アルスラーン戦記 姫殿下ver. ~宝剣伝説 前夜~

ハローハロー、漆黒猫でございます。

アルスラーン殿下にお姉様がいらしたら、バージョン。
アルスラーン殿下の女体化バージョンではございませんので、念の為。

今回のお話は・・・まぁぶっちゃけ、ありがたい宝剣創生のウラに、
こんな三角関係が在ったらヤだなっていう。

こんな宝剣はイヤだ! みたいなお話になりました。

原材料:
・ザンデ卿の王宮出禁疑惑
 (大将軍の甥が頻繁に王宮に顔出してて、何で腹心万騎長の息子が
  全然出て来なかったのか。もしやそこら辺に、カーラーン卿離反の遠因が?)

・ルクナバード鍛えたの誰よ疑惑
 (『太陽の欠片を鍛えた宝剣』と聞いた時から思ってました。
  ンなモン鍛えたの誰よ?!)

・Do As~ の『T●O(道)』と『木冬(ひい●ぎ)』
 (久し振りに聴いたら滾った。
  何か、銘々が我が道を行く『アル戦』キャラのようで。
  2代目EDの『道を違えた 人を思った』っていう歌詞も、頭から離れません。)

・エロが書きたい、という本能
 (何も言うまい・・・。)

相変わらず、隙間ネタばかりに反応する漆黒猫です。

それでは、ギスカール公とザンデ卿とティーツァさんの奇妙な三角関係。

お楽しみ頂ければ幸いです☆

アルスラーン戦記 姫殿下ver. ~宝剣伝説 前夜~

『ルシタニアって、どんな土地?』

 情事の後、寝物語の途上に、彼女が訊いた事がある。
 パルスの姫の柔腰を、抱き寄せて瞼に口づけてから。ようやくルシタニア王弟は苦く微笑した。
 互いの肌に、未だ身を焦がすような余熱が残っている。

『つまらぬ土地さ。』

『・・・? それだけ? 夫の生地よ、私もいつか、行く機会が来るでしょう。
 色々と知っておきたいのに。』

『狭苦しい国土に、痩せた大地。苛烈な気候。
 その苛烈な気候が生んだ、極端な教義の、狂気じみた宗教を盲信する国民たち。
 正直俺は、あの国が好きじゃなかった。たまたま王族として生を享けて『しまった』から、その責任を果たさねばならんとは、思っていたが・・・。
 兄者が戴冠した時、俺は少しホッとしたんだ。こんな国の冠は要らないと、ずっと思っていたからな。
 王位継承に関して、適性の有無は明白だった。兄者も権力欲の強いタイプではないし、俺がルシタニアの王位に就く事は、決して不可能な話じゃなかった。
 だが俺は、兄者が器でない事も、ルシタニアという国の特殊性も、全て判っていて、兄者に王位を『押し付けた』。』

『カール・・・。』

『暗殺を唆す者も居た。生まれ順で王位を逃したと、同情する者も。
 兄王陛下は我が侭を言い過ぎる、一体王弟殿下を何だと思っておいでなのか。そう、俺の為に怒ってくれる者も居た。
 だがどれも違う。
 確かにうんざりする時も、多々あるが・・・結局俺にとっては『あれくらい』が丁度いいんだよ。兄者は俺に、我が侭を言う権利がある。
 俺の方でもイライラさせられて、うんざりさせられて、衝動的に殴りたくなるくらい我が侭を言ってもらえた方が、な。
 この罪悪感から逃れられる。』

『カールがパルス王に即位すれば、きっとその罪悪感から解放されると思う。最初は『神聖ルシタニア帝国』の一部かも知れないけれど・・・。
 パルス領は豊かな土地よ。
 カールの治めるパルスと、兄者様の治めるルシタニア領で、政治とか経済とか産業とか、上手く歯車が噛み合わせられれば。自分が欲しくないからって、王位を押し付けちゃったっていう罪悪感を、もう抱かなくて済むと思う。
 即位の野心と、後ろめたい気分の清算。両方が叶うわ、ギスカール。』

『『妻』たるお前に、残酷な選択を強いて、か? ティーツァ。
 父王の治めるこの国が、好きだったのだろう。』

『ん・・・好きか嫌いかで言えば、私は間違いなく『パルスが好き』だった。
 溺愛してくれる父に、慕ってくれる弟、慈しんでくれる万騎長たち臣下。
 ある意味、理想に近い家族像だったと思う。まぁ、母上の事は最初から度外視するとして。あのヒトに付き合ってたらこっちが壊れてしまうもの。
 父上の・・・『アンドラゴラス王の治めるパルスで』、パルス人になりたかった。』

『妙な事を。
 パルス人だろう? お前は。』

『私は・・・資格がないもの。
 ずっと、隠し事をしてばかりだった。
 私ね、カール。ずっと知っていたの。父上が生後間もない赤ん坊を王宮に連れ帰ったあの日、一目見た瞬間から。
 この子は、父上の子ではない。英雄王カイ・ホスローの血脈ではないって。』

『バダフシャーンの『黒巫女(くろみこ)』の力、か。』

『そう。
 英雄王の携えた宝剣ルクナバードを太陽の欠片から鍛え上げた、『黒き豊穣なる大地』の巫女。
 『黒巫女』イールギットの血脈には、『英雄王』カイ・ホスローの血脈に連なる者が判る。連ならない者も。ヒルメス卿が確かにパルス王家の人間だと、判ったのも黒巫女の力。
 同じ『黒巫女の血脈』でも、母上は『失敗例』だから。
 いくら私が『成功例』でも、5歳児に見抜ける筈はないと思ったのでしょうけど。
 残念。
 私の直感はラーニエの正統を否定したし、全てを捨てて、父上の信頼も臣下の慈愛も、弟自身の思慕すら欺いてラーニエを守ると。
 そう決めて口を噤んだ時から、私はパルス人ではなくなったの。』

『一度王太子に冊立されてしまうと、本人に非の無い廃嫡でも、その後の人生が滅茶苦茶にされてしまう。弟を守りたければ、王太子で居続けさせるしかない・・・。
 5歳から今まで、14年間か。
 父王に向ける事になるかも知れないと怯えながら父王に武芸を習い、臣下の忠誠が『正統』に向けられている事を知りながら、『正統』の無い弟太子に膝を折らせ。
 辛かった、な。』

『・・・辛い、と。その言葉を口にする資格すら、私には無い。
 ラーニエは、偽って王太子の座に縛り付けていた姉を・・・それでいて、今になって夫に侵略国の首魁を選び、敵になった姉を許してはくれないでしょう。
 嫌ってくれて構わない。憎んでくれて、いい・・・。
 ただ、生きていてさえくれれば・・・それさえ『カールに敵対しない形で』っていう条件が付くのだもの。本当に、何て悪い姉でしょうね。
 14年間、同胞の居ない孤独に身を浸しただけでは、到底償い切れない・・・。』

『王太子の件は、身代わりを処刑すれば事は済む。臣下たちは、殺さざるを得んが。お前の弟ひとりを生かすだけならば、俺の力でどうとでもなる。
 お前の夫は、『妻』の為ならそれくらいする男だ。』

『っ、うんっ! ありがとう、カール・・・。』

『それに同胞ならば、今はもう俺が居るだろう?』

『??』

『俺もまた、お前と同じだ、ティーツァ。
 ルシタニア人でありながら故国を嫌い、故国以外の国の王冠を欲している。まだ何処の国の冠を獲るとも決めていない、『何処の国の者でもない』男。
 お前と同じだ、ティーツァ。』

『カールが王様で・・・、私が王妃様・・・。
 そんな国を、一緒に創る・・・。』

『そうだ。国の名も定まらぬ、未だ地上に無い国だ。
 今この瞬間、俺とお前だけが、『同じ国』の人間なんだよ。』

『―――っ、嬉しい♪』

 その一言に、万感が籠められていた。
 その涙が、全てを語っていた。
 泣き顔すらも美しい『妻』の唇を『夫』が奪う。積極的に舌を絡めたパルスの姫と、鷹揚に舐め嬲るルシタニア王弟の呼気が、夜の気配に溶けて消えた。



 朝イチで軍議の資料を届けに来たヒルメスは、仮面越しに目にした光景に絶句していた。
 一瞬だけ息を詰め、ついで深々と脱力する。

「何をしているのだ、おぬしらは。」

「あら銀仮面卿、御機嫌よう♪」

「ご苦労、銀仮面卿。
 なに、兄者から妻にと、新しい髪飾りをもらったのでな。早速髪を結っている所よ。ティーツァの髪は長くて綺麗だから、梳き甲斐がある。」

「・・・それは伸ばし放題で扱い辛く、梳かすだけでも一苦労、と同義ではないのか?」

「だめっ、銀仮面卿、そういう事言っちゃダメだって!
 そーいう事言うから彼女が出来ないのっ!」

「動くとズレるぞ、ティーツァ。」

「ごめんなさい、カール♪」

 ヒルメス相手にはビシッと指を突きつけたフォルツァティーナは、ギスカール相手には髪を一房、揺らされただけで途端に大人しくなる。
 丸椅子にチョコンと座った姫君の背後に、王弟が立って何をしているのかと思ったが。
 ギスカールに『だけ』従順な様は、成程、可愛げが無くも無い・・・『本性』さえ、知らなければ。
 だが、髪結い。
 仮にも戦勝国の王弟、ルシタニアの実質の最高権力者ともあろう者が、髪結い。
 それでいいのか、ボードワン、モンフェラート・・・!!

「出来た。どうだ? ティーツァ。」

「うんっ、素敵♪ ありがとうカール♪♪♪」

「・・・おぬしは、髪を結うのは嫌いなのかと思っていた。
 王弟に侍従の真似事をさせる程の凝りようとはな。」

 何となく、モヤモヤする。
 王弟の贈った髪飾りを抜き取って床に叩き付けたくなるのを、何とか青筋で堪えたヒルメス。そんな彼の心中など察する気もなく、だが小首を傾げた彼女は、彼が何を言いたいのかはすぐに得心した。
 この辺りの思考パターンも、一方的に傅かれる事に慣れ切った『ご令嬢』には持ち得ないモノだ。自分で考える頭、判る範囲内で会話を繋ぐ能力。王侯貴族の間では、意外と貴重品である。
 もっともヒルメスからすれば、その『貴重品』に最近特に手を焼かされているのだが。

「パルスの風習では、王侯貴族の髪を結うのは侍女侍従限定の仕事だものね。
 ルシタニアの風習ではね、ヒルメス卿。
 恋人や夫婦間で髪に触れ合うのが、重要な愛情表現なんですって。夫が妻に髪飾りを贈ったり、髪を梳いたり、結ったり。逆に、妻が夫の髪を梳いたりね。
 カールの髪だって、私が梳いてるんだから。
 あと、私、髪に触れたり触れられたりするの、割と好きよ? 少し年の離れた弟が居たから、ラーニエの髪でよく遊んでたの。クバードに・・・万騎長に梳いてもらったり。
 縛るみたいにきつく結い上げるのは嫌いだけどね。」

「1人の時に結わないのは、単に不器用なんだよな、ティーツァは。
 前で結ぶ三つ編みすら、編み目がガタガタになる。」

「いーの♪ いつも万騎長の誰かがやってくれてたから、慣れてないんだもの。
 今はカールが結ってくれるでしょ?」

「結ってやるさ。王弟妃の冠を戴せたその髪を、一生な。」

「わーい、カール素敵♪♪」

「・・・会議に遅れるぞリア充ども。」

 ハァ~~~~~・・・。
 これ見よがしに溜め息を吐いてみせても、バカップル共を喜ばせただけだった。
 ギスカールとヒルメスは、先行している腹心たちと軍議の予定。そして、フォルツァティーナは荷物持ちにザンデを引き連れて、『重要な荷物』を引き取りに行く予定。
 『行ってきま~す♪』と軽やかに外套を引っ掛けて出て行く彼女の、フードで隠さぬ美しい銀髪が光を弾く様を、ヒルメスですら何となく目で追ってしまう。

「1人で行かせて良いのか、『アレ』は。
 ザンデは腕の立つ男だが、例えば長剣と鎖帷子で武装した20人の騎士に囲まれた中で女1人。確実に守れるとは限らぬぞ。
 確か前にもあったろう、似たような事が。」

「あぁ、ティーツァを娼婦扱いして誘拐した、下級騎士どもな。」

「・・・相応の傑物と見込んでパルス侵攻を持ちかけたのは、他ならぬ俺だが・・・。
 俺はあの時初めて、おぬしの事を狂人ではないかと疑ったぞ。」

「興味深い事を言うのだな、銀仮面卿。
 妻の貞操を守り切った愛妻家を、おぬしは狂人として扱うか。」

「愛妻家・・・同胞の返り血で真っ赤に染まった鎧に、筋と骨を断ち過ぎて刃毀れし、縁に歯の付いた剣を引きずって、なお生き残りを探して青光りする瞳で動く者を探す。
 アレを『愛妻家』の一言で片付けるには、俺の中の何かが邪魔をするのだが。」

 王宮陥落から、間もない頃の事だった。ヒルメスの傍らに、ザンデではなくカーラーンが居た頃の話だ。
 最初、フォルツァティーナは存在が秘されていた。反抗的な態度など一切取らぬこの姫を、どう扱うのが一番効果的か。ギスカールを筆頭とする軍上層部はソレを考えていたのだが、奴隷の口から『彼女』の存在を知った下級騎士の一部が要求したのだ。自分たちに『下賜』してくれ、と。
 当然、上層部はコレを却下し、下級騎士一派もいったんは口を閉ざした。
 だがやがて、かの姫が王弟と結ばれたと知ると、奴らは再び好色な視線で彼女を見るようになった。もっとも位階の低い彼らの事、虜囚とはいえ尊い姫の姿など拝せる立場ではなく、『存在を妄想の中で』好きなようにする、という程度が関の山だったのだが。
 一部の獣どもが暴走し、彼女を巣穴に誘拐した。
 『瞳が光る』『青光りする』。その表現に相応しい現象は本当にあるのだと、妙な感心をしたのをヒルメスはよく覚えている。
 怒髪天を衝く勢いで単騎先行した王弟ギスカールは、ヒルメス一党や腹心のボードワンたちが駆け付けた頃には、あらかた『掃除』を終わらせていた。
 累々たる屍の只中に立つ、狂気じみた殺気を放つ男。
 幸い姫の身に下郎の痕跡はなく、その事は彼も理解していた筈だ。
 その『未遂』でアレだけの殺気・・・凶気を放てるギスカールという男を初めて、ほんの一瞬だけ、恐怖してしまったヒルメスが居た。
 相応の修羅場を掻い潜って来たヒルメスでさえ、一瞬、対話を躊躇した王弟。
 そのギスカールの血まみれの胸に飛び込み、『来てくれて嬉しい』と泣いた、泣けたフォルツァティーナの感性は、きっと一生かかってもヒルメスには理解し難いモノだろう。

「らしくもないカオをしてくれるな、客将殿。
 いつまで記憶の中の俺を恐れているつもりだ?」

「!!」

「あんなモード、そう頻繁に出せるモンじゃないから安心しろ、銀仮面卿。ティーツァなら大丈夫だ、手は打ってある。
 会議に遅れるぞ。」

「・・・あぁ。」

 8歳違いから来る精神年齢の差など、誰が認めるものか。

「ザンデ卿、朝ご飯、まだでしょう?」

 その頃、王宮から出たフォルツァティーナとザンデは城下を歩いていた。
 一目で『イイ所のお嬢さん』と知れる上質のドレスに、ルシタニア王家の青い文様の縫い取られた外套を着た、銀髪紅眼の若い女。それにパルス騎士の出で立ちをしながら、身分証代わりのルシタニア王家の紋章を首から下げた、大柄な青年。
 2人の組み合わせは目立ったが、一般兵から絡まれる事は無かった。
 周囲を警戒するザンデの目線の鋭さと、いかにも武人然とした彼と行動を共にするフォルツァティーナの、不似合いな程の穏やかな笑み。それらが『訳アリ』感を醸し出していて、誰からも怖がられていたのだ。
 フォルツァティーナは知っていて払拭する努力をしなかったし、ザンデはそもそも気にしていなかった。

「運び屋との約束の時間まで、まだ大分あるの。
 お食事する時間はあるけれど、何か食べる?」

「いえ、俺は遠慮します。
 戦時以外、外ではメシは食わない事にしてるんで。」

「そう? 私は朝ご飯、もう食べたから。
 お食事をご一緒するのは、またの機会にしましょうね。」

「はい。」

 後ろを見上げるようにしてザンデを振り返っていたフォルツァティーナの瞳が、柔和に笑うと再び前を向いて歩み始める。
 ザンデにとって、ゆっくりと至近で彼女の姿を見つめるのは実に『10年ぶり』だ。
 午前の光を受けて、その紅眼は今、薄い桜水晶の色に見えていた。
 光の入り方によって大きく色調を違える、紅の瞳。不思議な瞳だが、異質さを感じた事は無い。野営の焚き火を映したオレンジの瞳。夏の太陽に照らされた真紅の瞳。落ち込んだ時の紫系柘榴石(ロードライトガーネット)。朝焼けの空を映した時には、アメジストかアイオライト、瑠璃かと思った。
 『あの5年間』で、たくさんの瞳を見た。クバードの次に近くに居たのだ、ザンデが。

「・・・姫殿下。」

「なぁに、ザンデ卿♪」

「ひとつだけ、お訊ねしたき儀がございます。
 時間が許すのならば、何処か茶館に寄って頂けますか?」

「・・・宜しい。何処か、個室でじっくり答えましょう。」

 体ごと振り返った彼女が、ふわりと微笑する。遠くを見るように寂しげで、透明感のある、いつか来ると思っていた『時』が今来ただけ、という上質の諦観を秘めた笑顔。
 風に舞うバラの花びらのような笑顔だと思った。



「って俺、確かに『茶館』って言いましたけど・・・『個室』に同意もしましたけど・・・!! 何も『こっちの茶館』を選ばなくたって―――!!!」

 ザンデは早くも後悔していた。話を振った事を。そして本能に抗えなかった自分自身を。
 茶館。
 というモノには、2種類ある。ひとつは文字通り『茶の館』。友人同士や家族連れなどが喫茶に軽食に、気軽に立ち寄れる『健全な』お店である。
 もうひとつは『不健全な』お店。喫茶や軽食の『ついでに』、女の子が『サービス』してくれるお店である。大事な事なので繰り返そう。夕方からの営業が多いこちらは、『不健全な』お店。妓館との違いは『本番』が出来ない事、くらいなのだが・・・。
 この手の店のセオリー通り、高級から場末までピンキリで、当然、最高級の後者の茶館は秘密厳守、喫茶や軽食も高級、そして・・・『本番』用の寝台まで備え付けられていたりする。こうなるともう、専従の妓女が居ないという他は、妓館と何ら変わらない。
 特に、女連れの場合は。

「第三者が偶然、話を聞いてしまう可能性が100%ゼロな場所。
 って言ったら、こういう場所が一番でしょう。密偵も、私がカール以外と来るとは思わないでしょうし。午前営業してるお店が近くにあって良かったわ。」

「そのギスカール公にバレたら、確っ実に殺されるんですけどね、俺。
 入る時、随分と手馴れておられましたが・・・ギスカール公と来た事がお有りで?」

「いいえ、カールとは王宮で事足りるから。
 私にこの手の茶館の入り方を教えたのは、クバードよ。」

「あンのアル中ホラ吹き万騎長っ!!
 王族、それも姫君にこんな事教えるなんて、バカなの? アホなの? 不忠なのっ?!」

「あなたがそれを言う?
 クバードが教えてくれたのは、追われてると仮定した旅の途中で、追捕の手を躱す為にはこういうお店に身を潜めるのも効果的、っていう事なんだけど。
 実際に入ったのは初めてだから、今、かなりドキドキしてる。」

「―――っ!!」

 今度こそザンデは、真っ赤に染まった顔を片手で押さえた。
 寝台の上で頬を染めて天使の微笑で、外套も上着も脱いだ軽装で『ドキドキしてる』とか言わないで下さいお願いですから本能が、本能が・・・っ!! いえ判ってます理解してますけど好奇心が疼いているだけって事はよっく判ってますとも、えぇっ!!
 ザンデはひとつ深呼吸して気を落ち着けると、覚悟を決めておもむろに寝台の端に座った。ちなみにココで言う『覚悟』とは、『何があっても手は出さない』という覚悟である。『手を出してギスカールに殺される覚悟』ではない。念の為。

「・・・俺はただ、たったひとつ、質問があるだけなんですよ、姫殿下。」

「うん。」

 何を訊かれると思っているのだろう、彼女は。
 寝台の上に幼な子のように座り込み、2つ並んだ枕の片方を、胸に抱き締めて軽く俯き。彼女は無防備に、ザンデの声に耳を傾けている。
 唐突に湧き上がってきた『抱き締めたい』という衝動を、ギリギリで押し殺す。

「ギスカール公に伺いました。王太子アルスラーンに正統が無い事、知っていて、14年間俺たちに黙っていたって。
 何とか敵対ルートを回避したくて、ヒルメス様サイドに来て欲しくて。俺が色々物を贈ったり仕事と関係ない事でちょっかい掛けるのが、気になったみたいで。
 姫殿下にとっては、俺やサーム卿に恨み言ひとつ言われない事の方が辛いんだって。
 ヒルメス様との腹の探り合いの方が、まだしも気楽だって言ってたって。」

「それは・・・カールの言う通りだわ。
 だって実際不自然でしょう? あなたやサームからしたら、私は大嘘吐きの詐欺師みたいな女で・・・。あれだけサームやカーラーンに主君として振る舞っておいて、弟に対しても忠誠を求めておいて、肝心の正統が無かったなんて。
 気付いていて、あなたたちの忠誠や誠実を利用していたなんて。
 私は・・・サームとザンデ、あなたに殺されても文句は言えない立場だと思ってる。」

「ソレはお互い様ですよ、姫殿下。
 姫殿下だって、父王陛下やご自分を裏切ったサーム卿や父・カーラーン、俺の事も、一言も責めないじゃないですか。」

「父上がヒルメス卿に非道を働いたのも、ヒルメス卿に正統があるのも事実だわ。将としての器だって、決して他者に劣る所があるとは思っていない。
 サームも、あなたも、あなたの父上も。自分が正しいと思った事を貫いただけでしょう。
 その『正しさ』の中に私が入っていなかったからって、責める事など出来ないわ。」

「ソレもまた、お互い様です。
 14年前から一貫して、姫殿下の『正義』は『弟を守る事』だった。両親に頼る術のないたった5歳の女の子が、決意を貫こうと思ったら。そりゃ臣下でも何でも利用するでしょう。むしろ、利用するべきでしょう。
 自分で『正義』と定めた事も貫けない中途半端なお姫様に、膝を折った覚えはありませんよ、俺は。」

「―――っ、綺麗にまとめ過ぎだわ、ザンデ。
 私は、あなたの事だって・・・あなたにとって、私が特別だって知っていて、私は・・・どうして責めないのよっ。」

「どうして責めると思うんです?! あぁ、もうっ、」

 上手く伝わらない苛立ちに任せて、ザンデは思わずフォルツァティーナの華奢な手首を引き寄せていた。
 長剣よりもメイスを能く使うザンデの膂力である。抗いようもなく己が胸に飛び込んできた彼女の細身を、柔らかい熱を持った肢体を、彼は両腕に閉じ込めるようにして抱き締めた。大切に、大事に。
 彼女から伝わってくる気配は少しの怯えと、それ以上の戸惑い。
 耳朶に口付けるようにして、耳元に囁く。

「甘いんですよ、ティーツァ様。
 俺にとって、あなたはホントに特別なんです。あなた自身が思うより、ずっと。」

 ザンデとフォルツァティーナ。その関係性を一言で言うなら、『幼馴染み』だ。
 父王が溺愛する王女の、遊び相手として5歳で引き合わせられてから、5年間。10歳で修行先が決まるまで、彼は毎日、彼女の許に通い続けた。『彼女に会えるから』毎日が楽しかったし、遠く離れて会えなくなってさえ、聡明で美しいあの王女の、幼馴染みは己なのだと。誇らしかったし、また『彼女を守る力』を欲して、更に修行に打ち込みもした。
 大将軍の甥が王女から逃げ回っていると父から伝え聞いて、ザンデは大層嫉妬したものだ。自分は望んでも傍に置いてもらえないのに、何を贅沢な、と。

「王の為でも王太子の為でもなく、俺はティーツァ様の為に剣が振るいたかった。
 ぶっちゃけた話、俺の初恋はティーツァ様なんですよ。ティーツァ様の眼中にない事も、よく判ってましたけど。あなたの初恋、クバード万騎長ですもんね。
 俺の子供の頃の夢、何だと思います? 『父上の七光りと言われないだけの実力と武勲を携えて万騎長になって、ゆくゆくは王女殿下を嫁に貰う』ですよ。
 別にギスカール公からあなたを奪いたいとか、そういう話じゃありません。
 ただ、利用なんて、いくら、どれだけ、してくれても構わなかったって事です。
 あなたが言うのなら、たとえ奴隷の子でもあなたの弟だし、王太子だったんです。」

「・・・・・・。」

「俺に対する誠実さが、ティーツァ様の中の俺が、罪悪感の源になるのなら。
 存在を忘れてくれたって構わない。」

「っ、それ、は・・イヤ・・・。」

 ザンデの腕の中で、顔を上げたフォルツァティーナの頬は濡れていた。
 その瞳の美しさに、キラキラした尖晶石(スピネル)の輝きに。一瞬だけ見惚れたザンデは、すぐに優しく笑って、親指で瞼を撫でる。

「・・・ティーツァ様。俺があなたに訊きたいのは、ただひとつ。
 辛い事の方が多かったであろう、秘密だらけの14年間。俺との5年間は、あなたの憩いに成れていましたか?
 あの頃の俺は、ティーツァ様を笑わせていましたか? 俺は、笑った時のあなたの瞳の色が、一番好きなんですよ。」

「ど・・して、今になって、そんな、事・・・。」

「俺はヒルメス様とご一緒します。何処までも、パルスを出る事になっても、俺はあの御方に付いて行く。
 唯一の心残りは・・・5歳の姫殿下が抱えてらしたモノに、気付けなかった事です。
 今また、あなたの苦しみを何も解決して差し上げられないまま、俺はあなたとは別の道を行こうとしてる。俺はもう、あなたを幾らも笑わせて差し上げられないし、笑った時の瞳の色も、もう見れない。
 だから・・・今の内に確かめておきたいんですよ。
 一言でいい。否か応か、答えを下さい。」

「・・・答えたところで、所詮は嘘を吐き慣れた女の言う事よ?
 信じられるの?」

「信じます。無意味な嘘は嫌いでしょ。
 そうだ、俺がティーツァ様のお傍にただ漫然と居ただけじゃなく、ちゃんとティーツァ様の事を理解してる幼馴染みなんだって。その証拠に、幾つか言い当てて差し上げましょうか。」

「??
 私、小さい頃から散々『何考えてるか判んない。』って言われてきたんだけど。」

「ソレが俺には判るんですよね~。
 姫殿下がギスカール公にドンハマりした理由、の一端。
 『ギスカール公には嘘を吐かなくていいから』でしょう? 打算だの利害だの面倒くさい人間関係だの、100パー気にせず、洗い浚い全部ぶち撒けちゃえる相手。
 あと結構、人に決めてもらうの好きですよね?
 大抵の男は姫殿下より阿呆だから、『間違わされる』前にとっとと自分で判断して動く、ってだけで。ギスカール公みたいに能力的に自分より上だと思えば、判断丸投げして従順に動ける、且つ失敗しても相手のせいにしない人ですよね、姫殿下って。
 むしろホントは丸投げしたいのに、周りが低能だったり勝手に仰いできたりするモンだから判断『させられてる』くらいの勢いで。
 バカ相手でも、目上だと思えばある程度は立てるし。
 それに潜在的に、自分の愛が重いんじゃないかとか、気にしてるでしょう? 好きになったら文字通り『何でもしてあげたい』タイプですよね。それも手料理だのマメな手紙だのってレベルじゃなくて、ガチで命懸け。
 普通、守ってた弟に『嫌われるに決まってる。』とか思いませんよ?
 優しく『そこまでしなくてイイヨ』って言う男とか、一方的に『俺が守ってやるぜィ♪』って男より、むしろ『一緒に死んでくれ☆』くらい言える男が好みでしょ。
 有象無象にどう思われようが気にせず泰然としてますけど、自分が愛した相手には何が何でも嫌われたくない人ですよね。モンフェラート卿とかボードワン卿と対立したくないのは、2人が好きだからってより、2人に嫌われるとギスカール公の傍に居づらくなるからなんでしょう? 意外と計算高いというか、あざといというか。
 意外とって言えば、意外と贈り物に弱いですよね、姫殿下って。
 フルオートで吸い取ってんのかってくらい、全自動で世界中のレアアイテムが宝物庫に溜まってく国ですから、パルスは。与えられる事に慣れてるのは確かですけど。
 例えば視察に出た先で、素朴だけど綺麗な花を摘んでくれたりとか?
 そういう『金で買えない』系のプレゼント、好きでしょ。
 あとは、」

「それくらいで勘弁して頂戴、ザンデ。
 ・・・自分がどうしてあなたにオちなかったのか、真剣に悩みそうになるわ。」

「・・・あとは、俺の事全然眼中にないクセに、結構すぐに泣いて、目が離せない。」

「泣いてない。」

「はいはい。」

「泣いて、ないんだから。」

「勿論です。俺は何も見てませんよ、姫殿下。」

 実際、ザンデは何も『見て』はいない。
 己が肩口に押し付けられたフォルツァティーナの双眸が、熱を宿しているのを『感じて』いただけだ。彼女の華奢な両肩が、震えているのを掌で『受け止めて』いただけだ。
 まだ間に合う。
 今ならばまだ、『パルスの姫』たるフォルツァティーナの身を、『パルスの王族』たるヒルメス一党が保護する事が。
 その『保護』が、彼女にとって『拉致』だとしても。ヒルメスに敗ける予定のルシタニア王弟の傍に置いておくより、今からでも、生涯の主君たるヒルメスの庇護を受けさせた方が彼女の為、ではなかろうか。
 まだ、今ならば、まだ。間に合う。
 フォルツァティーナの肩を抱くザンデの腕に、力が籠もる。

「・・・私は今でも、父上を・・・アンドラゴラス王を敬愛しているの。
 いろいろ欠点も多いヒトだし、全てを正しいと思った事は無いけど。どんな思惑があったとしても、それでも・・・私を守ってくれた事に、違いは無い。」

「知ってますし、そういうモノでしょ、『父親』って。
 俺だって、王太子側から見れば間違いなく『最悪の不忠者』である父上の事、『そう』と自覚しててもやっぱり尊敬してますから。」

「弟に対する非情さすら『仕方ない、その分私が愛情を注いであげればいいんだ』って。
そう大目に見てきた私が、一度だけ、受け入れ難くて父上に面と向かって反抗した事があるの。カーラーンから聞いてない?」

「? いえ、父上からは、何も。
 王宮での姫殿下の御様子は、訊いても殆ど答えて下さいませんでした。この10年、『ご息災だから案ずるな、お前は武力だけを鍛えておれば良い。』と。
 新年とかの節目にすら王宮に連れて行ってくれなくて、他所の家の息子が羨ましくてね。結構ゴネたものです。俺には優しくて英明な『良い父親』でしたが、唯一、その我が侭だけは一度も聞き入れて下さらなかった。
 今思えば不思議な程、厳しい顔で撥ね付けられた。」

「カーラーンが恐れたのはね、ザンデ。あなたの姿が、アンドラゴラス王の目に触れる事だったの。同年代の子供たちと終ぞ馴れ合わなかった私が、唯一ザンデにだけは気を許した。だから。
 10歳のあなたが、9歳の私を守ってくれた事があったでしょう? 凶手から。
 周りの大人が『未来の勇者よ、大将軍よ』と大喜びで褒めそやしたのに、王だけが厳しい顔をしていた。忠義を尽くした筈の息子なのに、突然『もうアレを宮の内に入れるな。』って言われた時のカーラーンの、強張った顔を今でも覚えてる。私はとても・・・王宮を飛び出しかねない程、反発して・・・。
 カーラーン自身とクバード、それにヴァフリーズの仲裁で、やっと収まったけど。
 やっぱりダメね。父上が私のご機嫌取りに、他の子を幾人連れて来ても。どの子の事も、あなた程には好きになれなかった。
 クバードが何も言えずに、頭を掻きながら苦笑していたものよ。」

「姫殿下の中で、俺の代わりは居なかった?」

「えぇ。誰も。
 私は確かにザンデの傍で安心して笑っていたし、先々、弟の事に限らず、私ひとりの手に余る問題が起きた時。真っ先に頼るのはクバードでも、彼の次の護衛だったキシュワードでもなく、ザンデだろうと思ってた。
 2人の主君は父上で、クバードにさえ裏切らせる訳には行かない。
 でもザンデなら、弟の事もいつか話せる時が来るかも知れない。一緒に守ってくれるかも知れない。そう、思ってた・・・甘えてたのよ。」

「安心、しました。
 俺は確かに、姫殿下のお傍に居た。友だと、味方だと思ってもらえていた。『甘えていい相手だと思っていた』、そう言ってもらえた。
 充分です。なんかちょっと・・・救われたような気分がします。」

「あの時・・・父上が妙な嫉妬など、なさらなければね。
 ザンデ。あなたがあのまま傍に居てくれていたら、何かが変わった気がするわ。あの日の私に、父上を諫められるだけの力があれば・・・あるいは、あなたを呼び戻せるだけの力を、持っていたなら・・・。」

「言わんで下さい。現状を嘆くなど、姫殿下らしくない。
 問答無用でティーツァ様の傍に戻れるだけの実力を、俺が持ってなかったってだけです。」

「・・・・・。」

 道化た口調で穏やかに言い、抱擁を解く彼の右手を。剣も鎚も握り慣れてゴツゴツした『男』の手を、取った彼女もまた、穏やかに白い左手を絡める。
 その紅眼は強い寂寞を秘めていた。

「手、大きくなったわね。
 昔から私より大きかったけれど、昔よりずっと、大きくて、硬い・・・。」

「修行しましたから、沢山。
 何度も手の皮が破けて、爪も割れて、筋を傷めては鍛え直して。治す間も兵法書だの戦術書だの、本を読んで、頭に叩き込んで。
 謙遜する必要が無い程度には、鍛錬に手を抜かなかったつもりです。」

「うん。あなた真面目で努力家だものね。
 私も相応に鍛錬はしてきたつもりだけど・・・手の皮ひとつ取っても、やっぱり本職には及ばない。」

「いいんですよ、姫殿下は、ソレで。
 昔からティーツァ様の持ち味は、身軽さやスピードでしょう。分厚い手の皮が必要な重い武器なんて、持ってたら本領が生かせません。」

「重量型のザンデと、身のこなしが軽い私。
 私がもし男だったら。『双璧』扱いで名を得ていたかも知れないわね。単品で強い黒衣の騎士殿より敵に恐れられていたかも。ダリューンにもナルサスが居るけど、彼は軍師だし、敵陣に特攻していくタイプではないから。
 そうしたら、いつでも一緒に居られたのにね。」

「・・・今でも、一緒に居る方法はあるんですけどね。」

 フォルツァティーナの、その男に比べれば余程柔らかい指先を弄んでいたザンデの右手が動く。彼女の肩を軽く押しただけで、華奢な『女』の体は寝台の上に転がった。
 ずっと寝台の端に腰かけていたのを、一挙動で上がって動きを封じてしまう。彼は彼女が何か言う前に、全身を密着させるようにして抱き竦めた。はっきりと意思表示するように、腰を引き寄せ、色めいた指先で背筋を嬲る。

「ザンデ・・・っ、」

「言ったでしょ、ティーツァ様。俺のガキの頃の夢は、あなたを妻に迎える事だったって。20歳になった俺は今でも、あなたを欲しいと思ってるんですよ?」

「ん・・知って、た・・から、ここに、っ、来たの・・・。
 ザンデ、には、私を・・・好きにする、権利があるって・・・。」

「その罪悪感に付け込んででも、俺は、ティーツァ様が欲しい。
 あなたという『女』が。欲しいんです。」

 重ねて言い切ったザンデの手つきが、より激しいものになる。服の上からEカップの胸を揉みしだき、上衣の裾から忍び込ませた指先で脇を撫で上げ、『男』の象徴の熱を、入り口に擦り付ける。
 抵抗しないフォルツァティーナは、欲に濡れた舌で耳朶を甘噛みされて、ビクビクッと背筋を震わせた。
 彼の背中越しに漏らす吐息に、混ざるのは間違いなく『快楽』だ。

「や、っ、・・そ、ダ、メ・・・ぁっ、」

「ピアス穴・・・開けないのは、ココが弱いからなんでしょう?
 見てて、すごいエロいなって・・ね。」

 ギスカールは何処まで知っているのだろう。何処を知っているのだろう。彼女の躰の、奥まで全て、だろうか。
 知りたい。王弟が知っている彼女の奥まで、自分も。そうしたらきっとこの渇きにも似た熱情も癒やされるだろう。10年分の渇望が。
 ザンデの唇が、フォルツァティーナの白い首筋を舐め下っていく。獣じみた男の吐息が、柔らかい乳房の飾りを震わせる。彼女の膝を立てさせた彼の手が、掌を押し当て包むようにして肌をなぞる。
 10年ぶりに触れる『幼馴染み』の肌は、滴り、吸い付くような『女』のソレだった。
 声も。

「ザンデ・・・。」

「諦めて下さい、ティーツァ様。今更止められるモンでもないので・・・。
 ギスカール公とも、最初は無理強いだったって聞いてます。だったら俺とだって、」

 キスされて、ザンデは本気で心臓が止まるかと思った。
 切なげに揺れ、震え、何処か甘さも含んだ声で『男』の名を呼んだ『女』は、彼の髪を撫で付けるようにして顔を上げさせると、薄い唇をザンデの乾いた唇に重ね合わせたのだ。
 フォルツァティーナが、自分から。

「・・・メチャクチャに、して。」

「ティーツァ、様?」

「王宮が落ちた時、罰を受ける時が来たのだと思った。恐怖以上に、安心したの。私はこれから、酷い死に方をする。コレで14年間の償いが出来るって。
 でも、そうはならなかった・・・。私は、カールを愛してしまったから。
 だから・・・あなたが私に、罰を頂戴。」

「・・・・・・むごい、人だな、あなたは・・・。」

「ザンデ。」

「俺の10年越しの純愛を、『罰』に使いますか。自分がラクになる為の。
 ギスカール公にはさせない『悪いコト』を、俺にやれと?」

「なり振り構わず、私が欲しいのでしょう?」

「・・・公への言い訳に困るくらい、思いっ切り派手な跡を付けさせてもらいます。
 それに1夜2夜では終わらせませんから、覚悟して下さいよ?」

「んっ、」

 返事を待たず、いささか乱暴に口付ける。貪るように、情熱的に。
 フォルツァティーナの中で、ギスカールは特別で在り続ける。清浄で正常な愛情の対象で居続ける。対してザンデは、彼女を穢し、罪を犯させ、罰を与える存在。夫以外の男に抱かれる事で、彼女は彼岸の臣下たちに言い訳できる。
 本当に、ヒドい扱いをされるものだ。
 それでも、ザンデは彼女への想いを止められない。
 ヒルメスが勝った暁には、褒美に絶対、フォルツァティーナを妻に貰おう。
 固く心に誓って、ザンデは軍服のベルトを外した。

「髪・・・ホント、サラサラですよね。」

 『情事』と一言で称するにはあまりに長く、時間をかけて、互いの身の内を晒し合った、後。

「汗をかいた後なのに?」

「かかせ方が足りませんでしたか。」

 彼と幾度も重ねた唇で、彼女が揶揄いの言葉を口にする。
 キラキラを柔らかい光を放つストレートの銀髪が、武骨な指の間を流れていく。
 夜の蝋燭を受けて淡い金色に輝く様を、ザンデは妙にしみじみと眺めていた。昔はせっせと花冠など作っては、この髪に戴せて遊んでいたというのに。
 随分とまぁ、『遊び方』が変わったものだ。
 いや、『遊び』ではないけどね?

「ザンデ、くすぐったい。」

 胡坐の膝に上げ、後ろから抱き締めていた彼女が優しく微笑する。
 背面座位。
 というヤツだ。午前の内から『茶館』にしけ込んで、外はもう夜である。思いの外時間があったので、欲に任せて思わぬトコロまで致してしまった。

「髪、解けてしまいましたね。
 別の結い方したら、公が怒るかな?」

「ううん、そこは平気。
 どう結っても、結わなくても、知れると思うし。怒りはするだろうけど、ザンデ相手なら殺さないと思うの。」

「ソレはソレで、何というか・・・。俺の事など眼中にない、妻の遊び相手、くらいの認識って事ですか。殺すまでも無いと。」

「あら、逆よ。カール、結構あなたを気に入ってるんだから。
 コレが有象無象なら未遂の段階でブチ殺すヒトだけど、私を共有するのが認めてる相手なら、むしろ余裕を見せたいヒト。」

「ホント、サラッと言いますよね、『共有』とか。
 御身の事でしょうに。」

「いくら何でも、私だって相手は選ぶのよ?
 同じ『騙してた人』でも、サームやラーニエに抱かれても良いとは思わないもの。2人は私にとって、父であり、弟だから。近親相姦の趣味は無いの。
 ヒルメス卿もナイかな。私に暴力を振るったオスロエス王の直縁だもの。オスロエス王に屈服させられてる気分になると思うから・・・。」

「・・・・・・。」

 彼女の左腕の、古傷。赤黒いというよりは茶色い、裂傷跡。
 ザンデの右手が包み込むように優しく撫でると、フォルツァティーナは気持ち良さそうに淡く微笑んで、こめかみを彼の二の腕に擦りつけた。猫のように。
 罰を、与えられているだろうか。与える事が出来ているだろうか。
 満ち足りたような穏やかな微笑に、ザンデは思う。
 罰が欲しいと、彼女は言ったのに。
 自分は結局、彼女の欲しいモノを何も与えられていないような気がする。

「勝つのは、我が君。ヒルメス様です。」

「っ、」

 耳元で囁きながら、割れ目に節くれ立った指を這わす。今日だけで幾度となくザンデの精を注ぎ込まれ、紅く熟れた入り口は淫らに、簡単に男の侵入を許した。
 叢の奥から、内腿に愛液が零れる。

「その暁には、ティーツァ様。あなたにはパルスの万騎長の妻になって頂く。
 王弟妃になど、俺がさせない。」

「ぁ、っ、んっ、・・・勝つ、の、は、・・・カールよ、ザンデ、っぁんっ、・・・頑張っ、て、ヒルメス卿を・・・守りなさい。
 はぁ、ぁ、っ、ん・・っ、あなたを・・・処刑する時は、私が剣を振り下ろしてあげる。」

「ティーツァ様が俺の妻になるか、俺がティーツァ様に殺されるか。
 コレはなかなか・・・燃える話ですな。」

 ザンデの雄刀も燃えている。焼きゴテのように滾ったその熱塊を、彼は欲望に正直に快楽の渦に投げ入れる事にした。
 背後から少しずつ。彼女のナカに、呑み込ませていく。
 蕩けた色に染まり上がった細い咽を、のけ反らせて喘ぐ美女の紅い唇を奪い、放熱すらも制限する。躊躇なく舌を絡める騎士の瞳には、歪み、変節し始めた純愛がオリのように溜め込まれていた。
 ヒルメスのように、奪われたモノを取り戻すのは良い。
 だが、他人から何か奪うのは、いけない事。悪いコト。そう敬愛する父・カーラーンから教えられて育った筈、なのだが。
 奪いたい。
 ギスカールから妻を、アルスラーンから姉を、アンドラゴラスから娘を。
 子供じみた所有欲ではない。ある意味でソレよりもっとタチが悪い・・・恋情から来る、熱く、重い、独占欲。

「ザンデっ、・・もぅ、」

「ダメですよ、ティーツァ様・・・まだ、もっと、愉しみましょう?」

 主導権を握っているのは自分なのだと、自覚する度、腰が熱く燃え上がる。
 だからやはりコレは・・・罰なのだ。
 ザンデはフォルツァティーナを『抱いて』いるのではない。『犯して』いるのだから。



「結局、何だったんです? 受け取った荷物って。」

 何事も無かったかのように茶館を後にした2人は、やはり何事も無かったかのように、街の片隅で怪しげな黒服から怪しげな荷物を受け取り、王宮に帰るべく街を歩いていた。晴れて『王女の間男』の汚名を着たザンデとしては複雑な心境である。
 ギスカールに知られればヒルメスとサームにも知られるだろう。
 心配点はただひとつ。ヒルメスへの忠誠心が疑われないか、どうか。それのみである。
 えぇ、それだけですとも。他に何か?
 え、王弟の機嫌? 知るかそんなのっ!

「ソレはね、『太陽の欠片』よ。」

「?? それにしては熱くないですね。」

 ザンデの素直な感想に、フォルツァティーナは一瞬きょとんとして、すぐに笑いだした。屈折の無い、真っ直ぐな、機嫌の良い笑顔。瞳の色が明るい朱色に見える。
 時節によって違う彼女の瞳の中で、ザンデはこの色が一番好きだった。かつては、この色の一番近くに居たのだ、ザンデが。
 左肩に担いだ正方形の木箱、それを揺すり上げてから、彼女の頬に触れて返答を促す。
 精神的な距離は、朝よりずっと近くなった。

「笑ってないで教えて下さいよ、ティーツァ様。
 最近頻繁に荷物持ちに駆り出されますが、一体何を作ろうとしておいでで? 妙に重い物ばかりですけど。」

「それはね、『隕鉄(いんてつ)』よ。」

「いんてつ・・・。」

「武人のあなたには、耳慣れないかしらね。空から降ってくる石に、少量含まれている金属。そう言った方が判り易いでしょう。
 英雄王カイ・ホスローが携え、蛇王を打ち倒した宝剣ルクナバード。アレの原材料になった『太陽の欠片』っていうのはね、『隕鉄』の事なの。
 私は『黒巫女』として、新しい宝剣が創りたいのよ。」

「カイ・ホスローの為に魔道と鍛冶の技で剣を鍛え、彼を英雄たらしめた『黒き豊穣の大地』の巫女。一説には、蛇王が蛇王になる前から一緒に居た義妹だか義姉だかだと。
 彼亡き後は、今のバダフシャーン辺りで静かに余生を過ごしたとか。」

 『黒巫女』の力、特性。
 それもまた、バダフシャーン公国が陥ちてからこの方、弟の件よりも長く。彼女がパルスに来た時から、ずっと隠し通してきた力だった。
 その事もまた、フォルツァティーナが己を悪だと、味方など居なくて当たり前だと、自分を追い込む理由になっているのだろうが。ザンデとしては不憫さの方が強い。
 ギスカールが全てを受け止めたというのなら、彼を愛する彼女の心を、否定など出来ないと思う程度には・・・フォルツァティーナが大切だ。

「ティーツァ様の事だから、創った剣はギスカール公に渡すんでしょうけど。ヒルメス様かアルスラーン王太子の事、蛇王か何かだと思ってます?」

「まさか。考え過ぎよ、ザンデ。私はただ、先祖である当時の『黒巫女』イールギットに憧れているだけ。彼女が居たから、カイ・ホスローは英雄となった。自分にしか出来ない事で、好きな人の力になるって。素敵でしょう?
 私の創った剣で、誰を斬るのか。ソレはギスカールの選ぶ事よ。
 大事な戦を控えて、名剣が明日必要っていう段になって、創るのに1か月以上かかる剣が今欲しいと思っても無理な話でしょう。私はカールに、そういう困り方をして欲しくないっていうだけなの。」

「確かに。
 騎兵にとって騎馬が重要なように、武人にとって銘(な)のある武器は大事ですからね。」

「良質な隕鉄は希少品。だから、何回かに分けて手に入れる事になったけれど。
 今回の取引で、必要な量は手に入ったわ。荷物持ち、ありがとう。ザンデ。」

「お褒めの言葉、ありがたく。」

 肩を竦めて飄々と返し、背を向けた彼女の後ろに従う。
 新しい宝剣がフォルツァティーナに向けて振り下ろされる時、ザンデはこの『黒巫女』を背なに庇わずにはおれないだろう。



「責められると、思ってた。」

「殊勝な事を言うなよ、ティーツァ。
 俺が責めない事は、知っていたろう?」

「・・っ、あんっ、」

「責め言葉が欲しければ、ザンデに貰え。
 俺はただ、お前を愛すだけだ。」

 ギスカールは後ろから突っ込んだまま、フォルツァティーナの柔らかい耳朶を甘噛みした。途端に良くなった締まりに、思わず声が漏れる。
 艶めいた悪人の吐息を耳の奥に響かせられて、彼女の背筋が震えたのが判った。

「可愛いな、ティーツァ。」

 罪悪感に押し潰されそうになっていた彼女を、自責の念から救えるのならば。
 喜んで、とはいかないが、別に構わない。幼馴染みと寝台で旧交を温める程度。愛する妻を、廃人にするか、一時的に信頼のおける男に抱かせるか。どちらか選ぶなら、ギスカールは後者を選ぶ。
 ただ。

「お前の『夫』は、この俺だ、ティーツァ。」

「っ、ん、す、き・・・好き、カール・・・大好き・・・っ、」

 うわ言のように夢中で繰り返す、フォルツァティーナ。
 ザンデが付けたのであろう、陽に当たらぬ白い背中に散った真紅の花びらに、ギスカールは舌を這わす。ひとつひとつ、丁寧に、舐め取るように、愛撫を施していく。
 いつか、あの男と2人がかりでこの柔肌を攻め立ててやろう。




                     ―FIN―

アルスラーン戦記 姫殿下ver. ~宝剣伝説 前夜~

アルスラーン戦記 姫殿下ver. ~宝剣伝説 前夜~

姫殿下とギスカール公とザンデ卿の、奇妙、というか、絶妙な三角関係です。ルクナバード創生ネタがメイン。(隙間ネタ・・・。)原材料は、ザンデ卿の王宮出禁疑惑と、ルクナバード鍛えたの誰よ疑惑です。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 時代・歴史
  • 成人向け
  • 強い性的表現
更新日
登録日
2016-01-13

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二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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