盲人と死人

盲人と死人

 ある時、私に恋した男が、ずっと諦めないので、言ってやった。「あなたは、私のタイプじゃないの」男は、さすがにショックだったらしく、しばらく姿を見せなかったが、ある日、膨大な手紙が送られてきた。私は一通だけ読んで、すぐに破き、残りの紙は、捨てた。捨てる時、私は手紙を読んでしまったことを少しだけ後悔した。そこには、男の気持ちが詰まっていたから。それは、わかったが、既に私は人妻だったし、どうしようもない。夫は、思いやりもあり、収入もあったし全てが満ち足りていると感じていた。
 でも、変わらない人生なんてないものだ。夫は、子供ができないことに悩み、ついに浮気をして、他の女性との間に子供をつくってしまう。そして、私は離婚した。
 その頃、原因不明の高熱にかかってしまい、目が見えなくなった。さすがに、辛かった。そんな時、杖を持って、たどたどしく歩いていると、誰か手をひいてくれる人がいる。お礼を言うが、相手は何も言わない。そして、その手は、私が職場に行く間、欠かさず私を導いてくれた。帰りも、いつも同じ時間に手が現れた。職場の友人は、その手が、男だということを教えてくれたが、それ以上は、何も言わなかった。目が見えなくなった私にとって、その手に何度勇気づけられただろう。私は、ある日、思い切って言った。「もう、大丈夫です。私もだいぶ慣れました。今まで、ありがとうございました。もう、送り迎えはけっこうです」私の手を握る手が強くなった気がした。そして、聞きなれない声で男が言った。「私は、ある人に頼まれて、あなたの手を引いてきました。どうか、最後まで、あなたの力にならせてください」私は、断れなかった。一体、誰に頼まれて、私にかまうのだろう。そんな不思議さは残ったものの、冬が私に温かさを求めさせた。それから、男と私は、会話するようになった。他愛もない世間話から、お互いのこと。
 ある時、男は、はっきりと私に言った。「私は、妻もいるし、あなたの恋人になることはできない。それでも、私に手を引かせてくれますか?」私は、淡い期待をなくし、自嘲気味に笑う。その表情を見たのだろうか?男は「でも、あなたを愛した男に、どうかあなたの手をゆだねてください」「やっぱりあなたなのね。声が変わっているわ」「ガンにかかってね、声帯を少し切ったんだ。そのせいかもしれない」私は、あの男が、何故戻ってきたのか、わからない。「何が望み?」私は、単刀直入に聞く。「いったろう?君の手に触れていたい」「まだ愛してるの?」男は、しばらく黙ってしまう。「ねえ?」「ああ」男の低い声は、全てを諦めたような力のなさだった。「どうしようもないのね。私は、もう大丈夫。お互い、もう会わないほうがいい」私は、知っていた。ずっと前から、私が、男を縛り付けていたことを。「もういい。もういい」私は、男の胸で初めて泣いた。男の胸の感触は、とても薄く細かった。そして、手よりもずいぶん冷たかった。「あなた……」私は気づいてしまった。男は、もう……。

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物語作家七夕ハル。 略歴:地獄一丁目小学校卒業。爆裂男塾中学校卒業。シーザー高校卒業。アルハンブラ大学卒業。 受賞歴:第1億2千万回虻ちゃん文学賞準入選。第1回バルタザール物語賞大賞。 初代新世界文章協会会長。 世界を哲学する。私の世界はどれほど傷つこうとも、大樹となるだろう。ユグドラシルに似ている。黄昏に全て燃え尽くされようとも、私は進み続ける。かつての物語作家のように。私の考えは、やがて闇に至る。それでも、光は天から降ってくるだろう。 twitter:tanabataharu4 ホームページ「物語作家七夕ハル 救いの物語」 URL:http://tanabataharu.net/wp/

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-02-06

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