【御手さに】「聞いて、わがまま」#刀さに版深夜の審神者60分一本勝負#さにわさんらい
【御手さに】「聞いて、わがまま」
三月。暦の上では春がやって来て一月になる。しかし、あちらこちらで雪は降るわ、寒いし。変に気温が上がったり、下がったり。まだまだ忙しい暦の移り変わりの真っ最中だ。
そんな生暖かい日のこと。朝稽古に表に出ればヌルッと、湿っぽい空気が肌に触れる。別段、寒くはないのだが。なんだか寒い。稽古をすれば、そうではなくなるのだけど。
「御手杵さ〜ん、寒くないんですか?」
母屋の方からそう声が聞こえた。元気のある子供の声だ。しかし、こいつを子供扱いすれば後々に面倒だと、本丸中の刀剣男士は身をもって知っている。
御手杵は稽古用の槍を片手に小さな審神者に近寄った。
「よっ、おはよう。今日は早いんだな」
「はい、今日は待ちに待った職場体験のひですから!」
嬉しそうに審神者は言うと、思い出したかのようにポケットから何かを取り出す。
それは各本丸中に支給された電子端末だった。なんでも、これひとつあれば何処ででも刀剣男士達に指示が遅れるという便利な代物だ。
現代の人はこんな大層なものが作れるのだから、本当に凄いなと素直に思う。
そんな高価な代物を素早く操作すると、審神者はそれをこちらに渡す。はい、と何気なしに。
「しばらくの間は現世でお仕事ですから、会えないじゃないですか」
審神者が言う“お仕事”とは名前の通りお仕事、なのだが。少し違う。
この電子端末でより多くの人が審神者になることが出来た。それに伴い政府は審神者に就任する規約を緩め、四歳以上からの就任を認めてた。確かこの審神者は九歳だったかと思う。それぐらい幼い力も借りなければいけないほど、政府は歴史修正主義者に押されているのか。その辺りは定かではないが。年齢が下がると幾つものトラブルは生じる。
どうも、幼さ故か言葉の意味が分からないまま操作を誤り、刀剣男士を刀解する審神者が続出したり。資源の使い道が分からないなど、些細ながらも重大な問題で一気に山積みになってしまった。そこで、政府は一度、新規審神者達を集めて講習会を開こうと言うのだ。それにこの審神者も参加する、だけのことで。確か講習会は三日ほどで終わるらしい。その間、寂しいと言われると素直に頷けない御手杵がいた。
しかし、そんな御手杵に気にすることなく審神者は電子端末をいじり、画面をこちらに寄せて。
「御手杵さん!スマイルです!スマイル!」
「スマイル?あ、あれか。マクドナルドごっこしたときの」
「はいっ。ここに向かってスマイルひとつ下さい」
明るく言いながら審神者は体を寄せると背伸びして御手杵の肩にもたれかかる。縁側に立っているが、それでもまだ御手杵の方が大きい。背伸びをしてやっと二の腕のあたりに顔が来る。
御手杵は稽古用の槍を柱に立てかけると、審神者をひょいと抱き上げる。
「この方が楽だろ」
審神者の顔を見れば嬉しそうに笑って、高い高いとはしゃいでいた。
スマイル、スマイルと連呼して審神者はシャッターチャンスを伺う。
確かそのスマイルというのは、先日。審神者に現世のことを聞いたときに教えてもらったものの一つだ。なんでも、肉をパンで挟んだ食べ物屋にこれをタダで頼めると言う。しかも、それはちゃんとメニューの一つで。スマイル0¥と書かれているとか。
そのスマイルが一番似合うのは御手杵だよね、と言われて嬉しかったと覚えている。どうしてとは聞いても教えてくれなく、審神者はクスクスと笑っていたけれど。
「いきますよ!、スマイル一つで」
「はい、にぃーっ」
パシャ、とワンテンポ遅れて機械音が聞こえてきた。審神者は画面を覗き込んで何かを確認すると、うんうんと首をうねって嬉しそうに微笑んだ。
「御手杵さん、スマイル一つって頼んだんですけどー」
「あれ?写真撮る時はにぃーっていうんじゃないのか?」
「それは、それです。あ、でも良いの撮れたのでオマケください」
「うーん、そうだなぁ。じゃあ」
御手杵は少し考えて、審神者を一度抱き直した。
「俺がセットで付いてくるハッピーセット、とかどうだ?」
「それは何の得があるんですか?」
含み笑いを浮かべながら審神者は問う。
きっと、少し馬鹿にされていると思ったが良いやと思った。
「生涯、あんたが幸せになれる!」
なんせ、ハッピーセットだからな。と、教えてもらった言葉通りの意味で言うと、やっぱり審神者は笑った。
御手杵さんて良い人ですね、と。
そんな良い人でいられたら。それで良かったのかもしれない。
けれど、あんたが一年一年に成長する姿は。やっぱり俺には重すぎた。
何処かで辞めたいなって、思うことがしばしばあった。けれど、あんたの幸せの一部でいられたら。そればかりが、頭を過って。最後の最後まで俺は、
「御手杵が一番、スマイル似合う理由って言ったけ?」
もう御手杵の首元あたりまで伸びた背丈は、大人びて。遠い昔に、いや二人に間で薄れかけていた話題が懐かしかった。
「いや、聞いてないなぁ」
多分、聞いても面白くない理由だし。小さい審神者が言ったことだ。しょうもないだろうなって当時は思ってたかもしれない。
けれど、何でか。ずっと笑って、笑ってとせがまれてきて。最後ぐらいはその理由くらい聞いてみたいと思った。
「御手杵の笑った顔、とっても素敵だから。なんか、バイト先でごく稀にみる完璧普通の笑顔って感じ」
「それ、褒めてんのか…」
「褒めてるよ!スマイル選手権あったら、御手杵はきっと譽れだね、うん。ザ・模範回答」
やっぱり聞くんじゃなかったかなとも思うが。こんな笑顔一つで譽れが取れて、一番になれるなら。
「御手杵、」
それで十分だなと、本当に思ったんだ。
消えてしまうとか。三名槍の中で劣ってるとか。槍は廃れたとか。そんなことを言われて生きてきたから。一番は本当に嬉しくて。
「泣かないで、笑って。御手杵」
「泣いてねぇよ、っう」
これから先もあんたの一番でいられて。あんたを幸せにするって、思ってたのに。
「スマイル一つ、くださいな」
その一言で全てを丸め込むのはずるいと思うけど。
寂しいとか言われるより、全然マシだけど。
「はいっ、にぃー!」
やっぱり、あんたの方が笑顔が似合って、可愛いと思う。
【御手さに】「聞いて、わがまま」#刀さに版深夜の審神者60分一本勝負#さにわさんらい