戦国BASARA 転生ver. 前編

ハローハロー、お久しぶりです、あなたの街の極悪動物☆漆黒猫です。

・・・仕事の疲れやら何やらで、
だ~いぶ、スランプなのでラリっております。

『7家合議ver.』のダークサイドに挫折して、供養がてらアップさせて頂きます。
コレはコレで、未完なのですが。

人型アンドロイドが戦国武将の中に入ったら、どんな事なるか。
ちょっとした興味でございました。


ダークサイドが面倒くさ・・・もとい、挫折したら、そのまま投稿しなくなり、
PCに眠っているモノが多くなってきました。

勿体ないといえば勿体ないので、これから順次アップしていこうと思います。

少しでもお楽しみ頂ければ、幸いです♪

戦国BASARA 転生ver. 前編

『されば、約定をひとつ、置いて逝きましょうぞ。』

 私があまり取り乱し、泣くからだろう。
 前世の別れ際、優しい彼は約束を遺してくれた。真紅の血が間断なく流れ出る、苦しい息の許。武人として思う通りの死に方だと笑い、そして、私の事だけが心配だと。
 そう言ってから、約束してくれた。

『今生、嘘偽りなくお慕い申し上げておりました。
 来世、もしも再会叶うならば。姫を、否、そなたを我が妻に迎えたく思うが、如何?』

『っ、はい、鶴は嬉しいです、幸村さん・・・!』

 その返事が、彼に届いたかは、判らない。私が泣き止んだ時にはもう、彼はこの世の人ではなくなっていたから。
 でも、届いていたと、そう思う。思わせる、穏やかな死に顔だった。



 2158年、日の本。
 この国は戦国乱世の終焉から変わらず、7王家制度の許、平和と繁栄を謳歌していた。

「コングラチュレーション☆ オレたち♪
 バサラ学園の進級テストっつったら、エグイ事でその筋じゃ有名だが。オレらにかかれば余裕よ、余裕♪ なぁ、紫乃鈴(しのすず)兄♪」

「黒将(こくしょう)だっ。中1の入学式から4年近く。
 いつまで経っても私の名前を覚えんな、お前は。」

「念の為・・・某の名前、昴星(こうせい)は? 覚えておられようか?」

「カタイ事言うなって、兄弟♪」

 ご機嫌の政宗は、進級テストから無事、合格という形で解放された事が余程嬉しいらしい。久し振りの休日を遊び倒した政宗・三成・幸村の3人は、すっかり日の暮れた街中を上機嫌で歩いていた。
 政宗に前世の記憶は無い。今はごくごく一般的・平均的・平和的な『上』流家庭で、平凡でささやかな幸せを謳歌している春から高2の17歳だ。
 政宗と同い年に生まれ、どういう因果か中学から同じ学園に通い、戦国乱世の前世の記憶がガッツリ有りまくる三成と幸村は、顔を見合わせて苦笑した。前の世、人の顔と名前を覚えられなかったのは政宗ではなく、三成の方だったものだが。
 三成と幸村の今生の名は、それぞれ『紫乃鈴・黒将』、『紫乃鈴・昴星』。
 2卵生双生児の兄弟として生を享けていた。

「政宗殿は、」

 幸村の呼びかけ自体は、記憶が無くても違和感はない。7王家制度の創始者たる英雄は今でもヒーロー扱いで、あだ名や通称などで使う者は多かった。

「そろそろ経営学など始めるのでしょう? ご油断召されるな。」

「ヤな事思い出させんなよ、紫乃鈴弟。」

「奥州商会と申せば、日の本有数の商人ではありませんか。
 その後継者としての修行はお嫌ですか?」

「家業継ぐのなんて、遊びたい盛りの10代には苦行だっつの。まぁそのうち自覚せざるを得ねぇんだろうけど。
 そういう意味じゃ、お前ら兄弟はある種の理想だよな。家業として押し付けられた訳でもなく、自分の意思で、命懸けられる仕事を見つけてる。」

「そう仰られると、面映ゆいモノがあり申すが・・・。」

「早くに身寄りを無くした末の事。そう考えると格好の良いモノではない。
 私たちは孤児院育ち。だがその孤児院が鴉之津(あのつ)財閥の福祉事業の一環で、それを御縁に早くに運動能力その他を見出して頂き、そのまま鴉之津財閥の警備幹部の養子に入り、武芸百般、礼節、学問、社会常識、その他諸々、要人や貴人の傍に控えるのに必要な事、全てを教え込んで頂いた。
 その大恩を鑑みれば、早くに両親を亡くすなどという事はありがちネタレベルの些事に成り下がる。
 今後はより一層の精進に励み、鴉之津家の御為、次期当主・鷹峰様の御為に尽くす所存。
 亡き父母もソレを望んでおられよう♪」

「望んでるのか?」

「・・・まぁ、大恩には変わりございませんし。報恩を咎めるような親はおりますまい・・・多分。」

 幸村としては苦笑するしかない。今生『鴉之津・鷹峰(あのつ・たかみね)』として生を享けたのは秀吉その人なのだ。勿論と言うべきか、前世の記憶も完璧にお持ちでいらっしゃる。『あの』豊臣秀吉に、二世に亘る忠臣として仕え得る機会を得たと知った時の、三成の喜びようといったら。
 今生、三成・幸村は17歳。鴉之津財閥の警護チームの中核として、既にして銘々、1名ずつの要人の傍仕えを命じられている所謂『凄腕』である。まぁ前世を鑑みて、当然と言えば当然なのだが。
 学業以外の時間、基本、幸村は鴉之津家息女の。三成は鴉之津家子息が世話になっている教授の娘の。それぞれ専属SPとして活動していた。

「つーかお前ら、一般教養とか済んでんだろ? 中学も高校も行く必要ないんじゃね? その時間あったら攻撃力上げろ、みたいな。」

「SPという職を甘く見るな、伊達政宗。銃が撃てれば良いというモノではない。」

「私立とはいえ、『一般人が通う普通の学校』に同じように通う事も大事な経験。
 そういう事らしいでござるよ。」

「うわ~、何かプロみてぇ。」

「『みたい』ではなく『プロ』なのだ。」

 『あの』バサラ学園が、『普通の私立』かどうかは、別として。
 3人共、内心同時に思った事を敢えて黙殺する。そうして他愛もない、学生らしい駄弁り話に花を咲かせていた3人だが。
 最寄り駅が見えてきた時、その表情が凍り付いた・・・幸村と三成の表情が。

「あ☆ 来た来た、昴星さ~んっ♪」

「やぁ、黒将クン♪」

 活気溢れる猥雑な駅前に、待っていたのは光るような美女2人。政宗の中で、周囲の喧騒が一瞬にして消え失せた。
 片や車椅子にお澄まし顔で座した、プラチナブロンドに翡翠色の瞳が印象的な、お嬢様風美少女。年の頃は同じか、少し下くらいだろうか。柔らかい色調のロングスカートの下に隠された足の状態は知れないが、車椅子でも不幸オーラは微塵も感じさせずに、透明感の深い綺麗な笑顔で微笑んでいる。
 片やスタイリッシュなパンツスーツを格好よく身に纏い、艶やかな黒を湛える癖髪を肩で揃え、紫黒の瞳に挑発的な微笑みを乗せた『凛々しい』系お姉様。こちらは大学生くらいだろう。明るいターコイズブルーのスーツを上品に着こなし、ローヒールのパンプスからは活発な雰囲気が伝わってくる。
 だが、音を取り戻した彼が彼女らに声を掛ける前に、『彼氏たち』は動いていた。

「み、水晶(みなき)殿っ。あ、いや、水晶様っ。
 ダメでござるよ、水晶様! 鴉之津家の一の姫にして、ネットアイドル『星晶(しょうき)』としての影響力も計り知れぬ。そのような御方が警護も付けず、軽々にこのような場所に出られてはっ。」

「あなた様もです、真珠様っ。
 旧華族にして機械工学の第一人者・水無瀬教授のお1人子、教授の研究に手を出す不届き者に、拉致でもされたらどうなさいますっ。ご自身が優秀な外科医であられるというだけでも、犯罪者に目を付けられ易いと申しますのにっ。」

『今すぐお車にお戻り下さいっ。』

 声を揃えて詰め寄る、紫乃鈴兄弟。
 三成は『黒髪の年上美女』に、自分より小柄な彼女の横から、顔を覗き込むようにして腰を折り、奏上し。幸村は『銀髪の車椅子少女』の足許に跪き、丁寧語ながら叱り付ける。
 執事と忠犬。
 それぞれのカラーで諌言する彼らに対して、彼女たちは。

「キミが悪いんだよ、黒将・・・ボクを独りにするから。」

「真珠様。」

「『水無瀬家の黒真珠』を守るのは、黒の将じゃないと、ね?」

 『黒髪の年上美女』は、人目も憚らず三成の首にしなやかな両腕を回して抱きつき、

「今夜のお食事会、一緒に行きたくて待ってたのに・・・。会うなり叱るなんて、昴星さん酷いです、ツレナイです。」

「水晶様っ、しかし・・・御身の安全の為なれば、ご理解下され。な?」

「判っています、昴星さん。水晶は昴星さんの言う事を聞くイイ子です。
 なので、私の事、お車まで昴星さんが運んで下さいね?♪」

 『銀髪の車椅子少女』は折れそうに華奢な上半身をいっぱいに伸ばして、有無を言わせず、幸村に自分を『お姫様抱っこ』させてしまった。拒絶されるなどとは微塵も思っていない、信頼し切った無邪気な動きだ。
 何やかやで黒髪美女に言い包められ、彼女の腰を離せない三成も三成だが。
 素直に銀髪少女を抱き上げる幸村も幸村だ。彼は少女一人を左手で難なく抱き上げると、右手で車椅子のハンドルを握っている。どうやら待たせてある車まで、それで行くつもりらしい。
 『お人形さんのように可愛い』という形容が相応しい銀髪少女は、幸村の腕の中から政宗にニッコリと微笑みかけた。
 そこでようやく政宗は、自分の視線が追いかけていたのが黒髪美女ではなく、銀髪少女の方だったのだと気付く。
 気付かされた。彼女に・・・見透かされた。この、一目惚れを。

「初めまして、奥州商会は雪輪(ゆきのわ)家の御方。
 藤翠堂グループは鴉之津家の者。鴉之津・水晶(あのつ・みなき)と申します。」

「・・・雪輪・蒼維(ゆきのわ・あおい)だ。
 女みたいな本名は好きじゃねぇ。『伊達政宗』で通ってるから、そっちで呼んでくれ。」

「伊達、政宗・・・政宗さん?」

「あぁ。」

「父や長兄から、お噂はかねがね。
 私の婚約者と仲良くして下さって、ありがとうございます。」

「こん、やくしゃ・・・。」

「法的にはともかく、実質は。昴星さんは私の婚約者兼護衛なんです♪」

「護衛『兼』婚約者でござる。
 ソコを間違うと、某が兄君お2人に殺されるでござるよ、水晶様。」

「え~? 同じ事なのに。」

「兄貴・・・2人居るのか? 親父からは、鴉之津の息子は1人だと聞いてるが。」

「? ソレは多分、次兄の智晶(ちあき)が人嫌いで、滅多に表に出て来ないからですわ。グループを継ぐのは長兄の鷹峰ですし、次兄の智晶は機械工学の研究者ですから。表に出る必要がありませんの。
 智晶兄様は、真珠姉様のお父様、水無瀬教授のお弟子にして頂いてるんです。
 ね、真珠姉様♪」

「そうだね、水晶クン。」

 何が気に障ったのか、どうやら『黒髪美女』は政宗がお気に召さないらしい。『銀髪少女』に『だけ』笑みかけると、三成を連れてサッサと、近くに停車していたロールスロイスの方へ行ってしまった。どうやらソレが彼女たちの車らしい。
 機嫌の悪い背中に戸惑う政宗に、銀髪少女が苦笑を向ける。

「ごめんなさいね、政宗さん。真珠姉様、気難しい御方だから。先に申し上げておきますが、姉様もご自身のお名前がお嫌いなの。『真珠』呼び自体、むしろ特別なヒトへの愛情表現に使ってるくらいで。
 あなたも『伊達政宗』を通称で使っていらっしゃるなら、お分かりでしょう? 真珠姉様は『竹中半兵衛』を通称で使っていらっしゃるから、呼び掛けの時は、そちらを使って差し上げて下さいね。」

「竹中半兵衛、ね。史実でも、あんま仲良くなかったらしいな、その2人。」

「アレはただの喧嘩友達というか・・・。」

「??」

「いえ、なんでも。
 昴星さんを交えて、今度ゆっくりお茶会でもしましょうね。」

「・・・あぁ。」

 政宗は・・・『雪輪蒼維』は知らない。背を向ける彼女らを見送る自分の両目が、情熱を宿していた事を。表情が、悔しげで苦しげなカオをしていた事を。
 乗車した幸村と『銀髪少女』を待っていたのは、『黒髪美女』の盛大な嘆息だった。

「信っ、じらんないっ!! もう何なのホントにっ!!!!
 三成クンや幸村クンと再会しても、前世の欠片も思い出さなかったのも大概どうかと思うけどっ! ボクとの再会で何の変化も無いのは、ある意味予想の内だとしてもっ!!
 キミに『政宗さん』って、前世と同じ呼び方されておいてっ。
 キミとあれだけ言葉を交わしておいてっ。
 キミの事すら思い出さないって、どうなの実際っ?! 前世、仮にもキミの公式主君で、キミは彼の、片倉クンと並ぶ忠臣だったっていうのにっ!!
 それでいながら、ちゃっかり改めて一目惚れするとかナイからっ。ナイからね、ホントっ。ナイと思うでしょ、鶴姫クンっ。」

 鶴姫。
 そう呼ばれた銀髪翠眼の美少女は、穏やかに苦笑して小首を傾けた。走り出した車の中、流れる車窓から映り込む夜のネオンが、腰まで伸ばしたストレートの銀髪を煌めかせている。この銀髪も、翡翠の瞳も、生まれつきだった・・・容貌は変わっていないとはいえ。
 彼女の左手は今、幸村と繋がれている。

「アリナシ以前に、私には幸村さん居ますし・・・。
 半兵衛さん、怒り過ぎです。」

「昔から政宗クンには寛大だよね、君は。」

 この『昔』とは当然、戦国乱世のあの時代から、という意味だ。この手の会話を気楽に気兼ねなく交わせるのも、前世仲間同士なればこそ、である。
 まだ納得いかなさそうに顔をしかめている黒髪美女は、そう言って、拗ねたように三成の左肩に己が側頭を寄りかからせた。
 自然な仕草で『黒髪美女』の肩に腕を回し、引き寄せる三成。
 『銀髪少女』が鶴姫の転生した姿ならば、この『黒髪美女』もまた、転生した姿。
 竹中半兵衛の。

「半兵衛様。秀吉様からメールが。到着の遅れを心配なさっておいでです。」

「秀吉ったら心配性だなぁ♪ 三成クン居るから大丈夫なのに♪♪
 もうすぐ着くからって、返信しておいて。」

「かしこまりました。」

 護衛だ秘書だと言うには優し過ぎる瞳で半兵衛を見る三成と、安心し切った様子で無邪気に甘える半兵衛。
 女性の体に、男性の心。
 物心ついた頃から前世の記憶があった半兵衛は、しかし、三成と再会するまで荒れていた。男性として、軍師として、英雄として。誇りが、矜持が高い程、その頃と違い過ぎる体に心が付いて行かない。相談できる人間など、周囲に居よう筈もなかった。
 最初に再会した前世持ち仲間が、三成で良かった。
 今では穏やかなカオでそう笑う半兵衛と、ソレを支えた三成の間の絆を知っている。
 だから幸村も安心して、前世でやはり彼女に想いを寄せていた2人の傍に彼女を置いておけるし、『彼』に対するダークな拘泥も曝け出せる。

「こう申してはアレですが・・・。
 政宗殿が前世を思い出されぬ方が、某には都合が良うございます。今生、『雪輪蒼維』殿とは良き関係を築けており申す。『政宗殿』が出ていらしては、ソレが崩れてしまうように思うのです。
 それに『片倉殿』にお会いしたくはございませぬ。
 今はまだ、蒼維殿のお側に『今生の片倉殿』はおられぬようですが・・・。
 これから先、雪輪家の警備部門に在籍しないとも限りませぬ。その時に商会を統べているのが『政宗殿』ではなく『蒼維殿』ならば。
 たとえ『今生の片倉殿』が前世を覚えておいででも、鴉之津家の姫君に簡単には近付けますまい。ですから・・・。
 此度、半兵衛殿や鶴姫殿と再会しても、『蒼維殿』のままで居て下さって。某は、とても安堵致しました。」

「その雪輪の御曹司は、『蒼維クン』のままで『水晶クン』に一目惚れしたみたいだけど?
 ソレはイイの?」

「あぁ、全然? 全くもって構いませぬ。
 身分立場がどうあれ、精神年齢100歳近く下の『子供』に出し抜かれる程、某も若くはございませぬ故。
 こういうのは立ち回り方の問題であって、金の問題ではございませぬ。」

「黒いっ、黒いよ幸村クンっ♪
 そんな黒いキミの笑顔が大好きだよ、流石に『あの』元就クンが、溺愛する妹と添う事を許しただけはある♪」

「さりげなく決定的に、友人に対する言葉ではないがな。」

「何を仰る石田殿っ。某、蒼維殿を友と思うておる事は確かでござるよ?
 ただ、『鶴姫殿』も『水晶殿』もお譲りする気は毛頭ござらぬ、というだけでござる。」

 澄ました笑顔でそう言った幸村のオーラは、間違いなくドス黒かった。だがそのドス黒さも、上機嫌の鶴姫がギュッと抱きついただけで浄化されてしまう。
 鴉之津・智晶(あのつ・ちあき)。
 彼もまた、彼らの前世仲間。秀吉の伴侶にして、鶴姫の兄。それはつまり、元就以外には有り得ない、と。この辺り、少々複雑な事情があるのだが。
 鶴姫=水晶は幸村=昴星の腕にグリグリと額を擦り付け、可愛らしく言い募る。

「私もっ、私も他の誰かに、幸村さんをお譲りする気、ありませんから・・・。
 って言ってても、言ってる時には説得力に欠けるんですよね、こういう言葉って。実際に行動で示さないと。示したいんですけど、肝心の『恋のライバル』が居なくて。
 どこかに居ないかな、幸村さんに『一方的に』惚れてくれる人。」

「そして鶴姫クンの、幸村クンへの愛情表現の道具になってくれる人?」

「フフフ、イヤだなぁ、半兵衛さんったらそんな言い方♪
 こういうのは競り負ける方が悪いんですよ♪♪」

「競り負かす気満々な人が、よく言うよ。」

「お前たち2人、お似合いだな。」

「わーい、半兵衛さんと三成さんに褒めて貰えましたよ、幸村さん♪」

「良かったでござるな、鶴姫殿♪」

 最早何も言うまい。
 半兵衛と三成が苦笑した頃、車が鴉之津家の敷地内に入った。



 その夜、鴉之津邸。
 周囲公認の『婚約者兼護衛』である、幸村と鶴姫。幸村はまた、足を悪くしている鶴姫の世話役、という役目も、鴉之津当主から仰せ付かっている。
 それはつまり・・・いつでも彼女の部屋に泊まって良い、と。

「・・・起きておられようか、鶴姫殿。」

 実際は『いつでも部屋に泊まって良い』というより、『いつも部屋に泊まっている』と言った方が正しいのだが。鶴姫の部屋から警備部に『出勤』する事も多く、部屋のクローゼットには、幸村が使う黒服なども吊ってある。
 今夜も、また。
 鴉之津邸で行われた、身内だけの食事会の、後。
 自室に引き揚げた鶴姫の傍近く、仕えた幸村は、そのまま彼女と同じベッドで就寝していた。
 今生、鶴姫は16歳。17歳の幸村の、ひとつ下だ。

「・・・はい、幸村さん。」

 キングサイズのダブルベッド。これもまた、幸村と添う為のモノだ。若い2人とて、別に毎晩睦み合っている訳ではないが・・・。
 彼は彼女に触れる時、必ず一拍置いて名前を呼ぶ。前世の、名前を。それは足の悪い彼女が拒む為のチャンス。彼女への思い遣りの表れだ。そのチャンスが生かされた事が、今までただの一度も無いとしても。
 言の葉を返し身を寄せる鶴姫の頬は、既にしてほんのり紅く染まっていた。

「車での、『恋のライバル』の話・・・。」

 彼女を見つめる幸村の指先が、戯れに髪を撫でていく。鶴姫はこの、幸村の指に手櫛を通される感覚が好きだった。
 彼の武人としての修練の深さを窺わせる、10代のソレとは思えぬゴツゴツした指先が、自分の銀髪を纏って、絡んで、すり抜けていく。その感覚も、ソレを見るのも。

「? あぁ、私が競り負かすっていう・・・。
 ホントには出て来なくてイイ・・幸村さんが、取られる危険なんて、ない方がイイに決まってますから・・・。」

 何処か拙い口調でそう言って、彼の鎖骨に額を擦り付ける鶴姫。春まだ浅い夜の事、互いの体温が実際以上に近く感じられる。
 寝具は洋風でも、夜着は和風に襦袢を使っている。今はその純白の襦袢が、夜の闇に浮かび上がって、紅潮する肌色をより妖艶に見せていた。
 彼女を深く腕に抱き込んで、幸村はアツく囁いた。

「この腕は、そなたを抱き締める為に。この目は、そなたを映す為に在り申す。他の女子を何処ぞに連れ込むとしたら、ソレはそなたに仇為さぬ内に殺す為。
 そう、思っていて欲しい。」

「幸村さんたら・・・ヤンデレ発言ダメですっ。
 格好イイからっ。」

「そうか、ダメか。では、コレは・・?」

「あっ、ぁん、きゅ、に、」

 肩口に吸い付いかれて、思わず咽喉を鳴らして喘いでしまう鶴姫。
 幸村はそのまま彼女を正常位に組み敷くと、もどかしげに自身の襦袢の軛を振り解いた。鶴姫の唇を強引に奪うと、情熱的な舌遣いに彼女が翻弄されている内に、相手の襦袢の紐も器用に解いてしまう。
 自然な流れで、瑞々しくも熱を帯びる白肌を弄ぼうとした、幸村のその手が止まる。
 怯えたような気配に、躰をくったりと弛緩させ、彼の欲望を待ち望んでいた鶴姫は蕩けた視線で見上げ返した。
 薄く、笑う。

「どうしたんです? 幸村さん。」

「・・・判りきっている事を、訊くものではない。」

「私が焦らしプレイ好きじゃないっていうのも、知ってるクセに。」

 返事を待たずに、身を起こす。
 鶴姫はそのまま完全に夜着を脱ぎ捨てると、幸村に寄り添った。ベッドの上に胡坐をかき、後悔の表情で顔の反面を押さえる幸村に。
 胡坐の膝頭を握り締めていた反対の手を、取って彼女は自分の頬に導く。
 長い鉤爪が人の指ほども伸び、五指から肩口近くまでが金属的な輝きを放つ鱗に覆われた。その、彼の腕を。
 取って自分の柔らかい頬に触れさせると、彼女は彼の肩口に唇を寄せて、浅黒く精悍さを増した肌色と爬虫類の鱗との接合部分に、丁寧にキスを施していく。
 一途で清廉で妖艶な少女の横顔を、再び熱の灯った幸村の瞳が追いかける。顔の反面、骨張った山羊の角を押さえ隠していた手は、オトコの欲望を堪えきれずに、彼女の腰を抱き寄せていた。
 途端に、白い太腿に赤い筋が走る。
 紅玉の如き雫を見た途端、手を引こうとする幸村の愛情を、しかし鶴姫は拒んで自分から彼の背中に腕を回す。
 『鬼』特有の筋力を内包する逞しい胸板に甘え、腕を伸ばして豹の下半身、その滑らかな毛皮を優しく撫でる。蛇のソレになっている尻尾までは、彼女の体格では届かないが。
 爬虫類の瞬膜に守られた梟の金瞳を、見上げた鶴姫は彼の翼の美しさに目を細めた。白梟の純白の翼、その猛禽類特有の大翼の、力強く美しい事。
 牙の見え隠れする唇に、彼女は更に自分から口づけた。

「ね、幸村さん。私に触れる事、怖がらないで・・・。
 『鵺(ぬえ)』の妻になる覚悟なんて、私、とっくに出来てるんですから。」

「鶴、姫・・・。」

 鵺。ぬえ。
 彼女は彼を、そのように呼んだ。ソレは妖怪の名だ。
 平安の昔から文献が見られ、だが、姿形の記述は定まらない。謎の妖物とされたが、それも当然、結局の所『鵺』とは、『複数の動物の体が寄り集まって出来た妖怪』なのだ。故に平家物語にあるように『サルの顔、タヌキの胴体、トラの手足を持ち、尾はヘビ』という鵺も居たのであろうし、源平盛衰記にあるように、『背がトラで足がタヌキ、尾はキツネ、頭がネコで胴はニワトリ』という鵺も居たのであろう。
 獣系統の妖物の中でも、一際レアで力強く、最高位に近い妖怪だった。

「・・・覚悟、か。
 この姿になった時、もう会えないと覚悟した。会わせる顔が無いと。獣の寄せ集めのような姿に絶望しそうになった。人の形に押し込めても、そなたの眼は誤魔化せぬと。
 この姿になったからこそ、そなたを探さねばならぬと思った。後戻りは出来ぬし、したい訳でもない。前世の記憶の有無に関わらず、魂の安寧を見守れればそれで良いと。
 450有余年、探して探して・・・。
 やっと会えた時、そなたは6つの幼な子で、辛い境遇に在って・・・。
 欲が出た。抑え切れなかった。もっと近くで守りたい。信頼されたい。愛したいし、愛されたいと。だから某は・・・殺したのだ。
 本物の『紫乃鈴昴星』を殺し、その皮を被って成り代わった。
 罪を犯した・・・そなたの傍に居たい、ただそれだけの為に、俺は・・・っ、」

「・・・私は嬉しかったですよ? 幸村さん。
 私は愛されていた。500年近くも愛し続け、待ち続けてくれていた人が居た。私の為に存在まで変じ、どんな手を使っても傍に居てくれる。
 幸村さんが咎人だと言うのなら、夫の咎人なるを嬉しいと思う私も、また咎人という事。
 共に地獄に堕ちましょう、幸村さん。」

「2人きりの、道行きとなろう。
 毛利殿には気付かれていそうだが、少なくとも石田殿は・・・愛に狂い、実の弟を殺して血肉を食らった俺を、許しては下さらぬであろうから。」

「宜しいではありませんか、幸村さん。
 ずぅっと、2人で居ましょ?」

「あぁ。ずっと、共に・・・。」

 幸村の、少しひんやりとした爬虫類の手が鶴姫のおとがいを捉える。優しい口づけはすぐに情熱的な蹂躙となって、彼女の快楽を煽り立てる。
 今生の・・・否、『今の』幸村は、厳密に言えば所謂『転生した人間』ではない。
 人であった『真田幸村』の魂が、鶴姫への恋情を未練に『鵺』という妖怪へ変化した姿。人妖(にんよう)とも言える。
 普段は人の形を取り、相応に歳も取ってみせられるが、それは妖物が変化しているに過ぎない。その本性は鵺。
 豹の下半身に蛇の尾を持ち、上半身は鬼。鬼の両腕と梟の瞳は、それぞれ鱗と瞬膜に守護され、頭部は山羊の角に守られている。鬼の牙には蛇の神経毒が通い、背に負う梟の大翼は、成人女性1人抱えて飛ぶくらい造作もない力強さを誇る。
 ソレが『今の』幸村。
 人の形を解いた、彼の本当の姿。
 幸村の苦悩も、真実の姿も。全てをちゃんと知っているのは、鶴姫だけだ。
 抱き潰さぬよう加減した彼の腕は、それでも彼女への愛情を・・・執着を伝えて余りある力だった。

「愛している、鶴姫。そなただけを・・・。
 450年と少し。短い時間ではなかった。深い仲になった女子も皆無とは申さぬが・・・そなた以上の者を、俺は知らぬ。探し続けたのが、その証。」

「私だって・・・。
 政宗さんと私が会った事で、不安になったのでしょう? 大丈夫・・・例え『今生の片倉さん』と再会したとしても、私はあなたの傍に居ます。
 信じて・・・ね?」

「あぁ、信じている。そなたの言葉は、全て信じると決めている。」

 人として満足のいく・・・満足のいっていた筈の終焉を迎えて後、眠りから目覚めるように、再び意識を取り戻した。『真田幸村』としての自覚をそのままに。
 何処とも知れぬ山中に、大樹の幹に寄りかかって眠っていたものらしい。自分は何故このような所で眠りこけていたのかと、ぼんやりした頭で我が身を見下ろすと、既にこの姿になっていた。『死んで』から約3年。既に鶴姫も鬼籍の人だった。
 そのまま独り、450年以上、だ。

「どうにも・・・ダメだな、俺は。
 そなたの躰に夢中になると、本性を抑え切れぬ・・・たまには傷ひとつ負わせぬまま、人の姿のままで触れたいのだが・・・。」

「そんな、事・・・言わないで、っぁ、」

 対面座位に座り直させられ、抱き寄せられた白い背中は簡単に血を流す。鬼の爪にとっては女の肌など春の若芽の如きもので、少し触れればたちまち鮮血が噴き出してしまうのだ。
 それでもイイと、彼女は言う。
 柔らかい乳房に鬼の牙を突き立てられ、蛇の舌で粒を嬲られて肌を震わせる。

「私、幸村さんのこの姿、好きです。
 イタイのも平気・・・。敵に日本刀で斬り付けられても怯まなかった女ですよ、私。好きな人に愛してもらって負う傷なんて、むしろウェルカムです☆」

「その言葉に偽りがない事は、何よりココが証明してござるが・・・、」

 彼女の背後から忍び寄った蛇の尾が、隠しようもなく妖しく濡れる、叢を乱す。割れ目をなぞるヌルリとした感触に、彼女の背なをゾクゾクとした快感が駆け上がる。

 吐息を乱す鶴姫の耳許で、黒い笑みを湛えた幸村が囁いた。

「本当は指で直接、攻めたいのだが・・・鬼の手のままでは、爪が邪魔でな。」

「イイんですよ? 幸村さんなら・・・私のソコを、ズタズタにしちゃっても・・・。そしたら、他のヒトの事、心配しなくても良くなるでしょう?
 私、むしろ幸村さんに殺されたい・・・何度でも。きっと気持ちイイと思う・・・。」

「・・・ヤンデレ属性に、そういう事を言うものではない。」

「ぁ、ん、ゃ・・っ、ふ、ぁあっっ、」

 内側に侵入した蛇に、その独特の生温かさに、彼女の細身が弓なりにしなる。
 ヒトの女の媚肉とヘビの男の尻尾の体温が、内側奥深くで混ざり合い、互いの蜜と快楽を極限手前まで引き摺り出す。それは確かに、この世に居ながらにして異界の構図だった。
 柔らかい細腕を甘噛みしていた男の口が、今度は彼女の唇が欲しいと、我意の侭に紅い唇を舐めていく。その強引さにまた、彼女が悶えてしおうとも構わず。
 彼の持つ豹の四肢もまた、彼女の柔肌を求めていた。

「可哀想に・・・俺に抱かれる度に、こんなに傷だらけになって。」

「そ、思う、なら・・・もっと傷、つけて・・・ぁっ、」

「こんな風に?」

「んっ、・・好き・・コレ・・っ、」

「そなたが本当に好きなのは、こちらでござろう。」

 仰向けに押し倒した鶴姫の肢体を、幸村の豹の肉球が、彼女の形を覚え込むかのように触っていく。少し硬めの、意外に冷たい感触のパッドで全身を愛撫しているようなものだ。
 合間に当然のように、ネコ科特有の鋭い爪によって、白肌に紅い筋が刻まれていく。
 その度に痛みではなく快楽で息を乱す彼女は、幸村限定で間違いなくMだった。
 そのMから痛みを取り上げる彼は、間違いなくSだろう。意識して爪を引っ込めた幸村は、代わりのように彼女の躰に顔を埋める。これから細かい傷、ひとつひとつ全てに舌を這わせるのだ。
 角ある妖物には、須らく治癒能力がある。
 強弱の差はあれ、治癒能力自体は角ある妖物なら誰でも持っている。とくに有名で、有能で、また美しいのは一角獣。ユニコーンだが、最上位の妖物の一である『鵺』もまた、高い治癒能力を持っていた。角のある鵺だけ、だが。
 立派な山羊の角を持つ幸村にもまた、高い治癒能力は備わっていた。
 彼の体液、特に唾液に触れれば、切り傷などたちどころに癒えてしまうのだ。

「姫・・・鶴姫・・、」

「ゆ、き・・、ぅ、ぁ、・・ん、だめ、そ・・・っぁ、」

 滑らかなラインを描く、白い頬。
 綺麗な声で喘ぐ、細い咽。
 折れそうに華奢な鎖骨や、柔らかく触り心地の良い、両の房に、守るモノもなく無防備な腹。オトコの欲情に晒されて自ら動いてしまう、柳の腰つき。
 幸村はその全てを舐め回し、全ての傷を治していく。
 ソレは愛しい彼女を傷付けてしまった贖罪、などという殊勝なモノでは決してなく。紛う事なく、男の欲で彼女の躰を満たしたい、という、愛撫と呼ぶのも生易しい本能だった。
 彼の舌は両の太腿を下り、膝下に至る。

「そこ、はっ、・・ぁ、ゆき、むらさん、昴星、さんっ、」

「イイ・・その声、もっと聴かせて下され・・・。」

「ぁあ、んっ、っく、ぁ、っっ、・・、」

 鶴姫が・・『水晶』が車椅子を使っている、理由。
 それは膝下全体に負った大火傷が原因だった。今生、鶴姫と元就が生を享けたのは鴉之津家ではない。生まれたのは、もっと別の場所・・・もっと別の酷い場所だった。そこから命からがら逃げ出し、しかし、互いに重傷を負って死を覚悟した。死を覚悟しても悔いのないような、2人が生まれたのはそんな場所だった。
 真冬の東京で行き倒れて、そんな2人を救ったのが、鴉之津敬誠(たかまさ)氏。藤翠堂グループ総帥にして、鴉之津家当主。鴉之津鷹峰の実父だった。氏はそのまま2人を養子として迎え入れ、吾子として慈しみ、今に至る。
 2人が氏に『拾われた』のは、鶴姫が6歳の時だった。膝下全体の火傷は、その逃避行の最中に負った傷だ。
 鷹峰と智晶・・・今生の秀吉と元就の間に、血縁は無い。

「感覚、なんか・・・ほとんど、っ、残っ、て、・・・ない筈なのに。
 こんなコトしてる時ばかり、なんで・・・恥ずかしい。」

 喘ぎ声を手の甲で抑え、羞恥に涙目になっている鶴姫。
 自覚の無い痴態を、無体に開かせた足の間から拝む、というすンごい位置から眺めた幸村の咽が鳴る。黒い笑みに染まった唇で、鶴姫の火傷痕に口づけた。
 うっとりと舐め嬲ると、途端にビクンッ、と震えるのが愛おしい。

「俺に・・・こうされるのが、嬉しいのでござろう?」

「んっ、・・わた、しは・・ね。でも・・・。
 ゆきむらさん、は・・・? こんな・・痕。綺麗じゃない、のに・・・。」

「そなたは、俺のこの姿を恐れない。そうでござろう?」

「? ん・・だって、綺麗で、強くて、格好イイもの・・・。
 あなたは私の、自慢の夫ですよ?」

「また閨事の最中に、愛い事を・・・。
 その言の葉が、本音だからこそ、姫には判らぬのでござる。俺のこの姿を、醜いと思う者も居る事が。色目を使ってくる女子を遠ざけるのは簡単でござった。偶然を装って、本性を晒せば良いのだから。ソレで100%、振り切れまする。
 辛うござったのは、男友達の方で・・・。
 友と見込んで本性を晒しても、大概はハズレ。俺を親友と言った口で化け物と罵り、俺と盃を交わした手で刀を抜き、刃を向ける。
 前世、病を得て友の大半に背を向けられた大谷殿のお気持ちが、ようやく血肉として理解出来申した。唯一残り、大谷殿を守ると申された石田殿を、いかに得難く感じたか。病を得てなお忠勤を許し給うた秀吉公と竹中殿が、いかに大きな存在であった事か。」

「幸村さん・・・。」

「400年以上、会う者の大半に醜いと蔑まれ続けてきた本性を・・・正直、他でもない俺自身が受け入れがたかったこの姿を、そなたは美しいと言ってくれる。こうして触れさせてくれる。
 同じでござる。
 俺が醜いと思うこの姿を、そなたが美しいと言ってくれるように。
 そなたが醜いと思うこの足も、俺にとっては美しい、愛おしむに値する足。そなたが懸命に生きんと欲し戦った、その努力の証でござれば。
 武勲に伴う名誉の負傷を、蔑む武人が居る筈もない。」

「幸村さんらしい・・・。」

 そう呟く以外に、言葉では表しようが無くて。
 涙の浮かんだ瞳で透明に微笑んだ鶴姫は、もっと彼に近付きたくて、身を起こすと子供のように彼に両腕を伸ばして首に絡めた。幸村は心得たように胡坐の膝に抱き上げる。
 胸に甘えて額を擦り付け、ほっそりした指先で浅黒い鬼の肌を撫でる『妻』の髪を。その美しい白銀の髪を、『夫』の手が弄び、慈しむ。わざと少しだけ逆立てた鱗に、銀の筋が絡みついて乱れる。
 それはまるで、彼に甘える彼女そのもののようで。
 ヒト『だった頃』は明るい茶髪だった幸村の髪は、鵺となった今、髪質は変わらぬまま漆の黒に染まり上がっている。その漆黒の長髪を一房取り、口づけると、鶴姫は恍惚の表情で彼の褐色の肌にも唇を寄せた。
 より正確には『夫となる男』に。

「愛しています、幸村さん。好意とか思慕とか、そんな言葉では足りないくらいに。
 今生、この身が18の年に妻にして下さるお約束。
 待ち遠しい。」

「あぁ、俺も待ち焦がれている。
 だがそれも、あと2年。この誘惑に耐えるのも、そなたへの愛情の証と思えば易き事。」

「あの・・・女の法定年齢は16ですよね?」

「ダメでござるよ?」

「・・・はい。」

「ソレが鴉之津のお義父上とのお約束でござれば。
 『触るのはイイが抱くのは禁止。18の誕生日まで、娘を抱かずに触れるだけで耐えられたら。未成年だろうが戦闘職種だろうが、嫁にやろう。諸々支援してやる。』と。
 水晶殿に対する気持ちが欲でなく愛ならば、未成熟な体に突っ込むような真似はしない、出来ない筈だと。」

「父様、『児童婚』がお嫌いだから・・・。」

「敬誠公のお言葉は道理を得てござる。
 それに公は主君であり、また義父となられる御方。鶴姫殿と毛利殿の恩人でもあられる。そのような御方と交わした約定は守らねば。」

「・・・そういうカタい幸村さんも大好きですよ、はい。」

「この約定の事で不満顔をなさる鶴姫殿も、某は大好きでござるよ?」

 全て見透かして鷹揚に笑う幸村は、裏腹に、そんな不満顔の鶴姫すら独占したがるかのように、彼女を鬼の腕(かいな)に閉じ込めた上で梟の大翼で覆い隠してしまう。
 夜の部屋の中、更に暗黒に閉ざされた鶴姫が、感じる事が出来るのは幸村の体温と匂い、それに手触りだけだ。
 鬼の形をした爬虫類の掌で、優しげに髪を撫でながら幸村が囁く。

「この状態でして差し上げたい事は山程ござるが・・・。
 今宵はもう、お休み下され。鶴姫殿。ずっとこうしております故。」

「はい・・・幸村さんの翼、好きです。
 温かくて、安心する・・・。」

 無防備に眠りに落ちる姫君は、知っているのだろうか。己が身を託す騎士の、その心中を。忌まれ続けてきた男が、それでもと熱望した女を、得る為に。拒まれぬ為の策。今から彼女に、獣たる己が身に馴れさせておくのも一手。ならば、義父の出した条件を最大限に利用し、焦らすのも、また一手。
 火傷による肢体不自由。
 鶴姫の持つ肉体的ハンデを、幸村が実は結構、歓迎している事。彼女は気付いているだろうか。
 彼女の銀髪に頬をすり寄せ、彼はうっとりと囁きかける。

「愛している、鶴姫・・・。
 あと2年。俺は本当に、待ち侘びているのだ。」

 全ては、『今生の彼女』を妻に迎える為に。
 『最終的な別離』が異類婚の常だが、幸村は常道に嵌まる気は欠片も無かった。そんなお決まりコースで満足するような男なら、あの戦国乱世で名を馳せ、武田の看板を背負って立っていないのだ。
 何が、何でも、他ならぬ『鶴姫』を。『彼女だった魂』を、妻に。
 そうするだけの魅力が、価値が、少なくとも幸村にとっての鶴姫には在った。



 2週間後。

「10月半ばに雪、というのも、珍しい天気でござるな。」

 幸村と鶴姫、2人の姿は熱海の湯治場にあった。
 バサラ学園の進級テストは、9月の終わりにある。万が一にも落ちるような事があれば、素直に他の学校を探せ、という理事長の冷酷な・・・本人は親切と言い張る方針があっての事なのだが。お陰で生徒たちの、運動会でのフィーバーぶりはほとんど後夜祭である。
 その運動会も終わった、10月半ば。
 かねてより鴉之津公に許可を取っていた、2泊3日の温泉旅行。
 異常気象だろうが政治的混乱だろうが、ニッコリ笑顔で決行するのが鴉之津クオリティである。
 朝から降り続いて夜になっても止まない雪に、流石の鶴姫もご機嫌斜めだった。

「今の時期なら、きっと星空が綺麗だろうと思ったのに・・・。
 雪雲の向こうなんて。」

「鶴姫殿は、星をご所望でござったか。」

「はい♪ 一仕事終えた幸村さんと・・・昴星さんと、2人きりで昴が見たくて。
 秋は好きです。お空に昴星さんが居ますから。」

「・・・・・。」

 無邪気にサラッととんでもなくカワイイ台詞を可愛い笑顔で言い切る彼女を、幸村は緩みそうになる口許を右手で押さえながら、左手で抱き寄せた。
 一糸纏わぬ裸の胸に、素直に甘える鶴姫の華奢な肩口に湯水を掛け、温める。
 温かい泉と書いて、温泉と読む。
 現在、2人っきりで彼らが居るのはホテルの内湯。流石に露天は風邪を引くからと幸村が止めたが、一面ガラス張りで景観は抜群、檜の香り高い広々とした湯船。
 そこに、バスタオルも巻かない体でピッタリと寄り添って、2人きり。

「俺は今降っている雪も、好きでござるよ。
 白く、時に透明で・・・水の結晶でござろう? 天から水晶殿が降ってくる。」

「まぁ♪ 雪の結晶、ひとつひとつが私ですか?」

「いかにも。
 寒さは苦手だが、そう考えると俄然、見上げる気になる。俺にとっては天国、楽園は地上にこそある♪ という。」

「あらあら、面白い事♪♪
 ならば私は、水になりますね。」

 ハッと目を瞠り、幸村の体が一瞬だけ震える。
 鶴姫は優しく微笑んでいた。

「父様や兄様方にも言っておかなくちゃ。
 私が死んだら、水葬にして下さい。土葬でも火葬でもなく、焼かずにそのまま棺を海に。灰にもならぬまま、まるまる海に溶けて、そうしてじきに会いに行きます。
 雪とか、雨とか、雲とか・・・水を含んだ風とか。
 幸村さんの事、私が守ってあげますね。」

「・・・水晶。」

「はい。」

「水晶・・・。」

 呻くように名を呼び、抱き締める男に、女が返す言の葉は温かい。
 彼の心音に耳を傾けるかのように。幸村の胸板にピッタリと側頭を寄せた鶴姫は、憂いを含ませた瞳を静かに伏せた。

「・・・私、幸村さんの事が心配です。
 私は定命のヒトのまま。100年と生きない・・・どころか、人より更に虚弱な体。
 幸村さんは、『水晶』が死んでも、この地上で、この国で生きていく。私が・・『水晶』が死んだら、また彷徨いますか?
 私の魂を探して、転生しているかも判らぬ魂を、あてどなく・・・独りで。」

「当然の事。
 そなたを守る。『鶴姫だった魂』を、その安寧を。ソレが今の俺の存在意義。」

「『次の私』は、あなたの事を覚えていない。その可能性の方が高い。
 それでも?」

「あぁ。」

「もしかしたら、日の本ではなく遠い外国に生まれているかも知れませんよ?
 それでも、あなたは」

「あぁ。」

 問いの半ばで遮り、潤んだ瞳の彼女の唇を奪い取る。
 唇を重ねて舌を絡め、角度を変えて口淫に耽る。鶴姫の瞳から零れたせつなげな雫を、彼の艶めいた舌が舐め取っていく。

「問われるまでもない。」

 銀髪の間に差し入れた指先で、鶴姫のうなじを撫でる。幸村の掌は間違いなく火照っていた。反対の手で腰を撫でられた彼女の背筋が、震えたせいで水面が揺らぐ。

「止められぬのだ。『逢いたい』という気持ちが。衝動が・・・。
 むしろそなたは、俺から逃げた方が良いのかも知れぬ。あるいは名のある陰陽師にでも、祓って頂いた方が良いのかも。そう、思う時すらある。
 だが・・・己の足で行く気にはなれぬ。ココにそなたが居る故に。離れたくはない。」

「当然、です・・・私、の・・躰を、こんなにしておいて・・・ぁ、」

 ヒトの男の手で乳を揉まれて、鶴姫の背が敏感にのけ反る。自然、幸村の首に回された両腕は、堪え切れない快楽に少しだけ震えていた。
 水面下では、彼の逞しい太腿が、絶妙の強弱で彼女の割れ目を嬲っていた。
 首筋に当てられた舌の、ねっとりとした柔らかさに、細い咽から吐息が漏れる。
 角ある妖物の体液には治癒能力がある。
 同時に、催淫効果も。
 ごく軽いモノではあるし、あくまで一時的で習慣性は無く、麻薬と呼べるような代物ではない。ないが、普段からソレに慣れてしまうと、ソレなしのアレコレは・・・物足りなくなる、かも知れない。
 我知らず、鶴姫の唇から呟きが零れる。

「人魚に、成れたらイイのに・・・。」

「人魚、でござるか?」

「ん・・・海に縁の深い、歌の上手な妖物って言ったら、人魚かなって・・・その程度ですけど。
 殺し合い的な剣戟の音の響かない、ヒトに追い立てられたりもしない、深い海の底にお家を持って・・・勿論、たまに陸にも上がったりしながら。蛇の幸村さんと2人、静かに暮らせたらなって。ずっと・・・命尽きるまで、共に。
 幸村さん?」

「・・・・・・想像してしまった。望んでしまった。シテみたい。そのような暮らしを、他の誰とでもなく、鶴姫殿と。
 きっと・・・そなたならば、さぞ美しい人魚になるだろう。」

「想像するくらい、イイじゃありませんか。
 悪い事、してしまったみたいに言わないで・・・自分を責めないで。鵺になった事は、あなたのせいではないのだから・・・。」

 優しい声で自責を解く鶴姫を、幸村は縋るように抱き竦める。
 彼の爬虫類部分は、実はただの蛇ではなく、ウミヘビだった。本来は水棲なのだ。陸でも平気なのは、霊力の高さでカバーされているのだろう。
 彼女は彼の身体特性を深く理解している。そして、鵺に変じてしまった事に対して、常に何処か後ろめたい気分がある幸村の心情も。
 理解し、受け入れてくれる。こんなに鮮やかに、弱さまで。
 そういう女性を、今更手放せる訳がない。
 手放してしまいかねないリスクなど、なお侵せない。

「鶴姫殿。俺より余程術理に通じているそなたならば、意識を保ったまま妖物と化す方法など、既に存知ておるのやも知れぬが・・・。
 当分、使わないでいて欲しい。そなたが危うくなるのが、俺は恐ろしくてならぬのだ。」

「大丈夫。2人の事ですもの。使う時は、ちゃんと幸村さんにご相談しますから♪」

「2人、の・・・。」

「はい、2人の♪ 何ですか、幸村さん。
 今更顔を赤くしたりして。カワイイんですけど?♪」

「そう揶揄って下さるな。」

 優しく苦笑して、銀髪を撫でて額に口づける。その幸村の温もりに甘え、改めて身を寄せ、鶴姫の方でも手を伸ばして彼の、人としての茶髪に触れる。
 そうして互いに、いつまでも離れがたく触れ合っている所を、風呂場の外から邪魔したのは侍従が齎した一報だった。

「失礼致します。
 水晶お嬢様。昴星様。お2人両方にお会いしたいと、お客様が参られております。
 如何致しましょう。」

「私たち、両方に、ですか? 夜分遅くに、一体どなたかしら。
 私と昴星さん、共通の『お友達』って実は皆無だと思うのだけど。」

「身元は確かです。雪輪蒼維様。奥州商会の御曹司で、昴星様のご学友です。我ら紫乃鈴のボディチェック他、諸々クリア致しました。
 ただ、蒼維様のお連れ様につきまして、身元の即時確認が取れない御方でして・・・蒼維様は当然、問題ないと仰るのですが。
 我ら紫乃鈴、水晶お嬢様にお会わせして安全かどうか。判断を下しかねております。」

「雪輪の縁者・・・どのような御方?」

「外つ国の御方です。
 名をヤルミラ・ミゼロヴァー、国籍はチェコ、年齢は5歳、性別は女性。つい1週間前にご養女に入られたばかりの、蒼維様の義妹に当たられる方だと・・・。
 ここまで全てが蒼維様の自己申告で、裏が取れません。ご養子の話自体、秘密裏に迅速に進められたようで。何かご事情がお在りと思われます。
 褐色の肌に藍色の瞳、銀の短髪の、大人しい女の子です。身のこなし等を拝見しましても、暗殺者のようにはお見受け致しませんが。
 水晶お嬢様、お会いになられますか?」

「判りました。会いましょう。」

「お嬢様・・・しかし、お嬢様に何かあっては、旦那様や兄君様たちに何とお詫び申し上げたら宜しいか、」

「鴉之津水晶が、自分の判断で会うと決めたの。自分の客と会うか会わないか、判断出来るだけの教育は、他ならぬ父様に施されていてよ?
 それに私は、あなたたち紫乃鈴の目を信じているから。」

「水晶お嬢様・・・♪」

「客間にお通しを。お連れ様にも、礼を失する事の無いように。」

「はいっ♪♪」

 音もなく下がっていく侍従の動きは、間違いなく達人クラスの武芸者のソレだ。扉で見えなくても判る。
 紫乃鈴一族。
 鴉之津家を主家とし、戦国以前から千年近くも忠節を尽くしてきた護身の家柄だ。今生、別の場所で生まれた三成・幸村を孤児院から引き取り、育てた家でもある。鴉之津家の警護一切は、彼らが取り仕切っているのだ。
 藤翠堂グループという巨大複合企業を率いる鴉之津家が、暗殺の心配もなく自由に動けるのは彼らが居るからだった。
 真田幸村と、毛利鶴。
 そして彼と彼女は再会する。戦国乱世を共に駆け抜けた、最も近しい彼らの竜に。



「意外っちゃぁ意外なカップルだよな、お前ら。」

 それが、ナチュラルに彼女をお姫様抱っこで移動させる彼を見た、『雪輪蒼維』の第一声だった。
 その口調には覚えがあって、2人共が虚を突かれてしまう。
 ニヤリと笑った『彼』は、重ねて言葉を継いだ。

「武田と毛利。家風も正反対じゃね?
 真田幸村。大好きな『兄様』に刃向った事もある男ってんで、同盟組んでからも、お前ら、つか鶴? 喧嘩する度に持ち出してたよなぁ?
 真田の尻に敷かれっぷりが、痴話喧嘩かっ! とかツッコまれてたモンだったが。」

「ま・・さむね、さん? 今の『あなた』は・・・?」

「まぁでもアレか。鶴が生業賭博する度に、ガードだのスリーマンセルだのに駆り出されてたのは真田と石田だったもんな。そう考えりゃ接点アリまくりか。鶴のダークサイドをよく見てる分、小十郎より深い仲になってもおかしかねぇよな。
 石田の方に行かなかったのは竹中のせいだろうが。
 しっかし今生の天才軍師は女か。石田の野郎、大喜びだったろ?♪」

「待つ、待つでござるよ、『蒼維』殿っ!
 思い出されたのでござるかっ、前世を? 我らの事をっ?! 何故急に?!」

「応よ、甲斐の若虎。何なら今度、前田家で習った料理、作ってやろうか? 風来坊の不在はちぃとばかし寂しいが。」

「政宗さんだ・・・ホントにホントの、『私たちの知ってる政宗さん』だ・・・!
 ね、幸村さんっ♪♪ 政宗さんですよ、幸村さんっ♪ 積もる話が・・・幸村さん?」

「・・・政宗殿、某は・・・。」

 無邪気に素直に大喜びする、出来る鶴姫と裏腹に、強張った表情を見せる幸村を『彼』は咎めない。全て受容し受け入れる、清濁併せ呑む器の大きさ。ニヤリと笑うその笑顔もまた、2人知る所の『政宗』だった。

「オーライ、あらかた判ってる。
 小十郎の事だろ? お前が心配してるのは。居やしねえし、居ても近付けねぇよ、鶴には。今生、鶴の王子様はお前だ、真田。」

「政宗殿・・・っ。」

「オレとしちゃ右目の不在は素直に寂しいんだが、こればっかりは天意に任せるしかねぇだろう。
 それより今は、コイツの事を考えてやらなくちゃな。」

 そう穏やかに笑い、己が腕にしがみつく『銀髪幼女』の頭を撫でた、政宗の落ち着きようといったら。それについては戸惑いの元で、幸村と鶴姫は顔を見合わせてしまう。前世の彼は終生『あの調子』で、年を取ってからも若者相手に暴れ回っていたものだが。
 場所は変わらず温泉宿、鴉之津家が取った座敷の客間。
 護衛1人連れずに突然やってきた『雪輪家の御曹司』は、堂々と無防備に、胡坐をかいて座っている。幸村も胡坐、鶴姫は崩した正座だった。
 3人は温泉宿らしい着流しだが、ただ1人、政宗が連れて来た『銀髪幼女』だけはワンピース姿である。誰が見立てたものか、濃いインディゴの瞳色に鮮やかなシーブルーの生地が映えて、とても似合っている。
 だが勿体ないかな、将来美人確定の可愛らしい顔は終始うつむき加減で、光を弾く銀髪に隠されがちだった。彼女は『兄』の袖を掴んだまま離さない。そうしていないとこの大地の上から転げ落ちてしまうと、本気で怖れているかのような必死さ、真剣さで。
 押し黙ったまま挨拶ひとつ発さない『妹』を、咎めない政宗は真剣な瞳で幸村と鶴姫に向き直り、口火を切った。

「まずは突然の来訪を詫びる。
 済まなかったな、寛いでるトコをよ。進級テストも運動会も終わって、日付変更線解放とイきたいトコだろうに。」

「ちょ、待っ、政宗殿っ。
 いやいやいや、ナイですから。まだ、ナイですから。誤解を招く発言をしないで下されっ、鴉之津のお義父上に某が殺されまするっ。」

「そうなのか? 勿体な、もとい、まぁそれはともかく、だ。
 今夜は折り入って、大事な頼みを聞き届けてもらいたくて来た。
 まずは・・・今夜俺が此処に来てる事は、お前らの保護者筋は全員知らねぇ。今はまだな。だが後日改めて、同じ話をしに行くつもりだ。
 鴉之津公には既に、スケジュールの空きを伺うメールを送信してる。お前らに、保護者や主筋に何か隠し事をさせるつもりはねぇ、って事だ。
 それと・・・前世の記憶を思い出した途端、大掛かりな頼みをする事。申し訳ないと思ってる。お前らには全く関係の無い話だってのに、恩を前借りするような気分だ。
 だが、その申し訳なさを差し引いても、だ。
 今のオレには、お前たち以外に『この頼み』を出来る人間が居ねぇ。
 どうか頼む。『二世の友』の誼だと思って、この頼み。お前らに聞き届けて欲しい。」

「どうなされた、政宗殿。
 貴殿の口からそんなもって回った言い回しが出るとは、珍しい。」

「そうですよ、政宗さん。
 私たち、ただのお友達じゃないでしょう? あの乱世を一緒に終わらせて、『7王家制度』っていう全然新しい政体を立ち上げて。ほとんどイチから国を造った『特別な』お友達じゃないですか。
 遠慮するなんて、政宗さんらしくありません。
 ど~んと、ストレートに言っちゃって下さい☆。」

「そう言ってくれる奴らだと、心の何処かで思ってた。甘えさせてもらうぜ、盟友。
 実は・・・妹を守りたい。手伝ってくれ。」

「え・・・? はい、いいですけど・・・。」

「ええと、政宗殿。そのような簡易な事で宜しいので・・・?」

「おっっっ前ら、ホントそういう天然なトコ変わんねぇな全くよっ!!!!
 お前らには簡単でも、オレには簡単じゃないのっ。だから手伝えっつってんのっ!
 オーケイ?」

『は~い♪』

「お前らな・・・。」

 ともあれ、政宗の『願い』とはこういう話だった。
 発端は政宗自身・・・『雪輪蒼維』の政略結婚話だ。
 相手はチェコの名家・ミゼロヴァー家。蒼維と同じ17歳。諸外国の中でも随分遠い国を選んだと思うが、相応の理由があっての事だった。奥州商会は様々な品を扱うが、メインはメディカル関係だ。一口にメディカルと言っても、製薬、薬酒、医療介護関係の家電製品、その他諸々多岐に渡る。市場としての東欧に早くから目を付けていた蒼維の父親は、手始めにチェコの権力者と誼を通じて開拓の足掛かりとしたかった訳だ。
 対してミゼロヴァー家も現地で指折りの商人だが、なにぶん政情不安定な国の事、今すぐ転覆という事もないが、いつ、何が起こるか判らぬ不安は拭えない。ヒノモトという『遠国』だからこそ、ミゼロヴァー家としては誼を通じる意味があるのだ。いざという時の亡命先として。
 持ちかけてきたのはミゼロヴァー家。が、雪輪家でも乗り気な話だった。
 蒼維当人はと言えば、可もなく不可もなく・・・という気分だった。実のところ元々、己に恋愛結婚が許されるとも思っていなかったし、父親の説明を聞いてあっさり納得してしまった辺り、やはり自分も商人なのだな、と思った程度だ。写真で見る限り容姿は標準以上だったし・・・一瞬だけ『鴉之津水晶』の名が脳裏をよぎったが、友人の婚約者に横恋慕して家同士の話を壊す程、愚かでもなかった。
 結婚生活なんてのは互いの努力あっての事だし、抱けば抱くで情も湧くだろうし、外国の話も聞けるだろうし、最初から拒絶する事もないよな、と。
 『婚約者候補』と見合いをした時の彼は、そういう、ドライながら前向きな気分だった。一族の命運に関わるからか先方はやけに積極的で、わざわざ来日して来たのだ。
 ホテルで会った『婚約者候補』は、確かに美人だった。
 想定外だったのは。

「なぁ真田、鶴。お前らはさ、何歳から前世の記憶があった?」

「? 私は・・ほぼ、生まれた時から。この辺り、色々事情が複雑なんですけど。」

「某は比較的遅く、7つの時分に。鴉之津家の病院で鶴姫殿にお会いした瞬間に全て。黒将兄上・・・石田殿は、物心ついた頃にはもう自覚がお有りだったと。」

「そうか。オレはさ、ヤルミラに一目会った瞬間に思い出したんだ。」

「ヤルミラ様に・・? しかし、失礼ながらヤルミラ様は、前世を共にした仲間では。」

「あぁ、ない。
 ヤルミラは誰の生まれ変わりでもない。『愛姫』でも『小十郎』でも、他の誰でもない。オレ自身不思議なんだ。とうしてヤルミラなのか。ヤルミラが、オレの『何』なのか・・・『誰』なのか。」

「政宗殿。」

「確かな事はオレにとって、どうやらコイツが『特別』らしいって事だ。
 更に言えば、その『特別』が大事にされてない現状がある。」

 ヤルミラ・ミゼロヴァー。
 彼女も歴とした、ミゼロヴァー家の血を引くご令嬢。当主の末娘である。だが母親の身分が低く、家中では侍女に傅かれるどころか、奴隷同然の扱いをされていた。彼女の来日理由、それは異母姉の見合いの場で、下級メイドとして控える為。
 一瞬で前世の全てを理解し受け入れた政宗は、次の一瞬でヤルミラの現状を理解した。
 自分がどう、行動すべきなのかも。

「で、生れて初めてオヤジに『おねだり』なるモノをしてみた訳だ。ヤルミラを・・・まぁその時はまだ名前知らなかったけど。
 ヤルミラをオレの妹にしたい、養子にしてくれと。で、速攻でヤルミラの観光ビザだけを延長して今に至る、と。目下、日の本に帰化させる準備中。」

「ま、政宗殿っ、見損なったでござるっっ!!!
 いたいけな幼女の弱味に付け込んで、お持ち帰りとはっ。リアル若紫計画としか思えないでござるよっ?! 運動会が終わって急に学校に来なくなったと思ったら、そんな破廉恥で変態な計画を実行なさっておられたとはっ!!」

「ちっげぇよ馬鹿野郎っ、変な誤解撒き散らすなっ!!
 ソコは断固として否定させてもらうっ! 12歳差だぞっ?! ねぇよっ!!
 オレはただ、コイツがオレの『何』なのか、見極めてみたくなっただけだ。それに何よりソレを差し引いても、ヤルミラの現状に我慢ならなかったってだけよ。
 雪輪家が正式に養子の申し入れをした時、ミゼロヴァー当主が何て言ったと思う? 『塵芥のような娘で宜しければ、どうぞお愉しみ下さい。』だとよっ。普通にぶっ殺決定♪だろ。実の娘相手にチリアクタとかよく言えるぜ。
 あんなのがヨメの父親とか、マジねぇわ。」

「一応とはいえ、政宗さんのお見合い話だったのでしょう?
 お相手の方はどうなさったのですか? それに政宗さんのお父様は何と。」

「・・・その『相手』が問題でな。
 オヤジは養子話に全面的に賛成してる。『チェコ人の子供を養子にして可愛がってる』ってだけで、チェコでの足掛かりにも、ミゼロヴァー家以外の家門に近付くにも充分だしな。むしろ今回の件でミゼロヴァー家との連携を考え直すつもりらしい。
 ウチのオヤジは聖人君子ってガラじゃねぇが、子供を塵芥と言って憚らねぇ連中と好き好んでつるむ程、人でなしでもない。
 真田は知ってるだろうが、オレは一人っ子でね。母親は、女の子が欲しかったんだっつって大喜びよ。オレの『アオイ』って音だって、女名前しか用意してなくて、後から取って付けたように男っぽい漢字充てただけってくらいだから。
 娘大歓迎、ウェルカム大フィーバーで服やら何やら買い込んでやがる。
 奥州商会的にも損にならず、オレに後継としての自覚も芽生え、かつ欲しかった『娘』も迎えられる。万々歳って訳だ。
 見合いの話は正式に断った。
 だが、こっからがこの話の厄介な部分だ。」

 政宗曰く、自らの美貌に絶対の自信があった『ミゼロヴァー家の長女』が逆恨みしているらしい。一目会ったその日その時から遠国『ヒノモト』の男は自分に夢中になる『筈』だったのに。よりによって、人以下の存在としか考えていなかった異母妹、それも『女』とも呼べない年齢の幼い異母妹に男を取られたのだ。
 実際には政宗は、妹として可愛がりたくて手許に引き取ったのだが。
 そういう目でしか見られない連中には、『そういう嗜好』がある男、としか認識出来ないものである。
 プライドをこれ以上ない程に傷付けられた異母姉は、今も日の本のホテルに滞在中だ。
 異母妹を殺す為に。

「まぁオレも、仕事の延長な感覚で事務的な対応しかしなかった自覚はあるけど。
 実際、政略前提の見合いなんて仕事の一環だろ? 長年の婚約者って訳でなし、何か書面で交わしてた訳でもなし。
 まるで弄んで捨てたみたいな言い方すんなっつの。
 生まれついての骨格だけしか取り柄のねぇ自意識過剰女よりも、今はオレの大事な妹の事だ。
 恥ずかしい話だが、雪輪家は『自主自律』が行き過ぎててね。ストレートに言って、警備体制が甘いのよ。
 鴉之津家にとっての紫乃鈴家みたいな、信頼に足る警護のエキスパートが居ない。『自分の身は自分で守れ。それが出来なきゃ雪輪を名乗るな。』が家訓だから。雪輪生まれだってんなら、相応の教育はしてもらえる。だから一概に間違いとも言えねぇんだが。
 だがヤルミラに関しちゃ、コイツに自衛なんてさせられる訳ねぇだろう。そんな生活から守ってやりたくて養子にしたようなモンなんだから。オレがいつも傍に居られるとは限らないし、プロフェッショナルじゃねぇ。どんな状況でもオレ1人で守り切れるかと問われれば、答えは否だ。
 外注しかねぇんだが、迂闊に適当な警備会社に頼む訳にはいかない。ミゼロヴァー家に取り込まれてねぇ保証がねぇからな。
 そこで、だ。
 藤翠堂系列の警備会社・菊羽(きくはね)セキュリティに、ヤルミラの護衛を頼みたい。
 欲を言えば、鴉之津本家で預かってもらえると安心だ。今のヤルミラにとって、一番安全なのはお前らの傍だと思うからな。
 っつー訳で、だ。
 近い内、お前らの傍か、遠くても『関係者』の立ち位置にヤルミラが行く事になる。
 その時は、オレの妹と仲良くしてやってくれ。」

「ソレは勿論、そうさせて頂きますけど・・・。
 どうなさったんです? 政宗さん。」

「何が?」

「とぼけないで下さいな。私たち『特別なお友達』でしょう? 長いお付き合いですもの、隠されていても判ります。
 鴉之津家にとっての紫乃鈴家が居ない。警備体制が甘い。
 ソレは確かにそうでしょうけれど、それでも、護衛チームが全くの皆無という訳ではない筈。ご両親がお喜びなら、尚の事。
 外注するにしても、調査能力ならば奥州商会の右に出る組織は少ないでしょう。それでなくても相手は遠国の一商人。日の本の闇には疎い。
 ね、政宗さん。何を、どんな事を1人で背負い込もうとしてるんです?
 ヤルミラ様の為、菊羽の者が完璧な仕事をする為にも。
 もう少しだけ、腹を割って話しませんか?」

「・・・割る程の腹って訳でもねぇんだが・・・そうだな。まだ言ってねぇ『理由』、どうしてお前らじゃなきゃダメなのかって意味でなら・・・。
 ひとつ、ヤルミラの側に置く連中は選びたい。血筋云々じゃなくてさ、気心の知れた信用出来るヤツ。それ以上に、一本筋の通った生き方をしてる奴。
 ふたつ、腹を割るというより、先に宣言しとく。
 オレはヤルミラを諜報戦の道具になんざしたくない。オレはお前らを、大事な妹を預ける相手として無条件に信頼する。だから内部情報的な事は、例え世間話でもしないでくれ。逆にお前らが周りの連中に隠してる事があっても、オレにも何も言わなくていい。
 みっつ、可能な限り、安心できる状況に置いてやりたい。
 コレはオレ自身にも説明不足って責任があるんだが・・・ヤルミラの奴、何か勘違いしてるんだよ。」

 そう言って政宗は、自分の傍に引っ付いて離れない『妹』の頭を撫でた。ほんの僅か怯えとも取れる身動ぎをしただけで、『5歳の銀髪幼女』・・・ヤルミラは拒絶しない・・・拒絶はしない。
 拒絶こそしなかったが、そのインディゴの瞳が喜色に染まっているようにも見えない。

「ミゼロヴァー当主に、何か言われたのかも知れねぇが。オレやオヤジの機嫌を損ねるなとか? ソレ系の。
 自分の事を、雪輪蒼維に引き渡された『オモチャ』だと思ってる節がある。
 オレの言う事は絶対遵守、オレに逆らったら痛い事や怖い事をされるに違いない、ってな。ミゼロヴァー家と雪輪家は違うって事を、まだよく判ってないんだ。
 オレはヤルミラに、世界は広いって事を教えてやりたい。自分の可能性を。
 その手始めに、な。
 雪輪家以外にもヤルミラの味方は沢山居る。無理矢理自分を殺して媚売って、そんな事はもうしなくていい。その大前提を、拒否権は自分にあるんだってコトを、最初に教えといてやらないと、オレがどんなイイ事言っても『強制』になっちまうと思うんだ。
 その為にどうしたらいいのかってのは、オレもまだまだ試行錯誤なんだが・・・。
 お前らとの交流は、ヤルミラにとってマイナスじゃない筈だ。」

「勿論でござるっ、某、蒼維殿ではなくてヤルミラ様のお味方を致しますぞっ。」

「やけに力入ってんのは気のせいか、兄弟。まぁソレでイイんだけどよ
 あとは、今生の鶴が銀髪だから、とか?」

「私の髪?」

「そ。
 ヤルミラの髪も、綺麗な銀髪だろ? だが向こうじゃ異端扱いでな。大分、ディスられてたらしいのよ。本人はこのヘアカラーが嫌いみたいなんだ。
 オレとしちゃヤルミラが、自分の姿を誇れるようになって欲しい訳。で、考えた時、そういや水晶・・今生の鶴のヘアカラーも同じ色調の銀髪だったなと思ってさ。
 奴隷扱いだったとはいえチェコは故郷。東欧から急に民族も風習もまるで違う日の本に連れて来られて、同類項が居ないのも寂しい話だろうし。
 同類項の銀髪で、かつ家族や恋人を得て笑って暮らしてる鶴を見れば。
 少しでもヤルミラが安心してくれるかな、と思った。
 それだけさ。大した理由じゃないだろ?」

「政宗さん・・・沢山、いっぱい考えたんですね、政宗さん・・・。」

「他者の為を想う事こそ、自らの成長に繋がる・・・。
 この幸村、感服致しました・・・♪」

「何気にヒドくね?! 鶴とか台詞が川柳化してんだけどっ。」

 大声で文句を言いつつ何処か楽しげな政宗に、『兄』となった人のその様子に、ヤルミラの肩が少しだけ動く。恐る恐る、という感じだが、確かに意思の光の灯った目が政宗を見上げていた。
 もっとも当の政宗は『妹』のチラ見に気付かず、『生きた』表情を見逃してしまったが。

「ったく、このドSカップルが。
 まぁ何やかや言って長い付き合いだ。魂レベルで深みを覗いて、お前らの事は信頼してる。大事な妹の身の安全を保証してくれる、って思う程度にはな。
 だが、だ。
 だからこそ、唯一、心配な事がある。信頼が一周回ってかえって心配な事が、お前らにってより、お前らの保護者についてな。」

「あらあら、イヤですわ政宗さんったら♪
 誰の事言ってらっしゃるのか、鶴、なんとな~く判っちゃうんですけど。」

「ストレートに訊くぜ。
 鴉之津智晶。毛利元就なんだろ?」

「あらあら、イヤですわ政宗さんったら♪
 ちなみに、何で鷹峰兄様じゃなくて智晶兄様だと思ったんです?」

「『水晶』とセットで鴉之津家に養子に入った兄貴。
 機械工学をメインに、医学薬学、人体全般に通じた人嫌いの天才。
 義兄の鷹峰と深い仲だっていう奥様連中の噂話。
 ビジュアルはまだ手に入れてないが、その時点でもう決定だろ。
 十中八九、『鴉之津鷹峰』も豊臣秀吉なんだろ? 石田と竹中とも縁が深く、詭計智将の相手が出来る器の男っつったら秀吉しか居ねぇよな。
 ぶっちゃけオレでもあの性悪さはフォロー出来ねぇもん。顔的には充分イケるんだけどな。『安芸の花は萩に非ず、氷華なり。』ってよく謳われてた。」

「怒りますよ政宗さん♪
 お察しの通り、智晶兄様は毛利元就の転生、鷹峰兄様は秀吉公の転生です。
 今に語り継がれる教育者の鑑、人材育成のエキスパート♪ そんな御方が近くに居て、何がご心配だと?」

「はっはっは♪ 知ってるクセに言わせンのか、前世の忠臣よ♪」

「うふふふ、私、片倉さんじゃないんで。言葉にして下さらないと判りませ~ん♪」

「はっはっは♪
 心配に決まってっだろあンの父性愛の塊っ! 普通に妹取られるわ馬鹿野郎っ!!」

「兄様が取るんじゃありませんっ! 放っておいても政宗さんが勝手に取られるんです、全自動フルオート乙っ!!」

「同じ事だろうがっ! ていうかヒドイ言い様だなオイっ。
 ナニ、何なのあの父性愛の塊っ! 女に興味ないクセに子供には優しいとかチート過ぎだろっ! 何なの、趣味なの? 人材育成がっ?! それとも子供たらしがっ?!
 しかも可愛がってる自覚皆無で自称人嫌いとかっ。
 そのクセ、『子供』が泣かされた途端に『我が保護を与えている者に何をする』なんつってすぐ輪刀持ち出したりとかっ!!
 ツンデレ? ヤンデレ? クーデレ? 秀吉には無条件でデレデレで『家庭円満』とか、訊けば何でも答えてくれる博学お母さん? 森羅万象全ての術理に通じる視えるお母さんっ?! バトルになったら術でも輪刀でも格闘でも戦えるゲリラ戦にも強いお母さんっ?! アイツは一体何処目指したらああなるんだっ!!
 更には今ならもれなく、鶴っていう『優しい叔母上』が付いてくるとかっ。
 最強過ぎて『お兄ちゃん』歴半月足らずの初心者には太刀打ち出来んわっ! ぶっちゃけビビッてんだよ、迂闊にヤルミラ近付けたら取られそうでっ。
 鴉之津家での生活が楽し過ぎて、雪輪家なんて忘れそうっ!
 『蒼維様? あぁ、存じ上げてます、智晶兄様のお友達ですよねっ!』とか言い出しそうっ! あるいは『蒼維様? どなたでしたか、鷹峰兄様のお知り合い?』とか言い出しそうっ!!!!! むしろ絶対言うっ!
 オレのシスターなのにっ。大事な事だからもう一度言おう、オレのマイシスターなのにっ!!!」

「あの・・・人の兄様を、ナチュラルに女扱いしないでくれません?
 せめて『お父さん』にしとかないと、後で日輪に焼き殺されても知りませんよ?」

「だってポスト『お父さん』はどう考えても秀吉じゃん?
 それとせめて、形だけでも否定しろよっ。」

「判ってるクセに、政宗さんたら♪
 この賢妹の目にも可能性としてリアル過ぎて、迂闊に否定して糠喜びさせる方が酷かと存知ます、前世の主君。」

「ジーザスっ。」

「そんなにご心配なら、菊羽セキュリティへのご依頼はお止めになりますか?
 ヤルミラ様の場合、ご事情とお立場を勘案して、低く見積もってもSクラス。ほぼ最高に近いランクの警護対象に該当と判断できます。
 そうなりますと『本家預かりにして欲しい』というご希望も充分、可能性として視野に入って参ります。警護プランにもよりますが、智晶兄様との会話や接点も多くなるでしょう。
 あの人は相変わらずです。
 存在そのものを忘れるとかは流石にナイでしょうけれど・・・ヤルミラ様にとって、血の縁がない事は『鴉之津智晶』も『雪輪蒼維』も同じ事。
 前者が後者より大きな存在になるかも、というご懸念は、満更有り得ぬ話でもないと思いますが。」

「・・・それでも、だ。」

「・・・・・。」

「それでも、オレじゃなくヤルミラにとって、今の日の本で一番安全なのはお前らの傍だと思ってる。
 オレはヤルミラにとっての最善を尽くしたい。そういう考えでイかない事にゃ、大前提が崩れちまう。自己満で終わるのだけは避けたいんだ。」

「・・・変わりませんね、あなたも。
 政宗さんのそういうトコ、昔から好きですよ、私。」

「放っとけ。
 嫌味にしか聞こえねぇよ、一番最初のアイツの『子』が。」

「ふふふ♪
 委細、承知いたしました、政宗さん・・・いえ、雪輪蒼維様。ヤルミラ様の件、私からも父様にお口添えさせて頂きます。
 まぁ添えるまでもなく、大丈夫だと思いますけど。
 父に、雪輪家に対する隔意はありません。むしろ協調出来る事を喜ぶかも。それに藤翠堂グループの取引先に、ミゼロヴァー家の名前はありませんから。
 ご依頼を受理させて頂くのに、特段の不都合はないと思います。」

「ありがたい。
 感謝するぜ、鶴。真田。」

「いえいえ、こちらこそ毎度ご贔屓に♪ 実際に決定権をお持ちなのは、私じゃなくて父様。実際に事務処理するのも、私じゃなくて鷹峰兄様ですけど♪
 私はただ、ヤルミラ様と遊ぶだけ♪♪」

「出たよ末っ子気質。」

「末っ子ですよ~? 今も昔も、鶴は全力で末っ子ポストを楽しみます♪」

 難しい話にひとつの結論を出して、温かく緩んだ空気が漂う。
 緊張状態にあってもその雰囲気は察したのか、崩した正座だったヤルミラの上体が傾き始めた。目を開けようと必死に瞬いているが、体が睡眠を要求しているらしい。
 無理もない。こんな夜更けに『兄』に連れ回された、彼女の体はまだ5歳なのだ。
 きっとミゼロヴァー家では、そうしないときつい仕置きを受けたのだろう。必死に背筋を伸ばそうと頑張る『妹』の小さい体を、政宗はヒョイッと抱き上げて膝の上に下ろした。
 横抱きに抱っこして、膝であやす。側頭を優しく撫でて寝かしつける手付きは、紛れもなく『兄』のものだった。

「オーケイ、そのまま寝ちまっていいぞ、地璃(ちり)。
 帰りは兄ちゃんが連れ帰ってやるからな。」

「地璃? それがヤルミラ様の、日の本でのお名前ですか?」

「そういえば、言っておられましたな。帰化させると。」

「ザッツライト。そゆ事。
 『ヤルミラ』って名前も綺麗なんだけどな。向こうの言葉で『満月』って意味なんだってさ。転じて『満ち足りた人生』って意味もあるらしい。名付けた生母がもう死んでるんで、辞書で調べただけだけど。
 『雪輪ヤルミラ』って名前、いかにも『養女です』って感じじゃん?
 新しい土地での新しい人生、名前も新しいのを用意してやりたくてさ。漢字だと『大地』の『地』に『瑠璃』の『璃』って書くんだ。」

「大地の瑠璃・・・ラピスラズリという訳でござるな。
 中々洒落ておられる。」

「だろ、だろ?
 オレの名前『蒼維』の蒼の字とセットで、ブルー括りでもある。前世のオレもブルーがイメージカラーだったし、コレも何かの縁だろ。
 同じ色に関わる字が名前に入ってるとか、いかにも『兄妹』って感じじゃね?♪」

「はい、某も、とても良いお名前かと♪
 ヤルミラ様、否、地璃姫様が加わり、コレで宝石が3つになり申した。」

「ジュエリー?」

「ただの言葉遊びでござるよ。
 水無瀬家の真珠様、今生の竹中殿は『水無しの黒真珠』。鴉之津家の水晶殿は『鴉が守る紫水晶』。そう呼ばれてございます。仲間内だけで通じる通り名でござる。
 そして雪輪家の地璃姫様。『北の大地に眠るラピスラズリ』とか。
 如何でござろう?」

「イイじゃん、さっすがオレの二世の友よ♪」

「・・・・・・。」

 ネーミング話で盛り上がる、前世の主君と今生の恋人を眺めながら。
 イイのかなぁ、と、良質な沈黙を保ちながら鶴姫は苦笑していた。
 地璃。ちり。
 漢字はともかく、その、音の出処は間違いなく・・・、ミゼロヴァー当主が末娘に発した侮辱、『チリアクタ』だろう。負けず嫌いな政宗の事だから、敢えて選んでソレにしたのだろうが・・・。
 本人が知ったら、どう思うだろう。
 どう思う子に育つのだろう、この子は。

「あまり騒ぐと地璃様が起きてしまわれますよ、政宗さん。
 それとも今夜は泊っていかれますか?」

「いや~? 帰るぜ?
 スウィートでホットな夜のアレコレを、邪魔しちゃ悪いからな♪」

「ま、政宗殿っ! 鴉之津公にお会いしても、くれぐれも事実無根な事は口走られませぬようにっ! 某が殺されます故っ。」

「どんだけ怖ぇんだっつの。
 じゃぁな、お2人さん。今夜は会えて楽しかった。また会おうぜ、兄弟。」

「はい、政宗さん。おやすみなさい。」

「おやすみなされませ、政宗殿♪」

 突然の来訪者は、再び突然去っていく。青い大竜はその腕で、大事に大事に『妹』の体を抱き締めていた。



『父様っ、とーさまぁっ♪』

「どうした、娘よ。父は今、そなたより手の掛かる演算中ぞ。」

 最新鋭の薄型ハンディPCから聞こえてきた少女の声に、複雑な計算式を暗算していた男はゆっくりと顔を上げた。
 闇でも判る美しさ。
 正に『白皙の美貌』と評するに相応しい、氷の華。
 腰まで伸ばした漆黒のストレートを首の後ろでひとつに束ね、流している。色白の肌に、金の左目と翡翠の右目、珍しい組み合わせのオッドアイが際立った。
 ワイシャツの上に白衣、というラフな格好でも、体に纏った上品な静謐さを消せはしない。白衣より和服が似合いそうな研究者だった。
 PC画面に映った、桜色の少女のアバターは続ける。

『桜紫(おうし)は手なんか掛かりませんっ。
 水晶姉様からメールです。奥州商会は雪輪家の蒼維様から、菊羽セキュリティにSランク以上相当のご依頼のご内意在り。
 依頼内容・要人警護。警護対象・雪輪地璃。
 現在は『ヤルミラ・ミゼロヴァー』としてチェコ国籍ですが、近く雪輪家の養女として、日の本に帰化予定。お立場としては、蒼維様の義妹に当たられる方です。
 ご年齢は5歳。
 地璃様が、というより、蒼維様がミゼロヴァー家相手にトラブルを起こしたそうで、地璃様が異母姉から相当、恨まれてしまったのです。』

「やはりか。」

『父様、予測済みでしたです?』

「詳しくは知らぬ。が、雪輪家がどこぞ遠国の商人と、政略結婚話を進めている事は聞こえておった。
 漠然とイヤな予感はしたのだ。
 記憶が有ろうが無かろうが、魂は『あの』伊達政宗ぞ。あ奴は昔から、結果的に女の機嫌を損じるのが上手い所があった故。」

『桜紫のデータバンクにも有ります。
 史書だと結構、女性関係のトラブル系逸話が多いのですよ。』

「別段、色ボケという訳ではなかった。逆に妻女一筋ではあったのよ。利家のように『愛妻家』としての人望には繋がらなかったがな。
 繋がらなかった理由というのも、単純な話ぞ。
 不良ぶって悪ぶって、少し押せばオチそうに見せているクセに、妻女の愛姫一筋で、フラフラと寄って来る女どもを簡単に袖にする。ソレも我のようにバッサリ斬り捨てるのではなく、そんな所ばかり善人ぶって『優しく諭す』系であった。本人曰く『クールに格好良く、ジェントルマンに』な。
 無知蒙昧なる女どもに『もしかしたら別ルートが有り得るかも』などと、なまじ思わせるからいつまで経ってもトラブルが解決せぬ。」

『それ、本人たちより周りが大変そうなのです。』

「大変だった。主に我が。主に我が・・・!!
 大方、此度の地璃姫もとばっちりなのであろうよ。5歳か・・・前世で組んでいた『政宗被害者の会』を再結成しようか。」

『お客様っ、前世はともかく、今生はお客様ですからっ。
 娘は全力でお諫めするのですっ。』

「ふむ。ならば父は娘の諌言を容れるとしよう。
 それで? 水晶は、父上にはもうお知らせしたのか。」

『いいえ、敬誠おじい様には、既に蒼維様から直接コンタクトが取られているそうなのです。蒼維様は地璃様をとても大事に思われていて、諸々、ご自身で動かれていると。
 水晶姉様からのメールには続きがあるのです。
 蒼維様について、サプライズが1件。
 それと『演奏会』のリハーサルを考えておいて欲しいと仰せなのです。』

「『演奏会』か。
 アレは強者揃いの紫乃鈴の中でも、トップエージェントを選び抜いて構成された鴉之津家の最終防衛ラインだぞ。軽々に動かせるモノではない上、出陣の可否も父上の専管事項。代理を鷹峰が承れるかどうか、という所だ。
 御命も無いのに、我が軽々に侵犯出来る領分ではないわ、愚妹が。
 そう返信しておけ。」

『『妹』設定の桜紫は、『姉』にそんな口は利きませ~ん♪ 父様はお口が悪いのです。
 水晶姉様は他にもメールに、桜紫に、地璃様のお友達になって差し上げて欲しいと書いておいででした。忘れそうになりますけど、桜紫がいつも使ってるボディ、設定年齢6歳だったのです。
 パーソナルデータの年齢は・・・女子高生?』

「無駄なサバを読むでないわ、愚かな娘よ。
 昨日心理テストをしたばかりであろ。イイとこ10歳少し、といった所ぞ。そなたを作ってより数年、最初の頃とあまり変わらぬな。成長の遅い事。」

『イイんです、桜紫は大器晩成型なのです♪
 ねぇ父様、桜紫はお友達が欲しいです。桜紫は地璃様とお友達がいいです。』

「友達、か。そなたのパーソナルデータの向上には、役立つかも知れぬな。
 良かろう。采配は父上次第だが、我から話しておくとする。」

『やった♪ 父様大好きっ、桜紫は父様が大好きです♪♪』

「知っておる。2度も言わぬで良いわ、愛娘。」

 薄暗い部屋だった。時間的には真昼なのに、正方形の部屋は窓もなく密閉されているせいか、ルーミックキューブの内側を思わせる。暗い部屋に唯一輝く光源は、中央の卵。
 目に柔らかく優しい草色に発光する、成人男性1人が楽に入れる程の大きさの、透明な卵。
 下3分の1程は漆黒のエッグホルダーに隠れているが、透明な液体で満たされたその卵の中に浮かんでいるのは、女の子だった。
 年の頃は6歳前後だろうか。アバターによく似ている。
 髪色は光の加減で、瞳色は眠るように閉ざされているせいで判らない。身長より長く伸ばしたストレートの髪を水に遊ばせて、胎児のように緩く手足を折り曲げた女の子が、卵の中で微睡んでいる。口許は少し微笑んでいるように見えた。
 オッドアイの男は水中花のようなその少女を、表面上はあくまで淡々と、愛情の欠片も抱いていないような醒めた視線で眺めていた。

「起動させるぞ、吾子。そなたの『新しい体』を。」

「イエス、マイ・マエストロ♪」

 やがて暗算が終わったらしい。会話中でも暗算を続けられるのは、彼の特技のひとつだった。
 男はエッグスタンドの傍に寄ると、慣れた手付きで、スタンドではなく卵の表面に触れる。どうやら表面は液体であるらしいソレが、何故に卵という形を保っていられるのか。ソレも謎だが、男が五指を触れた場所から、波紋が広がっていくのも理に添わない。縦置きの液体を触って、何故に波紋が横に広がるのか。
 そして何故、電源コードも繋がっていない液体の上に、直接文字が浮かび上がるのか。

<指紋照合、完了。

 鴉之津・智晶と認証。

  桜式(おうしき)護衛アンドロイド・カスタム名称『桜紫(おうし)』。

   ボディタイプ05・正常起動。>

 エッグスタンドから液体が排水される。
 水流に乗って上手に着地した少女は、身軽にスタンドの縁を飛び越えると一足飛びに男の首に抱きついた。裸の6歳児が、年齢不詳の研究者に、だ。
 慣れているのか男は何も言わず、黙々と少女を首から外し、黙々と少女の体を拭って髪を軽く一纏めにすると、黙々と黒いワンピースを着せていく。
 外の季節は寒くなる一方だが、寒がりの彼は、元より『娘』を連れて外出する気など更々ないのだ。完璧な空調の下では夏レベルの軽装で充分である。

「とーさま、父様♪」

 少女の紅茶色の髪から滴が跳ね、男にかかるが、彼はそれも気にしないらしい。更にそれにも頓着せずに纏い付き続ける少女は、こちらもオッドアイであった。桜色の左目に、紫の右目だ。
 黄金と翡翠という濃く鮮やかな色調の『父様』と対照的に、その薄い色調は繊細で女の子らしく、穏やかな色みだった。

「愚かな子よ、軽々に動くなと常から申し付けておろうに。
 システムチェックは済んだのか。」

「フフフ♪
 父様の桜紫は出来る子です♪ セルフチェックなど朝飯前なのです♪
 自律神経系『茜鈴(せんり)』、情報検索媒体『翠雨(すいう)』、換装型重火薬兵装『羽衣杏(ういきょう)』。いずれのシステムとも、相性バッチリでオールグリーンなのです☆」

「ならば良い。
 今日は動作確認も兼ねて、このまま制圧格闘の訓練に入る。
 心せよ、娘。友だ何だと申すには、まずしかと守り切る事からぞ。」

「ウィ、ムッシュ♪」

 日本語の指示に綺麗なフランス語で返した『娘』・・・『桜式護衛アンドロイド』桜紫は、イイ返事をした途端に『父様』・・・鴉之津智晶の手を引いて我が侭をねだった。

「でも父様、その前に桜紫は父様のココアが飲みたいです。
 新しい体、五感の設定値が高めなのです。液体から出たばっかりの桜紫は、ココア飲んであったまりたいのですよ。」

「良かろう、娘よ。
 どの道、先に髪を乾かさねばならぬ。その間、口も手足も暇であろ。淹れてやるから、我がそなたの髪を乾かし結い上げる内に飲んでしまうが良い。」

「わ~い♪
 桜紫は父様の淹れてくれる、シナモンたっぷりのココアが一番好きなのです♪」

「左様か。」

 どこまでも淡々として『見える』鴉之津智晶・・・今生の元就を見たら、政宗はヤルミラを連れて速攻で雪輪家に帰るかも知れない。前世、このクールの裏にある溺愛モードを知っている仲間たちには、この表面のみの冷静さがいっそ恐怖ですらあったのだ。
 政宗がこの『親子』を見てゲシュタルト崩壊するのは、寒さがもう少し深まった季節の事である。



                             ―FIN―

戦国BASARA 転生ver. 前編

戦国BASARA 転生ver. 前編

幸村×鶴姫、秀吉×元就、三成×半兵衛前提の、オールキャラ。転生モノで、記憶は基本、皆さまお持ちです。エロ、有ります。さりげなく、幸村さんが妖怪化してます。2人共ヤンデレ同士、なのか。相変わらず、元就公と鶴姫さんは義兄妹でひとつよろしく。・・・はい、好きです、『義兄妹』設定。でも所謂『近親相姦』ネタではないので、その点はご安心を。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 時代・歴史
  • 成人向け
  • 強い性的表現
更新日
登録日
2016-01-12

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work