になりますよね。えっと・・・・
「14 20 18」と描かれてますね」と優姫が言う。
「何だか気味が悪いですね、涎を垂らして目も気持ち悪いです」と私が言う。
「鎖の形は∞の形で描かれているな、それで太陽の昼間の校舎に繋がっている」と寺岡が言う。
「首輪も変ですね、×印と=の二本線が繋がって出来てますね」と私が言う。
「次は背景だ」と寺岡は言う。
「背景は右側に太陽の昼間と左側に月の夜が描かれてるな」と言った。
「昼間と夜の両方に校舎が描かれてますね」
「空には不気味に笑う太陽と涙を流す三日月ですね」
「何か気づいたことはあるか?」と寺岡が言う。
「不気味な絵とは思います」と優姫が目を細めて言う。
「徳山先生は何が言いたかったんですかね」
ふと何か思いついたのか寺岡が言う。
「そういえば、徳山先生に恋人はいたのか?」
その問いに優姫は首を傾げる。
私は思い当たる事があった。
「徳山先生は高山先生とお付き合いしていたみたいですよ」
「誰だタカヤマって・・・」
「確か・・・二年生の数学を担当されていた方ですよね?」と優姫が言う。
「そうだね」と応え恋バナが好きな私は続ける「徳山先生が美術の先生なのに幽霊の噂で疑われなかったのは高山先生が恋人だったからだし」
そう言うと寺岡は目を細めて言う。
「徳山先生は疑われるような事を言ったのか?」
「疑われる訳ではないですけど、幽霊の噂が出てから写真部の部員にも美術の生徒の私達にも下校時間前は危険だから近づかない方がいいって言ったんですよ」
「それで、どうなったんだ?」
「徳山先生には高山先生がいるから満足しているはずだって話になって終わりましたよ」
私も下世話な話をするようになったなぁと思いつつ言った。
「なるほど・・・」と少し考えて続ける「学校からしおりのようなのを配られてないか?先生の紹介とか転入や転出する先生が載るやつ」
「私持ってますよ。全部ファイリングしてあるんです」と優姫が小さく挙手をして応えた。
「それを借りたい、できれば去年の二学期の終わりか三学期の始まりのやつだ。どんな人だったのか気になる」
「わかりました」と優姫は笑顔で頷いた。
「あと、今年の卒業生で知り合いとかいるか?」
優姫はその問いに首を横に振る。
最近、優姫のその仕草が可愛く見えてきた。
「今年でしたら、由香里のお兄さんが遠くの大学に行きましたね」
「遠くの大学?」と寺岡が訊き返す。
「確か・・・歯科のある大学って言ってました」
「医学部の有名なところですか?」と優姫が言う。
「私もよく知らないんだよね」と笑う「由香里の親戚が大阪にいるから多分そこに行ったと思うって言ってましたよ」
「それって・・・ご家族の方は知らないのですか居場所を?」
「家出も同然で飛び出したみたいだよ、いつの間にか電話番号も変わってアドレスも変わってたみたい。でも、大阪の親戚の人がこっちに来てるとは言ってたみたいだよ」
「何があったんですかね?」と優姫が悲しそうな顔をする。
「疑われたんだよ」と寺岡が言う。
「疑われた?」と私は訊き返す。
「幽霊にだよ、美術室に忍び込んだかして疑われたんだ。だから、地元でなく遠くの大学に行ったんだ」
「酷いですね。犯人扱いされるなんて」
「そうだな」と寺岡は頷くと、立ち上がり言う
「一旦、考えをまとめたい。俺の方から優姫に連絡するから待っててくれ」
「はい」
私達も立ち上がり寺岡が会計を済ませ退店する。
長谷駅で私達は別れることになり、寺岡は去り際にぽそりと私に言い優姫と共に歩いていく。
優姫は嬉しそうに寺岡の隣を歩いていた。
帰りに寺岡が優姫の家に寄るようだ。
私は寺岡の言った一言が気になった。
『悪いな・・・』
あれは何に対してなのだろうか・・・

15
私は孝助さんと伴って自宅へと帰宅している。
長谷駅から江ノ島まで江ノ電で行き湘南江の島で湘南モノレールで片瀬山で降りる。
私の家は、徒歩8分程で到着する。
孝助さんが久しぶりに我が家にお邪魔する事になった。
家の四脚門の前に着くと門を見上げて孝助さんが言う。
「いつ見てもでかい屋敷だな」
「そんなことないですよ」
「それ絶対に俺の親父の前で言うなよ」
孝助さんは、少し悲しそうに言いました。
「はい」と私は素直に返事をする。
門をくぐった所でふと思い出して言う。
「でも、この間にサヤカさんが来て同じこと申しましたら、笑って『お父さんに聞かせてあげたい』と仰っていましたよ?」
「姉貴が?」
孝助さんは嫌な顔をする。
孝助さんのお姉様の寺岡さやかさんは素晴らしいお方で、頭も良く運動もでき空手の有段者でスタイルも良く今は横浜の大学で心理学の助教授をしている。
孝助さんは、絶対に敵わない相手だと仰ってました。
確か、コノミさんも似たような事を仰っていたような気がします。
池を架ける橋を渡り数分歩くと本邸が見えてきました。
私は横開きの玄関扉を開けると、ちょうど舞美姉さんとハルナさんとシホさんが玄関の近くで立ち話をされていました。
「お帰りなさい、優姫」と舞美姉は笑顔で言います。
そして、後ろにいる孝助さんを見て目を見開きます。
「孝さんっ、お久しぶりです」と抱きつかんばかりに駆け寄ります。
「よう、県内模試でまた一位だってな」
と言って孝助さんは姉さんの頭を撫でる。
「舞美は優秀だし、私が担当の家庭教師だもの当然よ」とハルナさんが言います。
「春奈、今日は舞美の家庭教師の日か?」
「えぇ、また孝助は相談に乗ってるそうじゃない」と呆れた顔で春奈さんは言います。
「なんで知ってる」
「花奏ちゃんだよ、孝助君」とシホさんが微笑んで言う。
「詩穂はなんで居る?」
「実はね、明日から花奏ちゃんの勉強合宿をすることにしたから話してたんだよ」
「マジか・・・」
「あら、お鉢が回ってくると思ってた?」
「少し期待してた」
「会社が違うんだから無理よ。転職しなければよかったのに」と春奈さんが言います。
「しょうがないよ、春奈もあの時は孝助君の決断で助けられたの知ってるよね?」
「わかっているけど・・・さ」
昔、三人の間に何があったのか気になりますが前に大人の事情だと孝助さんに詮索を禁じられたので黙ることにします。
栗色の長髪をポニーテールにした背が高くスタイルのいい美人は川島春奈さん。
白いワイシャツの上から薄い黄色のカーディガンを羽織り黒地に赤と白のチェックの膝上までのスカートと黒のニーソックスを穿いている。
そして、ショートボブの黒髪の前髪をヘアピンで左に流し童顔に眼鏡をかけた背は私と同じ位の美人は朝比奈詩穂さん。
白のワイシャツにグレーのカーディガンを羽織り紺色の膝下までのスカートを穿いて紺色のソックスを穿いている。

春奈さんと詩穂さんは孝助さんの小学生からの幼馴染みで七里ヶ浜付属学院のOGでもある。
大学に入ってからは、孝助さんだけ学科が違うため同じ家庭教師の派遣会社に勤めるまでは長期休暇以外は会えなかったと聞いている。
そして、春奈さんと詩穂さんは喫茶店相談所のメンバーでもあります。
春奈さんと詩穂さんは帰るらしくヒールの低い靴を履くと2人は「またね」と言うと出て行った。
孝助さんは私に顔を向けて言う。
「しおりを貰ってもいいか?」
私は「はい」と頷くと舞美姉と一緒に自室に向かいます。
居間で舞美姉と別れ自室に入り本棚の一番下から『学校』とシールの貼ってあるファイルを取り出し去年のページを開くと二学期終業式と三学期始業式とシールの付箋を貼ってあるしおりを抜き取り中を見分します。
徳山美津子先生と高山先生の紹介が書かれており顔写真が載っているのは二学期終業式のしおりだったので、それを持って孝助さんに渡します。
孝助さんは「またな」と言って出て行きました。
そうです。今は加奈子さんの相談が最優先でした。
でも、少し寂しくなったのは私だけの秘密にするつもりです。



16
今回の依頼に俺が興味を示したものは無かった。
桜川優姫がとても悲しそうに言うのがいけない。
俺は片瀬山駅に着くとタクシーを拾い鎌倉駅前まで送迎してもらう。
乗り換えが面倒で仕方がない。
こう堕落してしまうと中々抜け出せないのが怠惰の厄介なところだろう。
そう理解しつつも次からなどと先送りにしてしまうのは、成る程さすが大罪に数えられるだけはあると納得する。
折角の会社から頂戴した夏休みを謎解きで終わらせるのも嫌であったが、かといって穂花で珈琲を飲み煙草を飲み文庫本を消費するのは非生産的だと思ってしまう。
いや、思わされてしまったのかもしれない。
俺もアイツとの付き合いは長い、さすがに助けてくれというSOSのシグナルを確報か誤報かを読み違えるほど浅くはない。
だから、俺が優姫の依頼を受けるのは仕方ないといえる。
そう心の奥で言い訳をするのは口に出したくないからだろう。
口にすると本物に変わる。
それが、本心であるなしに関わらず。
ぼんやりと考えていると鎌倉駅前西口側に到着する。
料金を支払い車を降りる。
穂花は閉店しているだろう。
俺は無性に珈琲が飲みたいのだった。
俺は駅に入り東口へ渡り、喫茶ルノアールに入店する。
スターバックスもあるが、煙草が吸えないので喫煙者には残念で忍びない。
俺は喫煙席に腰掛けアイスコーヒーを注文する。
配膳されたアイスコーヒーをストローで吸う。
美味いとは思うが、穂花の珈琲に比べ香りやコクが薄い気がした。
あそこの珈琲は魔性だから仕方ない。
俺はさっさと珈琲を飲み終え煙草を一本吸って退店する。
俺はニノ鳥居前の交差点を右折し鎌倉雪ノ下教会を横目に歩き住処のマンションである小町レジデンスに着く。
ちなみに実家は常栄寺付近にあり意外と近い。
俺は入口前で一度鍵を差し込み自動ドアを開ける。
エレベーターで八階まで行き「805」の数字が打ち込まれた扉に鍵を差し込み引く。
しかし、鍵が閉まっており開かない。
俺は溜息を吐くともう一度解錠作業をし引く。
入るとシャワーの音と微かに石鹸の香りがした。
姉貴だ・・・とすぐ理解する。
姉である寺岡さやかは週に三度程こちらに来る。
実家よりも駅に近いため泊まりに来る。
2LKの部屋なので、一つを貸し与えている。
リビングのダイニングテーブルの椅子に腰掛け煙草を吸う。
「孝助、帰ったのか?」と風呂場から声がする。
「あぁ」と力なく返事をする。
「相談に乗ったそうじゃないか」
何故、春奈といい詩穂といい知っているのだろうか。
恐らく三姉妹の次女あたりが言いふらしたのだろうと考え着く。
風呂場のドアの開閉の音がし、リビングへとさやかが入ってくる。
白地に水色の縦線が入ったノースリーブシャツに黒の短パンの姿で長い黒髪を団子状に後ろにまとめ風呂場から出てきた。
「先にシャワーを頂いたよ」と軽く微笑む。
その微笑みに対して初対面なら見惚れるだろう。二回目ならば威厳を感じるだろう。それ以上なら冷たく感じる・・・それが姉貴だ。
俺の二歳年上の二十六歳には見えない若々しさとすらりとした細身だが豊満なところは豊満である。
では、俺は姉貴にどのように見えるのかというと上官だ。
冷静で落ち着いた声と威圧感を持つ。
「孝助も浴びてくるといい、その間に夕飯作るから」
俺は頷くと煙草を灰皿で揉み消した後、自室に入り部屋着と下着を持って風呂場へ行く。
シャワーを浴び、リビングに行くとさやかがテーブルに夕食を広げていた。
姉貴は、教育人間科学部の助教授である多忙の身であるが家庭的であった。
旦那になる人が可哀想に思う。
収入で負け家事で負け、存在の意義を問いたくなる。
それを俺は経験していた。
本日の献立は冷しゃぶ、卵焼き、ポテトサラダ、茄子と西瓜の糠漬け、のり汁だった。
「さぁ、食べよう」と言ってさやかは席に着く。
俺は向かいに座り手を合わせ「頂きます」と言う。
「どうぞ」とさやかが応えたのを聞き俺は箸を持つ。
のり汁を啜ると、生海苔の爽やかな磯の香りと甘みが口に広がる。
「その生海苔はね由比ヶ浜の叔母さんがくれたのよ」
同じくのり汁を啜りさやかが言う。
確かに美味い。
冷しゃぶに胡麻だれがかかっているが、白胡麻の擦った粉末がかけられ胡麻の香りが際立っている。
ポテトサラダは、昨日姉貴が仕込んでいたのを知っていた。
甘みのあるジャガイモとキュウリ、ハム、コーンがありとても美味い。
何でも冷蔵庫にジャガイモも保存すると甘みが出るそうだ。
玉子焼きは出汁巻きでふわっとしていて大根おろしととても合う。
茄子と西瓜は実家の菜園から貰い、西瓜の白い部分を残すように切り取り赤い実はデザートで食べ残りを糠漬けにしたものだ。
茄子は漬けていても皮に張りがあり糠の塩気と茄子の甘みが充分に感じられる。
西瓜はさすがの瓜科だと感じるほど爽やかで糠の塩気がいい具合に口に広がった。
食事を終え、さやかと食後のお茶を飲んでいるとさやかが口を開く。
「どういった相談なんだい」とお茶を啜り姉貴が言う。
「別に・・・」
「孝助の推理力を甘く見ているわけではない。私の興味本位で聞いただけだ」
「七里ヶ浜学院の幽霊の話だよ」
「君はいつから霊媒師に転職したんだ?」
「していない」と若干苛ついて応えた。
「なるほど、大体察したよ。新しい謎解きか・・・話してみろ。点数をつけてあげよう」
俺は溜息を吐くと鞄から写真やしおりを出し資料を見せながら相談のあった謎と自分の推理を話す。
それを聞いた後、姉貴は軽く微笑む。
「七十点だな」と言った。
低評価だった。
この人は百点以下は零点と同じにする。
「孝助、もっと深く見るべきだ。本当の加害者と本当の被害者が誰だか気付いていない」
「本当の?」
「ヒントはここまでよ。君は相談を大切に扱うべきだ・・・だから見落とすし足りない。本当の加害者と被害者にそれぞれ減点十五点だ。そこらの相談の回答は適当でいいだろう、本気で人生観まで変える解答など君には求めないよ。けれど、謎解きの解答は別だ。人間関係の崩壊をさせてしまうのだから。それと、想像の中だけでも救わなければならない人を忘れては駄目よ。探偵君」
そう言うと、さやかは立ち上がる。
「おやすみ孝助」と言うと部屋に入って行く。
また、あの人は平気で人の思惑を握り潰す。
俺はどこかで適当になっていたのだ。
謎の話と俺の推理を聞いて、間違いを正すほど深く速く真実に辿り着いた姉貴。
俺は額に指を当てる。
姉貴は俺に喧嘩を売った。
なら、俺は真実を暴いてみせる。

17
翌日の午後一時に穂花に来るよう優姫に連絡を入れた。
俺は昨日の晩、三時間かけ納得のいく解答を用意できた。
壁時計を見ると午前十一時を指していた。
出よう。
マンションを出て鎌倉駅から江ノ島電鉄で長谷駅に向かう。
穂花に入店し、いつもの席に向かう途中でカウンターに立つマスターにブレンドを頼む。
窓際の四番目の席の奥の通路側が俺の指定席だ。
珈琲が運ばれ一口啜る。
美味い。
文庫本を取り出し煙草を吸う。
ささやかな休憩を俺は取ることにした。

午後一時前に優姫と加奈子は到着した。
カフェオレを二人は注文し品が運ばれてから俺は口を開く。
相談の解答を始めよう。
「今回の依頼である野山由香里の怪我の事件を解く前に幾つかの事件がある」
「事件ですか?」と加奈子が言う。
俺は頷くと優姫が言う。
「幾つかというと複数あるということですよね」
「あぁ、全部で四つだ。野山由香里は第四の事件になる」
四つの言葉に二人は反応する。
「これを解くことで野山由香里の隠し事も怪我も全部説明がつく」
俺は依頼人の加奈子の顔を見る。
「聞くか?」と決断を求めると加奈子は小さく頷く。
「お願いします」と言った。
「では、始めよう」俺は珈琲を一口啜り気合いを入れる。
「まず、第一の事件。美術室にでた男子生徒の幽霊についてだ・・・これは、幽霊ではないが男子生徒がいたのは本当だろう」
「実在する人物なんですか?」と優姫が言う。
「勿論だ。ただ、場所は美術室でなく隣の美術準備室だろう」
「でも、何のために準備室にいたんですか?」と加奈子が言う。
「まぁ、順を追って説明しよう。男子生徒を男子Aとしよう。男子Aはある目的で準備室にいた。そして、外を見たんだ」
「何のためにですか?」と加奈子が言う。
「美術準備室は美術室の隣、二棟の三階にある。そして外から見えるのは正門だ。つまり、人の出入りを確認したかったんだよ」
「確認ですか?」と優姫が言う
「そう邪魔が入らないようにな」
「どういう事でしょう」と優姫が首を傾げる。
「男子Aは、そこで人と待ち合わせしていたんだ。だから、人の出入りを確認するために外を見た。そこを見られたんだろう」
「待ち合わせしていた人って・・・」と加奈子の言葉を遮り言う。
「それは、徳山美津子だ」
「えっと・・・何のために待ち合わせを?」
優姫はまだわからないらしい。
「夜の校舎、男子生徒、女教師でわかるだろ?」
優姫は首を傾げるが加奈子はわかったのか、はっとする。
「逢引だよ」と俺は言った。

優姫は目を見開き両手で口元を隠す。
「徳山美津子は男子Aと恋仲だったのだろう。しかし、外で会うわけにもいかない。見つかるリスクが高いからな。だから、夜の校舎で会うことになったんだ」
「待って下さいっ」と加奈子が言う「徳山先生は高山先生とお付き合いされていたはずです」
興奮気味に加奈子は言った。
俺は小さく息を吐き言う。
「それが第二の事件になるんだ」
「高山先生とお付き合いするのが、第二の事件なんですか?」加奈子は言った。
「俺は、徳山美津子と高山は付き合っていないと思う」
俺は鞄から絵の写真を取り出しテーブルに置く。
「これが証拠だ」と言って絵の写真を指さす。
「この絵の犬。これが高山なんだ」
「犬が・・・高山先生」と加奈子は呟いた。
「この絵を分解するとわかる。本を持つ女性は徳山美津子だろう。そして、犬が高山だ。理由は犬の絵にある」
犬の絵は白い大型犬が女性に襲いかかっているシーンだ。涎を垂らしXと=の首輪と∞の鎖が後ろの校舎に繋がれ胴体には14 20 18の数字が書かれている。
「まず、数字の意味は二つある。一つは後で話すが数字を扱う者だ。そしてXと=の首輪は『X=』という意味になる。そして、鎖は∞の数学で極限を用いる時に使用する。そして鎖は校舎に繋がっている」
俺は一呼吸置いて言う。
「要約すると校舎で『X=』と数字を扱い極限を使用する科目は数学しかない」

「でも、高山先生が恋人でない証拠にはならないです」と加奈子が言う。
「それが、数字のもう一つの意味になる。俺が注目したのは女性の持つ本だ。pictureは英語だ。つまり英字が関わっていると踏んだ。
最初は14 20 18を英語にしたが意味不明だ。だがアルファベットにすると意味がある」
「アルファベットですか?」と優姫が言う。
「アルファベットの14、20、18番目のアルファベットなんだ?」
優姫は指折で数えて言う。
「えっと・・・Nと・・・T・・・Rですね」
「NTR」と加奈子は呟いて目を見開いた。
「何ですか?それ」と優姫は言う。
「NTR・・・寝取られたという意味だ」
そう言うと優姫も驚いた顔をする。
「高山は徳山美津子が男子Aと付き合っていることを知った。現場を目撃したかカマをかけて暴露させたかして、そして黙る代わりに肉体関係を迫った」

二人は沈黙して俺の話を聞いている。
「徳山美津子は恥辱を受けた。だが、不幸は続く野山由香里が接触してきたんだ。恐らく男子Aとの関係を目撃しているとでも言ったのだろう。徳山美津子は罪悪感と屈辱感で押し潰されそうになった。そして・・・退職を決意したんだ。だが、何とかして自分に起きている事を誰かに伝えたかった。高山や野山由香里に復讐しようと考えた。言葉で伝えるわけにもいかない。自分が学校を去ってから誰かに解いてもらいたいと思い絵を描いた」
俺は絵の写真を指さして言う。
「この絵は、そういう意味で描かれたものだった」

二人は泣きそうな顔をして黙っている。
「そして、第三の事件だ。これは、野山由香里が徳山美津子が高山に襲われた事を知っていたのだろう。もしかしたら、徳山美津子に暴露した音声を録音させたのかもしれない。実際は、不明だが何か証拠を持っていたのは事実だろう」
「どうして・・・そう思うのですか?」と加奈子は言う。
「野山由香里の金銭面についてだ。ブランドバックを複数しかも本物を所持できるほどの大金をどこから得たか、まずバイトもできず宝くじでもない。ましてや、こんな情報を持っている奴がヌード写真なんて撮らせようなんて思うはずもない。となると・・・・・・恐喝だ」
「脅したってことですか?」
「そうなる。野山由香里は幽霊の噂の事実も知っていた・・・前に言っていただろう。噂が流れた時に徳山美津子は下校時間前の美術室には近づかない方がいいって・・・これは認めているも同じなんだ。徳山美津子は噂を聞いた誰が流したかも知ったのだろう。だから野山由香里には、すんなり喋ったのだろう」
俺は、珈琲を一口啜る。
「そして、高山にも同じようにした。あんたがやった事を黙る代わりに金を寄越せと言う風にね。そして、お金の受け渡し場所が空き教室だったんだ」
俺は加奈子を見る。

「優姫に頼んで一度、空き教室を調べてもらった常に空き教室はカーテンが閉まっているそうだ。野山由香里は建前として風景写真を撮るためにと受け渡し場所を確保した。しかしカーテンを開けたことはなかった。だから外の景色を見たことがないと思う。何故なら目撃されたくないからだ。けれど電車の音は聞こえたのだろう江ノ島電鉄が走っているのはわかるからな。それに七里ヶ浜学院は海岸沿いにある。だから、野山由香里は江ノ島電鉄と海を撮っていたと言ったんだ」
「それで・・・」と加奈子は呟いた。

「そして、第四の事件が起きる。野山由香里はブランドバックを複数所持していた。他にも香水やら財布やらも買ったのだろう、物凄い大金だ。普通はそれに耐えられるかと言われると俺は無理だ。恐らく高山もそうだったのだろう、簡単に脅して証拠を奪おうと画策するが、誤って怪我をさせてしまった。運良く野山由香里は軽症だったが高山にしてみれば新しい恐喝材料が増えてしまう。だから、服を脱がせ野山由香里が空き教室で襲われたと思わせる仕掛けをした。野山由香里も高山を脅迫していた分、言い辛いだろうしな。だが、想像でしかないが高山は退職すると思う」

俺は柏手を打って言う。
「これが、俺の解答だ」


18
加奈子は、一度整理したいと言って帰宅した。
どのように解決するのかは彼女次第だ。
任せよう・・・。
俺は珈琲をお代わりし煙草を吸う。
向かいには、普段通りに復活している優姫がカフェオレを飲んでいる。
「孝助さん」と優姫が呼ぶ。
「いつ、男子Aさんと徳山先生が恋仲だと気付いたのですか?」
「まぁ、状況もあるが・・・確信したのは絵を見てだな」
「絵・・・ですか?」
「絵の女性の後ろには泣く月だ。高山が犬なら月は男子Aになる。つまり、男子Aに酷い結果にさせてしまった贖罪で徳山美津子は月を泣かせたんだろう」
「本当に好きだったのでしょうか・・・男子Aさんも徳山先生もお互いの事を」
優姫は俯きながら言った。
「愛し合っていただろうな」
即答すると、優姫が顔を上げる。
「わかるのですか?」
「絵の女性は三日月のペンダントをしているだろ?三日月が男子Aなら私は貴方を想い犬に抱かれますって伝えたかったんじゃないのか?」
「そうだったんですね」
「まぁ、絵画は語るってやつだな」
「ですが・・・男子Aさんは徳山先生を愛していたとは言えないのでは?」
「男子Aの正体なら解るさ」
「誰ですかっ?」と優姫は食い気味に言う。
「野山由香里の兄だよ」
「でも、お兄さんは大阪にいるのでは?」
「いや・・・大阪にはいないだろうな」
不意に昨日の姉貴との会話を思い出す。
『想像の中だけでも救われなければならない人を忘れては駄目よ』

「優姫、歯科のある大学は何を想像する?」
「医学部の歯科ですかね」
「なら、動物の鹿なら?」
「奈良・・・でしょうか?」
「もっと夢ある解答があるだろう」
「夢ある解答・・・ですか?」
「徳山美津子は、どこ出身だ?」
「確か・・・九州だったと・・・あっ」と優姫は何かに気付く。
「九州に鹿のある大学があるだろ?」
「鹿児島大学ですね」
「大正解だ」
男子Aの野山兄は鹿のある鹿児島大学に行ったと思う。
実際に行ったのか断言できないが・・・

「会えていると良いですね」と優姫が言う。
「先生と生徒だ。応援したら不味いのではないかい?」
「在学中は褒められることではありませんし、別れるように進言します」
「だよな」と笑って言う。
だから『禁断の恋』なのだろう。

「ですが」と優姫は続ける「今は元教師と元生徒。一人は一般人、一人は大学生です。応援しても罰は当たりません」
「罰ねぇ」
『あやまち』という題の絵画は、月も女性も犬も太陽も『過ち』を犯していたと言いたかったのだろうな。
「孝助さんも、そう思いませんか?」
「応援についてか?」
「はい」と笑顔で言う。
「まぁ、想像の中だしな・・・会えてる事を祈るよ」
俺は照れ臭くなり煙草を加え窓からの景色を見る。
「ふふっ」と優姫が小さく笑う。
俺が二人が会えていることを心から祈っていることを見透かしたかのように。
窓からの景色は、暑さを表すように陽炎が見えていた。

喫茶店相談所の事件簿 #1『禁断の絵画』

喫茶店相談所の事件簿 #1『禁断の絵画』

鎌倉の街並みと豊かな自然。歴史ある寺や神宮。 喫茶店の珈琲と紅茶。事件は解決しない、解答するだけ。相談として持ってくる事件の推理を解答するだけの喫茶店相談所。個性ある登場人物たちが相談と解答をご用意しております。

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2016-03-06

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