ある日ある時までに

「まだいるんだな」
 茂木さんは言った。
 僕が、飛行場ロビーの清掃バイトを始めて1カ月目の事だ。
 待合席には、茂木さんが言う通り、いつも彼女がいた。
 ヒト型の人工生命体。タイプは古い。おそらく初期型だろう。家政補助のモデルだと思う。いつも同じ服装をして、所作や目線に遊びがなく、姿勢を正して座っている。無個性ながら、面立ちはかなりな美人。旧式の特徴だ。
「誰ですか?」
「川西さんを待ってるんだよ」
「川西さん…?」
「最近の若いのは、テレビ見ないなあ」
 先輩の茂木さんは、掃除機を止めて教えてくれた。
「数年前まで、川西龍探検隊って番組あってさ。今は4色ボタンで視聴者参加する番組になってるけど。あの前はずーっと、川西探検隊シリーズだったんだ」
「ああ…すみません。知らないです」
「川西さんは元・宇宙飛行士でな、世界の秘境を番組で探索してたんだが、10周年の企画で火星探検をしに行って、途中で音信不通、帰って来なかったんだ。当時は大きな事故だったんだぞ。スタッフ含めて9人が亡くなって、責任問題に発展してな」
 僕が受験勉強に追われていた頃だったのだろう、そんな記憶はない。
「じゃあ、あの人は…?」
「ずっと留守番モードになってるのかね。そうだな、あと3時間20分で帰るよ。月面経由の最終便が来たら、彼女はいつも帰るんだ」
 茂木さんは時刻表を指して、そう断言した。

*   *

「あの…」
 帰りがけの好奇心で、僕は彼女に話しかけてみた。
 ちょうど、茂木さんの予言した3時間20分を回ったあたりだった。反応はない。
「あの…」
「午後4時05分」
「え…?」
「自宅へもどり、夕飯の支度」
 立ち上がる彼女の脚は、少しふらついていた。
「だいじょうぶ?」
「問題ありません」
「一緒に帰りながら、話すのって出来る?」
「可能です。目的地、歩行速度は変更できませんが、よろしいですか」
「うん、それでいい」
「そうですか」
 唯一の個性だろう、小首をかしげる仕草が、妙に可愛らしかった。

*   *

 自宅なんか無かった。
 かつての川西龍さんの家は、駐車場になっていた。
 後に知った話だと、亡くなった探検隊遺族への賠償のため、親族が財産を処分したのだという。
「………」
「代替プログラム実行」
 彼女はそう言って、踵をかえした。
「どこ行くの?」
「明日の、船の到着予定まで、街を周回します」
「……もしかして、ずっとこの繰り返し?」
「不動産の売却後、川西様のご家族が、私の処分費用未払い、所有権移転手続きを放置しておりますので、自壊を除く最良の手段を取っています」
「………」
 僕は、少し考えたあとで、
「うちにおいでよ」
 と言った。
「そのために、今空港でバイトしてるんだ。家政モデルなんて、差別的だとか言って、今じゃほとんど売ってないから、いろいろ勉強しなくちゃいけないけど」
「私はレアなのですか?」
「そんなかんじ」
 面白い返し方をする子だ。かつての所有者のユーモアを少なからず学習しているのだろう。
 彼女は、歩みを止めて、
「現状では不可能です」と答え、
「内部動力源が、残り173時間12分後、ちょうどあの場所で尽きますので、そのあとでしたら、現行法での所有権は消失します。メモリーは消去され、不法投棄されたゴミとなります」
 と、淡々と自らの行く末を語った。そして、
「僭越ながら、あなたも一度、ご家族と相談したほうがいいですよ。大きな荷物ですから」
 と、僕を諭し、夕暮れの町に消えていった。
 
*   *

 その日が来て、僕は父の運転する軽トラで彼女を回収し、必要な手続きとメンテナンスを行った。
 新型の方が安心じゃないか、というもっともな両親の意見を、僕は熱心に説き伏せた。
 救いだったのは、父も母も、川西探検隊や彼のファンだったことだ。
 横たわる彼女の、うなじ部分にある覚醒ボタンを押す。
「はじめまして」
 と、彼女は背筋を伸ばした。
「こんにちは」
「立派にお使い出来るよう、機能の限り努めてまいります。末永く、よろしくお願い致します」
「知ってる。君は、すごく優秀」
「?」
 彼女は髪を揺らし、可愛らしく小首をかしげた。

ある日ある時までに

ある日ある時までに

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-30

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