花守

『花の精霊の物語』をどうぞ。

■■■■と■■■■


ざわめく風が、艶めく赤を揺らしていく。
一面の赤に佇むのは、ふたつの影。


「……また私を見つけてくださいね」
「あぁ。絶対に見つけてみせるから」


その言葉だけで、私は十分幸せで。
けれど、それ以上を求めてしまったから。
貴方に触れられるためなら、花として散ることさえ怖くはない。


「それでは、しばしのお別れです」

光の粒となった身体は、言葉とともに優しい風に消えていく。


燻んだ赤に残されたのは、項垂れた影ひとつ。

透と鐵


「ただいま戻りました」
「おかえり、(とおる)

そう言いながらも、こちらを向く視線はどこか頼りない。

「……ただの散歩じゃなかったみたいだね。今日は橋渡し、それとも――」
「渡し守の方でした。だから、疲れてはいないんですけど」

そう濁した声にも元気が見られない。
そっと手を伸ばし額に触れる。

「うん、だけど少し熱っぽい。休んでおいで」
「でも、お店が……(くろがね)さんひとりになってしまいます」

大丈夫だと声を掛けるも、大丈夫ですからと反論される。
こうなると空元気で無理をするだろうから、そろそろ折れるとしよう。

「わかった、わかった。開店までまだ時間があるから、それまでは横になること。いいね?」

不服そうに返事をして、透は奥の和室にふらふらと向かっていく。
橋渡しでも時々寝込むのに、渡し守をして疲れないわけがない。

「自覚が無さすぎるだろ」

頭を抱えるも、俺が来るまで店が不定期だったのも納得がいく。

「……けどさ。その散った花が想い人に逢えるように願っておくよ」

凪と結

なんだか最近、(なぎ)の様子がおかしい。
いや。いつもおかしいことはおかしいのだが、輪をかけて最近おかしい。
ここ数日、デイゴのお世話から帰ってきても、無理に明るく振る舞っているし。
何かあったのかと訊いてはみたが、「(ゆう)さんの勘違いですー。なんにもないですよー」とか見え見えの嘘を吐くし。
もう少し上手に隠せないものだろうか。
まぁ、そこが凪らしいといえばそうなのだろうけれど。


そんなことを考えていると「ただいまですー」と異様に明るい声が聞こえてきた。
「おかえり」とそっけなく応える。そろそろ1週間くらい経つし、俺は結構我慢した。
--隠し事はあんまり無しですよ。あの台詞を言ったのは一体誰だったのでしょうかね。


「あのさ、凪?」と小さい後ろ姿に言葉を投げかけた。
「ん? 結さん、何ですかー?」
「何かさ、あっただろう?」
「……んー。ないですよー」
「今、すっごい間があったよね」
そう指摘すると、もごもごと口ごもる。
「あー、かくしごとバレちゃいましたかー」
「いやいやいや、最初から分かってたよ」
「いやー、結さんは、すごいなー」
「……逆にお前すごいわ」
「えへへ」
「いや、褒めてないからさ。……で?」
「あははー」
「言っとくけど、それ誤魔化せてないからね」
「あー、うー」
「とっとと観念しなさい」
そう言うと、明るかった声のトーンがとたんに低くなる。目線を下に移してぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。
「んとね。凪がね、みごとに花を咲かすとね。人間さんがね、困るって、言ってたの」
「ほぉ、そうか。で、それで凪はどうしたいんだい?」
「凪はみごとに咲かせたくて。でも、人間さんは困るから凪はどうしたらいいのかなーって困ってる」
「なるほど。どうせそんな感じなら唄もちゃんと唄えてないんだろう?」
「むー。唄ってはいるよ。でも、いつもみたいに唄えなくて。それも困ってるの」
いつも明るいから尚更、そのしょんぼりと肩を落とした姿は見ていて辛くて。どうにかしてあげたくて。
「あー、はいはい。大方把握したから、出かけようか」
「!? 結さんが出かけるっ!? 結さん、熱があるんですか? それとも何か変なものを食べたんですか?」
「いや元気だから。うん、やっぱりお前はそのくらいがいいよ。本当に、1週間ぶりだ」
素直というか慇懃無礼というか歯に衣着せぬと言うか直球というか。おかえり、凪。


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さっさと仕度を済ませて、デイゴの樹まで凪の案内で向かった。
「これは……。ごめん。悪気はないけど……見事に花も困ってるぞ」
「わ、笑わないでくださいよ。これでも一生懸命唄ったんですからね」
「だから、最初に謝っただろう」
「そうですけど。凪だってこの子達を笑われたら、むぅってなるんですよ」
「さてさて。それでは凪さん、唄ってくださいな」
「む、無理です。この子達を想って唄ってもこれなんですよ?」
「んー、じゃあさ今日は俺の為に唄ってよ」
「!? どこかで頭を強く打ったんですか!?」
「本当に酷い言いぐさだな。それとも俺の為ごときでは唄ってくれないのかな」
「むー。いじわるなのは結さんの方だと思うけど。凪はまちがってるのかな」
「うん。間違ってる、間違ってる。せっかく外に出てきたのに唄ってくれないとか、すごく悲しいな」
「あぁー。えっと。そうじゃなくて、うー。あー、凪だって結さんの為に唄いたいけど……唄いたくても唄えないんだからっ」
あ。これはやばいかもしれない……少し意地悪をしすぎたか。
「あー、ごめん。だから泣くなって」
「うわーん。いじわるー」
「ご、ごめんってば。し、仕方ないな、もう。……泣き虫凪さんが泣きやむように、ちょっとデイゴの話でもしてあげようか」
「……ぐすぐすっ」
「凪の花のデイゴはね、占いに使われる花なんだよ」
「ぐすっ。……占い? 好きとか嫌いとかのあれ?」
「それじゃないけど。その年が台風の当たり年かどうかを占う花がデイゴなんだよ。見事に咲けば咲くほど台風がたくさん来るって具合だね」
「……。だから、人間さんこまっちゃうんだね……」
「でもさ、見事に咲くことで、そのことを伝える花でもあるんだよ。だから、人間の言葉など気にせずに凪の好きなように咲かせばいいんだよ」
「うー、そうなのかなー。……でも、楽しみにしてる人はいないんじゃないかな?」
「まだ悩むか、こいつは。んー。あのな……俺は人間ではないけれど、毎年お前の花を楽しみにしているよ。おいで。よくここまで悩みました」
近づいてきた凪の頭をそっと優しく撫でた。少しでも元気になってくれただろうか。
「えへへ。いいこ、いいこしてもらった」
「よし、泣きやんだね。では凪さん、唄を1つお聴かせ願えませんか?」
「えへへ。もちろんですよー。とくと聴くとよいのですー」


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心と風

――ずっとお利口さんでいてね? 約束よ?


お利口さんでいる、それは一体誰にとってのお利口さんでいることだったのでしょうか。
(こころ)は、あのときどう返事をしたのでしょうか。
わかりません。
でも、守らなくてはとずっと思っていたのです。


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心は、本が好きです。
心は、読書が好きです。
心は、静かな場所が好きです。


本は、心のことを好きじゃなくても。
本は、心のことを理解してくれなくても。
本は、心の大事な友達です。


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心は、学校には歩いて通っています。
心は、家でもなく学校でもない通学路が大好きです。
心は、通学路が学校にも家にも辿り着かなければいいのにと思うのです。


そんなことばかり考えていたからでしょうか。
世界が彩られていたある日、心は不思議な場所に迷い込んだのです。


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さくさくと落ち葉を踏みしめる音で、ふと我に返ると見知らぬ山道を歩いていました。
周りを見ても、大きな樹が両側に続いているだけで誰ひとり歩いている人はいません。


心は、神隠しにでもあってしまったのでしょうか。
心は、ちっとも寂しくありません。
心は、こういう静かな場所が好きですから。


「誰かいませんか?」 誰もいないのは明白ですが、とりあえず訊いてみます。
「……」 返事はありません。当然のことです。歩行者なんて見当たりませんから。


どこからともなく吹いた風が心の長い髪を、大きな樹々の葉を揺らしていきました。


本当に誰もいないみたいです。
これなら、かねてからしたいことを行動に移すときかもしれません。
鞄が迷子にならないように幹の側に置きました。

さて、まずは準備です。
綺麗に色づいた落ち葉を拾っては同じ場所に集めます。
何往復かすると、こんもりと小さな山ができました。

さぁ、始めましょう。
綺麗な落ち葉を両手で掬って空に舞わせます。
風もそれを手伝うように、そよそよと葉っぱを踊らせていきます。


「ん。綺麗」 青空に赤や黄や橙が映えて、桜吹雪とは違った趣があります。

――「心」なら、もっと上手く表現するのでしょうけど、知ったこっちゃありません。
今は、誰もここに居ないのですから。


「心は……心でいるのは疲れたのです。ずっとここに居られたらいいのです」


心は、最後の一掬いの葉を宙に振りまきながら呟いたのです。
本当は誰かに、この声を聴いてほしくて。
――その時、強い風が吹いて、心は目を閉じてしまいました。


「ここには長居してはいけませんよ?」 心が目を開けると目の前に着物姿のお兄さんがいました。
「え。……もしかして、ずっと見てたのですか?」 ど、どうしよう。証拠は綺麗さっぱり隠滅しなければ。
「とても楽しそうだったので、いつ声をかけたものかと」 わー、これはダメです。最悪の状況です。
「えと。あまりにも綺麗だったので。いつもはこんなことは絶対にしないのですけど」 えぇ。心はもう大混乱しています。
「綺麗と言っていただけて、嬉しい限りです。この子達も喜びましょう。けれど、人間は帰らなければ」 ……ん? 人間?
「お兄さんは人間じゃないのですか?」 気づけば、ついうっかり口に出していました。大混乱の余波です。
「はい。ですが、貴女の帰り道の案内をしようかと」 わー、予想していたけれど。わー。
「……」 ちょいと距離を置くことにします。危ないかもですしね。
「対応としては正しいですね。基本的に信用しない方がいい……いや、今の状況で言うとよろしくないかな」
「貴方は誰、何者なんですか?」 人間じゃないのなら、遠慮は無用です。ついて行きながら質問します。
「そうですね……人間の言葉でいう精霊ですかね。貴女が綺麗だと言ってくださった樹の精霊です」
「えと、フウ?」 確か図書室の図鑑で読んだ気がします。
「えぇ。なかなか物知りな方ですね」 ……初めて人に褒められました。いえ、厳密には精霊さんにですが。
「では、今度は私の番です。貴女は誰ですか?」 これは……どう答えたらよいのでしょうか。
「貴女の言葉で結構ですよ」 このお兄さん、読心術が使えるのでしょうか。
「まさか、そんなことできませんよ」 にこやかな笑みと共に返されました。でも、その目は心を見透かしているみたいで。
「心と言う名前で……それから……」 その先の言葉が続きません。いつもならすらすら暗唱できるのに。
「嘘です。読心術なんてできません」 言葉に詰まった心を見て、お兄さんは言います。
「さ、着きましたよ。ごめんなさい。困らせてしまいましたね」 お兄さんは多分、心より困った顔をしています。
「いえ、そんなことはないです」 そんなことは……ないのです。いつかは答えを出さなくてはだから。
「最後に一つだけ。今日は私の子達を愛でていただきましたが。その、紅葉狩りに興味はありませんか」
「紅葉?」 深紅に染まるあの姿も好きですけど。
「再来週あたりが見頃だと言ってまして。えぇ、もしよければですけど」 予想の斜め上の質問で、心はどうお返事をしたら。
「えと……」 そんなに心は落ち込んでしまっているのでしょうか。いつも元気で、すぐに返事が言えるのに。
「すぐに答えを出さなくても構いません。またその時にでもお聞かせください。それでは今日はこの辺で、心さん」


風が吹いてお兄さんの声が葉擦れの音に消えていきます。
そして気づけば心は、いつもの通学路に立っていました。
やっぱり心は神隠しにあっていたのかもしれません。


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『事実は小説よりも奇なり』
この言葉は知ってはいましたが、心自身が体験するとは思ってなかったです。


――え? 結局、紅葉狩りはどうなったのかって? それは秘密です。


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花守

花守

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-02

Copyrighted
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  1. ■■■■と■■■■
  2. 透と鐵
  3. 凪と結
  4. 心と風