黄昏の時刻表

拝啓 ワタシから私へ

拝けい ワタシ様へ 一雨ごとに春めいてまいりました おかわりありませんか?

季節は3月、
時刻は15時35分
私一人で住んでいる古びたアパートの外から人の足音と一緒に『ボトッ』という雑な音が聞こえた。これは郵便物の音。
そして女性の笑い声と子どもたちの笑い声、これは公園で遊んでいる音。
私はベランダへ出て、朝干した洗濯物を取り入れる。
朝は私の真上に青い空と黄色の暖かな光が1日の始まりを教えてくれたけれど、今はオレンジの空で赤オレンジ色の光がこれから暗くなることを教えてくれている。
3月中旬、今の時期のこの時間はまだ、少し、寒い。

時刻は15時48分
私は先ほどの郵便物を確かめにポストを開けた。『バサッ』という音と一緒にポストから紙が溢れる。
近所のピザ屋さんのデリバリーのチラシ、美容院のチラシ、宗教の勧誘、地域の情報が出てきた、久しぶりに開いたせいか色々目移りした。
その中でも可愛らしいピンクの封筒は一際目立った。手紙・・だろうか。
手に取って宛先を見ると実家の母からだった、母とはよくメールはするけれど手紙は珍しい。
珍しいことが起きると少しドキドキしてしまうのは私だけなのだろうか。
中身を開くと、1枚のメモと二つ折りにしてある便箋。
メモには「20歳の誕生日おめでとうございます。約束だったからね、送りました。好きな時に帰っておいでね」と母の言葉。
「約束・・ってなんだっけ。」
母のメモに疑問を感じながら私は二つ折りにされている便箋を読む。

『拝けい ワタシ様へ 一雨ごとに春めいてまいりました おかわりありませんか?
お母さんが大人の手紙の書き方を教えてくれたんだけど、どうかなあ?意味分かる?
わすれてちゃいけないから意味教えてあげるね。
ワタシのたん生日の春はね1回雨がふるたびに春の温かさが出てくるんだって、フシギだね~。
そうそう、こんなこと言うために手紙を書いたんじゃないんだよ。
未来のワタシにエールを送るために書きました!
ワタシは今日10さいになりました、キリがいいので20さいのワタシに今手紙を書いてます。
20さいのワタシは今何してる?大学生?お仕事?それともケッコン?毎日楽しいですか?
何やっててもいいけど、楽しくしていてくれたらうれしいです。
ぎゃくに楽しくなくて、つらいなら泣いてね。ワタシは泣くの恥ずかくて苦手だけど泣いたらスッキリするから・・・。

2まい目へ☆』

『2まい目だヨ☆
もしも何か苦しくてもちゃんと味方はいるからね、ワタシが1番の味方だよ!だから元気出してね!
後ワタシは最近がんばってることがあります。
今 国語の勉強で自分で本を作るということをしてます、みんなは文を書くのが苦手なんだって。
でもワタシは文を書くの大好き、人に1番気持ちを伝えやすいから。
今は、17ページも書いたんだ。先生たくさん書いてすごいねってほめてくれてうれしい。
20さいのワタシも今と変わらず文を書くの好きだといいなぁ。私の書いた本おぼえてる?
ワタシの書く本はみんながわらっててほしいからとにかく明るい本なんだよ。
もし今暗い気持ちなら読みかえして見てね。そしてワタシをほめてほしいな!
まだいっぱい話したいことはあるけど、そろそろねる時間だからバイバイ。今日はたん生日おめでとうございます!
キリがいいから30さいのワタシに手紙書いてくれたらうれしいな、じゃあまた10年後!!!』

時刻は16時17分
そういえば今日は私の誕生日だった。そう思い手紙を見て瞬きをする。
『ポタッ』これは私の涙の落ちた音。私の目はいつのまにか涙の海になっていた、瞬きをすればするほど手紙に涙が落ちていく。
私は泣いた。ワタシの言葉で、ワタシの言葉に甘えて、泣くときの声の出し方を忘れたけれど私は泣いたんだ。

時刻は16時48分
「目・・赤いし、腫れてるし・・ああ・・。」
鏡の自分を見ながらそうつぶやく。私は自分が大嫌いだ、今の自分は特に嫌いだ。

去年の4月私は高校を卒業して一人暮らしをしながら働き始めた。あまり家が好きじゃなかった私は一人暮らしをどうしてもしたかった。
母は私の一人暮らしを認めてくれた、離婚した父とは連絡を取っていない。
家計的に私は働くしかなかった、だんだんと仕事に慣れていったはものの職場の人間関係の悪さは全く慣れなかった。
私はそんな職場に足を運ぶのが辛くなり、どんどんどんどん嫌な方向へ気持ちが転がり、仕事を辞めてしまった。
私が弱いせいか、私はずっとずっと泣いていた。
母は私に頑張りすぎなくていいと言ってくれたけれど、私の周りにいる友達を見て焦燥感にかられた。
このままじゃいけない、すぐにでも働かないとと思いすぐにバイトを始めようとしたけれど前の仕事のことを思い出してしまい怖くなって逃げ出した。
何かしたいのに前に一歩踏み出せない、気持ちが晴れないまま私におかまいなく時間だけ当たり前のように過ぎて行った。

時刻は17時00分
「動かなきゃ。」
私はいつも使う化粧ポーチを開けて鏡の前で化粧をした。
何もできない私かもしれないけれど、手紙を書かなきゃ、ううん手紙を書きたい。
携帯を開き近くに手紙を書く道具が売ってるであろう場所を探す。
「うーん、やっぱり私の住んでる近くじゃないよなあ・・あっ。」
・手紙屋 営業10:00~19:00
「てがみや・・?」
こんな名前だし便箋やら封筒やら売ってるんだろうか。電車で3駅・・駅からは10分くらい?とにかく行ってみよう。
私は久しぶりに胸が高鳴る。久しぶりの外出にこの手紙屋という存在、すごくドキドキする。

時刻は17時23分
家から駅まで5分くらいだろう、今から出れば17時33分の電車に間に合う。
私はお気に入りのショルダーバックにお財布を入れて家を出た。
ちょうど日が沈むこの時間はやっぱりまだ寒い。
「こんばんはー」
私は声のする方へ視線を向ける、そこには赤いランドセルを背負った女の子が私を見ていた。
「こ、んばんは。」
急に声をかけられたのに驚きながらも、ああ学校帰りかな?って思ってなんとか声を出した
「気を付けて帰ってね。」
私はもう一言付け加え、女の子に背を向けた。
「うん!バイバイ!」
女の子のランドセルについてる鈴の音と走って行く音。
私はもう1度振り返り女の子の後姿を見た、ああ私にもあんな時代があったよなぁ、と。大人に、なったんだなあと。

時刻は17時30分
私は今、手紙屋へむかうために駅のホームで電車が来るのを待っている。

黄昏の時刻表

黄昏の時刻表

いつもと同じ空間。今日の私はどんなふうに過ごすのだろう。 20歳になった私に届いた1通の手紙を読むと私はバカみたいに泣いた。 短編1ページですが、続編を書けたらなと思っております。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-02-05

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