ふらふら

1

一年ほど前のこと。

まとまった休みができ、折角だから一人で旅行にでも行こうかなあ、と考えてたとき。
真っ先に思い付いたのが岐阜の飛騨の方面だった。
「生きた飛騨牛がみたい」とかわけのわからない適当な理由をつければ、私には十分な旅の動機になる。
途中、下呂温泉に寄り、身体の疲れを癒しつつ夜は飛騨の方の民宿にでも泊まればいいかと、さっそく大雑把に予定を組んでいった。

私は愛知県豊田市に住んでおり、愛知在住の方ならわかるかもしれないが、こんなとこまで豊田なの?ってくらい豊田は一応広い。
そのなかでも私は(都会の方の豊田など知らないが)田舎の方の豊田に住んでおり、原付で一時間も走れば岐阜県の山道に入る。
しかし折角のまとまった休み。
原付はとにかく疲れる、危ない、あわよくば弾みで死ぬ。
車でもあれば車で行ったのだろうけど私はこの時22歳、フリーター、一人暮らし、バンド活動と、とにかくお金がない。
岐阜県に入るか入らないかのギリギリにある駅まで原付で向かいそこから電車にのって下呂を目指そうと大まかに決めた。
連休一日目、私はバンドの練習を朝方に終え、帰宅するとシャワーを浴び、日が大分出てきたかな、と確認すると荷物を背負い(ミニ)バイク(50cc)に股がった。
これまた憧れのトライアンフとかだったら渋くキマッたのだろうけど現実虚しく、原付はポコポコと音を立て私は出発した。

2

自宅から北の方に30分も走れば山の中。
足助の方を通っていき、急ぐこともなくゆっくりと岐阜の古井駅を目指していった。
古井駅まで原付で向かい、そこから電車で下呂を目指す算段だ。
夏の日差しも朝方でまだ弱く、木々の隙間からちらちらと顔を出す程度で、私は山の大好きな匂いをこれでもかと堪能しながらゆっくり走っていた。
「ああ、平和だ」とか「ああ、最高だ」とか「もう帰らない」とかウキウキしながらスロットルを優しく回していると後ろから車が迫ってくる。
山道(とくに坂道)は原付はあれこれ大丈夫か?ってくらい昇らない、走らない。
追い越してもらおうと道路の脇の方を走っているとものすごいスピードでハイエースが追い越していった。
加害妄想な所もある私は、さっそく道路の邪魔者なのでは、もしかしてこの世の渋滞はほとんど私が原因なのでは、とわけのわからないネガティブな気分に陥り、さっきまで蘭々と輝いてみえた山道もただの木と砂利の寄せ集めと化した。

陰鬱な気分も流石は連休、たかが一台のハイエースごときに乱されてたまるかと道の駅に寄りポカリスエットをがぶりと飲み干した。
この時の私は間違いなくCM顔負けの爽やかな表情だったにちがいない。
軽く伸びをし、尻の痛みも程よくとれたところで再び古井駅に向かった。

3

ふと看板を見上げると岐阜県に入っていた。
本当に豊田や足助はわけがわからない。
どこからどこまでがどこなんだ。
本当なら「岐阜県突入!」みたいな写真を撮りたかったのだが気がつけば岐阜だったので「もういいや」となっていた。

朝食をとっていなかったのでそろそろ何か腹に突っ込みたい、みたいなことを考えていたがまだまだ山道、ファミレスや喫茶店を探すよりもイノシシ狩った方が早そうだ、くらいの場所だった。
こんなこともあろうかとリュックに一本満足バーを忍ばせていたので給油がてらガソリンスタンドで頂くことにした。
思いの外ガソリンスタンドはすぐ見つかり給油機の前で停車、スタッフのおじいちゃんがあいよあいよとやって来て「満タン?」と聞くので「満タンで」とお願いした。
おじいちゃんに給油を任せ私は休憩所で一本満足バーをかじった。
この世のどこに一本満足バーで満足する奴がいるんだろうと疑問に思うほど腹の足しにもならず、道中コンビニで済まそうと妥協することにした(イノシシ狩りよりもよっぽど良い、きっと負ける)。
給油の会計を済ませ、おじいちゃんの陽気な「いってらっしゃい」の言葉を手を降り応え、また山道をポコポコと向かっていった。

4

日差しも大分強くなってきたが流石山道、原付に乗っていると少し肌寒いくらいだ。
コンビニでおにぎりを二つほど買い平らげた後、あまりの肌寒さにとなりのワークマンでウィンドブレーカーを買い羽織った。
煮え切らない灰色のウィンドブレーカーはその見た目と値段に反して程よく防寒し程よく風を通すので(ウィンドブレーカーとはいったい?)丁度よい。
これはなんだか幸先いいぞと走りだした。
車通りも少なく、一応予定していた時間よりも大分早く古井駅に着いた。

長時間乗っていた割には腰と尻には痛みがほぼなく、まだまだ時間に余裕があるし行けるところまで原付で行っちゃおうと決めた。

ここから記載するほど目覚ましい展開もなく「ああ川きれい!」「山!山!山!」とか、かなり危ない独り言をぶつぶつ言いながら道路を走ってたと思う。

気がついたら原付で下呂に到着してしまっていた。

5

出発から寄り道含め大体四時間、疲労もそれなりに溜まった頃合いに下呂に(原付で)到着した。
予約もなにもせずスーパー銭湯のようにポロンと入浴できるものだと思い込んでいたが、私が甘かった。

「ご予約はされてますか?」

適当に入った旅館、フロントで最初に言われた言葉だ。
「してません」と震えながら答えた。
どうやらなんかのCMやら雑誌やらで観たことのある温泉は予約や宿泊が必要らしく、ノープランノーライフ、ノーフューチャーの私は早速壁にぶつかった。
負けじと「この辺で予約無しで入れる温泉はありますか?」と質問すると、受付の昔は美人だったであろうおばちゃんが「ありますよ」と答えるので嬉しさのあまり思わず結婚まで考えてしまった(冷静になるとよっぽど無理だが)。
しばらくお待ちください、とパンフレットのようなものを確認してもらうと、ここから歩いて少し行ったところに予約なしで入れる温泉があると教えてくれた。
サンキューばっちゃんと心の中でガッツポーズを取り、ありがとうございましたとフロントを出ようとすると「あー!ごめんねえ!」と引き留められた。
やいやい私は旅の者、プラトニックな恋なんておばちゃんには遅いよ、と「はいはい?」と引き返すと「休みだねえ」と。
休みですかそうですか、そうですよね、それはしょうがない、平日のど真ん中に連休作ってやんややんやと原付で下呂までやってくる若者に世間はそんなに甘くないですよね、と諦め「そうですか」と残念そうに私は答える。
フロントのおばちゃんも悔しそうな表情を浮かべるので思わず私はくすりと笑ってしまった。
おばちゃんもなにかに火がついたのかちょっと待ってね!とパンフレットを凝視する。

だんだん申し訳なく思い、なければ大丈夫ですよと伝えようとすると「あった、あった!ここから少し歩くけどあるよ!」と見つけてくれたのだ。
私は深々と感謝し「ありがとうございました」とフロントを出てウキウキとその温泉に向かった。

6

私は湯に浸かりながら完全に放心していた。
おばちゃんが教えてくれた温泉は私の自宅から少し行ったところにあるスーパー銭湯よりも小さく、眺めも悪い。

購入した「下呂温泉」と書かれたタオルもぱさぱさで私はミッキーマ○スの「ハハッ」という笑い声をこれでもかとトーンダウンしたような声を漏らしながら湯に浸かった。

しかし流石は平日、ほぼ貸し切りのような状態で「まあアリだよなあ」と開き直れた。

なんせ生まれて始めてあのケロリンと書かれた桶を観ることもできたし、親身になって探してくれたおばちゃんの事もある。
疲れのお陰もあってか温泉の見た目よりもかなり満足していた。

例え服を脱ぐとき、気に入ってた腕輪がシャツに絡まり千切れても(ビーズ状の部分が千切れた拍子に散らばったので店員さんにホウキと塵取りを借りた。)、風呂あがりに休憩所の自販機で買ったドクターペッパーが常温でも、観光に来ていた中国の旅行客に指を指されて何か言われても・・・。

二時間くらいその温泉を出入りし、これでもかと私は温泉を堪能した。
軽く仮眠をとって目が覚めると日が傾き始めており、私は泊まる場所を探したのである。

7

民宿が見つからなければ最悪まんが喫茶などでもいいかな、予算の都合もあるし、とそんなことを考えながらスマートフォンで調べていると何件か予算範囲内の民宿をみつけた。

片っ端から電話をし空いてないかと確認すると三件目くらいでやっと「空いてますよ」と予約がとれた。
下呂から車でおよそ一時間行ったところ、高山の方にゲストハウスをみつけたのだった。

車で一時間なら原付で二時間くらいかと余裕をもって予約し、下呂の温泉街を軽く散歩したあと、再び高山を目指すべく原付(心はトライアンフ)に跨がった。

道中、夕日が山の向こう側に沈む様は本当に綺麗で私の心に深く残っている。
少し桃色になる空の端っこが私は特に好きになり何枚か写真を撮った。
後で見返すのだが写真に写したはずの桃色はうまく残っておらず、おかげで大事な瞬間だったと記憶に残った。

その後ゲストハウスまで半ば放心状態で向かうと予想どおり下呂から約二時間ほどで着いた。
早速受付でチェックインを済ますと二階にある部屋に案内される。
二段ベッドが部屋のなかをところせましと並んでおり、中学生の頃に行った林間学習を思い出す。
部屋の端の一段目のベッドに案内されそこに荷物を置いた。
他の旅行客も多いみたいでベッド脇に靴やリュックが置いてある。
靴はどれも大きく「登山靴ってこんくらいの大きさがあるんだなあ」と適当にスルーしていた(翌朝靴が大きい理由が解るのだが)。

時刻は20時を回っており、晩飯を済ませてなかった私は空腹感に耐えきれず、散歩がてら高山駅を目指し、ゲストハウスから歩いて向かった。
駅周辺なら何かあるだろうと、これまた行き当たりばったりな理由だ。

私がグルメだったり、その土地に来た以上これを食べねば!とか言った信念を持っていたなら、かなり悩んで店を選んだと思う。
しかし、そもそも旅の目的も「生きた飛騨牛見れたらラッキー」くらいのもので、景色だけで十分旅行を楽しめる私は食事に関してはお金も気も使いたくないのが本音だ。
通りがかりにすき家でもあったらそれでいいやくらいの気持ちでふらふらと高山駅周辺を歩いていた。
そんなわけでわざわざ高山まで来たが、夕飯はマクドナルドで済ました。
後日友人にその事を話すと「お前とは旅行には絶対に行きたくない」と至極全うな返事を頂いた。

ゲストハウスに帰りながら途中コンビニでビールを一缶と翌朝の朝食を買った。
ゲストハウスに着くと共用スペースの椅子に座りすぐにビールを頂いた。

疲れもあってかすぐに眠気が来たので、疲労した身体をベッドに放り込み、知らない旅の人達のいびきが響く部屋の中、私は眠りに着いた。

8

物音で目を覚ます。
どうやら他の宿泊客が皆起き始めたらしく、私は少しふわふわする眠気を抱えながらベッドから起き上がった。
仕切りに使われていたカーテンをそっと開くと向かいのベッドの人と目が合う。
思わず「ほう」と思う。
周りの人々は外国人ばかりで皆英語で朝の挨拶を交わしあっている。
ベッド脇に置いてあった登山靴がやたら大きいのも外国人サイズなら当たり前かと納得した。

ベッドを出て私はシャワーを借りに一階に降りた。
共用スペースが賑やかで覗いてみるとやはり外国人の旅行客でいっぱいだった。
日本人の宿泊客はどうやら私だけだったらしく少し疎外感を感じながらも、朝食を楽しむ外国からの旅行客達の雰囲気を楽しみながら前夜コンビニでビールと共に買っておいた朝食を食べた。

シャワーを浴び終わりドライヤーも済ませ顎のうっすらとしたひげを軽く剃ると出発の準備を済ませ外に出た。
全日かなりの距離を走ったのでエンジンがかかるか不安だったが流石は世界のホンダさん。
いつも通りポコポコと音を立て、山中の少し冷える朝の中、軽い暖気を済ませてから出発することにした。
もう少し行けば「生きた飛騨牛に会えるかも」とも思ったが、私はなんだか行き当たりばったりの今回の旅行に十分満足し、一日かけてゆっくりと道の駅でも寄りながら、愛知に帰ることにした。
きっと自宅に着いたら言うであろう「やっぱり我が家が一番」何て言葉を予想しながら私は岐阜の優しい山道を後にした。

思い出話になるかどうかも分からないような一人旅だったが不思議とまた来ようとか、今度は飛騨牛を食べようとか、もう少し食文化に興味を持とうだとか、オチもなければフタもない話だったが、私はまたふらふらと次は三重あたりに一人で旅行に行こうかなとなんとなく思ったのである。

ふらふら

ふらふら

一人で旅行に行ったときのお話。殴り書きなので適当に読んでもらえたら。

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-02-14

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