アルスラーン戦記 姫殿下ver. ~花の名前~
ハローハロー、漆黒猫でございます。
アルスラーン殿下にお姉様がいらしたら、バージョン。
アルスラーン殿下の女体化バージョンではございませんので、念の為。
今回のお話は・・・アニメ21話を見て、カッとなって精製しました(笑)。
3大勢力の、それぞれのトップの中で『彼女』がどんな存在なのか、ってコトで。
振り上げた拳を下ろすのが、一番難しいのはヒルメス殿下だろうと思います。
ギーヴたん回だったってのに、ギーヴたん名前でしか出てきてないけどネ☆
アルスラーン殿下従者たちの中だけで通じる『はかりごと』、好きです。
ですがそれ以上に・・・それ以上に!!
ギスカール公!! やっぱ格好イイッス、ギスカール公っ!!
久し振りのエサ大量投入に狂喜 ←え
悪人の色気漂うワルい笑み、最高ッスwwwww
ヒルメス殿下の、ザーブル城でのご様子も拝見できて、とても美味しゅうございました。
サーム卿、立ち位置が完全にヒルメス殿下の副将ですね。
でも心に闇を抱えてそうな目でしたね。
薄幸中年悦。
タイトルは、ばんぷ様の「花の名」から。
男3人の大事な『花』は誰デショウ、という。
それでは、お楽しみ頂ければ幸いです。
アルスラーン戦記 姫殿下ver. ~花の名前~
「魔道の者よりの報告では、出陣したアルスラーン軍は、」
(さぁ来い、アルスラーン。待っているぞ。
貴様との決着に相応しい舞台を用意してな。)
ザンデの報告を聞きながら、ヒルメスの内側で、憎悪の炎がいよいよ盛んになっていく。アルスラーンに関する物事、些事まで全てが燃料になっていくようだった。
ただ一点・・・ただ、ひとりの女の瞳以外は。
『行ってらっしゃい、兄様。
ご武運を。』
エクバターナからザーブル城への、出陣の際。
見送りの彼女は『帰ってきたら云々』とは、言わなかった。あの『妹』は。
あの時点で、恐らく彼女は理解していた。ヒルメスに、当分エクバターナに帰るつもりが無い事を。・・・次に王都の城門をくぐる時は、ギスカールと敵対する時・・・の、可能性が高い。勢力の乱立している今、予定は流動的であるべきだが・・・否、その予定だ。
違う。
参謀も得た。勇将も得た。手勢も、決して無勢とは言えぬ質と量を得た。
それなのに何故、自分は『次』で王弟を、王太子も『殺す』と、そう断言が出来ないのか。
(邪魔だ。あの真紅の瞳が。)
鮮血のような真紅を呈するクセに、荒事を忘れそうになる、瞳の色。
深く、透明な・・・光に透ける程に薄い花びらの・・・あぁ、あの花は何と呼ばれているのだったか。
ヒルメスを映して、何も要求しない。本心から『そこに居てくれるだけで嬉しい。』と語っていた、彼女の瞳。
あの瞳から、透明な雫が流れ落ちる様は・・・美しいが、きっととてつもなく虚しい気分に襲われる光景だろう。
『ヒルメス兄様♪』
この16年、常に誰かと取引しながら生きてきた。ヒルメスは何処でも『余所者』であり、所詮は流浪の身。無償で手に入れられるモノなど何もなかった。
そんな彼に、あの瞳は言うのだ。
『兄様』と、そう呼ばせてもらえる、それだけで嬉しいと。ソレが本心だと見抜けたのは、皮肉にも16年で磨いた観察眼故だった。
『弟』の為、ヒルメスの復讐心を籠絡する口舌だったのなら、まだ良かった。束の間の夢、『ごっこ遊び』の延長として、愉しむ事も出来ただろうに。
涼やかな真紅の瞳が、ヒルメスの怨嗟の炎にほんの、ひとしずく。
『慈愛』という名の水滴を落とす。
「・・・っ、」
違う、そんな易く、簡単に消え去るモノではない筈だ、この16年の艱難辛苦は。
愛する父を殺された無念。犯人が、信頼していた叔父であった衝撃。自分が得る筈だった、有形無形、全てのモノに対する渇望。
ザーブル城主の座、武骨な椅子の肘置きを握り締めるヒルメスの手に、ギリッと力が籠められる。
「ヒルメス殿下。ひとまず食を摂られませ。
姫殿下が焼いて下さったパンが、まだ沢山ございます故。」
「・・・いや、構うなサーム。
俺の分は残さなくて良い。おぬしらで食え。」
『ザーブル城に入っても、3食ちゃんと食べてね、兄様。兵糧の中に、兄様のお気に入りのパン、沢山入れたから。
私がお弁当作らないと、兄様はすぐ1食に逆戻りしちゃうんだから。』
『妹』の綺麗な声が、頭蓋の中で反響する。
記憶の中のその声を、もっと聴いていたい気もするし、煩わしい気もする。
サームとザンデ、腹心2人の気遣わしげな視線を感じつつ、ヒルメスはその日、結局1食しか摂らなかった。
「判った。別れを言えなかったのは、残念だが・・・。」
ギーヴは既に、このペシャワールを発ったという。
1人、テラスから夜空を見上げるアルスラーンの耳には、彼の奏でるウードの音が鮮やかに蘇っていた。旅の合間、疲れている時に聴くと本当に安らいだのだ、彼の音は。
細い月を見上げて、深呼吸する。
『あなたが王になった時、どのような国が出来るのか楽しみです。』
そう言ってくれた彼の期待に、自分は応えられるだろうか。明日はいよいよ、出陣だ。
ふと、机上の花瓶に目が留まる。飾られている紅い花は、アルフリードが見つけて摘んで来てくれたものだ。
「姉上・・・。」
小さな花びらに、その一枚一枚の真紅に、最愛の姉を思い出す。我知らず、襟の下の青い首飾りに触れていた。服の上から、そっと押さえる。
護符だと、姉はそう言った。同じ物は、未だ彼女の細い首許に掛けられているだろうか。
エクバターナを奪還すれば、彼女に会える。
ギスカールを夫に選び、ヒルメスを兄と呼ぶ、アトロパテネ以前とは違う、彼女に。
(それでも、いい。
どんな姉上であっても、真実の姉上が、どのようなお人であっても。)
彼女が居たから、今の自分がココに在る。
王都でどんな手酷い秘密が暴露されても、大丈夫。仲間が居るから。アルスラーン自身を見込み、彼の為に喜怒哀楽を使ってくれる、アルスラーンに『泣いても良いのだ。』と言ってくれる、そんな、得難い仲間を得られたから。
だがそれも、彼女の教育という下地あっての事だと素直にそう思えるのだ。
(見ていてくれ、ギーヴ。
私が折れてしまわぬように。私が、おぬしに恥じぬ仲間で在れるように。)
別行動中の楽士とは、再会を信じている。言いたかった『別れの言葉』とは、『さよなら』ではなく『行ってらっしゃい。』『また会おう。』だ。
別れは辛い。
だが最も辛いのは・・・『またね』も『さよなら』も言えずに、予期せず今生の別れとなってしまう事だ。
『初陣おめでとう、ラーニエ♪』
『大丈夫よ、ラーニエ。父上がご一緒なのだもの、何を怖れる事がありましょう。
帰ったら、美味しいタルトを焼いてあげる。』
帰ったら。
本当に、すぐに帰れると思っていたのだ、アルスラーンも、姉も。
帰ったら。
「・・・・・。」
アルスラーンは、首飾りを握り締めた。上質の布地に皺が寄る。
『弟』が帰るという事は、王宮に入るという事は、『夫』と『兄』、両方の死を意味するのだ、彼女にとっては。
姉は泣くだろうか。
弟に涙を隠さない人だった。だからアルスラーンは、彼女の泣き顔を知っている。泣く姿も。声を殺して、身を縮めて、見る者の目が痛くなるような泣き方をする人だった。
どうしたら泣かせずに済むだろう。王位をヒルメスには、勿論ギスカールにも譲らない、そう決意したばかりなのに・・・否、だからこそ、か。
ナルサスならば、何と言うだろう。
だがこればかりは、アルスラーンが己で選び取らなければならぬ解答だった。
「そうか。アルスラーン。やはり動いたか。」
報告書を読んでも、ギスカールの内心は波立たなかった。
彼女の『弟』が、ココへ来る。王都に『帰ろうとして』くる。
判っていた事だ。遠からずその日が来ると。
『殺し合う』覚悟は、既に決まっている。
彼女の『願い』を知っていても。
「銀仮面以外は、だろ。」
「良い。放っておいても、奴は必ずここへ来るだろう。
アルスラーンの首を掻き斬る為にな。」
彼女の『兄』も、ココに来る。そんな意識は欠片も無いのだろうが、『弟』を殺す為に。
ルシタニアの王宮で初見した時から、利害だけの関係だった。いつか使い捨てるのだと。多分、互いにそう思っているだろう。ギスカールがヒルメスを捨てるのが先か、それとも逆か。早いか遅いか、それだけの違いだ。
彼女が彼を、『兄』と慕うとは、正直予想外だったが・・・ソレを言ったら、彼女という『妻』を得た事自体が、そもそもの予想外なのだ。
幸い、彼女はギスカールと運命を共にすると言ってくれている。
何も『予定』に狂いはない。いくら『予想外』を重ねても、最後に笑うのはギスカールだ。
ギスカールと、彼の傍に居る、彼女だ。
「・・・・・・・。」
己が故国の、真紅の国旗を見上げてみる。この旗1枚を染め上げるのに、膨大な花びらが必要なのだ。
彼女が笑って一緒に生きてくれる国が欲しい。その国の王と成り、妃に彼女を迎えたい。
ソレがギスカールの野心。考えてみればある意味、笑える程に純粋な願いだ。
別に、金銀財宝が欲しい訳ではない。名声も。そんなモノなら、今でも充分に持っている。自惚れでなく、ルシタニアという国はギスカールで保っているのだから。
ただ・・・そんなモノじゃなくて、自分が欲しかったのは・・・ただの。
ただの『何』だったろう。
(このまま真紅の道を進んで・・・おぬしは、俺の横で笑ってくれるか?
自ら望む程に愛した義兄弟を、殺した俺を。芯から許せるか? ティーツァ。)
ギスカールが望むのは、偽りでない、心からの笑顔だ。
『義兄弟たちの死』と共に、もしもソレが壊れてしまうとしたら。
鎖帷子に覆われた冷たい掌で、ギュッと拳を固めた。
風が吹いている。東からの、穏やかな風が。
弟が帰らず、兄が出陣したきり帰って来ない、空虚な中庭に。
「・・・・・・。」
高い空から降りてきた陽の光が、春先の木々を暖め、銀髪を煌めかせている。
真紅の瞳が、雲の流れの大局を追っていた。
「待っているわ、ヒルメス兄様、ラーニエ。」
夫の傍で、ずっと待っている。もう一度、ただ一目。兄と弟に会えるのを。
あと、たった1回でも良い。彼らと会い、声が聞きたい。
名前を、呼んで欲しい。
「ずっと、待っているから・・・。」
王都で、待っている。
フォルツァティーナの細い囁きは、春嵐に紛れて消えた。
―FIN―
アルスラーン戦記 姫殿下ver. ~花の名前~