戦国BASARA 真・転生ver. ~偽装恋愛~
カップリングは、天海(明智光秀)×鶴姫。
前シリーズ「7家合議ver.」と、話が繋がってるのに、天海×鶴姫。
エロは無いです。
何があったんだ鶴姫・・・!!
小十郎と喧嘩でもしたのか鶴姫・・・!!
話は繋がってますが、転生モノです。
時間軸は、西暦3000年。
・・・随分な未来な気がしますが、気にしない、気にしない。
漆黒猫は友人から、
『漆黒猫の口から『昔ね~』とか聞くと、1000年くらい前の話な気がする。』
とのお言葉を賜った猫です。
スパイ物、になっていく、予定です。
外つ国との絡みもガンガン入れていく、予定です。
ちなみに。
文中の『蛟龍』は500年生きた蛇、『応龍』は2000年生きた蛇、の事。
『髪飾りを3つ~』とかいうのは、昔、漢和辞典で読んだ『妻という字は
女性が、髪にかんざしを3本挿している姿の象形文字』という話から。
うろ覚えですが。
天海様と鶴姫さんの仲が砂甘な感じ、『に見えますが』、
今生、彼も彼女も腹にイチモツ抱えてます。
その辺りは、今後に期待、という事で。
それでは、久しぶりの長文、お楽しみ頂ければ幸いでございます・・・♪♪
戦国BASARA 真・転生ver. ~偽装恋愛~
九瀬・隼鷹(くぜ・はやたか)―――前世の名を、天海=明智光秀。
業界最大手の航空会社の御曹司・20歳。
飾茨・翠雨(かざらぎ・すいう)―――前世の名を、毛利鶴=片倉鶴。
業界最大手の、老舗骨董品取扱会社の一人娘・16歳。
「髪飾りを、3つ。
3つ目を『受け取った時』。私はあなたの妻となりましょう。天海殿。」
「宜しい。受けて立ちますよ、鶴姫さん。」
見合いを断る為の方便に、彼女が出した条件。
受け取らない気満々の鶴姫の笑顔に、天海もニッコリ笑顔で笑み返した。
時は西暦3000年。
織田崩壊後は名を変え、エセ高僧として小早川秀秋=金吾の許に身を寄せた天海。
謀神の妹として乱世の終焉に尽力し、伊達は竜の右目の妻として生を終えた鶴姫。
2人の繋がりが、人嫌いで有名だった『あの』毛利元就だと言ったら、かつての仲間たちは目を剥くかも知れない。
表の仕事が忙しくなって、裏の仕事=術者の総元締めとしての仕事を、妹に実質丸投げていた元就が、暇を持て余していた部下の部下を引っ張ってきて愛妹の護衛に付けた。仲間内の誰より、下手をすると夫の小十郎や親友だった幸村や三成よりも、長く濃密な時間を共有した仲、というのが真相なのだが。
「いらっしゃい、天海殿。」
見合いという名の再会から、半年後―――。
フリーのグラフィックデザイナーとして、かなり時間に融通の利く天海は、ほとんど毎日のように彼女の許に参じていた。
小学校から不登校の鶴姫はといえば、義務的な用事がないという意味では、毎日が日曜日である。代わりとなる自己表現やコミュニケーションの場は、しっかり見つけてあるのだから全く問題は無いのだが。
「御機嫌よう、鶴姫さん。
今日は顔色が良いですね。」
「お外へ連れて行って頂ける?」
「謹んでご案内致しましょう、我が姫。」
紳士ぶって恭しく腰を折る天海に、鶴姫も道化て笑うと右の手を預ける。今日は彼の車で海に行く約束なのだ。
この半年というもの、2人で色々な場所へ赴いた。常に、彼が彼女の家まで迎えに来てくれる、という徹底したエスコートぶりだ。中でも『元』海神の巫女の一番のお気に入りは、やはり海だった。
彼が見つけてきた、関東の片隅の小さな砂浜。その浜に3日と空けずに出向いて、特に何をする訳でもない。自らがデザイナーである彼は次回作の構想を練ったり、フルフェイスのネット歌姫である彼女は、ボイトレがてら思いっ切り歌ったり。
戯れに漂着物を拾ってみたり、先の相談、今生や前世の思い出話に花を咲かせたり。
まぁ、そんな所だ。普通の恋人たちなら家やファミレスでやるような事を、感性で生きている2人の場合は海でやる、というだけの事である。
「お夕飯、食べていくでしょう?
帰り道にスーパー寄ってもらっていい? 煮物作りたいのにお醤油が足りないの。」
「構いませんよ、鶴姫さん。
この数日、醤油を使わない洋食が続きましたからねぇ。」
「通販しないと手に入らないレア物は、かえって切らさないんだけどね。いつでも手に入ると思うと、つい。
紅茶もコーヒーも、天海殿の好物はしっかりストックしてあるから安心してね☆」
「おやおや、可愛いヒトだ。
ついでに米やら味噌やら油やら、重い代物はまとめ買いすると良いでしょう。私の車なら、大概のモノは積めますから。」
「ありがとう、天海殿♪」
『車』と言っても、彼のソレは所謂スポーツカーとか、金持ちがアクセサリーにする種類の車ではない。撮影機材持参で身軽く海外にも出向く天海は、長期間の宿泊すら可能な大型キャンピングカーを所有していた。
理由を問えばただ一言、サラリと『公共交通機関が嫌いなんですよ。』である。
国内外のカーライセンスもあらかたコンプしている為、ビザと船の手配さえつけば、今日にも外国を走れるのだ。乱世を軍馬で疾走していた戦国武将が、である。
充分な手入れはしてあるが、相当な走行距離を走り込まれた、重厚でごつい車種。そんな車でデートの誘いなど、そこらのお嬢様連中なら引く事間違いナシの。
だが鶴姫は一目で気に入って、瞳をキラキラさせていた。
『こんな本格的な車を使いこなすなんて、カッコイイ・・・♪』と。『キレイ系の天海殿と、ごつい車とのギャップが面白い。』とも。
「今日のお昼のデザートは、飲み頃サングリアを使ったフルーツケーキです♪」
「あぁ、やはりサングリアは、あなたの作る物でなくてはね。
先日言っていた、白ワインで作った物ですか?」
「そうなの♪ ちゃんと美味しく出来たから、お菓子に使ってみました☆。
楽しみにしててね、天海殿。」
「えぇ。鶴姫さんの料理はいつも楽しみですよ?」
「ふふ♪」
サングリアとは、ワインに氷砂糖とハーブを加え、ガラスボトルの中で数日寝かせた飲料である。添加物の量や種類、勿論メインとなるワインや、寝かせる時間でも。条件次第で全く味が違ってくる飲み物だ。
今生の天海の好物だが、彼女はコレの名手だった。見極めが肝心なのだとか。
直で飲んでは飲酒運転になってしまう為、菓子や料理に使ってくれるのだ・・・泊まっていく時には、液体で振る舞ってくれるが。
通常は赤ワインで作る代物だが、今回は、天海のリクエストで白ワインで試作してくれた。『髪飾り3つ』などというからどれ程受け身かと思いきや。毎回惜しげもなく振る舞われる手料理といい、まるで幾年も恋い慕った恋人同士のような笑顔を彼に向けてくれる。
そういう天海も、AED(心室除細動器)やら車椅子やらを自腹で買い込む辺り大概だと、彼女は静かに笑みを零すのだが。
海に着くと、彼はいつも舗装ギリギリに車を停める。
これもまた、彼女の為だ。
浜に続く緩いスロープは、いつも彼が、彼女の細身を姫抱きに抱えて降りてくれる。
「車椅子を出しますか?」
「いいえ。今日は熱もないし、久しぶりに歩きたい。」
「ではそのように、我が姫。」
恋人というより執事のような天海の返事に、腕から降ろしてもらった鶴姫は、柔らかく微苦笑した。
「そんなに大切にしてくれなくて良いのよ、天海殿。
私は濃姫様やお市ちゃんではないのだから。」
「帰蝶ならば私の出る幕ではありませんし、いくら美人でも、お市様のようなタイプは興味ありませんよ、私は。美しいより可愛い方が好みです。
今も昔も感情の侭。したい事をしたいようにするだけです。」
「天海殿、」
「いらっしゃい、鶴姫さん。
歩きたいのでしょう?」
そう言って、彼は彼女の手を引いて歩き出す。ゆっくりと。天海の背を見上げる鶴姫は、困ったような嬉しいような、煙るような淡い微笑だ。
今生の鶴姫=『飾茨翠雨』は、足が弱かった。生まれつき、膝から下の筋肉が脆いのだ。立つ事までは出来ても、歩けるかどうかは体調次第。走る事など夢のまた夢、激痛に晒されてのたうち回る事になる。
それに、原因不明の関節痛。
体中の骨という骨、関節という関節が常に軋み、悲鳴を上げ、1日8回・4時間毎の投薬と1日1回の注射が欠かせない状態である。
だからあの見合いの席で、彼女は彼に言ったのだ。
『政略尽くめの偽装結婚ならしてもいい。だが、誰が相手でも恋愛はしない。』と。
「鶴姫さん。ほら。
シーグラスですよ?」
「わぁ・・・♪」
のんびり、ゆっくり、1歩ずつ。
『あの頃』では考えられないスローペースで、波打ち際に沿って歩く。2人で、指先を絡めるようにして手を繋いで。
天海が拾った漂着物を見せると、鶴姫の瞳が驚きと好奇心に輝いた。
シーグラス。
海中に投げ出されたガラス片が、波に揉まれて角が取れ、小石の如く丸みを帯びたモノ。
彼女のお気に入りのアイテム。
「あなたの瞳と同じ色です。
キレイでしょう?」
「・・・天海殿は、私の髪と瞳がお気に入りね。」
「えぇ。珍しいのは良い事です。『稀なる先見の瞳』より、余程素敵だ。」
「・・・・・・。」
サラッととんでもない事を口走ってシーグラスをポケットに放り込むと、天海は指先を鶴姫のショートヘアに絡めて口づけた。
明るいピンクブラウンの髪に、鮮やかなヒスイグリーンの瞳。
貿易国家として混血の進んだ今の日の本でも、割と珍しい部類に入る組み合わせだ。だが、天海は素直な感想として本当に、可愛い色だと思っていた。彼女の柔らかい雰囲気に、よく似合っていると。
それでも幾ら言葉を尽くしても、彼女は頑なに首を横に振るのだ。『カラーリングが前世と違う事』は、彼女にとっては受け入れ難い事らしい。病弱な体と相俟って、『自分が男に愛される筈がない。』などと思い込む理由にすらなっているのだから。前世、100歳近くまで生き、そして終生、彼女を慕う男の絶えなかった『あの』鶴姫が・・・因みに彼女自身は小十郎一筋だった事を付加しておく。
過去、誰かに何か言われたのかも知れない。ソイツにはいずれキッチリ灸を据えてやろうと思う天海である。
伏し目がちに漂着物を見つめる鶴姫の翠瞳は、やはり何処か寂しげだ。
「自分の目はともかく、『このシーグラスの』緑は綺麗だと思う。自分の目はともかく。」
「2度も言わなくて宜しい。
そうだ、気に入ってくれたなら、こちらへいらっしゃい♪」
鶴姫のワンピースの裾が翻る。再び天海の腕に収まって、姫抱きにされたのだ。
何か面白い事を思いついて急いで車に戻る時でも、彼は彼女を置いて行ったりはしない。照れも気負いもなく簡単に抱き上げ、一緒に連れて行くのだ。
邪気もなく笑う天海の口許に、鶴姫も淡く微笑んで、さりげなく両腕を彼の首に回す。
車に戻って天海が取り出したのは、ワイヤーワークの工具だった。
「この大きさなら、ネックレスのセンターとして充分映えるでしょう。」
キャンピングカーの端に並んで腰掛けて、2人の間に工具入れを置く。
かねて拾っておいた他のシーグラスと、色の濃淡や形の大小を合わせ、その場でデザインを決めると、更にその場でワイヤーを巻き付けて立体に仕上げていく。
彼女の目の前で見る間に出来上がったのは、初夏の光をリズミカルに弾く、ガラス細工の首飾りだった。時間にして5分足らずか。不揃いな小石状が、かえって愛らしい。全体の形は羽を広げた小鳥に見える。
彼の手で彼女の華奢な首許に飾られたネックレスは、今日のワンピースによく似合っていた。
「どうぞ、鶴姫さん♪
我が姫に献上仕りましょう。」
「ありがとう、天海殿♪
私、天海殿が創作するの、見るの大好き♪♪」
「それは良かった。
私は最初、静止画のみのフォトグラファーでしたから。撮影に使う小物は全て、イチから手作りしてました。動画も扱うグラフィックデザイナーに転向した今でも、作るのは得意なんですよ。」
「今の動画も好きだけど、私、昔の静止画も好きよ?
特に海の写真。空気まで伝わってくるような、リアルで緊張感のある写真。昔の瀬戸海を見ているみたいで、懐かしくなる。」
「実は海に限らず、写真も映像も姫、あなたの目を意識しているのですよ。
正直、再会出来るとは思っていませんでしたが・・・それとは別に、自分の記憶にあなたが居る。ならばどうしたって意識してしまうものです。
鶴姫さんの好む光の加減、喜んでくれそうな動画の仕掛け、気に入っていた景色。」
「またまた、口が巧いなぁ天海殿は♪」
「ホントですって。
私の創るモノはよく『女性好みの』と評されますが、当然なのですよ。女性が・・・鶴姫さんが好むように創っているのですから。」
「ふふふ、ありがとう、天海殿。
私も、私に作れるモノでお礼をしましょう。美味しい紅茶を淹れるわね♪」
そう鶴姫が笑った時、時計が鳴った。彼女と天海、両方の腕時計のタイマーだ。
彼女がハッと表情を曇らせ、反対に彼は窘めるように静かに笑う。
「ごめんなさい、天海殿・・・。」
「謝罪などおよしなさい。喫茶が遅れたからといって、大差はないのだから。
それより、いらっしゃい鶴姫さん。注射のお時間ですよ?」
「はい、天海殿。」
優しく髪を撫でて促す天海に、鶴姫は自分からキャンピングカーの後部座席に横になった。
天海はと言えば、この為に買った小型冷蔵庫からアンプルを出して注射器に移す。慣れた手付きで彼女に静脈注射し、専用の廃棄物入れに使用済み針を放り込むと、自身も添い寝の体勢で彼女の傍らに横たわった。
「天海殿・・・悪い夢を見たら、また起こしてね?」
「大丈夫ですよ、鶴姫さん。
私が守ってあげますから。」
遠慮がちに、しかし安心したように。煙るように微笑む鶴姫は、創ってもらったばかりのネックレスに両手を添え、自分から彼に身を寄せて目を閉じる。すぐに安らかな寝息が聞こえてきた。
液体の消炎剤。
コレには強い睡眠作用があって、1時間程は眠らなければならないのだ。また微量の抑鬱成分も含まれていて、服用者はネガディブになり易い。総合すると悪夢を見易いクセに自分で目覚めるのは至難の技、という負のスパイラルに陥る訳だ。
だからと言って、そのスパイラルを厭って注射を打たなければ、やはり彼女は体中を苛む激痛に七転八倒する事になる。
「・・・・・・。」
眠る彼女の髪を、愛しげに撫でつける天海の表情は切ない。
いつか彼女を、この苦しみから解放してあげたい。煙るような、ではなく、『あの頃』のような満面の笑みを纏って欲しい、と。
本気で切望している者の瞳だった。
「如何です?
私が彼女を誑かしている訳ではない、というのは、ご理解頂けたかと思いますが。」
深更。
彼女を家まで送り届けて、後―――誰も居ない家に、彼女は帰りたがらない。両親は体の弱い一人娘を持て余しており、彼女自身が後継者というより、有能な後継者を据える為の餌、位にしか思っていない。
血統を残す為だけの、血液サンプル。政略結婚の道具立て。
鶴姫の小学校不登校を機に、両親ともに、帰らなくなって久しかった。いっそ離婚しないのが不思議な程だ、とは彼女自身の弁である。
その『有能な後継者』とやらに見込まれた・・・見込ませた天海はと言えば、今、人通りの絶えた緑地公園の一角で『昔馴染みの男』と対話していた。
対話というより―――対峙、に近い。
「秀吉公。」
「・・・・・。」
外灯に照らされて佇むのは、精悍な面立ちの偉丈夫。前世、誰もが畏怖した圧倒的な存在感は今生でも健在だ。
年の頃は天海と同じ、20歳前後に見受けられる。
愛用のキャンピングカー、そのスライドドアに力を抜いて寄りかかる天海は、微苦笑の態である。『今カノの前世の義兄のひとり』が渋面なのが面白いらしい。
「今日一日、陰から見ていてお判り頂けたでしょう。
今生の鶴姫さんは、戦闘に関わるスキルの一切を失っている。否、文字通り『生まれ変わった』今生の人生、『翠雨さんは最初から、戦闘経験など持ち合わせていません。』と言った方が正確なのでしょう。
霊感どころか、五感すら常人と変わりない。公の気配にも気付かない程なのだから。
今生の鶴姫さん・・・翠雨さんを、特殊部隊に引きずり込むのは諦めて頂きましょう。
体の事を考えても、彼女に戦闘は無理です。」
「『俺たち』とて、前線に立てと言っている訳ではない。」
秀吉の声は、苛立ちの滲んだ必死の口調だ。
穏やかな時には耳に心地よい低音も、ひとたび怒気を纏えば、聞く者の胆を震わせる武人の声となる。彼は生まれながらの将だった。
「だが、彼女の経験値は貴重だ。前世の記憶は完全。ならば、かつて『日の本に応龍(おうりゅう)在り』と謳われた悟性も健在な筈。
完全内勤で良い、彼女の知識や経験が『荒魂(アラミタマ)』との戦に必要なのだ。」
「・・・・・。」
アラミタマ。
その単語にだけは眼光を鋭くするが、天海の反応はそれだけだ。
発する声音は恐ろしい程、冷淡極まりない。
「彼女の『応龍』という通り名を覚えておいでなのですか? ならば私の通り名も、覚えておいででしょう。
『蛟龍(こうりゅう)』。
『日の本に応龍在り。蛟龍を従え、神威を以ってして東夷を鎮護せしめん。』。そう続いた事はお忘れか? 元ネタは中国人道士の紀行文でしたか。まぁ広まる事。それだけ外つ国の術者連中にも、彼女が畏怖されていた証ですが。
今生、龍の姫は休眠しておいでだ。その眠りは、蛟(みずち)がお護り致します。」
「天海・・・。」
「今生、妻を巫女として起たせる気はありません。
聖女として祀り上げられて生きるのは、一度の生で充分。今生は『一介のグラフィックデザイナーの妻』として、安全圏で生きれば良いのです。」
「彼女の不参戦で、戦死者数が跳ね上がるんだぞ・・・!!」
「宜しい。
雑兵如き、何万人でも死んで良い。その中に前世の戦友が何人含まれていようと、私の心は一向に痛みません。
明日世界が滅びるのなら、彼女と一緒に皆、滅びれば良い。」
「その滅びる人間の中に、今生の実弟の名があっても、か。」
「弟? あぁ、居ましたねぇそんなのも。
島左近と、森蘭丸。私、元々あの2人と仲良くありませんし。
生まれ直したこの命、私自身はコレでも、あの2人とまっとうな関係性を築くつもりではあったのですよ? ですがあの2人、仮にも兄である私を何て呼んだと思います? 左近は『ペテン野郎』、蘭丸に至っては一言『変態』。私を兄とも仲間とも思っていない腐れ縁の為に、愛する妻を戦争に差し出せと?
ご冗談でしょう。
戦況が芳しくないのを承知の上で、左近は秀吉公の許に参じ、蘭丸は政宗公に従う道を選んだ。
あとは本人たちの問題です。嫌われ者の兄は、可愛げのない弟たちの行く末などどうでも良い・・・もとい、口は挟みませんよ。
私自身が元就公に従わない、妻も参戦させないのなら、尚の事ね。
好きに捨て駒にして頂いて結構です。」
「・・・・・。」
どこまでも会話が平行線を辿る。
島左近と、森蘭丸。
今生、この2人は天海の実弟・・・より正確には『異母弟』として生を受けていた。現在、左近16歳、蘭丸14歳。
同母兄弟という仲間意識あり、豊臣幹部と伊達の食客。家門は違えど、気性の重なる部分あり。
天海に対して共同戦線を張って、無自覚に排除しようとする傾向は、幼い頃から有った。同母兄弟を重んじ異母兄弟に警戒心を抱くのは、戦国乱世の記憶がある者として、本能だったかも知れない。
彼らの実母・・・天海の継母は、天海自身を嫌ってはいなかった。が、天海の実母には、強い劣等感を抱いていた。その劣等感の上に、可愛い息子たちに夫の事業を継がせたい、という思いが上乗せされれば、自然、継子を疎んじたくもなる。
だから彼は、家を出た・・・出されたのだ。
そういう背景がなければ、有名航空会社の長男ともあろう者が、齢5歳から実母の知人に預けられて海外暮らし、そんな自立の仕方をしてはいない。
グラフィックデザイナーとして、イチから評価を築いたのも。
動画サイトから彼女の歌声を見つけ出し、見合い話の渡りを付けたのも。
全て、彼の独力だ。
今生、それぞれがそれなりの発言力のある名家に転生し、それなりに上手くやっている中で。そういう所も、天海がヘソを曲げる・・・前世の知己に対し、隔意を持つ理由なのかも知れない。
「『女性的な求心力』が欲しいのならば、他をあたって下さいませんか。
帰蝶と前田のまつさん、雑賀の孫市の魂は転生していないようですが、お市様と、いつきさんは? 二転三転したようですが、結局は両方とも秀吉公が引き取ったのでしたか。
2人とも、そろそろ自我が芽生えてきた頃合では?」
「まだ2歳と3歳だぞ。」
「私がその位の年頃には、既に自覚がありましたが・・・。
仕方ありませんねぇ。育て方が悪いのでは?」
「仲間内で一番子供の扱いが上手いのは、鶴姫だったんだが。」
「人の妻をナチュラルに乳母扱いしないで頂きたい。」
秀吉の言葉をあっさり撥ねつけると、天海は己が時計を見て薄く笑った。
再会して間もない頃、彼女が贈ってくれた時計だ。目覚まし時計を持ち歩いてまで、薬の時間を気にしてくれる彼の誠意に、思う所があったらしい。彼の仕事も考慮して、何処でも標となれるように。タイマー付きの、冒険家が使うタイプの頑丈な時計を選んでくれた。
彼が選んだ華奢で可愛い腕時計は、今、彼女の左手首で揺れている。
「あぁ、時間だ。」
「何処へ? まだ話は終わっていない。」
「それはそちらの都合でしょう。前世の階級制度など、『九瀬隼鷹』には関係ないのですよ、『西九条・直信(にしくじょう・なおのぶ)』さん。」
「・・・・・。」
「仕事で少し、ポーランドへね。かの王国のイメージアップ、というお題でPVを作って、コンペに出すんです。港までの時間を鑑みると、そろそろ出発しなくては。
主催者はロシア人なんですよ? 面白いでしょう?」
「何が面白いのか、さっぱり判らん。」
「国名でネット検索して、歴史を学ばれると宜しい。
海の向こうはお嫌いではないでしょう? 豊臣秀吉公。」
「お前にだけは、絶対に言われたくないっ!」
秀吉の怒声など慣れたモノ、天海は背中で笑って受け流す。
『アラミタマ』との戦争で疲弊して、優雅に史書のページなど捲るような余裕はないわと言いたいのだろうが・・・戦況が不利なのは、別に天海や鶴姫のせいではない。
アラミタマ。
うん、どうでもイイ。
にこやかにその単語を脳裏から締め出すと、天海はアクセルを踏み込んだ。今の彼には、彼女に買って帰るお土産の方が100倍大事なのだ。
「あの野郎、そんな事を・・・。
ウチのバカ兄貴がスンマセン、秀吉様。」
「気にするな。お前が謝る事ではない、左近。」
「秀吉公・・・♪」
「秀吉公、政宗様。
次は俺に行かせて頂けないでしょうか。天海はともかく・・・鶴と、話がしたいのです。」
「片倉か・・・。」
「Hey、小十郎。会ってどうする気だ?
刃傷沙汰とか、jokeにならねぇぞ。」
「・・・ご返答・・致しかねます。自分でもどう処すべきか・・・。ただ、胸に渦巻くこの感情が、『怒り』とは違うのは確かです。
この感情を確かめたい・・・。
天海の野郎が何を考えてやがるのか、この目で見極めたい。
鶴が今、何を考えてるのか。それも、直接自分で会話して確かめたい。
帯刀は・・・せずに参ります故。何卒・・・!」
「お前の場合、拳も武器になるんだがな。
秀吉や家康程じゃなくても、ケンカは得意だろ。」
「政宗様・・・。」
「・・・独眼竜よ、行かせてやったらどうだ。」
「マジか?」
「前世の関係性を鑑みれば、このまま一目(いちもく)もせずに、という訳にもいくまい。仮にも妻女だった者が、前世の記憶を保ったまま、今生は他の男の傍にいる。波立たずにはいられまい。
その代わり竜の右目よ、仲裁役、もっと言えば、お前が暴発しない為の監視役に、家康を連れて行け。家康なら公平さを保ちつつ、拳でお前も天海も止められるだろう。
一切の武具・防具の帯同を禁ずる。
これは任務だ。
彼女だけで良い、戦への参戦、部隊への入隊。鶴姫から了承を得て来い。」
「はっ、感謝致します、秀吉公、政宗様っ。」
「・・・アンタは・・鶴姉ちゃんに、会いに行かなくていいのか? 毛利・・・。」
「・・・・・今の明は、我の言う事など聞くまいよ。」
前世と変わらぬ、研ぎ澄まされた氷華の如き、その美貌。謀神の無表情に蘭丸は溜め息をついた。鶴姫がどう出るか、ではなく、元就がどうしたいか、を訊いたのだが。
どうやら賢兄は、賢妹に相手にされなくてご機嫌斜めらしい。
竜の右目は、愛妻の真意を問うべく会いに行く事を選んだ。
ならば、蘭丸自身はどうするか。
決まっている。
「オレも行く。鶴姉ちゃんに会いたい。連れてってよ、竜の右目。」
「おぅ、蘭丸か。そうだな、一緒に来い。」
蘭丸は小十郎が好きだった。彼の方が余程、兄弟分として蘭丸を可愛がってくれる・・・何処ぞの変態と違って。
寄っていくと頭を撫でてくれて、常と変わらぬ穏やかさに少し安心する。
天海なんぞ放っておいて、鶴姫も早くこの手の温もりを思い出せば良いのだ。
大丈夫、『鶴姉ちゃん』はきっとすぐに『帰って』来てくれる。無邪気にそう信じている蘭丸の後ろ姿に、元就は寂しげに瞑目した。
―FIN―
戦国BASARA 真・転生ver. ~偽装恋愛~