独立祓魔官の愛ある日常 ~焼肉変奏曲~

ハローハロー、漆黒猫でございます。

時間軸は一気に進んで、鈴鹿ちゃん軟禁中。倉橋長官直属に異動した後。

焼肉屋で思い付いたネタです。
でも焼肉食べてるシーンが出て来ない・・・何故だ!!
焼肉屋で始まり、カフェで終わります。

大友先輩は天然だし腕に自信もあるから、結構、公共の場とかほいほい出てきそうだな、と。
目撃証言は多いのに捕まらない不思議生物、みたいな。

伶路さんの鬼っ子たちが、ちらほら出始めております。
えぇ、彼らは漆黒猫謹製、ぶっちゃけオリジナルなので悪しからず。
だって・・・公式で6体も鬼が居るのが判明してるのに、
使わないなんて勿体ない・・・!!←何がだ。

前作で山城さん相手に話してた『酒呑童子との出会い初め話』。
その話に出てきた『店』が、カフェ・絃莉屋です。

あ、人数については、アニメで美代塾長が冬児さんに『鬼喰い』について
説明する時に6体の影があった、ってだけが根拠なんですが。
多い方が美味し・・もとい、楽しい。

あんなヤクザななりして、複数の鬼持ち・・鬼一家の大黒柱かっ!

『酒呑童子』だった頃の絃莉さんと、『茨木童子』だった頃の角行鬼さん。
面識有り、という裏設定が。

変奏曲の名の通り、鈴鹿ちゃんと、他の仲間とのスタンスの違いが出始める話です。
ターニングポイント。
どう変わっていくかは、予定は未定、という事で。


それでは、お楽しみ頂ければ幸いです。

独立祓魔官の愛ある日常 ~焼肉変奏曲~

 陰陽師だって焼肉屋くらい行く。それは確かにそうだろうが・・・。
 追われていない時に、だ。

「鏡クン・・と、鈴鹿クンっ?!」

「鈴鹿ちゃんっ?! お婆様が、お父様に軟禁されてるって・・・?!」

「え、え~と、久しぶ、り・・・大連寺さん・・・?」

「大人気だな、鈴鹿よ?」

 『数日振り』に出た、陰陽庁の外。『彼氏とのラブラブデートを期待した』陰陽庁の外。
 手配されてるクセに変装もせず、堂々と焼肉屋に姿を現した『知己共』に、鈴鹿は盛大に溜め息を吐いた。



 世間知らずだと陰陽塾の友人たちには散々揶揄われてきたし、鈴鹿自身、その自覚はあった。コンプレックスに転化しなかったのは一重に、その世間知らずすら面白いと言い、フォローしてくれた彼らの人の良さのお陰だろう。
 鈴鹿自身自覚している、素直になれないツンデレさも加えて、の話だ。
 彼らの存在がどれ程に稀有なのか、それも彼女はちゃんと自覚していた。だからこそ『大好きな倉橋長官』に反抗してでも、義理を通すつもりでいた・・・いるのだ。

「鏡・・・。」

「ほっとけ、鈴鹿。」

 だがしかし。
 『自分以上の世間知らずが居る』という初めての状況に、彼女はかなり引いて・・・もとい、戸惑っていた。しかもソレが全員、自分より年上の連中なのだ。
 イチに『白の八咫烏』とか格好イイ通り名で呼ばれて裏社会で名を上げている、大友陣。指名手配中なのだから足は大切だろうに、義足は昔のまま、棒切れ同然だ。年取った時に腰にクルんじゃなかろうか。
 ニに、都内の倉橋家本邸で監視体制を取られている『筈の』倉橋京子。焼肉店など来れる筈は無いのだが。SPは何をやっているのか。
 天馬は・・・まぁ良いか。別に手配も監視もされてないのだし。
 鈴鹿の大抵の疑問に解を与えてくれる『年上の彼氏』は、彼女を守る位置で、しかし『彼ら』からは全力で目を逸らしている。
 半眼で。

「俺も独立祓魔官だ。通報の義務は、あるっちゃあるんだが・・・。
 逃亡生活のイロハもまともにこなせねぇ賞金首の相手とか、マジだりぃ。しかもオフに、しかもデート中に。
 俺の知り合いが出してる店だって、大友は知ってんだろ? のこのこ顔出すか、フツー。」

「だって、焼肉・・っ、それよりも、余計な長話はせんとこ、鈴鹿クンっ。
 僕と一緒に来ぉへんか? 陰陽庁で倉橋長官にベッタリ、監視されとるて聞いたで? 僕が長官から守ったる、苦労はさせへんからっ。」

「は?! 行く訳ないじゃない、何言ってんのよ気持ち悪いっ!!」

「キモ・・てっ、久し振りに聞くとクリティカルヒット倍増やな?!
 弱った心が砕けそうやっ!!」

「アンタが『一方的に駆け落ち強要するストーカー』みたいな台詞吐くからでしょ、『黒子(シャドウ)』っ!! デート中って聞こえなかったのっ?!
 それ以前にアンタだけはナイ、指名手配中に公然と焼肉屋に顔出すようなヤツと一緒に居たら、命が幾つあっても足りないわよっ!」

「だって法師が肉食いたい言うんやもんっ!!
 僕かてたまには、美味しいお肉食べたいわっ! ココ30日熟成やねんでっ?!」

「うっさい黙れ、その一言に苦労が滲み出てんのよっ!!
 お金の苦労させる男には付いてくなって、ちゃんと倉橋長官に教育されてますっ!」

「ヒドっ!
 つか相変わらず言う事が『父親』やなあのヒトっ!! 少しだけ安心してもうたわっ!」

「・・・やりたい事があるのよ、『黒子(シャドウ)』。陰陽庁の中でしか出来ない事なの。倉橋長官と宮地さんの傍で、2人がホントは何をしたいのか。目指してるのか。見て、理解したいの。止めるのも従うのも、結論はそれから出したいの。
 夜叉丸・・・大連寺至道の事も、信用出来ないし。あの男はあたしにとって、今でも恐怖の対象よ。だからこそ2人に仇成さないように見張ってないと、あたし自身が落ち着かないの。倉橋長官と宮地さんが、大切だから。
 だから今はまだ、あの2人から離れたくない。」

「鈴鹿クン・・・。」

「あと、鏡と自由に会えなくなるのはイヤ。」

「結局は惚気かい!!
 自分、軟禁状態なんやろっ?! オトコと自由に会える立場とちゃうやろっ?!」

「会えるもんっ!! 前日までに長官に言えば、ダメって言われた事ないもんっ! 当日でも鏡の方から会いに来るなら、陰陽庁の中で自由に会えるもんっ!!
 門限だって遅くて、21時なんだからっ!!」

「そんで遅くなった時は、陰陽庁の玄関で長官が待ち構えてんねやろっ?! 『部屋に戻る時間が21時でないと認めない。』とか言うんやろっ?!
 もっかい言うでっ、『父親かっ!!』。」

「・・・倉橋源司は、私の父親の筈、なんだけど・・・。」

「キョーコっ?!」

「京子クン、大丈夫か? 目が死んでるで?」

「鈴鹿ちゃん。」

「な、何よ・・?」

「私のお父様は元気?
 あのヒト、ちっとも本邸に帰って来てくれなくて。仕事が忙しいっていうのも、勿論あると思うの。それに監視をしている私や、屋敷に閉じ込めてるお婆様に対して罪悪感があって、顔を合わせたくないっていうのもあるのでしょうし。
 と、思っていたのだけど・・・。
 そうね。そういえば、陰陽庁にはあなたが居たわね。
 すぐにヒステリーを起こして叫び出すお母様とよりも、あなたと過ごした方が、お父様もきっと楽しいわね。」

「いや、直属だからって、あたしも常に長官にべったりって訳じゃ・・・ご飯は3食、宮地さんも含めて3人で・・・たまに多軌子とか山城とか鏡とか、皆で一緒に食べてるけど。
 部屋は長官の私室と扉続きだけど。
 あとは、お風呂とトイレが共用ってくらいで・・・。
 食事はじめ、家事全般は研究の合間を縫って、あたしが引き受けてるし。アイロン掛けが上手くなったって、こないだ宮地さんに褒められたわ。」

「鈴鹿クン、それを世間では『来客の多い3人家族・家事の上手な娘が居ると、お父さん楽やわ~☆』って言うんやで?
 家事の仕込みは鏡クンやろ? ココまで家族扱いやと、もう婚約者やな。」

「シャドウうっさいっ。
 ええと、キョーコ? 会話の量ってコトなら、多軌子との方が多いのよ? あの子、友達欲しがってて。昔のあたしみたいな子で、放っておけないっていうか?
 多軌子と仲良くしてると、倉橋長官も機嫌がイイっていうか、」

「鈴鹿クン、それは『多軌子クンに友達が出来て嬉しい』んやない、鈴鹿クンが楽しそうなのが楽しいんちゃう?
 あと自分、会話の量いう事なら、13で長官に引き取られて以来、ようさん話しとるやろ。最終目的云々はともかく、改めて『家族になる為の会話』は必要ないんちゃうか?」

「へぇ・・・『家族になる為の会話』は必要ないんだ、鈴鹿ちゃん・・・私のお父様と。
 お父様が『神童』に目を掛けてるって、噂には聞いてたけど。それは部下としてだとか、広告塔としてっていう意味だと思ってて・・・。
 塾生時代は、殆ど『そういう話』、した事なかったけど。
 どんな思い出話が隠れてるのかしら。『私のお父様』と。私、お父様とお出掛けはおろか、まともにご飯を食べた事も無いのよ? 手料理なんて、ね?
 私がお父様と『家族』をやり直す為に、是非とも聞かせて欲しいわ、鈴鹿ちゃん。」

「ええと・・・ええと・・・。
 あぁもうキョーコうざいっ!! そういう愚痴は『他の家族』に聞いて貰えばっ?!
 あたしと違って母親も祖母も生きてるんだからっ!
 大連寺至道で良ければ、熨斗つけて父親にくれてやるわよっ!! それで人体実験されちゃえばいいんだっ!!」

「っ、ごめんなさい、言い過ぎて」

「シャドウもシャドウよ、結局あたしより春虎が大事なんじゃんっ!!
 アンタ達なんか、一生陰陽庁からも長官からも逃げ回ってろっ!!」

『!!!』

 京子の体が、グラリと傾ぐ。
 鈴鹿が最後に見たのは、彼女の細い体を慌てて支える天馬の、責めるような眼差しだった。



『『従う』っていう選択肢もあるんだね、陰陽庁の長官さんに。』

 別れ際の天馬の言葉が、まだ、鈴鹿の耳に刺さっている。
 家が近くだから外食に来ただけ、と言っていた少年・・・『塾生時代の友人』は、救急車で運ばれる京子に付き添い、一緒に白い車に乗っていった。気晴らしでもする気で忍び出てきたのであろう倉橋家のご令嬢は、今後、更にきつい監視体制を敷かれる筈だ。
 病状など、どうせ大した事は無い。
 結果として甲種言霊となってしまった鈴鹿の『力ある言葉』に、当てられて気絶しただけだ。救急車騒ぎに紛れて、陣も何処かに消え失せていた。

「鈴鹿さま。
 ラベンダーは如何ですか? 緊張が解れて、温まります。」

 カフェ・絃莉(いとり)屋。
 伶路の鬼が開いている店に、2人は逢瀬の仕切り直しに訪れていた。

「ありがとう、絃莉。
 頂くわ。」

 昔は『酒呑童子』と呼ばれ、各地の山で暴れ、荒れていた伝説の鬼。
 今は黒灰色の髪と瞳を持つ、優しげで線の細い姿をした、ギャルソンエプロンのよく似合う好青年・・・伶路と契約した際、付けられた名は『絃莉』。
 彼が淹れてくれたハーブティーを、鈴鹿は素直に受け取って口に含んだ。ほんのりと蜂蜜が入っていて、甘い。穏やかな温もりが胃の腑に染み渡る。
 肩を抱いてくれている、隣の男の温もりも。

「ねぇ、鏡。
 倉橋長官と宮地さんを守りたいって思うのは、イケない事だと思う?」

「思わねぇ。
 お前にとって2人は恩人であり、師であり、それ以上に『親』だろう。ガキが父親守ろうとして、何が悪いってんだ?
 敵対する事に何の疑問も持ってねぇ倉橋京子の方が、俺には理解に苦しむぜ。テメェの手で血縁の親父の首、刎ねる覚悟があるのかね、あのお嬢様は。
 大友は逃亡を誘い、百枝のガキは『従うなんて正気の沙汰じゃない。』って目で見てきやがった。迷ってんのか?」

「迷っては、いない・・・。
 むしろ、何で2人は迷いもなく敵対できるのか、そっちに戸惑ってる・・かな。
 あたしは・・・。
 目的全てを明かされない内に、2人の事を『絶対悪』だって決め付けて、裁判長気取りで弾劾する。それが良い事だとは・・・どうしても思えないの。
 『よく考えて選ぶ。』っていう選択肢真っ最中のあたしは、優柔不断な卑怯者?
 夏目が一度死んだのは、多軌子の過ち。だけど・・・あの子だって後悔してる。倉橋長官や宮地さんが指示した訳でもない。
 土御門サイドだって、過ち沢山犯してるじゃない。泰純は息子の宿命を歪めたし、鷹寛はソレを諫めなかった。何で、倉橋長官と宮地さんばっかり責められないといけないの?
 『陰陽道の社会的地位の向上』。
 倉橋長官が唱え、宮地さんと一緒に叶えようとしてる理想全部が『悪』だなんて。あたしには、どうしても思えないの。
 それって、あたしが知らない内に洗脳でもされてるから、なのかな?」

「バカぬかせ。
 ンなモンされてたら、俺が意地でも目ぇ覚まさせてやるよ。」

「うん。」

「俺はこの通り、理想主義者なんてガラじゃねぇが。それでも、長官たちは間違ってないと思うぜ? 手段について好みが分かれるってだけだ。
 綺麗事ぬかすヤツに大業なんて成せねぇんだよ。
 鈴鹿。
 お前に倉橋長官も宮地サンも殺せない、し、ソレでイイんだよ。土御門夏目の一件、その前から長官たちを知ってたお前と、後に知ったヤツら。
 見方が違って当然なんだぜ?
 アイツらはお前にとって、陰陽庁の外で出来た初めてのダチだ。大事にしたい気持ちは、別に間違いじゃない。
 だがアイツらの方はどうだ? 何処までお前の『倉橋長官と宮地さんが大好きで、大事。2人がどんな過ちを犯しても、止める事は出来ても殺すなんて出来ない。』。その気持ちを汲んでんのか。
 正直俺は、疑問だね。
 疑問と言えば、姿を消した春虎の野郎も『夜光』に呑まれてねぇとは言い切れねぇ訳だが。あの甘ちゃんが電話1本で踏ん切り付けて、仲間の前から姿を消せるモンかね? 違和感が拭えねぇ。それは『夜光』の行動じゃねぇのか?
 いつか近い未来、正義漢ぶったあのクソガキどもは、倉橋長官と宮地サンの前に立ち塞がるだろう。倒すとか言えばヒーローショーの大団円みてぇに綺麗に聞こえるが、実際ヤル事は変わらねぇ。
 長官たちに式神をけしかけ、心臓に剣を突き立てて、首を刎ねて火界呪で焼くのさ。」

「っ、あたしは・・・ソレを見過ごせない。
 春虎たちが長官たちを、殺す気で戦うのなら。あたしは長官たちを守り切る気で戦うわ。都民全員の命と、2人の『名誉』なら、都民。でも・・・天秤に乗ってるのが2人の『命』なら・・・あたしは東京を滅ぼしてでも、倉橋長官と宮地さんを取る。
 取らずには居られないの。」

「ソレでイイ。
 俺にとって、大事なのはお前だけだ、鈴鹿。」

「鏡・・・。」

「『強いヤツと戦いたい。』って衝動だけなら、土御門サイドに付くのも悪くねぇのかもな。当代『最強』と『最高』、両方の術師と戦えるし。
 でも、それだとお前の傍に居られなくなるだろ?
 俺も、俺の鬼たちも。ずっとお前の傍に居てやるよ。お前だけの傍にな。孤独も恐怖も、感じなくて済むようにしてやる。
 だから鈴鹿。二度と俺に黙ってバックレるなんてフザケた真似、すんじゃねぇぞ?」

「うん。もうしない。あの時はごめん。」

 3年近く前の、夏。
 自分の内側に巣食う禁呪の発動に怯え、恐怖に耐え切れなくなった鈴鹿はひとり、『死ぬ前にどうしてもやりたかった事』に踏み切った。それが『自分の命を対価に泰山府君祭を執り行い、死んだ兄を生き返らせる事』だったのだ。同じ死ぬなら、兄の為にと。
 思えばソレが、春虎たちとの出会い初めだった。
 黙って姿を消されて、源司が、磐夫が、誰より伶路が。どれ程に衝撃を受けた事か。

「沢山心配かけて、沢山守ってもらって、沢山赦してもらったから。
 今度はあたしが2人を沢山心配して、沢山守ってあげるんだ♪
 勿論、鏡の事もね?♪♪」

「クソが。俺がテメェを守ってやるんだよ。
 よく覚えとけ。」

「フフフ♪」

 碧眼を和ませて、鈴鹿が笑う。伶路の手に縋りながらでも、悩みや苦しみに冷えた体に、温もりを分けてもらいながらでも。確かに彼女のソレは笑顔だった。
 今の彼女が陰陽庁を追われ、野に放たれようものならば。禁呪という核爆弾を宿す彼女の身は、三流テロリスト共に拉致されて好き放題に道具扱いされて終わりだろう。鈴鹿も戦闘に長けている方だが、本領ではない。
 今この瞬間も、鈴鹿を守っているのは源司と磐夫なのだ。
 『一緒に来い。』などと、彼氏の前でよくも口走ってくれる。鈴鹿に必要なのは、この俺だというのに。
 彼女の体を抱き締めながら、伶路は陣の抹殺を改めて心に誓った。



 鈴鹿を陰陽庁に送った後、伶路は再度、絃莉屋に顔を出した。
 消灯した店内を見渡す。一から十まで、全て伶路と絃莉の2人で作り上げた店だ。壁紙もテーブルも、経営戦略や広告も。看板メニューに至るまで、全て。
 あの口の悪い先輩方との関係性は、一度すべて壊れてしまった・・・変わってしまった。
 でも。
 誰が去ろうが、誰と敵対しようが、誰が何を暴こうが。たとえ陰陽庁が解体されたとしても、伶路にはこの店がある。伶路個人に従う鬼たちが居る。
 鈴鹿を、守ってやれる。

「どうなさったんです、伶路さま。」

「どうもこうもあるかよ、絃莉。
 そんな物言いたげなツラしやがって。」

 立ち尽くし、束の間ぼんやりしていた伶路に、絃莉がカウンターから微笑みかける。
 この店は2階・3階が居住スペースで、普段は絃莉が1人で住んでいる。故に伶路のように店の鍵さえ持っていれば、深夜早朝問わずにいつでも足を踏み入れる事が出来る、という訳だ。怪我人や護衛対象の簡易宿泊所と化した事も、1度や2度ではない。
 絃莉。いとり。
 ジャスミン(茉莉花)の花言葉は、『あなたに付いて行きます。』だ。彼がこの花が好きだと言ったから、伶路は名に織り込んで『絃莉』と付けた。
 『酒呑童子』ではない名を、伶路個人の鬼として。

「・・・伶路さまは何故、冬児殿を鍛えるのですか?
 彼とて鈴鹿さまのお気持ちを、理解しているとは言い難い。強くしたところで、後の面倒が増えるだけなのでは?」

「修行の途中で鬼墜ちするなら、それでも別に構わない。ジジイとの約定通り、俺の式神にするだけだ。『塾生時代のお友達』をひとり、鈴鹿の傍に残してやれるだろ。
 しないまま無事に強くなれたとして、所詮は『元人間』だ。戦闘になった時、出来るのは渡り合う所まで。生粋の鬼であるテメェらには勝てねぇよ。
 生粋か変成か、人数が多いか少ないか。そんな問題じゃねぇ。
 もっと純粋な話。『地力が違う』っつった方が判り易いか。」

「・・・敵ではない、と。その自負は、私にもあります。勝敗の行方という事なら、ご案じ頂くまでもございません。戦は好みませんが、伶路さまの御為とあらば、どなたの首級でも挙げて御覧に入れます。
 ただ・・・『夫の式鬼の手』がご学友の血で濡れる有り様は、鈴鹿さまの憂いとなりましょう。そうなるくらいならば、いっそ今の内に・・・式鬼となって伶路さまに跪いたところで、口は自由です。本日再会なされた方々のように、鈴鹿さまを苦しめる言霊を、吐かぬとも限りませぬ。
 伶路さまの鬼には強く、そして鈴鹿さまを守る者だけが居れば宜しい。」

「・・・ヤツは、エサだ。『春虎』をおびき寄せる為のな。『夜光』は正直、来るタイプとは思えねぇけど。そこら辺の判じ物にも使えるだろう。
 どっちにしろ、混戦が予想される。自衛程度は、出来るようになって貰わねぇとな。
 心配すんな、絃莉。」

「??」

「冬児の心臓には、ついでに天海のジジイの心臓にも、既に楔を打ち込んである。
 鈴鹿に仇成すようなら速攻でぶっ殺すだけの事だ。何も問題はねぇよ。」

「流石です、伶路さま。」

「コーヒー淹れろ、絃莉。
 舌が火傷しそうなくらい、クソアツいブレンドを頼むぜ。」

「そういう事を仰るから、瑠璃光童子が心配するんですよ?」

「うっせぇ黙れ、とっとと淹れろ、ぶっ殺すぞ絃莉ィ。」

「はいはい。」

 治癒能力を持つ別の鬼の名を出して窘めつつも、優しく笑った絃莉が、伶路お気に入りのマグを取り出す。
 カウンターに座って頬杖ついた伶路が、コーヒーを淹れる絃莉の所作を何となく見つめている。
 店内に広がる、苦くも優しく、暖かいコーヒーの匂い。
 絃莉はこの瞬間が好きだった。安らぎと共に深呼吸したくなる。

「どうぞ。」

「おう。」

 カフェ『絃莉屋』は、吉祥寺にある。
 コーヒー、紅茶、日本茶、緑茶、ハーブティー、薬茶、中国茶。茶と付くモノなら何でも扱い、他にスイーツや軽食も楽しめる。アンティークな内装の落ち着いた店だ。
 店主は鬼が務めている。




                ―FIN―

独立祓魔官の愛ある日常 ~焼肉変奏曲~

独立祓魔官の愛ある日常 ~焼肉変奏曲~

焼肉屋で始まり、カフェで終わります。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-13

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二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work