暇な王様たち

さて、どうなるかもわかりません。
「This is ラノベ」的なモノを書いてみているこの頃、乙女ゲームちっくなのも書いてみようかなと思ったのが事の始まり。

元から悪魔という存在を物語に多く登場させている私が「ダンデビ」なるアニメを見てしまったがため、なるほどと妄想し、
「スペル(原題:Drag Me to Hell)」に登場したラミアの言葉――「お前のネコなんかいるか!」で構想しただけの物語

いつも通りいきあたりばったりで書き始めてみただけの物語です。
初めに登場した人々以外、女性は登場させないつもりですが――さてどうなりますかね

第一章 困った生贄

「ご主人様!」
 いつもならもっと小さな声で囁きながらオレの肩を叩くのだが……その日、彼女は大声でオレの事を呼びながらオレの身体をグワングワンゆすってきた。
「な、なんだなんだどうした!?」
「た、大変です、ご主人様!」
 慌てて起き上がると、目の前に「どうしたらいいのでしょう!」といわんばかりに困惑している彼女の顔があった。
「……お前のそんな顔を見るのはお前がここに来た時以来だな……」
 立場的に、オレは彼女の主人であり、彼女はオレのしもべ――いや、奴隷だ。だがまぁ、そういう関係になってからあまりに時が経ち過ぎた為に、オレと彼女は……一応の上下はあるものの、気心の知れた友人のような家族のようなそんなモノになっていた。
 だから、肩書上奴隷の彼女が主人であるオレを叩き起こそうとも怒りはしない。しかし彼女がこんなに取り乱す事はそう無いことなわけで、その事にオレは困惑していた。
「落ち着け落ち着け。一先ずその手にしたフライパンをどこかへ置いて、そこに乗って焼かれていたのだろうが今は床にへばりついている目玉焼きを片付けろ。」
「そんなのんびりしている場合ではありません! リビングに来てください!」
「……それほどに一大事なのか……?」
 これはいよいよただ事ではないと思ったオレは、ガウンを羽織りながら気を引き締める。もしかしたらオーナーでも来たのかもしれない。
「こ、これを見て下さい、ご主人様!」
 リビングに、できるだけ堂々たる態度で入ったオレは彼女が指差すモノを見て――正直たまげた。
「……なんだそれは……」
 広いリビングのど真ん中――そこには裸の女が転がっていたのだ。
「ちょ、朝食を作っていたら突然現れたのです……」
 歳の頃は二十……いや、十代後半といったところか。幼さが少し残るものの、大人の女性としてかなり美しい部類に入るだろうし、身体の形状も扇情的だ。まだまだ若く、張りのある身体が鼻孔をくすぐるが……いやいや何かの冗談じゃないのか?
「仰向けにしてくれ。」
「は、はい。」
 横向きになっていた女の身体を彼女が仰向けにする。ついでに四肢を広げて全てがよく見えるようにしてくれた。さすがにオレが何を見たいのかを分かっている。
「……若干間違ってはいるが……確かなようだな。」
 女は、一糸まとわぬ姿ではあるが肌色一色というわけではない。若い女の身体という贅沢なキャンパスには人工的な模様が多数描かれていた。
「ご、ご主人様……これは……」
 オレは勿論、彼女にも見覚えがあるだろうこの模様の意味するものは……
「ま、まさか彼女は……?」
「おそらくな。それにこの純粋な香り……処女で間違いない。」
「若く美しい女性でその上処女ですか……何と言いますか、かなりの上物ですね。」
「お前が言うなお前が。」
 だが彼女の言う通り、これはかなりの――というか最高に近い。
 昔なら珍しくもない光景だったわけなのだが……これを今見るというのはかなり異常だ。
「しかし……ご主人様のところに届けたわけですから、これは送り主も相当なモノですね。」
「そうだな……まったく、一体どこの誰だ?」
 大きくため息をつき、オレは一人呟く。

「今の時代に、このバエルに生贄捧げて願い事する人間は。」



 怖い夢を見た気がする。普通の、いつも通りを過ごしてる時に突然ひどい事が起きて……あたしは何か……あれ……?
「……え……?」
 目を開いたら見た事ない天井だった。
「え……え?」
 起き上がってみてもやっぱり見た事のない部屋。それにあたしが座ってるのはいつも寝てるのの二倍くらい大きい知らないベッド。
「病院……とかかな……あたし、事故にでも遭って……」
 そう思ってきょろきょろしたんだけど、ドラマで見るような――病室によくある設備とかはない。

「お目覚めですか。」

 突然声をかけられてビックリした。いつの間にか部屋の入口に女の人が立ってて……あたしにニッコリ微笑んだ。
「サイズが合うと良いのですけど……一先ずこれをお召しになってください。」
 そう言ってベッドの横のテーブルに服を置いた女の人は、あたしが何かを言う前に部屋から出て行った。
「……どうでもいいけどすごい美人……モデルさんかな……」
 いきなり怖い人が出てきたらあれだったけど、あんな綺麗な人がいるんだし……き、きっとそんなに心配する事じゃないのよ……とにかく落ち着いて状況を整理する――
「! ちょ、え!? な、なんであたし裸なの!?」
 布団の肌触りがなんか変と思ってた首から下に目を向けたら、普段は隠れてるはずの胸とかが見えて――つまり、あたしは何も着てなかった。下着の一つもない。
「ふ、服――あ、だからあの人服を――」
 女の人だったとはいえ、気づかずに素っ裸をさらしてしまった事に焦りつつ、あたしは布団を巻きながら女の人が持ってきた服を手に取る。それはかなり丈の長いワンピースで――って下着は!?
「ど、どうしよう……」
 布団の中とかベッドの下とか色々見たけどやっぱりない。
「……し、仕方ないわ……」
 下着無しで服を着るなんて初めて……こ、こんなの変態じゃ――

「お似合いですよ。」

 またいきなり女の人が現れた。あたしは心臓が止まるかと思ったけど、それよりも下着!
「あ、あの……できればその……そうだ! そもそもあたしの服はどこですか!?」
「残念ながらここにはございません。」
 ない!? ないってどういうこと!?
「それよりもこちらへお早く。ご主人様が待っておられますので。」
「だって下着――え、ご、ご主人様?」
 そういえばこの人、格好が……メイドさんっぽい……?
「で、でもご主人様って――お、男の人!? だ、ダメダメ! だって今あたし――」

「お早く。」

 違う意味で心臓が止まるかと思った。すごく優しそうな美人な女の人がものすごい顔と眼と口調でそう言ったから。



 彼女があんな怖い声を出したのはいつ以来――いや、初めてじゃないか?
「おい。お前は今やオレ寄りの存在なんだから、そういう感情を出すと相手が死ぬほど怖い思いをする事になるぞ。」
「! 失礼を……」
 ぺこりと頭をさげた彼女の横、隣の部屋からおそるおそるこっちを見るさっきの女は、オレを見るや否や顔をひっこめた。
「? おい、オレは今そんなに怖い顔をしているか?」
「いえ。ただ、彼女は下着を身につけていない事にひどく動揺しているようで。」
「なんだ、貸してやらなかったのか?」
「……ご主人様の命とあればお貸ししますが……」
「いや……お前が嫌なら無理強いはしない。おい女、さっさと出てこい。説明してやるから。」
 ……
 ……返事が無い。
 仕方なくもう一度呼ぼうと口を開こうとした時、彼女が女の引きこもる部屋に入って行った。そして――
「ひぃっ!!」
 ――という短い悲鳴が聞こえたかと思うと女がびくびくしながら出てきた。服のあちこちを押さえてモジモジしながらオレと彼女を交互に見る。
「とりあえず座れ。」
 ソファを勧めると、一生懸命スカート部分を押さえながら女は座った。
「下着に関しては追々準備させるから少し我慢しろ。」
「……」
 ……まぁ、いきなりこんな状況だからな。いいお天気ですねと会話できるとは思っていない。
「一先ず、オレが話すから一方的に聞いていろ。先に言っておくが、これは冗談でもおふざけでもない、真実だからそのつもりで。」



 あの女の人よりもこっちの男の人の方がいい人に見えてきた。
あ、あの女の人めっちゃ怖い……
 ていうか何なのよ……説明するって……
「ここはオレの部屋。とあるマンションの六階の一号室だ。」
 マンション……マンション!?
 え、だって……ここはリビングだと思うけど、テレビで見るような大富豪のお部屋ってくらいに広いわよ、ここ。
「自分の住んでいた街にこんなマンションがあったか疑問に思ったか? もしも無いのなら、自分はどこか知らない街に来てしまったのかと予想したか? 家から近ければいいなとか、すごく遠かったらどうしようとか思ったか? しかし残念ながら、お前が気にするべきはそんなレベルじゃない。」
 な、なに言ってるの……?
 確かにあたしが住んでる街にこんな高級マンションはないから……もっと都心かな……
「どこの国に来たのだろうというのでもまだ足りない――お前が心配するべきは、ここはどの世界なんだろうというレベルだ。」
 ……
 は? 世界?
「お前が住んでいた世界をオレたちは人間界と呼び、オレたちが住むこの世界を――魔界と呼ぶ。」
「ちょ、ちょっと――」
「想像が至ったか? オレは悪魔だ。名をバエルという。」
「ば、バカな事言って――」
 また女の人に睨まれた。
「ああ、その反応は予想通りだ。昔なら自己紹介した時点でそっちは震え上がったものだが……今の信心の薄さじゃ仕方ないだろう。そこで手っ取り早く理解できるように――ちょっと散歩に出かけようと思う。」
「さ、散歩?」
「このマンションに住んでいる奴らは全員神と同じ姿を――ああ、つまりお前ら人間と同じ姿をしているから信じるのも難しいだろう。だから外に出る。」
「で、でもあたし――こ、この格好で行けって言うの!?」
 下着つけないで外なんて完全に変質者よ……
「宇宙服みたいな厚着だろうが素っ裸だろうが、その美味そうな香りが漂う限り連中の視姦は避けられん。」
「し――」
 な、なによこいつも立派に変態じゃない!
「どうしてもと言うならオレのローブを――」
「いけません、ご主人様! わたくしのモノを貸しますので!」
「そうか。」
 女の人から借りた……ローブなんて着た事ないからよくわかんないけどできるだけ身体をグルグル巻きにして、あたしは男の人――バ、バエル? のあとをついていった。
 外に出してくれるって言うならチャンスだわ。隙を見て逃げ出せれば……
 だいだい何よ、悪魔って。普通の男の人がちょっとそれっぽい格好してるだけ――そうよ、コスプレじゃない。
 顔は結構美形なのに残念なイケメンだわ……
「誰も乗ってこなかったな。幸運だ。」
「外に出かける方の方が珍しいですよ、ご主人様。」
 エレベーターを降りて……高級ホテルのロビーみたいなところを通り過ぎて、この建物の入口の前に来たところでバエルが立ち止まった。
「散歩と言ったが……外を歩くのは危険だな。ちょっと出る程度にしておくか。」
「そうですね。初めての者には少々厳しいかと。」
 な、なんの話……?
「さて、ようこそ人間。ここが魔界だ。」
 変な事を真面目な顔で言いながらバエルがガラス張りの扉を開けた。
「…………何が魔界よ……」
 外は普通だった。道路があって、それに沿って立ってる木があって、青い空と白い雲……なんてことのない普通の光景。
「な、なによなによ。せめて変なオブジェの一つも置いておくべきだったんじゃないの?」
「オレたちが美しいと思うモノは日持ちしないからな。飾っておくのは面倒だ。」
「最もそうな事言って……そんなんで騙せると思ってんの?」
「騙すも何も、魔界に来た事のないお前がどうして魔界の正確な姿を知っている? そっちの世界と似ていてもなんら問題はないだろうに。」
「ああ言えばこう言うってやつね……そっちの変な設定に付き合う気はな――」
 ……あれ?
 へ、変ね……見間違いよね……なんか道路の向こうから明らかに車じゃない何かが来るのがチラッと見え――
「おお、これまた丁度いい姿の奴が来たな。」
「きゃああああっ!」
 思わずそう叫んだ。ずるずると気持ち悪い音をたてながらマンションの前で止まったそれは――なんて表現したらいいのかわからないくらいに気持ち悪いモノだった。
 まるでたくさんの人をミキサーにかけてぐちゃぐちゃにしたみたいな――うぅ……

「――、――。――?」

 何か言ってるみたいだけど全然わかんない。ただの鳴き声だと思うんだけど、なんでか意味がわかりそうな単語にも聞こえて……すごく気持ち悪い。

「まぁ、そんなとこだ。あんまり騒ぐなよ? ちょっと秘密にしといてくれ。」

 え、なに、会話してる!?

「――――――――。」

「ああ、またな。」

 ずるずるいいながらどこかへ行く気持ち悪いモノ。あたしは胃の中がモヤッとして思わず口を塞いだ。
「なんだ、もうダメか? お前の時もこんなに貧弱だったかな……」
「いえ、彼女はあの方の姿を見てこうなっているのかと。」
「ああ……まぁ人間にはきついかもな。言っておくが、今流行りのCGとか合成じゃないからな。なんなら追いかけてって握手でもするか?」
「い、いい……」
 口を押えたまま、あたしはマンションの中に戻った。逆流してきたモノをなんとか押し返し、喉の焼ける感覚にまた気持ち悪くなりながらバエルを睨みつけた。
「なんなのよ……手がこみすぎよ! ドッキリなら早く終わりに――」
「ああ言えばこう言うってこういうことだな。」
 さらりとやり返してため息をつくバエル。
「じゃあこれならどうだ?」
 そうやって両腕を開いたバエルの背中から――ゴキュゴキュと嫌な音をたてながら何かが出てきて――
「いやぁ! な、なによそれ!」
 思わず尻餅をついたあたしは、お尻を引きずりながら後ろにさがる。
「昔、コランって奴がオレの姿を描いたことがあるんだが……見た事ないか? 確かその絵だとオレはカエルとネコとおっさんの頭が乗っかったクモになっている。」
 バエルの背中から出てきたのは――そう言われると確かにそう……クモの脚だった。
「あそこまで醜男じゃないし、身体からカエルとネコは生えてない。だがクモってのは少し正解だな。クモそのものじゃないが、こうやって腕を増やすとそう見えるだろうし。」
 うそよ……悪魔だなんて……
 夢よ、こんなの夢! は、早く起きなきゃ……
「自分の頬をそうやってつねられても目覚める事はありませんよ。」
 いつの間にかあたしの横でしゃがんでる女の人。その眼にはあたしの怯える顔が映ってる。
「初めにご主人様がおっしゃいました。全て真実だと。」
「そんなの……でも……悪魔なんているわけ……」
「はっはっは、じゃあそんなお前にとある人間の名言を送ろう。なかなかにいい事を言ったと、オレたちの間じゃ話題になった。」
 背中から伸びたクモの脚を元に戻しながら、バエルは決め台詞でも言うみたいにニヤッと笑ってこう言った。

「悪魔が存在しないというのは悪魔の作り話だ。」


 オレの家に戻ってきたが、相変わらず女は気分が悪そうだった。
「色々あって吐きそう……」
「あいつの姿はともかく、魔界の空気に慣れないせいだろうな。しかし、だったらさっきの奴の前で吐けばよかったものを。」
「な、なんでよ。」
「若い女で処女。そんな最高級品が吐いたモノだ。残らず舐めとってくれたと思うぞ?」
「しょ――!? な、なんでそんなこと知って――だ、誰が処女よ!」
「言っている事がめちゃくちゃだな。まぁ落ち着け、この世界とかオレの事は教えたから、次はお前の立場を教えてやる。」
 さっきのように向かい合って座ったオレと女にお茶を出してオレの後ろに立つ彼女。
「ここが魔界でオレは悪魔。そんなところに人間であるお前はやってきた――いや、送られてきた。」
「お、送られて……?」
「なんだ? お前は自分の意思でここに来たのか? それだと話が変わるんだが……」
「ち、違うわ。気づいたらここに……」
「だろうな。だからこの場合、お前の立場は――このオレ、バエルに捧げられた生贄だ。」
「い……生贄……?」
 さすがに、言葉の意味は知っているか。
「ひと昔前なら珍しくもなかったんだがな。信心も薄いこの時代に儀式を行って生贄を捧げ、何かの願いをオレに叶えてもらおうとしている術者がいるって話さ。」
「な、なによそれ……」
「ついでに言えば、生贄のランクとしちゃぁお前――つまりさっきも言ったが、若い女で処女というのは最高ランク。食って良し、愛でて良しの一品なわけだ。」
「食べ――愛でる……!?」
「ああ。生贄として送られてきたお前は術式の上では既にオレのモノ……奴隷だ。四肢を裂いて煮たり焼いたりしようと、お前を性欲処理の道具にしようとオレの自由ということだ。」
「そんな……嫌よそんなの!」
 思わず立ち上がる女だったが、素早くその背後に移動した彼女が再び座らせる。
「ああ、誰だって嫌だろうな。だが仕方ない。お前はオレに捧げられてしまった。」
「うそよ……そんなの! だってあたしは――あたしの意思は……」
「奴隷の意思なんて関係ない。お前が意思を示して権利を行使する事ができたのは、捧げられる前までだ。」
 初めこそおどおどしていたものの、途中から中々に強気な態度だった女だが――ここに来て絶望の表情となった。
 別にそれを可哀想と思ったわけではないんだが――事実として、オレは話を加える。
「……普通は今言った通り。今のオレの気分としては……もう世話をしてくれる存在はいるし、人間の身体で遊ぶ趣味もない。よってお前の使い道は数百年ぶりのご馳走というところだろう。だが今回は少し事情が違う。」
「……え……?」
「やはり、全盛の頃と比べると術者の質も落ちていると見える。術式がところどころ間違っていてな……生贄のお前が届いても、肝心の願いが届いてないんだ。」
「どういう事……?」
「要するに、お前という生贄を捧げる代わりにオレにして欲しい事がわからないんだ。わかりやすく言うなら、店に来た客がレジに代金だけ置いて黙り込んでいる感じだ。客が何を買いに来たのかわからない。」
「……願いがなんだったとしても、どうせあたしはあんたの奴隷……なんでしょ……」
「そうとは限らない。そしてここが――そうだな、お前の運命の分かれ道だ。オレに食われるか、人間界に戻るか。」
「!! 戻れるの!?」
 絶望の表情が一瞬で希望に染まる。
 人間というモノは切り替わりが早いから面白いな。
「願いが何なのかによる。例えば――そうだな、お前を生贄に飴玉が一個欲しいと言うのなら、オレは一個と言わず百万個くらいくれてやるだろう。誰かを殺して欲しいと言うのなら、追加で二人くらい殺してやろう。だがもし、一国の王になりたいだとか、街を丸ごと消して欲しいとか、そういう願いだった場合――お前だけじゃ足りない。」
「……つ、つまり……あたしっていう……その、い、生贄で足りるかどうかって事?」
「理解が早くて助かる。そしてもし、お前だけじゃ足りない願いだった場合……お前は人間界に返す事になる。」
「ほんとに!?」
「嘘を言ってどうする。もらった代金が足りなかったら足りませんと言って返すだろう? 出直しなさいとな。」
「そ、そっか……よかった……」
 ほんのちょっと前に絶望し、そして数秒で希望を持ち、今となっては安心している。何も状況は好転していないのに、単純な生き物――いや、こいつがそういう性格なだけか?
「で、でも悪魔の癖に律儀なのね……」
「……何がだ?」
「だ、だって……こうやって代金――生贄は届いてるわけだし、あとこれだけ足りないって……その術者ってのに伝えればいいんじゃないの? ていうか、そもそも――術者が間違えたんだからあっちが悪いんだし、黙って受け取っちゃえば――」
 自分がそう扱われたら困るくせに矛盾した提案をする女がその辺まで言ったあたりで、彼女が女越しに机を叩いた。

「あなた、ご主人様を愚弄するおつもりですか?」

 何度も言うように、彼女はもはやオレ側の存在。そんな彼女に本気で睨まれた女は縮み上がった。
「……お前が慣れ親しんだモノとは形式が異なるだけで、これはオレたち悪魔と人間とか大昔に取り決めたビジネスの形だ。足りていないが受け取った分だけは懐にしまうというのは、客には何も与えていないのに金を受け取っているという状態。これはフェアな取引ではないし、まして足りていない事を明かさないなどというのは言語道断というモノ。互いの信頼で成り立つこのビジネスにひびを入れるような事、悪魔の誇りが許さない。」
 睨みつける彼女にやめるように手を振り、そして震える女を呆れながらオレは見る。
「今は彼女が怒ってくれたから良かったが……他の悪魔に同じことを言ってみろ。直後お前は連中の腹を満たす事も無くこの世から消滅するぞ。」
「……き、気を――つけるわ……ごめんなさい……」
「よろしい。では――行動に移るとしよう。」
「な、なにするの……」
「オレは今からお前と共に来るはずだった願いを調べる。きちんとした術式ならすぐに術者を特定できるのだがそうじゃないからな。少し時間がかかるだろう。三日は見ておけ。」
「三日……そ、その間あたしは……?」
「生贄としてここに来たものの、オレはお前を受け取る事ができない。正直言うとかなり宙ぶらりんな立ち位置だが……他の悪魔に茶々を入れられるのも困るからな。とりあえずオレの客人として扱うとしよう。あとで必要なモノを紙にでも書いておけ。用意させる。」
「わ、わかったわ。えっと……あ、あんたやこ、この人の事はなんて呼べばいい?」
「? オレはさっき名乗っただろう?」
「だ、だってこの人がご主人様って呼んでるし……き、きっとあんた偉いんでしょ? その、悪魔の中で……」
「そこそこ――」
「ご主人様の位は『王』。悪魔の中でも上位の方々が住まわれるこのマンションにおいても最上の位です。」
「い、一番偉いの!?」
「オレと同格があと六柱いるがな。ちなみに言うと、彼女もそろそろこのマンションの一室を与えられてもいいくらいの能力がある。」
「ご主人様……わたくしはご主人様の下で……」
「わからんだろ? 全てはオーナーの意思次第だ。ま、呼び方は好きにしろ。客人として扱う以上、一先ずお前は最底辺の奴隷ではなく、オレと同等の存在という事になる。」
「そ、そう……」
「さっきも言ったがオレの名はバエルで、彼女の名はベアトリスだ。」
「バエルとベアトリス――さんね……」
「ついでに聞くが、お前の名前はなんだ?」
「え……て、てっきり……術的な何かで知ってるんだと思ってたわ……」
「残念ながら、生贄に捧げられた時点でお前からは名が奪われる。そしてオレがお前を受け取った時、お前の名はお前の記憶からも消えるわけだが……――まだ覚えているはずだ。お前の名は?」
「名前が……えっと、ちゃんと覚えてるわ。あたしは――六路木結よ。」
「ロクロギムスビ? そんな名前の妖怪が日本にいたような気がするが……名前の発音といい、お前は日本の出身か?」
「ろくろ首のことでしょ……昔から言われてるわ……えぇ、あたしは生まれも育ちも日本よ。」
「妙だな。あそこにさほど魔術の歴史は……いや、逆にいい手がかりか。」
 西洋の国々ほど悪魔崇拝の歴史は広くないはず。これは三日もかからんかもしれないな。
「ではムスビ。諸々は彼女から教えてもらえ。よろしく頼むぞ。」
「了解しました、ご主人様。」

 ムスビに語ったビジネスの話で言えばこの事態、早急な解決が求められる問題ではある。
 しかし――ここ数百年なかった人間の生贄の上に間違っている術式……

 やれやれ、よい暇つぶしではないか。



「ではムスビさん。ご主人様が仰ったよう、まずは必要な物をお教え下さい。」
「は、はい……」
 紙とペンを渡され、あたしは何がいるのか考える。

 ……ていうか、まだちょっと信じられない。悪魔とか生贄とか。
でもさっきの気持ち悪い生き物とか、バエルから生えてきたクモの脚とか……特殊メイク? っていうので説明できるのか怪しいもんだし……
 全部夢でしたーっていうなら一番いいんだけど全然覚めないし。
 もしも本当だったら……あたしの運命はあと三日で分かれる。元に戻るか、た、食べられるか。
 なに、あいつがあたしを食べるわけ? どうやって?

 あたし、夢であっても現実であっても、ちゃんといつもの布団で目を覚ませるのかしら。

暇な王様たち

暇な王様たち

ある日、悪魔バエルの部屋に、数百年ぶりの人間の生贄が送られてきた 若い女な上に処女――生贄としては最高級の一品だが……それを代償に叶えて欲しいはずの『願い』が届いていない 信心の薄いこの現代に、人間を生贄にした者は一体誰なのか。そしてその願いとは? 一方、突然悪魔の世界に送られてしまった生贄――六路木結 『願い』が判明しない以上、まだお前を受け取れず、場合によっては人間界に戻さなければならないかもしれないとバエルは言う どうなるかわからない状況の下、最高級の生贄である彼女を迎える魔界とはどんなところなのか? 暇を持て余す悪魔に訪れた、ちょっとした暇つぶしの物語

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-03

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