甘淡
焦し焦がれて、愛しき人の幸をただ、思うよ。
はじまり
時が経つのは存外早いもので1ヶ月前とは打って変わり日差しが眩しい季節になった。
蝉の声がチラホラ聞こえてきたりもする。
しかしあと少し経ったときのことを考えるとうんざりする気もした。
咲野香雪は『夏』が嫌いなのだ。
蒸し暑い所為で頭はくらくらするし、恋だの愛だのに現を抜かす輩もいる。
かくいう香雪の親友もその一人である。
夏が来るたび合コンを主催し猫を被り、彼氏が出来たと思えば幻滅され1週間で振られる始末。
その後の愚痴を聞かされるのはいつだって香雪だ。
親友の槙嶋詩乃は愚痴る度言うことがある。
『私の何がいけなかったんだろう?』と。
そこは香雪も不思議でならなかった。
元来詩乃は家事も炊事も得意だったし顔だって悪くない。
合コンの時に猫は被っているが素と大して変わらないものだと香雪は思っていた。
それに詩乃は遊び慣れているわけでもない。
確かに男女の関係であれば場数を踏んでいることだろうがけして遊んでいるわけではないし、もっと言えば恋に対して真面目なのだ。
そして今年もそんな夏が来た。
無論、詩乃は意気込んでいる。
香雪はただ太陽を恨めしく思い部屋に籠るばかりに時間を割く。
詩乃はそれを聞くと溜息をつくばかりだった。
『女として終わってる』
いつか違う友達に言われた言葉だった。
自覚がないわけではなかったが恋愛に興味がないだけでそういわれるのは心外だった。
だが、夏が来ると痛感する。
世間一般の女の子たちは彼氏を作ることや夏を楽しむことにいそしみ励んでいるのに、香雪は家で過ごすばかりで女として枯れている事を。
しかし、嫌いなものは嫌いだし暑いものは暑いのだから仕方がない。
だから仕事も作家を選んだのだ。
ちなみに小説、作詞、作曲が香雪の主な収入源だ。
幸い、香雪の作品は全て人気になっているしそれなりにいい暮らしをしている。
高層マンション燈が彼女の住まいだ。
大抵の男はそれを見ると引いていくかお金を狙ってくる。
それも香雪が恋愛をしたくない一つの要因なのかもしれない。
男運が悪いからだよと友人たちは言うが、それならば恋なんてしなくてもいいよねと言えば「あんたはかわいいんだから絶対に恋愛しなさい!」と厳命される。
別に恋愛経験がないというわけではない。
一人だけ付き合っていたと呼べる男がいるにはいたのだ。
一通りのことは経験している。
その時の事はたまに作品のネタにしているし別に必要ないのだと香雪は思っている。
だから、何が言いたいのかというと、
「槙嶋詩乃、25歳、出版業界に勤めてます。宜しくお願いします。」
不服なのだ。
そんな自分が合コンに参加していることが。
「咲野香雪、25歳、作家やってます」
控えめな自己紹介をしている最中、香雪はかなりいらだっていた。
無駄に長い前髪に助けられ表情はばれていない。
しかし、そういう問題でもない。
夏嫌いな香雪が外に出た挙句、合コンに駆り出されたのにはもちろん理由がある。
詩乃曰く、粋な計らいというやつだ。
何でも香雪に男の影が見えないのが嘆かわしいらしく、今回の合コンを主催したという。
香雪としては余計なお世話というやつなのだがこれを断っても次々と詩乃は同じ話を持ってくるだろうから、香雪は今回仕方なく駆り出されてやったのだ。
今回の参加は4人。
女二人は知っての通り、詩乃と香雪。男は雨音巧‐アマネタクミ‐と久稔時哉‐ヒサネトキヤ‐。
2人とも中々の美男子で座って頬杖をついているだけで様になる。
どちらかが詩乃の隣に座っているのを考えると中々映えるなぁと香雪は考える。
「詩乃さんはどんな男が好みなんですか?」
「あ、それ俺も知りたい」
そしてそれは現実になりつつある。
案の定、2人とも詩乃に夢中だ。
まったく、男って...。
出されたオレンジジュースを飲み干しうんざりする香雪。
なんで焼肉屋なのだろう。
というか、こんなところで何してんだろう。
考えれば考える程気が滅入る。
熱気で髪が額に張り付く。
詩乃は彼氏を作ろうと進んで2人と話をしている。
誘っておいて…と思わなくもないが親友が頑張っているのを見るのも楽しかったりするので良かった。
それにしたって詰まらない。
同じ男でもこんなに違うものなのだなぁと担当の編集を思い出している香雪。
編集の織部さんはあんなに穏やかで優しいのに…。
チラと目の前を見る。
態度が違い過ぎてそれに対しても不服だった。
「はぁ」
ため息が漏れる。
幸いお話に夢中な3人には気づかれていない。
無意識に前髪を搔き上げれば視界がクリアになる。
髪、切ろうかなぁ。
「詩乃ちゃん、ちょっとお手洗い行ってくるね」
「へ...あっう、うん、行ってらしゃい」
その時、香雪は気が付かなかった。
目の前に座っていた雨音と久稔が固まっていることに。
横に座っていた詩乃でさえその動作に心奪われていたという事に。
だからこそ詩乃も気が付かなかった、香雪が鞄をもって退室したことに。
「はぁ、やっと抜け出せた」
トイレには行かず、自分の分の支払いを済ませて香雪は家路についていた。
ああいったうるさい場所は子供のころから苦手である香雪にとって1時間もあそこにいたのは大きな進歩だった。
そんなこともいざ知らず、詩乃たちは今頃楽しんでいることだろう。
甘淡