彼女

「怖い」
近所の鯛焼きやの鯛焼きを美味しそうに頬張りながら少し虚ろな目で彼女は言った。
ハマるととことんハマるタイプの彼女は近頃は鯛焼きにハマっていて毎日のように食べている。
彼女の頬が少しふっくらしたのをぼくは見逃さなかった。ぼくの喜びだからだ。
「何がって聞かないの?」
彼女は何か語りたそうにそう言ったが、ぼくは彼女が言おうとしていることは十分わかっていた。そして、悲しくなるから語らせたくなかった。
「何を言おうとしているかなんてわかっているよ。」
ぼくはなるべく彼女に悪い気をさせないようそう言ったが、その少しの気遣いは無駄に終わった。
「ごめん…私本当わかりやすいんだな…めんどくさいでしょ」
やはり彼女の自己嫌悪スイッチが少し入ってしまった。
「そんなことないよ。だいたいそういうところだって可愛いからきみと付き合ったんだから」
嘘は何一つなくて本心だった。彼女はそういう人の気持ちに敏感な女で嘘をつくとすぐ気づかれてしまう。この言葉は本当だと分かってくれたようで表情が少し和らいだ。
「そうやっていちいち確認しなくちゃ不安になるのもわるいところだなあ」
彼女は自分の悪いところをよく知っていてでもそれを直すことができない不器用な女であることを自分でも十分承知している。その癖いいところには全然目を向けられない生きる上でつまづくことだらけの人間なのだ。
「今日も泊まっていけばいいよ。」
ぼくはそんな彼女が愛おしくて仕方ないからそう言った。そう言われた彼女は嬉しそうな顔をしたが釣れない返事をするだろうということは分かっていた。
「今日は帰るよ。私は自分の家が好きなの」
目も合わせずそう言った彼女が寂しそうな顔をしていることは確認しなくても分かる。
「まだ頑張らなくちゃ…」
自分自身に言い聞かせるように小さいけど強い声だった。
ぼくは彼女がよく頑張っていることを知っているし、不器用な彼女はそれを隠すことが出来ないから周りにもよく頑張り屋だと言われている。
だけどいつもそれを否定して、私はまだ頑張らなくちゃいけないという想いに縛られている。
美味しいものを美味しいと心から噛み締めることが出来たり、猫や子供を愛おしく思って可愛がれたり、おじいちゃんおばあちゃんに満面の笑みで話すことが出来たり、誰かの苦しみに感情移入してしまったりする本当に優しい女の子なのだ。
そんな子が「幸せになることが怖い」なんて言う世の中は嘘でまみれているし、消えてしまえばいいのにと思う。
そして彼女がこの街を心から愛せたら、きっとその呪いから解放されるから、ぼくはまだまだ彼女の彼氏として力不足だと痛感した。

彼女

彼女

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-12-14

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