馬連一発物語2

馬連一発物語2

すべての競馬ファンに捧げます

第一話 月の住人

 人身事故で電車が遅れるとアナウンスが流れた。せっかく早めに仕事を切り上げて会社を出たのに、これで30分は遅れるだろう。どっと疲れを感じ、晩ご飯は惣菜を買って済ませようかと思案していると、舌打ちする音が背後から聞こえた。振り返ると眉間に(しわ)を寄せ、うつむいてメールを打っている真剣な表情が、スマホの光を反射して不気味に輝いている。目をそらして見上げた夕闇の迫る空には、暗い天幕にナイフで切りつけたような鋭い月が輝きを増しつつあった。視線を落とすと見慣れた繁華街のビル群があり、至る所に光があふれている。薄暗い駅のホームだけが時間の流れに置き去りにされていた。そこに足を踏み入れてしまった不運を嘆く。
 この社会では誰も事故に遭った人のことなど別段気に掛けはしない。自分も今そうだった。いつから人の事故よりも時間を気にするようになってしまったのだろう。コートの襟をかき合わせながら早く暖かい場所へ逃がれたいと願った。


 たどり着いた一人暮らしの部屋に特に温もりがあるわけではないけれど、晩ご飯を食べ、おまけに添えたスイーツを味わって、ゆっくり風呂に入ると底知れない不安はどこかに消えてしまった。音量を絞ったテレビをつけ、優駿を開くと私の癒しタイムが始まる。夜ごと競馬の月刊誌を愛読する二十代のOLなんてあまりいないのだろうな。そう思いながら一枚ずつページをめくる。秋華賞を制したミッキークイーンの写真にふと目が止まった。勝者なのに、その瞳の奥に不安の(かげ)が見える。激走の跡を物語る血管が浮いた首筋に、鞍上の浜中俊騎手が優しく手を添えている。まるで、だいじょうぶだと言うかのように。

 気が向いたら、2ちゃんねるの「ミラクルおじさんの秘密」というスレッドを見てごらん。シゲさんからそう誘われていたことを思い出し、盛況なのかと覗いてみたら、ほとんど自分の書き込みで埋めている。嘲笑や罵倒に逆上しているのではないかと心配したが、そういう事もなく競馬サインの講師然としていた。

 84:M:2015/12/12(土)04:18:33
  有馬記念で絶対的サインとなりそうな夢の第11レース。
  今週1番人気がサイレンススズカと発表されました。
  チャレンジCという1800mの重賞がある今週、
  彼が最も得意とした距離です。

 サイレンススズカ。秋の天皇賞で悲運の骨折死を遂げた稀代の逃げ馬。絶対的なスピードで華麗に逃げる姿は多くのファンを魅了したらしい。そしてついには死神の心まで魅入らせてしまう。どの馬にも影を踏ませず振り切ることは簡単だろうけど、あの日の相手はサラブレッドではなかった。いつも以上に果敢に逃げ、最後のコーナーに差し掛かる寸前、死神の大鎌がその前脚を刈った。東京競馬場の秒針さえ、あの瞬間は止まっただろう。彼の勇姿と悲運に涙を流した人が多くいて、今でもその泉は枯れていないと思う。
 電車に飛び込んだ人も必死で逃げた先に線路があったということだ。しかしそれは、すぐに忘れられるというほどのことでさえなく、はじめから無かったことにされる。


 日曜日の朝は曇り空で時折雨がぱらついていた。昨夜はサイレンススズカの名前を見つけて、それが駅の出来事に重なり、色んな事を考えていると悲しくなって寝てしまった。気分を新たにもう一度、続きも読んでみたいと思いスレッドに行った。

 97:M:2015/12/13(日)02:30:14
  第66回チャレンジC、第67回阪神JFなので
  優駿66,67ページを見ると、ジョッキーベイビーズの写真と記事。
  先頭を行くのは1番、勝負服はゴールドシップと似ています。
  2着3着を争った二頭は5番と6番(8頭立てなので13,14番にも相当)
  これらが(株)ウインと前田葉子・晋二氏の勝負服に似ています。
  この並びが阪神JFの13,14番にそのままあり、12,11番にもあります。
  対称的に連続した意図的な並びは優駿をありありと意識していて怪しい。

「怪しい、なんてごまかして。どれどれ、どんな勝負服でしたか」と、生徒の答案を採点する先生の気分で優駿を開いた。先頭は、赤い地に腕だけ白い輪が二本通っている。赤い服、白袖赤一本輪のゴールドシップとは確かに似ている。2番目に写っているのは、水色に赤のウロコ。十字襷の前田さんの勝負服と模様は違うが、配色は全く同じだ。3番手は赤と黒の縦縞で袖が黒い。エイシンのものと瓜二つだけれど、袖さえ白ければウインの勝負服になる。これをエイシンのものと知っていてそう書かない所に何か悪巧みを考えているに違いない。
 新聞へ目を移すと、11番前田葉子、12番ウイン、13番ウイン、14番前田晋二とあり、これはキツツキの並びで強い符丁のはずだ。しかも5番6番を8頭立てで循環して数えた13番14番に、優駿で見せた勝負服を入れている。驚いた。確信犯だ。

 102:にゃ〜◆:2015/12/13(日)03:32:59
  結論 馬連2−9 単勝13
  スレ主さんの阪神JF見解をお聞かせください

 103:M:2015/12/13(日)07:25:03
  1998年 毎日王冠 9頭
  1着2枠2番 サイレンススズカ
  2着4枠4番 エルコンドルパサー
  3着7枠7番 サンライズフラッグ

 107:M:2015/12/13(日)08:00:11
  にゃ〜さん、馬連2−9で単勝13ですか? 2−13か9−13の間違いかな。
  4月5日 大阪杯 14頭
  1着3枠3番 ラキシス C.ルメール
  2着5枠7番 キズナ 武豊
  この騎手の決着はハーツクライにディープが敗れた有馬記念の再現です。
  これがこの週にあるということは、ルメールのいる1枠とキズナを表現
  している前田晋二&佐々木厩舎の7枠で決まる可能性ありますよ。

 他にもたくさんレースを挙げているので想定できるものが多くあるのだろうけれど、見解をお聞かせくださいと尋ねられて、朝一番に毎日王冠の結果を書いている。昨日は小倉大賞典も挙げていたから、土曜の結果を見て毎日王冠に絞れたのか。この2着馬こそ優駿付録写真集のエルコンドルパサーなのだから、98年の毎日王冠は信じていいはずだ。
 大阪杯の記述はわかりにくい。後藤騎手の追悼セレモニーがあった週だから注目しているのだろうけど、この大阪杯に関しては目の数字ではなく、騎手や厩舎の要素に言及している。多分もう1枠と7枠に目処がついており、その補佐となる要素を探している段階なのだ。馬連2–9と予想した人に、2–13の間違いか、などとわざとらしいコメントを返している。毎日王冠の2番と、4番の9頭立て循環にあたる13番、2–13だと言いたいらしい。そう言えば上の方で2,9,13に色気を持っていると書いていなかったか。

 ところでゴールドシップはどこへ行ったのだろう。1番ゼッケンで天皇賞春を勝ったことは忘れたと言うのか。この7枠にはたしかキズナがいたはずだ。

2015年天皇賞春
1着1枠1番 ゴールドシップ
2着7枠14番 フェイムゲーム
7着7枠13番 キズナ 佐々木厩舎 前田晋二

 阪神JFの7枠14番が佐々木厩舎で前田晋二さんの馬だ。これがキズナを模していて、天皇賞春を使う予兆にしているというのも、優駿の写真が言いたいことだろう。結局、この枠連1–7、スズカの毎日王冠循環馬連2–13だ。私なら簡潔にこう書く。
 もし、スズカの毎日王冠が踏み込み過ぎだとしたら、枠連1–7でも馬連は違うかもしれない。2番メジャーエンブレムと、その対称位置、外から2番にいる17番デンコウアンジュ、この2頭は前走アルテミスSを連対したペアだから、1枠は1番ではなく対称位置に補佐をもつ2番の方でいいと思う。7枠は優駿で暗示された前田さんの馬が来て、2–14という形はあるのかもしれない。決まった。後は親がどこに出すかだ。


結果
2015年12月13日 阪神JF
1着1枠2番 メジャーエンブレム C.ルメール
2着7枠13番 ウインファビラス
3着6枠11番 ブランボヌール
(馬連¥3,500-)


 *   *   *   *


 翌週の金曜日、シゲさんの誕生日をお祝いするためにアパートへ向かった。冷え性であることにかこつけてお酒を飲もうとするシゲさんには、暖かそうな丹前をプレゼントにした。寿司折りを二つ、ショートケーキを二個買って両手は塞がっていたが、花屋の前で鮮やかな赤と緑のポインセチアを目にして迷った。あの部屋が寒いのは華がないからだ。でもこれ以上持つには少し大きい。


茂吉「おうおうたくさん荷物をかかえて何もって来た。花まで」
キク「シクラメンです。可愛いかったから」
茂吉「真綿色した〜シクラメンほど〜清しいものはない〜 恋はしとるかな?」
キク「何ですか、急に」
茂吉「若い時の恋は一瞬で過ぎる奇跡みたいなもんじゃ。人生の花火じゃよ?」
 恋の話題はごめんだ。平日は会社と自宅の往復で、週末は競馬メインの一週間が過ぎる。なんて言ったら、説教が始まるに違いない。
キク「ミラクルおじさんの奇跡、見ましたよ。でもあれではちょっと、伝わりにくいかな?って思うんですよね」
茂吉「それでいいんじゃよ。よく見て、真剣に考えてみる、ということを促しているから。キクちゃんには通じたじゃろ?」
キク「ええ、まぁ。サイレンススズカの毎日王冠でしたね。スズカの名前を見ると、美しく悲しい運命の重みを感じます。風のようにターフを駆け抜け、魅了して、逝ってしまった。幻のようなサラブレッド。私は映像でしか見たことがないのですけど、颯爽と逃げる姿は何度見てもわくわくします。そして骨折、予後不良」
茂吉「まぁ名誉の戦死と言ったところかもしれん。特攻隊みたいなもんじゃ。美談にするのはどうかのぉ。送り出す方は辛かったであろうし、行けと言われて断れるもんか」
キク「意味がわかりません」

茂吉「ならば意味の伝わる話にしよう。戦争は止まない。なぜかな?」
キク「え。それは人間の…本能だから」
茂吉「子供たちの頭の上に爆弾を落とすことがかね?」
 台所に置かれたシクラメンが、肩を寄せ合ってふるえている。例えお花畑の上であっても、爆弾を落とすのは残酷だろう。
キク「いえ、そのつもりはなくてそれはミスですから」
茂吉「たぶん違う。残虐であるほど戦争は終わらない。憎しみを煽り、人が憎み合うほど、権力による支配は強固になる。犠牲となった死は美しく語られ、戦争を否定できない空気が蔓延する。そして、どっぷりと戦争に浸る」

キク「支配するための道具が戦争と?」
茂吉「そう。権力とカネを手放したくない輩が、戦争をけしかけているだけでな。決して万人の本能ではないから、待っていても戦争は起きない。兵器も売れない。焚き付けねばならん。だからちゃんとシナリオを描いて、実行する。競馬を見ているとわかるであろう? どれほど緻密に絵が描かれるか」
キク「じゃあ、どうしたら…」
茂吉「よく見て、自分の頭で考える。歴史を振り返り、今の時代が直面していることを見つめ、新しい流れとどう融合するか考える。そしてどう手を打つか。競馬と全く同じじゃな。競馬の歴史に話を移すと…」

 2006年と今年には共通点がある。創設重賞が2つ作られ、一方は有馬記念1週間前であること。
・2006年創設重賞 ヴィクトリアマイル、阪神C(有馬記念1週前)
・2015年創設重賞 サウジアラビアロイヤルC、ターコイズS(有馬記念1週前)

 同じ歴史を刻む今年2015年のターコイズSは、06年の阪神Cで行った事を繰り返す。それが競馬の仕組みであり継承されてきた伝統だから。

 06年は、第1回ヴィクトリアマイルの裏メインである京王杯スプリングCにGI馬オレハマッテルゼが出走した。同馬は第1回阪神Cにも出走してきた。創設重賞の週にどちらも顔を出したGI馬の役割は、ヴィクトリアマイルの馬連1–18を阪神Cに持ち込むためだった。しかし阪神Cで1番の馬が取消したことにより、馬連1–18を出せない形になった。もちろんそれには意味があり、翌週の14頭立てとなった有馬記念で、1–18の14頭折り返し馬連1–4で実を結ぶことになるのだが。
 では第1回阪神Cはどのように決まったか。それはマイルチャンピオンシップに出走した一頭の外国馬が、そのまま帰国せずに阪神Cに参戦し、マイルチャンピオンシップの馬連7–10を阪神Cに持ち込むメッセンジャーとなった。そしてその通りに決着させた。

 つまり第1回ターコイズSは、創設重賞サウジアラビアロイヤルCまたはマイルチャンピオンシップの目で決まると推測される。

2015年 サウジアラビアRC 12頭(第1回)
1着5枠6番 ブレイズスマッシュ
2着8枠12番 イモータル
3着8枠11番 アストラエンブレム

2015年 マイルCS 18頭
1着8枠16番 モーリス
2着5枠10番フィエロ
3着3枠5番 イスラボニータ

茂吉「ターコイズSには、マイルCSからGI馬レッドリヴェールが参戦してきた。06年と全く同じではないが、しかし見えている者にはそっくりに映ると言っても過言ではない。この馬がメッセンジャーになって、マイルCSの馬連10–16をターコイズSに持ち込む。これが第一義の見方となる」
キク「フェイントさえなければズバリ出そうですね。裏のメインに出されないか心配です」
茂吉「その心構えじゃ。だが、9年越しのサイン。一般にスパンが長ければ素直に出る。ただしサウジアラビアRCとマイルCSの目をよく見て何か気がつかんか?」
キク「…どちらも枠連5–8」
茂吉「よく見る、と言うのはそういうことじゃ。マイルCSの馬連一発を出すシナリオなら、捨てられるサウジアラビアRCをわざわざ枠連5–8にしておく必要はあるまい」
キク「馬連10−16は枠連5−8なのですから、強調してくれているのではないですか? だいじょうぶだと」
茂吉「06年を見てもそんな親切な事はしておらん。他所から強調するならまだしも、9年前の事を覚えている者が必ず注目する2戦に、果たして馬連一点の好配当を忍ばせておくかな? これは枠連5−8まで、それ以上は危険だと察知せねばならん。JRAっちゅうのは一癖も二癖もある親なんじゃよ。何度泣かされたことか。そこでこれをよく考えてごらん」

1988年有馬記念当日 中京1R16頭(阪神JFで使用済み)
1着7枠13番 ショウモンライフク
2着1枠2番 メイトウリボー
3着6枠12番 マルカドラゴン

 ならば

1989年朝日杯3歳S当日 阪神8R11頭
1着7枠8番 ショウモンライフク
2着7枠9番 イブキノタチバナ
3着5枠5番 トウカイシャーク(循環16番)

キク「今週のGI 朝日杯FSの前身、朝日杯3歳Sが行われた当日の阪神8R…この2着9番と…3着の循環馬番16番の組み合わせ、馬連9–16で決まれば、枠連5–8ということになりますが…」
茂吉「その可能性がある枠連5–8というわけじゃ」
キク「でも、これは難し過ぎて私は思いつかないです、絶対」
茂吉「枠連5–8に自信を持っておれば、例え2着と3着の目を使う、しかも循環馬番で考えるとしても、よく見れば見抜けるじゃろう」
キク「それも難しいと感じることですが、なぜ26年も前のこんな8Rが使われるのか。これはもうムリって思います」
茂吉「そりゃキクちゃんはまだ産まれてもおらんから(笑)当然じゃ。これは2ちゃんねるにもこっそり書いてやらねばな、若い人は誰も気付くまいから。CMのキャラクターは笑福亭鶴瓶さんじゃ。ショウモンライフクというのは、笑う門には福来たる、笑門来福である。笑福亭からこの馬を連想し、鶴瓶さんならこれと春から待っておったんじゃよ。いつか使うとな。結局、阪神JFで未勝利戦勝ちの馬連2–13が出たのを見て、他の勝ち鞍を確認すると今週のものがあった。なら、これじゃとな」
キク「説明はよくわかります。ただ、ちょっとこじつけちゃってるかもと…JRAが2着3着を使うなんて綺麗じゃないし、シゲさんは考え過ぎて変な方向に行くことがあるから…」
茂吉「痛い所を突くのぉ(笑)あくまで枠連5–8をしっかり買ってな」
キク「馬連10–16できれいに決まったら、ショウモンライフクなんて聞かなきゃ良かったってなりますけど」
茂吉「人生、笑う門には福来たるじゃよ(笑)10–16も買えばいい。自分で決めるのが一番大切じゃ」


結果
2015年12月19日(土) ターコイズS
1着8枠16番 シングウィズジョイ
2着5枠9番 ダンスアミーガ
3着7枠14番 オツウ
(馬連¥54,690-)


 ショウモンライフクの威力は並ではなかった。26年も前の馬の名を覚えていて、それを馬券につなげる人がいる。9年前の阪神Cの創設などつい最近の出来事なのかもしれない。笑う門には福来たる。そう言って笑ったシゲさんのしわしわの顔が浮かんだ。長い人生の歩みの中では、孤独や悲哀、絶望を感じることがあっただろう。年輪のような皺に刻まれた年月の教訓が、笑えということならそうなのかもしれないと自分に言い聞かせた。都会にはたくさんの人がいて日々事故も事件も起きる。理不尽だらけの世の中に見える。でもくよくよしてばかりでは生きて行けない。カーテンの隙間から夜空を見上げると、明るく輝く半月があった。

第二話 遠い光

 嬉しそうな顔をしてシゲさんが問う。
「キクちゃん、今年から阪神牝馬Sの距離が1400mから1600mに変更されたんじゃ。どういうサインが使われたと思う?」
 私がうんうん唸って困る姿を見るのが、そんなに楽しいのだろうか。ここはバシッと真髄を突いてやりたい。阪神1600mと言えば、阪神JFと…桜花賞…
キク「明日の桜花賞に出します」
茂吉「ほっほー」
キク「見たか」
茂吉「キクちゃんも成長したねえ。桜花賞に出すかもしれんが、まず今日の阪神牝馬Sに何が使われたかと訊いたんじゃ。でもまあ当たりとしよう。去年の桜花賞馬連一発だったからな」

2015年 桜花賞
1着3話6番 レッツゴードンキ
2着4枠7番 クルミナル
3着1枠1番 コンテッサトゥーレ

結果
2016年4月9日(土) 阪神牝馬S
1着5枠7番 スマートレイアー
2着5枠6番 ミッキークイーン
3着6枠9番 ウインプリメーラ
(馬連¥350-)

キク「あのぉ…ガチガチの人気決着なので偶然ということも…」
茂吉「偶然ではないぞ。馬連一発を追っている者からしたら、使い古されたサインだからの、安い配当を出したり、枠連一発やワイドに逃げたり、騎手一発や1着だけの単勝にとどめたり。いわばフェイントの一種じゃな。そういうのを見せておいて、いつかきれいな高配当を出す。その時に素直に馬連一発を買っていなかったらJRAの頭脳集団さまに笑われるんじゃよ。阪神牝馬Sの変更に合わせてもうひとつ、今年は京都牝馬Sが1600mから1400mになった。京都1400m重賞と言えば、ファンタジーSかスワンSだが」

2015年 スワンS
1着6枠11番 アルビアーノ 柴山雄一
2着8枠14番 フィエロ   M.デムーロ
3着5枠9番 オメガヴェンデッタ

2016年 京都牝馬S
1着7枠14番 クイーンズリング M.デムーロ
2着5枠10番 マジックタイム  柴山雄一
3着6枠11番 ウインプリメーラ

茂吉「スワンSが教えた。馬連一発11−14を買うとワイドにしかならんで泣くんじゃな。騎手一発でしたと、あっかんべーされる。面白いじゃろ」
キク「ほんと。JRAの手のひらの上で転がされているだけですね。でも偶然でしょうか、同じ牝馬戦で京都は1600mが1400mになり、阪神は1400mが1600mになるのは」
 時期の近い牝馬重賞が同距離になるのを避けるため、という表向きの理由はある。

茂吉「キクちゃんは察しがいいのぉ。偶然でないとしたら、どういう意図があると思う?」
キク「桜花賞の週に絡めて変更するわけですから、桜花賞を教えるのだと思うのですよね。なぜか歩調を合わせて変更した京都牝馬Sが怪しいなぁ。これが桜花賞と同じ距離1600mに今年変わったのだったら、一発を出すって考えるのですけど…」
茂吉「去年までは1600mで行われていた京都牝馬Sだよ?」
キク「去年のものが使われるってことですか」
茂吉「可能性は高い。というのは、桜花賞のトライアル戦アネモネSは、2000年に距離を1400mから1600mに変えておるんだよ。去年の京都牝馬Sと並べて見るぞ」

2015年 京都牝馬S 変更直前の1600m戦
1着7枠13番 ケイアイエレガント
2着6枠12番 ゴールデンナンバー
3着1枠2番 パワースポット

2000年 アネモネS 変更直後の1600m戦
1着6枠12番 サニーサイドアップ
2着7枠13番 スプリングガーベラ
3着4枠7番 ジェミードレス

キク「桜花賞、もうこれで決まりじゃないですか。馬連12−13」
茂吉「で、安いとな(笑)」

 賑やかにやってますね、と言いながらヒロさんが顔を出した。シゲさんに促されて、距離変更が教える桜花賞へのサインを説明し「安いけど馬連12−13で決まり!」とやった。
ヒロ「なんだ、もうぼくは用無しだね」
茂吉「仕事だなんだといつも来るのが遅いんじゃよ」
キク「じゃあ私から問題。ニュージーランドトロフィーが第34回だから、優駿34ページを見ます。ここで間違い探しです。どこに間違いがあるかわかりますか?」
 Y.T.のイニシャルが刺繍されたメンコを着け、白斑が鼻筋を左に傾いて流れているこの馬は、確かにメジャーエンブレムだ。でもよく見るとおかしな間違いがひとつある。シゲさんが眉間に皺を寄せて困った顔をしていた。なるほど、いつもこの楽しみを味わっているのか。

茂吉「3月26日生まれかの?」
ヒロ「どうでしょう、それはたぶん正しいと思います。写真の赤い帽子、3枠なのに9番がおかしいですね」
 こめかみの辺りに9番のタグが着けてある。
キク「ヒロさんが正解。メジャーエンブレムは9番で走ったことは一度もありません。これは前走のクイーンCを勝った時の写真で、6番のはずなんですよね」
茂吉「なんと。天地がひっくり返ったか」
キク「厩務員さんが間違えて、逆さまに着けちゃったんですね」
ヒロ「そうだとしても、ゼッケンを着ける時に間違いに気付いただろうから、なぜ着け直さなかったのか。こういう所には誰かの意図が隠れているものだよ」
茂吉「あるいは、この写真に細工して9番に変えた。とにかくここには重要な意味がある」

 疑心暗鬼になっていると何でもサインに見える。些細(ささい)な手違いにまで重要な意味が隠されているのではないかと詮索するのは億劫だ。軽い笑い話にするつもりだったのに。

キク「私には単なるミスにしか思えないですけど(笑)じゃあ、前走9番で走った馬が来るとか?」
ヒロ「それなら10番アットザシーサイドか13番ジュエラーが勝つかもしれないね。この馬連10−13は外枠から数えて6番9番。馬連12−13に10番が割って入らないでしょうか」
茂吉「桜花賞と同じ条件になった阪神牝馬Sの逆番が12−13だから、てっきりこれでいいと思い込んでおったが、3着になった9番も逆番で見ると10番になっておる。無視はできんな」

2016年4月9日(土) 阪神牝馬S
1着5枠7番 スマートレイアー(逆12番)
2着5枠6番 ミッキークイーン(逆13番)
3着6枠9番 ウインプリメーラ(逆10番)

 距離変更が教えるサインはフェイントが多いと、シゲさんが言ったばかりだ。12−13は馬連にはならずワイドに逃げるのかもしれない。ここに10番も加えて3点買いなどしたら、当たってもほとんど儲けにならない。空気が少し重くなったように感じられた。二人とも何か調べては思案し、静かな時間がしばらく流れた。

 優駿の付録に付いている写真集を眺めていると、34ページの写真とそっくりな一枚があった。牝馬のジェンティルドンナが黒いメンコを着けている。鞍上は外国人でサンデーレーシングの勝負服をまとい、赤い帽子を被っているところまで同じ。ただ、こめかみに着けているタグは12番だった。似ていると思うのは気のせいかもしれない。でも違和感がある。見れば見るほどそれは偶然ではなく、JRAが何かを意図して作ったとしか思えなくなった。もしそうなら12番が勝つのかも。最後のページで鞍上を確認するとR.ムーアだった。

キク「見てください、この写真集に34ページとそっくりなのがあるんです。タグは12番です」
茂吉「本当だ。似ておるね。ドバイの快挙か…」
ヒロ「12番ジェンティルドンナは石坂正厩舎。12番シンハライトも同じ。キクちゃんが正解を見つけたようだね」
キク「もしM.デムーロ騎手だったら13番ジュエラーの可能性もあると思って確認してみましたが、違ってましたから」
ヒロ「待てよ…ドバイの快挙でM.デムーロなら、11年のドバイワールドCが6番9番決着だった。ひっくり返したタグの意味と関係がありそうだ。ヴィクトワールピサが勝ち、この産駒が13番ジュエラー」

2011年3月26日 ドバイワールドC
1着6番 ヴィクトワールピサ M.デムーロ
2着9番 トランセンド 藤田伸二
3着2番 モンテロッソ

キク「やだ、6番と9番ってこのことじゃないですか? 写真集にドバイの一戦を選んで、それに気付かせるために34ページにそっくりの写真を置いた。6と9の謎かけをしているし」
茂吉「タグをひっくり返しとったが、逆6番である13番にM.デムーロが乗るヴィクトワールピサ産駒。ここで間違いなさそうじゃな。相手は逆9番にあたる10番アットザシーサイドか」
ヒロ「いや、キクちゃんの言う12番も怖いですよ。桜花賞の12番と13番の馬名頭文字を見てください。

12番 シン ハライト
13番 ジ ュエラー

藤田伸二の「シンジ」になるように作られています。2着トランセンドの鞍上の名前をわざわざアピールしているので気を付けないと」
茂吉「トランセンドなら言わずと知れたフェブラリーSじゃな」
 トランセンドはこのフェブラリーSを勝ってドバイに乗り込んだ。ドバイワールドCを意識させ、このフェブラリーSの馬連で決着させたことも過去にある。

2011年 フェブラリーS
1着6枠12番 トランセンド 藤田伸二
2着7枠13番 フリオーソ M.デムーロ
3着3枠5番 バーディバーディ 池添謙一

ヒロ「10番12番13番のいずれかで馬連を作るでしょうが、12−13の可能性が高そうですね。そこにM.デムーロと池添がいる。ドバイワールドが重要で強そうですから、13番ヴィクトワールピサ産駒のジュエラー、M.デムーロが1着ならきれいです。そして初めて出て来ましたが5番、メジャーエンブレムの位置。この3着内一発も頭の隅に置いておきましょう」

2016年 桜花賞 18頭
3枠5番 メジャーエンブレム ①人気
  :   :
5枠10番 アットザシーサイド ⑥人気(逆9番)
  :   :
6枠12番 シンハライト    ②人気
7枠13番 ジュエラー     ③人気(逆6番)

茂吉「5番が来るなら上位人気の3頭で安い。12番と13番はまず馬券圏内に入るであろう。強いドバイワールドがジュエラーだけを教えるためのものとは考えにくいから、この逆番は怖い。ならば10番も捨てられぬ。馬連なら12−13か10−13だろうよ」
ヒロ「でもなぜ今、あの震災後のドバイを使うのでしょうか。想起させるようなニュースはなかったと思いますが」
茂吉「6と9の謎は、ドバイワールドCを思わせる仕掛けだったに違いない。キクちゃん、福島で原発が爆発した2週後に行われたドバイで、6番と9番ゼッケンを背負った日本の馬が来る。なぜだかわかるかい?」
 アメリカのケリー国務長官が、月曜日に広島の平和記念公園を訪れる。現役の高官では初とトップニュースで報じられていた。
キク「原爆が落ちたのは8月の6日と9日でしたけど…」
茂吉「ドバイワールドCが教えてくれていること。それは、福島の事故は、新しい形の核攻撃だったということかもしれんのじゃ」
キク「そんな。あれは地震が起きたから…」
ヒロ「ちょっと待ってください。シンジじゃなくてジシンなのかもしれません。

13番 ジ ュエラー
12番 シン ハライト

10番 アットザシーサイドは海岸、この3頭で『海岸の地震』と読めます。東北の震災だ」


結果
2016年4月10日 桜花賞
1着7枠13番 ジュエラー M.デムーロ
2着6枠12番 シンハライト 池添謙一
3着5枠10番 アットザシーサイド
(馬連¥960-)


 家まで送ってくれるというので、ヒロさんの車に同乗させてもらうことにした。夕陽が落ちていく西の空に細い月が光っていた。
 太陽に照らされている所だけが輝いて見えるから月は弧を描く。本当は丸いのに。目を凝らさないと見えない欠けた部分は、なにも無くなっているわけじゃない。

キク「ヒロさん、月のうさぎって時間が経つにつれて逆さまになるの、知ってました?」
ヒロ「へえ、6が9にひっくり返るみたいに?」
キク「そう。満月じゃないからわからないけど、今はひっくり返っていますよ。光が当たっていない暗闇で」

 車窓に流れる活気に満ちた街並みや美しい摩天楼が、夕闇の到来とともにきらきらと輝きを増していく。それはいつもの見慣れた風景だけれど、繁栄の中に埋もれている翳は暗く根深いことを誰もが知っている。その華やかさは偽りの口実かもしれない。遠くで避難生活を送る人がいても、そこに光が当てられることはない。

キク「古典で読んだのですが、うさぎは神様にお供えする食べ物をひとつも採って来ることができなかったから、自分の身を火に投げて神様に食べてもらおうとしたのです。その献身的な姿を皆に見せるために月に移されたとか」
 福島は東京に電気を送るために原発を作り、それが爆発して人は生活や命を犠牲にした。なのに、その姿を誰が真剣に見つめているだろう。
ヒロ「月のうさぎの目には、地球はどう映るのだろうね」


 2016年4月14日夜、続く16日未明に熊本県益城(ましき)町を震源とするM7.3の地震発生。死傷者2,494名、全半壊家屋3万8千棟、避難者は最大18万人を超えることとなる。震度7を観測するのは2011年3月の東北太平洋沖地震以来のことだった。国内で唯一稼働中だった鹿児島県川内(せんだい)原発は、震源から112kmの距離にあった。

 ドバイワールドCと同じ日付3月26日生まれの馬を選び小さな謎かけをしたJRAは、言えないけれど大切なことを伝えていた。単なる間違い探しのつもりが、地震を暗示する結果で決まっただけでなく、それが大地震の予告だった。小さな石ころを投げたら、遠くの窓ガラスがガシャンと音を立てて一斉に崩れ落ちた。そんな驚きは、日を追うごとに悔しさと、怒りと、悲嘆をないまぜにして重く胸を埋め尽くした。

第三話 閉ざされた世界

 久しぶりに三人で居酒屋『鳥紋(とりもん)』へ繰り出した。熊本の状況を思うと気が引けるけれど、一人でいると心が押し潰されてしまうのではないかと怖かった。みんなそうだったのだろうと思う。誰が言い出すでもなく鳥紋に集合しようと決まった。大将の元気な様子も、変わらない常連さんの顔ぶれを見ることも嬉しかった。いつもそうだったようにシゲさんは「立山」を注文し、ヒロさんは「とりあえずビール」だった。以前と変わらない楽しい時間を過ごせることが何よりありがたい。

キク「今日は私がお二人に、来る馬をお教えします」
茂吉「喜べヒロ、わしらに強力な援軍が育ったぞ。わしは皐月賞は、なーんもわからん」
ヒロ「キクちゃん先生よろしくお願いします」

 熊本で起きた地震に三人とも絶句した。口には出さないが、怒りや絶望感に覆いつくされそうで、(おど)けてみせることが精一杯の抵抗だった。
キク「では始めますよ。あれから優駿付録写真集をずっと見ていました。そしてある重要なことに気付いたのです。13年のジャパンCからの4戦、ジェンティルドンナの鞍上はこのようになっています。

2013.11.24 ジャパンC  Rムーア1着
2014.02.16 京都記念   福永祐一6着
2014.03.29 ドバイシーマ Rムーア1着
2014.06.29 宝塚記念   川田将雅9着

 ここでRムーアをMデムーロに代えて考えると、今年のGIの勝利騎手になっているのです。初戦フェブラリーSを勝ったのがMデムーロで、続く高松宮記念を勝ったのは福永祐一、そして先週の桜花賞はMデムーロというように続いています。Rムーアの代役をMデムーロが務めていると考えられ、お二人とも反応が薄いようですが、私は次の皐月賞を勝つのは川田将雅、マカヒキだと確信しています」

 温かい拍手が起きた。
ヒロ「おもしろいと思うよ。気付くか気付かないかって所なのがいいんじゃない」
茂吉「よくわからんが、マカヒキから勝負をかけようぞ(笑)」
キク「悲しいことに、熊本で3.11以来の大地震が起きました。その3番と11番に無敗の2頭が入っています。地震を暗示していた桜花賞のことを考えても、これは偶然ではないですから3番マカヒキでいいと思います。対称位置の16番には弥生賞で連対した相手もいますし」
茂吉「たいしたもんじゃ。11番サトノダイヤモンドだったら諦めもつく説得力じゃな」
ヒロ「ところがぼくは、6枠11番が怖いんですよね。この地震は国民に対するテロですよ。テロなら昨年の女王杯です。枠連6−8で決まった」

 桜花賞が地震を暗示していたことは確かだとしても、それがテロ、人間の仕業だと断定するヒロさんの発言には気持ちが引く。そうであって欲しくないと信じたいのだから。

茂吉「人為的に何十回も強い余震を起こす技術はないように思うが」
ヒロ「それはわかりません。ただ、4日前に地震の発生を予告できる科学はないはずですから、シナリオに沿ったものと考えています。JRAがテロだと匂わす事がひとつあります。今週からT.ベリー騎手が来日騎乗しますが、前回はパリでテロがあった昨年の女王杯の週に来日しています。タイミングを合わせているかのようでしょう?」
キク「そう言えば、女王杯の一週間前にドバイワールドCを使ったレースがありましたよね。先週の桜花賞でもそれを使った。ドバイワールドCを予告に出して、その後にテロと地震が起きてる。今週は女王杯の週と重なる。なら、ヒロさんが正しいのかも」

2015年 エリザベス女王杯
1着6枠12番 マリアライト 蛯名正義
2着8枠18番 ヌーヴォレコルト
3着4枠8番 タッチングスピーチ

ヒロ「JRAがテロだと考えているなら、蛯名正義を勝たせるかもしれません。マリアライトの兄クリソライトが、土曜アンタレスSの看板馬1枠1番だったからです。ほら、ここ」
茂吉「ほう。ならば女王杯、蛯名正義か…」
 テロと正義は切っても切れない。それはわかるけれど、テロから推理する流れを変えたいという気持ちがどうしても働く。
キク「ここで武豊さんがやっとメインレースを勝ったんですね」
茂吉「やっと、とはどういうことかの。いくらでも勝っとるじゃろう」
キク「いえ、優駿3月号で武豊&蛯名正義の特集が組まれて以来、初めてになります。発売後の2月4週目から、この二人がどんどん勝つんじゃないかって予想していたのに、二人とも全然だめだから違和感があったんですよね。豊さんが勝った直後に蛯名騎手が続けば、きれいだな」
茂吉「そりゃキクちゃん、図星なんじゃねえかの」
ヒロ「優駿女王と呼ばせてもらおうかな」
キク「仕事で疲れて帰って来たら、優駿を読んで癒すOLですから」

 楽しい時間は瞬く間に過ぎた。タクシーに分乗して帰る道中もシゲさんは賑やかだったから、降りていなくなると火が消えたように静まり返った。前を行く車のテールライトを追って幹線道を滑るように走る。そのまま真っ暗な闇へ引きずり込まれていきそうで心許なかった。
ヒロ「キクちゃん、つらいんだね、テロが」
 黙って頷いた。暗い車内で見えたかどうかわからない。
ヒロ「しっかり見ている、考えている証拠として、馬券を当てるんだって思ってもいい。JRAはそれを望んでいるんじゃないかな。伝えようとして作っても、気付いてもらえない、なんて寂しいからね。ただ、明日は買わない手もあるよ」
 ヒロさんの心遣いは嬉しかった。予想を披露して褒めてもらったけれど、当たっても楽しめない皐月賞になるなら、馬券を買おうという気持ちにはなれない。そんな気持ちを引きずっていたせいか、夜は寝ても夢ばかり見ているようで、翌日起きた時には正午を過ぎていた。カーテンを開けると、どんよりとした気分そのままの空模様だった。3時40分を過ぎて競馬中継にチャンネルを合わせる。


結果
2016年4月17日 皐月賞
1着8枠18番 ディーマジェスティ 蛯名正義
2着2枠3番 マカヒキ 川田将雅
3着6枠11番 サトノダイヤモンド
降着8枠16番 リオンディーズ M.デムーロ
(馬連¥6,220-)

 やっぱり正義が勝つのか。テロだったと言うのか。冷酷に突き付けられる現実との符合が恐ろしかった。孤独な部屋で、画面の向こうのウイニングランに沸き立つ観客を眺めていると薄ら寒いものを感じた。真実を知らない人たちの興奮に酔っている姿が恐ろしいのではなく、自分も同じ世界に立たされているという事実を拒否できないことに怖れを感じた。

 昨年は、蛯名正義騎乗のマリアライトが勝つ2日前にパリでテロが起きた。この一週間前にNYのテロを暗示した01年の有馬記念と同じ馬券を出して予告された後のことだった。今年は、桜花賞で東北の地震を思い出させ、その4日後に熊本で大地震が起き、多くの犠牲者が出た。そして皐月賞でテロの符帳となっている蛯名正義が図ったように勝つ。

 全てが書き込まれたプログラムが、ただ粛々と実行されているだけの仮想現実の世界にいるかのようだ。不要なデータを消去するように人の命が消されていくこの世界に、平然と私たちは立っている。すべてを運命と受け入れるしかないのか。そのために生きる意味とはいったい何なのだろう。
 意思とは関係なく傷口から血が(にじ)むように、拭いても拭いても涙があふれた。

 スタンドミラーに映る姿は私なのに私ではない幻影なのか、笑ってみてもぎこちなく歪み、輪郭は滲んでぼやけ、足は地にしっかりついていない感じもした。夕陽が不揃いに彩る窓の外の街並みは、喧騒の余韻を消し、風は凪ぎ、書きかけの水彩画のようだった。雲間には細い筆でそっとなぞった薄い月が見え隠れしている。そこにあるべきものが約束されたように目に映るけれど、瞬きした瞬間みんな消えてしまいそうな(もろ)さをはらんでいた。


 *   *   *   *


 ゴールデンウィークが明けてすぐ、旅行の土産を渡すから週末はシゲさんのアパートに集うべしと招集命令が下った。どうせまた温泉の粉を拝戴(はいたい)するだけなのだろうけど、土曜の昼からみんなで競馬を楽しめるなら悪くないと思って従う。一人で家にいても競馬新聞とにらめっこなのだし、近頃はそれを心から楽しめなくなっていた。

茂吉「最近、岩井くんというネットの友人ができてな、馬連一発に興味をもち熱心に取り組んでいるようでなぁ」
キク「2ちゃんねるの人ですか? 良かったですね、罵倒されて終わりでなくって」
ヒロ「どこにでもまともな人はいるよ。どうですか、話は通じていますか?」
茂吉「それがじゃな。東北の大震災があった2011年、皐月賞後の最終レースに被災地支援競走と銘打ってきずな賞が行われたことを彼は見つけた。今年は熊本で地震が起きた直後に皐月賞がある。この後の最終レースは春興Sという名に変わってはいるが、そこにきずな賞の一発が出ると考え、見事的中馬券を手にしたんじゃ」

2011年 きずな賞(皐月賞後の12R)被災地支援競走
1着5枠10番 タイセイレジェンド
2着4枠8番 エアウルフ
3着7枠14番 キングパーフェクト

結果
2016年 春興S(皐月賞後の12R)
1着4枠8番 ロジチャリス
2着5枠10番 マイネルメリエンダ
3着1枠1番 ルナプロスペクター
(馬連¥2,550-)

茂吉「今年になって始めたばかりなのに、JRAの意図をずばり読んでおる。感心したよ。桜花賞もドバイを察し、ちゃんと逆番で買って10−13のワイドを当てたんじゃ。ドバイのことも、まして逆番など、わしは一切言わなかったのになぁ。そして次も取りよった。枠連だと見切ってな」

2011年 いぶき賞(天皇賞春後の12R)被災地支援競走
1着8枠16番 グレープブランデー
2着6枠12番 ボレアス
3着2枠4番 シルクシュナイダー

2016年 高瀬川S(天皇賞春後の12R)
1着6枠11番 ダノングッド
2着8枠15番 サウススターマン
3着7枠13番 ゴーインググレート
(枠連¥2,370-)

キク「岩井さんすごいですね」
ヒロ「初心者で逆番を意識できるって只者ではないですし、きずな賞が重要だと見抜いたのは真剣に取り組んでいる証拠です。ぼくたちは誰も気付かなかった(笑)そして連続性を読みつつ、全く同じ馬連一発の繰り返しを嫌い、今度は枠連に変えて的中させるセンスも抜群ですね」
茂吉「見事なもんじゃろう。彼はやり抜く。ここには期待の星キクちゃんもいるが、若い人の成長力には目を見張るものがあるのぉ。足りないのは経験だから補わせてもらおう。皐月賞で降着が出たが、まず今週のNHKマイル絡みという事では、かつてこういう事があった」

 91年の天皇賞秋。武豊が騎乗したメジロマックイーンは圧勝したが、長い写真判定の末、他馬を妨害したとして最下位に降着となった。当時の東京2000mはスタート直後にコーナーがあり、どうしても先行馬が殺到する。鞍上の武豊を責める声は少なく、東京コースの形態が問題視された。

1991年 天皇賞秋
1着5枠10番 プレクラスニー
2着7枠14番 カリブソング
3着1枠2番 カミノクレッセ
18着7枠13番 メジロマックイーン 武豊(1位降着)

 それから16年後の春、東京競馬場が改装され、もちろん曰く付きの歴史を刻んだコースも改められた。その新装なった東京競馬場の第一弾GIはNHKマイルCだったが、そこに91年の天皇賞秋が一発で出て馬連万馬券となった。

2007年 NHKマイルC
1着7枠14番 ピンクカメオ
2着5枠10番 ローレルゲレイロ
3着8枠18番 ムラマサノヨートー

キク「簡単に取れそうですけど、そうでもなかったから万馬券なのでしょうね」
茂吉「こういう競馬の原則に気付いている者は身内だけの秘密にする。だから知っている人が少ないということがひとつ。あとは天皇賞秋の週にやるだろうと呑気に構えていたかもしれん」

 そして今年の皐月賞でも降着が生じた。8枠16番、M.デムーロ騎乗のリオンディーズが4位入線後5着に降着となった。馬券には影響しないが、GIで敢えて人気馬に降着を作ったことには意図があると考えるべきだ。近年のGIにおける降着の内、皐月賞と同じ16番が加害馬となったケースが2回ある。

2006年 エリザベス女王杯
1着8枠15番 フサイチパンドラ
2着4枠8番 スイープトウショウ
3着6枠11番 ディアデラノビア
降着8枠16番 カワカミプリンセス(1位入線降着)

2010年 ジャパンC
1着3枠6番 ローズキングダム
2着8枠16番 ブエナビスタ(1位入線降着)C.スミヨン
3着1枠2番 ヴィクトワールピサ

 皐月賞の翌週、土曜京都7Rで枠連8−8、池添謙一と岩田康誠で決まる決着があった。これはジェンティルドンナとオルフェーヴルで決まった12年のジャパンCを思わせる。平場で年度違いを出して予兆とし、メインは降着のあった10年のジャパンCを使うと暗示したのだろう。皐月賞と同じ外国人騎手が降着になった一戦であり、週明けに発売される優駿5月号の付録写真集はブエナビスタ。これらも10年のジャパンCを後押ししていた。

結果
2016年4月23日 福島牝馬S
1着4枠8番 マコトブリジャール
2着8枠16番 シャルール
3着3枠6番 オツウ
(ワイド6-16 ¥2,520-)

キク「ワイド?」
茂吉「馬連一発を追っている者はみな、この馬連6−16に群がったのではないかのぉ。それをワイドにして笑う。競馬は賭博であるから親もそう簡単には取らせてくれない」
キク「高配当だったでしょうから、みんなわくわくしたでしょうね。8番が突っ込んで来て悲鳴が上がったかも。これをワイドで買えるようにならなくちゃいけないんだ」

 これで使用済みにしたかと思われたその翌週、天皇賞春が行われる前日の土曜、青葉賞の6番に1位入線後2着降着となったことがあるヴァンキッシュランが入った。10年のジャパンCの馬連6−16の一方のゲートを狙って希少な降着馬を配置したなら、今度こそワイドではない一発が出るはずだ。土日メインは全て等価であり、6戦の内どこで出てもいいのだが。

結果
2016年4月30日(土) 天王山S 15頭
1着3枠5番 ニシケンモノノフ
2着8枠15番 ゴーイングパワー
3着6枠11番 ダッシャーワン
(枠連¥430-)

茂吉「最も安い所で枠連一発として出された。なぜ満足させてくれるような一発を出さないのか。ある意味これは前座であって、降着GIを使い続けていることだけを伝え、本番はこれからだと言いたいようにも見える」
キク「降着馬を6番に入れて、8−15の女王杯じゃない、6−16のジャパンCの方だと教えていたのですね」
茂吉「そういうこと。1位入線2着降着はブエナビスタと同じ。前の週に使った降着GIでもあるし、多くを語らずともそれで分かる」

 さらにその翌週となった。NHKマイルCの枠組みで、残る16番降着GI、06年の女王杯を使う宣言が出された。皐月賞で降着が生じてから3週目、3回目となる。一般に1回目は直球が来て取りやすく、2回目は少し変化させて来る。その後の3回目は厳しい変化球で決めてくることが多く、見極めが勝負を分ける。ありありと06年の女王杯を見せているが、裏メインに出すか、騎手一発か、好配当だがワイド止めか、あらゆる変化を想定しなければならない。

2006年 エリザベス女王杯
1着8枠15番 フサイチパンドラ 福永祐一
2着4枠8番 スイープトウショウ 池添謙一
3着6枠11番 ディアデラノビア 岩田康誠
降着8枠16番 カワカミプリンセス(1位入線降着)

 2着スイープトウショウを思わせるトウショウドラフタがNHKマイルの4枠に入っている。東京10Rの11番と、新潟10Rの13頭立て2番、つまり循環15番にもトウショウ馬名を入れており、これらは全て06年の女王杯の馬券になった位置である。福永祐一も8枠に入った。18番。しかし池添謙一は女王杯の結果と無関係な3枠5番、これが腑に落ちない。岩田康誠も1枠1番と外して置かれている。

茂吉「とまあ、こんな具合で今日を迎えたわけで、土日メインはどれも等価、土曜メインで出すかもしれぬから少し急いで予想を立てよう」
ヒロ「なぜ池添が5番なのかは大事でしょうね。岩田の1番にも意味があるかもしれない」
キク「私には無理っぽいな。8−15の馬連とワイドで、土曜メイン3つを買っていくぐらいしか」
ヒロ「そう決め打ちしても悪くないかもしれないね。万馬券確実で、ワイド止まりでもかなりの配当になる所がある。NHKマイルの8−15ワイドが一番安そうだからここかもしれないけど、こうもあからさまに女王杯を見せられると、ここでは買いにくいか…」
キク「2枠はサンデーRの2頭だから、メジャーエンブレムは染め分け帽ですね。サンデーRの染め分け帽なら、ジャパンCのオルフェーヴルや、ダービーのドゥラメンテもそうでしょ? サンデーRの染め分け帽は来るイメージがあるんですけど」
茂吉「ちょっと待てよ。7枠の対面となる2枠でサンデーの染め分け帽か。ドゥラメンテのダービーも関係しておるのかのぉ」

2015年 日本ダービー
1着7枠14番 ドゥラメンテ(染め分け帽)
2着1枠1番 サトノラーゼン 岩田康誠
3着6枠11番 サトノクラウン C.ルメール

ヒロ「1枠1番の人気薄岩田がNHKマイルと共通しています。サトノはサトノでもこの1番の岩田が突っ込んで来たから配当を付けたダービーでしたね。ここでも人気薄の岩田が来るのかな」
キク「対面というなら14−1の逆番になる5−18に、女王杯で連対した池添騎手と福永騎手が入っているのもおかしくないですか?」
茂吉「確かになぁ。これは06年の女王杯と、去年のダービーを合わせて考えねばならんようじゃな」
キク「サトノラーゼンって、明日の新潟大賞典に出ていますよ、3枠5番に。あ、1枠1番には人気薄のサトノもいます」
茂吉「あのダービーと同じかもしれん。染め分け帽の4番の相手に、5番を選ぶか、人気薄の1番を取るのかという選択をさせる気か」
ヒロ「ぼくは皐月賞で降着が出たことを知り、優駿付録カレンダーのディープインパクトを見て凱旋門賞を思いました。斜行による降着ではなく、禁止薬物の反応が出て失格になったものですが、

2006年 凱旋門賞
1着5番 レイルリンク
2着4番 プライド
3着1番 ディープインパクト 武豊(後に失格)

先週までのメインで出てもいい題材ですが出なかった。4番の相手に1番と5番を意識させるなんて、今週はこれかもしれませんよ」
キク「JRAはこんな複雑にリンクする絵をよく描けますね。どんな秀才が考えているんだろう…」
茂吉「おい、女王杯はどこ行った」
ヒロ「今日のメインで先使いでしょうか。明日の新潟大賞典でサトノが1番と5番に入っていて、NHKマイルでもそこに女王杯の2,3着騎手がいる。これは絶対におかしい。1着の福永18番も無駄にはしたくないので、この1−5−18という女王杯騎手の位置で教えるかもしれないと考えておくべきですね。今日これを押さえておき、出なかったら明日のメインで考えましょう」
キク「プリンシパルSは17頭立てなので1−5ですよね。5番の高橋裕厩舎って、2011年の今週にあった被災地支援競走の新潟大賞典を5番で勝った厩舎ですよ」

2011年 新潟大賞典(被災地支援競走)
1着3枠5番 セイクリッドバレー 高橋裕厩舎
2着8枠16番 マッハヴェロシティ
3着7枠13番 サンライズベガ
取消6枠11番 マンハッタンスカイ

茂吉「細かい所によく気がつくのぉ」
キク「いえ、さっき岩井さんが被災地支援競走で馬券を取ったという話を聞いたから、今週はこの新潟大賞典が使われるのかもしれないと思って見ていたんです」
ヒロ「プリンシパルで1−5が出たら、女王杯の3人の騎手がNHKマイルでなぜこんな所に置かれたのか説明がつきます。被災地支援競走の5番高橋裕も無駄にしない。裏メインから5番絡みの馬券で狙っていきましょう」


 *   *   *   *


結果
2016年5月7日(土) プリンシパルS 17頭
1着1枠1番 アジュールローズ
2着3枠5番 マイネルラフレシア 高橋裕厩舎
3着6枠12番 ゼーヴィント
(馬連¥9,410-)

 期待していた人気薄のワイド8−15はどこにも出なかった。16番の降着GIが鍵だと気付いても、簡単には取らせてくれない現実に高い壁を感じる。プリンシパルSを当てて3人で飲みに行き、NHKマイルは凱旋門賞で決まり、3着内一発まで狙おうと盛り上がった。シゲさんは、安い4−5は捨てて馬連1−4と3連単で遊ぶと笑った。ヒロさんは、平場で1−4−5で決まる凱旋門賞の決着が出たら、メインには手を出さない方がいい、女王杯の8−15ワイドや枠連4−8で遊ぶ方が賢明だとアドバイスしてくれた。3枠の馬名の頭文字がテロになっていると気付いて、やっぱり来るのは3枠5番、馬連4−5なのではないかと思う。けれど、またテロに乗じて馬券を買うのかと思うとあまり気分が乗らなかった。


結果
2016年5月8日 NHKマイルC
1着2枠4番 メジャーエンブレム C.ルメール
2着3枠5番 ロードクエスト  池添謙一
3着8枠18番 レインボーライン 福永祐一
(馬連¥940-)

 ワイド5−18は、06年女王杯の連対騎手だ。こちらの方が馬連よりよっぽど高いだろうと思うと悔しかった。16番の降着GIから女王杯にたどり着けば、凱旋門賞にまで気付けなくたって買える。3回目は素直に馬連で出ないと思えば騎手一発はあるのだし、土曜に5−18の折り返し馬連が出たから、ワイド止まりだと思えば買えるのに。高い壁なんて幻影だ。

 不甲斐なさに固く唇を結んでテレビの画面を睨んでいると、優勝したメジャーエンブレムの姿が写し出された。白と黒の染め分け帽を被ったルメール騎手を乗せている。鯨幕を思わせる白と黒に、JRAは熊本の地震で亡くなった人を追悼する意味を託している。競馬だけが現実から目を背けずによく見なさいと言う。しかし見てどうなると言うのか。起きる事は止めようがなく、起きたことは無かったことにできない。問題は私にあると言うのだろうか。私に何ができるのか。

 ただ、このまま逃げ続けても、決して逃げ切れはしないだろう。スズカの最期の姿が鮮やかに目に浮かんだ。運命の時に向かっていると知っていても、誰にも先頭を譲らず(ひる)まなかった。後続を置き去りにして大(けやき)の向こうを一瞬で駆け抜けて行った。それでも死が追いついた。

 けれど本当はそうではなかったのかもしれない。残酷な運命に恐怖し、脚がすくんだかもしれない。ただゲートが開いた瞬間、彼は全速力で駆けることを選んだ。最後まで自分の生き様を貫くことを選んだのだ。運命をも置き去りにしてしまう程の圧勝しか生き残る道はなかったから。
 きっとスズカは逃げていたのではない。差し切ってやろうとしていたんだ。その運命を。

最終話 帰還

 菊川麻利の故郷は、嘘を嘘と知りながら、嘘ではないと自分を信じ込ませて生きている人たちの集落に思えた。高い山脈と深い海が囲い込んだ不毛の土地に縛りつけられ、そこから逃げて豊かになってはいけない理由など何ひとつなかったはずなのに、逃れることを拒否するには、この土地よりも素晴らしい場所はないと自分を偽るより他はなかったのかもしれない。そうした風土に馴染んだ人たちの時におせっかいな親切までが、ここから逃しはしないという脅迫に思えて、麻利は意地でも都会へ出ようと決めた。何より冬の重い空と、巨大で冷たい真っ白な山脈が息苦しかった。

 晩秋の、初雪をパウダーシュガーのようにまとった山脈の上空に、きれいな半月が出ていた。
「月だから、ずっと」
「月?」意味がわからなくて思わず訊き返すと、何の迷いもなく答えが返ってきた。
「そう。月」
 亮祐(りょうすけ)はそう言ったきり黙った。

 親が渋るのを横目に東京の大学へ行くことを決意した夏、麻利はもうひとつの決断をした。付き合っていた亮祐と別れる事だった。彼は地元に残る。春になれば麻利は東京へ出るのだから、つらい別れが必ず訪れる。受験勉強に打ち込むため、という理由できっぱり想いを断ち切る方が痛みは少なくて済みそうに思えたが、本当の気持ちを偽ってさらりと別れを告げた瞬間から胸の奥が熱く灼けたようにいつまでも苦しかった。亮祐は突然の告白に傷ついただろう。けれどすぐに仕方ないと割り切ったようで、いち友人として変わらずにいてくれ、麻利の選択を尊重し東京での生活を案じてくれたりした。

 東京でも同じ月が見えるから淋しくないと言うのか、あるいは亮祐がこの月のように見守ってくれるという意味なのだろうか。どう応えたらいいのかわからず、麻利は黙って月を眺めていた。


 *   *   *   *


 2016年12月

 ヒロは「夢の第11レース」の出馬表が、一見ありきたりなものに見えるが実は特殊であるということに気付いていた。そこには騎手の名前がない代わりに各馬の活躍年代なるものが掲載されている。およそ30年間に現れたスターホース18頭の競演であるため、同時期に覇を競ったライバルの数は少ない。この中の3頭が一緒に走り1〜3着を占めたレースは調べても見つからなかった。ただひとつ、1998年のジャパンCを除いては。これを教えるために「夢の第11レース」が作られたはずだ。

1998年 ジャパンC 15頭
1着6枠11番 エルコンドルパサー蛯名正義
2着1枠1番 エアグルーヴ   横山典弘(循環16番)
3着5枠9番 スペシャルウィーク岡部幸雄
・馬連1−11 循環馬連11−16

 2015年の有馬記念は、11番に横山典弘、16番(マリアライト)に蛯名正義が入った。これは98年のジャパンCに気付いている者には異様な配置である。優駿12月号の付録写真集がエルコンドルパサーだったこともあり、これで間違いないと馬連11−16の万馬券に夢を託して、外れ馬券に終わった。

 そして2016年12月になり、JRAは再び「夢の第11レース」のサイトを再開した。一年半に渡るこのサインの締めくくりを行うと暗に宣言したのだろう。昨年の蛯名と横山典の意図的な配置は決して偶然ではないという確信がヒロにはあったし、再び16番にマリアライトを入れたことから、今年こそ98年のジャパンCで決まる有馬記念になると信じたかった。今度こそ馬連11−16なのか、それとも循環馬連ではない方の1−11なのか。どちらもありそうな雰囲気だった。


 茂吉は宝塚記念の結果が使われるのではないかと踏んでいた。
 まず目に入った1番キタサンブラックは、天皇賞春とジャパンCの勝利を思わせるが、天皇賞はここ数週で使われたばかりであるし、ジャパンCの再現があるという予兆は特に感じられず連想は一旦行き詰まった。しかし大外16番のマリアライト。これは宝塚記念の勝利を思い出させる。そう言えば、昨年有馬の8枠15番ゴールドシップは、宝塚記念で大きく出遅れ1番人気を裏切ったゲートに入っていたことになるなと考えながら、15番の対称位置である2番を見るとゴールドアクターの名前があった。重要な対称位置に同じゴールド馬名。これを見て宝塚記念を疑ったのだった。

2015年 宝塚記念 16頭
1着8枠16番 ラブリーデイ 川田将雅
2着3枠6番 デニムアンドルビー
3着1枠1番 ショウナンパンドラ
(8枠15番ゴールドシップ大きく出遅れ)

2016年 宝塚記念 17頭
1着8枠16番 マリアライト 蛯名正義
2着5枠9番 ドゥラメンテ M.デムーロ
3着2枠3番 キタサンブラック 武豊

 奇妙なことに、16年の宝塚記念で馬券になった3人の騎手は、有馬記念で蛯名16番、デムーロ6番、武豊1番と、15年の宝塚記念で1〜3着になったゲートに入っている。有馬記念で使うのは15年と16年のどちらなのかが問題だが、そこまでに使われず残った方が答になるのだろう。まず土曜日の中山メイン師走S、8枠16番にまたも蛯名が入ったここで何かをする公算が高かった。

結果
2016年12月24日(土) 師走S
1着5枠9番 グレンツェント
2着8枠16番 トラキチシャチョウ
3着8枠15番 ブラゾンドゥリス

 師走Sは16年の宝塚記念の馬連一発で決まった。これで16年の結果は使用済みだろう。続く阪神メインレース

結果
2016年12月24日(土) 阪神C
1着1枠2番 シュウジ 川田将雅
2着3枠6番 イスラボニータ
3着8枠15番 フィエロ

 これは15年の宝塚記念の3着までの枠番を使った結果のようだ。1着の川田がそのひとつの根拠となる。馬連一発も枠連の一発さえも使わずに温存されたと考えられ、この結果から有馬記念に使われるのは15年の宝塚記念である可能性が高いと判断した。


 麻利は、ハーツクライに似て2着ばかりの6番サウンズオブアースか、有馬記念でハーツクライを勝利に導いたC.ルメール騎乗の11番サトノダイヤモンドのどちらかが勝つと推測した。今年の有馬記念は凱旋門賞の結果を反映する。つまり仮想ハーツクライが勝つのだと教えられ、この2頭の他にハーツクライ産駒のシュヴァルグラン(14番)、そして凱旋門賞勝利の10番ゲートを候補に考えていた。重要なのが対称位置だとするなら、6番と、外から6番目の11番、これら対称位置に候補としていた仮想ハーツクライの2頭が入ったのだから、どちらかが走るとすぐに決まった。14番の対称位置3番には強調する馬が入っていないし、10番にも候補にしていた馬は入らなかったのだから。

2016年 有馬記念 16頭
1枠1番 キタサンブラック  ②人気
1枠2番 ゴールドアクター  ③人気(逆15番)
  :   :
3枠6番 サウンズオブアース ④人気
  :   :
6枠11番 サトノダイヤモンド ①人気(逆6番)
  :   :
8枠16番 マリアライト    ⑥人気


 最終判断はヒロさんに頼ろう、そう思って電話をかけた。

キク「ということで、6番か11番で迷ってるんですけど」
ヒロ「11番かな。去年、夢の第11レースの謎を解くと、98年のジャパンCが浮かび上がるって話したよね。15頭立てで11番1番で決まっているやつ、覚えてる?」
キク「覚えていますとも。11−16でエキサイトして奈落の底に落ちましたから(笑)」
ヒロ「夢が夢に終わったね(笑)けど One More Chance, あれを今年使うと思うんだ」
キク「また11−16? …去年ヒロさんに騙されたからなぁ。また道連れは嫌だよぉ」
 二年続けて同じ落とし穴にはまる二人なんてほんと間抜けだ。そう言いつつヒロはひとしきり笑った。
ヒロ「でもね、98年のジャパンC1着馬エルコンドルパサーって、日本馬で初めて凱旋門賞を2着した馬なんだ。キクちゃんが言うように凱旋門賞が鍵だから、多分だいじょうぶ。11-16かもしれないし、11−1かもしれないよ」
キク「あっ。11−1ならハーツクライの有馬記念と同じ、ルメールと豊さんで決まるのか」
ヒロ「そう。上手く作ってあるよね。こういう場合は裏で出たりしない限り、勝負してだいじょうぶじゃないかな。だからと言って11-16が無いとも断言できないけどね。土曜日に出てしまってれば捨てても良かったんだけど、出なかったんだよ」
キク「ありがとう。ヒロさんからのクリスマスプレゼントもらった」

 麻利はこの際もうひとつプレゼントをもらおうと思った。
キク「シゲさんにとって、今年一番印象に残ったのは凱旋門賞ですか?」
茂吉「そうじゃな。競馬会もそうであろう。本当は地震予告の桜花賞と言いたいが、あれは裏話だし」
キク「そうですね…」
茂吉「なぜか地方ばかりが狙われる。福島や熊本だけじゃない。日本のふるさとが破壊されるのを置き去りにして、都会ばかりが前へ進もうとする」
キク「この一年は私も考えさせられました。陽の当たらない社会の現状にも目を向け、もっと光を当てたいと。そうすることが、今の私にできるたったひとつの事だと」
茂吉「キクちゃんが田舎に帰って盛り上げてやれ。結婚して、たくさん子供をつくってじゃな… あれ、キクちゃんは彼氏がおったかな?」
 二人にプレゼントを贈ることができるとしたら、それは結婚の報告なのかもしれないとふと思った。喜んでくれる姿が目に浮かぶけれど、まだまだ先の話になりそうだった。

キク「いませんから、シゲさんの予想をクリスマスプレゼントに頂こうと思って電話したんですよ(笑)」
茂吉「そうか。残っておるのは15年の宝塚記念じゃな。16-6-1から2つとっての馬連」
キク「6番の方ですか? でも1番と16番はヒロさんと同じだ」
茂吉「なんだキクちゃん、ヒロと話をしたのかい」
 今年の有馬記念こそ98年のジャパンCで決まるらしいということ。2着ばかりの6番の方が補佐で、勝つのは対称位置にいる11番、ハーツクライの鞍上だったC.ルメールではないかと麻利は話した。
茂吉「なるほど、ゴールドシップならぬゴールドアクターが逆15番に入っておるわけだ」
キク「逆?逆番だ。外から数えて16−6−1に当たるのは1番11番16番ですね」

2015年 宝塚記念 16頭
1着8枠16番 ラブリーデイ   (逆1番)
2着3枠6番 デニムアンドルビー(逆11番)
3着1枠1番 ショウナンパンドラ(逆16番)
15着8枠15番 ゴールドシップ  (逆2番)

1998年 ジャパンC 15頭
1着6枠11番 エルコンドルパサー蛯名正義
2着1枠1番 エアグルーヴ   横山典弘(循環16番)
3着5枠9番 スペシャルウィーク岡部幸雄

 麻利はサトノダイヤモンドを頭に馬単11−1と11−16を2千円ずつ買おうと決めた。
 だが有馬記念のひとつ前、中山9RホープフルSが終わった時、考えを少し変えた。

結果
2016年12月25日 ホープフルS 14頭
1着2枠2番 レイデオロ(循環16番)
2着7枠11番 マイネルスフェーン

 14頭立ての2番を16番と見なすと、これは馬連11−16になる。98年ジャパンCの循環馬連が出てしまった。有馬記念は馬単11−1で勝負していいはずだと麻利は思ったが、去年買った馬連11−16を今年は切って、それが来てしまったらどれほど悔しいだろうかと考えて500円だけは買っておこうと決めた。


 こんなに暖かいクリスマスは生まれて初めてのような気がした。そして穏やかな中山競馬場の雰囲気そのまま、有馬記念も平穏な結果になってほしい。昨年のように万馬券を握って、当たったら何を買おうかと胸を昂ぶらせながら観戦する競馬もいい。けれど固い馬券も悪くないなと思った。妙な自信と安心感と、もしかしたら大波乱の決着が用意されていて、蓋を開けたらびっくりするかもしれないという期待混じりの不安が少しだけある。

 暖かな陽だまりのなかをくるくると周回していた馬たちが、焦らすように一頭、また一頭とゲートに入っていった。息を殺して見守る麻利の不意を打ち、弾けるように馬の群れが飛び出す。ダイヤモンド、ダイヤモンド。麻利は胸の中で何度も声援を送った。その祈りが届いているのか、サトノダイヤモンドは中団から好位へ、さらに前へと差を詰めていく。直線に入りキタサンブラックを射程圏に収め、簡単に交わすだろうと思わせてからがじれったく、じりじりと少しずつしか差は縮まらない。がんばれ、もう少し、がんばれ、もう一歩、並んだ。その瞬間がゴールだった。

結果
2016年12月25日 有馬記念
1着6枠11番 サトノダイヤモンド C.ルメール
2着1枠1番 キタサンブラック 武豊
3着1枠2番 ゴールドアクター
(馬単¥770-)


 *   *   *   *


 クリスマスの立山連峰は巨大な氷の彫刻と化している。氷見(ひみ)への切符がちょうど買える位の払い戻しを手にすると、無性に故郷の町が恋しくなった。一刻も早く逃げ出したいと願い続けた町だったのに、想うと愛おしくて涙がにじんだ。東京から逃れるわけでも、故郷だけが安住の地だと自分を偽るつもりでもない。
「ずっと、好きだったんだ」
 絞り出して呟いた声に、麻利はハッとした。


 夜の駅舎は都会よりずっと温かく感じられた。外は雪が一面に降り積もっている。麻利は決意を新たに、そっとくちびるを噛んだ。さあ行こう。吐息が夜の闇に溶けていく。

 雪道を一歩ずつ踏みしめ
 少しずつ近づく。
 真綿色の月に向かい
 追いつくように
 自分を確かめるように。


 完 平成29年2月吉日

馬連一発物語2

最後までお読みくださりありがとうございました。
この物語について書かれた内容に関して、次の2ちゃんねる掲示板に書き込みを行いました。
http://tamae.2ch.net/test/read.cgi/uma/1485990637/
また、下の作者「茂吉」をクリックすると、初編『馬連一発物語』もお読みいただけます。

2018年
1.7 キタサンブラック引退式 ゼッケン7番(ゼッケン理由:2017天皇賞秋・07-02)
1.14 日経新春杯・07-02(発動理由:年度代表馬にキタサンブラック決定)
1.6 コパノリッキー引退式 ゼッケン4番(ゼッケン理由:2015フェブラリーS・04-14)
1.20 中京スポニチ賞・04-14(発動理由:優駿付録カレンダー1月8枠武豊)
1.8 中山7R 藤田菜七子1着同着・02=14-04(04-14を巧妙に隠している目)
1.21 岩清水S・02-03(11頭立て02-14の折り返し.発動理由:同着馬10R出走)
これで終わりではないはず。次は何処へ、どのような目で決着させるか?
例えば、各週のメインは何のレースを使ったか、どのような出来事があったか、ふたつの引退式を重ねた意図は何か、などは考察の糸口となるかもしれません。勝ち馬の出走を辿りながら、優駿や付録カレンダーも重要なヒントを出すので大切にしましょう。皆様のご健闘を祈ります。

馬連一発物語2

競馬は過去のレースの再現を繰り返しているに過ぎない。競馬の真実を明らかにしつつ、その観点から予想する三人の物語。 2015年阪神ジュベナイルフィリーズ〜2016年有馬記念までの数戦を回顧する。

  • 小説
  • 短編
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-11-25

Copyrighted
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Copyrighted
  1. 第一話 月の住人
  2. 第二話 遠い光
  3. 第三話 閉ざされた世界
  4. 最終話 帰還