十得ナイフ

 中学校卒業おめでとう、隆。ちょっと前まで、こんなちいちゃいガキやったのにな。鼻水垂らしてばっかのな。もう高校生か。言うても大人やな。月日が経つんは早いわ。
 そんでも、隆がわざわざ会いに来てくれて、おっちゃん嬉しいわ。ご両親は隆がここにおるん、知ってるんか。・・・・・・そやな、おっちゃんと隆のことは、家族には秘密屋からな。ご両親、こんなホームレスと息子が遊んでるん知ったら、いい顔はせんやろからな。
 じゃあ、今日はおっちゃんから隆に、門出の言葉をやろ。教示あふるる、ありがたい話やからな。心して聞けよ。

 おっちゃんが昔、いじめられっ子やったんは知ってるな。昔に話したやろ、なんや、忘れたんか、隆。あんまり頭がようないんやなあ。しゃあない、もっかい頭から話たるわ。

 高校生んときな、おっちゃんいじめられとったんや。なんでって、なんでかわからんけどな。たぶん、空気が読めへんとか、おもろいこと言えへんとか、そういう理由とちゃうかな。学校って、授業中でもかまわず騒いでクラス笑かせるような奴が威張っとるやろ。そういう奴が特に威張りたいのは、自分らと真逆の、おっちゃんみたいなタイプやったんや。おっちゃん、こう見えても昔は優等生でな。フチ無しメガネかけてガリ勉決め込んでたんや。ほんだら、クラスの騒がしい奴らが上履き投げてきたりしてな。ほんで、「おもろいこと言え」抜かすんや。たまらんやろ、そんなフリで、おもろいこと言えるわけがないやんか。だからおっちゃん、そういうの全部無視しとったんや。無視して、構わず勉強してたんや。

 ほんだら、あいつら、段々エスカレートしてきよってな。最初のうちは物投げるだけやったんが、給食の牛乳吹きかけられたり、しまいに物盗られるようになったんや。それも最初はちょっと高いシャーペンとか、新品のノートとかやってんけどな。そんなん盗っても、知れてるやろ、なあ、せっかく盗みやってんのに。最後には、おっちゃんから直に金盗るようになってな。直にっていうのは、早い話がカツアゲや。「金出せ、出さんかったら殴る」いう奴や。まあ出しても殴ってきたけどな。
 そんでも、おっちゃんはそいつらのこと無視してたんや。なんでって、まあ最初の方はな、優等生としてのプライドというか、授業中騒ぐような奴、あほらしいと思ってたからやけどな、最後は、正直、怖かったんや。あいつらの暴力が、怖あて、怖あて、しゃあなかったんや。余計酷いことになる思たら、何も言えんくなったんや。
 だから、金よこせ言われたら渡したし、そのあと殴られても黙ってたんや。おかしいな、どこで間違えたんかな、思いながら、でも高校卒業したらもうこんな目に会うことないって言い聞かせて、耐えてたんやで。おっちゃん、案外根性あるやろ。
 
 高校3年間我慢して、なんとか不登校もせずに卒業したとき、妙に誇らしかったわ。卒業式でな、校長先生が、ありがたい話するやろ。「この高校で培った思い出を糧に」って奴な。あれ聞いて、おっちゃん、この中で一番高校時代の思い出を糧に出来るのは自分やって思ったんや。友達もおらんかったし、彼女もできんかったし、後々思い出して楽しくなるような思い出は一個もないけどな。でも、あんなに辛いこと乗り超えたんやから、これからは何があっても大丈夫や、って、思ったんや。3年間いじめた奴より、3年間それに耐えた奴のほうが強い、ってな。

 それに、おっちゃんはがり勉やったから、結構いい大学受かってたんや。頭の悪い高校ちゃうかったけど、いじめしてるような奴らはことごとくアホやったから、大学出て、学歴に見合ったとこ就職して、そうしたら立場逆転するって、思ったんや。

 だから、卒業式終わったらけっこうルンルンで正門くぐったんや。勉強といじめばっかりで名残惜しくもないから、振り返りもせんと、家に帰ろうと思ったんや。
 学校の前の道を歩いて、一つ目の角を曲がったときやったかな。後頭部に、がつんと何かがぶつかった。おっちゃんは前倒しに倒れて、顔面思いっきりアスファルトにぶつけて、そんとき前歯折れた。視界ちかちかして、ようわからんかったわ。そのままうつ伏せで倒れてたら、また後頭部にがつん、や。口開けたままやったから、また歯が折れた。「ぼきぼき折れてる。永久歯やねんぞ!」って、そんなこと思ったん覚えてるわ。でも構わず、がつん、や、ほんで歯がぼきぼきや。何回目かで気失ってな、気がついたら、公衆便所の便座の上に座ってた。とにかく頭と口んなかが痛くてな。触ろうとしたら手が動かんのよ。そんときになって、手とついでに足も、紐でくくられてんのに気付いた。「なんやこれ」って呟いたら閉まっとった個室のドアが開いてな、あいつらがおったんや。おっちゃんを高校三年間いじめとった奴ら。ひとりはバット持っとったから、それでおっちゃん殴ったんやなってわかった。
 「何すんねん」って、おっちゃん言った。あんときがはじめてやったわ、いじめられて、無視せんかったん。
 「最後に思い出つくらなあかんやろ、卒業やし」
 って、バット持っとるやつが言うて、またおっちゃんの頭をがつん、や。やっぱ今までは何も言わんくて正解やったな、って思った。痛くて口開けて叫んだら、歯がぼとぼと便器のなかに落ちた。
 歯なくなってまうな、入れ歯って高いんかな、っておっちゃんが思ってたらな、バットの奴が隣の奴に言うんや。
 「俺、思い出の品が欲しい」
 そんだら言われた方が、
 「せやな、今やったらもらい放題やしな」って言うんや。
 ああ、また何か盗られるんかな、でも今日は卒業式やし、何も持ってきてないけどな、っておっちゃん思ってたらな、そいつ、「くくってあるから、もらい放題や」言いながら、ポケットから十得ナイフ取り出したんや。
 十得ナイフ、知っとるか、隆。これや、これ。見るんはじめてちゃうやろ。おっちゃんが缶詰開けるときとかに使う奴や。ほら、ナイフの他に栓抜きとかドライバーとかノコギリとか、色々ついとるやろ。十個も機能付きでお得なナイフやから、十得ナイフや。
 十得ナイフのそいつ、田中いうんやけどな。ようある名前やろ、田中。おっちゃんから思い出の品、ようさん取りよったんよ。何を盗られたって、見たらわかるやろ。おっちゃん、右手の親指から中指までの三本以外、指ないやろ。「大人になったらタバコぐらい吸いたいやろ」言うて、この三本は残してくれたんやけど、あとは全部持ってかれてもうた。思い出の品にな。そんなもん時間経ったら腐るっちゅうのにな。
 田中はおっちゃんの指をな、十得ナイフのノコギリで切りよったんや。おっちゃんの悲鳴がトイレの外に漏れんよう、さるぐつわはめてな。もうな、気絶するぐらい痛かったわ。ほんま、情けない話、めちゃくちゃ小便漏れたわ。気絶できたらよかってんけどな、おっちゃん、高校3年間殴られたりなんだりして、痛みに耐性できてたみたいでな、ぜんぜん気絶せんかってん。指7本、全部切るのに、どんだけ時間かかったんかな。10時間ぐらい経ってたように思うけど、そんなわけないよな。終わったときには、真ん丸くなった左手と、指三本だけ残った右手から、どばどば血が出てな。「死んだら胸糞悪い」言うて、田中がそこに包帯巻いてくれたわ。消毒もせんと、今思うと不衛生やな。
 田中たちが指持って帰っていったあと、おっちゃんしばらく便座の上で呆けてたわ。あんまりのことでな。でもとりあえず帰らなあかん思って、なんとか三本の指で紐解いて、家帰ったんや。卒業式終わったら指三本になってるおっちゃん見て、お母さんはもう、えらい顔してたよ。言葉を失う言うのは、ああいう状態のことやな。金魚みたいに口をパクパクして、そのまま卒倒してもうてな。それで出てきたお父さんに事情話して、警察に連絡したんや。そんなんしても、おっちゃんの手は元に戻らんけどな。
 そんでまあおっちゃんいじめてた奴らを警察が呼び出して、事情聴取して、あいつらが罪を認めてな。全然嬉しくないし、ただただ空しいばっかりやったけど。腹たったんはな、あいつら、牢屋には入らんかったんや。なんでかわかるか、隆。
 日本には、少年法言うんがあるやろ。18歳以下の子供には、刑事責任が問われん言うやつな。おっちゃんの指とったあいつらな、みんな17歳やったんや。早生まれやったんやな。ていうか、早生まれの奴が集まってやったんやろうな。あいつら、いつも10人でつるんでたんやけど、おっちゃんがとられた指は7本やろ。それやと、みんな持って帰れへんやん。おっちゃんとの思い出の品、手に入らへんやん。たぶん、10人のうち3人はあのときもう18歳やったんやろな。
 なあ、隆。それからおっちゃんの人生、ズタボロや。大学入って、友達作ろう思っても、この手のせいでなんか壁ができてまう。彼女もな、できんかったわ。顔もよくない、おもろいことも言えへんおっちゃんが、指なくしたら、なんていうか、悪目立ちするんよ。勉強もな、鉛筆まともに握られへんやろ、指三本やったら。お父さん、高い金出して義手買ってくれたけど、それに慣れるまでにちょっと時間かかってな。頭いい大学やったから、一回勉強が遅れたら、なかなか取り戻されへん。おっちゃんはそんとき勉強でけへんの、指がないからや、あいつらのせいやって思ってたところもあるから、腐ってもうてな。せっかく入った大学やのに、四回生にもなれんかったよ。もったいないよなあ、入学金とか、高かったのにな。
 当然、就職活動もボロボロや。おっちゃんは障害者やし、大学中退しとるからな。どこも雇ってくれへん。家に閉じこもってたら両親とも心労でぶっ倒れてな、なんとか食い扶持探そうと思うんやけど、今度は人間不信や。面接行っても、指のことが上手に説明できひん。なんか、話したら残りの指も盗られるような気がしてな。何も話せんくなって、バイトひとつ、受からへん。
 それで、今みたいにホームレスになったんや。ホームレスになったら、指ないのはかえって得みたいでな。乞食しても、他のホームレスよりはお恵みもらえることが多かったわ。
 そんでも、情けない、ふがいない、どうしようもない、死にたい死にたい死にたい毎日を、ずっと生きとった。でも、ある日、おっちゃんにも希望の光が見えた。生きがいができたんや。
 それはな、隆、お前や。あの日、ダンボールの上に正座して「お恵み、お恵み」言うてたおっちゃんに、隆と隆のご両親は、5千円札くれたやろ。あんときな、君ら家族を見て、おっちゃんは雷に打たれたように、目の前がぱーっと広くなったんや。やっと、俺にも為すべきことができたって、そう思ったんや。隆のご両親は、おっちゃんがそう思ってるのに、気付いてなかったみたいやけどな。
 それから、おっちゃん、隆とずいぶん長い時間を過ごしたな。隆がまた、ひとりでおっちゃんの側通り過ぎるとき、声かけてからな。秘密の友達になって、お父さんとお母さんには内緒やぞって言って、ずいぶん色んな話をした。隆の友達の話とか、いじめはしとらんか、とか、家族の話とかな。
 なあ、隆。最後にもう一回、そういう話しようや。家族の話がいいな。お父さんは元気か。隆のお父さんの、田中聡は、元気か。犯罪歴もないし、どっかで働いてるか。ちゃんと息子を養ってるか。あいかわらず、十得ナイフ持ち歩いてるか。おっちゃんからとった、左手の親指は、今も大事に思い出の品として持ってるか。
 おっちゃんは今でも田中のこと忘れてへんけど、田中はどうや。田中がいじめていじめていじめ倒して、大事な高校の思い出を彩ったおっちゃんのこと、忘れてへんか。なあ、今日家帰ったら、田中に聞いといてや。それから、ちょっと早いけど、誕生日おめでとうって言っといて。

 じゃあ、これでおっちゃんのありがたい話は終わりや。ここから学べることはな、人間、やりたいこと、言いたいことは、実行するべきってことやな。結局な、そうした奴が、得をするようになってんねん。
 そんでな、おっちゃんが今思うことは、やっぱりいじめは、やる奴より耐える奴のほうが強いんよ。いじめに耐えてた奴がやりたいこと見つけたら、もう最強やで。ようおぼえときや。

 隆ともこれでお別れやな。高校入ったら、楽しいこともたくさんあるやろし、もうおっちゃんに構う時間もないやろ。なあ。寂しいことやな。元気でな。おっちゃんは、隆のことも、忘れへんからな。
 それから、隆。最後に、おっちゃんの願いを聞いてくれへんか。ちゃんと十得ナイフも用意したからな。
 おっちゃんな、田中の息子の、隆の、思い出の品が欲しい。
 

十得ナイフ

十得ナイフ

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • サスペンス
  • 青年向け
更新日
登録日
2015-12-14

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted