らくだ

らくだ

 私のあだ名はラクダである。
 首を百八十度近く回せるからだ。うしろから呼びかけられると、体は前を向いたまま、首だけをねじって呼びかけた人を見ることが出来る。
 そんなわたしの背中にコブができ始めたのは、数ヶ月前からだ。痛くも痒くもないので放っておいたら、コブは日に日に大きくなり、服の上からでもはっきりと見えるようになった。
 そして睫毛が伸び、鼻や耳の中にも手が密生し始めた。目は垂れ下がり、口も横に大きく広がり、鼻も膨らんで膨張してきた。
 ここまでくるとのんきな私もさすがに心配になり、医者へ行った。医者は私を見るなり、コブを取ろう、といった。上半身裸にされ、診察台にうつ伏せにねかされた。コブに麻酔薬を塗ったようで、ひんやりとした感触があった。医者はちょっと痛いかもしれないけど、と言いながら、コブにメスを入れた。確かにちょっと痛かったが、それは我慢できた。我慢できなかったのは匂いである。部屋中にすごい悪臭が漂ったのだ。一週間履き続けた靴下のニオイ、一ヶ月入浴しなかった脇の下のニオイ、一週間便秘のあとにやっと出た宿便のニオイ・・・。
 背中に大きな穴があいたので私は入院した。
 ある日回診にきた医者が言った。
 「あの切除したコブね、ラクダのコブそっくりだったんだ。ラクダのコブってのは、中華では八珍の一つでさ、楊貴妃も好んで食べたことで有名なんだ。そのまま食べると馬のタテガミのような食感で、甘味もあってこたえられないんだ。実は私は我慢できなくなって、ちょっとだけ口に入れてみたのさ。これが予想以上にうまくてね、なにより動物臭が全然なくて、甘みがあって。それで我慢しきれなくなって全部食べてしまったのさ」
 そう言いながら医者は病室から出ていこうとした。医者の背中が膨らんでいるような気がしたので、私が、先生、と呼び止めた。医者は振り返った。首だけをくるっと回転させて。その顔は眉毛が長く伸びて、耳と鼻から毛がはみ出していた。
 数日で睫毛も鼻毛も耳毛もだんだんと短くなり、口も鼻もほぼ元通りになったので、私は退院した。病院を出ようとしたら、うしろから呼び止められた。私はいつものように首だけを回転させて振り向こうとした。ボキン、という嫌な音を聞きながら私は昇天した。

らくだ

らくだ

らくだというあだ名を持つ男の話である。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-02-04

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