カルト・ヤヤンの村

カルト・ヤヤンの村

 カルト・ヤヤンという村の話。
 カルト家の拓いたカルト・ヤヤン。今は、カルト家の血筋も絶えて権威なき自由を手にした。一方で、新たな力(それも、いかがわしい力)を持とうという人々も出てくる。その人々を村人は『クーシキン』と呼んだ。古サンチアン語で”はぐれオオカミ”という意味だそうだ。誰が最初に、そう名付けたかは、わからない。とにかく、皆が言い始めた。当初、こう呼ばれるのを皆嫌ったが、若者連中の1人、ググニアス・パラメメディアがクーシキン党という厄介なものを作り上げてしまった。変に若者の間で人気のあったググニアスは、国の軍隊生活から帰ってきてから、一種の独裁者のようにふるまった。戦争の後で混乱していたし、多くの戦死者をカルト・ヤヤンは出した。その償いを誰に求めるのか?に関して、ググニアスの考えは支持された。ググニアスという男は、力にあこがれていたが、強いモノに取り入るという発想は、なかったに違いない。終始、国と敵対していた。
 国を支持する村人たちは、バウリム・センを旗印に、クーシキン党と争った。もっとも、村人同士は、お互いを尊敬していたし、誰も戦いなんて望んでいなかった。それでも、ググニアスが死んだ時、内心笑みを浮かべた村人もいただろう。パウリム・センは直ちに、ググニアスの葬式を盛大に行うと、和解を呼びかけた。こうして、国との対立も終わり、平穏な日々がやってきた。ついに鉄の結束を誇ったクーシキン党が瓦解した。


「どうしてる?レナム」
 ベニスレードとレナムが会うのは、ググニアスが死んで、はじめてのことだった。
「どうもしてないわ。私は、いつだって生きている」
「村の争いの元凶が君だってことに誰も気づいていないようだね」
 ベニスレードの言葉を待たずにレナムは、笑い出した。華やかな笑い。ベニスレードは、この笑顔のせいで、女の本性を見抜けなかったのだ。
「私じゃないわ。バウリム・センもよくわかってくれてる」
 レナムは、狡猾な狐のような目をしてベニスレードを見る。その視線は、どこか遠くを見るようで、”どこも見ていない”世捨て人の光だった。その目を見ると、ベニスレードの胸にレナムの苛烈さが突き刺さる。
「次は、バウリムか。いい加減にしろ」
 レナムを止めたいベニスレード。だが、実際問題、どうするか、この男には計画がなかった。この愚直さをレナムは愛し、同時に憎みもしたのだろう。今となっては、2人は最もお互いを知りながらも、最も遠い望みを抱いている。
「あなたが立ってくれれば、私もね不倫なんてしなかった」
夕闇がまもなく、完全な黒に染められる。その時間が迫っているのをベニスレードは、泣きたくなる。バウリムの寝床に行くだろうレナムを、まだ愛していたのだ。でも、その種類の愛を持つため、ベニスレードは不幸になる。普通、愛を持つだけで、幸せになれるという。愛する人の幸福を願うだけで。しかし、レナムが進んでいるのは、破滅への崖道だった。いつ落ちても、レナムは、ただではすまない。それをベニスレードは、わからせようとするのだけれども、決してレナムには通じないのだ。
 バウリム・センは、表向きは国に大幅な譲歩を迫っていたが、その約束を村人にむけて実行する気はなかったようだ。ググニアスを失ったクーシキン党は、もはや、瓦礫の残骸のように朽ちていた。ベニスレードには、クーシキン党を知り尽くしたレナムの入れ知恵だとわかっていたが、何も言わなかった。レナムとベニスレードの間には、まだ唯一希望があった。赤ん坊のジャハティムだ。彼の世話は、乳母がやってくれた。ベニスレードの家にレナムが残していった唯一の宝であった。
 レナムと会うチャンスは、もうベニスレードにはなかった。レナムの周りには、取り巻き連中が、いつもいた。時によっては、バウリム・センがいた。
「こいつが、レナムの夫かい。女に捨てられた男なんて、みじめなもんだな」
 取り巻きたちは、ベニスレードを見ると、いつも笑い出す。こんな侮辱など、ベニスレードにとっては、蚊ほどのこともない。レナムも一緒になって笑う。それが、男を苦しめた。2人の関係は、教会の知るところになり、2人の正式な離婚を司祭もすすめた。だが、ベニスレードは、何も言わずに、首を振った。レナムのほうでさえ、「私がもしバウリム・センのものになったら、彼の次はどうするの?」と思ったのだろうか?ベニスレードとの離婚を持ち出すと、眉をひそめるのだ。
 やがて、バウリム・センは村人にたいして、非道な行いに出る。国のほうで、また始まった戦争に、若者たちを出そうとしたのだ。ちょうど、この頃、名前だけになっていたクーシキン党を立て直す女が現れた。ベニスレードの姪カカーツ。髪飾りのカチューシャをトレードマークに、優れた弁論術で村人の支持を得た。
 バウリム・センは「あの女を村から追放しろ」と命令したが、部下たちは誰も戦争に行きたくないものだから、バウリム・センを見捨てた。そして、その時レナムもベニスレードのもとに帰ってきた。結局、バウリム・センは村から追放された。
「レナム。なんで帰ってきたんだ?」
 あるとき、何事もなかったように夫婦生活を始めたレナムにベニスレードが聞いた。
「私は、あなたの妻ですよ」
 レナムは本当に奇怪な女だ、とベニスレードは思う。ミステリアスな女だからこそ、惚れたのかな。ベニスレードは己が、何故レナムを愛しているのか、よくわからないのだった。

カルト・ヤヤンの村

カルト・ヤヤンの村

物語作家七夕ハル。 略歴:地獄一丁目小学校卒業。爆裂男塾中学校卒業。シーザー高校卒業。アルハンブラ大学卒業。 受賞歴:第1億2千万回虻ちゃん文学賞準入選。第1回バルタザール物語賞大賞。 初代新世界文章協会会長。 世界を哲学する。私の世界はどれほど傷つこうとも、大樹となるだろう。ユグドラシルに似ている。黄昏に全て燃え尽くされようとも、私は進み続ける。かつての物語作家のように。私の考えは、やがて闇に至る。それでも、光は天から降ってくるだろう。 twitter:tanabataharu4 ホームページ「物語作家七夕ハル 救いの物語」 URL:http://tanabataharu.net/wp/

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-30

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted