アルスラーン戦記 姫殿下ver. ~黒影の絆~
ハローハロー、漆黒猫でございます。
アルスラーン殿下にお姉様がいらしたら、バージョン。
アルスラーン殿下の女体化バージョンではございませんので、念の為。
今回のお話は、ペシャワールでの、昼下がりの一幕。
黒衣の騎士と万能待童の会話です。
まだ隻眼の万騎長の消息が知れる前、行方不明の時の会話なので、
クバード卿が死んだかのような会話になっておりますので悪しからず。
ダリューンとか、他の万騎長からするとシャプールさんといつも2人セットな
感じがしていたと思うので、シャプール卿が・・・、ならクバード卿も・・・、
漠然とそんな感覚なのかな、と。
いつもダラダラと長く文字を増やす、漆黒猫にしては珍しい短文。
クバード卿の話が長かったので、箸休めとでも思って頂ければwww
アルスラーン戦記 姫殿下ver. ~黒影の絆~
ペシャワール城砦の厩舎は広い。
騎兵だけで2万騎を擁する、国境有数の城砦だ。8万人居る歩兵の中にも、必要に応じて騎乗する者も居る。伝令や偵察、騎兵の為の予備の軍馬も含めれば、2万5000に届こうかという数の軍馬が生活しているのだから当然だ。
流石に1頭につき1人、とまではいかないが、馬丁の数も不足なく揃っている。
故に、戦場から単騎、無事にこの城砦まで王太子をお連れ申し上げる事に成功した忠誠心篤い万騎長の愛馬1頭、功を見ても地位的にも、厩舎で『馬丁が』手厚くお世話申し上げて然るべきなのだが・・・。
「やはりこちらでしたか、ダリューン様。」
「エラム。」
黒衣の騎士は、愛馬の世話を他人任せにする気は毛頭ないらしい。
シャブラングの毛を梳いていたダリューンは、親友の待童の声に振り返った。旅の空では無論の事、彼は優秀な馬丁の揃ったこのペシャワールに来てからも、シャブラングの世話を基本、1人でしているのだ。
別に信用していない訳ではなく、軍議などで世話が出来ない時には、躊躇いなく馬丁を呼ぶ。今も通りすがりの馬丁に後を任せると、エラムの方に向き直った。
「ダリューン様、ナルサス様がお呼びです。相談したい事があるからと。」
「判った。すぐに行く。
シャブラング、またな。」
主に鼻先を撫でられると、黒い軍馬は拗ねたように歯を剥き出してそっぽを向いてしまった。ナルサスが関わると、ダリューンはいつも親友を優先するのだ。
戦場では獰猛な程に勇壮で恐れ知らずの軍馬だが、平時は飼い主に甘える仔猫と変わりないらしい。
「ダリューン様からも相当、可愛がってますけど、シャブラングからのベタ惚れ具合も相当ですよね。
まさに相思相愛。憧れます。」
「エラムも自分の愛馬が欲しいのか?」
「いいえ、私は待童ですし、騎兵になりたいと思っている訳ではないので。
ただ馬は好きですし、騎兵と騎馬の間に在る絆は、純粋に格好イイと思います。イイですよね~、人と馬、違う生物なのに『お互いが唯一』とか。格好イイ♪」
「騎馬あっての騎兵だし、な。」
年齢不相応な程に大人びたエラムにも、やはり『男の子』な部分は在るらしい。シャブラングをキラキラした瞳で見上げる少年を、賢馬の方でも穏やかに眺めていた。
その姿はダリューンに、昔の自分を思い出させる。
「エラム。いつか落ち着いたら、俺からお前に馬をやろう。」
「え? そんな過分な、私如きに不要ですっ。」
「不要という事はあるまい。
騎兵にならぬとしても、伝令やら偵察やら殿下のお供やら、全て徒歩という訳にもいかぬだろう? それに殿下が仰っていた。お前の夢は、無限砂漠の向こう側の、遺跡を見に行く事だと。歩いて行ける距離ではないぞ。
必要に応じて調達するより、やはり騎乗し慣れてお前の意も汲んでくれる、俺にとってのシャブラングのような馬が居るに越した事はあるまい。」
「それは、まぁ、そうですが・・・。」
「その辺り、エラム大事なナルサスの事だ。ちゃんと考えはあろうが、な。
ナルサスが馬を見に行く時は、俺も一緒に行く。それで一番の良馬を選ぶ。ソイツを馬装一式と共に俺の金でお前に贈らせてくれ、エラム。」
「・・・ありがとうございます、ダリューン様。
それで、『後輩に馬を贈る』事にどんな思い出があるんです?」
「・・・・・・お前その慧眼、本当にナルサスそっくりだな。」
爽やかな笑顔で見上げてくるエラムに、微苦笑で返すダリューン。
エラムが見抜いた通り、ダリューンは単純にエラムの事だけを考えて『馬を贈る』などと言い出した訳ではない。この少年の為に云々というより、『年少の仲間に馬を贈る』という行為に憧れがあるのだ。
勿論その大前提には、エラムを身内として慈しむ心があるのは、言うまでもないが。
「・・・俺のシャブラングも、先輩に貰った馬なのだ。故に、な。」
「シャブラングが? てっきりご自分で見出されたか、伯父上ヴァフリーズ様がお引き合わせされたのだと思っておりました。
誰がどう見ても優秀な良馬です。赤の他人、それも騎兵が見たら、間違いなく自分の騎馬にしたくなりましょう。少なくとも後輩に贈ろうとは思わないでしょうね。」
「だな。正直、俺もそうするだろう。自分の厩舎に居てくれるだけでも誇らしい気分にしてくれる。
だがあの人は、むしろ俺にくれる為にシャブラングを手に入れてくれたんだよ。」
「ダリューン様の憧れのお人ですか?」
「うっ、まぁ、尊敬していたのは本当だな。『憧れ』という甘い響きとは、少し・・・否、かなり、遠い気がするが。
酒好き女好き、軍務の最中でも酒瓶を手放さない法螺吹きで、およそ『理想の騎士』とは程遠い人だったが・・・陽気で豪放磊落、目下に篤く、目上に怖じない。俺の諫言癖は自前のモノだが、あの人の影響も多少はある気がする。
法螺は吹いても、偽って陥れたり、陰口やら悪口やらを言わない人だった。
万騎長だったんだが、同じ万騎長にやたら仲の悪い相手が居てな。いつも、王の御前でもツノ突き合せていた。12人全員が並ぶ時には、両端に並んだりして・・・だが、その仲の悪い万騎長の悪口すら、あの人の口から聞いた事がなかった。
本人の前では、周囲がハラハラする程ズケズケと言うんだが。反論できる状態の本人の前でしか言わなかった。
表面の仲は悪くとも、深い所では認め合っていたと思う。乱戦になった時、背中合わせで戦う様がとても格好良くてな。呼吸が合っていて、印象的で。
そういう所は、確かに憧れていたよ。」
「酒好きで磊落で、仲の悪い同僚の居る、ダリューン様よりも先輩の万騎長・・・。
まさかダリューン様の『尊敬する先輩』って、『ホラ吹きクバード』?! じゃなかった、クバード万騎長ですか?! シャプール万騎長じゃなくっ?!」
「ははは♪ 山の隠者にまで聞こえる不仲か。
あの人たちの伝説も相当だな。」
エラムのあまりの驚きように怒りもせず、むしろ気持ちよく笑ったダリューンはシャブラングの首筋を軽く叩いた。
なぁ、お前も覚えているだろう? そう語り掛けるように。
泣いているような笑顔だと、エラムは思った。
「アトロパテネにも参戦していたんだ、クバード卿は。
万騎長内では、フォルツァティーナ姫殿下の・・・実質の保護者のような立ち位置でな。姫殿下のご信任も篤く、『弟を頼む』と直々のお言葉まで頂いていたんだが・・・。
戦死、なさってしまったか、な。」
「・・・・・・。」
戦死。その言葉をダリューンの口から聞いたのは、初めてな気がした。
大敗だったのだ、兵の大半が戦死したのは言うまでもなく明らかだった。元々、彼は戦士で武人。自分が死ぬ覚悟も仲間を喪う覚悟も、両方決めて戦場に臨んでいる筈だった。口に出して、改めて悼む事ではなかったのだろう。
その心中で、いかに追悼の涙を流そうとも。
「シャプール卿の最期は、あんなに大勢の民の口端に登っているのにな。クバード卿は最期まで有耶無耶な・・・本当に、そんな所まで対照的で。
あの世で張り合っているのかと思う程だ。」
「ダリューン様・・・。」
『戦士の中の戦士』『黒衣の騎士』と呼ばれ、セリカへの使節団長を務めて無事帰国を果たしてもなお、至れた気はしていなかった。
これからもっと、あの2人から教えを乞う気で居たのに。
あの2人に、張り合える自分になりたかった。
ダリューンを支える無数の柱に、その思いが今も在るのだ。
―FIN―
アルスラーン戦記 姫殿下ver. ~黒影の絆~