独立祓魔官の愛ある日常 ~式神たちのコンチェルト~
ハローハロー、漆黒猫でございます。
式神たちほぼ全員に、スポットライトを当ててみました。
土御門、大連寺、ついでに相馬も。
今度は夏目ちゃんが拘束されてます。
泰純氏が鈴鹿嬢の逆鱗に触れて、そのとばっちり的なアレで。
夏目ちゃんファンの方、ごめんなさい・・・。
泰純氏ってホント『そこら辺』が、
鈍いっていうより割と元から欠落してるっていうか、度を越して無頓着っぽいイメージがあります。
北斗祭開催?
土御門家の守護龍殿の台詞が多くなりました・・・。
意外と北斗サン、おしゃべりだな。
今まで(結果的に)沈黙を強いられてきたから、
語りたい事が溜まってたのか・・・。
コンチェルトとは、ウィキ先生曰く
「複数の独奏楽器と、管弦楽によって演奏される楽曲」だそうです。
独奏楽器=式神、管弦楽器=陰陽師、みたいな。
それでは、相変わらず捏造極まれりな捏造使役式たちですが、
お楽しみ頂ければ幸いです♪
独立祓魔官の愛ある日常 ~式神たちのコンチェルト~
式神と陰陽師。
その関係性は千差万別。そう頭では判っていても。それでも心の何処かで思っていた。
式神とは主君たる陰陽師に、一方的に傅く者だと。
両者は支配し、支配される関係なのだと。
だから。
ガッ・・・!!
「何で殴られたか、判るわね、夏目。」
だから。
夏目は父の強硬手段で、鈴鹿がこれ程激怒すると思わなかったのだ。
土御門泰純が拘束された。
式神である鷹寛と共に陰陽庁地下に潜入し、特殊結界中で保護されている子供をひとり、連れ出そうと試みたのだ。身分を偽り、偽造したIDと隠形術で、地下の入り口の前に立つ所までは成功した。
だがその先に進む前に定期巡回の警備員に発見され、拘束された。それを契機に潜伏先が露見し、千鶴と夏目も呪捜官に拘束されて今に至る、と。
そして。
「式神の方の土御門が吐いたわ。
泰純が羽衣杏(ういきょう)を誘拐しようとしたのは、アンタの為だってね。」
約1年半ぶりの『仲間との再会』は、光溢れる花園で、とは程遠い。陰陽庁最下層の特殊拘禁牢の檻越しだった。
怒りを滲ませつつ冷静を装った鈴鹿の声音が、薄暗く設定された拘禁牢に冷たく響く。両の手足に鎖付きの枷を嵌められた今の夏目には、殊更に堪える声音だった。
拘束直後から泰純たち大人組と夏目とは、未成年と大人、という名目で別扱いされ、引き離されている。
慣れない孤独に緊張した少女の声音もまた、常と違って掠れていた。
「そんな・・・!
何かの間違いです、大連寺さんっ! お父さんはそんな事をする人では、」
「泰純は良い父親ね、夏目。
アンタの為に、あたしが娘のように可愛がってる鏡の式神を誘拐して、あたしを誘き出す餌にしようとしたんですって。羽衣杏の為なら、あたしが大抵の条件は呑むだろうと。
『大連寺当主』『鶺鴒眼の使い手』『百眼魔王の主』。
あたし単品を自分たちの得意なフィールドに誘き出して、ぶっ殺したかったんですってよ?
不思議ね、あたしの肩書の中に『夏目の友人』ていう項目が無いなんて。
随分信用ないじゃない? アンタたち『トモダチ』寄りでどうしたら倉橋長官と宮地さんを説得出来るか、悩んでた自分がバカみたいで、少し泣いちゃったわ。
ねぇ、夏目。
コレだけ具体的に吐かれてて、まだ『お父さんは善人デス。』って言う?
病気の子供を病室から無理矢理連れ出して、衰弱してく子供を盾にして母親を脅し、子供の目の前で母親を殺す。
そんな計画を立て、ホントに実行に移そうとまでした人間を庇うの?」
「それは・・だって・・・、びょ、うきだなんて・・・知らなかった、からっ、」
「致命の死病だと、知らなかったら何をしても許されるの? 4歳の子供が外界から隔離されてる時点で、外界に出てはいけない『何か』があるかも知れない、そうは思わないの? そもそも誘拐という行為自体、犯罪だとは思わない?
その計画を知れもせず、止められもしなかった自分の責任は、皆無だと本当に思う?」
「それはっ・・・それ、は・・・!!」
自分が悪いと自覚していても、素直に謝れない。そんな頑固な夏目の性格が裏目に出ようとしていた。以前ならそれでも鈴鹿は、汲み取って苦笑で済ませてくれていた。ソレは偏に友情故に。
だが、今は。
急速に冷えていく碧眼に愕然とする。
その視線に射竦められて、更に言葉が回らない。夏目の唇を凍らせる。
「失望したわ、夏目。
頑固で真面目過ぎ、視野が狭いトコがあるのは知ってたけど。何も知らない羽衣杏を巻き込んで、何とも思わない人間だったなんてね。
さようならよ、夏目。『娘』を誘拐しようとした人間を庇う者を、あたしはトモダチだとは思わない。
手心なんて期待しないで。ココから脱走するなら、容赦なく攻撃するわ。」
「待って大連寺さんっ!
君は・・仲間より式神を取るのか?! 所詮は式神だろう?! 契約で結ばれてるだけの間柄じゃないかっ! 君は僕より年下の16歳で、母親とか娘とか、おかしいよっ!」
夏目自身、自分で言っていて酷く滑稽で、残酷な台詞だという自覚はあった。だがそれでも、ソレが実際の所の本音で・・・式神を『家族のように思う』とは、極論、愛犬の餌入れを人間と同じテーブルに置いて食べさせるような行為だと思っていた。
いくら可愛がっていても、ペットと家族は違う。仲間とも。
『仲間』と『式神』。優先順位は、『仲間』の方が上の筈だった。父がたとえどんな非道を式神に加えようと、鈴鹿は呆れ、悪態を吐きつつ、許してくれると思っていた。鈴鹿の命は、直前に割って入って留めるつもりだった、そう言えば許してくれると。
冷たい碧眼のまま、次の言葉を聞くまでは。
「そうよ? あたしは式神を取るわ。」
「!!」
「何か、勘違いをしてるようね、夏目。
あたしにとっても鏡にとっても、羽衣杏は『ただの契約相手』でも、『鬼天狗っていう力の塊』でもないの。
『娘』なのよ。先天性の病を持つ、心配で心配で、大事な大事な、可愛い娘。
『元』トモダチの父親から『お前を殺したいから娘を質に寄越せ。』って言われて、はい判りましたと差し出せると思う?
ソレで筋が通ると思うなら、土御門家の方がおかしいんじゃないかしら。」
「それは・・・っ、」
言い掛けて、夏目は結局、言葉に出来なかった。
それは違う、と言いたかったのか、それはそうだけど、と言いたかったのか。妖怪である式神を実の娘として愛おしむ、その感覚がおかしいと言いたいのか、夫の式神より自分の友の方を格下として扱うのかと、そうなじりたいのか。
『式神』というモノに対する感覚が、根底から違い過ぎる。
露呈した事実に、夏目は混乱し、鈴鹿は嘆息した。
潮時だ。本当に。
「壬薙(みなぎ)。」
「はい、若当主。」
今の鈴鹿自身にも、複数の式神が居る。
ずっと後ろに控えさせていた『3人』の内、1人の名を呼ぶ。今は3人共に人型を取らせているが、鈴鹿より小柄な老人の姿をした男だ。
百眼魔王と同じく、彼もまた、大連寺家重代の式神。当代当主・鈴鹿が付けた名を壬薙、その本性は蟷螂である。
気性の合わぬ当主が続き、逐電同然に姿を消していたが、百眼魔王の呼びかけで鈴鹿の許に参じた。鈴鹿の率いる大連寺家の、家令を自任している。
「大連寺家の当主として命じるわ。
大連寺家は土御門家を敵と見做し、その殲滅の為に動く。情報操作は裏社会の顔役であるアンタの十八番でしょ? 夏目が拘束された件を使って、潜伏してる『土御門春虎』が大連寺家か陰陽庁に近付いて来るよう、情報を流しなさい。
どんな嘘情報を作っても構わないわ。処刑なり、人体実験なり、政略結婚なり。
夏目絡みならどんな情報であろうと、春虎は絶対に無視出来ない。
『中身』がどうなっていようと、『春虎』を名乗っている限りはね。」
「承知致しました、若当主。」
慇懃に腰を折る姿は素直そうだが、自尊心の高い男で、肉食の種しか居ないカマキリ目らしく残忍加虐の傾向もある。
姿こそ老齢を装っているが衰えている訳ではなく、敵対者の油断を誘う為、敢えて老人の姿を人型に選んでいる、という狡猾さだ。その狡猾さや攻撃力で、裏社会では有数の実力者らしい。
「紅陽(べにひ)。」
「はい、すずのひめさま☆」
彼女もまた、大連寺家の重代だ。
背が高く美しい黒髪の、巨乳美女である。すっきりした顔立ちの美人だが、幼い人格が災いして、家門の内では正当な評価が為されなかった。
壬薙を『おののにいさま』、百眼魔王を『ひゃくのにいさま』と呼び、2人を兄と慕っている。その本性は、蜻蛉。それも肉食大型種・オニヤンマだ。
壬薙に従って長く大連寺家を空けていたが、百眼魔王の招きに応えて、壬薙と共に鈴鹿の許に参じた。
「璧1体と一緒に、百枝家に行きなさい。
天馬っていう17歳の男の子が居るから、その子を捕まえてくるの。」
「ひゃくのにいさまと、いっしょに、おとこのこを、つかまえてくればいいの?
そうすれば、すずのひめさま、よろこぶ?」
「えぇ、嬉しいわ、とてもね。
天馬が必ず家に居る日を占うから、その日に行きなさい。
押さえつけても抵抗するなら、最終手段として殺して食べてしまって良いから。首実検の為に頭だけは残しといてね。」
「は~い☆ べに、がんばる♪」
一人称は『べに』。精神年齢はシェイバより幼く、せいぜい4、5歳といったところか。3人の中では最も霊格が低く、本性の食性が残ってか食人を好む。
壬薙が大連寺家を出た理由のひとつは、この『妹』が『残飯』処理係として扱われるのを嫌ったからでもあった。
「百眼魔王。」
「翠鈴公主。」
言わずと知れた、大連寺家が誇る『重代の式神』筆頭。
『3人兄妹』の長兄格でもある。今の鈴鹿が、最も頼みに思う式神だ。人型時はスラリと長身で体格の良い、20代後半程度の若い男の姿をしている。人間の表情が上手く作れないから、と目元をサークル状のバイザーで隠していた。
漆黒の裾長レザーコートの襟元をきっちりと喉元まで嵌め、両手を腰の後ろで組んで背筋を伸ばす姿はSPというより、軍人を連想させる。
「璧を複数体、要所に配置しなさい。
あたしの傍に1体、紅陽の傍に1体。シェイバの傍に1体、祥月(しょうげつ)と煌月(こうげつ)の傍には2体ずつ。
普段形代が倉庫に安置されてるシェイバは、誰かに持ち出されそうになっても、本人にはすぐ対処出来ない。持ち出すような輩は、予め封じ手を用意してるに決まってるからよ。
その手の輩から、シェイバの形代『髭切』を守りなさい。
祥月と煌月、双子天狗の傍に置く理由は、判るわね?」
「百眼魔王は言っている。
判る。翠鈴公主は累犯が現れる事を警戒している。4歳の羽衣杏殿にされた事が、6歳の双子天狗にされないとは限らないからだ。」
「そういう事。
羽衣杏が『娘』なら、祥月と煌月は『息子』よ。『娘』に未遂に終わった事件が、『息子』で現実にならないとは限らないし、先手は打つに越した事はない。
泰純と同じ発想を、春虎がしないとも限らない。或いは別の誰かが接触するかも。
気合い入れて警戒なさい。」
「百眼魔王は言っている。
謹んで拝命仕る、と。」
「お願いね。鏡と倉橋長官には、あたしから話を通しておくから。
あとはその鏡に、泳がせてる冬児と天海のジジイをパクってきてもらえば、春虎と『黒子(シャドウ)』以外フルコンプ。ただ、パクる時期は少し様子を見ましょう。壬薙が流した情報の効果を見てからよ。大友や春虎が接触する可能性もあるから。
次の策は、また状況を見ながらになるわね。
アンタたちが居てくれるお陰で、戦略の幅が広がったわ。」
「光栄で御座います、若当主。」
「およ・・がせる・・・?
大連寺さん、君は何をしようとしてるんだ・・・。?」
家付きの式神相手に、自信満々でガンガン指示を飛ばしていく鈴鹿。
その姿には1年半前の、術者としての実力だけが顕著で精神的には未熟だった、ツンデレ少女の面影はない。一門を率いる当主そのものだ。大連寺家に係累は少ないと聞くが、数少ない傍流や家臣筋の前にも、唯一の正系として胸を張って出て行くのだろう。
夏目は唇を噛んだ。
ずっと、人前が怖かった。父・泰純は自身の思惑から夏目の周囲に人を置かず育てたが、その孤独に耐えられたのは春虎の存在と、何より夏目自身にも都合が良かったからだ。衰退したとはいえ名門の次期当主として、容赦なく採点してくる人の目というモノに晒されるのが怖かった。
式神・北斗の事でさえ、怖くなる時があった。
歴代当主と比較されているのではないかと。そして自分は最低点なのでは、と。
鈴鹿はそんな恐怖など微塵も滲ませず、式神の前で自然に振る舞っている。悠然と。
正直、羨ましかった。妬ましい程に。
「知らないの? 天海のジジイと一緒に地下に潜った冬児は、裏から接触してきて、鏡に鬼の力の制御法を教わってるのよ? 鏡が倉橋長官に報告済みだとも知らないで、大分信用してるみたい。
まぁ、知らなくてイイのかもね。アンタは『お姫様』だから。
お姫様は王子様が迎えに来るまで、無知で無垢で純粋なまま、王子様の事だけで頭が一杯。ソレがお伽噺のセオリーだもの。」
「お伽噺・・・。」
「嬉しいでしょ? 自分で何もしなくても、必要な事は王子が全部やってくれる。ある意味、女の子の理想なんだから。
まぁ、あたしはそんな男は趣味じゃないけど。」
「・・・・・。」
「あたしはあたしの道を行くわ。鏡と一緒にね。
アンタはそこに居なさい、夏目。逃げたら殺すわよ。」
本気の碧眼に、もう違和感は無かった。鈴鹿はもう、夏目の知る鈴鹿ではない。そう思い知る。それでも、改めて突き付けられるとヒヤリとする。
「そうそう、教えておいてあげる。
泰純と鷹寛を拘束した後、千鶴と夏目、アンタの居場所について占盤で占ったのはあたしなの。あたしが自分で倉橋長官に言ったのよ、占わせて下さいって。
あたしがチクらなきゃ、アンタたち2人はもうちょっと逃げられたかもね。」
「―――ッ、何で、今、そんな事・・・!!
言わないでよ、大連寺さんっ!」
「反魂香は焚いておいてあげるわ。殺す理由が出来るまでは大事な人質だものね。
アンタの親父が、ウチの娘にしようとしたように処してあげる。」
「お父さんたちは?! 北斗と霹靂はっ!!?
無事なのっ?!」
「報告の義務がある? 夏目。
一流の陰陽師なら、自分の式神の生死くらい、霊力が封じられていても判るものよ? 檻の中でも精進する事ね、土御門家の惣領娘さん。」
「大連寺さんっ!!」
夏目の悲鳴が、特殊拘禁牢に響き渡る。
薄暗い閉暗所に、枷の重い手足。空調も重苦しく設定されている。精神的に追い詰められるようにこそ工夫された拘禁牢の罠に、夏目の精神は早くも侵され始めていた。
鈴鹿は全て判っていて、その不遇に背を向ける。
こうなる事が、判っていて占ったのは鈴鹿自身なのだ。
「随分と派手に鈴鹿の逆鱗に触れたものだな、土御門家は。」
パチン
「うん・・・そうだね倉橋。」
パチッ
「土御門泰純。
ああまで機微に疎い男だとは思わなかった。鏡も驚くというより呆れ返っていたよ。」
タンッ
「うん・・・。」
パチ
「どうした? 夜叉丸。
手が単調になっているぞ。」
パチン
「・・・・・。」
とうとう至道=夜叉丸は、将棋の駒を握り締めたまま黙り込んでしまった。
陰陽庁長官室。例によって例の如く、勝手に入り込んだ至道から持ちかけた将棋だった。
珍しく仕事中に遊びに付き合ってくれた盟友を、見る『導師(プロフェッサー)』の瞳は沈み、盟友と語り合うその声音は暗い。
全て見透かしている源司の、その穏やかなまでの静謐さとは対照的だ。
「ねぇ、倉橋・・・。
殺せとは言わない。でも、もう少し・・・鈴鹿の力を制限した方が、良くはないかい?」
「それは封印を施せ、という事か? 陰陽塾に通わせていた頃のように。
必要無いだろう。あの頃霊力の大半を封じていたのは、なまじ力がある事が、メンタル面の成長を阻害していたからだ。あの子自身、自分の力や才覚を持て余しているようにも見えた。どんな自分になりたいのか、成長した先の理想像も見えていなかった。
今は違う。
鏡というパートナーを得、羽衣杏や双子天狗という保護の対象を得。更に導くべき使役式たちを得て、『大連寺家の次期当主』という自覚も良い方に作用している。
名跡を継いで潰れる者も居る。
が、鈴鹿の場合は、名跡や家族を得て、『自分の力でどう守りたいか。守っていけるか。』を考える方が、心身共に上手く回っていけるタイプだった訳だ。
百眼魔王のお陰で、お前が埋め込んだ禁呪も制御出来ている。お前が殺した兄の喪失感と折り合いが付けられたのは、『我が子』を得た事が大きかろう。
京子はじめ『友人たち』との別れは、流石に辛かったようだが。それも鏡や使役式たちがきちんとフォローしてくれて、狂気に走らずにいてくれた。
鈴鹿はもう大丈夫だ。
未成年故に、未だに法的には私が後見しているが。
あの子は既に、豺狼共のウロつく社交界の歩き方もマスターしている。年齢制限さえなければ、20歳を待たず、今すぐ『大連寺』の名跡を返しても良いくらいだ。」
「あぁ、うん・・・。
鈴鹿ひとりの事で、そこまで熱く語れる君は凄いと思うよ、実際・・・。ていうか禁呪の事とか利矢の事とか、微妙にトゲがあるのは気のせいかい、倉橋。」
「別に?
真宵を厭うあまり、あの頃の私はロクにお前の屋敷に足を運ばなかった。お前の気性を、知っていたにも関わらず。
故にその件について、私はお前を責める権限を持たない。
今現在の、目の前に居る鈴鹿については別だがな。」
「え?! ちょ、今何気なく凄いコワい事言わなかった?!
ねぇ倉橋、前から気になってたんだけど。僕と鈴鹿、どっちが大事なの?!」
「そういう面倒な事を、言わないお前が好きだよ、夜叉丸。」
「ナニそのタラシみたいな台詞っ!!」
「鈴鹿の自由行動が、随分気に入らないようだが。
私の大切な巫女より、お前の巫女の事だ。
夜叉丸。相馬の巫女とは、最近どうなのだ。八瀬童子として復活して、相応の時間が経ったろう。主君と従者として、それなりに馴染んできたのではないか?」
「え? なんで?」
「・・・・・・・。」
「相馬多軌子は、あくまで『相馬の悲願』達成の為の巫女だよ、倉橋。
僕の巫女では有り得ない。
蜘蛛丸はそれなりに情が移ってるようだけどね。僕はそういうタイプじゃないから。目的達成までの過程に、例えばタッグバトルが必須条件、とかいうなら話は別だけど、そうじゃないし。そういう時の為に蜘蛛丸が居るんだし。
相馬多軌子は相馬多軌子、夜叉丸は夜叉丸、だよ、倉橋。」
「つまりは『相馬の巫女』は主君ではなく、悲願達成の為の駒だと。
他の主従のように、代わりの利かない存在になる気は無い、悲願に必要な事以外を知る気は無いと?」
「無いねぇ。
『代わりの利かない存在』なんて、非効率な話さ。鈴鹿は式神の何人かを、自分の子だと言っているようだけど。
理解に苦しむね。血縁どころか、種族そのものが違うじゃないか。」
「・・・まぁ、お前ならばそう言うだろうと思ったが。
相馬多軌子が、孤独感から『トモダチ』に執着し続ける理由は、判る気がする台詞だな。」
「その空虚を埋める役回りを、僕に期待されても困るね。
僕がこういう人間だと、知った上で向こうも八瀬童子として復活させた筈なんだし。それこそ相性の問題ってヤツだ。
そんなに『式神との馴れ合い』がしたければ、ソレ用の使役式と新たに契約して貰うしかないね。ほら、アニメや漫画でよくあるじゃないか。『契約内容は友達になる事』とかいうヤツ。リアルでやればイイ。」
「独占欲・・などというモノは、持ち合わせていないのだろうな、お前は。」
「ぜ~んぜん?
『悲願』達成を邪魔しなければ、犬でも猫でも昆虫でも、好きな妖怪と契約すればいい。僕は止めないから、倉橋、どれか紹介してあげてよ。
喜ぶんじゃない? よく知らないし、知る気もないけど。」
「私にも妖怪の知り合いなど居ないさ。
ほら、王手だぞ。」
「おやおや、降参だ。やっぱり強いねぇ倉橋は。
って、話を逸らさないでよ倉橋っ。鈴鹿の力を制限する件は?! せめて行動を!」
「腹が減ったな。
鈴鹿が作ってくれた弁当でも食べるか。」
いそいそと弁当箱の蓋を開ける源司のカオは、『父親』そのものだった。
外出を禁じた上で忙しく過ごさせれば、余計な詮索や邪魔立てもすまい、と。
そういう理屈で家事一切を任せ・・もとい、押し付け、敢えてかねてからの彼女の研究を後押しし・・もとい、ノルマを増やし、更には育児の負担も掛けてやろうと、若年の式神、例えば羽衣杏や双子天狗、メンタルの幼い紅陽やシェイバの世話までもひっくるめて、鈴鹿1人にやらせていた訳だが。
少なくとも、炊事を任せたのは失敗だった。
飾り切りの美しいニンジンに笑みを零す源司の姿に、夜叉丸はガックリと項垂れた。
相馬多軌子は途方に暮れていた。
「タイミングが悪かったわね、多軌子。この手の騒がしさは苦手でしょ?」
「え・・・あぁ、いや、僕は、」
「祥月、煌月。危ないからお台所で走らないの。
自分のお皿持って、食卓に行ってなさい。」
『は~い♪』
「鈴鹿、俺は? 俺は??」
「シェイバはそこの給湯器、3つ共持って行って頂戴。
アンタは力があるから、重い物運んでもらえると助かるわ。」
「うん、わかった☆」
「もうすぐドーナッツ、揚がるから。そしたら始めましょうね。
で、多軌子。何か言った?」
「う、ううん、何でも・・・。」
「ただいま戻りました、鈴鹿さま。
お買い物、全て揃いました。」
「お帰りなさい。ありがとう絃莉、清弦。
寒かったでしょ? お疲れ様。コレ、アンタたちにだけ特別、ね?♪」
「美味しいです・・・♪」
多軌子は途方に暮れていた。
システムキッチンで手作りのドーナッツを揚げている鈴鹿。
足許に纏わりついてきた6歳の翼ある少年たちを『母親』らしく躾け、怪我を負う前に、沢山の皿の中から(恐らく本人たちのお気に入りなのだろう)特定の皿をサッと取り出して丁寧に追い払い、逆に皿を割りそうなシェイバが寄って来れば、彼にしか出来ない力仕事を頼んで、褒め言葉を与えつつコレも丁寧に追い払い、急な買い物を頼んだ絃莉と清弦が戻ってくれば、その功を労いつつ、出来立てのクッキーを口に放り込んでやる。
土御門夏目と、袂を分かったと・・・土御門家を敵と宣言したと、蜘蛛丸から聞いたから来たのだ・・・百眼魔王の本性は我慢して。
今なら、傷心の鈴鹿は自分を『友』として受け入れてくれるかも知れない。
そう思ったから。
だが、現実はどうだろう。
「キャンディが適温ね。
多軌子、そこに居るなら手伝って。」
「あ、うん・・どうすればいい、の・・?」
「?? あぁ、飴を作った事がないのね。
型に流して冷蔵庫で冷やした水飴が、固まったから型ごと出したの。あんま冷たいままだと外し難いんだけど、ソレが室温に戻ったから、棒のトコ持って、型から外して、ガラスのお皿に入れて頂戴。
あ、ラッピング忘れないでね。お菓子は見た目も大事だから。」
「ええと・・お皿って、コレの事・・?」
「百眼魔王は言っている。
百眼魔王が手伝うと。」
「あら、ありがとう。
百眼魔王、アンタはどの色が好き?」
「・・・百眼魔王は言っている。
唐桃(からもも)の色、綺麗だ。羽衣杏殿の瞳の色だ。」
「あ、それ今回の自信作♪ 羽衣杏はミカンが好きだから、ミカンで着色したの。
杏の実は初夏に生るから、その頃にまた、杏味の飴を作りましょうか。」
「百眼魔王は言っている。
百眼魔王も手伝うと。」
「楽しみね♪」
カラフルなキャンディ群にリズミカルにフィルムを巻き付け、手際よく皿に盛り付けていく漆黒バイザー男。
揚がったドーナッツをテキパキと、クッキングシートを敷いた皿に移す鈴鹿。
・・・現実はどうだろう。友達になりたいと願う相手は、傷心どころか、沢山の使役式と更に夫にまで囲まれて笑っている。
自分の下心を見透かされた上でスルーされたようで、多軌子は居たたまれなくなった。
「鏡、青蓮の具合、どう? 回復しそう?」
そんな訳で、今も多軌子は何をするでもなく、鈴鹿と百眼魔王の後ろをくっ付いて回っている訳だ。料理も菓子作りも経験が無いので、手伝いようがない。
『食卓』と言うには広い、大人数を想定したテーブルとソファ、多めの椅子。
そこでは式神たちが『2人』を待っていた。鈴鹿と百眼魔王を。流石に霊格の高い使役式が13人も揃うと壮観だ。
「問題ねぇよ、鈴鹿。ちょっと霊気が不安定になってただけだ。
人見知りだからな。北斗と霹靂の霊気にビビってんのさ。」
「あの子たち、拘束されたばっかりでまだ気が立ってるものね。そりゃ怖いわ。
青蓮、メロン味のキャンディ、食べる? メロン好きでしょ?」
大きなソファの中央に座っていた伶路は、背の高い『美女』に膝枕していた。
改めて見て改めて眉根を寄せる多軌子と正反対に、鈴鹿は絨毯の上に膝をついて、『彼女』の好物の飴を口許に持って行ってあげる、という気遣いを見せる。
使役式とはいえ、夫が女・・・もとい、『美女にしか見えない女装男子』に膝枕。
多軌子ならば嫉妬確実な光景も、台所でさりげなく水を向ければ、鈴鹿は『?? 弱った使役式に、接触を通じて霊力を分け与えるのは主君として当然の事でしょ? やらない鏡の方があたしはイヤよ。』と曰ったのだ。
弱々しく顔色の悪かった青蓮は、出来立てのキャンディを口許に運ばれてパクっと食い付いた。手ずから飴玉を貰った勢いのまま、彼女の首に両腕を回して額を擦りつける。
青蓮の頭を撫でる鈴鹿に、後ろから抱きついてきたのはシェイバだった。
「青蓮ばっかりズルいっ。俺も、俺もっ!」
「べにもっ! すずのひめさまは、べにのごしゅじんさまっ!」
「はいはい。アンタたちあたしより背ぇ高いんだから、重いっつの。」
「お前ら全員、席に着け。まぁ席なんざ決めてねぇが、適当に座れ。
鈴鹿の論文が海外の魔術雑誌に掲載されました記念パーティー、始めるぞー。」
『は~い♪』
・・・鈴鹿にインターネットの使用が禁止されて『いない』。
鈴鹿にド甘い源司のお陰だが、世間知らずを自任する流石の多軌子も戸惑った。ネットを通じて『裏のカラクリ』を公表されたらどうするつもりか。
だがしかし、多軌子にとって理解し難い事に、ネットの利用は『陰陽師以外の人間』との意見交換・・・チャットや、今回のように国内の術者事情など関係ない、海外の魔術世界への論文投稿などに留められている。
鈴鹿曰く『あたしは長官たちを止めたいんじゃないの。理解したいの。』と。
この発言もまた、今の多軌子には理解し難い。
理解し難い、が。
「鈴鹿先生、はい、あ~ん♪」
「あ~ん♪ ありがとう、羽衣。」
「鏡先生がね、言ってたの。海の向こうの人たちが、鈴鹿先生の事凄いって、褒めてくれたんでしょう?
羽衣もね、ありがとうって言いに行くの♪」
「そうね、先に『ありがとう』っていう言葉をお勉強してからね。
鈴鹿先生はね、今、結界の研究をしているの。羽衣杏が自由にお部屋から出られる技術を、作り出す研究よ。今回はその一部が認めてもらえたの。
羽衣杏がもっと大きくなって、沢山の言葉を覚える頃には、完成させてあげる。
だからそれまで待っててね、羽衣。」
「?? うんっ、鈴鹿先生と鏡先生の隣で、ずっと待ってる♪♪」
「可愛いなぁもう♪♪♪♪」
「ハイスペック嫁とクソカワ娘悦・・・♪」
「伶路ちゃん、アンタ鈴鹿ちゃんの事マジで大事にしなさいよ?
あんな出来た子、そうそう居ないわよ?」
「うっせぇ皆川、テメェにだけは言われたくねぇよっ。」
「絃莉殿、また御手がかじかんでおられますな。
若当主特製のホットココアは如何ですかな? 温まりますぞ。」
「お心遣い痛み入ります、壬薙殿。
頂きます♪」
7人の鬼、2人の天狗、1人の河童に、百足と蟷螂と蜻蛉。それに2人の陰陽師。
種族も雑多なら、中間含めて性別も雑多。
・・・鈴鹿は今の多軌子には、理解出来ない事ばかりを口にする。だが、この『雑多』の温もりに、個性がぶつかり合って生まれる熱のようなモノに、多軌子は確かに憧れていた。それでいて、彼らの中に踏み込むと決断し切れないのもまた、確かな話で。
双子天狗の片割れが、多軌子にクッキーを差し出した。
「相馬の巫女様、どうぞお納め下さいませ。」
「あ・・ありがとう。君は、祥月?」
「いいえ巫女様、ぼくは煌月でございます。」
「ごめんね、ありがとう煌月。」
「いいえ巫女様、ぼくは祥月でございます。」
「え・・・でも、」
「止めなさい、祥月。
ごめんなさいね、多軌子。気にしないで。人を試すのは、天狗の特性のようなものだから。煌月以上に祥月は、天狗の本能が強いみたいなの。
ほら、祥月。アンタも謝りなさい。」
「やだっ。
大連寺の巫女様は、間違えた事一度も無いのに。なんで相馬の巫女様は間違えるの?」
「祥月っ。」
「煌月、遊ぼっ。」
「祥月っ!
・・・気にしないでね、多軌子。ホント、人心の裏を暴くような物言いは、天狗の特性だから。いや、別に天狗全てがそういう訳でもないんだけど。
子供の言う事よ、後で叱っておくから、許してやって・・・多軌子?」
「・・・僕が悪いんだ、鈴鹿君・・・。部外者の僕が同席してるのが、気に入らないんだと思う・・・ごめん、失礼するよ。
論文掲載、おめでとう。」
「あ、多軌子、お菓子を」
せめて菓子だけでもと、幾許かを包もうとする鈴鹿に力なく笑うと、多軌子は部屋を出て行った。やはり妖怪と人間は、その本性を異にする存在。今の多軌子にとって、その違いは許容して楽しむモノではなく、緊張して疲れるモノでしかなかったのだ。
『相馬の巫女』が出て行った扉を眺めて、鈴鹿は背中から伶路に凭れ掛かった。
力なく項垂れる代わりに、後頭を彼の肩口に押し付ける。
「何か最近、『友情』について哲学しちゃいそう。」
「気にすんなよ、鈴鹿。
多軌子のアレは、多軌子自身に対する劣等感だ。お前と自分を引き比べて、自分の劣ったトコばっか目に付いて、勝手に苛まれてる。他人の褒め言葉なんざ聞きやしねぇ。
そういうヤツとは『一生のトモダチ』なんて上等なモンにゃ成れやしねぇよ。
とっとと離れて正解なのさ。」
「このまま無理して近くに居ても、きっとその劣等感は敵意に形を変えるわね。
ま、いいんだけど。
百足を嫌いっていうヤツとは、元々付き合う気ないし。あたしは鏡や皆が居てくれれば、精神的に生きていけるから。問題ナシ。ぜ~んぜんナシ。
無い事にする。」
「よぉし、よく言った。」
道化たように言い、ワシャワシャと綺麗な金髪をかき混ぜる伶路に、鈴鹿は猫のように気持ち良さそうに微笑み返した。
式神たちの間に、ふんわりした空気が流れる。
宴はすぐに再開された。
部屋に戻る気になれず、何となく歩き続けていた多軌子はいつの間にか、地下に来ていた。夏目たちが拘束されているのとは違う一角の、式神専用の特殊拘禁牢だ。
捕えた呪術犯罪者たちに対して一番最初にする事は、式神を早々に取り上げる事である。陰陽庁には拘束した式神用に、こういう場所も設置されているのだ。
多軌子が足を止めたのは、北斗の前だった。
「土御門家の、式神・・・。」
本来の規定では特殊プラスチックのプレートに完全封印され、更に封印用の円陣を描いた、鍵付きの引き出しの中に安置される。
二重、三重の封印に、警備システムによる厳重な監視。
中にはそのような拘束など、必要ないだろうと思うような弱妖も居る。
何故、不必要で非効率では、と問うた多軌子に、源司は穏やかに笑って教えたのだ。
『彼らは99%の確率で逃走する。そして主の許へ行って、助けようとする。
鎮圧は簡単だ。が、余計な混乱は無いに越した事はない。』
『主義も思想も無い、浅薄な犯罪者です。救うに値するとは思えません。
中には日頃、己が式神を虐げていた者も多いでしょう。』
『それでも、の99%という数字だ。
主人と式神。互いにしか判らぬ、それこそ『絆』と表現するしかない代物があるのだろう。』
互いにしか判らぬ『絆』。
今の多軌子にとって、土御門家は敵対者。彼らの選択が正義とは思えないし、北斗や霹靂のような大妖が、仕えるに値するとも思えない。
それでも。愛着以上の何かがある、のだろう。
「・・・・・・。」
『牢』と言っても刑務所のような場所ではなく、板状のプレートに封印された『彼ら』は鋼色の引き出しに収められている。引き出しがズラリと並んだ壁面の中で、ただ1体、北斗の封印だけが異質だった。
中央の空いた空間を使って円柱状の封印式を組まれ、その中に拘束されているのだ。
白っぽく輝く封印式の中に金色の、機嫌悪げに紫電を纏った30cm足らずの龍が泳いでいる。
その様はとても美しかった。
「鶺鴒眼・・・。」
多軌子が、相馬家が持っていない『眼』。
『相馬の巫女』の両手に力が籠もる。
夏目を一目見るなり、怒りに燃える鈴鹿の碧眼が見抜いたのだ。春虎の泰山府君祭は綻びだらけで不完全、夏目の魂魄は不安定。北斗を術式に組み込み、反魂香まで使って外から型に嵌める事で、ようやく安定を得ている。北斗を完全封印したら、夏目の魂魄は黄泉の下に逆戻りだ、と。
だから。
夏目を『今すぐには』殺す気の無い源司の判断で、北斗だけは『大幅な制限および拘束』だけで、完全封印はされていないのだ。
鶺鴒眼は分析の眼。術式の綻び程度、すぐ見抜く。事によっては、綻びの修復も可能かも知れない。夏目を救い切る事が。
鈴鹿がその使い手だと春虎が知れば、今すぐにでも相談したい相手だろう。
「これはこれは、相馬の巫女。
このような場所で、どうなされました。」
「・・・壬薙(みなぎ)、だっけ。」
「御意、御意。
相馬の巫女は、物の覚えが良い御方。皆さまご存知、壬薙で御座います。」
「うん・・・。」
百眼魔王はどうしても百足の姿が受け付けないし(人型の時でさえ、百足の姿を思い出してしまう。)、紅陽のあの狂的なハイテンションには付いて行けない。更に多軌子は、壬薙と名乗るこの老人の、慇懃無礼で劇場チックな台詞回しが苦手だった。
『お前如き非才の身、大連寺の巫女の足許にも及ばない。』。
そう言われている気がするし、実際、そう思っているのだろう。
今も。
何やら台車に山と積んできた菓子類を、段ボールごと、ドスンと北斗の結界の前に置く。
その音が乱暴に聞こえて多軌子は身を震わせたが、北斗はと見れば、水槽の中の熱帯魚の如き優雅さで近付いてきた。興味を惹かれたらしい。
『どうした』と訊いておいて、多軌子に用は無いのだろう。
壬薙は金の小龍に、左胸に右手を当てて恭しく一礼した。
「はじめまして、土御門家の北斗殿。
臣めは大連寺家所属、新たなる御当主・鈴鹿さまにお仕えする家令。賜りし名を『壬薙』と申します。我が主は聡明にしてお美しく、そのお心は何処までもお優しく慈悲深き御方で御座いましてな。その学才は海の向こうにまで響いておりまして、この度、その才能の豊かなるを先達方に賞揚されまして、今現在、一門の屋敷にて宴を催しております。」
「要するに何が言いたいの。」
「えぇ、えぇ、相馬の巫女。
要するに、こちらはその裾分けでございます。完全封印されおられる霹靂殿にはご無理で御座いますが、北斗殿ならば、封印越しに吸収なさる事が叶いましょう?
焼き菓子、飴玉、須らく若当主の手作りで御座いますれば。残されませんように。」
「全部っ?! ていうか、鈴鹿君のお祝いでしょ?
パーティーの主賓が全部作ったの?! 絃莉っていうプロまで居るのにっ?!」
「『浅薄な』壬薙めは、祝いの宴の膳など臣めが整えますと申し上げたのですが。」
「っ、」
「愛情深き若当主は、祝いの為に足労した者たちを労わりたいと仰せで、更には多才な御方故、作りたい物をお心のままにお作りになれる技術もお持ちでございます。
勉強熱心な御方故、常日頃から、絃莉殿や他の方々を師として学識を深めておられ、その努力がこのような不意の折に軽々と実を結ばれる、更には細やかなお気遣いもお忘れにならない、今様に申せば『非常にハイスペック』な御方で御座います。」
「・・・ごめん、ホントにゴメン。僕が浅薄でした・・・。」
「いえいえ、相馬の巫女の慎み深さも、壬薙めは尊敬申し上げておりますよ、はい。」
「・・・・・。」
それはアレか、『大連寺の巫女に比べて、お前の才覚の何と貧弱で慎み深い事よ。』とか、そういう事か。ていうか鈴鹿に対しては『臣め』で多軌子に対しては『壬薙め』とか、一人称をイチイチ変えてくる辺りが細かいな、おい。
言いたい事は色々あったが、多軌子は呑み込んだ。
相手は海千山千の裏商人で、『100枚の反省文を心にも無い美辞麗句で埋め切るタイプ』だ。口下手を自覚する多軌子では、口喧嘩にもならない。
北斗はと言えば、段ボールの一点を見つめて、しっぽをフリフリ動かしている。
「コレから召し上がられますか?
どうぞどうぞ、どれなりと召しませ。あぁ、箱からお出し致しましょうぞ。若当主の御手は匙加減がお上手でしてな。どれも美味なる事、間違い御座いませぬ故、どれより召されてもきっとお喜び頂けましょう。」
「・・・・・・。」
多軌子への美辞麗句を惜しんで一言で括った壬薙は、北斗への鈴鹿自慢には労を惜しまず、菓子のひとつずつを全て取り出し、ご丁寧に包装まで剥き始めた。。
大量の菓子だが、スペースに困る事は無かった。何故なら、出した傍から北斗がどんどん食べてしまうから。
最初はクッキーだった。チョコ、飴、フルーツ白玉やドーナッツ、シフォンケーキやパウンドケーキ、ショートケーキやプリン、大福、団子などの和菓子まで。
結局、全ての菓子を北斗が1人で食べ切るまで、30分も掛からなかっただろう。1キロは優に超えていた甘味を、全て1人で、だ。
どうやら北斗は、相当の甘党であるらしい。
「ホントに完食した・・・。」
「これは重畳、北斗殿にお喜び頂けましたと、ご報告申し上げるこの壬薙めの心も浮き立つと申しますもの。
咽がお乾きで御座いましょう。食後にお茶をお淹れするようにと、申し付かっておりますれば、どうぞお召しを。この茶器もまた、若当主が北斗殿にとお選びになり、この茶もまた、若当主が北斗殿にとお淹れになったモノでございます。
壬薙めはただ、器を移し替えるのみで御座いますれば。」
「・・・・・・。」
あぁ、うん。確かに咽、乾くよね・・・。
菓子を食わせて終わりだと思っていた多軌子は、ギュッと両手を握り締めた。こういう気の至らなさが、壬薙のようなタイプを心服させられない理由なのは判る。
判るからと言って、そのように振る舞えない自分が恨めしい。
1杯目はカップに注がれ、結界の前に置かれるのを大人しく待っていた北斗は、2杯目からは待ち切れないようで、ポットから直接飲み始めた。
ポットからカップに注がれている筈の水流が、ポットとカップの間で消えていく。
消えた先は北斗の口の中。どうやらこの甘党の龍は、紅茶が咽を温め滑り落ちる感覚まで楽しむつもりらしい。
意外と通っぽい。
「更に重畳、重畳♪
我が主の心尽くし、茶の一滴までご満足頂けたようで、この壬薙めも嬉しゅうございますよ♪ して北斗殿、どの菓子が最もお気に入りましたかな?」
「壬薙、それは、」
答える筈がない、と思った。敵対しているのだから。
だがその思い込みこそ、多軌子の浅薄というモノで。
『・・・白玉。』
「ほうほう、白玉で御座いますか。」
「っ?!」
初めて聞いた『土御門の守護龍』の声は、落ち着いた低音の、耳当たりの良い美声だった。人で言えば『ロマンスグレーのおじ様』的な姿だろうか。
封印越し故だろうか、水底から響くかのように僅かに籠もっているが、聞き取るには充分だった。
『固過ぎず柔らか過ぎず、絶妙な舌触り。
あと・・・何かフワフワした洋菓子。喉の奥でフワッと紐が解けていくような温もりが気に入った。』
「それは・・・シフォンケーキ、ですかな。」
『ソレかも知れぬ。
すまぬな、壬薙殿。我はどうにも、今様の言葉に疎い。知らぬ訳ではないが、歴代当主、皆あまり話しかけてこなかった。使い慣れていないのだ。』
「そう、なので? これは意外な。
壬薙めのような蟷螂ならいざ知らず、北斗殿は大妖、本物の龍で御座いますれば。自慢に思う者は居ても、忌む者などおりますまい。」
『忌む者は居る。龍とは終極、大きな蛇なれば。蛇が嫌いな人間には、下手をすれば『御器被り(ごきかぶり)』より忌まれる程度のモノよ。
確かに、ヌシらよりは確率の低い事と思う。
だがたまさか話し掛けられても、返事を期待されない独り言同然。双方向の『対話』など、望むべくもない。
それにな、我は寸が大き過ぎるのよ。』
「寸・・サイズ、で御座いますか。」
『左様。
普通にして居っては、屋敷になどとても入り切らぬ。気を入れて寸を縮めても中庭がせいぜい。縁側など、とてもとても。そして我は、人型を取るのが下手だ。とても下手だ。
故に我は、主君の隣に共に座し、茶を喫した、というような経験が一度もない。主君に何かしてもらった事も無い。呼び出される時は、常に何がしかの令を賜る時だけであった。
故に・・・、気を悪くしないで欲しいのだが。
故に、正直、我はヌシらが羨ましい。式の為に茶を点ててくれる主君と、我は巡り会うた事がないのでな。』
「気を悪くなど、とんでもない事で御座います。若当主のお優しさをご理解下さり、感謝を申し上げる程のもの。いや、まことに。
色々とお立場の難しく、誤解のされ易い御方で御座います故。」
『誤解か。
頂いた菓子を拝見する限り、の私見だが。
感受性が鋭く、色彩感覚が豊かな御方とお見受けする。心理に聡く、会話運びが上手で、交渉事などお得意そうだ。相手の好みなどは瞬時に見分け、長く覚えておく御方と推察する。また、得た知識は軽々にひけらかすより、料理や進物など、折々にさりげなくお見せになる、慎みを知る御方とも思われる。
どうであろう。』
「そう・・・! そうなのです!!
流石に格調高き龍の大妖であられる北斗殿っ!! 敵ながらその洞察力、我が主の魅力の一端をご理解頂き、壬薙は感謝の極みでございますっ!!
では北斗殿のご主君は、いかなる御方であられますか?
壬薙めは、悲しみに沈む夏目さまを一目、お見かけしたきりで、詳しいお為人(ひととなり)を存じ上げないのです。
そもそも泰純さまと夏目さま、春虎さまの内、どなたを主君と定めておいでで?」
『・・・泰純公では有り得ない。』
「あ・・有り得ないので御座いますか、北斗殿。
確実に土御門のご当主なのですが。」
『確かに我は、泰純公を当主と認めた。
決して暗愚な主君ではなかった。非情でもなく、残酷でもなく、無知でもなく。
だが・・・静かな狂気に染まっている。』
「静かな、狂気。」
『・・・17年前、『夜光の生まれ変わり』の生誕時。より正確には、そのせいで御正室を亡くされた時からだ。
それまでの泰純公は、物静かで考えの読み取りづらい所はあったが、穏やかで、家名より家族を取るような、家庭的な御方。時折私にも語りかけて下さるような御方であった。
だが、優子さまが亡くなられた。『夜光』を産んだ為に。かの魂魄の並外れた霊力の受け皿になるには、かの姫は少し不足であられた。勿論ソレはかの姫の人品を、何ら貶めるものではないが。
泰純公はいたく傷心され・・・御子を、憎むようになられた。
公は春虎殿を愛しておられる。同時に夜光を憎んでもおられる。
ほんの少しだけ『夜光への憎悪』が勝っていた故に、かの者の覚醒を妨げるような行いをなさったのだろう。
いくら若杉家に夏目さまの養育能力が無くても、土御門家の内で、2人の子供を双子の兄妹とでも扱って育てれば良かっただけの話だ。『夜光への憎悪』さえ無ければ、春虎殿を敢えて養子に出す理由など無かった。
双角会の動向を案じるのならば、むしろ幽閉でもして、徹底的に外界と隔離するくらいはなさるべきだった。春虎殿への『半端な』なさりようは、いつか露見する事まで織り込んだ上で、『夜光の人生』を邪魔する為に仕掛けたとしか、我には思えぬのだ。
泰純公の狂気は、血飛沫を浴びて高笑いするような狂い方ではない。だが・・・家族の亡くし方が悪かった。正直、今の泰純公に正しく土御門家を導けるとは思えない。
故に・・・止まってくれて、安堵している。
敗北や拘束の悔しさはある。だが怒りの鎮まった後に来たものは、安堵。
今はソレが一番強い。』
「では、夏目さまの事は、どうお考えで?」
『不憫の一言に尽きる。
血の縁をお持ちでない事は知っていたが、主君と認めるに抵抗は無かったのだ。普通の『生きた人間』でさえおられれば。
だが、今の夏目さまのお体は、正常とは言い難い。
死ねば良いなどとは、間違っても思えぬ。仮にも17年間、お側で見守り申し上げてきた主筋だ。だが数千年生きてきて、一度輪廻の輪から外れた人間がどんな末路を辿るか。我は知っているのだ。ロクな事にはならないと。
術式で無理矢理に此岸に括り付けられた夏目さまが、ちゃんと此岸の恩恵を受けられるのか。いつか揺り戻しが、それも悪い事など何もしていない夏目さまに押し寄せるのではないか。そんな不安が拭えない。
心配だ。物凄く心配だ。
せめて我だけは、純粋に夏目さまの事だけを考えるお味方でいなくてはならぬ。
そう思っている。』
「・・・では、春虎殿の事は。」
『アイツが一番悪い。
その一言に尽きる。』
「ほ、ほぅ・・・。」
『元々、夜光は好かぬ男であった。
最終的に当主と認めたのは我であったし、終わった事をグダグダ言うのは主義ではないのだが・・・。
陰陽の才は、確かにズ抜けていた。神を知る我の眼をして、神がかって見える程に。式神の扱いは、優しい方だったとも思う。だが・・・善悪の基準が、まるで欠落しているように見える時があった。
帝式呪術の編纂にあたって、実際に術の収集に当たったのは相馬家と倉橋家だった。だが客寄せパンダ的な意味合いもあり、夜光が表に出る機会も多かった。
あの男は、裏の汚れ仕事の方を好んだが。』
「?? お待ちを。
絃莉殿・・・酒呑童子殿からは『研究者肌で好戦的な性格ではない。』と、茨木童子殿がそう評しておられたと聞き及んでおりますが。」
『意識して遠ざけていたに決まっておろう、そんなもの。
茨木・・角行鬼は温厚で常識人、正義感の強い男だった。夜光が、そして『夜光の指示を受けた』相馬家と倉橋家が、『帝式呪術の編纂』という大業の為に、どんな手を使ったか。どれだけ他の家門を潰し、血を流したか。
知れば、血相を変えて止めに掛かるだろう。
だから、遠ざけたのだ。飛車丸と共にな。
本人たちが『いついかなる時も行動を共にしていた。』と自負しているのは、ソレはそういう自負を抱くように、夜光自身が仕向けたに過ぎない。
無邪気なようで狡猾で、純粋なようで人心操作に長けた男であった。
酒呑童子の名は、我も聞き及んでいる。角行鬼が落ち込んで愚痴を言いに来た事があってな。『軍に徴兵される事を厭って、異界に逃げていった。当分会えない。』と。
我は正直、賢明な判断だと思ったよ。
軍などより、夜光自身の方が余程危険。我の目にはそう映っていた。長い土御門の歴史の中でも、その才は屈指。邪悪さもな。
自分の望みの為に、何をするか知れたものではない。我は当時、夜光を当主として認めた事を後悔さえしていた。』
「そこまで・・・。」
『『土御門春虎』をどう思うか。
正確には、我はその問いに答える言葉を持たぬ。我の予想では、その人格は『夜光』に取って代わられている筈だからだ。
大前提として、夜光自身がそのつもりだったのだからな。
10代半ばの健全な青少年だった『土御門春虎』が、夜光に抗えたとは思えぬ。よしんば善戦出来たとして、2つの人格が混ざり合っている可能性もあろう。
我が最後に『土御門春虎』という『うつわ』に会った時、それは夏目さまの泰山府君祭に失敗し、延命の術式に組み込まれた時であった。
その時には『春虎』の人格が強いようにも見受けられたが、ソレはソレで違和感がある。夜光として覚醒した以上、『うつわ』に入っている人格は『夜光』のソレだけであるべきだからだ。
今、我がかの『うつわ』に望む事。
それはこれ以上、夏目さまを振り回さないで欲しい、という事だけだ。叶うならば『死ぬ』前の健康な肉体を取り戻させて差し上げたいが、ソレが叶わぬならば、徒らにか細い望みをぶら下げるのではなく、いっそ正常に死なせて差し上げて欲しい。
幸福を願うなら、幸福になれる場所に『転生』させて頂きたい。
それだけだ。
ソレですら、輪廻に干渉する行い。イチ生物に過ぎぬ身に、過分な大望だと思うが。』
「どうやら、『誰を主君に』というご質問は、壬薙めの不明で御座いましたな。
質問を変えましょうぞ。
北斗殿の優先順位、その第一位はどなたで御座いましょう?」
『夏目さまだ。
優先順位の第一位は夏目さま。我が望みは、夏目さまの安全と幸福。
それと引き換えならば、この場に封印され続ける事も厭いはしない。』
「滅多な事を仰せられますな、北斗殿。」
『いや、良いのだ。壬薙殿。
泰純公はあの通り壊れているし、鷹寛と千鶴は泰純公に逆らえない。我の知る限り、夜光は血縁も無い捨て子ひとり、気に掛けるような気性ではなかった。『土御門春虎』に至っては、存在すらも危うい状態。
我も大概ワガママで、力の加減など面倒よと厭うような暴れ者ではあるが。
我しか居ない。
事ここに至っては、夏目さまのお側に侍し、身を挺し、龍である事でも何でも手札にしてお守り出来るのは、我しか居ないのだ。
壬薙殿。
霹靂同様、完全封印した方が楽だったものを、このように夏目さまと繋がる余地を残して下さったのは、『鶺鴒眼』で大連寺公が見抜いて下さった故と聞き及ぶ。
北斗が幾重にも感謝申し上げていたと、お伝えして欲しい。
また、羽衣杏殿に対する無礼の数々、まことに申し訳なかったと、泰純公に代わって謝罪申し上げる。どうせあの御方はまた無口ぶって、黙秘とかしてるんだろうし。
この感謝と謝罪、大連寺公にお伝え頂けるだろうか。』
「チラホラと黒い・・・。
北斗殿の忠義、この壬薙、感服致しました。
必ずお伝え申しましょう。」
『礼を申す、大連寺家の壬薙殿。』
ふわり、と龍のしっぽが揺れる。小首を傾げたその赤い瞳は、確かに微笑んでいるように見えた。ソレは壬薙に向けられた微笑でありながら、夏目の為の微笑でもあったのだ。
段ボール一杯に食べガラを積み上げて帰る、道すがら。
多軌子は壬薙に訊いてみた。
「壬薙。
君は何故、大連寺家に戻った?」
「若当主が御当主になられたからで御座います。」
「それは大連寺家より鈴鹿君が大事、という事?」
「大連寺家が若当主であり、若当主が大連寺家なのです。相馬の巫女。
両者は等しく同一で御座いますよ。」
「ええと・・じゃストレートに、何故、鈴鹿君に仕えようと思ったの?」
「桜を一枝、頂きました故。」
「さくら?」
「はい、桜を。」
「・・・・・・・。」
とうとう多軌子は会話を放棄した。
鈴鹿と壬薙が使役式の契約を交わしたのは、どんなに早く見積もってもこの秋冬、『今年の』寒い季節になってからだ。桜など、咲いていよう筈もない。
何かの暗喩なのだろうが、その暗喩を即座に紐解けるほどには、多軌子は壬薙を知らないのだ。会話を拒まれているのだろうと受け取るしかない。
黙り込んでしまった多軌子を気遣うように、蟷螂を本性に持つ男は苦笑した。
「壬薙如きをお気に掛けて頂くなど、恐悦至極。
ですが、相馬の巫女。
そのお心は、もっと御身に近しき者にお向け下さいませ。例えば蜘蛛丸殿、夜叉丸殿。お2人こそ『誤解』され易き御方たちで御座いますれば。」
「あの2人は・・・無理だよ。」
「相馬の巫女。」
「『悲願』を達成したら、きっと2人も、僕の事を見てくれる。
でも、『悲願』を達成しない僕に、価値は無い。あの2人にとって、だけじゃないんだ。僕にとっても。使命を帯びて生きる、その為に全てを捧げる。それが『相馬』に生まれた者の宿命だから。」
「・・・お辛くは、と・・お訊ねするのは、非礼なのでしょうな。」
「ありがとう。
壬薙は優しいな。鈴鹿君は・・・『大連寺の当主』は、良い使役式を持ったんだな。
僕も頑張らなくちゃ。」
「相馬の巫女?」
「さよなら、壬薙。」
紅い髪の少女が、振り返って微笑む。諦めたように。
妙に耳に残る声音だった。
壬薙が鈴鹿の部屋に帰参したのは、それから程なくであった。
部屋に漂う微妙な空気に、肩を竦める。
「若当主。臣・壬薙、ただ今戻りました。
荒魂鎮めの儀、滞りなく務めまして御座います。」
「お帰りなさい、壬薙。ご苦労様。」
「はっ。」
大きなソファ、伶路の隣に座していた鈴鹿に畏まって跪くと、壬薙は2人の両脇に控える、式神たちの列に戻っていく。
荒魂鎮め。
壬薙はそう言った。
北斗には『パーティーの余禄』などとさりげなさを装ったが、実際あの段ボールの中身は、北斗の為だけに鈴鹿が作った物が大半だった。
彼のような大妖が『荒れて』いると、他の封印まで余波を受けて緩んでしまうのだ。仮に解けるに至らずとも、青蓮が怖がって体調を崩す、などが『良い悪例』である。
故に甘味を供物とし、最も交渉役に適任である壬薙を神官役として遣わし、怒りに荒れた魂を鎮めさせた。
取り敢えず怒りさえ鎮められれば、会話は余禄のようなモノだったのだが。
「取り敢えず、アンタを選んだのは正解だったわ。
あたしや紅陽、百眼魔王でも、北斗は此処まで気を許しはしなかったでしょう。」
「過分なお言葉、光栄至極に存知ます。
では桜を一枝、賜りたく。」
「同じモノを二度も三度もやらないわよ、あたしは。」
壬薙の懐から出てきた5cm程度の小さな百足は、見る間に1m程にも巨大化したかと思うと、スルスルと動いて鈴鹿の膝によじ登る。彼女の背後に控える『璧』が、一仕事終えて戻ってきた『自分』を目で追っていた。
『百眼魔王』は彼ひとり。今でも自ら封印の中に閉じ籠もっている。だが鈴鹿との仲介役である『璧』は、高性能インターフェイス。同一機種のパソコンが何百、何千と量産出来るように、百眼魔王と鈴鹿の霊力が続く限り、同時に何十体でも作り出す事が出来る。
下手をすれば激怒し、狂乱し、強引に封印を破った大妖に焼き殺されかねない危険な祭事だった。故に壬薙を遣わすにあたって、鈴鹿は壬薙の護衛と北斗の監視の意味を込めて、璧1体を懐に忍ばせて送り出したのだ。
当然壬薙と北斗の会話は、もう1体の『璧』を通して鈴鹿たちに筒抜けだった。
「さて、無事に北斗の荒魂化は防げて、あの子がどんな子か、多少なりとも見えてきた訳だけれど・・・。
ナニあのイケ龍っ!! 古武士っ?!
夏目との温度差ハンパ無さ過ぎて、可哀想通り越していっそ引くわっ!!」
「『対話』しねぇとココまですれ違うかっつーイイ例だな。
土御門のガキの方は、そもそも北斗を話相手だと思ってねぇんだろうが。式神の声、特に動物型の式神の『声』ってのは、『聴』こうとしねぇとマジで何も聴こえねぇからな。
土御門のガキは、無意識に術的耳栓をしてるようなモンだ。」
「北斗は会話が出来ないんだって、頭から決め付けちゃってるんでしょうね、夏目は。
あたしアレ思い出しちゃった。
戦国の主従に、大友宗麟と立花道雪って居たじゃない? アレみたい。」
「あぁ、判る。
ガキで未熟で『主君としての自覚が無い主君』と、忠誠心も攻撃力も高いんだが、どっか表し方が間違ってる、主君を選び違えたってより、主君を『育て間違えた』従者。
あの北斗の性格だと、『死んだら鎧着せて敵に向けて埋めてくれ。』とかリアルで言いそうだよな。」
「夏目は夏目で、現実逃避にカルトにハマるとか、有り得そうな性格よね。
ま、あたしたちは陰陽師だから、今更カルトはナイだろうけど。術の修行とか度を越して打ち込みそう。でも根が真面目だから事件は起こせない、みたいな。
困ったなぁ・・・。」
「困るのかよ?」
「立場的には困んないけど。
北斗のアレ、聞いちゃうとね。夏目を粗略に扱って、もしメンタル壊しちゃったりなんかしたらどうなるかなって。
すっごい罪悪感だし。それ以上に、今度こそ北斗が荒魂化して修祓に苦労しそう。
泰純たちは放っといてイイっぽいけど、夏目の身柄だけは、早めに特殊拘禁牢から出した方がいいんじゃないかしら。
何やかや言って結局は温室育ちだから、割とすぐ壊れそう。」
「一般拘束牢か。
大友とは連絡が取れず、倉橋のお嬢様はとうの昔に東京を出てる。その上更に百枝のガキを潰して、冬児もパクった後なら。『うつわ』も土御門のガキと、テメェから会わねぇ理由があるみてぇだし。
そうやって逃げ込める場所を潰した後なら、長官の許可も出るんじゃねぇか? 単品で逃げるスキルがあるとは思えねぇし。当然、霊力は封じる事になるがな。
冬児と天海のジジイ、それに高等機甲式『水仙』。この3人はいつでもとっ捕まえられるぜ。百枝のガキは、所在掴んでるのか。」
「ん、掴んでる。
ただ、タイミング悪いのよ。冬休み使って『百枝本家』に両親と一緒に帰省中。百枝一族が全員集まってるの。
中には陰陽庁所属の手練れ祓魔官や呪捜官も居るわ。
迂闊に突っ込めば、最悪百枝一族全体を敵に回した上、天馬も取り逃がす可能性もある。
東京に戻って来てから、になるわね。」
「だな。先に冬児引っ張るか。
そうすりゃ『うつわ』サイドも何がしか、動くかも知れねぇし。」
「角行鬼とか?」
「角行鬼とか。」
「なら鏡、良い呪具があるわ。
人数分用意するから、絃莉たちに鈴を持たせてやって欲しいの。角行鬼が接触してきたら、その鈴の音を聞かせるの。聞かせるだけで、その『音』は角行鬼の中に残る。
移動型ソナーよ。
本体の鈴は、手元に残しておいて。本体の鈴から残響音を辿れば、『うつわ』のアジトを突き止められる。少なくとも角行鬼の所在は割れるから、彼だけでも拘束して、『うつわ』の狂気から隔離する事が出来る。」
「よぉし、流石俺の鈴鹿。
所蔵する呪具がスラッと出てくる辺り、流石に呪具創作の匠だぜ。」
「フッフフ~♪
頑張って覚えたもんね♪」
はしゃいだ声音で鈴鹿が伶路の左腕に両腕を絡め、伶路も機嫌よく口の端を上げて、鷹揚に彼女の髪を右手で弄ぶ。
伶路の背後に控える絃莉は、祈りを込めて、己が両手を胸の前で握り締めた。
角行鬼に『うつわ』の傍から離れて欲しい。今すぐにでも。
今は主君同士が敵対していても、2000年近くの長きに亘って傍に居続け、情を交わし続けた男だ、角行鬼=茨木童子は。
北斗の語る『夜光』は、思いもかけぬ危険人物だった。その上今は、更に危険な人格に変容しているかも知れない。更には茨木童子はその危険度に気付いていないらしいとなれば、余計な流血や争いを嫌う絃莉が、角行鬼の身を案じないで居られる筈が無かった。
絃莉の不安を、恐怖を。
自然に汲み取ってくれる2人の主君に、その情の深さに胸が熱くなる。
「絃莉。」
「っ、はい、鈴鹿さま。」
「百眼魔王に案内させるわ。
璧を連れて、明日にでも大連寺家の館に鈴を取りに行って来て欲しいの。まぁ取りに行くだけなら璧1人でもいいんだけど。
これから先、アンタ1人でその館に行く機会もあるかも知れないでしょ? 鏡のお使いで行く可能性もあるだろうし。道とか内部構造とか、一度は実際に行って慣れといた方が、後々の為だと思うのよ。
お店の方は大丈夫?」
「はい、勿論です鈴鹿さまっ。
お店番は清弦に頼みますし、それに茨木童子の為ですから。
感謝致します、鈴鹿さま、伶路さま。茨木をお気に掛けて頂いて、本当に・・・!」
「気にすんな、絃莉。まだ救えたと決まった訳じゃねぇんだしよ。
それに主君から引き離される事について、角行鬼は『余計な世話だ。』っつって反発するだろう。だが、まぁ、俺らにとって大事なのはお前なんだわ、絃莉。
角行鬼の都合なんか知るかって話だよ。」
「それにね、最近立て続けに『トモダチ』を無くして痛感したんだけど。
ホント真面目な話、ずっと一緒に居てくれる人って貴重だなって。友達でも、仲間でも、恋人でも。大事に出来る内に、ちゃんと大事にしておかなきゃって思うのよ? そうでないと後悔しちゃうでしょ。
絃莉から角行鬼だけじゃなくて、あたしたちから絃莉へ、でもあるんだけど。
角行鬼が死ねば絃莉が泣く。
判ってんなら、角行鬼を生かせるチャンスはあたしたちが作らないとね。
角行鬼の都合? 何ソレ美味しいの?」
「鈴鹿さま、伶路さま・・・。
私最近、ホント、お2人が主君で良かったなって思う機会多いです、もぅホントに。
茨木も『うつわ』なんてやめて、お2人にお仕えすればいいのに・・・。」
「はいはい、絃莉はイイ子ね。」
鈴鹿の前に回って、自分から彼女に跪く絃莉。その絃莉の黒灰色の髪を撫でる鈴鹿。伶路はそんな2人を、穏やかな苦笑で眺めている。
彼ら『大連寺一党』は、密かな第三勢力になりつつあった。
とある廃倉庫の一角。
銀の髪を持つ冷艶な美女が、間に合わせの固いベッドの上で眠っていた。
隻腕の男と隻眼の男。傍らでは2人の男が見守っているが、一向に覚醒の兆しが無い。
「飛車丸の様子はどうだ、角行鬼。」
「あまり・・・良くはなさそうだな。」
「そうか・・そうだな。やっぱり、綻びを直してもらわないとな。
『大連寺家の当主』に。」
「春虎・・・?」
己が主君は、『鈴鹿』と名前で呼んでいた筈だ。ツインテールが印象的な、一途で純粋で行動的な、あの少女の事を。
違和感に顔を上げた角行鬼は、思わず『土御門春虎』の横顔を見つめ直した。
『春虎』は持ち合わせていなかった筈の静謐さを湛える、その横顔を。
鏡との死闘の後、無理に解封した悪影響で、徐々に不安定さを増した飛車丸の体は限界ギリギリだった。元々人の身を捨て術で護法となった身だ、彼女は。その術が綻びれば、後は所謂『幽霊』と大差ない。
道満のように荒魂と化せば、話は別だが。
「大丈夫だよ、角行鬼。
すぐに目を覚ましてくれるさ。」
「あぁ。」
己が主の穏やかさを、この時の角行鬼は確かに信頼していたのだ。
―FIN―
独立祓魔官の愛ある日常 ~式神たちのコンチェルト~