メリーゴーランド
甘いです
チューしてます注意
「乗っテごらんヨ」
差し出された真っ白な紙細工を2度見つめ、3度見直して、
マルクはその手のひらの持ち主をにらみ返した。
「どうやって乗れっていうのサ、こんな切り紙に」
安いソフトクリームのコーンをひっくり返したような形の屋根には、
几帳面に電飾のような色が添えられている。
突き破らないよう細心の注意を払って掴みあげれば、覗き込んだその先に、
垢と薄い水色で彩られた鞍を背負う白馬の姿が、何頭か見えた。
どの馬も手綱は目立って鮮やかで、
特におもがいの部分にはご丁寧にフリルまで編み込まれている。
くぐもって微かに聞こえてくるのは、
剣を手に取った男たちの歩調を整える、かつての勇壮な行進曲だろう。
(足取りをそろえるどころか、めいめいに派手なメイクを施し、
青と赤のボールを投げ合う遊びに夢中となっている調子ではある。
――全体の旋律を浮つかせている楽器の音色は、やはり甘くて軽やかだ)
つくづくこの魔術師の暇加減と手先には驚かされることばかりではあるが、
どう考えてもグリーティングカードの中身程度にしか切り抜かれていない上等な工作に、
足を置けというのはそもそもの文脈からして通るはずもない。
眺めているばかりのマルクにしびれをきらしたのか、マホロアはわけもない、という顔をして、フンと息を鳴らす。
「“キミなら”乗れるハズだケド」
そこまで言い渡されて、マルクは爪から根元まで光るプリズムを見やった。
つまりはそういうことなのだ。
「……それじゃあ、お言葉に甘えるのサ」
手にしていたそれを左に持ち替え、
右の爪甲を、回転台の外周から逸れないよう、くるりと囲むようにまわしていく。
最初に地面をとらえたのは台座の右端で、
そこからは、勢い良く膨らみ始めた熱気球と同じ原理だ。
魔力を注ぐバランスにさえ気を遣えば、
巨大化のリスクはそこまで恐れるものでもない。
ほうぼうに張り巡らした見えない糸を手繰り、
過度の膨張を避けるよう、特に端の方を意識して上方へと引きあげていく。
とうにマルクの爪から離れたメリーゴーランドは、
ひと晩ごしに組み立てられた遊園地の一角を成す人気者の顔をして、
ふたりの前に改まった姿をあらわした。
「言ってハみたモノノ、……本当にデキるとハ思わなかっタヨ」
「お前こそ、僕の魔力に耐えるシロモノをホイホイ出すなんて、そっちの方が」
信じられないのサと続けようとしたその口を、冷たくて柔らかい“何か”が覆った。
それが何なのかを知り、
そして頬から額にかけて血液が逆流する前に、
マホロアが、あまりにも唐突な呼吸の寸断に呆然とするマルクの背中を、
軽く前へと押しやった。
「乗ってオイデ」
ローブのベルトを元の位置にもどしながら、マホロアはひらひらと片手を振る。
「ボクはココで見てるカラ」
ゆるやかに持ち上がった帽子の白い房が、
ぽすんと後押しするように、こめかみのあたりを柔らかくつついた。
それでも、上下する“おうまさん”の鞍と、爪の上にあった時よりもやわらかく大きなメロディーとを往復する意識は、これ以上の歩みをどうしても許すことができずにいた。
(メリーゴーランドに乗りたい)
飛び出す仕掛けの絵本や、手回しのオルゴール。
金色の棒につながれたすべすべの白馬にまたがって、色とりどりに光る色彩の波を泳いでみたい。
日ごろからの小さな夢ではあったが、
それは何も銀河をまたにかけた大層な語り口などではない。
寝物語になればと話した、ほんのささいなマホロアとの会話のひとすみなのだ。
それを彼が覚えていたこと、
そして忙しい整備の合間に、あの両手が自分のためだけに動いてくれたのだということを考えて、
口角が未だかつてないほど緩く持ち上がりそうになる。
だが、すべてがよしとなるまでには、あとほんの少しが、足りない。
二度目の大規模な赤面を自覚しなければならないほど子供じみた頼みを口にするため、
そこから更に数分の逡巡を要した。
「ど、うせなら、……お、まえも、一緒に」
「ダメ」
躊躇のない拒否の言葉に、舞い上がりかけた帽子と頭が、
しょんぼりと垂れさがってしまう。
「何でなのサ」
「ナンでモ」
不満の「ふ」の字のまま突きでた口が、への形に折れ曲がった。
「ひとりで乗ったって、つまらないのサ」
精一杯の照れ隠しにほかならない詭弁をふりかざし、
何としても思い描いた理想像へと動かそうとするたくらみを、
虚言の魔術師が見過ごすはずもなく。
「ジャア、カービィたちでも呼ブ?」
「違うのサ!そういうことじゃなくて」
「 “つまらない”んデショ?“どうせ”なら、ボクじゃナクてもイイんじゃナイ?」
青と白の耳に刻まれた、金色の輪が得意げに光る。
やられた。
あ、う、と声なく動く口が、しばらくぱくぱくと開いては閉じ、
そしてついに、道化師は覚悟を決める。
「……“どうしても”、お前と、」
そこから先は、彼の英雄の大好物でもある、
あの熟れた野菜と何ら変わりなくなってしまった顔の紅潮に免じて、
この場を満たす曲の内にかき消させてもらうほか、
マルクのできる反撃は何も無かった。
ダンスにでも誘うかのような仕草で、マホロアが手を差し伸べた。
(にんまり、という表現がこれほど似合う顔は他にないだろう)
「フタリ分の鞍に合わせてオイテ、良かったヨ」
引かれていく片羽根の前方から聞こえてくる声に何かを返せるわけでもなく、
エスコートに従う頬は、願い事の叶った喜びにもまして、ただただ熱い。
メリーゴーランド