独立祓魔官の愛ある日常 ~砂塵と星屑のカプリッチオ 2~

ハローハロー、漆黒猫でございます。

無茶仕様クロスオーバー、曲がりなりにも最後までいけて、取り敢えず安堵。

お気に入りキャラは酷い目に遭わす、という悪癖を持つ漆黒猫ですが。
ドエスな訳ではないのです。
「酷い目に遭ったお気に入りキャラが、CP相手や仲間等々、周囲に甘やかされて
優しくされている光景」が見たい、という何という捻れ仕様。

伶路さんと鈴鹿ちゃんの初キスって、薬の口移しとか、そういう殺伐系だと思う訳ですよ。
殺伐系甘々。

『呪捜官には拳銃の携帯が許可されてる』(byウィキ先生)辺りに萌えます。
伶路さんの事だから、カッコイイ、オリジナルのゴツイシルバーアクセみたいな装飾銃を
オーダーメイドして所持してそう。

え? 今は祓魔官だって? 彼がそんな枠に従う筈は・・・もとい、私物ですよ、私物。
未だに天海部長に良いように使われ・・・もとい、頻繁に応援に駆り出されてるみたいだし。

エラム卿ごめん、漆黒猫は君の事も大好きだ。
クロスオーバーらしいコトが、あまり、というか殆ど出来なかったのが心残りではあります、はい。

あと、やはり源司さん。
・・・漆黒猫はどうやら、陰陽庁長官殿がお気に入りらしいです。
いつか酷い目に遭わせちゃったらゴメン、長官。

源司さんの二つ名『天将』について。
マジでどういう意味なんでしょう、と考えた結果、要するに『何でも出来る人』ってコトなのかと。
宮地さん以上の戦闘能力を持ちーの、天海さん以上に甲種言霊を操りーの、みたいな。

その上での、治癒能力。
戦える治癒能力キャラ、最強伝説。

あと、仄かに宮地さん→源司さんだと思ってる。磐源ドマイナー悦。

鈴鹿ちゃんの禁呪ネタ。

至道パパに散々人体実験されていた鈴鹿ちゃん。
何の悪影響も無い筈がない・・・!!←力説

意外と皆さま『禁呪』と名の付く呪術をホイホイ使っていらっしゃいますが、
危険だから禁呪なのであって・・・。
鈴鹿ちゃんがトンガってるのは、自分の中の禁呪に怯えてるから、とかだったら
萌えるのにな~、とか。

大丈夫、鈴鹿ちゃんが未だに無自覚天然ちゃんでも、伶路さんが自覚して腹括ってくれたから・・・!!

『大連寺の正系』って言葉が好きです。

相変わらず混沌具合がハンパない代物ですが、楽しんで頂けたら幸いです。

独立祓魔官の愛ある日常 ~砂塵と星屑のカプリッチオ 2~

「飲まないわよ、あたしは。」

 少し掠れた、呟くような声で彼女は言った。
 ボックス席の崩落に巻き込まれて、膝下の大部分を潰されながら。ガラス片が切り裂いていった右腕からの出血も、未だ止まってはいない。早く止血剤を飲まなければ命に関わる。
 それでも。
 はっきりと意思の光の灯った碧眼で、鈴鹿は伶路に言い張った。

「あたしの再生能力、知ってるでしょ。10割、禁呪のお陰だけど。
 ソレ飲むと眠くなるの。戦えなくなる薬は、飲まないわ。」

「クソがっ! その怪我でまだ戦う気かよっ!!
 犯人の制圧にはもう『神通剣』たちが向かってんだぞっ?! これは『天将』の指示でもある、テメェは俺と一緒に、安全圏に離脱すんだよっ!!」

「・・・・・。」

 鈴鹿は返事の代わりに細い首筋を傾けて、自分を瓦礫から引きずり出した男の胸に、その小さな頭を凭せ掛けた。
 華奢な体を膝上に抱き上げる伶路の右手。反対の左手は、閉じようとしていた鈴鹿の碧眼、その目許に、親指の腹を強くこすりつけた。抗議するかのように。
 一瞬怪訝なカオをした鈴鹿は、すぐに察して得心する。
 煙るように微笑んで、伶路の左手に頬を擦りつけた。

「目・・閉じられると、死を連想しちゃって、そんなに怖い?
 ヘンな鏡。あたしの寝顔なんて、見慣れてるでしょうに。」

「・・・うるせぇ、黙れ。
 薬。飲んでからなら幾らでも寝かせてやるよ、クソガキが。」

 鈴鹿の耳元で、囁いた伶路の左手が止血剤の小瓶を取り上げる。器用に片手で蓋を開けると、己の口に全て流し込んだ。
 少女の薄い唇を男の舌がこじ開け、体温の移った液体を流し込む。
 角度を変えて施される深い口付けに、鈴鹿の口許から一筋、止血剤が零れた。

「んっ、っ・・ぁ・・・。
 鏡、の、変態・・・、色眼鏡。」

「うっせ、悪態になってねぇんだよ、クソガキ。
 こっからなら寝ていい。ちゃんと連れ帰ってやるから、少し眠りな・・・鈴鹿。」

「うん、鏡・・・。」

 見た目に違わずかなり消耗しているのだろう。伶路の腕の中で、鈴鹿は素直にトロトロと深い眠りに落ちていった。だが兎にも角にも、造血剤も兼ねた止血剤は彼女の体に入ったのだ。小柄な鈴鹿の体格なら、本格的な治療まではコレで保つ筈だった。
 折角の眠りを妨げないよう慎重にスーツの上着を着せかけてから、少女の細身を姫抱きにして、ゆっくりと立ち上がる。
 金の睫毛が浅い呼吸を繰り返す寝顔を、再確認した伶路は鈴鹿の、血の気を失った白い額に丁寧に口付けた。

「鬼の深情け。覚悟しとけよ、『鈴鹿御前』。」

 一般に鬼という妖怪は、誇り高く扱い難い反面、一度見込んだ相手にはよく尽くすとされている。ソレを陰陽師の俗語で『鬼の深情け』というのだ。
 『鬼喰い』が惚れた女は、禁呪という十字架を背負って茨道を歩く、口が悪くて我が侭な、純粋で天然でツンデレな、心優しい鬼姫でした、と。
 その茨道に付き合う覚悟を決めて、伶路は安全圏に向けて歩き始めた。



 王太子アルスラーン一行、人形浄瑠璃の夜演中、爆破テロに遭遇。
 王太子・随身・共に全員無事。ただ1名、護衛の陰陽師が重体であるのみ。
 その報は、夜も明けぬ内に日本中を駆け巡った。

「なっ、何を言うかっ!!
 殿下にさせられる筈なかろう、そのような酷い事っ!!」

 応接室にダリューンの、悲鳴のような怒号が響き渡った。
 所は王太子宿泊中の高級ホテル。アルスラーンの部屋の一室だ。今この部屋には、王太子以下直臣たちと、護衛任務にあたっていた『十二神将』全員が集まっていた。全員と言っても禅次朗、陣、麻里の3人だけだが。
 故国で『黒衣の騎士』と名高い戦士の忠誠心にも、十二神将が一・『黒子(シャドウ)』として動いている陣の瞳は揺らがない。
 いっそ非情な程に冷静だ。
 ダリューン程には取り乱していないが、ナルサスの紫眼も慎重だった。

「その前に、貴公は何者か。何故おぬしが指揮を執っているのか。」

「これはこれは、名乗りが遅れてしもて。えろうすんまへんなぁ。
 自分、大友陣、言います。国家一級陰陽師『十二神将』が一角。身分は呪捜官、職掌は、まぁ、『神扇』天海のジイ様のバックアップとフォローですわ。
 裏仕事が多いモンで『黒子(シャドウ)』なんぞと呼ばれてますが、普段は『十二神将』ヅラせんと隠しとります。
 ただ・・・こないな仕儀になってもうては、そうも言ってられへん。ウチの可愛い末っ子がイジメられてもうたんやから、そら出張らしてもらわんと。
 そこはナルサス卿、エラム卿の居らはる卿なら、判ってもらえますやろ?」

「・・・・・・。」

 笑顔の裏から滲み出る、黒い触手のような濁った気配。ソレを感じ取らされては、流石の腹黒軍師も黙らざるを得ない。
 両の足は付いているが、関節でも悪くしているのか、黒檀の杖をついている。ノンフレームのシンプルな眼鏡に、特に飾り気のないグレーのスーツ。強いて言えば黒髪の癖っ毛が目を惹くくらいの、『敢えて凡庸に作った』容姿だった。成程、この男は自ら『影』と成った訳か。
 『黒子(シャドウ)』大友陣は、改めて王太子一行を見据えた・・・否、睥睨した。

「状況を整理させてもらいます。
 浄瑠璃会館中心部での爆破テロから、王太子殿下とエラム卿のガードは大連寺・独立祓魔官が、ナルサス卿とダリューン卿のガードは木暮・独立祓魔官が担当。
 この時点で、大連寺祓魔官は自衛が間に合わず、瓦礫に呑まれて重体。
 殿下方の安全を講じ、倉橋長官と天海呪捜部長は速やかに退避。宮地司令室長・木暮祓魔官の両名でテロ実行犯を捕縛。
 大連寺祓魔官の身柄は、哨戒中だった鏡・独立祓魔官が倉橋長官の指示で保護。医療担当として待機中だった弓削・独立祓魔官と共に、陰陽庁病院に搬送・・・と。
 現在、倉橋長官は秘術を用いて、鈴鹿クンの治療中。宮地のヒゲはそのサポート。鏡クンは鈴鹿クンに付きっ切りで、天海のジジイは記者会見の準備に大忙し。
 っつー訳で、僕が天海のジジイにこの場を任された訳ですが。
 王太子殿下におかれては、明日朝イチの記者会見で御自ら、そこに書かれた文面を音読して頂きたい。ちゅうても未だ草稿段階ですが。
 多少末尾は変えるにしても、内容は、まぁそんなモンです。」

「『そんなモン』って・・・私には無理だ、出来ないっ!
 コレでは・・・この文面では、どう解釈してもスズカが悪者になってしまう・・・!!」

「ソレ書いたんは僕ですよって。そう読めるように書きました。
 あきませんな、王太子殿下。『無理だ。』と『出来ない。』は、社会人が一番言うてはあかん言葉ですよ?
 鈴鹿クン・・『大連寺独立祓魔官』も大概、大人連中の間で無理難題を言われ放題で仕事してはりましたが、そないな事言うて拒否した事、一度もあらしません。
 同い年でも『職責に対する責任感』には大分、開きがあるようで。教育係さん?」

 黒い笑みを含んだエセ関西弁に、ナルサスはひとつだけ、深い溜め息を吐いた。
 この男の訛りの強い日本語は厄介だ。独特なリズム感があって、思考を絡め取られそうになる。王太子直属の軍師である、この自分が。

「・・・鈴鹿嬢の信奉者は、陰陽関係者の枠を超えて、一般人の間にも多数存在する。元々陰陽術に縁のない一般人の中から、才ある者を見出す為に作られた偶像。当然と言えば当然だが、中にはただのファンというより、熱狂的なストーカーまがいの連中も居る。
 此度の重体。
 『アルスラーン殿下のせい』にしてしまうと、彼らの攻撃性が殿下、ひいてはパルスに向かい、対パルス世論が悪化しかねない。しかし『陰陽庁の采配ミス』としても、陰陽庁への信頼性が損なわれ、嬢の存在意義も揺らいでしまう。
 そして術による犯行ではない以上、犯人の捕縛は警察組織の管轄だが、何故か警察は早々に捜査を打ち切った。夜も明け切らぬ内に、事後処理班と化した訳だ。
 恐らく、実行犯の上部組織は相当の権力者と思われる。
 真の悪者不在のまま、だが、記者会見は開かねばならない。
 結局は公式見解において、『鈴鹿嬢本人の実力不足』と突き放して見せるのが彼女の為。ファンたちは一様に彼女に同情して終わり、いずれこの一件を、平和裏に忘れ去る。
それが最も多方面に累が及ばない方法である。
 そういう訳でしょう?」

「せや、流石はナルサス卿、よぉ判っていらっしゃる♪
 ただなぁ、ナルサス卿。点数付けるなら、甘口で50点てトコや。」

「・・・・・。」

「別にナニがドウでも、ウチの可愛い末っ子の『存在意義』に、揺らぎなんかはありまへん。陰陽庁が傾こうが、陰陽術が失墜しようが、あの子の居る意味に関係あるかいな。
 見た目以上に、繊細な子ぉなんやから。
 鈴鹿クンの怪我が治っても、あの子の前で迂闊な事、口走らんといてな?」

「成程。」

 ナルサスは何かを悟った気がして、珍しく素直に口を閉じた。
 空港で出会って以来、折節感心していた『鈴鹿嬢』の才。大器を伸ばすコツは、この過剰にすら見える、空気にまで含まれているかのような愛情という訳か。
 蓋を開けてみれば当然に見えるというか、ソレが一番難しいというか。

「鈴鹿クンは繊細な子ぉやけど、自分の役割ちゅうモンをよく弁えとる子や。
 『広告塔』として、どう振る舞ったら一等、陰陽庁の為になるのか。先に広告塔やっとる禅次朗なんかよりよく知っとるし、プロ意識が高い子や。実際、去年の陰陽塾の受験生数は跳ね上がったし粒揃い・・ちゅうのは『ウチの子自慢』やけども。
 本人の意識があったら、絶対『こうしろ』言う筈なんやけどね。」

「わか、った・・・読もう。
 決定稿が出来たら、渡してくれ。漢字にはルビを振っておいてくれると助かる。」

「殿下・・・読むだけなら、何も殿下でなくても・・・。」

「甘いなぁ、ダリューン卿。
 『王太子殿下が読む事』に、意味があるんや。いくら文面がきつぅても、どうせ素面では読めんやろ。泣きながら文面読んどる時点で『読まされてる感』バリバリや。
 『自分を守って怪我した子の為に泣く、心優しい王太子殿下』。殊更お堅い『対テロ宣言』なんぞ出さんでも、姿そのものが『テロはいけないよネ☆』ちゅう空気に繋がる。
 パルスのイメージアップにも繋がるしな。
 きっつい事もようさん言うてしもうたけども、僕は結構、殿下のお優しさを見込んでるんやで? 優しくない王様なんか、見たいモンやないさかいな。」

「あざとい・・・。」

「イメージ戦略ちゅうのは、土台あざといモンや。無関心な相手の無意識に、さりげなく、かつ直接入り込むんやさかいな。あざとくなくて出来るかいな、そないな真似。
 さて・・・。
 優しい王子様だけやなく、優しくないお姫様にも、ちゃぁんと説教垂れとかんとね。」

「優しくないお姫様・・・? スズカは優しいが・・・。
 そして大友卿。それはスズカのスマホではないのか?」

「流石殿下、女性の持ち物に敏感や。将来女性にモテますえ?
 ココでSNS世代の電話事情を初公開☆
 鈴鹿クンは実はスマホを4台持ってはる、衣裳持ちならぬ電話持ちです。
 ひとつ、言わずと知れた乙女の秘密・私用スマホ。触ったらマジ殺されます。ふたつ目は当然の如く、独立祓魔官の仕事用スマホ。陰陽庁からの支給品で、仕事の連絡は全部ここに来ます。みっつ目、広報部からも支給スマホをゲットしました。ポスター撮影とか広告塔の仕事に限り、全部ここに来ます。
 その上更によっつめ。誰からもろうたモノやと思います?」

「??」

 どうやらそのスマホには、アドレス帳にひとつしか登録が無いらしい。
 登録者名はカタカナで・・・『ツァオ・リジュ』。
 珍しく虚を衝かれたカオを晒した軍師は、名に確信を持った途端、小さく悲鳴じみた声を上げた。
 『ツァオ一族』。ソレは14歳の少女、それも公務員に連なる者が直通電話を持つには、あまりに重い名で。
 明確な解を与えぬまま、陣は一同の前でコールした。音声はスピーカーだ。
 コール3回で悠然と流れてきた女性の声は、色気すら漂う余裕を帯びていた。

『こんばんは、どなたかしら。
 ソレをあげた子は今、瀕死の筈なのだけど。』

「おうおう、余裕しくさって。
 こんばんは、リっちゃん。僕や僕、覚えてはる~?♪」

『・・・忘れる筈はなくってよ、シャドウ。現在進行形で、随分とウチの縄張り削ってくれてるじゃないの。』

「アジア最大級のマフィアのクセに、箱庭で遊びなや。外行き、外。
 ま、今は無駄話は省こ。ウチの可愛い末っ子の怪我、知っとるなら話は早いわ。ほんなら、コレも知っとる筈やな?
 実行犯はテメェんトコの若い衆や。どうせ上の連中に圧掛けたんも、自分やろ?
余裕こいとらんと早よ詫び入れに来んかい。」

『まぁ怖い。
 末端の構成員が勝手に喋ってるだけでしょ。物証なんて幾らでも偽造出来るんだし。その程度で『頭領の妹』を土下座させられるとでも思って?
 詰めの甘い事ね。』

「詰めが甘いのはリっちゃんやろ。たかだかスマホ1台買うたったくらいで、ウチの『神童』を飼い馴らせたとか、本気で思ってたん?
 このスマホ、相当改造されとるで。」

『・・・・・・。』

「位置情報から何から、全てニセモノ。鈴鹿クン自作のAIが、勝手に判断して更新するシステムなんやから恐れ入るわ。まぁ気付かんキミも油断しとったんやろけど。
 多分、その油断すら織り込み済みなんやろね。」

『・・・そんな事が言いたくて、わざわざ電話してきたの?』

「言うたやろ、改造されとるて。
 『最大最広域のアジアンマフィア・ツァオ頭領の妹にして、組織のサブリーダー』、『国連暗部とも繋がる特例軍医』。そのリっちゃんと『直通』してるスマホが、や。」

『・・・っ、まさかあの子?!』

「今、この瞬間も。
 陰陽庁の使われてないPCに、データが転送されとる。中身は勿論、ツァオの重要機密や。あぁ、キミの国連内部での所属、何やったっけ。『ソコ』に関わる機密も、含まれてるやも判らんなぁ。何せ膨大なデータ量やさかい。
 こら長官にも報告して、きっちり精査せな。」

『それがイヤなら詫び入れろって?
 兄様に聞いてからでないと、』

「ウザい事言いなやホンマ。いっつもほっつき歩いとる放蕩娘が、今更『指示待ち族』気取っても可愛げないわ。
 今は長官たちも忙しいて、マフィアどころやないけどな。
 落ち着いたらきっちり落とし前付けさせたるよって、襟正して待っとき。
 ウチの『天将』は怖いで?」

『あ、ちょっとシャドウっ!!』

         ピッ

 さりげなく陰陽庁長官直々の殲滅作戦を匂わせてから、陣が通話を切る。
 静まり返った部屋の中、彼の唇は確かに冷笑を刻んでいた。アルスラーンに向けていた厳しくも人間味ある笑みとは、まるで違う冷笑を。
 しかも、目が笑っていない。

「天海のジジイから連絡受けて、僕、大急ぎでこっちに来たんやけどな。
 鈴鹿クンの私用スマホのアドレスで、急にメールが入ってん。意識不明やないんかいな、おかしいわ~ホラーやわ、と思って開いたら、何かの位置情報がひとつだけ。
 いつものあの子らしくないやないの。
 別人が送ってきた可能性も考えたんやけどね。スマホ盗られるような阿呆な真似、あの子がするとは思えんかった。
 どうしても気になって、陰陽庁地下の、その位置情報の場所に行ってみた訳や。」

「そうしたら、大連寺の霊力をストックされていたPCが起動していて、データを受信していた、と。陣宛のメールも、私用スマホに予め作ってあったんだろうな。
 脳波か霊力が一定以下になった時に作動するよう、私用スマホも改造済み、か。」

「何より大事なのは、鈴鹿クンが『僕を選んで』メールを送ってきた、ちゅう点や。
 僕を、選んで。
 倉橋長官でも宮地のヒゲでも天海のジジイでも、同じ広告塔の禅次朗でも、実はかなり懐いとる、同じ女性祓魔官のマリリンでもなく。最近イイ雰囲気の鏡クンでもなく!!
 『この僕を』信じて、メールしてくれたなんて・・・!!
 お兄さん感激や♪ 感動や♪♪ 信頼に応えて、しっかりツァオ家に灸据えたる♪♪♪
 滅茶苦茶あっついお灸据えたる♪♪♪♪♪♪」

「テンション高いですね、大友先輩。あとマリリンて呼ばないで下さい。」

「ツンデレな『妹』のデレ期到来か。
 でも陣、そもそも『ツァオ』との繋がりを与えたのはお前なんじゃないのか? ウチであそこと繋がってるの、お前と天海さんくらいだろ。天海さんが大連寺に、そんな危ない橋を渡らせるとは思えないし・・・。
 長官に知れたら、ソレはソレで叱られそうな気がするんだが・・・。」

「レトロな刑事まがいの手法も、基本を教え込んだのは大友先輩でしょう?
 出来が良くて素直で悪態すらも可愛い後輩に、色々仕込みたくなる気持ちはお察ししますけど・・・。
 長官に叱られるのは、覚悟しといた方が・・・。」

「何やの2人共っ!
 いいもん、僕は鈴鹿クンへの愛に生きるんやっ!! 精神的ひとり駆け落ちやっ!!」

「その『精神的ひとり何チャラ』に、仕事用スマホは持ってけよ、陣。
 天海さんから連絡入るぞ。」

 嘘泣きしながら脱兎の如く駆け去ろうとしていた陣の足が、斜めに止まる。
 禅次朗が背後から投げて寄越したスマホを、見事にキャッチすると、今度こそ本当に駆け去っていった。
 アルスラーン一行としてはツッコミようがなく、物言いたげな空気で見送るしかない。

『・・・・・・・。』

「殿下方もお疲れでしょう、お部屋でお休みになって下さい。
 失礼ながら、殿下は一度お起こしさせて頂きます。決定稿の文面に一度は目を通して頂きたいので。明日の記者会見前までに、読み方をお教え申し上げます。
 パルス語の訳文をご用意できれば良かったのですが・・・。
 大連寺さんが戦闘不能になる筈がないと、皆が皆、そう思って彼女だけにパルス語を習得させて安心しておりました。
 重ね重ねのご不自由、申し訳ございません。」

「そんな事は良いのだ、弓削卿。そんな事は・・・。
 この程度、不自由などとは思わない。」

 麻里の謝罪に返しながら、アルスラーンは泣きそうなカオで、両手を胸の前で組んだ。
 血に染まった振袖が、脳裏に焼き付いて離れない。空気に触れ、見る間にどす黒く変色していった。鈴鹿が生きる為に必要な『赤』が。『黒』に。
 あぁそうか。だから多くの国で『赤』が祭礼の色で、『黒』が葬礼の色なのだ。
 埒も無い事を考えて、アルスラーンは小さく首を振った。やはり疲れているようだ。

「私の事なら、案ずるには及ばない。
 弓削卿の方こそ、大丈夫か。スズカは卿を、姉のように尊敬していると言っていた。信に値する人だから、自分に何かあった時には、年上だからと躊躇せず、弓削卿を頼るようにと。優しいヒトだとも。
 弓削卿にとっても、妹のようなモノなのだろう?」

「え? えぇ、まぁ・・・ええと、あの子が私を、そのように・・・?」

「?? 確かに言っていたが。
 研究開発課、だったか。ソコでイジメられている時、助けてくれたと。庇ってくれた背中が忘れられないと言っていた。
 弓削卿は覚えていないかも、とも言っていたが。」

「お、覚えています・・・覚えて、」

 それ以上言葉にならなくて、麻里は声を殺して涙を堪えた。口許を両手で押さえていないと、子供のように大泣きしてしまいそうだった。
 覚えている。絶望に沈んで色を失っていた青い瞳を。
 他に構いたがりなメンバーが沢山居るので、普段は機会が無いだけだ。祓魔局に来てから見る間に鮮やかな青を取り戻していった瞳を、どれ程嬉しく見ていた事か。
 あの青が今、失われかけている。
 平気で居られる筈がない。

「大丈夫だよ、弓削。
 何と言っても大連寺には、『天将』の加護が付いてるんだから。」

「木暮先輩・・・。」

「木暮卿。
 倉橋卿の二つ名『天将』とは、どういう意味なのだ? 木暮卿の『神通剣』も、弓削卿の『結び姫』も判る。スズカの『神童』も。
 しかし『天の将』とは・・・軍神? 星の名?」

「一言で申し上げるならば、『全て』でしょうか。」

「全て・・・。」

「こと戦闘能力において、当代『最強』の術師は宮地磐夫とされています。対して俺たちのボス・倉橋源司は、当代『最高』の術師と言われている。
 あの人の『つよさ』は、戦闘能力だけでは測れない種類のモノです。
 攻撃力、防御力。殺す力、治す力。勿論、指揮能力も。
 全てが最高位ランクで、天の高みから采配する将軍。それが俺たちの『天将』です。」

「倉橋長官にとって、大連寺さんは『娘』同然。いえ、実子以上の存在。
 だから・・きっと大丈夫。」

「そうか。実子以上か。
 スズカは良い父上を持っているのだな。」

 たとえ両の足が潰れようと、見捨てるより生かす方が何百倍の労力を使おうと、その労を躊躇わず執ってくれる相手。そう信じられる相手。
 そのような相手は、確かに『ただの上司』ではあるまい。『父親』か、遠く見積もっても『師父』辺りが相応しかろう。
 父王アンドラゴラスならば、重体に陥った王太子など『自己責任』と突き放す。絶対に。今頃は『新しい王太子』を真剣に吟味している頃だろう。
 スズカが羨ましい、というのは、多分贅沢なのだろうと思う・・・何となく。彼女と源司のファミリーネームが違う時点で、アルスラーンにも察するモノはある。
 それでも・・・アルスラーンは郷愁めいた羨望に、眩しそうに夜空色の瞳を細めた。



 温かい水の中で、鈴鹿は目を覚ました。
 より正確には、意識が少しだけ浮上した、程度の未だ眠った状態である。

(くらはし、ちょうかん・・・。)

「すまんな、宮地。
 鈴鹿に注力するあまり、長官の仕事までお前に押し付けてしまっている。」

「ソコは別に構わんのです。慣れてますし、長官のバックアップが俺の仕事だと思ってますから。それよりも・・・。
 大連寺の様子はどうです?」

 鈴鹿の今の状態を、端的に言えば『胎児が母の胎内で、当の母親の声を聴いている』ようなモノだ。
 薄ぼんやりと、目の前の事象を意識はしている。が、目覚めた時、彼女は目の前の光景を覚えていない。せいぜい、同じような光景を見た時に漠然とデジャヴを感じる程度だ。
 目の前の・・・源司と磐夫が話す光景を。

「『一応安定はしている』という程度だ。安心は出来ん。
 肉体の再生率は、7割といった所か。順調と言えるし、霊気の流れも滞りない。
 ただ・・・禁呪の脈動が不安定だ。」

「禁呪・・・大連寺至道が、大連寺の・・・鈴鹿の体内に埋め込んだ、アレですか。」

「あぁ。
 父親の子供じみた興味の赴くまま、施された人体実験は100以上。その大半が、鈴鹿の体内に未だ霊的に残留している。
 禁呪の『存在し続けたい』という本能が、再生能力として色濃く表れる程に。
 倉橋の秘術、使える者は私以外にも家中に居るが、鈴鹿の再生だけは余人に任せる訳にはいかん。『禁呪を暴走させずに』バランスを取りながら、肉体を元の通りに再構築する。
 難解というよりは、繊細な作業だ。
 他の者には、心配で任せられん。仕事を理由に人任せにして『この子』に何かあったら、私は二度と仕事が出来ないメンタルになってしまうよ。」

「・・・・・・。」

 磐夫は静かに、源司の背中越しに、秘術を施される『秘蔵っ子』を見上げた。
 倉橋の秘術。
 肉体再生の秘法。調合した霊水を母胎とし、怪我人を封じて、失った体をイチから作り直す。霊水の力と・・・術者の大量の血を媒介に。
 磐夫が極めた火界呪とは正反対の、水系統最高峰の秘術。
 動の『炎魔』に、静の『天将』。
 今の陰陽庁を『操って』いるのは、自分たち2人だ。表も・・・裏も。

「少し・・・意外でしたよ、倉橋長官。
 あなたが鈴鹿を、ここまで溺愛するとはね。」

「正直、自分でもそう思う。
 はっきり言って、京子相手にこの秘術は使わん。国賓の相手を放り出してまでな。たとえ京子の体が同じように禁呪に蝕まれていようと、誰か指名して終わりだろう。妻はまた取り乱すだろうが、それにすら、私の心は動かない。
 だが・・・捨てられんのだ、鈴鹿の事だけは。
 罪悪感めいたモノを感じているのかも知れない。私が真宵を、鈴鹿の母親を疎まず、至道の家に積極的に足を運んでいれば。
 鈴鹿はもっと楽に生きられた筈だし、鈴鹿の兄も救えたかも知れん。
 13歳の鈴鹿に初めて会った時、後悔しなかったと言ったら、嘘になる。」

「相馬の巫女が気に掛けていましたよ。『陰陽庁のアイドル』の重体を、報道で知ったらしくて。
 相馬至道の娘。『相馬の傍系の子』は、大丈夫かと。『正系』で宗家、主筋であるべき私に、何か力に成れる事はないかと。」

「・・・鈴鹿は『相馬の傍系』ではない。『大連寺の正系』だ。故に気に掛ける筋ではない。
 相馬多軌子には、そう伝えておいてくれ。」

「承知しました。」

 抑えているが明らかに不興げな声だ。源司はそのまま、再び術に集中してしまった。
 これから先『相馬の巫女』たる多軌子にどんな不測が起ころうとも。遠縁である鈴鹿が身代わりめいた役割に、身を犠牲にする事は有り得ない。
 源司が居る限り、鈴鹿の身の安全は保証される。
 その事をつい、確認してしまった自分に。その事に、確かに安心してしまった自分にも。
 磐夫は静かに苦く笑って、力場を乱さないように退出していった。

(みやち、しつちょう・・・。)

 入念に描き込まれた、円陣の上。宙に浮かぶ水球の内側で、華奢な手足を軽く折り曲げた体勢で。源司の血と霊力とで肉体を再生されながら、鈴鹿はぼんやりと考える。
 彼らは・・・源司は、何を言っているのだろう。
 未成年の『跡取り娘』の代わりに、鈴鹿の後見人として、大連寺家の資産を豺狼どもから守ってくれているのは倉橋家。もっと言えば、源司個人なのに。
 『仲間やSPが来るまで持ち堪えられる程度には、なっておきなさい。』と言って、倉橋流徒手格闘術を、呼吸法と回避術メインにイチから教えてくれたのも、源司なのに。
 罪悪感って、ナニ?
 『相馬多軌子』って、ダレ?

(かがみ・・・。)

 今眠ったら、彼の夢が見られそうな気がする。
 鈴鹿はそっと、意識を深く沈め直した。



 彼が琴を弾く姿が、好きだった。

『おぅおぅ、お嬢さんよ。俺の琴弾きが、そんなに意外かよ?』

『い、意外なんかじゃないもんっ! 陰陽師なら琴くらい、弾けて当たり前でしょ?!』

 見惚れていた、などとは、死んでも口に出来ない。泰山府君祭で強制的に蘇らせられたとしたって、絶対に無理だ。鈴鹿はそんな素直なガラではない。
 夏の西日が、障子から射し込んでいる。伶路のピアスが柔らかな光を弾くが、彼の指からはリングが外されていた。曰く、琴を弾く時だけは外すのだと。
 倉橋家の庭は、いつも静かだ。

『はいはい、さよーで。
 お前も何か弾いてみな、鈴鹿。お前の琴が聴きたい。』

『・・・やめとくわ。鏡の方が上手いから。
 あたしは聴き役に徹してあげる。』

 本当だが嘘だった。伶路の方が上手いと思ったのは確かだが、そんな事が、弾きたくなかった理由ではない。伶路に失望されるのがイヤだっただけだ。
 巧く逃げられたと思ったのに。

『おいおい、『聴き役』はねぇだろ、独立祓魔官ともあろう者が。陰陽師にとっての琴は弦楽器じゃねぇ、呪術の道具、戦いの必須アイテムだ。
 ちょっとこっち来いよ、鈴鹿。俺が教えてやる。』

『何でそうなる・・何でアンタなんかにっ。』

『俺の方が上手いと思うんだろ? コツのひとつも伝授してやろうってんだ、ありがたく思えよ? 鈴鹿。』

 鈴鹿、と。
 彼女を下の名前で呼ぶようになったのは、何回目の『お出掛け』の時からだったか。
 畳の上にお行儀良く正座する鈴鹿の背後に、伶路が寄り添う。腕が重なり、彼の手が彼女の指先に絡む。声が近い。
 初めて至近で見た伶路の指は長くて、繊細な手だと思った。

『今は見逃してやる。
 が・・・いつか、俺の為に弾けよ、鈴鹿。』

『・・・うん。』

 耳元で囁かれた低音に、頷くのが精一杯だった。
 それでも、鈴鹿は。
 もうしばらく今のまま、伶路と2人きりで居たいと思ったのだ。

「・・・・・・。」

 フッと目覚めて最初に見たのが、『不安そうな』伶路のカオ。
 いつも過剰な程に自信満々で、源司ら上司連中が遠い目になる程に手を焼き、先輩連中、飄々と捉われない陣にさえ青筋を立てさせてしかも平然としている『鬼喰い』の。
 『きつく眉根を寄せて険のある、不安と焦りと苛立ちを三重ブレンドした』伶路のカオ。
 枕の上の小さな頭を、不思議そうに傾けた鈴鹿に深い溜め息を吐いた。鈴鹿の眠る間に、何か悟りでも開いたかのようだ。

「傍で張ってたのが、倉橋長官じゃなくてガッカリかよ?
 仕方ねぇ、ご所望の『倉橋師父』をお連れしてやるよ。」

「そうじゃないの。そうじゃなくて・・・。
 さっきまで鏡の夢、見てたの。起きたらホントに、鏡が居たから。こういう事ってあるんだなって、それだけ。」

「・・・・・・。」

 神経が再生したばかりで、たどたどしい動きの右腕で、去ろうとした彼の裾を掴み。
 体力の落ちてか細い、鈴のように小さく高めの声で懸命に説明し。
 二心の無い碧眼で一途に見上げて、ココに居て欲しいと視線で訴える。
 いつもクッキリと二面性の分かれている広告塔王国の仮面お姫様が、今は素直に甘えている・・・この俺に。
 コレでオちない男が居ようか、否、居なかろう。居ないに違いない。存在しないに決まっている。有り得ねぇよな、うん。故に別に、伶路が鈴鹿に甘い訳ではない。
 断じて、ない。

「・・・ったく。あんま心配させるなよ、鈴鹿。」

「ごめんね、鏡。
 連れ帰ってくれて、ありがとう。」

 目の前で瓦礫に埋もれている所から見させられた身としては、この程度は許されて良い筈だ。そう無言で主張して鈴鹿を抱き締めた伶路は、彼女の髪に口付けてから、更に強く抱き竦めた。
 大人しく腕に収まる鈴鹿はと言えば、唯一自由に動く左腕で伶路の銀髪に触れ、優しく髪を撫でた。彼の肩口に体温の戻らぬ頬を凭れさせる。
 伶路の服装は最後に見た黒スーツから、見慣れたストリート系に戻っていた。あのスーツは自前だった筈だが、鈴鹿の血で派手に汚れていた。使い物にはなるまいが、何をお返しにしたら、伶路は喜んでくれるだろう。
 それとも『お返し』という発想自体、彼は怒るだろうか。

「鏡の体温、あったかくて気持ちいい。」

「心配で頭煮詰まってたからだよ、阿呆。
 今のテメェは血液量、免疫、神経接続、霊気や呪力も。倉橋長官が全部元通りにしてくれたが、代わりに経験値はリセットされてる。記憶には残ってるとはいえ、体に刻んだ『修練痕』、条件反射には頼れない。
 テメェ自身の肉体ったって、新品なんだ。前の手足とは多少、使い勝手も違うだろう。
 勝気なお前の性格なら、今日明日にでも任務に戻りたい、とか言い出すんだろうが。
 相応の療養は覚悟しとけよ? 生き残っただけでも奇跡なんだからよ。」

「うん・・・。
 ねぇ、鏡。またお琴、教えてよ。」

「んだよ、急に。」

「別に~? 鏡のお琴が聴きたいなぁ、って。それだけ。
 前に約束したでしょ、いつか鏡の為に、あたしが1曲弾いたげるって。」

「弾く気になったかよ?」

「ううん、まだ当分弾かない♪
 もっと上手くなってからね。鏡があたしに教えるのよ?」

「ったく、手の掛かるお姫様だよ、テメェは。」

「フフフ♪」

 鈴鹿には解っていた。殆ど本能に近い、深い所で。
 悪態を吐いても何しても、伶路は鈴鹿の傍らに居てくれる。何をしていても、状況がどう変わろうとも。それこそ、陰陽庁の裏と表が入れ替わる日が来ても・・・伶路だけは。
 たとえこの身が、禁呪に蝕まれて潰えようとも。
 最期は伶路が、綺麗に終わらせてくれる。

「鈴鹿?」

「鏡、お腹空いた。
 でも病院食はイヤ。鏡のご飯が食べたい。」

「・・・消化に宜しい温野菜のスープと、季節のショートケーキ。
 どちらを先にお召し上がりでしょうねぇ、このお姫様は。」

「ショートケーキ♪♪」

「野菜食え、このクソガキっ!!」

 想いを傾ける女の容態が、安定するまで何も手に付かずに庁舎の片隅で蹲っていた伶路は、彼女が一般病棟に移った途端に元気になり、短時間でホールケーキを焼くとずっと鈴鹿の傍に張り付いていたのだ。
 出汁から手作りの野菜スープを、幸せそうなカオで飲み干す鈴鹿。
 ホールケーキを切り分けながら、伶路はささやかな幸福をかみ締めていた。

「ええと・・・お入りになっては?
 エラム卿。アルフリード卿。」

「木暮卿・・・。」

 『スズカ』の覚醒にギリギリ間に合ったものの、別の十二神将との間に流れる濃密な空気に入るに入れず、『泣きそうなカオで震えながら』病室の外に立ち尽くしていた。
 エラムと、付き添いのアルフリード。
 2人の所在無げな様子に、禅次朗は穏やかに苦笑して彼らを中庭にいざなった。



 あっという間に帰国の日が来た。
 笑顔でギャラリーに手を振り、専用機に乗り込むアルスラーン一行を鈴鹿は、成田空港の外から眺めていた。有り体に言うと陰陽庁の詰め所、中古TVを通して、だ。
 ブラウン管の中で、禅次朗の隣には『結び姫』麻里が居て、『真面目な笑顔』で一行を見送っている。

「ちょっと拍子抜けだったわね、あのエラムって子。
 結局、1人じゃあたしに会いにも来なかったわ。王太子殿下がお見舞いに来てくれたけど、それにくっ付いてきた1度っきりよ?」

「何や鈴鹿クン、寂しいんか?」

「いや、全然? ただ、使える駒が増えなかったなと思うだけ。
 ツァオ・リジュみたいな?」

 お姫様の反応は、ドライこの上ない。少年の恋する瞳を思い返して陣が、伶路までもが、ほんの一瞬だけでも同情してしまう程に。
 あくまで『一瞬』だ。
 鈴鹿よりさえ年下の、王太子という彼女より優先順位の高い相手が居て、日本に定住出来ないクソガキ。そんな相手に彼女を譲る程、伶路はお人好しではない。
 エラムが思い切った行動に出なかった、彼女に直接の告白すらしなかった事には、理由がある。麻里曰く『木暮先輩って・・・シスコンでヤンデレですよね。』らしいが。
 彼が何をどう言ったのかは、麻里も禅次朗自身も言わなかったし、他の者も聞かなかった。どうやら禅次朗の中には、浄瑠璃会館で傍に居ながら、鈴鹿にみすみす重傷を負わせた事について負い目があるらしい。
 彼は『国賓の護衛』という彼自身の仕事を遂行した。彼女もそれは同じだし、ソコに感情的な軋轢など、生じる余地はない。鈴鹿はそんな時ばかり『子供』に戻るような、甘い覚悟で祓魔官を張ってはいない。
 ソレを自他共に認識していて、なお『守ってやりたかった。』と。
 その謝罪的な意味もあって、どうせ(恋愛的な意味で)伶路に敵わず鈴鹿を煩わせるだけであろう『王太子の従者』を(陰陽師らしく言葉で)排除した訳だ。
 禅次朗をよく知る陣にしても、鈴鹿には何も知らせる気はない。『こういう事』は、周囲の大人の間でだけ、共有しておけば良いのである。

「鈴鹿クン・・・、ホントその名前、長官の前で出すの堪忍な?」

「え~? 『黒子(シャドウ)』が教えてくれたんじゃんっ。」

「堪忍してや、いやもうホントマジで。
 『ウチの末っ子に妙な事吹き込みなや』ゆうて、長官にめっちゃ怒られたんやから。」

「将来あたしだって、呪捜部に異動になる可能性、あるじゃない?
 その時に役立つと思ったんだけどな。」

「いやいやいや、多分、無いで。その未来だけは可能性ないわ。」

「何よ、あたしに呪捜官は務まらないって言いたい訳っ?!」

「倉橋長官がキミに、そないな危ない橋、渡らせる筈あるかいな。」

「つかそれ以前の問題だろ、大友先輩。コイツの射撃スコア知ってます? クッソ低いッスよ。むしろどこ向けて撃ったらあんな低スコア叩き出せるのかが判んねぇ。
 あのスキルで務まる程、呪捜官は甘くねぇよ。」

「10年先は判んないでしょっ?!
 今から磨けばきっと違うもん!!」

「いや、判る。テメェの射撃が絶望的だってコトだけは、よく判る。」

「言ったわね、鏡っ!!」

「おう、言ったがどうした、クソ神童。
 そろそろリハビリの時間だぜ。行くぞ、鈴鹿。」

「待ってよ、鏡っ!」

 日々『空気のような恋人感』が増していく伶路と鈴鹿を、陣は笑顔で見送った。
 陰陽庁の医療部は健全健康な文字通りの『医療部』だが、実父に施されていた人体実験を思い出す、と言って鈴鹿はあまり行きたがらないのだ。それが伶路が一緒なら、躊躇わず足を踏み入れるのだから。
 敢えて言おう。『リア充爆発しろ。』と。
 ちなみに対人呪術が多い呪捜部において、射撃スキルは必須である。
 訓練場で鈴鹿に手取り足取り教え込み、腰に手なんか回して姿勢を正したりしちゃってる伶路の姿も、彼が彼女に呪捜官になって欲しくない理由も。
 両方とも容易に想像できる『先輩呪捜官』陣は、メンタルでのみ吐血した。
 そして鈴鹿とは、全く何の関係も無い話だが。呪捜官だった頃の伶路の射撃スキルは、陣をすら抜いて呪捜部一だった。問題児はそんな所も天才だったのだ。
 もう一度言おう。リア充爆発しろ。

「もしもし、天海のジイ様? 今、電話平気でっしゃろ? いや、大した用やないですよ。
 全額奢って差し上げますさかい、今夜一緒に飲みません?」

 抜けるような青空を見上げ・・たかったが、詰め所の染み天井で我慢する。
 いつの日か鈴鹿の魂に刻まれた解けない禁呪が、暴走する日が来るのかも知れない。それこそ10年先か、20年先か。或いは明日、明後日の話かも知れない。
 それでも『その時』、傍らに伶路が居れば彼女は救われるのだろう。
 その確信を持つに至ったからこそ、陣は安心して毒づけるのだ。2人にきっかけを与えた親友に、敬意を表しつつ。

「リア充爆発しろ・・・。
 え? いややなぁ、ただ心の声がダダ漏れてもうただけですよぉ~♪」

 取り敢えず今度から、鈴鹿に渡す出張土産には気を付けよう。
 『鬼喰い』の嫉妬に食い殺されるのは、いくら陣でも願い下げだった。




                     ―FIN―

独立祓魔官の愛ある日常 ~砂塵と星屑のカプリッチオ 2~

独立祓魔官の愛ある日常 ~砂塵と星屑のカプリッチオ 2~

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-13

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