自殺ごっこ

自殺ごっこ


空が…青い…。
町外れの高架下の廃墟で、一人ため息をつくと、また死にたくなった。

「死にたい」なんて言葉は、よく吐かれる、が、今の自分の「死にたい」は「死にたいランキング」の中でも上位のはずだ。そもそもそんなものがあるのかは別にして。

「あぁ死にたい…。」

とりあえず、自殺の準備をしてこの町外れの廃墟に来たのだけれど、入る勇気すら出ずに、入り口で体操座りする、俺、こと38歳。

「なっさけな…」

後ろに見える廃墟は廃墟、と呼ぶよりゴミ捨て場といったほうが的確なそれで、車やらパイプやら鉄廃材やらが折り重なっている、所謂コンクリート打ちっぱなしの、立体駐車場みたいなものを想像してほしい。

奥に進めば小さな部屋が有り、そこが自殺の名所だと2ちゃんねるで読んでやって来たのは良いのだが…

如何せん、怖いので勇気がでない。

ここに来たのは今日で2週間と1日、要するに15日目なのだが、チキンな俺は相変わらず自殺の準備をリュックに詰めて今日もこうして自宅警備員ならぬ、廃墟警備員をしている訳である。

そろそろか?…やっぱり来た。

こうして廃墟警備員をしていると、小さな変化にはやはり鋭くなるもので、ここに来て2日目にセーラー服の女の子を見かけた気がして、あぁやっぱり幽霊っているんだ、と2ちゃんねるでスレを立ててヒーローになろうとして失敗した。

みんなからの声は酷くて写真うpだの、嘘乙だの、散々だった。

イライラしたので彼女を写真に撮ろうとして、5日目。緑のスカートのセーラー服の少女を見かけた。
髪はショートカットで、目は大きめ。
パッと見の印象は大人しそうな少女。

まぁ、こうして分析していることからも分かってもらえると思うが、こうやって見た目の分析に一生懸命になりすぎて、写真なんか撮ることを忘れたのだ。

こんなんだから、無能、なんてよばれるのだ。


あぁ死にたい。

そんなことはどうでもいいのだ。
今日も、彼女が来たから。

少し小柄なショートカットの女の子。
大体廃墟の入り口で少しぼーっと空を見上げてから、例の小部屋に入っていくのが大概。
で、一時間くらいすると出てくる。

例の小部屋は(噂でしか聞いたことは無いけれど)真っ白な部屋で、何もないはずだから彼女が中で何をしているのかは、廃墟警備員の俺でもわからない。

彼女はいつもの如く空でも見上げるのかな、と思いながら玄関に回るといない。
今日は少し曇りだし、空なんか見上げてもつまらない、と判断したのかもしれない。
外にいない日はながめられないからつまらない。

「やっぱり私の気のせいじゃなかった。おじさん、何してんの?」
「え?」

後ろから声なんかするはずもないしそもそも廃墟警備員は自分だけのはずだったから、あまりに吃驚しすぎて固まっていると、「彼女」はペラペラ喋りだした。

「変だとは思ってたんだよねぇ、視線は感じるし、人の音はするし。気のせいかなって思ってたんだけど。おじさん一体何してんの?あ、これおじさんの荷物?」
「……そ、そうだけど…」
「ふぅん?なんか訳アリ?」
「え…いや、その…」
「お・仕・事、してないのー?」
「君だって学校は…」
「はい、ストップー、通報、しないでねぇ?」

にひひ、といった笑いかたで俺を諌めると、彼女は俺の横に座った。

「おじさん、名前は?」
「佐藤。」
「下の名前は?ないの?」
「昭仁…」
「あきひと、さんね。はいはーい。」
「君は?」
「岡田 菫。菫でいいよ。」
「すみれちゃん、か。」
「ちゃん付けは気持ち悪いからやめてほしいなぁ。まぁいいや。で、アキヒトさんはここで何してるの?」
「廃墟警備員。」
「まじで!?」

目を見開いて、ぱっと星が散るようなそんなイメージ。

小柄で大人しくて可愛い子ってイメージは三秒で崩れて、なんと言うか所謂今時の子、っていうイメージに差し換わった。

ウサギのイメージがリスとか、トムとジェリーのジェリーに差し換わったら人間びっくりすると思う。

圧されっぱなしで、会話は進んだ。


「…要するに、アキヒトさんはここで自称廃墟警備員をしてると。」
「はい。」
「実際は、さ、あれでしょ。」
「え?」
「………自殺志願者でしょ。」

日も傾きかかっていたから彼女の顔が少し見えなくなってきていてその顔の表情が見えないからかは知らないけれど、妙に寒々しくその言葉が響いた。

「…きみもでしょ?」
「ん?」
「ごまかさなくてもいいよ。君自殺の名所、よく入ってるじゃん。」
「奥の部屋のこと?」
「そうそう。」
「私は自殺志願者じゃないよ。」
「へ?」
「私は、自殺ごっこをしてるだけ。」
「ごっこ?」

自殺に「ごっこ」ってことばは酷く似合わない気がしたし寧ろ相反する言葉にしか聞こえなかった。

「ごっこ……って」
「そだよ。ごっこ。アキヒトさんもする?そろそろ私行って家に帰らなきゃ。」
「……するわ。」
「じゃあ、ついてきて。足元危ないから気を付けてね。」

話がポンポンと進んで良く分からない。
分かるのはずーっと横の植え込みで座っていた男がぱっくり口を開いた廃墟に向かっていること。

横の女の子は酷く手慣れていること。
リュックの中には自殺のための睡眠薬と、ロープが入っていること。
気がつけば奥の部屋の前に居たことだった。

「覚悟が出来たら入ってきてね。」
古惚けた白い扉を睨み付けて少し目をつぶると彼女は部屋に入っていった。

自殺ごっこってなんだよ。
って歩いている間何度も尋ねたのだけれど、彼女は答えてくれなくて。何度もいいのいいの。だとか、後のお楽しみだとか言って質問をはぐらかした。

なんだよ、自殺ごっこって。
部屋にはいった瞬間ギロチンの刃でも落ちてくるのか?
それともどっきりか何かか。
いいや、他殺で死ねるなら楽でいいし。
寧ろ可愛い女の子に殺されるなら本望だ。

そう思って何も考えず扉を開けた。

「…はい、アキヒトさんは死にましたー」

その声が部屋の中に反響してかすかに残響が落ちる。
まるで部屋の主かのように彼女は笑い、こっちを指差していた。

「…は?」
「だから自殺ごっこっていったじゃん。ルールは簡単。この部屋に入ったら今までのあなたは何もかも、死ぬの。」
「それは、精神的にってこと?」
「難しいことは、考えない。」
「…いやいやいやいや。」
「これでアキヒトさんは、死んだんだよ。そのリュックの中の紐は使わなくてもいいんだよ。何があったのかは知らないけどさ。」

少し体についた砂を払いながら彼女はすっと立ち上がり、何気なく、本当に何気ないことのように彼女はそういった。

「え。みたの!?」
「はみ出してるじゃない。」
「…………あっ…」
「これでアキヒトさんは、死んだの。だからこれ以上死なないでいいの。というか、もう死んでるのにどうやって死ぬつもり?」

またあのにひひ、といった笑みを浮かべると彼女はまたドアの方に向かった。

「アキヒトはこれで死んだの。生き返る勇気が出たら、ここから出てきてね。」
「何を無茶な…」
「バイバイ。」

本当に彼女は何事もなかったかのようにその自殺ごっこを終え、部屋からさっと出ていった。
緑のセーラー服が部屋に色を残す前に本当にさっと消えたって言葉が似合う、そんな感じで。

「なんなんだ…」

とりあえずさっき彼女が座っていた辺りに腰かけると。目の前に赤の色が広がった。

傾きかけていた西日が部屋の中に落ちて、赤の色が部屋に広がっている。
赤の海、と言えば聞こえはいいけれどそれはまるで、血の海のようで。

死とか、終わりとかを表すのに言葉が要らないと言外に伝えているかのようだった。

さっき彼女は何て言った?
生き返る勇気が出たら、出ろだって?
笑いたくなるのを少し抑えながら、彼女の言葉の意味を咀嚼した。

「そうか、俺はこうなるのを望んでいたのか。」

これが俺の白昼夢のお話。
真昼に見た泡沫の話。

自殺ごっこ

自殺ごっこ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-11-27

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