騎士物語 第三話 ~夏休み~ 第五章 鍛冶屋の家

第三話の第五章です。
今回の「ティアナの家」で、ロイドくんたちの「夏休みおうち訪問」はラストとなります。

いつか書くかもしれない、フェルブランド以外の国の感じを紹介します。

第五章 鍛冶屋の家

 あたしたちがいる国はフェルブランド王国。四大国に数えられる大きな国で、主に魔法が発展した国。魔法について勉強できる学校が、騎士の学校の他にも……例えば純粋な魔法使いを育てる学校とか、仕事に使う魔法限定で教える学校なんかがある。しかも、別に学校に行かなくても使う人が単純に多いから、小さい子はそれを見て覚えちゃうなんて事もあって、だから国民のほとんどが魔法を使えるっていう状況になってる。
 ま、ロイドが旅してたような田舎の方だとそうでもないのかもしれないけど、魔法を使える人の割合は他の国と比べて圧倒的に多い。
 あたしたちにとってはそういう状況が普通だけど、他の国はそうじゃない。
 そしてそういう国は――あたしたちにとって普通じゃない状況を普通としてる。

 たぶん、その一番の例がガルドっていう国。ティアナの家――マリーゴールド家が元々あった国で、そこはフェルブランドとは逆の発展をしたと言える。
 実際なんでもできちゃう魔法だけど……得意な系統とか、体質とか、あと単純に才能とか、とにかく個人差が出ちゃうのが欠点と言えば欠点。
 その個人差を出来るだけなくしたい――誰がやっても同じ結果が得られるような技術を生み出すっていうのをモットーとしてるのがガルドって国。
 だからガルドは――主に科学技術が発展した。
 馬も無しに走る車に、大空を舞う鉄の塊。全ての家に電力が供給されて、大抵の事がスイッチ一つで出来る。
 フェルブランドが『剣と魔法の国』って呼ばれるのに対して、同じ四大国の一つのガルドは『金属の国』って呼ばれてる。
 そんな国だからティアナのスナイパーライフルみたいに複雑な構造の武器が沢山あって、しかもちょっと練習すれば誰でも使える。

 すごく便利な社会が出来上がってて、誰でも強さを手に入れられて……これだけ言うとガルドって国が一番なんじゃないかって思うけど、実はそうじゃなかったりする。

 ガルドは街を大きく、便利に開発してる代わりに自然が少なくなってるんだけど……その限られた自然にも魔法生物は生息してる。しかも、街の開発の副産物っていうか、空気とか水の汚染っていうのが起きてて……それの影響を受けてなのか、ガルドの魔法生物はフェルブランドに生息してるのと比べて――同じ種類でも凶暴性とか強さが違う。
 魔法生物の侵攻も時々起こって、それに対してガルドは技術の粋を集めたすごい兵器で応戦するんだけど――大抵、効果が薄い。
 科学で生まれた力は魔法生物に効かないってわけじゃない。問題はそれの威力。
 すごい技術で生まれたビーム兵器とかがあっても、そこから発射されるビームは魔法生物が使ってくる魔法の十分の一にも満たないし、しかも同じレベルのビームを、中級騎士なら一人で何十発も撃ててしまう。
 ボタン一つで誰でもそれができるんだけど、そうする為には時間がかかったり、すごい量のエネルギーを消費する必要がある。
 つまり、科学で魔法と同じことをしようとすると……マナや術者の才能とかを必要としない代わりに大量の何かが必要になってしまう上に、科学じゃ再現できない魔法もある。この辺が科学技術の欠点。
 だからやっぱり、技術者だけじゃなくて魔法の訓練をして使いこなせるようになった人っていうのがガルドにも必要になる。
 もちろん、こういうのはガルドだけじゃない。国ごとにそれぞれが伸ばしてきた技術とか文化があって、他の国とは全然違う風景だったりするんだけど――どこかの場面でやっぱり魔法が必要になっちゃうのが現実。ま、大抵は魔法生物が原因なんだけど。
 だから――文化も何も違うんだけど、どの国にも『騎士』って呼ばれる人たちが必ずいるってわけ。
 そしてそうなると――どうしても魔法が発達したフェルブランドの騎士っていうのが世界的には優秀で、十二騎士になる確率も高い。


「いつのまにかフェルブランド最高! という話になったな。さすがフェルブランドのお姫様だな、エリルくん。」
「う、うっさいわね。ていうかなんで説明しなきゃいけないのよ! ロイドは言った事あるんでしょ、ガルド。」
「あるけど――そういう騎士事情を聞いたのは初めてだよ。聞いてみて良かった。」
「うむ。やはり国レベルの話を説明するなら王族のエリルくんが一番だな。」
「……仕方なく覚えさせられただけよ……」
 普通ならガルドに行った事ないあたしやローゼルに行った事のあるロイドやリリー、ティアナが色々説明するもんなのに……
「べ……別にガルドに行くわけじゃないけどね……あ、あたしの家に行くだけだし……」
「でもティアナちゃんの家系は元々ガルドに住んでたんでしょ? てゆーことは、家の中にはガルドの文化がいっぱいって事だからねー。マリーゴールド家なら余計にそうだと思うし、知らない人にはちゃんと教えておかないと。」
「だから、それならあんたがあたしに説明しなさいよ……」
「あ、兄さん。車掌さんが来ましたから切符を。」
「切符? あれ、どこやったかな……」
「さっき財布代わりの巾着袋に入れてたじゃない。」
「あ、ホントだ。ありがとうエリル。」
「ほう……よく見てたな、エリルくん。まるで常に見ているかのようだ。」
「た、たまたまよ……」

 ローゼルの家に行った時よりも長い時間列車にゆられてるあたしたちが向かってるのはもちろん、ティアナの家――マリーゴールド家。元々ガルドにいたけど、ティアナのお爺さんの代でフェルブランドにやって来た。
ティアナの話によると、マリーゴールドの家は鍛冶屋だったらしいんだけど、今ティアナのお父さんは騎士をしてるとか。
 あたしたちにとってガルドの科学技術が……こう、すごくて面白いモノに見えるのとおんなじで、ガルドの人たちからはこっちの魔法技術がそう見える。だからガルドから魔法技術を求めてこっちに来るっていうのは珍しくないし、その流れでこっちの騎士になるってのもよくある話。
 そうやって騎士になったティアナのお父さんは、こっちじゃお目にかかれないすごい銃を持って騎士として活躍してるみたい。

「そういえばティアナはあれからずっとローゼルさんの家にいたんだろう? いつの間にか槍とかの達人になってたりしてない?」
 ティアナの家は遠いから、ローゼルの家にみんなで行った時からずっとローゼルの家に泊まって、それで今日、あたしたちを案内しながら家に帰るって感じになってる。
「し、してないよ……と、と言うかいつもと変わらないし……」
「そりゃそうか……ルームメイトだもんな……」
「そ、そういえばロゼちゃんに頼まれて……料理を教えたりしたかな……」
「そうなのだ。いや、これが料理の事となるとティアナは厳しくてな。」
「だ、だってロゼちゃん、意外と適当なんだもん……分量とか……パスタはコックさん並に上手なのに……」
「適当……そういえばティアナ。ずっと気になってたんだけど、あなたの私服って……なんかいつ見てもサイズが合ってない気がするんだけど。」
「え……あ、うん。一つ上のサイズだよ……そ、その……形状の魔法が暴走した時に……変な角が生えちゃったり、脚が太くなったりしたから大きいのを着てたの……」
「……ごめんなさい。嫌な事思い出させたわ……」
「も、もういいの……大丈夫だから……」
 一瞬だけ――ロイドの方を見て笑ったティアナは話を続ける。
「それで……大きいサイズって楽チンだなーって……それからずっとこうなの……」
「いくら言っても戻らないのだ。まるで学院に来たての頃のロイドくんのようだぞと何度も言っているのだがな。」
「ローゼルさん? それはもしや……」
「べ、べつにいいよ……むしろ……うれ――」
 下を向いて顔を赤くするティアナ――の事なんか気にしもしないでロイドが「えぇ!?」って顔をする。
「よ、よくないぞティアナ。まるで物乞いのようだと言われてるん――ひどいな、ローゼルさん。」
「あはは。そっちの意味合いじゃないよ。ぶかぶかの服を着ているとなんだか間が抜けて見えるという意味さ。」
「どっちにしろひどいぞ……エリル、オレってそんな風に見えてた?」
「……最初の頃はね。服もひどかったし。だけど今は――まぁ服がまともになった分、ちょっとましになったわ。相変わらず抜けてるように見えるけど。」
「ひ、ひどい……パム、お兄ちゃんはマヌケ面だそうだよ……」
「言い方の問題ですね。よく言えばのほほん顔です。」
「えぇ? それは一体どういう顔なんだ……」
 しゅんとするロイド。
……別に顔そのものがどうってわけじゃない。顔は――だ、だってそこそこ……アレだし。問題は雰囲気よ、雰囲気。なんか気が抜けるっていうか、安心するっていうか……ちょっとお姉ちゃんに似てる雰囲気なのよね、ロイドは。


 建物よりも緑の方が増えてきたあたりで列車を降りて、いい天気の中を軽いハイキング気分でしばらく歩いた所にティアナの家はあった。
 その家以外にはなんにもない、森の中にぽっかりあいた空間。そこに広がる大きな湖のほとりにその家は建ってた。
「お、お爺ちゃんがこっちに引っ越しを決めたんだけど……老後は自然の中でのんびり過ごしたいって言って……」
「この国は自然がいっぱいだもんな。それにしても――大きな家だ。」
 周りの景色に溶け込むみたいに木で出来たその家は、街の中に建てたら豪邸って言われてもおかしくない大きさだった。
「と、土地が安いからって……」
「生々しい話だが……確かに、これだけの家を例えばラパンに建てようものなら相当お金がかかるだろうな。」
「いや、あの、ローゼルさん。リシアンサス家はこれより大きくて街中に建ってますけど……」
「うむ。つまりそれだけお金持ちなのだ。気づいてないかもしれないが、騎士の名門と呼ばれるような家の財力は貴族に劣らない。もしもわたしと結婚したなら玉の輿の逆さま版だぞ、田舎者のロイドくん。」
「そ、そうですか……」
「ボ、ボクも実は結構稼いでるんだからね!」
「そ、そうですか……」
「…………あたしの場合、王族の仲間入りになっちゃうわね。」
 二人が変な戦いを始めたから、なんとなく――そう、別に意味はないわ! ちょっとボソッと呟いてみたらローゼルとリリーに睨まれた。
「た、ただいまー……」
「おお、帰ったか!」
 木の香りのする家の中にぞろぞろと入ったあたしたちを迎えたのは一人のお爺さん。たぶん元々はティアナみたいな金髪だったんだろうけど、少し色が抜けた感じの髪の毛を、だけどふさふささせた少し腰の曲がったそのお爺さんは、健康そうな笑顔をあたしたちに向けた。
「おお、おお、ティアナの友達か! えっと確か……お姫様がいるんじゃったかの。粗末な我が家にようこそ!」
 って言ってお爺さんがぺこっと頭を下げたのはローゼルで……
「失礼、ご老人。雰囲気的にわたしかと思ったのでしょうが――ぷぷ、ほ、本物はあちらの赤毛の彼女でして……」
「あれま。すみませんね……未だ、この国の偉い方の名前と顔とが一致しませんで……」
「別にいいわよ……」
 それよりも笑いをこらえるローゼルをどうにかしたいわ。
「お爺ちゃん、お母さんは……?」
「買い物じゃ。ティアナの友達が来るからと言って張り切っておるのじゃよ。みなさんも期待してくだされ。息子の嫁の料理の腕はちょっと格が違いますのでな!」
「む? という事は、ティアナの料理の師匠はティアナのお母さんという事か。もしやプロの料理人か何かなのか?」
「ち、違うよ……お母さんは……えっと、普通の主婦だよ……」
お爺さんとの挨拶を一通り済ませた後、あたしたちはティアナの案内で二階の客間にやってきて荷物を置いた。この前ローゼルの家でやったみたいに全員分の布団を並べる余裕は十分にある広い部屋で、手作りっぽい木のテーブルとか椅子が置いてあった。
 各自荷物を置いて、結構歩いてきたから一息つこうと思ったらローゼルが腰に手を当ててなんかやる気な顔になった。
「よし。ひとまずティアナの部屋だ。ティアナの部屋に行くぞ。」
「ロゼちゃん? な、なんでそんなに張り切ってるの……」
 客間から廊下を数歩行ったところ、ティアナっぽいかわいい――表札みたいのがぶら下がってる扉をローゼルが開いてズンズンと中に入る。きっと、ティアナが恥ずかしがるような何かを求めて部屋に入ったんだろうけど、ローゼルは部屋の中でピタリと動きを止めた。
「そんなとこで立ち止まるんじゃないわよ。邪魔じゃ――」
 そんな風に文句を言いながら部屋に入ったあたしは、ローゼルが立ち尽くした理由を知った。
「おお、かわいい部屋だな、ティアナ。」
「そ、そうかな……」
 ティアナは――あたしたちの中じゃ一番……なんていうか普通の女の子。王家の人間たれって育てられたあたしや、騎士の名門の人間たれって育てられたローゼル。商人としてあっちこっち放浪してたリリーや魔法の修行にあけくれたパムとは違う……一番一般的に育った女の子。
 そんな……ロイドの言うところの「一番女の子」なティアナの部屋はぬいぐるみだらけだった。
「お母さんがね……こういうのも作るのが上手なの……あ、この辺はあ、あたしが作ったんだけどね……」
 圧倒的なかわいい空間の中でモジモジするティアナに対し、すっとぼけロイドは「スゲー!」って顔でそのぬいぐるみを手に取った。
「これが手作り! あ、ごめん、勝手に触っちゃって。」
「べ、べつにいいよ……」
「そういえばパムも昔はぬいぐるみをいつも――あれ? 今もそうか。確か部屋に昔のに似たのがいくつかあったな。」
「ば――お兄ちゃん! そういう事は人前で言っちゃだめだよ!」
 色んな動物が丸っこいぬいぐるみになってあっちこっちに座ってて、壁紙とかカーテンとかはお花柄で、普通の小物すらかわいいデザイン。
「な、なんてことだ……ティアナにこんな秘密兵器が……し、しかし今思えば寮の部屋にもわずかながら片鱗が……」
「寮……? う、うん。あそこでの生活にも慣れたから、そろそろ何か置こうかなぁって思ってるよ。」
「そ、そうか……い、いいんじゃないか?」
 文字通り、ティアナの女の子女の子の世界にたじたじのローゼル。
 ……あたしもだけど……
「これは予想以上だね……さっきのお金持ちがどうとか以前の強敵だよ……」
 リリーも若干引きつった笑みを見せてた。
「で、でもあ、あたし……こういうの、男の子は嫌なの……かなって思ってたけど……?」
「そんな事ないよ。あー、世間一般はどうかわかんないけど、オレはいいと思うよ。こういうふんわりしたの。」
「そ、そう……なんだ……」
 ニッコリ笑うロイドと照れながら笑うティアナ……!!
 あ、あたしの部屋は今どうなってたかしら……
「お、部屋の窓から湖が見えるんだな。いい天気だし泳げそう――あ、もしかしてそのために水着を持ってきてって言ったのか?」
「う、うん。な、夏休みだから……う、海じゃないけどいいかなって……」
 ティアナの家に遊びに行くにあたり、あたしたちはティアナから水着を持ってくるように言われてた。近くに海でもあるのかしらって思ってたけど……こういう事だったのね。
「――! その上水着で追い打ち! ティアナちゃんってば恐ろしい子!」
「え、え?」
 当のティアナは困惑顔。
「よし! ティアナのお母さんの料理の為に、たっぷりとお腹を空かそう!」
 という事で、あたしたちは休む間もなく湖で泳ぐことになった。


「反則だよ、ルール違反だよ、有罪だよローゼルちゃん!!」
 ロイドとわかれて着替えをしてたあたしは、ティアナの部屋に圧倒されたのと同じように……ローゼルの水着に圧倒された。
「はて、なんの事やら。わたしはわたしの水着を着ただけさ。ま、この日の為に新調したのは確かだがね。」
 ローゼルの水着は――つまりいわゆる……ビ、ビキニだった。しかも、濃い青色の上下に加えて麦わら帽子をかぶって、ついでにパレオを巻いて……なんなのよ! 雑誌のモデルじゃない!
 ていうか問題はそこじゃなくて! ローゼルの――む、胸が……ビキニなもんだからこう……圧倒してくるところが大問題よ!
「これでロイドくんも悩殺というものだ。悪いな諸君。」
 あたしたちの前でロイドのことをす……好きって告白してから何かが吹っ切れたのか知らないけど、今のローゼルはなんか生き生きしてるわ……
「ロ、ロゼちゃんってば大胆だね……」
 あたしもそうだけど、同じ女なのにローゼルのそんな格好にドキドキして顔が赤いティアナは、さっきの部屋の通り、上にも下にもふりふりしたのがついてて下はミニスカートっぽいかわいい水着だった。色はもちろん黄色。
「ふ、ふん! あんまりそんなんだとロイくんだって……え、えっちな女の子だと思っちゃうんだからね!」
 リリーの水着は……あれはなんなのかしら。あたしは見た事が無いタイプで……リリーが商売する時に着る服を水着に改造したような、そんな感じだった。
「だ、だから妹の前で兄を誘惑する算段をしないで下さい……」
 パムのは……ローゼルの誘惑――み、見せる水着じゃなくて泳ぐための水着って感じ。泳いだら速そうなのだった。
「さあさあ、泳ぎに行こうではないか!」


「ローゼルさん!?」
 先に湖に来てボケッとつっ立ってたロイドは、あとから来たあたしたち……というかローゼルを見て目を丸くした。
「おや、どうしたのだロイドくん。」
 計画通りって顔でにやにやしてるローゼルに対してロイドは顔が真っ赤。
「どうしたって……い、いや、その、ローゼルさんみたいなス、スタイルの人がそういうのを着ると、目のやり場に困るというか……つい目が……その、見てしまうというか……」
 すごい勢いで慌てるロイドは、目を逸らしながらチラチラとローゼルの胸を――
「――ってそんなわかりやすく見てんじゃないわよ、バカロイド!」
「ご、ごめんなさい!」
「……」
 いつも通りのバカ正直な反応をするロイドを見て、それを狙ってやったクセに段々と顔が赤くなっていくローゼル。
「そ、そんな正直に見られると……恥ずかしいな……ス、スケベロイドくんめ……」
「あぁ……ご、ごめん……」
 胸とかを隠しながら少しモジモジしたローゼルは――突然、顔を赤くしたままムリヤリに胸を張った。
「ま、まぁロイドくんも男の子だからな! し、仕方あるまい!」
「ごめんなさ――えぇ?」
「た、ただしあれだ! ぎょ、凝視されるのはこ、困るぞ! だから――チ、チラ見程度ならゆ、許そう……」
「えぇ!?」
「わ、わたしはロイドくんを信頼しているからな! と、突然……その、ええええっちなことをしたりはしないだろう……?」
「し、しないよ!」
 互いに顔を真っ赤にしてそんな会話をした二人の間にリリーがぬっと入って来た。
「はい! この話終わりだよ! ロイくん!」
「ふぁ、ふぁい!」
「ボクは? ボクの水着の感想は?」
「感想!? え、えっと、オレ、水着の事はよくわかんないけど――め、珍しい水着? のような気がするね……あの、リリーちゃんの、商人モードの時の服に似てて……その……か、かわいいです……」
「やーん。ホントー? ありがとー。」
 すっごく嬉しそうなリリーがピョンピョンはねながらロイドから離れると、今度はティアナが来た。
「あ、あたしはどうかな……」
「う、うん。すごくティアナっぽくていいと思うよ……かわいい。」
「えへへ。」
「兄さん、自分はどうですか?」
「パム? パムはなんというか……速そうな水着だな。水泳選手みたいだけど……パム、泳げるの?」
「む、昔のままだと思わないで下さい!」
 だんだんといつもの調子に戻って来たロイドは、ふとあたしを見て――なんか知らないけどふふって笑った。
「な、なによ……」
「いや、何というか、エリルっぽいなぁと。」
「あたしっぽい?」
 あたしが着てるのは赤――というよりはピンクに近い色のワンピースタイプの水着なんだけど……これがあたしっぽい?
「……もしかして、寝間着に似てるからとか?」
「違うよ。その……上品だなと。」
「上品? これが?」
「うん。んまぁ、そういうタイプを上品な水着と言うのかはわからないけど、オレにはそういう印象だな。だからエリルっぽい。」
「それって、あたしが上品って事? 自分の言うのもなんだけど、あたしはそんなお姫様っぽくないわよ。」
「んまぁ……オレも最初はそう思ってたんだけどさ。ちょっと前――あー、夏休み入る前な。――にふと気づいたんだよ。」
 さっきまで顔を赤くしてたロイドは、妙にまったりした――なんか嬉しそうにも見える顔になる。
「エリルはさ、確かにお姫様って感じじゃないよ。服とか雰囲気とかね。でも実は細かい所に気を配ってるというか、こだわりがあるというか、すごくピシッとしてるんだよ。制服も含めて、着てる服にはしわが一つもないし、袖とか裾の長さも、注意して見るといつも同じ長さでそろってるのがわかる。サイドテールの長さも、リボンもそうだ。爪とか肌とか……そうだ、まつ毛とかも。そういうのをひっくるめるとさ、エリルは……お姫様とは違うかもだけど、上品だなぁって。」
「ちょ、ちょ! なんなのよ! なんでそんなに細かく見てんのよ!」
「さぁ……何かにふと気づいたのがキッカケで、気づくと色々わかったってだけだよ。んまぁ――」
 いきなりあたしを褒めだしたロイドは、最後にこんな事を言った。
「オレはエリルをいつも見てるからな。」



 ローゼルさんの水着姿に頭の中をぐるぐるにされてだいぶ混乱状態だったんだが、エリルと話して落ち着いた。
 ローゼルさんだけじゃなくて、他のみんなの水着姿――もちろんエリルのもドキドキしたのだけど、さすがルームメイトというべきか、エリルがいるとオレはいつもの調子にすっと戻れる気がする。いや、実際戻ったわけだが。
「いつも――ってな、なに言ってんのよバカ!」
「だってそうじゃないか。起きてから寝るまでなんだかんだ一緒にいる事になるだろ?」
「そ、そうだけど……」
「まだ一か月とちょっとだけだから、まだわからない事もたくさんあるけど、だけどわかった事もたくさんあるんだ。」
「な、なによそれ……あ、あたしだってあんたの事色々わかってるわよ……? 実はピーマン苦手とか。」
「…………バレてたか……んまぁ、食べ物の好き嫌いはわかりやすいか……」
「食べ物以外にもあるわよ? たまにベッドから落っこちて寝直してる事とか……」
「な、なんでそんな事知ってるんだよ! てかなんで起きてるんだよ!」
 予想外の攻撃に結構恥ずかしくなったオレを見て、エリルはふふんと笑う。
「ボディソープとシャンプーを時々間違えてる事も知ってるわ。」
「エ、エリルだって寝ぼけ状態だと朝の紅茶をお茶碗に淹れたりしてるだろ!」
「ちょ、ちょっと間違えただけよ! な、なによ、あたしを起こすのに五分くらいベッドのまわりをおろおろしてるクセに!」
「んなっ!? き、気づいてるなら起きろよ! 寝てるエリルを起こすのって緊張するんだぞ! い、いろいろと!」
「あたしだって起こされる時――」
 なんかどうしてこうなったのかよくわからないまま色々言い合ったオレたちは、変な気分と変な顔で互いの顔を見ていた。
「つ、つまりこういう事だ! エリルがオレの事色々知ってるのと同じようにオレも知ってるわけだ!」
「そ、そうね……と、当然よね。ルームメイトだもの……」
 ケンカでもなんでもないモノを終え、オレとエリルはどちらからともなくふふっと笑い――

「おほん。」

 いつの間にかオレとエリルの間に入っていたローゼルさんが咳払いをした。
「あー、二人とも。今の会話、妙な点があったな? はて、いつからエリルくんはロイドくんに起こしてもらうようになったのだ?」
「な……さ、さぁ、いつからかしらね……」
「ロイドくんはどうして五分もおろおろするのだ?」
「そ、それは……その……」
「やれやれ。これはクラス代表として、しっかりと現状を把握しなければな。」
「な、なんの現状よ……」
「そ、そうだ! そんなことよりローゼルさん! お、泳ごう!」
「そうだな。競争でもしようか? わたしが勝ったら全て話してもらう。もっとも、湖という水だらけの場所でこの第七系統を得意な系統とするわたしに勝てるわけはないのだが。」
「魔法使う気満々じゃない!」
「ローゼルちゃん、手伝うよ?」
「リリーちゃんまで!?」
 冷たい顔をした二人の手によって湖に放り込まれたオレとエリルは魔法を使った水泳競争を挑まれ、湖をあっちへこっちへと泳ぎ回ることとなった。
 ちなみに、どうも泳げなかったらしいティアナはいつの間にか泳げるようになっていたパムに泳ぎ方を教わっていた。



「く、予想外だった……いや、しかしよく考えてみれば当然か……」
 日も落ちてきてちょっと涼しさを覚えたくらいで、あたしたちは湖から上がってティアナの家のリビングにいた。
 正確には――ティアナとパムとロイド以外、あたしとローゼルとリリーはソファとか絨毯の上に転がってた。
「んまぁ、これでもあのムキムキお化けに六……七年鍛えてもらったからな。体力にはそこそこ自信があるよ。」
 水泳は全身を使うからすごく疲れる。その上魔法まで使ってたあたしたちはもうヘトヘトなんだけど、ロイドは割とケロッとしてた。
 ロイドの水着姿……というかああいう風に服を脱いだとこを初めて見たけど、別にフィリウスさんみたいにマッチョでもなかった――わね。太っても無ければ痩せても無いって感じかしら。言ってしまえば普通なんだけど……きっと必要な筋肉が必要な分だけついてるんだろうなって気のする――引き締まった身体だった。
「それにしてもロイくんてばいい身体してるんだね。さすが鍛えてるだけあるよ。」
 ロイドの身体を思い出してたところにリリーのそんな言葉が飛んできて、あたしはドキッとする。
「そうかな……個人的にはもうちょっと――んまぁフィリウスまでとはいかないけどたくましくなりたいけど。」
 照れた顔でそんな事を言ったロイドだったけど、その言葉のせいであたしたちはフィリウスさんの半裸姿を思い出してゲンナリした。あれはなんていうかやり過ぎだわ……
「! お母さんだ。」
 フィリウスさんみたいになったロイドを想像して嫌な気分になったところで、ふとティアナがそう言った。何を見てそう言ったのかと思って顔をあげたあたしは、あんまり聞いたことのない音が段々近づいてくるのに気が付いた。
「何の音よ、これ。」
「この音――まさかエアロバイク!?」
「ほぉ。知っとるのか?」
 バッと立ち上がったロイドに、お茶を持ってきてくれたティアナのお爺さんがそう言った。
「随分前ですけど、ガルドに行った時に見ました。え、まさかティアナのお母さんが乗ってるんですか!? 操縦難しいって聞きましたけど……」
「乗ってるだけで乗りこなしてはおらんよ。何せわし特製の自動操縦じゃからな。」


 目をキラキラさせたロイドと一緒に外に出たあたしたちは、この家に向かう一本道を何かが走って――飛んで? 来るのを見た。
「あらら? どうしたの、みなさん外に出て。」
 地面から二十センチくらい浮いた状態で飛んできた――なんて言えばいいのかしら。自転車をもっとゴテゴテさせてタイヤの変わりに風を噴射する装置をくっつけたみたいな……そう、前に本でみたガルドのバイクって乗り物のタイヤをとっちゃった感じ。
 エアロバイク――とかいうモノに乗ってたティアナのお母さんは鎧のヘルムみたいに顔を覆う被り物を脱いで不思議そうな顔であたしたちを見た。
「ロ、ロイドくんがね、エアロバイクの音を聞いて見てみたいって言って……」
「そうなの? ふふ、こんな格好でなんですけど、みなさんこんにちは。ティアナの母です。」
「あ、えっと、ロイド・サードニクスです。」
 エアロバイクを――車庫? に戻しながらあたしたちの自己紹介を聞くティアナのお母さんは、なんだかすごく嬉しそうだった。
「ティアナにこんなにお友達が……お母さん嬉しいわ。」
 あたしのお姉ちゃんがなんか変なテンションだったのと、ローゼルのお父さんがのほほんとしてるクセにすごい達人だったのを考えると、ティアナのお母さんは本当に普通のお母さんって感じだわ。
 ……まぁ、町までの買い物にガルドのマシーンで出かける人ところはあれだけど。
「ふふふ、これだけお客様がいると腕が鳴るわ。早速お料理するわね。」
 キッチンに入って、慣れた手つきで調理道具を並べていくティアナのお母さん。そんな後ろ姿を、何故かロイドがニヤニヤした顔で見てた。
「ロイド……あんた顔が気持ち悪いわよ?」
「ひどいな!」
「言っとくけど、ティアナのお母さんなんだからお父さんもいるのよ?」
「なんだと思ってるんだ……いや違うんだよ。なんていうか、ああいう――家庭的って言うのかな。光景が……懐かしいというか何と言うか……」
 ロイドのニヤニヤ顔がちょっとしんみりした顔になる。
「兄さんの言いたい事、自分にもわかりますよ。」
 ロイドと同じような顔でにっこり笑うパム。
 一般的な、どこにでもあるような……料理をするお母さんの後ろ姿。だけどこの兄妹にとっては……
 そうか……二人は自分のお母さんを思い出してるんだわ……
 あたしやローゼルの家はそういうのとちょっとずれた所だったから余計かもしれないわね。
「あらやだ!」
 自分の親が料理をしてるところなんて見た事ないあたしも、こういう雰囲気っていいわねと思ってほっこり眺めてたエプロン姿のティアナのお母さんが突然そう呟いて、キッチンの棚をあっちこっち開き始めた。
「あれ切らしてたのね……みなさんごめんなさい。調味料を一つ買い忘れちゃったわ。」
 エプロンを脱いでいそいそと出かける準備を始めたティアナのお母さんにロイドがあわてて尋ねる。
「えっと、大事な調味料なんですか? 料理のメインで使うとか?」
「いいえ。最後のちょっとしたアクセントに。」
「そ、それなら、別になくてもオレたち――」
「ダメです!」
 優しいお母さんの雰囲気が一片、すごく厳しい目の女性になった。
「料理は初めから終わりまで、全てに意味のある芸術的な公式のようなモノなの。あれがない状態はピースの一つないジグソーパズルみたいなモノ……未完成の料理を人様にお出しするなんてできませんわ。」
「……わたしに料理を教えている時のティアナの迫力の原点はここにあったか……」
 料理人モードのティアナのお母さんにビックリするロイドの後ろでローゼルがぼそっと呟いた。
「そ、それならその調味料、オレが買ってきますよ。最後って言うなら間に合うんじゃないですか?」
「え、ええ……確かに、諸々含めますと一~二時間はかかりますから買って帰ってきてというのは可能ですけど……お客様にそんな事……」
「いいんです。というか……正直、これを機会にエアロバイクに乗ってみたいなぁ、なんて……」
「あら……そんなにあれに興味がおありで?」
「じ、自動操縦だそうですからオレにもできるかなと……ダメですかね……」
「はっはっは! わかる! わかるぞい! 男であればあれに憧れるのは当然じゃの!」
 まるで仲間を見つけたみたいに笑うティアナのお爺さんは楽しそうに玄関に向かう。
「ちょっと調整するかの。ほれ、まぁ男のちょっとした憧れを叶えるついでにお買い物を頼むだけじゃよ。堅い事はなしじゃ。」
「お義父さんたら……それじゃあ……お願いしていいかしら?」
「任せて下さい!」
 うわ、このロイドすごく嬉しそうだわ。やっぱり男の子ってああいうガチャガチャしたのが好きなのね。
「ならティアナ。一緒に行ってあげて。」
「え、あ、あたしも……?」
「町まではエアロバイクが連れてってくれるけど、お店の場所がわからないでしょう? はい、この調味料を買ってきてね。」
 ぴらっとメモを渡されたティアナは、お爺さんについて外に出るロイドとメモを交互に見て――それからひっそりとあたしたちを見た。
「じゃ、じゃあ行ってくるね……」
ティアナのその微妙な「間」の意味をなんとなく察したローゼルは慌てて手をあげた。
「……わ、わたしも行こう!」
「ご、ごめんねロゼちゃん……あれ、二人乗り……なの……」
「な!?」
 なんかティアナ、ここぞってところで色々持ってい――べ、別に気にしてないわよ!
「おお……かっこいい……」
 早速エアロバイクにまたがってるロイドは小さい子みたいな顔をしてるんだけど、後ろに乗ったティアナにしがみつかれて――!!
「うぇ!? ティ、ティアナ!?」
「ロ、ロイドくん、お店の場所わからないでしょ……だから……」
「あ、ああ、そ、そうだな、確かにそうだな……」
 こうして、二人を乗っけたエアロバイクはヒュインと浮いて走り――飛び出した。
「ティアナちゃん……本当に恐ろしい子だね……」



 パムに教えてもらって初めて空を飛んだ時も面白かったけど、ヘルメット越しに見るエアロバイクからの景色はまた違って楽しい。楽しいのだが――それと同じくらい、背中にくっついているティアナの体温が気になって、楽しさ半分あわてふためき半分という感じだった。
「ご、ごめんね……」
「い、いや……落ちないようにな……」
 実際、結構な速度で森の中の一本道を進んでいる。
しかし自動操縦とはまさにそのままで、オレはハンドルを握っているだけなのだがエアロバイクはくねくねと道を走り抜けていく。ティアナのお爺さんの特製という事だから……きっとただの鍛冶屋じゃないぞ、あのお爺さん。
そして――んまぁ首都のラパンほどじゃないけど結構にぎやかそうな町に到着した。
 いつも止めている場所なんだろう、公共の自転車置き場みたいな所にやって来たエアロバイクは空いている場所に入り、ゆっくりと車体を地面に降ろした。
「ロイドくん、そこの……赤いボタンを押して……」
 ティアナに言われるまま、ボタンをポチッと押してエアロバイクから降りたのだが――ん? ボタンを押しても何も起きない……
「? あのボタンって……?」
「えっと、イメロ……に使われてる魔法と同じ……感じのだよ……今、あのバイクを動かせるのはボタンを押したロイドくん……だけなの……」
「鍵の代わりって事か。」
「バ、バイクでそのまま行ければ早いんだけど……危ないからここからは……ちょっと歩くよ。」
 危ないというのはつまり、結構人が歩いているこの大通りをエアロバイクで爆走するのが危ないという事だろう。
 もちろん店の場所を知らないオレは、ひょこひょこ歩くティアナの後ろをとぼとぼと歩き、そういえば名前も知らないこのにぎやかな町を進んでいった。
 フィリウスと旅をしていた頃からそうだが、知らない町や村に入ると少しワクワクする。見慣れているモノが一つもない風景というのは、色々な事を期待させてくれるからだ。
「あ、あれがお店だよ……」
「おお――えぇ? み、店? どっちかって言うと貴族のお屋敷だけど……」
「昔この土地を治めてた……偉い人のおうちをお店に改装したんだって……」
 ホントだ……近づくにつれて「五パーセント引き!」とかの垂れ幕が見えてきた……



 ロイドたちを待つあたしたちは正直ヒマで、料理の手伝いをしようかとも思ったんだけど……料理中のティアナのお母さんの目にも止まらない包丁さばきというか、お鍋さばきというか、なんかレベルの違う光景を見て諦めた。ただ、そんなスゴ技にも昔を思い出すのか、パムだけはその後ろ姿をじっと眺めてた。
 何もできそうにないあたしがぼんやりとソファに座ってお爺さんが出してくれたお茶を飲んでたら、家の中をぐるぐる見回してるリリーがふと呟いた。
「あれ? マリーゴールド家なんだよね、ここ。」
「大丈夫かリリーくん? ちょっと目を離した隙に頭でも打ったのか?」
「そんなわけないでしょ! ……だってここ、銃が一つもないんだもん。」
「普通、リビングにそんなものは置かな――ま、まぁうちの場合槍が置いてあるからアレだが、普通はないだろう?」
「でも、ガルドのマリーゴールドって言ったら有名なガンスミスの家系だよ?」
「ほぉ、よく知っとるのう。」
 さっきも同じような事を言ったティアナのお爺さんが同じようにお茶を飲みながらかっかっと笑う。
「ボク、こう見えても商人だからね。」
「ガンスミスと言うと、銃の鍛冶屋という事か。元々ガルドの家系だからあんな銃を持っているのかと思っていたが……そもそもそういう家の娘だったわけか、ティアナは。」
「その中でもとびっきりの家だよ。ガルドじゃ武器と言えば銃ってくらいに銃が普及してるからガンスミスもたくさんいるんだけど、その中で五本の指に入る家系だったのがマリーゴールド家なの。」
「ほっほ! そう言われると照れるのう!」
 ティアナのお爺さんは懐かしそうな顔でお茶をすする。
「お嬢ちゃんの言う通り、わしらの家はガンスミスの家系。先祖代々銃ばかり作っとる家じゃった。じゃが……ある時から婆さんが体調を崩しての。お医者様に診てもらったら、どうもガルドの空気がよくないという事じゃったんじゃ。」
 ガルド特有の公害ね……
「それで自然が豊かで空気のうまいこっちに引っ越したんじゃ。」
「ティアナちゃんのお婆ちゃんの療養でこっちに来たんだね。えっと……今はどこにいるの?」
「ほっほ、今は空からわしらを見守っておるよ。」
「あ……ご、ごめん。」
「いいんじゃ。最後の二年、婆さんは元気に過ごしたからの。」
 ガンスミス……そうであるなら、この家のどこかに工房があるのかもしれないけど……たぶんこのお爺さん、もう銃は作ってないわね。
 お婆さんのために、金属の国でもトップレベルのガンスミスっていう肩書きを捨てて、このフェルブランドにやってきたんだわ……きっと。

 コンコン。

 お爺さんの話を聞いて少ししんみりしたところで、玄関のドアをノックする音が聞こえた。
「む、ロイドくんたちか?」
「? いや……さすがに早過ぎるわい。やれやれ、予定外の来客とは珍しいのう。」



 オレにはそれが何でどういう味がするのかわからない調味料を買い、お屋敷――ではなくてお店をあとにしたオレとティアナはエアロバイクを止めた場所に向かってさっき歩いた道を逆走していた。
「そういえば……魔眼の調子はどう? あれ以来ずっと発動させた状態で過ごしてるんだろう?」
「うん……でもロイドくんのアドバイス通り……だんだんと慣れてきて、使うのも大変じゃなくなったよ……」
 自分の眼を指差しながらオレに顔を向けたティアナ。その金色の眼はやっぱりきれいだった。
「そっか。旅の中で色んな専門家さんに会って随分とマニアックな事ばっかり教わった気がするけど……役に立つ知識があって良かったよ。」
「せ、専門家と言えば……あ、あたし気になってるんだけど……その、恋愛マスターって人のこと……」
「うん?」
「あ、あたしは聞いた事ないんだけど……す、すごい人なの……? その、ロ、ロイドくんはその人の教えを守ってる……みたいだから……」
「すごいかどうかは正直わかんないな。旅の途中、その人の言う通りにすると恋が成就するって噂される占い師が近くの村に来てるって話を偶然聞いてね。そんな占い師の話は初耳だったけど、面白そうだから会ってみようって事になったんだ。」
「それで……ロ、ロイドくんは何かを占ってもらって……あのアドバイスを……?」
「いや……そう――じゃなかった気がするな……というか実はオレ、その時の事をはっきり覚えてないんだ。会ったって事は確かだし、この前話したみたいなアドバイスをもらったのも確実なんだけど……あいまいで。だけどあの人のアドバイスは信じられるというか真実――いや、真理? なんかそうと言っていいような印象を受けたような気もするような……」
 あれ? なんかいざちゃんと思い出そうとすると色々思い出せない。
「うーん……今思うとなんか不思議過ぎる人だったんだなぁ……恋愛マスターは。」

「少年も彼女に会ったのかい?」

 自転車置き場に止めたエアロバイクが見えてきたあたり、町の入口付近で誰かにそう話しかけられた。見ると、自転車置き場の隣にあるお店の前……別にそのために置いてあるんじゃないと思う樽の上に腰かける男がいた。
 なんかこういう感覚が最近多い気がするけど、同じ男のオレでもドキッとする――美形のお兄さんだった。ティアナと同じ金髪に、なんだかオシャレな服装。大きな街にたまにあるホストクラブというお店にいそうなその人は、そんなんだから周りの――主に女の人の視線を集めている。
 だけど一つだけ、この金髪の男の職業がホストだと断言するのはちょっと早いかなと思ってしまう要素がある。

「なんという偶然。いや、しかし彼女が絡んでいるとなると運命なのかもしれない。」

 金髪の男の傍には、巨大な銃のようなモノが立てかけてあった。

騎士物語 第三話 ~夏休み~ 第五章 鍛冶屋の家

我ながらいやらしい終わり方ですね。

いきあたりばったりな私の書き方ですが、このティアナの家の話はとある国を旅行している時に考えました。
その時にしか思いつかないアイデアというのは、やはりありますからね。

きっと旅行に行っていなかったなら、ティアナの家はまた違った様子だったのでしょう。

騎士物語 第三話 ~夏休み~ 第五章 鍛冶屋の家

ティアナの家――ガルドからやってきた鍛冶屋の家系、マリーゴールド家に『ビックリ箱騎士団』+パム 王族や騎士の家とはまた違った、自然の真っ只中にポツンとたつマリーゴールド家。しかも家の前には海――ではなく湖が! 折角の夏休み、泳ぐことは当然で……となれば全員水着になるということで…… マリーゴールド家が元々あった国、ガルドとはどんな国なのでしょう?

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更新日
登録日
2015-12-02

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