悪の巣

夫の大介(だいすけ)との子宝にも恵まれ、幸せな家庭を築いた陽子(ようこ)。しかしそこに、ある男が現れ、
陽子の日常は壊れていった。

「おかあさん、お腹すいたー。」
今年で5歳になった私の息子、裕也(ゆうや)がこちらに駆け寄ってくる。時刻は午後6時30分。そろそろ夕食の時間だ。
「あとちょっとだから、もう少し待っててね、優介。」
私は、裕也にリビングで待つように言い、夕食の準備を進める。
私は、このやり取りが嬉しく感じた。この当たり前のやり取りが、たまらなく嬉しいのだ。
そう思えるのも、やはりこの家庭を築けたからだろう。
仕事の職場で夫の大介と出会い、結婚し、裕也の母となった。今の私は、間違いなく幸せだ。
そんなことを思いながら夕食の準備を進めていたら、いつの間にか完成していた。それとほぼ同時に
「陽子ー、裕也ー、ただいまー。」
玄関から、大介の声が聞こえてきた。
「おとうさん、おかえり!!」
裕也が大介の方へ、笑顔で走っていく。大介は裕也の頭をわしゃわしゃと撫でた後、こちらに来た。
「ただいま、陽子。」
「おかえり、大介。」
この簡素な挨拶にしても、嬉しく感じた。
このときの私は、知る由もなかった。この日常が壊れていくことなんて。
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ある日のこと。
「じゃあ裕也、お留守番しててね。」
裕也にはそう言い、私は近所のスーパーマーケットに来ている。
今日は、挽き肉が安いので、ハンバーグを作ることにした。
スーパーから出る。自動ドアが開き、外に踏み出した。
同時に。
何者かに、腕を引っ張られた。
「きゃっっ!!??」
気付いたときには、もう遅い。私は、そのまま建物の影に引き込まれてしまった。
「抵抗するな。したら殺す。」
淡々とした声が聞こえた。そのあまりに感情がない声にゾッとした。
私は恐る恐る、相手の顔を見た。
性別は男。年齢は、20代後半から30代前半といったところ。身長は、少なくとも170センチは超えている。
男らしい逞しい腕に持っているのは、肉厚のサバイバルナイフ。それが、私の首の近くに沿えてある。
ここで、実感した。今、殺されかかっているんだと。
「ひっ!!??」
「抵抗するな。次はないぞ。」
思わず身をよじらせてしまった。男から、2度目の警告を言われた。どうやら、もう身動きは取れないようだ。
「大丈夫。こちらの条件を呑めば生かしてやる。」
「・・・・・条件?」
「ああ。」
どうやら、条件を呑めば私を生かしてくれるらしい。
「・・・・・どんな、条件?」
「お前の息子を、誰にもバレないように殺せ。」
その言葉を聞いたとき。
私の頭はフリーズした。
「なん、で・・・?」
「お前の家、家族全員が生命保険に入ってるだろ?息子を殺して、その金を俺に持ってこい。そうすれば生かしてやる。」
そんなこと、出来るわけがない。しかし、この条件を呑まなければ私は殺されてしまう。
「・・・・・分かったわ。やればいいんでしょ。」
もちろん、嘘だ。
「OK、そう答えてくれると思った。」
男は、特に疑いもせずに、私を解放した。
「1週間。1週間の内に殺せ。期限を過ぎたら・・・・・。」
男は、最後の言葉を言わなかった。おそらく、自分で理解しろという意味だ。
そのあと、男は無言で帰って行った。
1週間。1週間のうちに、何としても逃げなければならない。
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「・・・・・なるほどな・・・。」
私は、大介に今日のことを話した。
脅迫されたこと。条件を呑めば生かしてくれること。しかし、その条件が裕也を殺し、その保険金を持っていくことだということ。
「それで、お前はどうするんだ?」
「当然、裕也は殺さない。警察に連絡して、その男が捕まるまでは、保護してもらうのが良いと思うけど・・・。」
裕也は殺さない。という部分に気持ちを込めて、大介に言った。
「そうか・・・。そうだな。」
大介は、警察に連絡するという意見には賛成のようだ。
「でも、あんまりすぐに連絡したら、その男を刺激するかもしれない。連絡は明日にしよう。」
「分かった。そうしましょう。」
これで、決まりだ。明日、このことを警察に連絡する。
「そうだ、陽子。裕也を連れて二階に来てくれ。」
大介は唐突に、そう言った。
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私は、裕也を連れて、二階の部屋に入った。
瞬間。
裕也が、糸が切れた操り人形のように倒れた。
「えっ・・・・・?」
裕也から、赤色の液体が零れてくる。私は、この現状を受け止められない。
「・・・・・・」
大介は、こちらに気が付いていない。そして、私のすぐ後ろ。
今日、私を脅迫した男が、そこにいた。
急な出来事に、思考が追い付かない。そういえば、ずっと疑問だった。
なんであの男は、ウチが家族全員が生命保険に入っていると知っていたんだろう?
そして、生命保険のお金が振り込まれるのは、私の口座ではなく・・・。
大介が、こちらに振り向く。しかし、そこに優しかった大介はいない。
罠にかかった獲物を見る、そんな笑いを浮かべていた。
後ろの男が動いている。その瞬間が、何故だか遅く感じられた。
そして、私は最後の思考をする。
ああ、そっか・・・。私、最初から騙されてたんだ。
それを自覚した0.5秒後。
私の首に、今度こそ肉厚のサバイバルナイフが突き刺さった。

悪の巣

自分にしては珍しい分野を書きました。

悪の巣

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • ミステリー
  • 青年向け
更新日
登録日
2016-01-05

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