やまいの舟
構って欲しいが為に風邪を引くことにした病みすぎマルクちゃんとそれをしっていて構いに行くマホロアの話
*フォロワーさんたちの風邪ネタ書こうぜ企画に参加させて頂きました!
*ありがとう!
*魔力のある子は流れのある水に触れない設定
*マホマル
*マホロアには魔力がない
*メリーなのにバッドエンド
*マルクちゃんヤンデレ
*マホロアもやんでる
*シロツメクサの花言葉
明日、マルクは風邪を引くことにした。
触れることの出来ないさざ波をいくつか超えたその先にある島の、朽ちかけた木小屋に、足を踏み入れる。
訪れたことのない場所のためか、不安を訴えるかのごとく羽根にまとわりつくプリズムを小さく収めると、
紫陽花色のマルクの顔は、これからの決心と自ら選ぶことの出来た不幸への高揚感で、ほんのりと紅をさした。
ーーここで、熱を出さなければならない。
体内に生きる魔素を細かく震わせる。
熱が膨れ上がるにつれ、背中に冷たい蛆の群れが蠢くようで、それは何度目であっても拒否の体をとってしまう。
受け流すほかには何の術もない悪寒に耐え、ようやくマルクの額はほてり始めることができた。
傍らには飲みかけのオールドローズティーと、氷の谷から摘み取ったカモミールがある。
最低限の魔力だけを維持できているのであれば、他にすることはない。
舞台に立つまでの段取りを終えた道化師のような心持ちをして、マルクはたおやかに目を閉じた。
万事は順調に、頭がズキズキと痛む。
風邪さえ引いてしまえば、あとはこちらのものなのだ。
***
遠い世界線のその先、海に浮かぶ小島にしか自生しない花を摘みに行ったと聞いた。
潮風にあてられた両翼が、熱発のために古びた床へふせっているのだということも。
マホロアが黒山羊革の鞄を片手に、それでもローアで見舞いへ向かうことがためらわれたのは、訪れた後のマルクの顔が、ある程度想像できてしまったためであろう。
試されているのだと知っている。
浅はかな思慮で、嘘を伴侶に選んだ魔術師を追い込もうとしていることも。
底知れない器のような貪欲さに、身震いさえ覚える。
マルクの求めるものを与え続けるには、それこそ遠い昔に失われた永劫の魔術でも使わなければこなすことができない。
今の自分では、あっという声も出せぬままに喰われてしまうのが関の山だ。
ーーならば、こちらから喰らってやるしかない。
覗き込んだ深淵がこちらを見ているのなら、その目ごと一思いに潰してやるのが、非力な魔術師に許された使命でもある。
きらめく羽根からは想像もつかない、大きな暗がりを抱え込んだ「マルク」に会えるのは、自分だけなのだから。
マルクがそれを望むのであれば、求められるものより何倍も大きく、そしてもっと醜い形の、底無しの器で、
平らげてしまわなければならない。
「デモ、そレって……愛なのカナァ」
布細工のように柔らかい両耳が、ひょいと傾いて、またすぐに戻った。
愛かどうかを語る時期などとうに過ぎてしまったことを思い出して、
そしてマホロアは、滑らかな鞄の持ち手を握り直す。
どのみち、行かなければならない。
風邪引きのマルクが、待っているのだから。
ローアの手前で二、三歩悩み、
霜の降りた地面に、四行と三行の魔方陣を描く。
雪交じりの風が凪ぎ、光のドアが開いた。
驚きの表情をもって出迎える相手の見開かれた目を見るにつけ、転移の魔術は幕開け前に飛び出たピエロによく似ていると、
マホロアはドアを背に、改めてそう思う。
***
「マルク、生きテル?」
呼吸にも熱を乗せている。実に上手いものだ。
「なん、とか」
なのサ、と続けた口には、確信から事実に変わった喜びと、それでもなお満たされることのない渇きが残っている。
「災難ダネ、やっパりキミは海に近づくベキじゃナイ」
「どうしても、摘みたい花があったのサ」
「花?」
液体の絡んだような音をたてて、咳き込むマルクの背を撫でる。
ーーあつい。
「シロツメクサ」
確かに、あの天体では聞いたことの無い花の名だった。
耳を傾けなければ呪文のように長いその花は、魔法を糧に生きる彼にとっての瘴気でしかない海を越えた、多次元先の島に咲いているのだという。
「シロツメクサの冠を、つくってやりたかったのサ」
どんな意味があるのだと問うてほしいのだ。
そういう目をするときのマルクは、いつだって泣きそうな瞼を半分おろしている。
「ナニか、シたかったコトがあるノ?その……シロツメクサを使っテ」
心配そうなのだ、という意思表示をするためには、耳をある程度の角度までしょんぼりとさげる必要がある。
不用意に入れた力のせいでビリ、と痛んだ側頭部に、マホロアは顔をしかめた。
それも、かえって今のこの状況では友を気遣う眼差しに見えているのだろう。
「 」
聞こえなかった。
牙の白く光る口元が、火焔のような熱を持っている。
感情に依存する魔法は、取り乱した時点で使用者の内側を真に蝕んでいく。
要は、この場の雰囲気に吞まれ、制御しきれなくなったのだろう。
先ほどの、脚本に沿った悲劇に酔いしれる息づかいではない。
ピンを外した手榴弾を手渡され、取り残された子どものような目つきで、上顎をはかはかと動かしている。
まぬけなものだ、と吐き捨てたくなる笑いを堪えた。
「マルク、マルク、大丈夫?」
綿菓子によく似た帽子のふちどりに、汗が浮かんでいる。
めったに流すことのないそれを手で拭ってやると、鋭く白い先端が、目眩に緩みきった口内を往復した。
「そばに、いて、ちょーよ」
すがりつく潤んだ瞳を覗き込むと、垂らされた蜘蛛の糸を必死に掴もうとする亡者が見えた。
「いるヨ、マルク。別に、キミがグズグズでどん底な時ジャなくっタッテ」
「ちがう!ずっと、いてほしいのサ。僕をここまで墜としたのなら、……責任取って、1分たりとも、……離れないでちょーよ」
絵本の中に生きる玉乗りの道化師からは想像もつかない、腐りきったいばらによく似た言葉が、マホロアの手のひらに、押し隠すような吐息をもって、打ちつけられた。
「分かったヨ、マルク。……キミがそう望むのナラ」
喰われていても、喰らっていても、それはどの道、同じ事なのだと気づく。
命を削るようなスペルに頼ってまで、自分をここに呼び寄せた理由。
寂しさの顔色を伺っては諦めてばかりだった時間の苦しみを、何より知っている互いの間に穿たれた鎖。
何もかも理解した上で、おおかた予想をつけていた自分が、それでもあえて、ここへ来た理由。
「コノまま誰カラモ忘れラレちゃうマデ、……ソウなっテカラもズット、ふたりぼっちで、イヨウ」
死に至る孤独を患った道化師の、見開かれたまなこから、彼の爪よりも大きな涙が溢れていく。
染み込むこともできないほど大粒の真珠は、漂う海鳥のように、あてもなくシーツの波間をさまよった。
「ほんと、なのサ?」
「本当ダヨ、マルク」
上がり下がりする呼吸を余計に乱して、マルクは大きな咳を何度か繰り返す。
「うれしい、」
薬草もなく、膨れきった魔力を押さえる術具もない。
数千年の月日の後、じきに終わりはやってくるのだろう。
それまでは。
「ズット一緒ダヨ」
飛び込んだ悪夢にあえぐマルクの身体を、ベッドに沈んだ両手で抱きしめた。
うだるような体温は下がらない。
今までも、そして、これからも。
やまいの舟