旧作(2015年完)本編TOKIの世界書三部「ゆめみ時…4」(芸術神編)

旧作(2015年完)本編TOKIの世界書三部「ゆめみ時…4」(芸術神編)

三部の四話目です。
話は起承転結の結にかかる部分です。
ゆめみ時…も次回で最終話となります。
人の心の中に住む霊とは生きている人間に進むべき道を記し、そちらへ誘うものである。
その霊達の行動は生きている人間の感情というエネルギーから来ているのか……それともすでにエネルギー体となってしまった霊が持つ何かなのか。
それはよくわからない。人は実に不思議な生き物であるのだった。

TOKIの世界。
壱‥‥現世。いま生きている世界。
弐‥‥夢、妄想、想像、霊魂の世界。
参‥‥過去の世界。
肆‥‥未来の世界。
伍‥‥謎
陸‥‥現世である壱と反転した世界。

夜は動かぬもの達

夜は動かぬもの達

 白い花畑に勢いよく風が通り過ぎる。それはただの風ではなく、銀髪の姉弟と黒ずくめの男二人が駆け抜けた時に発生した風だった。
 銀髪の低身長の女、望月千夜は黒ずくめの男、服部半蔵の攻撃を軽やかにかわしていた。
 「っち、なかなか当たらねぇな。女の身体能力をはるかに超えていてなおかつ身軽。男の世を渡り慣れてやがる。だがな、それがしをなめてもらっちゃあ困ります。」
 半蔵は高速で千夜に近づき、回し蹴りを千夜の脇腹目がけて繰り出した。その蹴りは千夜に当たる事はなく、なぜか煙のように消えてしまった。
 「後ろですな……。」
 半蔵はすぐ後ろで揺らめく影に向かい、再び蹴りを入れた。しかし、それも千夜に当たる事はなく、再び煙のように消えた。
 「……やるな。……下……と見せかけて真横ですな。」
 半蔵は目線下に揺らめく影を無視し、左横を無造作に蹴り上げた。今度は何かが当たった気配があった。
 「……なかなか一筋縄にはいきませんねぇ。落ちなかったですかい。」
 半蔵の目線の先で腹を軽く押さえた千夜が立っていた。
 「かなり重たい蹴りだ。こんなのを喰らったのは久しぶりだ。」
 千夜は表情なしに半蔵にささやいた。
 「おめえさんはかなり打たれ弱いようですな。故にそれがしの攻撃が当たらないように逃げている。」
 半蔵の言葉に千夜は軽く笑った。
 「それはそうだ。屈強な男の蹴りを喰らったら死んでしまう。だから男と渡り合う術を身につけてきた。」
 「!?」
 千夜が少し右手の指を動かすと半蔵の右足がまったく動かなくなった。
 「なるほど。蹴りを受けた直後にそれがしの右足に糸縛りの術をかけたってわけですかい。だがな、糸縛りは簡単に解けますよ。」
 半蔵は右足に巻きついている糸を軽く取ってしまった。
 「それはそうだろうな。」
 千夜はまったく焦る様子もなく、指を二本立てた。
 「!?」
 今度は半蔵の身体全体が動かなくなった。
 「私が今更、そんな初歩的な術のみをかけるとでも思っていたのか?」
 「っち……影縫いですかい。」
 半蔵はため息をついた。
 「しばらくおとなしくしていろ。」
 「……まいったねぇ。よくもまあ、こんなスキのない影縫いがかけられますな……。」
 半蔵の言葉を無視した千夜はとっさに飛び上がった。
 「っち……。」
 千夜の後ろに突如半蔵が現れ、半蔵は千夜を小刀で凪いだ。しかし、千夜は素早く飛び上がり、半蔵と距離をとって着地した。
 先程、半蔵と話していた場所には木の枝が落ちていた。
 「変わり身か。」
 ふと半蔵の後ろから千夜の声が聞こえた。千夜はもうすでに先程のところにはいなかった。
 「はやいですな……。もう後ろに回ったのかい。それがしも余裕がなくなりそうだ。」
 半蔵は自身に火を放った。
 「……っ!」
 千夜が少し怯んだ。炎は高く上がり、半蔵を飲み込んだ。
 「うぐっ!」
 刹那、千夜が低く呻いた。千夜は何が起こったのかわからないまま地面に倒れた。
 仰向けに倒れた先に半蔵が立っていた。半蔵は上半身裸の状態だった。
 「火遁からの糸縛り……そして影縫いか。流石だな。」
 千夜は冷酷な瞳で焦ることなく半蔵を睨みつけていた。
 「……なんて目をしてやがる……。お前さんはまだ若いんだろ?若い娘がそんな顔をしなきゃあならねぇんなんてまったく悲しい時代に生まれたもんですな。」
 「死んだのは三十一の時だ。そんなに若くもない。」
 「おっと。」
 半蔵は千夜の右手がわずかに動いているのを見つけ、右手を踏みつぶした。
 「……っ。お前の目も冷酷すぎるほどに冷酷だ。」
 千夜は怯む事なく、今度は左手をわずかに動かした。刹那、半蔵の体に数本の針が刺さり、影にも針が刺さった。
 「っち。人体のツボ……的確ですな。力が入りやせん。」
 半蔵はその場に膝をついた。
 「影縫いもかけた。しばらくお互い動けないな……。このまま私とじっとしていろ。」
 千夜は半蔵に冷笑を向けた。
 「……この世界を知るものが間近にいるというのにどうして知りたいと思わないんですかい?」
 半蔵はふと表情を柔らかくして千夜に問いかけた。
 「……。」
 千夜は光りのない瞳でじっと半蔵を見つめていた。
 「お前さん、本当は忍なんてなりたくなかったんだろ?そこには自由はなくてお前さんは運命に縛られていた。違いますかい?」
 「そうだな。私は弟と妹を守らねばならなかった。私は自ら率先して危険な場所に行き、弟達に危険が及ばぬようにしている最中に死んだ。忍の末路はいつだって悲しい。」
 千夜は苦笑しながら半蔵に言葉を発していた。
 「お前さんはその運命を恨まなかったんですかい?」
 「恨んだことはない。だが、死んでからも切なさは残っている。」
 「そうですかい。話になんねぇな。」
 千夜の話を聞き、半蔵はため息をついた。 
 「時に半蔵、さきほどは急所をはずしたのか?」
 千夜の問いかけに半蔵の目が少しだけ揺らいだ。
 「ふん。女相手だと腕が鈍っちまってしょうがねぇんです。才蔵みたく冷酷になれたらいいんですがね。だからこんなザマだ。」
 半蔵はまったく動かない体を無理に動かそうとはせず、あきらめたかのように目を閉じた。
 「……ではもう諦めて更夜達のすることを見ているのだ。あやつらはある意味運命を変えるようなことをする。セカイに尋問しKについて色々と聞き出すのはその後でもよかろう。」
 千夜の瞳が鋭く揺れた。
 「……っ。お前さん……まさかそれがし達と目的が同じなんですかい?」
 半蔵の鋭い声に千夜は不敵にほほ笑むと
 「さあな。」
 とつぶやき黙り込んだ。


 一方では千夜の弟、逢夜が霧隠才蔵と死闘を繰り広げていた。
 「っち……。お姉様にこいつが回らなくて良かったぜ。」
 逢夜は的確に飛んでくるクナイを避け、才蔵と距離をとった。
 才蔵は黒い髪をなびかせたまま表情変わらずに逢夜との距離を詰めてきた。
 才蔵の腕からは血が滴っており、腕のどこかにケガを負っているらしい。
 対する逢夜も腕にケガを負っており、指先から地面へと血がぽたぽたと落ちて行っている。
 「俺の動きとまったく同じ事をしてきやがる……。」
 ……俺が動かなければ動かないで奴は適所に攻撃してくる……。
 逢夜は才蔵が飛ばしてきた手裏剣を小刀で弾いた。そしてそのまま小刀を振り回し、後方を凪いだ。
 「……逃げやがったか。」
 「……。」
 逢夜のすぐ後ろにはいつの間にか才蔵が立っていた。
 才蔵の目からは何も読み取れなかった。感情はまるでなく、ロボットのように動いている。
 考える余裕もなく逢夜は右側に小刀を振り下ろした。刃物同士がぶつかる音がしたが才蔵を斬る事はできなかった。
 前方、後方、左右と鋭い蹴りを入れてみるも才蔵の影を裂くばかりで本体に当たらない。
 ……関節を外してありえない方向から避けているな……
 逢夜は再び気配のした方向を斬った。手ごたえはあったがそれは木の枝だった。
 「……っち。」
 逢夜は場所を変えるために木が覆い茂る森に向かい走った。すぐ近くで気配がする。
 しかし、お互い影分身を使って走っているためお互いの姿を捉える事はできなかった。
 ……足は俺のが速いか。
 「!」
 逢夜は突然、左に飛んだ。逢夜がいた場所には縄に絡まった小刀が落ちていた。
 ……傀儡の術。避けなかったら刺さってたぜ。
 ……なるほどな。後ろからついてくる気配は才蔵じゃねぇ。
 ……才蔵は俺の前にいやがる……。
 気配をすぐ近くで感じたが逢夜は恐れる事なく影に向かい手を伸ばした。
 そして何かを掴んだ。
 ……これか。
 逢夜は掴んだものをパッと放した。ヒラヒラと黒い布が舞った。その黒い布の先端に糸がついていた。
 ……これも傀儡。奴はいつから俺の前にいない?先程まではいたじゃねぇか。
 「……。」
 逢夜は足を止め、今度は高く飛び上がった。
 逢夜の足元から突然、大規模な爆発が起こった。爆音が響く中、その噴煙に紛れて才蔵が逢夜の目の前に陽炎のように現れた。
 逢夜は羽織を脱ぐと自身の前を覆った。
 ……闇隠れ……
 才蔵が刀で凪いだ時にはもう逢夜はその場にいなかった。才蔵は逢夜の羽織を横に切り刻んだだけだ。逢夜は素早く才蔵の後ろに回った。
 ……糸縛り……
 逢夜は糸を才蔵に巻き付け術をかける。才蔵は糸縛りが完全にかかるほんのわずかな時間で火打ち石を地面に放った。石と石が合わさり地面に着くと同時に火が付いた。刹那、地面がまた大きな爆発を起こした。
 地面に爆弾が仕掛けられていたようだ。逢夜を巻き込み、才蔵は自分もろとも爆薬の火の粉を浴びた。
 煙が辺りを覆い、逢夜は体中血にまみれながら立ち上がった。着物は焼け焦げ、ボロボロで髪留めは吹っ飛ばされて消えたため、長い銀の髪が纏まりもなく垂れ下がっている。
 「……あの野郎……。糸縛りを切るために自分もろとも吹っ飛びやがった。」
 そうつぶやいた逢夜は傷だらけにもかかわらず、後方を小刀で凪いだ。
 キィンと金属がぶつかる音がした。今度ははっきりと才蔵を捉える事ができた。
 後ろから逢夜を狙った才蔵も体中から血を流しており、着物もボロを纏っているようだった。
 気が付くと才蔵の小刀と逢夜の小刀がぶつかりあったまま止まっていた。
 「まだ生きていましたか。」
 才蔵がはじめて口を開いた。
 「おめぇもな。」
 刀同士がつば競り合いのように均衡を保ったままぶつかっている。
 ……こりゃあ、どっちかが動いたら動いた方が弾き返されるな。弾かれたら隙ができる。おそらくこいつも動かねぇだろう。
 逢夜は完全に固まっている体のまま相手の出方を伺っていた。
 お互い、片手でつば競り合いをしているため、もう片方の手が空いていた。
 二人はお互い気が付かないように空いている方の手を動かしていた。
 そして同時に針を投げた。
 ……影縫い……
 「っち。」
 「……。」
 逢夜と才蔵はお互いに影縫いをかけ、その場に倒れた。
 「お前、やり方が強引すぎんだよ。」
 影縫いをかけられて動けなくなっている逢夜は投げやりに声を発した。
 「お前はしぶとすぎますね。更夜の兄とのことですが確かに人間離れしています。」
 「おめぇもな。術解くために自分の足元爆発させるなんてこたぁ、普通はできねぇよ。」
 逢夜は真っ青な空に目を向けながらこれからどうするかを考えていた。
 「お前のところの家系ならば普通にやるのではないですか?」
 「俺はやらねぇよ。」
 「しかし、気になりますね。お前ほどの力を持つ忍がどうやって殺されたのか。」
 才蔵の言葉に逢夜は顔を曇らせた。
 「ふん。戦時中に見ず知らずのガキを庇って死んだんだよ。憐夜に似てたんだ。放っておけなかった。まったく……馬鹿なことをして死んだもんだ。」
 「そうですか。それは誇れる死に方ではありませんね。」
 「ああ。まったくだ。負け戦だったからな。あの小娘が生きていたとしてもとっ捕まって男共の玩具だぜ。」
 逢夜は不機嫌そうな声で言い放った。
 「で……お前は本当にこの世界の事を知らなくてよろしいのですか?」
 「知ってどうすんだ。知らない方がいいこともあんだろうが。」
 「知らなくていいことの判断をお前ができるのですか?」
 投げやりな態度の逢夜に才蔵は感情なくつぶやいた。
 「しらねぇ。俺は別にどうでもいい。」
 「そうですか。」
 逢夜と才蔵はそこから何も話さなかった。

二話

 一方、静かな夜の世界、ノノカの姉の世界にいるライ達は去っていった女忍、チヨメを待っていた。辺りは相変わらず静かで目の前にそびえる西洋風の城がどこか不気味に見えた。
 以前この世界でライの妹である音括神セイの笛を奪い合ったことがあった。
 初めに入り込んだ時からライはここの世界が気に入っている。着彩された木や月、城が美しいからだ。
 「そういえば、チヨメがノノカを連れてくるって言ってたけど……連れてこれるの?彼女、生きているでしょ。」
 世界を眺めぼんやりしていたライに突然声がかかった。
 「え?」
 ライはすぐ横で自身の服を引っ張っている少女に目を向けた。少女は光のない瞳でライを見ていた。
 「ライ、聞いてた?チヨメがノノカを連れてくるって言ってたけど彼女、生きてるよね。」
 「あ、そういえばそうだね。スズちゃん。でも、ここはノノカさんのお姉さんの世界だし、たぶん、大丈夫なんじゃないかな?」
 ライは話しかけてきた少女、スズになるべく笑顔で答えた。
 「それよりもセカイ、陸の世界とはどうやって出すんだ?」
 ライとスズのさらに隣にいる銀髪蒼眼の男、更夜はちょこんと立っている人形、セカイに目を向けた。セカイは手の平に乗るくらいの大きさしかなかった。
 とんがり帽子に茶色の髪、赤いスカートを履いている少女だ。彼女はKと呼ばれる者の使いらしい。
 「すべての世界が少し歪むかもしれない。でも人の心のエネルギーがあれば弐から陸を開くことは可能。陸の世界のKの使いを媒体にエネルギーを流し込んで開く。今は陸にいるKの使いに通信中。」
 セカイと呼ばれた少女は淡々と言葉を紡いだ。
 「ごめん。何言ってんだかサッパリわかんない。」
 スズがやれやれと首を振った。
 「わからなければみていればいい。あなた達に説明する理由はない。」
 「冷たいね……。」
 そっけなく言い放ったセカイにライも肩を落とした。
 それからしばらくまた静寂が包んだ。その静寂を破ったのは更夜の影に隠れていた銀髪の少女だった。
 「あ、あの……お兄様……。」
 「どうした?憐夜。」
 弱々しく声を上げた少女に更夜はなるべく優しく声をかけた。少女、憐夜は更夜の妹である。異端望月家の教育を受けた憐夜は暴力と服従で身も心も壊され、霊魂の世界である弐の世界をさまよっていた。今は一応、更夜には心を開いてきているようだった。
 「あの……大変申し上げにくいのですが……。その……。」
 憐夜はもじもじとうつむきながら小さくつぶやいた。
 「どうした?俺にできる事か?とりあえず、まずは言ってみなさい。」
 更夜は憐夜の頭を優しくなでながら静かに言葉を紡いだ。
 「や、やっぱり大丈夫です……。じ、自分でなんとかしますから……。」
 「いいから言ってみなさい。独りでなんでもやろうと思わなくていい。」
 憐夜は教育によって兄、姉を極端に恐れていた。逆らえば無慈悲な懲罰を受ける、言われたことができなければ酷い仕置きが行われる……。憐夜はそうやって身体を傷つけられ、心に深い傷を負った。その傷と兄妹の溝はいまだ埋まる事はなく、憐夜にとって更夜は怖い存在だった。
 憐夜が青い顔をして立っているのでスズが憐夜の肩をポンと叩いて落ち着かせた。
 「憐夜、大丈夫だよ!更夜に言ってごらんよ。」
 スズの一押しのおかげか憐夜は震える声で言葉を発し始めた。
 「あ、あの……っ。ここにいたらなんだかお腹がすいてきてしまって……その……。」
 「腹が減ったのか?ああ、ここは食べ物をうまそうに描くマンガ家の世界だからな。腹が減るのも無理はないか。」
 更夜が憐夜の方に体を向けた時、憐夜はびくっと震えて更夜と距離を少しとった。
 「ご、ごめんなさい。やっぱり自分でなんとかしますから許してください!」
 憐夜は震えながら目に涙を浮かべる。更夜は無理に憐夜には近づかず、そのままの状態で優しく声をかけた。
 「何をあやまっている。飯が食いたいんだろう?俺が作ってやる。この待ち時間にやることもないしな。」
 更夜はどこか嬉しそうな表情でつぶやいた。そんな更夜を横目で見ながらライは一つの疑問を口にした。
 「あ、あの……更夜様?お料理の道具とか材料がないんですけど……。」
 「問題はない。ここは人間が描く夢の世界。なんだってできる。それにここは料理漫画の世界だ。道具などはこのように簡単に出る。」
 更夜はライと会話をしながら手から調理器具を出してみせた。ついでに食材も勝手に出てきていた。
 この食材も調理器具も人間の想像物だ。霊は基本、食事をしない。だが、ホログラムのように想像で食べ物を出し、食事をすることもできる。つまり、弐の世界では生き物を食べるということはない。想像物を食べるだけだ。
 「ふむ。卵とケチャップと米……油……にんじん……。オムライスにするか。」
 「オムライスって更夜様……オムライスを知っているのですか?」
 ライは更夜の発言に驚き、目を丸くした。更夜は戦国の忍だ。ある程度洋風な食べ物は知っているようだがまさかオムライスを知っているとは思わなかった。
 「ああ。クッキングカラーで出ていたからな。」
 「クッキングカラーは何度も言うけど少女漫画だからね。ここの世界を創っているノノカのお姉さんもずいぶん乙女ちゃんだよね。ていうか、更夜もまさかの乙女ちゃんで……。」
 スズは更夜を嘲笑した。
 「うるさいぞ。少し黙ってろ。」
 更夜はむっとしたまま周りに落ちている枝を集め、石で火をつけた。どこからともなく出したフライパンに油をひき、野菜を炒める。右手は折れているため使わずに器用な事にすべて左手で行っていた。
 香ばしい匂いと炒めている音で憐夜が少しずつ更夜に近づいてきた。
 スズは憐夜の肩を素早く抱くとにこりとほほ笑んだ。
 「更夜はね、料理が上手なの。わたしは下手だけど。こないだはライに彩りをやらせてたよ。」
 スズは憐夜に話しかけながらライに目を向けた。
 「あ~……黄色と赤のバランスがいいわ……。オムライスって絵で描くとすごく映えるから好き……。」
 ライはうっとりとしながら出来上がりつつあるオムライスを眺めていた。
 「ライは絵関係とか色関係になるとちょっとおかしくなっちゃう時あるわよねぇ……。」
 スズは興奮気味なライをあきれた目で見つめた。
 「ほら。憐夜できたぞ。食べなさい。」
 更夜はお皿に盛ったオムライスを憐夜に渡した。オムライスには可愛らしい星がケチャップで沢山描かれていた。食器にも赤い星がついており、とてもかわいい感じのオムライスが出来上がった。食器も可愛らしいものを取り出していたようだ。
スズはオムライスを眺めながらクスッと小さく笑った。
 「あれ?更夜、このオムライスのデザインってクッキングカラーで出たまんまのデザイン?あんたがこんなかわいいの素で描けるわけないもんねぇ。」
 「いちいちうるさい。女の子はこういうのが好きだという事がわかったから、俺なりにやってみただけだ。あの漫画では幼い少女が喜んでいたからな。」
 更夜はスズに言い放ち、そっぽを向いたが頬に若干赤みがさしていた。
 そんな様子を見ながらライは憐夜の背中をそっと撫でた。
 「食べてみなよ。きっとおいしいよ。」
 憐夜は戸惑いながらライを見上げるとこくんと頷いた。そのまま、スプーンでオムライスを切り分け、口に運ぶ。
 「……お、おいしい……。おいしい!お星さまもかわいい!フフフ!」
 憐夜は突然、子供らしい顔に戻ると幸せそうな雰囲気でオムライスを食べ始めた。
 「うまいか?それは良かった。喜んでもらえたようだな。」
 更夜も内心緊張していたようだ。
現状、更夜は妹への接し方がよくわからず、空回りをしてさらに怯えさせてしまったらどうしようと思っていた。
 とりあえず、今回は成功し、更夜はホッと息をついた。
 「あ!憐夜、わたしにも一口ちょうだい。」
 「いいよ。スズちゃん。」
 憐夜はオムライスを小分けにしてスズに食べさせてあげた。
 「おいしいね!これは確かに好みかも。」
 子供同士、波長があったのか憐夜とスズの関係は自然な感じに見えた。
 「あ、私も食べたいな。」
 ライもおいしそうに食べる二人を見て食べたくなってしまった。
 「いいよ。はい。」
 憐夜はライにもオムライスをあげた。
 「おいしすぎる……。うう……。」
 ライは感極まって涙を流し始めた。
 「ライ、何泣いてんのよ。」
 スズは呆れた顔でライを見つめた。
 「わかった。スズと絵括……ライの分も作ってやる。だから憐夜のを食べるな。」
 更夜は深いため息をつくと再び材料を手から出し始め、オムライスを作りだした。
 

 いままで寡黙に様子を見続けていたセカイは打ち解け始めた更夜達を見てひとりつぶやいた。
 「人間も神も心があれば変われる……。ノノカは変われるだろうか……。私にはわからない。K……あなたの心も負の感情に支配されていた事があったのでしょうか……。あなたが立派に務めを果たせるようご尽力致します。」
 セカイはひとりつぶやくと唯一の光源である美しい月をそっと見上げた。

三話

 茶色の髪にダウンコートの男、マゴロクと銀髪を肩先で切りそろえている着物を着た、見た目子供のサスケは暴れながらどこかの世界を破壊しているセイを静かに監視していた。
 セイは笛を乱暴に吹きながらあたりの木々を薙ぎ倒している。セイが笛を吹くたびにまるで衝撃波のようにどこかの木々が吹っ飛んでいた。
 「この世界ももう壊れるかね……。サスケ。」
 「ふむ。まあその前にトケイが来そうだァ。セカイを呼ぶ準備でもしておくかィ?」
 マゴロクとサスケは衝撃をうまくかわしながら見つからないように別の木々の影に隠れた。
 「そうだな。」
 マゴロクが返事をした刹那、オレンジの髪をした青年が無機質な目をしたまま、こちらに飛んできていた。ももの辺りにウィングがついておりそれで空を自由に飛び回っているようだ。ノースリーブのようなものを着ており、下はズボンだ。青年の胸には電子数字が何かの時を刻んでいた。感情はなく、まるでロボットのようだった。
 「……きたなァ……トケイィ……。」
 サスケはオレンジ色の髪の青年をトケイと呼んだ。
 「セカイに連絡を入れるよ。」
 「まてェ、セイが逃げてやがらァ。追うかィ。」
 マゴロクがセカイに連絡を入れようとした時、セイが散々壊した世界から飛び出していった。
 「追うか。」
 マゴロクとサスケは素早く動き出すとセイを追ってこの世界から出た。トケイは無言のままセイを追い、飛び去って行った。
 「おい。サスケ。このままじゃまずいよ。」
 マゴロクはセイを追い、世界と世界をつなぐバイパス部分を飛びながらサスケに目を向けた。
 霊魂、夢の世界である弐は無数の世界があり、それはネガフィルムのように帯状に連なっている。この沢山ある世界は感情がある動物の個人個人の世界である。生きているものは眠っている時、弐にある自分の世界へと精神が動く。そして自分の世界を一周し、心を安定させてから現世(壱の世)に戻ってくる。しかし、もう肉体がないものは想像の物、もしくは霊というエネルギー体となり弐の世界を自由に飛び回ることができる。
 この弐の世界はセカイから言わせれば感情というエネルギーと魂というエネルギーでできている宇宙空間の一部とのことだ。ブラックホール内部に近いかもしれない。
 よくわからないダークマター、感情と魂というエネルギーが渦巻く世界、それがここ、弐の世界だ。
 「あァ……確かにこのままじゃァまずいなァ。」
 サスケもマゴロクに焦った顔を向けた。
 「……セイが向かっている所は更夜達がいる世界だ。食い止める方法を思いつかないが……セカイにはとりあえず知らせておこう。……おい、にゃんこ。」
 マゴロクは自身で飼っている猫の名を呼んだ。猫は声を発さずにすぐにマゴロクの横を走り始めた。
 「セカイに伝えろ。」
 マゴロクはたった一言だけ言った。猫はそのまま、マゴロク達が飛んでいる場所から消えていった。
 

 一方で女忍である望月チヨメは茶色のウェーブがかかった髪をなびかせてノノカという少女を待っていた。ここはそのノノカという少女の世界である。音符や楽譜が辺りを回っており、そのほかは特にない。
 しばらく待っているとノノカが突然、その場に現れた。ノノカは現世にいる少女で現世で眠りについたため、弐の世界内部にある自分の世界に戻ってきたのだ。
 「あれ?チヨメじゃん。笛は?」
 「ノノカちゃん……もう笛はあきらめましょう?辛い気持ち、わたくしはわかっていますから。」
 「は、はあ?何わけわかんないこと言ってんの?さっさと笛を……。」
 ノノカが声を荒げようとした時、チヨメが光のない瞳でノノカを見据えた。チヨメの瞳を見たノノカは戸惑いながら口を閉ざした。目の前に立つチヨメにノノカは畏怖に近い感情を抱いた。
 「いい加減に自分の気持ちから目を背けるのはおやめなさい。あなたとわたくしは魂の色が同じ。わたくしとあなたは同じ熱量……エネルギーから生まれた。あなたの感情は手に取るようにわかります。」
 「自分の気持ちって何?セイの笛を手に入れてすごい曲を沢山作りたいだけ!評価されたいだけ!」
 ノノカはどこか苦しそうに言葉を発した。
 「知っています。はじめはまわりに評価されたくて頑張っていたのですよね?その後、恋人のタカト君の曲が評価されはじめた。それが芸術神セイのおかげだと知って腹が立ったのでしょう?タカト君は自分に眠っていたひらめきに夢中になり、恋人であるあなたは見捨てられてしまった。ですが、タカト君は曲に夢中になっていましたがあなたをないがしろにしたわけではありません。タカト君が作っていた曲はすべてあなたのための曲です。」
 「そ、そんな事わかっていたよ!でもタカトはろくに私に会ってくれなかったし、なによりすっごいムカついたの!死ねばいいって思った。死んじゃえって思ったよ!」
 ノノカはチヨメに向かい声を荒げた。
 「そう……今の子はなんでも死ね。辛かったら自殺すればいいって。……私達の時代よりも死が軽い。ショウゴ君もそうですわね。……世界から見たら人が一人死のうが何しようが関係ないですけど、無情な世界のシステムと人間は違います。人間には感情がありますわ。皆、正常の心ならば死の重さに耐えられない。ショウゴ君はタカト君を突き落として殺害してしまい、その後、あなたの嘘で固められた心を信じ、死の重さとあなたに対する絶望に支配され自殺した……。……つまりあなたを恨んで死にました。ですがショウゴ君はタカト君を殺したのは自分だと心を痛めてもいました。」
 チヨメは感情なく淡々とノノカに言い放つ。ノノカの表情は次第に余裕のないものへと変わっていった。
 「そ、そんなの知らない!タカトとショウゴは勝手に死んだの!私は関係ない!」
 「あなたはタカト君を殺したショウゴ君に『殺してくれてありがとう』と笑顔で言ったそうですね。ショウゴ君はあの時、ひどく後悔していたと思われます。あなたのその言葉がショウゴ君を自殺へと追い込んだ。……ノノカちゃん……あなたは今、自分が二人を殺してしまったと思っているのでしょう。」
 チヨメの最後の一言にノノカの表情が曇った。
 「ち、違う!ムカつくタカトとうざいショウゴが消えてうれしかったはずだもん!私が二人を殺したなんて思ってないよ。タカトを殺したのはショウゴ。ショウゴは自殺。私、関係ないもん。」
 「……当時は死を軽く見ていましたね。ですがもうそろそろ……あなたは死ぬということがどういう事かわかってきたのではないですか?ただのケンカでしたら仲直りができます。相手がいるんですから。あやまることもできます。相手をひっぱたくことだってできる。そこに存在しているのですからね……。ですがもうあなたはその選択肢を選べない。なぜなら、もう彼らは存在していないから。」
 チヨメの言葉が深く鋭くノノカに刺さっていく。とっくに気がついていてそれを必死で隠していたがチヨメに掘り起こされた。
 ノノカの目から知らない内に涙が零れていた。
 「もう……遅いよ……。全部……遅いんだよ……。セイの笛なんてはじめからいらなかった。……セイの笛を追っかけていればあいつらの事、思い出さなくて済んでた。何かを考えていないとあいつらが死んだ事がとても身近に感じて耐えられなくなるの。はじめのうちはゲーム感覚だった。でも……消えちゃうってこういう事だったんだって……もうケンカもできない……メールも返ってこない。家に行ってもいない。相談も聞いてもらえない。タカトがネットにアップしていた曲ももう更新されない。ショウゴといやいや帰っていた放課後も戻ってこない。あいつらにあやまれない。気持ちも伝えられない。私一人が違う世界に行っちゃったみたい……。タカトに会いたい。ショウゴに会いたい。もう何もかも戻ってこない……。今更嘆いたって遅い。」
 ノノカは大粒の涙をこぼしながらその場に崩れた。
 「そう。嘆いても遅いですわ。いつも辛いのは死んだ人間ではなく生きている人間の方です。あなたが現実世界でこのことに対し、どういう答えを出すかで心は変わります。正の方にいくか負の方にいくか……それはあなた自身の答えがどう出るか……です。模範解答なんてありませんわ。」
 チヨメは嗚咽を漏らしながら泣いているノノカを冷たく見据えていた。
 「どうしたらいいの?辛い。胸が張り裂けそう。チヨメ……助けて……。私、どうしたらいいの?ねえ!教えてよ!どうしたらタカトとショウゴへの気持ちを変えられる?」
 ノノカは座り込んだ状態のままチヨメの両手を握った。
 「それが死の重み……そして後悔です。わたくしにはどうしようもありません。わたくし達忍は心を奥深くにしまい込み、狂ってしまった者達です。平和に生きている現代の感情とは違います。どちらにしろ、自分で答えを見つけないと永遠に縛られたままですよ。まあ、死の重みの鎖を引きちぎる事は人間には無理でしょう。答えを見つけて鎖を引きずりながら生きていくことしかできません。死んでしまった者に懺悔なんてできないでしょう。亡くなった方に対しての懺悔は生きている人間の想像でしかありませんから。」
 「そんな……。」
 冷たいチヨメの発言にノノカはうなだれ再び泣き始めた。
 「ですが……少し心を軽くする事はできるかもしれません。」
 「……?」
 弱々しくこちらを見上げたノノカにチヨメはある提案を持ちかけた。
 「あなたがいる世界とは別にもう一つ、同じ世界があります。もう一つの世界でもあなたは存在し、タカト君もショウゴ君も存在しています。その世界は三人とも生きている状態ですがこれからあなたが通ってきた道を向こうの世界のあなたも通ろうとしています。つまり、今のあなたと同じ状況に向こうの世界のあなたもなるという事です。」
 「向こうの世界の……自分?」
 「そうです。あなたには直接関係ありませんが……もう一つの世界にいるあなたを救ってあげたいと思いませんか?」
 チヨメはノノカになるべく優しく問いかけた。
 「……もう一人の自分だって言っても私じゃないじゃん。」
 「あなたがこれから生きる上での打開策になるかもしれません。」
 「……。」
 チヨメの言葉にノノカは黙り込んだ。
 「この方法以外、わたくしは提案できませんわ。」
 「……やる。もうタカトとショウゴを殺したくない……」
 ノノカはしばらく黙り込んだ後、小さくそうつぶやいた。
 

四話

 静寂が包む夜の世界、ノノカのお姉さんの世界にいるライ達は陸の世界にいるという人形と会話しているセカイを黙って見つめていた。ライ達はオムライスを食べ終え、今は一か所に固まりセカイの会話を聞いている。
 「ロク……少し頼みたいことがある。」
 セカイが一言声を発するとセカイの目の前の空間がわずかに揺らぎ、少しだけこことは別の空間が現れた。まぶしい太陽光と木の枝が映る。その木の枝にちょこんと座っている手のひらサイズの人形。銀髪で手前の方だけ髪が長い。後ろの方は短く切りそろえられていた。紺色に柄がついている羽織と紺色の袴を履いている。目は大きい。やや可愛らしい顔つきをしているが男の子のようだ。
 「何?僕に何か用?」
 男の子は足をゆらゆらさせながらセカイに声をかけた。どうやらこの別の空間は陸の世界らしい。
 「弐の世界で異常事態が発生している。この世界から陸の世界への道を開いてほしい。」
 「君がいるその世界で関連がある者でないとこちらに来れないよ。」
 「問題ない。関連する。陸で生活する特定の人物にこれから起こることは夢であると認識させる必要がある。」
 「それは少し世界がおかしくなるかもしれないよ。でもま、陸の世界の人を夢か現かわからないようにすることはできるよ。弐の世界のエネルギーの一部を使って個体が持つ感情エネルギーと化学反応を起こさせれば。」
 ロクと呼ばれた銀髪の人形は深く頷いた。
 「これから陸の世界に行ってもらう人物は壱の世界の人間で現在睡眠中で弐に来ている。壱の世界での矛盾もそちらで対応してほしい。」
 「では壱の世界にいる僕の兄貴……イチには僕が連絡をしておこう。それで……」
 ロクが続きを話そうとした刹那、セカイがハッと上空を見上げた。更夜達もいち早く気が付き、セカイにならって上空を見上げる。夜の闇を縫うように降りてきたのはセイだった。それを追うように闇に紛れてトケイも飛んできた。
 「……どうしたんだい?エネルギーの交換と陸への門の手続きなんだけど……。」
 ロクは不思議そうにセカイに尋ねた。ロクとセカイはお互い映像を流しながら会話をしているらしく、ロクは弐の世界で何が起こったのかよくわかっていなかった。
 セカイはライ達を横目で見ると口を開いた。
 「私はこれからロクと手続きをしなくてはならない。すぐに終わる。だがその間、私を守ってほしい。」
 セカイはそう一言言うとロクに向き直った。
 「……サスケとマゴロクは何をしているんだ。」
 更夜は仕方なしに刀を抜いた。
 「更夜、あんたは休んでてよ。傷口開くよ。」
 「そうです!更夜様はケガしているんですから!」
 スズとライが更夜を必死に止めた。
 「しかし……お前達では……。」
 「大丈夫。ここには神様がいるんだから!ね?ライ。」
 スズはライの背中をポンポン叩いた。
 「うん!セイちゃんは私の妹だから!私が頑張らなくちゃ!」
 ライが意気込んでいるのを見て更夜はため息をついた。
 「頑張るのはいいが、攻撃してくるセイを回避しながらセイを攻撃するトケイの攻撃も弾かなくてはならないんだぞ。」
 更夜は憐夜を背に回しながらこちらに向かってくるセイを眺めた。
 「ここは弐の世界。芸術神が強くなる世界です!私も負けません。」
 ライは筆を取り出した。こちらに向かってくるセイは笛を取り出す。そしてセイはその笛を乱暴に吹き始めた。不規則で耳障りな旋律がまわりの木々を破壊していく。
 「ま、まずはセカイを守るよ!」
 ライは筆を器用に動かして空中に何やら絵を描き始めた。その絵は徐々に形を映し出し、やがて大きな壁になった。壁といっても透明な下敷きのようなものである。その結界に近い壁をセカイのまわりに飛ばした。その壁はセカイを囲うように建ち、固定された。
 「ライ、あの透明な板みたいの何?」
 スズがセイの演奏に耳を塞ぎながら苦しそうにつぶやいた。
 「防音、丈夫な結界だよ。」
 ライは結界のある部分を指差して答えた。結界をよく見るとパソコンやアンドロイドでよく見る無音のマークが描かれていた。
 「な、なるほどね。」
 「この世界は特に想像したものを描きやすいわ!」
 ライはまた何やら描き始めた。ライが描いていたのは更夜だった。更夜を五人ほど描き、出現させた。
 「わっ、更夜が五人も!」
 「お姉ちゃんのマイがいたら演劇をしてもらって、もっと動き方のバリエーションを増やせるんだけど私はあくまで止まった固定ポーズを描くことしかできないから動き方は簡単なことしかできないけど、更夜様だったらきっと強いから。」
 五人の更夜は感情なくバラバラに動き始めた。セイを抑えようとする更夜とトケイの攻撃を回避する更夜でわかれて行動しているようだった。
 それを見ていた憐夜と更夜は不思議そうな顔をしていた。
 「お、お兄様がいっぱい……。」
 「……神とは不思議な者だな……。憐夜、流れ弾が当たったら危ない。俺の後ろにいなさい。」
 更夜はライ達を心配そうに眺めながら憐夜を背中に回した。
 「や、やっぱり無理かな……。」
 ライが出した更夜は形だけの更夜なのでトケイとセイに次々と撃退され消されていった。
 ライは再び、筆を動かし、更夜を出現させる。
 「わたしも手伝うよ。」
 スズはライに向かい大きく頷いた。
 「で、でもスズちゃん……。」
 「大丈夫。この世界なら弐の世界の時神現代神として時間停止ができそう。」
 「あ、そうか。スズちゃんは弐の世界での時神現代神だったんだね。更夜様が過去神でトケイさんが未来神だった。」
 スズは軽くほほ笑むと足元から時間の鎖を出して見せた。その鎖を攻撃を仕掛けたトケイに巻き付ける。トケイの時間は止まり、数秒逃げるタイミングができた。その間に攻撃を仕掛けられた五人の更夜の内の一人はトケイの攻撃をかわす。
 トケイを傷つけず、セイも傷つけずに均衡を保つにはスズの力はかなり強力なものだった。先程よりもやられるスピードが遅くなってきた。
 「すごい。これで少しはもつかもしれない!」
 ライがやる気になってきた時、マゴロクとサスケがやってきた。
 「ん?こりゃあ……何が起こってんだィ?」
 「さあ?」
 サスケとマゴロクは五人もいる更夜に首をかしげながら素早くライ達の前に現れた。
 「さっ……サスケさんとマゴロクさん。」
 ライは戸惑いながら二人を見つめた。その後ろで更夜が不機嫌そうに二人を睨みつけていた。
 「セイとトケイが襲ってきたのだが前もっての連絡などはなかったのか?」
 「ん?えー、たしか俺のにゃんこをこちらに向かわせたんだが……いないかい?セカイにこのことを伝えるようにって言っといたんだが。」
 更夜の言葉にマゴロクは首をかしげた。
 「来ていないぞ。」
 「あ、あの……。」
 更夜がマゴロクに鋭く声を発した時、更夜の腰あたりから消え入りそうな憐夜の声がした。
 「ん?どうした?憐夜。」
 「あの……私先程、猫ちゃんを見ました。あの時、セカイともう一人のお人形さんが話をしていたので向こうへ行ってた方がいいよって遠くへ行かせました。」
 「……。」
 憐夜の言葉を聞いた更夜は頭を抱え黙り込んだ。
 「ああ、つまり、うちのにゃんこがあんたのところの妹に危険を伝えたようだ。ふむ、にゃんこはあんたんとこの妹が伝言をセカイに伝えてくれると思ったようだね。」
 マゴロクは楽観的に笑った。
 「憐夜にはただの野生の猫に見えたわけだな。」
 「蛇のがよかったかもって思ったんだけど、あんた以外女の子なのに蛇を送るのもなあと思ってね。ほら、女の子って爬虫類苦手な子多いだろう。」
 「……わかった、もういい。」
 マゴロクを冷ややかに見つめた更夜は大きなため息をついた。
 「あ、あの……お兄様……ごめんなさい。」
 憐夜はまた怯えた表情に戻ると更夜を震えながら見上げていた。
 「仕方ない。お前は忍ではないからな。」
 更夜はそう言うと憐夜の頭をそっと撫でた。憐夜は叩かれると思ったようで目を強くつぶっていたがゆっくりと目を開け、不思議そうに更夜を見ていた。
 「なんだか知らないけど、あんたんとこの妹、ずいぶんあんたに怯えてんな。」
 「まあ、色々あってな……。憐夜、俺は怒っていない。」
 更夜はマゴロクにそっけなく言うと憐夜の方を向き、そっとささやいた。
 「あァ、あんたらのそういう話はいィ。マゴロク、ワシらも加勢だァ。」
 「ああ、そうだな。」
 サスケがトケイとセイの元へ向かったのでマゴロクも頷き、その場から消えるようにいなくなった。
 消えていなくなったと思っていたマゴロクがトケイの後ろに現れ、影縫いをかけるがトケイの動きが速すぎて失敗に終わった。
 「まったく、何やってんだィ。」
 サスケはセイの近くに寄ったトケイをクナイで誘導し、遠ざけた。
 「悪いな。俺はあんたら化け物とは違って諜報の方が得意なんだ。」
 「そうかィ。」
 ライが出現させた更夜五人とサスケとマゴロクはうまく連携をし、トケイとセイを離した。セイは変わらずに笛を吹き続けている。耳障りな音と破壊が絶えず繰り返されていた。マゴロクやサスケのような忍は耳が良いので地獄のように辛い戦いだった。
 だがマゴロクもサスケも顔に出すことはなかった。
 二人が攻防戦を繰り返している中、スズとライはセカイを気にしていた。
 「……まだかな……。マゴロクさんもサスケさんもきっと辛いよね……。私はまだ我慢できる。」
 「うーん……耳の良い忍には辛いね……。これは……。わたしも耳が壊れそうだよ。平然と立っている更夜もかなり辛いはず。」
 スズはすぐ後ろにいる更夜をちらりと視界に入れた。更夜の雰囲気はいつもとまったく変わっていなかった。
 「今、何秒過ぎたかわかんないけど……セカイはまだなわけ?」
 「私はここにいる。」
 ぼやいたスズの目の前でセカイがこちらを見上げていた。
 「うっ……。あんたね、いつからあの結界から出てきたの?小さくてわかんなかったよ。」
 「先程。準備はできた。今、私の力を使って門を開いている。後はノノカさんを連れたチヨメさんを待つのみ。ノノカさんが来たら、更夜さん、スズさん、ライさんはノノカさんと一緒に陸へ行ってもらう。弐の世界をつなぐ役目としてライさん。弐の世界の時間管理をする役目として弐の世界の時神さん達、スズさんと更夜さんに行ってもらう。」
 スズの問いかけにセカイは淡々と答えた。
 「わたしと更夜も行くのね……。」
 「せ、セカイさん。セイちゃんとトケイさんを遠くに飛ばしてほしいの。」
 ライもセカイに気が付き、慌てて声を上げた。
 「……現在、陸を開いている最中。私は力をそちらに使っているため、プログラムのアクセスはビジー状態。そろそろチヨメさんとノノカさんが来るのでそれまで持ちこたえてほしい。」
 「えー……いつでも飛ばしてくれんじゃないの?」
 セカイの返答にスズが文句をたれた。
 「もうすぐで現れる。」
 セカイがスズにそう発した刹那、更夜達のすぐ後ろにノノカを連れたチヨメが現れた。
 「うわっ……。」
 スズとライはびくっと肩を震わせて驚いたが更夜は呆れた声を上げた。
 「チヨメ……あなたは背後からいつも突然来るな。……迷惑だ。」
 「ごめんあそばせ。ノノカちゃんを無事この世界まで運べましたよ。ここはノノカちゃんのお姉さんの世界のようですのでけっこう簡単に入れましたことよ。」
 チヨメは一安心した顔で更夜に流し目を送った。
 「だからその目……やめてくれ。……ところで……そのノノカという小娘は生きているんだろう?こちらに戻ってくる時間制限とかそういうのはないのか。」
 チヨメから目を離した更夜はセカイに目を向けた。
 「調整はしておいた。陸の人物も壱の人物も弐を使って一定時間だけ夢にした。おそらく正夢という形になる。弐の世界の肆(未来)でシミュレーションをし、現実にもう一度同じことが起こるという仕組みだ。つまり、ノノカさんが行くのは完全な陸ではなく、陸の世界の中の弐の世界であり、その弐の世界の内の肆の世界である。」
 セカイの説明を聞いたスズとライはぽかんとした表情になった。
 「複雑すぎてわかんないんだけど。」
 「つまり、陸の世界ではあなた達が関与することが夢と分類されるという事。あなた達がこれから起こるルートを示し、陸の人間達が目を覚ました時に違う道へ誘えるようにすればいい。あなた達が行く、陸の世界の弐で、その弐の世界の肆(未来)の世界とは正夢の世界。正夢で選ばせた選択を目を覚ました時にもう一度やってもらえれば壱の世界と同じ結末にはならないはず。だがそれも陸の世界の人間次第。同じ結末を歩まぬよう、努力してほしい。」
 ライ達はセカイの説明を聞いて、成功しない事もあるのではないかという疑問が生まれていた。
 「セカイさんがやろうとしている事は私のお姉ちゃん、マイの能力と同じだわ。お姉ちゃんも弐の世界の肆の世界(未来)を出せて壱の世界の人の未来をシミュレーションする事ができるの。セカイさん達もそれに似ているの?」
 ライの質問にセカイはこくんと一つ頷いた。
 「……昔は人間の運命を決めるのに芸術神、語括神(かたりくくりのかみ)達が弐の肆(未来)を開きシミュレーションをしてその人にとって一番良い未来にしていた。マイもその一神だった。あれは元々、我々人形の能力でマイ達も人形を使ってシミュレーションをしていた。だから、同じといえば同じかもしれない。だが今は高天原の神々や地上で生活している神々が規定を変え、人の運命はいじらないようにしようと決まったよう。人間達が『神が運命を動かしてくれる』という想像をしなくなったのもやめた原因の一つ。神々の干渉も人の願いも神々が自由に行い、人間達がそれを想像し決める故、常に変動している。それに私達は関係しない。神々と人間達が創る世界を私達は見守っているだけ。……とりあえず、早く陸の弐へ行ってほしい。」
 淡々と言葉を発したセカイはライが作った結界の中に入るように指示をした。
 「あ、あの……セカイさん。成功しないこともあるの?」
 ライが不安げにセカイを見据えた。
 「それはあなた達と陸の世界の人間次第。」
 セカイは感情を表に出さずにそっけなく言葉を発した。
 「そんな……。」
 少し顔色が悪くなっているライを眺めながら更夜はセカイに心配事を話した。
 「俺達も行くとの事だが……憐夜を一人にしておけない。」
 「あなたの心もよくわかる。だが心配はいらない。憐夜さんは私が守る。あなたが信頼していないあの忍達の心も私は読める。だからあなたが守りたいと願う感情の方向に憐夜さんを守ってあげる。」
 セカイは一言そういうと憐夜の肩にぴょんと飛び乗った。更夜は複雑な表情をしながらも
 「……わかった。頼む。」
 とセカイに憐夜を預けた。
 「……私を信頼できないようだがノノカさんの手助けはしっかりと行ってほしい。私も全力で憐夜さんを守るから。」
 セカイが発した追加の一言で更夜はセカイを少し信頼する事にした。
 「では。目の前にある空間の歪みに飛び込んでほしい。」
 セカイは先程ロクが映っていた空間を指差し、頷いた。
 更夜とスズとライはふと後ろにいたノノカに目を向けた。ノノカは弱々しい目で戸惑っていた。
 「ノノカちゃん。陸のあなたの未来とあなた自身の打開策のために頑張ってらっしゃい。」
 「え?ちょっと!」
 チヨメが優しい笑顔でノノカの背中を強く押した。バランスを崩したノノカはそのまま歪んだ空間に体ごと持っていかれた。
 「チヨメ……私、どうすればいいのか全然わかんない!」
 ノノカのこの一言を最後にノノカは完全に歪みの中へと消えていった。
 「さて。更夜、ライ、スズ、ノノカちゃんをよろしくお願いしますね。憐夜ちゃんは私も守ってさしあげますわよ。あの何するかわからない男忍達からね。」
 「……。」
 チヨメを更夜は鋭く睨んだ。
 「大丈夫ですわ。同じ甲賀望月ですから今回はしっかり守りますわ。」
 「今回はな……。信頼はしていないがよろしく頼むと言っておこう。」
 「堅苦しいお方。」
 チヨメがくすくすと笑うのを横目で見ながら更夜はさっさと歪みに飛び込んでいった。
 「更夜、思い切りよくない?」
 「わ、私もちょっとこの歪んだところに入るの怖いよ……。スズちゃん。」
 「あー、もう。ライ、しっかりしてね。行くよ。」
 「ちょ、ちょっと待ってよ!スズちゃん!」
 ライがもじもじとしているのでスズはため息をつくとライの手を力強く掴み、そのまま勢いよく歪みに飛び込んでいった。
 「こういうのは思い切りが大事なの!」
 「ううう……。」
 スズとライの姿も声も歪みに吸い込まれすぐに消えてなくなった。
 

五話

 「う……。」
 ノノカはそっと目を開けた。ぼんやりとあたりを見回すとブランコや鉄棒、滑り台がみえた。どうやら公園のようだ。
 「……この公園……。」
 ノノカはこの公園を知っていた。
 「小さい時によくタカトとショウゴと遊んだ公園……。そんでタカトに呼び出されてケンカした所だ。」
 ノノカが立っている場所はちょうどついこの間、タカトとケンカした所だった。
 ノノカはまぶしい太陽から目を背け、公園内を歩き出した。歩き出した直後、ノノカの前にホログラムのようにライ達が出現した。
 「あれ?私達もう陸に来たの?」
 ライが困惑した顔で辺りを見回していた。
 「そのようだな。」
 更夜がライにささやく。ふと見るとなぜか更夜のケガはきれいさっぱり治っていた。
 「更夜……あんた、ケガ治ってるし……。なんで?」
 「そのようだな。まあ、もともと肉体はないのだ。すぐに治っても今更驚かない。どうしてすぐに治ったのかは解明したいがな。俺にもよくわからない。」
 スズの言葉に更夜は別に驚く風もなく答えた。
 「!」
 ノノカは突然の事に驚き、身を引いたがライ達だとわかると表情を和らげた。
 「あ、えっと、ノノカさん、驚かせてごめんね。私達も一緒に見守るから頑張って!……ところでここは……。」
 ライはノノカに戸惑いながら尋ねた。
 「私とタカトとショウゴが昔遊んだ公園。今は待ち合わせとかに使っているよ。あ……使っていた……か。」
 ノノカは近くのベンチに腰を下ろした。
 「そんなところで休んでいる暇はないぞ。小娘。」
 更夜がノノカを見据えながら小さく言葉を発した。ノノカは更夜の言葉に何も言わなかった。ただうつむいていた。
 「おい、ノノカだったか?どうした?来たばかりでいきなり休憩か?」
 「更夜、ちょっとだけそのままでいさせてあげようよ。」
 声を少し荒げた更夜をスズが止めた。
 「スズ……だが早く動かないと……。」
 そこまで言った更夜はスズが止めた理由に気が付き、口をつぐんだ。ノノカは泣いていた。小さく嗚咽を漏らしながら静かに泣いていた。
 ライはせつなげに目を伏せるとノノカの隣に座り、背中をさすってあげた。
 「ノノカさん……。」
 「あのときは……楽しかったな……。あの二人がいなくなってから……この公園の雰囲気が変わっちゃった……。もうここに集まることもない。この世界の私を助けたって私はやっぱり変わらない……。」
 ノノカの一言でライもスズも黙り込んだ。少し前までは考えられなかったくらいノノカは弱々しくなっていた。
 そんなノノカを見据えながら更夜はノノカに静かに語りかけた。
 「じゃあ、やめるか?俺はどちらでもいい。……ひとつ言っておく。この件が成功しようがしまいがここから先、自分が楽になる道などないぞ。自己満足の領域だな。」
 更夜の言葉にノノカの目が見開かれた。
 「……偉そうに言わないでくれる?あんた達みたいな人殺しと一緒にしないでって前にも言ったよね?あんたらに私の気持ちがわかるわけない!」
 ノノカは更夜を睨みつけ吐き出すように叫んだ。
 「お前の気持ちはわからない。だが、殺したくなかった人殺しの心はわかる。地獄だ。その影は一生自分にまとわりついて離れない。感情をなくせばいいと暗殺を生業にするもの達は皆同じ事を言う。だが人は……完全に感情を消すことなんてできない。影に飲み込まれたら狂うしかない。自分で決着をつけない限り、苦しみは永遠に続く。だからあなたも答えを見つけるのだ。」
 更夜は涙で濡れているノノカの瞳を見つめながら静かに語った。
 「違う……。あんた達とは違う!もうやだ!やっぱやめる!私の世界にはタカトもショウゴもいない!この世界でまたあいつらに会ったらおかしくなっちゃう!ショウゴは私を恨んでる!絶対恨んでる!タカトとの関係はもう戻らない!だって私の世界にはもういないんだもん!あいつらいないんだもん!だからやっぱりもういい。やめる!もうどうでもいい!」
 子供のように言い放つノノカを更夜は思い切りひっぱたいた。ノノカはベンチからずり落ちて体を地面に強く打ち付けた。
 「ちょ……更夜!いきなり何してんの!」
 スズが更夜に近づこうとしたが更夜がスズを鋭く睨んだのでスズはそっとライの影に隠れた。
 更夜は倒れているノノカのむなぐらを掴むと無理やり起こさせた。
 「ギャアギャア騒ぐな。お前はいちいち俺の勘に触るんだ!起こったことは戻せない!後悔先に立たずという言葉を知っているか?起こったことはもう起こったことなんだ!やめるとかやめないとかうだうだ言っているがあなたはちゃんと自身の中に答えを見つけているのか?言葉も考えてから言う事だな!」
 更夜はいらだった顔でノノカに声を荒げていた。ノノカの優柔不断な言葉に更夜はどこかいらだちを覚えていた。自身が負った後悔もこねくり回されているようで感情の高ぶりが制御できなかった。
 珍しく怒鳴った更夜にスズとライは怯え、少し距離をあけていた。
 むなぐらを掴まれているノノカは体を震わせながら泣きはじめた。
 「あ、あんた達はいいよね!今、幸せなんでしょ!人を何人殺してもすぐ忘れられるんだから!友達とか仲良かった人とか家族とかだって平気で殺せるんでしょ!私はあんた達とは違う!もうほっといて!」
 ノノカはこの公園に来て切なさに対する八つ当たりなのだろうか、思ってもいない言葉が口から出ていた。ノノカの心は押しつぶされそうで本当はライ達に甘えたかった。助けてほしかった。だがまだ強く保っていたかった自分があり、天邪鬼のように強気で更夜に掴みかかっていた。
 「甘えるな!」
 更夜は再びノノカをひっぱたいた。更夜自身もなぜ、ここまで頭にきているのか自分でもよくわからなかった。
 「もうやだ……!離して!放っておいて!もうひとりにさせて!」
 「じゃあ、お前はなんでここに来た!お前は変わりたいと思って来たんじゃないのか?一人でいたければチヨメについていくな。」
 「うるさい!もういい!もうやだ!ここでタカトとショウゴを救っても私の世界にはいないもん!意味ないじゃん!……あんた、人殺しなんでしょ!私をもう殺してよ!殺して!」
 「お前を殺して何になるというんだ!思ってもないことを軽々しく言うな!」
 更夜はノノカの頬をまたも強くひっぱたいた。何度も鉄砲を放ったような音が響く。ライとスズは音がするたびに目をつぶって肩を震わせていた。
 ノノカは叩かれながら目に涙を浮かべて叫ぶ。
 「人殺しなら私も殺せるでしょ!あんたは何人も人を殺してきたんでしょ!もういやなの!すべていや!殺してよ……。死にたいんだよ!死んだ方が楽じゃん!」
 「……殺せとか死にたいとかお前みたいな生ぬるい環境で育った小娘が軽々しく言っていい言葉ではない!いい加減にしろ!」
 更夜は再び手を振り上げるがスズに腕を掴まれた。
 「ちょっと!更夜、どうしたの?なんかさっきからおかしいよ。そんなに何度も強く叩いちゃかわいそう。」
 「……スズ……。……そうだな……やりすぎた。……すまん。不思議とはらわたが煮えくり返って抑えられない。こんな状態じゃあ話にならん。……悪い。これは俺が大人げなかったな。」
 更夜はノノカを乱暴に離した。ノノカは鼻血を袖で拭うと声を上げて泣き始めた。
 「くそっ……なんなんだ。いらだちが制御できん。……すまん。俺はちょっと頭を冷やしてくる。まったく小娘相手に俺は何をしているんだか……。なぜだかわからんが感情を抑えられん……。腹が立って仕方がない。俺だって……人の子だった。人を殺したくなんてなかった!……スズを……憐夜を……救ってあげたかった……。だが俺はそれができなかった。俺にこういう機会があったら陸(ろく)の憐夜とスズを救ってやれた……。救ってやれたかもしれないんだ……。」
 更夜はどこか悔しそうにそうつぶやくとライとスズに背を向け、公園から外へと出て行った。
 「こ、更夜!」
 「更夜様!」
 スズとライは更夜を引き留めようとしたが更夜はこちらを振り返ることなく去っていった。
 「もう、更夜ったら……。でも、あんなに苛立っている所、はじめてみた……かも。あんなことする人じゃないし……どうしたんだろ。変なの。」
 スズはため息をつきながらノノカをベンチに座らせてやった。
 「の、ノノカさん、大丈夫?けっこう痛かったんじゃない?」
 ライはノノカの背中をさすりながらノノカの様子を窺った。
 「だってもう……どうしたらいいかわかんないんだもん。」
 ふとノノカが小さく声を上げた。
 「ノノカさん……。」
 ライが心配そうに声をかけるがノノカは両手で顔を覆い、むせび泣いているだけだった。
 「じゃあ、わかった。」
 しばらく泣いているノノカを見据えていたスズが突然、声を上げた。
 「あんたさ、とりあえずライを助ける事を全力で考えてみなよ。ライを助けるためにあの結末をさけるってことでさ。そうやってやみくもに手を伸ばせば知らずと答えが見えてくるよ。とりあえず、頑張ってみようよ。」
 「……。」
 「自分の心を救おうと考えすぎているのよ。あんたは。せっかくこの世界に来たのだから後ろばっかり向いてないで前を向いて歩き出す!この件、一生懸命頑張ろう?やらないよりやる。それがいいと思うけどね。」
 スズもノノカのとなりに座り、優しく言葉をかけた。
 ノノカからの返答はなかった。
 しばらく静寂が包み込んだ。子供の笑い声が次第になくなっていく。太陽は西に傾き、夕焼けが三人を照らした。
 「おい。」
 一体どれだけの時間が過ぎたかわからないが気が付くと更夜がライの顔を覗き込んでいた。
 「わっ!」
 「音括神、セイを見つけた。セイの方はライ、あなたの説得がいいのではないかと思い、戻ってきたのだが。……ああ、すまん。頭は冷えた。」
 更夜はぼうっとしていたライに気まずそうに話しかけた。
 「セイちゃん……。わかりました!行きます!」
 ライは顔を引き締め、立ち上がった。隣にいたスズもベンチから飛び降りるように立ち上がった。
 ライとスズはうなだれているノノカに目を向けた。ノノカは何も話さなかった。
 「そいつは放っておけ。独りになりたかったんだろう?……俺達は先にやるべきことをやろう。セイをあの少年達から引き離す。」
 更夜はそれだけ言うとさっさと歩き出した。
 「ああ!更夜様待ってください……。」
 ライはちらりとノノカを見、「すぐに戻ってくるからね。」と一言伝えて慌てながら更夜について行った。スズはその場に残るか一緒に行くか悩んだ末、しばらくノノカを一人にしてあげる事にした。
 公園を出てライとスズはノノカが座っているベンチに目を向けた。ノノカは先程と変わらず、両手で顔を覆い、泣いているだけだった。
 「更夜、もっとノノカちゃんに優しくしてあげなよ。冷たいし……いつになく厳しくない?」
 スズはそっけない態度の更夜に納得のいかない顔で尋ねた。
 「……あの子は甘い。甘すぎる。これはあの子の問題で俺達はあの子を救えない。それなのにあの子は俺達が助けてくれると思っている。俺達がなんとかしてくれると思っている。自分で動こうと思わない限りあの子は変わらない。それがわかっていて助けてくれない俺達を恨み、八つ当たりをしている。俺には全部わかった。ただの八つ当たりで先の事を考えてもいない、死にたいだの殺してくれだの言いだし、終わってしまったことをねちねち悔やみ、結局は何もしたくない、一人にさせてくれ……いやだ、やっぱりやめる……ときた。さすがの俺も腹が立ったのだが……殴ってしまったのは俺がいけなかった。……俺はただ、自分自身で道を……答えを見つけ出し、後悔を引きずって生きていくしかないことに気が付いてほしいだけだ。……俺はあの時……仕事だったからと割り切り、あふれそうになる感情を押し殺して生きていたというのに。」
 あの時とはおそらくスズを殺してしまったときの事だろう。更夜の背中はいまだに後悔に縛られているようだった。
 それから何も話さず、更夜は足早に公園外の遊歩道を歩き始めた。
 「更夜様、更夜様は今も後悔しているのですか?」
 更夜の背中を追いながらライは不安げな顔で問いかけた。
 「ライ、あなたは自分の事をまず心配しろ。あなたが来た目的を忘れるな。……やや冷たい言い方だがノノカという小娘もあなたも実際は俺達になんの関係もないんだ。ただ俺はあなた達を助けているだけだ。死者は生きているものの心に住み、歩くべき道をただ、提示するのみ。ここぞという時は死者の判断ではなく、自分で判断するのだ。」
 更夜は振り向くことなく背中越しに語った。
 「更夜様……。」
 ライは更夜の背中を切なげに見つめながら黙り込んだ。
 「ねえ、ライ。わたし、ちょっと考えたんだけど……。」
 歩き出した更夜の後ろをゆっくりとついていきながらスズがライにそっとささやいた。
 「どうしたの?スズちゃん。」
 「ここは陸って世界の弐なんでしょ?つまり、現在、陸の世界で生きている人間は皆夢の世界にいるわけよね。と、いう事はノノカちゃんも夢の中にいる。」
 スズはそこで言葉を切り、咳払いをした。
 「そうだね……。それがどうしたの?」
 「……わたし達、死人はその人が持つ世界に入り込んだらその人が考えた役目通りに動いてしまうの。今のわたし達はノノカの近くにいたらノノカの世界観に染まる。つまり、更夜がいきなり感情を抑えられなくなったのもノノカの心の中で更夜は叱咤する役目を担っているからなんじゃない?って思っただけ。」
 「なるほど……。スズちゃんはノノカさんの近くにいて何か感じたの?」
 小声で話すスズにライも声をひそめて返す。
 「わたしはノノカをしきりに慰めたいと思っていたわよ。だからたぶん、わたしは飴と鞭の飴の方ってわけ。あの子の心が不安定だからわたし達も色々変わるかもしれないね。まあ、ライは関係ないけど。……しかし、更夜が関係のない女の子をあれだけひっぱたくなんて……珍しいものを見たわ。」
 スズがライにささやいた時、前を歩く更夜がちらりと後ろを向いた。
 「普通の俺ならあんな事はしない……。」
 「小さい声で話してたんだけど聞こえたの?」
 「ああ。……まる聞こえだ。」
 「地獄耳。」
 スズが更夜にぼそりとつぶやいた。更夜は何も反論せずにそのまま歩き出した。
 「更夜様……。」
 ライは更夜の背中がなぜかとても寂しく見え、思わずそっと手を握ってしまった。
 「なんだ?」
 更夜は立ち止まると鋭い瞳でライを一瞥した。
 「あの……更夜様の魂がひどく悲しい色になっていましたので心配です。」
 「そうか。あなたは俺の魂の色が見えるのか。だが俺は別に何とも思っていない。あなたは自分の事をとにかく最初に考える事だ。」
 更夜はそうライに返すと再び歩き出そうとした。
 「待ってください。」
 「……。」
 更夜の眼光に怯えながらライは更夜を止めた。
 「わ、私は更夜様も心配なんです。更夜様、今考えている事違うんじゃないですか?本当は私のお手伝いするの辛いんじゃないですか?ここに来て……更夜様の心が不安定なんです。私にはわかるんです。」
 ライの発言で更夜の顔色が曇った。
 「更夜……。」
 スズも更夜の顔色を窺っていた。
 「……問題ない。俺はあなたに助力する。だからあなたは……。」
 更夜の言葉を途中で切り、ライが声を被せた。
 「お願いです!更夜様が今、何を思っているのか私に教えてくれませんか?このままでは私自身、満足に動けません……。無理やり手伝わせるわけにはいきませんから。」
 ライが必死に言い寄るたびに更夜の顔色が暗く沈んでいくのがわかった。
 「死んでいなければ俺の心なんて誰も読めないはずなのだがな……。俺ももろくなった。」
 「更夜様。弐の世界にいると私は魂の色が見えます。更夜様の心はもう十分強いんです。強すぎるくらいなんです!」
 ライは更夜の顔を見上げながら叫んだ。
 「……。俺の心なんて知らない方がいいぞ。それよりもセイを……。」
 「セイちゃんも大事ですが私、今は更夜様の心と向き合わないといけないんです。」
 「なぜだ……。」
 「……心が不安定の人のところにいると霊も不安定になってしまうって言っていましたよね。ですが霊が自分の心をさらけ出して自分の心をしっかり保てば不安定な人のそばにいても不安定にならないんじゃないでしょうか?」
 ライの言葉に更夜はそっとため息をついた。
 「つまり、あなたは俺がセイに干渉したとき、俺の心が不安定だから同じく心が不安定のセイに何をするかわからない……と言いたいのか。」
 「それは違います……。私は更夜様がどういう気持ちかがわからないので聞きたいだけです。」
 ライが焦って更夜の言葉を否定した。そんなライを見ながら更夜はため息交じりに一言、
 「嫉妬だ。」
 とつぶやいた。
 「……しっと……?」
 「ああ。」
 目を丸くしているライに更夜は平然と答えた。
 「嫉妬って……。」
 「もう一度、やり直せるセイがうらやましいだけだ。自分では手に入らなかった事をあなた達、神は……Kの使いは……普通にやっている。それが悔しくて憎らしい。俺の家族はまったく見向きもされなかったというのに……。……わかっている。この世界の理が崩れるからセイを助ける……。頭ではわかっている。だが……この力があれば俺達の運命は変わっていたかもしれない。……そういう気持ちがぬぐえない。言ってもしょうがないことはわかっている……。過去の事だ……。頭と心がまるで別の事を考えているような感覚でこの世界に入ってからこういった感情が抑えきれないんだ。こんなくだらん感情を抱いている自分にも幻滅している。他人をうらやましがり醜く嫉妬をしている……。こんな感情をあなたやスズに聞かれたくなかった。あなたも聞きたくなかったはずだ。……俺は男として情けないと思う……。」
 更夜はライに背を向けるとこぶしを握り締めた。
 「更夜様……。情けなくないですよ……。そう思う感情……正しいと思います。私も逆の立場だったらそう考えると思います。」
 ライの言葉に更夜は絞り出すように続けた。
 「いや……情けないんだ。俺は甲賀望月家の男だぞ……。こんなことで心を乱されるとは……。女相手にこんな女々しい話を聞かせないとならない自分も恥だ。もうこれくらいにしておいてくれ。俺はあなたを救いたい。その感情は嘘ではない。だが俺は真逆の感情でそれを押さえつけている……。そんなところだ。」
 更夜は背中越しにそうつぶやくと再び歩き出した。ライは更夜の背中をそっと抱いた。
 「更夜様。私のためにいろいろとごめんなさい。話してくださってありがとうございます。更夜様の心を私が少しでも軽くできれば……。」
 ライは目に涙を浮かべながら更夜の背中に顔をうずめた。
 「……あなたは何を泣いている……。俺は大丈夫だ。……自分の事も大変だというのにあなたは……。」
 更夜はライをそっと放すとライに目線を合わせた。ライは涙で濡れた瞳で更夜を見つめた。
 「……あなたは泣いている暇はない。俺達の無念のためにもこの件、絶対に成功させろ。これが失敗したら陸にいる者達とあの小娘、そして俺達とあなたも……誰一人幸せになるものはいない。だから俺はあなたに『自分の事を最優先に考えてほしい』と言ったのだ。」
 更夜は一言そう付け加えると再びライに背を向け歩き出した。
 「更夜様……。更夜様の心……よくわかりました。私、自信ありませんけど頑張ります!」
 ライは再び歩き出した更夜の背に決意を込めた声ではっきりと言った。更夜は特に何も言わずに歩き続け、公園から少し離れた交差点にたどり着いた時、足を止めた。
 「更夜様?」
 「時間の無駄をしたが……実はここがセイがいた場所だ。もういないようだがな。」
 更夜は深いため息をついた。
 「さっきまでこの辺にいたならまだ近くにいるかもしれないね。」
 スズが辺りを見回しながらつぶやいた時、金髪ツインテールの少女が交差点を曲がり更夜達をすり抜けて走って行った。少女の後に続いてショウゴだと思われる男の子もすり抜けて行った。
 「は!セイちゃん!」
 ライはワンテンポ遅れて金髪の少女がセイであると気が付いた。セイ自身は必死の面持ちで走っており、ライに気づかずに通り過ぎたようだった。
 「……ライ。セイを説得できる言葉は見つかったのか?」
 更夜に問われ、ライは顔を曇らせたまま首を横に振った。
 「見つかっていませんがセイちゃんを追います!」
 ライは一言そう言うとセイを追いかけて走り出した。
 「そうか。まあ、いい。ライがセイを追うならば従おう。どうせ俺達は何もできない。」
 「そうだね。わたし達はこの世界じゃ死人だし、この世界が夢だと言ってもこの世界の人達が目覚めた時、わたし達の存在は忘れられていると思うし……生きている人達の意向に従うのが得策だね。」
 更夜とスズは走っているライに軽く追いつきながらつぶやいた。
 走ってセイを追いかけているとライ達は先程の公園に戻ってきていた。公園内ではいつの間にか陸の世界のタカトとノノカがおり、そこにショウゴが入り込んでケンカをしていた。セイはそれを公園のまわりを囲っている木々の隙間から見守っていた。
 おそらく、以前、壱の世界で三人のケンカが起こった時と同じ場面だ。
 ライは後ろからセイに近づき、息が上がった状態で声をかけた。
 「はあ……はあ……せ、セイちゃん!」
 「!?」
 突然、後ろから声をかけられたセイは驚いた表情でこちらを向いた。
 「お、お姉さま……?」
 「うん。」
 セイの戸惑った声にライは静かに頷いた。
 「お姉様……どうしてここに?」
 「セイちゃんを止めに来たんだよ。セイちゃん、あの子達に不正にかかわっているでしょ?全部知っているわよ。」
 ライの追及にセイは動揺の色を見せた。
 「で、ですが私は内に眠るひらめきを外に出してあげています。眠っている時だけでなく意識を持っている状態の時にもひらめきを外に引っ張ってあげる事ができるんです。これは私達の業務に組み込むべきだと思いませんか?」
 陸の世界のセイは不安げな顔で壱の世界のセイと同じことを言う。
 「セイちゃん……それ、成功している?」
 「え……?」
 ライの言葉にセイは声を詰まらせた。
 「夢の世界だと自分の世界だから他の人が関わってくることはないよね?でも……現実の世界だとその個人個人の世界が感情となって外に出ていく。つまりね……セイちゃん、その人、個人だったらそれでいいの。だけど現実世界では自分の評価は他人がするの。嫉妬とか憎しみとか尊敬とかあこがれもそうだと思う……。」
 ライはそこで言葉を切ってセイにノノカ達を見るように指を動かした。
 ノノカとタカトとショウゴは壱で見た記憶とまったく同じ会話をしていた。お互いを批判しあい、憎しみ、嫉妬し、言い争っている。
 「ノノカさんはタカト君に嫉妬している。ショウゴ君もタカト君に嫉妬している。タカト君は自分の自信に溺れている。セイちゃんがあの子達の前に現れちゃったからあの子達はタカト君の才能を否定しているよ。セイちゃんがいれば素晴らしい才能をずっと持っていられるってノノカさんは考えてタカト君の曲をインチキだと言っているの。本当はタカト君の心に眠る才能なんだけどね。」
 「……お姉様……あの三人がよくケンカするのは私のせいだとそう言いたいのですか?」
 セイの言葉にライは深く頷いた。
 「芸術神は人の夢の中だけで動いているのが一番なんだよ。人はなかなか他人を認められない……そういう生き物で、言葉で対面を保っているからああいう風になっちゃう。」
 ライは言い争っている三人をもう一度見つめた。そしてセイに向かい、また話し出した。
 「なんだかわからない力っていうのも人を不安にさせるんだよ。セイちゃん。……セイちゃんは良かれと思ってやっているのかもしれないけど……人にとってはいい迷惑なの。」
 ライの一言にセイは固まった。いい迷惑という言葉がセイにショックを与えたようだった。
 「ですが、今まで通りやっていたら成果がわかりません。人と芸術神は共同で頑張れる世界にした方が私はいいと思います。これから……徐々にでも構いません。」
 セイは小さな声でライに答えた。
 「セイちゃん、そうしたらもっと人は才能のある人を認めなくなるよ。芸術神のおかげなんだろうって思うから。だから私達は直接人間に関わっちゃダメなの!人はそういう生き物だから。」
 「そんなのわからないじゃないですか。一般的にそういう人は多いかもしれませんが……。」
 セイが最後まで言い終わる前にライがセイの肩を掴み、近くの木に押さえつけた。
 「お願いだからもうこれ以上、あの子達にかかわるのはやめて!」
 「……っ?」
 ライの緊迫した声にセイは不思議そうに首を傾げた。
 「お願いだから……。」
 「お姉様、どうしたのですか?どうしてそんなに……。」
 セイの問いかけにライは苦しそうに口を開いた。
 「私はわけあって未来みたいなところから来たライなの。ええっと……私はこの先のセイちゃんの運命みたいなものを知っている。だから止めに来たの!」
 ライは説明に迷いながらもセイの説得にかかった。
 「……よく話が飲み込めないのですが……。」
 セイは突然のライの発言に戸惑った顔を向けていた。
 「飲み込めなくてもいいから聞いて!セイちゃんの事がきっかけであの子達が……タカト君とショウゴ君が死んじゃうの!私はそれを見たのよ!セイちゃんもおかしくなっちゃって弐の世界を壊し始めるの!」
 「……タカトとショウゴがですか?私のせいで?」
 「そう!あのケンカも引き金になっちゃうの!」
 セイはライの言葉で不安になったのかしきりにショウゴ、タカト、ノノカを気にし始めた。
 「そんな……。私はどうすれば……。いまから止めに行ってもいいんですか?」
 「セイちゃん、もうあの子達と関わっちゃダメ!それからセイちゃんはこれから何が起きても心を強く持ってて。心配なら私じゃなくてここの世界(陸)にいる私を頼って!」
 「ですが……それでは彼らを助けられないのではないですか?」
 セイは動揺した状態で尋ねた。ライはセイの肩を強く掴み、はっきりと言葉を発した。
 「人を助けるのは人!私達じゃない。ここにね、私と同じように未来みたいなところから来たノノカさんがいるの。後はノノカさん次第。セイちゃんはとにかく何が起こっても自分を強く持って!お願い!」
 もし、この件が失敗してもセイを厄神に落とさないようにライは必死でセイに掴みかかった。
 「あの……でも私が巻き起こしてしまったものなんですよね……。やっぱり私が解決しないと……。」
 セイは納得のいっていない顔でライを見上げていた。
 「とにかく、今は我慢して。どうすればいいかわからなくなったらこの世界にいる私を頼って!マイお姉ちゃんもセイちゃんを助けるために大きな事件を起こしてしまうの!このままだとセイちゃんがすべての元凶になっちゃうの!……だからお願い。お姉ちゃん達を頼って……。」
 ライは耐えきれず涙を流し、セイを抱きしめた。
 「お姉様……。」
 セイもどうすればいいのかよくわからずに戸惑っていた。
 

六話

 一方、公園のベンチで座っていたノノカは公園内に入ってきたタカトとショウゴとこちらの世界の自分を見つめていた。
 「タカト……ショウゴ……。」
 ノノカはタカトとショウゴを苦しそうに見つめ、そっとベンチから立ち上がり、三人の元へと歩き出した。
 三人の会話が聞こえてくる。以前、ノノカがしたタカトへの嫌がらせについての会話をしていた。
 止めようと仲裁に入ったショウゴにタカトは怒鳴り散らした。
 「お前は関係ないだろ。俺とノノカの問題だ。入ってくんな!」
 「関係ないだって?ノノカのお前への相談をずっと聞いていたのは僕だ。何にも知らないくせによく言うよな。」
 ショウゴも負けじとタカトに言い放つ。
 「お前だって何も知らないくせに。」
 タカトとショウゴの関係は劣悪だった。
 ノノカは争っている二人を眺めながらこちらの世界にいる自分に腹が立ってきた。
 ……これは私のせいだ!私が全部いけないんだ!あいつを許さない……。ムカつく。
 ノノカは憎しみのこもった目でこちらの世界の自分を見つめ、我慢できずに走り出した。
 「……っ!?」
 突然ケンカの内部に入り込んできたノノカにタカトもショウゴも陸の世界の自分も驚いていた。
 「え?の、ノノカ!?」
 タカトとショウゴはノノカが二人いる事に戸惑い、いったんケンカをやめた。
 「え……?私?」
 陸の世界のノノカはもう一人の自分が現れた事に動揺し、怯えていた。
 「あんたのせいだ!あんたが全部いけないんだ!私はあんたを許さない!」
 ノノカは過去の自分を見ているようで腹が立っていた。瞳孔は開き、陸の世界の自分に怒りと憎しみ、悔しさをぶつけた。ノノカは陸の世界の自分を地面に乱暴に押し倒した。
 「あんたが……あんたが死ねば良かったの!あんたが死ね!」
 ノノカは怯えているもう一人の自分を殴り始めた。
 「あ、あんた!なっ……なんなの?なんで私がっ!うっ!」
 陸のノノカは何が起こったのかわからずにノノカに殴られ続けていた。
 「死ね!死んじゃえ!あんたなんかっ……消えちゃえばいいんだ!消えろ!」
 ノノカは涙を流しながら血に染まったこぶしを振り上げる。
 ショウゴとタカトは気が動転しており、動けずにその場にただ立っていた。
 「うわあああん!」
 ノノカは大声で泣いた。泣きながらただ、陸の世界の自分を殴り続けた。
 ノノカが血の滴るこぶしを再び振りかぶった時、後ろから腕を誰かに掴まれた。
 「もう……やめろ……。」
 ノノカは息を荒げながら腕を掴んだ者を睨みつけた。
 腕を掴んだ者は更夜だった。
 「また、あんたなの?離してよ。こいつを殺すまで殴らせてよ!」
 「この子はお前だろう……。お前を傷つけてどうする。お前は何をしに来たんだ?この子を殺しに来たのか?違うだろう?お前はあの運命を止めに来たはずだ。しばらく見ていたがこのままではお前が壊れてしまいそうなんでな……止めに入った。」
 「……っ。」
 更夜の言葉にノノカは振り上げたこぶしをそっと下した。
 「しっかりしろ。今回の件はお前だけが悪いわけではないだろう。色々な感情が混ざり合い、運命が歪んだ。お前だけのせいじゃない。もう一度……お前がここに来た意味をちゃんと考えろ。悔しくて憎らしいのはわかる。だがここで憎しみをぶつけても何もない。」
 「う……うう……。ううう……。」
 ノノカは震えながら泣いていた。更夜はか細い少女の体を後ろからそっと抱いた。
 「大丈夫だ。お前なら大丈夫だ。心を強く持て。お前ならできる。」
 更夜は一言そう言うとノノカをそっと放した。
 「……。」
 ノノカはうなだれたまま陸の世界の自分を見つめていた。陸の世界のノノカは血にまみれ気を失っていた。だが徐々に傷が塞がっていた。ここは陸の世界だといっても弐の世界だ。夢の中なのですぐに治ったのかもしれなかった。
 更夜はノノカから離れ、スズの元まで歩いていった。スズは少し離れたブランコの影に隠れていた。
 「更夜……大丈夫だった?」
 「ああ。ライに心を打ち明けてから俺の心はなぜか安定した。ライが人間の心に作用する神だというのは本当のようだな。しかし……人の感情とはいったい何なのだろうな。俺はもう……よくわからなくなってきた。」
 更夜はスズを切なげに見つめた。
 「わたしもよくわからないよ。きっと人はずっと感情を解明できないと思う。」
 スズも更夜を見上げた。
 二人はお互いを見つめあうとノノカ達に目を向けた。
 「ねえ……ショウゴ……タカト……。」
 ノノカは陸の世界のノノカを見つめながらタカトとショウゴに問いかけた。
 タカトとショウゴはノノカを気味悪そうに見つめながら続きを待った。
 「私達……仲良かったよね……。」
 ノノカは静かにタカトとショウゴに尋ねる。
 「そのはずだったね。」
 「ああ。そのはずだった。」
 タカトとショウゴは同時に同じ言葉を発した。
 「私がね……タカトに嫉妬しなければこんなことにはならなかったんだ。私ね……この世界とは別の世界から来たノノカなの。この世界でも起こる事みたいなんだけど、私の世界だとタカトもショウゴも……もういない。」
 「いないって?」
 ショウゴはノノカの背中に声を発した。
 「あんた達……死んじゃうの!私達……関係が悪くなったまま……。」
 ノノカは泣きながらショウゴとタカトに抱きついた。
 「私……もうあんた達に会えないの……。嫌だ……。もうあんた達に触れられない……。あやまれない……。」
 ノノカの言葉にタカトもショウゴも首を傾げていた。
 「ノノカ……大丈夫だよ。僕もタカトも死なないよ。な?」
 ショウゴはタカトに目を向けた。
 「うん。俺も死なないって。どうしたんだ?ノノカ?」
 「これから起こる事だもの……わからないよね。……約束……してほしいことがあるの……。」
 ノノカはタカトとショウゴを抱きしめながら二人の胸に顔をうずめた。
 「約束?」
 「ここの世界の私……私の言ったことを信じないで。絶対に信じないで。私を悪者にして。ショウゴはタカトを信じてあげて。私との関係が悪くなってもいい。だからっ……。」
 ノノカは必死の表情でタカトとショウゴに言い放った。
 「そんな事言ったって……ノノカ、お前はタカトに放置されてたんだろ。恋人なのに。」
 ショウゴはノノカを優しく見つめていた。
 「……俺がノノカを放置したって?俺はノノカのために曲を作ってたんだぞ。」
 タカトは切なげにノノカを見つめた。
 「うん……。わかってる。でもこのケンカは……それは全部私の嫉妬だった。だから……約束して。ショウゴはタカトを信じてあげて。私の言ったことは信じないで。」
 ノノカはもう一度念を押した。
 「……。」
 タカトとショウゴは何も話さなかった。
 「お願い。約束して!それから……ちゃんとお互いの気持ちをしっかり相手に伝えて。ケンカしないで……。」
 ノノカの切なげな表情を見、タカトもショウゴもいらついていた気持ちがなくなっていた。
 「……よくわかんないけど……約束する。な?」
 「ああ。約束する。」
 ショウゴとタカトはノノカに大きく頷いた。
 「良かった……。絶対に約束してね。あ、それから……あんた達に言ってもしょうがないけど……いままでごめん。タカトを悪く言った事も……ショウゴを無駄に傷つけた事も……今、後悔している。」
 ノノカが目に大粒の涙をこぼしながら言葉を紡いでいると体が透けはじめた。もう時間が来てしまったのだとノノカは直感で思った。
 「……あんた達にもう一度会えて良かった。最後にもう一つだけ聞かせて。タカト……私の事、好き?」
 ノノカの言葉にタカトは顔を引き締めると言った。
 「ああ。俺はノノカが大好きだよ。ノノカ、寂しかったんだな。もっと会える時間を作るよ。ごめん。」
 タカトの言葉にノノカはあふれる涙を止める事ができなかった。
 震える声で今度はショウゴに問う。
 「ショウゴは……私の事……好き?」
 「ノノカはタカトと付き合っているんだろ。……ごめん。僕もノノカの事が好きだ。だからタカトに嫉妬していたんだよ。ノノカが全然振り向いてくれなかったから。」
 「私……あんたの事は恋にはできなかったけど……好きだったよ。だからっ……これからも生きて私を守ってあげて……。本当にどうしようもない馬鹿女だけど……また……仲良く三人で……。」
 ノノカはそこまで言うと目に涙を浮かべながら塵のように消えていった。
 残されたタカトとショウゴは突然消えていったノノカの言葉を反芻し、その場に立ち尽くしていた。


 「ノノカが元の世界に戻った。」
 更夜がスズに目を向けた。
 「うん。わたし達も戻れるのかな……。」
 スズは更夜とともにライがいる場所まで歩き始めた。ライは公園を囲う木のそばでセイと話をしている最中だった。
 「セイちゃん……このままあの子達に関わらないって約束できる?」
 「……わ、わかりました……。」
 セイが自信なさそうに返事をした時、ライの体が透け始めた。
 「あっ!まさか、もう元の世界に戻るの?」
 「……?」
 セイがきょとんとしている中、ライは少し焦っていた。
 「更夜様!スズちゃん!私、ここの世界の私に一言言いたいんです!どうにかできませんか?」
 ライが隣に来ていた更夜とスズに焦った声を上げた。
 「どこにいるのかわかればあなたを担いで走るが。」
 更夜は腕を組んだままライに答えた。
 「あの時の私はええっと……この近くの図書館です!」
 更夜はライを抱きかかえ、セイを置いて走り出した。
 「どこか指示をしてくれ。」
 「まっすぐ行って右に曲がって次の角を左に曲がってください!」
 更夜は近くを走る車よりも速く走り、軽々と垣根を超え、近道をしてライの指示に従った。ライの体は徐々に透けていっている。スズは更夜に追いつけなかったのか近くにいなかった。
 更夜は大きめの図書館に滑り込み、図書館のロビーでボケっとしているライを見つけた。
 陸の世界のライは図書館のロビーに飾られた絵を眺めていた。
 「いたぞ。」
 更夜はライを陸の世界のライの元へ放ると状況を見守った。ふと横を見るとスズが肩で息をしながら立っていた。
 「更夜……はあ……はあ……速すぎ……。」
 「ゆっくり来ても良かったんだぞ……。」
 更夜はスズの頭にそっと手を当てて撫でるとライを見つめた。
 「この世界の私!」
 ライは陸の世界の自分に叫んだ。陸の世界のライはびくっと肩を震わせてライを見つめた。
 「え?なんで私が……。」
 陸の世界のライが怯えた声を上げたがライはそんな事おかまいなしにはっきりと言った。
 「セイちゃんを……セイちゃんを守ってあげて!私しかセイちゃんを守れないから!」
 ライは一言そう言うと溶けるように消えていった。
 「時間切れか。」
 「そのようだね。」
 更夜とスズもライと同じように透明になって消えた。
 「え?何……何なの……?」
 陸の世界のライは突然の事に戸惑い、ぺたんとその場に座り込んだ。

七話

 ライ達は知らぬ間にノノカのお姉さんの世界にいた。
 「戻ってきたか。成果はどうあれ……ここでトケイを元に戻したい。」
 セカイは戻ってきたライ達に感情なく言葉を発した。
 状態は先程と変わっておらず、マゴロクとサスケが全力でトケイとセイを抑えていた。
 セカイは憐夜の肩に乗っており、チヨメは憐夜の前に立っていた。
 「チヨメ、セカイ……憐夜をすまんな。」
 更夜の言葉にチヨメがくすくすとほほ笑んだ。
 「問題ありません事よ。ただ……憐夜ちゃんがちょっとかわいいもので悪戯をしてしまおうかと思っていた所でしたわ。」
 チヨメのお気楽発言に更夜は鋭くチヨメを睨みつけた。
 「嘘ですわ。怒りなさんな。」
 チヨメは更夜に柔らかく言うと憐夜を更夜に渡した。
 「憐夜、大丈夫だったか?」
 「はい。チヨメさんとセカイさんが守ってくださいました。」
 「そうか。」
 更夜は憐夜を優しく撫でるとトケイに目を向けた。トケイに目を向けている更夜にスズがつぶやいた。
 「更夜、ここでトケイとセイを粘って引き付けていたら陸の世界での成果がわかるかもね。」
 「そうだな。俺もサスケとマゴロクに助力しよう。ケガがきれいさっぱり治っている故な。」
 更夜は治った腕で刀を抜くと走り去っていった。
 「更夜……なんでケガが治ったんだろう?」
 スズが不思議そうに元気になった更夜を見つめているとセカイが小さくスズにささやいた。
 「陸の世界の弐では更夜を形作るエネルギー体が再構成されたため……だと思われる。あなた達は霊でもう肉体がなく、エネルギーの塊となっている。それで……。」
 「あー、もういい。わけわかんなくなりそうだから。」
 セカイの説明を途中で切ったスズは今度、ライに目を向けた。
 「ライ?大丈夫?」
 ライは先程から何も話さずに下を向いていた。
 「え?スズちゃん……大丈夫だよ。だけど……。」
 ライは少し困惑した顔でスズを見ていた。
 「不安なのはわかるけど、今は陸の人達を信じようよ。陸の世界の自分もちゃんと信じてあげないと。ね?」
 「う、うん。」
 ライはスズの言葉に小さく頷いた。それからライとスズはさらに暗い顔をして立っているノノカに目を向けた。ノノカは涙を服の袖で拭いながらただひたすら泣いていた。
 「ノノカさん……。」
 「ノノカ、ここで一緒に陸の世界の自分を信じて待とう。ノノカが目覚めて向こうの世界に行くまでわたし達は一緒にいられるから。」
 ライとスズはノノカをそっと抱き寄せてライが作った結界の中に避難した。
 その結界の中には憐夜とセカイ、チヨメも一緒にいた。一同は時間が過ぎるのを待ちながら更夜達を見つめていた。


 陸の世界。セイは自室のベッドで目を覚ました。夢見神社のセイの部屋である。人間が神社の扉を開けただけでは御神体があるだけだが神がその扉を開けると霊的空間が開き、生活感丸出しの部屋になる。御神体は霊的空間を出すためのカギに近い。つまり、神々からすれば家の鍵のようなものだ。
 「……。」
 セイはゆっくりとベッドから起き上がる。姉であるマイ、ライは家に帰ってきていないようだった。
 「夢を……見た……。お姉様が必死で私に……。」
 セイは霊的空間から神社の社外へ出た。なんとなく、タカトとショウゴとノノカの関係が不安になった。セイは三人を確認しに行く事にした。
 「……お姉様がタカトにもショウゴにもノノカにも……関わるなって……言っていましたけど……。夢の中だったので……何かのお告げでしょうか。」
 セイは神社の階段を下り、少し考えた。
 「……見るだけならいいのでしょうか。」
 セイは考えて見つからないように確認しに行く事にした。
 まず、タカトを見に行くことにした。タカトの家に向かっている最中、のんびり歩いているタカトを発見した。セイは素早く隠れ、タカトを観察した。タカトは別に変ったところはなかったがどこかへ向かうようだった。
 セイもタカトの後を追い、隠れながらついていった。
 タカトは登山道に続く公園に入って行った。その公園内にショウゴの姿があった。
 「ショウゴとタカト……。」
 セイはこっそり近くまで寄ると木の陰に隠れ会話を聞くことにした。
 「ショウゴ、いきなり呼び出して悪かったな。」
 タカトはショウゴに一言そう言った。
 「今日は暇だからいいよ。」
 ショウゴはそっけなくタカトに言い放った。
 二人は重々しい雰囲気の中、山を登り始める。セイはなんだかこの会話をどこかで聞いたような気がしていた。気になったセイは二人に見つからないように後をつけ始めた。
 「ショウゴ、ごめんな。喧嘩の仲裁に入ってくれたのに俺、カッとなっててさ。」
 タカトは素直にショウゴにあやまった。
 「ああ……。別に。」
 ショウゴはどこか投げやりな態度で頷いた。
 「こうやってこの山に登るのも……久しぶりだな。」
 タカトはぼそりとつぶやく。それを聞きながらショウゴは質問を投げかけた。
 「なあ、タカトはノノカにあやまったのか?」
 「……あやまってない。あれはノノカが悪い。」
 「……。」
 タカトの発言でショウゴは少し止まった。昨日の夢の事が頭をよぎる。
 ……私の事を信じないで。タカトを信じてあげて……。
 泣きながら叫んでいたノノカの顔。ショウゴはただの夢で終わらせられないでいた。
 ここでショウゴが押しとどまった事により、歯車は違った噛み合い方を始める。
 そんな会話を聞きながらセイはある一つの未来が頭をよぎった。壱の世界のセイの記憶かもしれなかった。
 この登山道でタカトを突き落とすショウゴ。タカトを殺してしまいおかしくなるショウゴ。そして最後にショウゴは……。
 「だ……ダメっ。この道を登ったらっ……。」
 セイは声をかけようとして止まった。
 ……もう関わってはいけない……。
 その言葉が頭をまわる。
 「……どうしよう……。」
 セイは目に涙を浮かべ必死の顔で二人の背中を見つめた。
 その時、夢の中でライが言っていた言葉を思い出した。
 ……こちらの世界の私を頼って……。
 「お姉様……。」
 セイは踵を返すとライの元へと走り出した。そんなセイをよそに二人は黙々と山を登る。
 「ちょっと、大人が行くような登山道に行ってみようか。」
 タカトは分かれ道の真ん中に立つと少し険しそうな緑地の方を指差してショウゴに微笑んだ。子供達はこの分かれ道の先には行かない。ここから先は大人が登山を楽しむための道になっているからだ。
 「別にいいよ。」
 ショウゴはまた投げやりな返事をするとタカトに続き、険しい山道に足を運んだ。
 二人は何も話さずに黙々と山を登った。
 ショウゴは隣を歩くタカトを信じ、少し違った質問をした。
 「なあ、ノノカの事……なんだけどさ……。」
 「ん?」
 タカトは山を登りながらショウゴに目を向ける。
 「どこまでが本当なんだよ。」
 「……どこまでって?」
 「僕、お前がそんなことをするやつじゃないって思っているんだけど。ノノカに曲作らせてさ、ノノカを奴隷みたいに扱ってさ……みたいな話。」
 ショウゴの言葉にタカトは顔を曇らせた。
 「ノノカはお前にそんなことを言っていたのか。俺はノノカにそんな事、した事ない。ノノカの事、俺好きなんだぞ。なんでそんな事しなきゃなんないんだよ。ショウゴまで俺をそんな風に見るのかよ。なんでノノカがそんなことを言ったのか俺、わかんないんだよ。あいつ、俺と付き合うの無理してんのかな……。」
 タカトは苦しそうな声でショウゴにつぶやいた。ショウゴはそれを見て、タカトの本心に気が付いた。
 ……ノノカが嘘をついているんだ……。タカトは不器用な奴だ。ノノカの事、わかっていないだけだ。
 「タカト……。」
 ショウゴはタカトに目を向け、はっきりと言った。
 「お前、ノノカの事、何にもわかってない。」
 「……?」
 「ノノカはお前が構ってくれないのが不満なだけだ。お前が曲作りに没頭しすぎてんだよ。ノノカはな、お前の事が本当に好きなんだよ。僕なんかじゃ見向きもされなかった。僕はただ、ノノカの憂さ晴らしに使われただけだ。」
 ショウゴはこぶしを握り締め、うつむいた。
 「ショウゴ……。」
 「だから……お前はちゃんとノノカと向き合え!確かに僕が入り込む隙なんてなかったよ。僕もノノカの嘘に踊らされる所だった。」
 「ショウゴ……ごめんな。」
 タカトはつらそうなショウゴを見ながらそうつぶやいた。
 「あやまんな。惨めに感じるからさ。」
 タカトとショウゴは登山道を登りながらそんな会話をした。
 しばらく歩いた。お昼なのに登山客はいない。森のざわめきと鳥の鳴き声のみが二人の耳をかすめていく。もうずいぶんと高い位置に来たはずだ。気がつくと隣は深い谷のようになっていて、下の方に小さい川が流れていた。かなり高い。そろそろ山頂かと思いながら山を登っているとタカトが急に声を上げた。
 「何?」
 ショウゴは突然声を上げたタカトに呆れた顔を向けた。タカトは崖の下をしきりに見ている。
 ショウゴがタカトの見ている方向を向くと崖下の手の届くところにスマホが落ちていた。木の枝にひっかかっている。タカトがスマホを取り出そうとした時、手が滑ったかなんかで崖下にスマホを落としてしまったらしい。
 「スマホをポケットから取ろうとしたら落とした。木の枝に引っかかって下に落ちなかったから取れそうだ。」
 タカトは恐る恐るしゃがむと崖下に手を伸ばした。タカトは今にも崖から落ちてしまいそうだった。
 「おいおい。危ないよ。」
 「大丈夫。もうちょっとで届くからさ。」
 ショウゴは冷や冷やしながらタカトを見つめていた。
 「うっ!」
 もう少しでスマホに手が届くというところでタカトがバランスを崩した。
 「馬鹿っ!」
 ショウゴは慌てて半分落ちかけたタカトの手を握る。
 「はあ……はあ……危ない。危なかった……。」
 ショウゴはタカトを元の場所まで引っ張り、二人はその場でしりもちをついた。
 「お前、死ぬ気かよ!馬鹿野郎。落ちたらこれ……死ぬぞ。」
 ショウゴが叫んだ時、ショウゴの頭にある映像が流れた。
 憎しみに支配されタカトを突き落としている自分。谷底で血を流して倒れているタカト。
 殺してやったと震えている自分。何もなくなってしまった自分。
 「うう……うう……。」
 なぜだかわからないがショウゴの目に涙が溢れた。
 「ショウゴ?ごめん。大丈夫か?あ、ありがとう……。」
 タカトはショウゴが泣いているのを動揺した表情で見つめていた。
 「大丈夫なわけないだろ。ふざけんじゃねぇよ。」
 「ご、ごめん。」
 ショウゴはなぜだか涙が止まらなかった。谷底ではタカトのスマホが割れた状態で落ちていた。
 しばらく山頂の風景を眺めていた二人は山を下り始めた。二人は黙々と何も話さずに山を下り、登山道付近の公園まで戻ってきた。
 その公園で楽しそうに遊ぶ子供達を眺めながら二人は疲れた足を休めるため、近くのベンチに座った。
 「昔はああやってなーんも考えずによく遊んでたよな。」
 タカトはぼうっと砂場で遊ぶ子供を見つめた。
 「そうだな。今は考える事が多すぎるんだよな。昔はノノカともああやって遊んでたけど今じゃそんなの無理だしな。僕、あいつを気軽に誘えないよ。」
 ショウゴの言葉にタカトは複雑な表情を向けた。
 「……。俺からは何も言えないけど……。俺はお前とノノカが二人で遊んでてもショウゴだから許すよ。ちょっとは嫉妬するかもしれないけどな。」
 「馬鹿だな。お前は鈍感すぎるんだよ。僕がノノカと二人で遊んでお前が何も言わなければノノカはなんて思う?自分の事なんてどうでもいいのかって思わないか?」
 「ショウゴは考えすぎているような気がする。」
 「そうかな。」
 タカトとショウゴはしばらくぼんやりとしながらベンチに座っていた。
 二人の運命はショウゴとタカトの和解で別の方向へと進んだ。

八話

 少し前、セイは泣きそうな顔でライを探していた。ライは美術館巡りの最中で夢見神社の近くの美術館にいた。
 「お姉様!お姉様!」
 セイは美術館のロビーでほっこりとした顔をしているライに必死に叫んだ。
 ライは美術館のカタログを眺めていたが突然セイが現れたので驚いていた。
 「ええ?セイちゃん?どうしたの?」
 「私、人間を二人殺してしまうかもしれません!」
 セイの発言にライは事情が呑み込めず首を傾げた。
 「いきなりどうしたの?」
 ライはふと昨日の夢の事を思い出した。別の世界から来たという自分が一言こう言った。
 ……セイちゃんを……セイちゃんを守ってあげて!
……私しかセイちゃんを守れないから……。
 「……。」
 ライは顔を引き締め、セイの話を聞くことにした。
 セイの話を一通り聞いたライはセイの肩に手を置いた。
 「人と関わっちゃダメ!絶対にダメ。でも気になるから私も手伝うね。その子達が死んじゃうかもしれないんでしょ!これは大変だわ!」
 ライはセイを連れて走り出した。
 セイとライは息を上げながら二人が待ち合わせとして使っていた公園内に入り込んだ。
 「あっ!」
 セイが声を上げ、ライはセイがみている方向に目を向けた。セイの目線の先でタカトとショウゴがベンチに座って楽しそうに談笑していた。
 「あ……あれ?」
 セイとライは慌てて植木近くに隠れると首を傾げた。
 「セイちゃん……本当に彼らなの?」
 「は、はい……。一体どうしたのでしょうか……。」
 セイは不安げにライを見上げる。
 「……わからないけど……和解しているみたいだね。」
 「……ですが私のせいであの子達を苦しめてしまったようです。何かしなければならないと思います。」
 セイが今にも泣きそうな顔をしているのでライはそっとセイを抱きしめた。
 「大丈夫。もうあの子達に関わらない方がいいよ。人間は私達が関わらない方が自分達で考えて行動できる。私達が人間を縛っちゃダメ。神はね……人を見守るだけがちょうどいいんだよ。セイちゃん。」
 「ですが……。」
 セイがまだ何か言おうとした刹那、公園内にノノカが現れた。
 ノノカは暗い顔つきでゆっくりと歩いていた。
ノノカはたまたまこの公園を訪れたようだった。
 公園内を一通り歩いているとノノカはタカトとショウゴを見つけた。
 「タカト!ショウゴ!」
 ノノカはどこか必死の表情で談笑している二人の元へと走り出した。
 「ん?あれ?ノノカ……。」
 ショウゴとタカトはいきなりノノカが現れたので戸惑っていた。
 「あのね……昨日、すごい怖い夢を見たの。な、生々しくて気持ち悪かったからあんた達が心配で家まで行ったんだけどいなくて……仕方なしにこの公園に……。」
 ノノカはどこかほっとした顔で二人を見据えていた。
 「俺達が心配って?俺達になんかあった夢でも見たの?」
 タカトが不機嫌な顔でノノカを見上げた。タカトはノノカとケンカをしたばかりで少し気分が悪かった。
 「なんかもう一人の私が現れて私、殴られて……そこで変な記憶が流れたの。この先の登山道でタカトをショウゴが突き落として……ショウゴはビルから落ちて……ごめん。こんな変な夢を見たってあんた達に言ったらなんか不吉すぎるよね。」
 ノノカはため息をつきながら二人が座っているベンチに腰掛けた。
 「その夢……僕も見たよ。」
 「俺も見た。」
 ショウゴとタカトはほぼ同時に声を上げた。
 「え?嘘でしょ……。」
 「いや……嘘じゃない。ノノカが私を信じるなって泣きながら言ってた。」
 「ああ、それ、俺も見た。」
 タカト、ショウゴ、ノノカは自分たちがまったく同じ夢を見ていたことに気が付いた。
 「まさか……おんなじ夢を……。」
 「不思議な事もあるもんだな。事実さっき、登山道でタカトが崖から落ちそうになってさ……。」
 「ああ、俺もあそこで死ぬのが正しいようなそんな気がしてさ。」
 ショウゴとタカトはそれぞれ不思議そうに言葉を発した。
 「あ、あのさ……。もう一回ちゃんと話したい事があるんだけど。」
 ノノカの控えめな発言にタカトとショウゴは同時に「何?」とつぶやいた。
 「私が悪いんだけど……もう一度、ちゃんとお互いに整理しよう?」
 ノノカの言葉にタカトとショウゴは落ち着きを取り戻し、小さく頷いた。


 弐の世界。ノノカのお姉さんの世界で更夜達はトケイとセイと戦っていた。
 「……来た。セイの再構築が始まった。」
 セカイが一言無機質に言葉を発した。
 「え?」
 一緒にいたライ達は咄嗟にセイを見つめる。セイはぴたりと動くのを止め、その場で立ち尽くした。よく見ると目に電子数字のようなものが流れている。
 「プログラムの変換が行われている。」
 セカイは別段驚く様子もなくセイを見つめていた。ちなみにトケイも動きを止め、ロボットのように固まっている。
 「と、いう事は陸の世界は運命が狂わなかったって事?」
 スズは不思議そうにセイを眺めた。
 「そういう事。陸の世界にいるロクが改変されたプログラム情報をこちらのセイに送ったようだ。これから私は壱の世界(現世)にいるイチとプログラムの改変を形にする作業に入る。」
 「な、なんだかわからないけどよろしくね。」
 セカイの説明に首を傾げたライはとりあえず一言言っておいた。
 セカイはこくんと頷くと先程ロクと話したように急に誰かに話しかけ始めた。
 「イチ……頼みたいことがある。」
 セカイがつぶやくとわずかにこことは違う空間が開いた。木々が覆い茂り、月明かりが草木を照らしていた。その木々の枝に短い銀髪の少年が座っており足を揺らしていた。目は大きく可愛らしいが男の子のようだ。紺色の羽織に袴を履いている。身長はセカイと同じくらいで手のひらサイズしかない。ここは壱の世界のようだった。
 「話はロクから聞いているぜ。二十分ほど陸の世界が弐に食い込んだが関係する人間達にはうまく夢であると思わせられた。たまたま陸が明け方を迎える時間帯だったからあの子達が起きていなかった。だからできた事だぜ。壱の夜は始まったばかりだ。壱に存在するノノカはまだ夢の中にいられるだろう。計画が上手くいった事を伝え、向こうの彼らは死んでいない事を教えてやりな。セイの作業はこちらで進めておくからよ。」
 イチはセカイに笑顔で声を発した。
 「ありがとう。イチ。ではよろしく頼む。」
 セカイはイチにお礼を言うと通信を切った。
 そしてそのままノノカの方に目を向けた。ノノカは先程からライ達の横で黙ったまま下を向いていた。
 「ノノカさん。向こうの世界のあなた達は誰一人死ぬ選択をしなかった。お互いを信じ、和解する方向に走ったようだ。」
 「そっか。良かった。」
 セカイの言葉を聞き、ノノカは小さくつぶやいた。
 「あなたがこちらの世界でこれから何をするかはあなた次第。何かの突破口になっていることを期待している。」
 「うん。」
 ノノカは再び元気なくつぶやいた。
 セカイがもう一言何か言おうとした刹那、セイが青白く光りだし、そのまま倒れた。
 「せ、セイちゃん!」
 更夜達が戸惑い立ち止まっている中、ライはセイに向かい走り出した。
 「セイちゃん!」
 ライがセイに駆け寄り、セイを抱き起す。セイは意識を失っていた。
 「気を失っているみたいね。」
 ライを追いかけて走ってきたスズはセイの顔を覗き込み、言葉を発した。
 「トケイも気を失った。」
 ライとスズの横でセイと同じように横たわっているトケイを更夜が抱き起していた。
 「んむぅ……。」
 トケイは一瞬気を失っていたがすぐに目を開けた。
 「トケイ!」
 「トケイさん!」
 ライと更夜達は心配そうにトケイの顔を覗き込む。トケイはいままでの事を何も覚えていないのかきょとんとした雰囲気でライ達を見ていた。セイはまだ目覚めていない。
 「ん?あ、あれ?僕は何をしていたんだっけ?」
 「トケイ!良かった!とけい~!」
 突然、いつもの調子に戻ったトケイにスズは目に涙を浮かべながら抱き着いた。
 「う、うわっ!スズ!何?何?……あれ?何にも思い出せない。いままでなんか色々あった気がするんだけど。」
 「思い出せなくていいわ!戻った……。それだけでいいって。」
 戸惑うトケイに顔をこすりつけているスズを横目で見ながら更夜もほっとした顔を向けた。
 「まあ、色々あったがもう終わった。トケイが何事もなくて俺も良かったと思っている。」
 「や、やっぱりなんかあったんだね。僕、何にも思い出せないよ。おかしいな。」
 首を傾げるトケイにセイを抱いたままのライも胸を撫でおろした。
 「良かった。トケイさん……元に戻って。」
 「ライ、元に戻るって何?」
 「え?あ、ううん。なんでもないの。」
 トケイの問いかけにライは知らない方がいいのかもしれないと思い、あえて答えなかった。
 「で?セカイ、セイはどうなったんだ?」
 更夜がすぐ近くにいつの間に来ていたセカイに尋ねた。
 「セイはたった今、陸の世界のセイとのシステムの改変に成功した。時期に目覚め、霊ではなくなる。」
 セカイは大きく頷き一言言葉を発した。
 少し遠めの所でただ立っていたマゴロクとサスケも危険がなさそうなのを感じ取り、近くに寄ってきた。
 「じゃあ、なんだかわかんねィが成功したって事だァな。」
 サスケはセカイに疲れた顔を向けていた。
 「成功はした。」
 セカイは一言だけ無機質に声を発した。
 「じゃあ俺達は……あの子達はどうなるわけだ?タカト君もショウゴ君も救えたのかな?」
 マゴロクの言葉にセカイは複雑な表情を見せた。
 「それはそこに立っているノノカさん次第。」
 セカイはチヨメに肩を抱かれているノノカに目を向けた。
 「どういう事だィ?」
 「見ていればわかる。」
 サスケがいぶかしげに見る中、セカイは落ち着いたままノノカを見ていた。
 ノノカはチヨメに肩を預けながら暗い瞳でぼうっとしていた。
 「ノノカ!」
 「ノノカ!」
 ふとノノカの目の前にこの近くにはいなかったはずのショウゴとタカトが突然現れた。
 「え……?」
 ノノカは戸惑いの声を上げた。
 こちらの世界でのショウゴはノノカを殺そうと動いており、タカトはノノカを守るためにセイの笛を壊そうと動いていたはずだった。
 だが、今現れたタカトとショウゴはノノカをとても心配そうに見据えていた。
 「あんた達……やっぱり生きて……。」
 ノノカがこちらの世界で生きていることを望んだがタカトとショウゴは同時に首を振った。
 「いや、俺達はもう死んだ。」
 「僕達はもうノノカの生きている世界にはいない。」
 「っ……。」
 ノノカはまた絶望の淵に落とされ顔を曇らせた。
 「でもノノカの心に住んでいるんだ。……俺達が死んだのは全部……ノノカのせいじゃない。」
 タカトはノノカの肩を掴み、表情を引き締めてはっきりと言った。
 「そうだね。僕も悪かったから。僕達はとんでもないことをした……。人生を狂わせてしまった。……僕はタカトを殺してしまい、耐えられなくてこんな結果になってしまったけどノノカはそうならないでほしい。」
 ショウゴもノノカをしっかりと見つめ、そう語った。
 「……もうどうやって生きたらいいの?私の世界にはあんた達、いないのに……。」
 「それはノノカが決める事だ。」
 ノノカのすがるような言葉にタカトとショウゴは同時に答えた。
 「……そっか。そりゃあ私の人生だもんね。私が決めないと……か。……じゃあ、まずタカトの曲の誤解を解いて今までの事……ちゃんと誰かに話して……あんた達のお墓参りして……。」
 「ノノカが決めたんならそれをやってみな。俺はお前の心の中でお前をずっと見ているからさ。」
 ノノカの言葉にタカトはにこりとほほ笑んで「な?」とショウゴに目を向ける。
 「そうだね。僕もノノカの心にいていいのなら……ノノカをずっと見守っているよ。辛い時、困った時は一度寝てみるといいよ。こっちの世界(弐の世界)に来たらいつでも相談に乗るからさ。」
 ショウゴも頷きながらほほ笑んでいた。
 夢は現実世界で起こった事を整理するためにあるという。精神統一、心の安定にも睡眠は絶大の効果を生む。
 それはその人の心に住まう霊達がその人を優しく導き、相談にのっているためである。
 ノノカはそれに気が付いた。
 刹那、ノノカは唐突に弐の世界から消えた。目が覚めるとノノカは自室のベッドで眠っていた。時計を見ると午前一時だった。ノノカはこの日、早く眠っていたが途中で目が覚めたようだった。
 「……ん。」
 ノノカは体を起こし、辺りを見回した。森のような景色もタカトもショウゴもその他にいた者達も幻のような感じだった。不思議な余韻の中、ノノカはタカトとショウゴのほほ笑み以外、何も思い出せなかった。
 「……夢……か。」
 ノノカは一人ぼうっと座っていたが最後のタカトとショウゴの笑顔が忘れられず、少し目を潤ませた。
 やがてノノカはベッドから降りてパソコンが置いてある机へと向かった。パソコンの電源を入れ、ネットを開く。
 「……タカトの事について私が嘘を言った事……ちゃんとサイトであやまろう。避難されてもいい。あいつの曲は本当にすごくいい曲だったんだから。」
 ノノカはそこから先、無言でキーボードをたたき続けた。

九話

 「なるほどねィ。」
 急にノノカが消えてしまった場所を眺めながらサスケはつぶやいた。ショウゴとタカトももういない。サスケとマゴロクは深くため息をつき、大きく頷いた。
 「あのタカト君とショウゴ君はノノカって小娘の心に住まう霊だからノノカちゃんの心が変わればあの二人も救われるっていうのはこういう事か。やっと理解できた。あのノノカって娘の自作自演に俺達も含まれたって事かね。」
 マゴロクも生きている人間と霊との関係を今、はっきりとわかったようだった。
 「そういう事。霊は失礼な言い方をするとただのエネルギー体だから。霊は生きている人間の心で変わる。」
 「失礼か失礼じゃないかよくわかんねィがまあ、理屈はわかったァよ。」
 セカイの言葉にサスケは首を傾げながら唸っていた。その横でマゴロクはどこか腑に落ちない顔をしていた。
 「で、一つ質問なんだけど、俺達はもう生きている人間には認知されていないんだがこの世界に存在している理由はなんだ?」
 「認知されている人間の心に住まうとその人の心に染まるだけ。あなた達の場合は人の心を渡り終わり今は自分が描いた世界……エネルギー体の中に存在している。何らかの物質に分解され完全に消え去るまでそのエネルギーはあり続ける。つまり、あなたは分解され消えるまでそのまま……という事。」
 セカイの説明にマゴロクは頭を抱えて唸った。
 「ああ……もうわからない。わかんないが俺は消えるまで俺って事だな。うん。」
 マゴロクは勝手に自己解決して頷いた。
 「そういう事。」
 セカイはてきとうに返事をした。わからなければ説明する必要はないと思っているようだ。
 「あ、あのさ、なんで僕達、ここにいるの?」
 いままできょろきょろと辺りを見回していたトケイは不安そうに声を上げた。
 「え?ああ、千夜達が……。って、更夜、どうする?」
 トケイの言葉に返答しようとしたスズは更夜のケガが治っている事を思い出し、慌てて更夜に目を向けた。
 「加勢しに行ったところで荷物になりそうだが……加勢をしにいこう。あなた達はどうする?」
 更夜はスズに頷くとサスケ、マゴロク、チヨメを一瞥した。
 「あァ、ワシはァ、めんどくさいんであんたらには関わらねィ。雇い主も満足したみてェだからなァ……お暇すらァ。マゴロクはどうすんだァよ。」
 サスケは不気味にほほ笑むとマゴロクを仰いだ。
 「そうだな。俺ももうあんたらに関わる必要はないし……。ショウゴ君も落ち着いたみたいなんでさっさと消えさせてもらおっかね。で?あんたは?」
 マゴロクはサスケにそう答えるとチヨメに目を向けた。チヨメは消えてしまったノノカの温度を確かめるように手を握ったり開いたりしていたが笑顔でマゴロクに答えた。
 「ええ。わたくしもノノカちゃんが自分で歩く所まで行きましたのでわたくしの世界に帰ろうと思いますわ。息子も待っている事ですし。」
 「息子!?」
 チヨメの発言にマゴロクとサスケは訝しげにチヨメを見据えた。
 「あら?わたくしだって女ですことよ。子供の一人や二人くらいおりますわ。」
 チヨメはいたずらに笑うと更夜をちらりと見た。
 ……ああ、狼夜(ろうや)の事か……。
 更夜はチヨメの目配せでそう感じ取りチヨメから目を離した。
 「あんたに子供かィ……。まあ、いいがね。」
 サスケは呆れた顔を向けると「じゃァな。」と一言言って溶けるように消えていった。
 「じゃあ、俺もさいなら。」
 マゴロクもライ達が何か反応を示す前に消えてしまった。
 「な、何かあっさりしすぎのような……。」
 「お礼もろくに言えなかったし。」
 ライとスズは更夜を見つめ、戸惑っていた。
 「ああ、仕事だからな。こんなもんだ。向こうにも何かもたらすものがあってこちらの状況も不利にならなければ俺達はぶつかり合う事はない。持ちつ持たれつ、それが仕事だ。」
 更夜もそっけなく、どこかあっさりしていた。
 忍は忍に貸しを作らない。故に干渉は常にドライである。
 「……では……わたくしもここで。更夜。今度会いましたら……わたくしを抱いてくださいね……。ふふっ。」
 チヨメは意味深な言葉を発し、艶やかに更夜を見つめた。
 「だ、抱くって!?」
 スズとライが同時に目を丸くした。そしてすぐに顔を赤くしてうつむいた。
 「わっ……え?えええ?」
 トケイはチヨメの胸やお尻に目を向け、目をそらし、また目を向けを真っ赤になりながら繰り返していた。トケイの元の性格はとてもウブである。
 更夜はうんざりした顔でチヨメを見据えていた。
 「……その流し目……やめろ。あなたを抱くなど怖すぎてできない。」
 「そう……残念。皆そう言って怖がるのですよ。わたくし、好きな男に抱かれたいって思っているだけですのに。更夜、あなたは男忍としてかなりそっちの手技がお上手と聞きましたわ。あなたのその愛撫……その身に受けてみたい。」
 顔を赤くし艶やかな表情がさらに増したチヨメにスズとライは固唾を飲んだ。女でも見惚れるその表情にトケイはさらに赤くなり手で顔を覆いながらライ達の後ろに隠れていた。
 「……だいたいあれは仕事だ。女を悦ばせるために習得したものではない。……ここには憐夜がいる。そういう話は控えてほしい。」
 更夜は呆れた目でチヨメを見ていた。
 「ほんと、あなただけは絶対にわたくしに落ちてくださらないのですね。……狼夜君はわたくしがちゃんと愛していきますわ。ご安心を。」
 チヨメはくすくすと色っぽく笑うと「それでは。」と最後に更夜に流し目を送り消えていった。
 「な、何だったの……。」
 ライとトケイは動揺が激しく、言葉を発することができなかったがスズはかろうじて一言つぶやいた。
 「何よ……あの会話。」
 「あの女は常に色香が辺りを回っているな……。俺はあの女が心底怖い。男は常に女にハマる生き物だ。あの女は男の感情を増幅させるものを持っている。故に俺は理性を失ってしまうのが怖い。」
 更夜はふうと息をついた。
 「お兄様……そっちの手技って何ですか?お上手な手技って気になります。私……お兄様をもっと知りたいです。」
 憐夜がチヨメの単語を拾い、タイミング悪く更夜に怯えながら尋ねた。
 「ま、まいったな……。ま、まあ……憐夜も俺もこの世界に長く存在しているからな……お前ももう十の娘ではないのだろうが……一応言っておく。憐夜に好きな男ができたらしてもらえる事だ。……つ、つまり相手を愛するための行為だ。」
 「チヨメさんをお兄様はお好きなのですか?」
 動揺している更夜に追い打ちをかけるように憐夜が無邪気に質問を重ねた。
 「違う……。あの女は冗談で言っているんだ。それを術にしている。つまり相手を愛しているふりをするんだ。そして相手を騙す。」
 「か、かっこいいです。」
 更夜の表情とは真逆に憐夜は輝かしい笑みを浮かべていた。
 「か、かっこいいかな……?」
 憐夜のツボがよくわからずスズは首を傾げた。
 「なぜだかチヨメさんが気になって仕方ありません。お母様のような柔らかさを感じます。」
 憐夜の頬が紅潮しているのを見て、更夜は慌てて憐夜を諭した。
 「憐夜……。それはいけない。憐夜があの女の術にハマってどうする……。お前は女だろう……。」
 「はっ……。私……術にかかっていたのですか?」
 「正式に言えばまだかかっている最中だ。」
 目を潤ませている憐夜に更夜は深いため息をついた。
 「チヨメさんに会いに行ってはいけませんか?」
 「ダメだ。あの女は何をするかわからない。」
 更夜は憐夜にはっきりと言った。
 「もし……会いに行ってしまったらお仕置きですか?」
 「いや……もうその感覚は忘れなさい。その前に何度も言うが……俺はもう憐夜に手はあげない。」
 更夜は憐夜の発言にさらにため息をついた。刹那、更夜の言葉を聞いたトケイの眉がぴくんと動いた。
 「更夜、この女の子に手を上げてたの?ひどいよ。なんで?……その子、怯えてる。かわいそうだよ!」
 何にも知らないトケイが怒りの感情をこめた状態で静かに声を上げた。
 「あー……そっか。トケイは何にも知らないんだった。」
 スズは頭を抱えてつぶやいた。
 「あ……。あの人……さっきと雰囲気違う……。」
 スズが呆れていると憐夜がトケイをじっと見つめていた。
 そしてそのまま憐夜は更夜の影に素早く隠れた。
 「……?憐夜……どうした?……ああ、あの男はトケイという名で先程は少しおかしかったが本来は心優しい俺達の仲間だ。」
 「トケイ……さん。」
 憐夜は更夜の後ろからトケイを控えめに見つめた。
 「ねえ、君、大丈夫?理由はよくわからないけど僕は怖くないよ。更夜が怖いなら僕のところに来なよ。」
 トケイは憐夜に心配そうに声をかけた。
 「トケイ……さん。」
 憐夜はもう一度トケイの名前を呼ぶとさっと更夜の影に隠れた。
 「……憐夜。」
 更夜は憐夜の行動がよくわからず首を傾げた。
 「憐夜ってばトケイに一目ぼれしちゃったの?なんかわかんないけど唐突だね。ははは!予想以上に浸透しちゃった術がトケイに向かったのかな?」
 スズが素早く憐夜の元へ行くと真っ赤になっている憐夜を茶化した。
 「スズ……。からかわないでよ。それより何……あの人……かっこいい……。やだ……どうしよう。優しそうだし……さっきとの違いがドキドキする。」
 憐夜がささやくようにスズにつぶやいた。
 「え~?マジで唐突な初恋?かわいい!え?なんで?いきなり?ビビッと来たの?」
 「わかんないけど……なんだか恥ずかしい。」
 「恥ずかしいの?そんな顔真っ赤にしちゃって。かわい~。」
 「ふむ。と、とりあえず、興味はトケイにいったか……。良かった。」
 スズの言葉を聞いて更夜は表情を柔らかくするとほほ笑んだ。
 それを見たトケイは少し青い顔をライに向け、一言確認をとった。
 「ね、ねえ、ライ、更夜ってあんな優しげな顔をしてたっけ?なんだかちょっと気持ち悪いんだけど。」
 「憐夜ちゃんって妹さんに会って更夜様の優しい部分が表に出てきたんだよ。トケイさん。」
 ライはセイに膝枕をしながら幸せそうにトケイに言葉を返した。
 「妹だったんだ。そっか。憐夜ちゃんってかわいいね。」
 トケイの発言で更夜の後ろに隠れていた憐夜はさらに顔を赤くし、更夜の背中に顔をうずめていた。
 しばらく会話が途切れた。途切れたと思ったら足元から少女の声が聞こえてきた。
 「話している所、申し訳ないが……。」
 ふと気が付くとセカイが控えめに声を発していた。いままで会話が切れるところを探していたようだった。
 「ああ、すまない。話に夢中になってしまったようだ。」
 更夜は一言あやまった。
 「それは構わない。私ももうそろそろこの世界から去りたい。セイの改変は完了している。後は目が覚めるのを待つのみである。すべてのプログラムはこれで終了した。」
 先程の会話とは無関係にセカイは無機質にやや形式的に言葉を紡いだ。
 「あ、ありがとう。セカイさん。」
 ライが慌ててお礼を言ったがセカイは頷いただけだった。
 「それでは……あとはあなた達にお任せする。……弐の世界は平穏を保てた。感謝する。」
 セカイはそう一言言い残し、地を蹴り、高い跳躍でこの世界から消えていった。
 「なんていうか……あの人形も……あっさりしてるね……。これからKの事について聞こうと思っていたのに。」
 スズは唸りながら息を漏らした。
 「しゃべりたくない事を聞かれるからこちらとの付き合いは最小限にしているのだろう。結局Kについて聞いても答えなかったしな。後は自分達で何とかしろか……。俺達の世界ではまだお姉様、お兄様とやつらが交戦中だからな……。」
 「更夜のお兄さん、お姉さん?僕、何にも知らないんだけど!」
 更夜のつぶやきにトケイは目を丸くした。
 「まあ、とりあえず、一度、俺達の世界に行こうか。俺は加勢するつもりだが……ああ、ライ、あなたはどうする?」
 「え?あ!セイちゃんも連れて一緒に行きます。」
 ライは更夜に戸惑いながらかろうじて声を発した。会話が濁流のように早く流れていくので整理ができていなかったらしい。
 「それでいいのか?できれば憐夜とスズとトケイとライとセイでこの世界で待っていてほしいのだが……。」
 「大丈夫です。私も何かお手伝いできればと。」
 乗り気ではない更夜にライは力強く頷いた。
 「そうだよ!更夜、わたしだって戦えるよ!」
 「スズが行くなら……私も行きたいです。」
 スズと憐夜も行く気満々で更夜を仰いだ。
 「えっと……なんだかわかんないけど……大変なら僕も行く!」
 トケイはよく事情が呑み込めていなかったが頷いた。
 「……。仕方がない。俺達の世界に行ってから、まだ戦闘が続いているようなら隠れておけ。加勢ができそうだったらしてくれ。頼むぞ。」
 「りょーかい!」
 一同の元気の良い声を聞き、更夜はため息をついていたがどこか嬉しそうだった。

十話

 一方で更夜達時神の世界では先程から何の動きもなかった。千夜と半蔵、逢夜と才蔵はまったく動けないまま膠着状態が続いていた。
 千夜と半蔵とはだいぶ離れたところで逢夜と才蔵が倒れていた。
 逢夜は姉である千夜を心配していた。気にはなったがまったく動けないので仕方なくその場にいた。その時、逢夜と才蔵の前に発育の良さそうな女が現れた。
 「さっきから見ていたけどぉ、大変そうねぇ~。」
 「あァ?」
 逢夜は目の前に立った女を睨みつけた。睨みつけた理由は特にないが逢夜は若干、気性の荒いところがあり、どんな人にもこんな感じであった。
 「うう……。なんで睨むのよ~ん……。」
 女はびくっと肩を震わせ怯えていた。
 「お前、誰だ?」
 逢夜はとげとげしく女に尋ねた。
 女は奇妙な格好をしていた。灰色の髪の真ん中に黒い線が入っており、獣の耳がついている。顔には動物の髭のようなものが生えており、服装はやや破廉恥だ。
 下着などはつけておらず、上から羽織を羽織っただけである。下は太ももを大きく出した下着に近いパンツ姿だ。
 「私?私は元Kの使い、さふぁって名前だよ~ん。」
 「Kの使いだと!」
 女の自己紹介に逢夜は驚いて叫んだ。
 「元だよ~ん。元。」
 「ていうか……あんた、すごい格好をしてんだな……。そりゃあ、女がする格好じゃねぇよ。」
 逢夜はさふぁと名乗った女の豊満な胸をあきれた目で見つめた。
 「まあ、私は元々ハムスターだしぃ。人間の服ってきらいなのよね~ん。でも、Kが人型でいるなら服を着た方がいいって言うからさ~ん。羽織だけ羽織ったっていうか~。」
 さふぁは投げやりに言葉を発した。逢夜が何かを言おうとした刹那、別の男の声が聞こえた。
 「……ハムスターとはなんですか?」
 さふぁに話しかけたのは逢夜ではなく隣にいた才蔵だった。
 「え~とね~……。」
 さふぁは困った挙句、本来の姿に変わった。さふぁが着ていた服だけが風に舞い、地に落ちた。
 「……!?消えた?」
 「消えてないってば~。ここにいるよ~ん。」
 逢夜が首だけ動かして探しているとすぐ近くからさふぁの声がした。さふぁは仰向けに倒れている逢夜と才蔵の上をちょこまかと動いていた。モコモコの小さな体に可愛らしい耳、口から長い前歯を覗かせている。さふぁはジャンガリアンハムスターだった。
 「うえァ!ネズミ!ネズミだ!」
 逢夜はさふぁの本来の姿を見て声を上げた。逢夜はどうやらネズミが苦手なようだ。
 「違うって……ハムスターだって~。きれいな毛並みのジャンガリアンブルーサファイアだよ~ん。」
 「その動物をハムスターと呼ぶのですか?」
 才蔵は騒いでいる逢夜とは冷静にさふぁに質問をした。
 「さあ?人は皆私達の事をハムスターって呼ぶよ~ん。」
 「ではやはりそういう名前の外来動物という事ですか。不思議ですね。」
 「まあ、確かに日本の生き物じゃないよ~ん。でも私は日本生まれの日本育ちだよ~ん。あ、もう死んでるけどね~ん。」
 さふぁは才蔵の言葉に丁寧に答えると再び人型に戻った。一瞬、胸が露わになったがさふぁが素早く服を着たようで人型に戻った時には先程と何にも変わっていなかった。
 「お前、死んでるんだよな?本当に。動物が人型になるってどういう仕組みなんだよ……。」
 逢夜は落ち着きを取り戻し、人型になったさふぁの勝気な瞳を見つめた。
 「うちら、ハムスターはKと契約を結んだ仲であるならば生きていても眠っているときに自由に弐の世界を渡れるんだよ~ん。必ずしも死んでいるわけじゃないけど、私はもう死んでるよ~ん。Kとの契約も切れて今は融通無碍に生きさせていただいてま~す。まあ、Kとの契約中も外敵にも襲われずにおいしいもの食べられて寝れるだけ寝れて幸せだったけどね~ん。」
 「なるほど、飼われていたという事ですね……。そして死んだ事によって契約とやらを解除されたと。」
 さふぁが楽しそうに話しているので才蔵は小声でつぶやくだけにした。
 「Kは私達、ハムの事をちゃんとわかってくれててね、孤独を愛する私達に深く干渉してこなかったし、広いおうちも用意してくれたし~のびのび、ごちそう食べられたし~だから好きだったね~ん。死んでからは自由に生きてくれって言われて最初ちょっと戸惑ったけど自分で楽しいことを見つける事にしたんだよ~ん。」
 「なるほどな。じゃああんたはKと接触があり、いつも見ていたわけだ。」
 「ま、そういう事だね~ん。あ、ちょっと話したいことあるから向こうで倒れている人達のとこまで行くよ~ん。」
 さふぁは幸せそうな顔でほほ笑むと才蔵の足と逢夜の足を持ち引きずりながら歩き出した。
 「ちょっと待て!引きずんな!」
 「こういう風に扱われるのは初めてです。」
 逢夜と才蔵は不満を漏らしたがさふぁの足が止まる事はなかった。
 

 一方、千夜はこちらに向かってくる謎の女を半蔵と訝しげに見ていた。
 千夜と半蔵はお互いに影縫いをかけ、今はまったく動けない状態で仰向けに倒れている状態だった。
 「なんだ?あの女は。」
 唯一動く首を持ちあげ、歩いてくる女を見つめる。女は爆発のケガを負っている逢夜と才蔵を嬉々とした表情で引っ張っていた。
 「しっかし、ずいぶんと大胆な格好をしている女ですな。」
 半蔵は女の豊満な胸と尻をにやつきながら目で追っていた。
 女は千夜と半蔵の前までやってくると逢夜と才蔵を近くに置いた。
 「ったく……ひでぇ引っ張り方しやがって。」
 逢夜が悪態をついたがさふぁは気にする様子もなく楽しそうだった。
 「逢夜、無事だったか。」
 「はい。少し、しくじりましたが。」
 千夜の言葉に逢夜は丁寧に答え、才蔵を睨みつけた。
 才蔵は何も言わずに目線を逢夜から外した。
 「で?あんたは誰なんですかい?」
 半蔵は女を見据え、感情なく声を発した。
 「私は元Kの使いさふぁだよ~ん。あんた達さ~、なんだかKについて調べているみたいだからさ~ん、元Kの使いである私が教えてあげよっかな~なんて思ったわけよ~ん。」
 「なんだと!」
 さふぁの発言に逢夜も千夜も才蔵も半蔵も目を見開き、驚いた。
 「いいよ~。知りたかったんでしょ~。私は元Kの使いだから守秘義務ないからね~ん。」
 さふぁの楽観的な笑い声と千夜達が固唾を飲みこむ音が同時に白い花畑の空間に響いた。
 Kとは何者なのか一体この世界で何をしているのか……聞きたいが聞いてはいけない事のように千夜達は感じていた。
 そんな彼らを見据えながらさふぁは言葉を切り出した。
 「Kはね~いっぱいいるっていうのかな~なんなのかな~。まずはKの使いに指示を出しているK達がいるでしょ~。そして弐の世界の真髄にいるK達がいるでしょ~。あ、弐の真髄にいるKの正体は七人の女の子だよ~ん。七人の女の子の裏には別の世界を結ぶKがいるのよ~ん。確か……伍の世界を守っている……とか。皆ちゃんと仕事しているよ~。……あんた達がさ~、この小さな世界だけじゃないもっと大きな世界の流れと仕組みを理解できるのかな~?私は無理だったけど~ねっ!」
 さふぁはまた楽観的に笑った。
 千夜、逢夜、才蔵、半蔵はこの世界が単純にできていない事を感じ取った。
 Kに頼ればなんだってできる……そう考えるのは間違いだった。神に祈るようにKにお願いしてもKは何もできないだろう。Kは一人ではなく集団らしい。組織化した集団なのか壱の世界か何かで誰かが想像し弐の世界に出現させた者達がKなのか……もしかすると両方かもしれない。Kとは何かますますわからなくなった。
 ……Kの使い達が動く裏には、はるかに大きな世界が関わっており一幽霊が知った所で何もない気がした。
 「お前さんが言っていることが本当か本当じゃないかそれがし達にゃあ、よくわかりやせんよ。だいたいお前さんが元Kの使いだとどうやって証明するんですかい?」
 半蔵はさふぁに疑いの目を向けた。
 「あ~、そっか。人は疑う生き物って聞いたわ~ん。うん。証明ね~できないね~。信じなくてもいいけどさ~ん、Kは否定しないでね~ん。」
 さふぁは再び愛嬌のある顔つきで笑った。
 ……嘘か本当か見極める必要があるな……。
 千夜、逢夜、才蔵、半蔵は忍としての探索能力が久々にうずいていた。
 「で?あんたはなんで俺達にそんな事を教えに来たんだ?」
 逢夜はとりあえずさふぁに質問を投げかけた。
 「実はね~ん、少し状況が悪くなってね~ん。助けを借りたいな~と思ってね~ん。」
 さふぁは困った顔でポリポリと頬をかいた。
 「私達の助けだと?」
 千夜は鋭い瞳でさふぁを見つめ言葉を発した。
 「君達も関わってんだけどね~ん、この弐の世界が少しおかしくなっててね~ん。セイって神のせいでKの使いの人形達も修復作業に追われてるよ~ん。なんとこことは別の世界も若干の被害があり、現世にいるイチって人形と別世界のロクって人形もかなり大変なご様子。君達も関わっているのだから手伝ってもらわないとね~んってことでね。」
 さふぁは鼻をフンと動かすと腕を組んだ。
 ……なるほど……この女は自分達と更夜達を間違えているのか。
 千夜達は今の話でそう考えた。
 「お前はKの元使いだそうですね。元使いが契約も切れているのにKに力を貸すのですか?」
 才蔵は細い目をさらに細めてさふぁを見据える。
 「まあ、関係ないんだけどさ~ん、見た感じ大変そうなんでね~ん、手伝ってあげたいと思っただけなんだけどさ~ん。」
 さふぁの言葉でさふぁはKに何か言われて動いているわけではないという事を知った。
 「それで?手伝いとは?」
 千夜は一応、要求を聞いてあげる姿勢になった。
 「うん、壊された世界は人形達が修復するからさ~ん、そこに住んでいた魂を探してほしんだよね~ん。どこかの世界に紛れ込んでいたりする可能性があるからさ~ん。」
 「それは無謀ですな。」
 さふぁに半蔵は一言そう言った。半蔵が無謀と言ったのにはわけがある。才蔵と半蔵もその現場を見たが壊された世界の中には平敦盛がいる。歴史上の人物。この本来の敦盛は夢幻の弐の世界では沢山存在してしまう。人の妄想で作られた敦盛、想像で語られた敦盛など様々な敦盛がいる。その沢山の敦盛の中から本来の敦盛を探すのはとても大変な事だった。世界も無数にあるため、動くのも困難だ。
 「いなくなっちゃったのはオリジナルの本人~。探すのは無謀だけどさ~ん、何にも関係なかったのにかわいそうだよね~ん。世界壊されちゃってさ~ん。」
 さふぁは千夜達が悪いのだと思っているようだった。
 「……まあ、一つ言っておきますが……私達はあまり関係がありませんよ。関係があるのはセイと一緒にいるライという女とこの世界の時神達です。」
 才蔵は不気味にほほ笑みながらさふぁを見上げた。
 「……?」
 さふぁには才蔵の言った言葉の意味がよく理解できなかったらしい。首を傾げていた。
 才蔵の狙いはそこら辺の面倒な事を更夜達にやらせ、自分達はその後をつけ、Kについての情報収集をするというものだった。
 「才蔵……。」
 それに気が付いた千夜は才蔵を鋭く睨みつけた。才蔵は千夜を軽く無視をすると続けた。
 「知らないんですか?平敦盛を消したセイとその関係者はここにはいませんよ。私たちは一部関係がありましたが世界をおかしくしたのは私達ではありません。」
 「そ、そうなの~?」
 さふぁは才蔵の言葉をすぐに信じた。そこも才蔵の狙いだったようだ。さふぁはいままでの会話で人を疑うという事をしない女だと才蔵は見抜いていた。
 さふぁは戸惑いの表情を浮かべた。
 「お前がここで待っていればセイと関係者は必ずこの世界にやってきます。間違いありませんよ。」
 「そ、そうなの~?じゃあ待ってるね~ん。」
 さふぁは少し困った顔で頷くとその場に大人しく正座をした。
 才蔵は元Kの使いを手放すのは得策ではないと考え、この場にいさせる事にした。どちらにしろ、ここは時神達の世界だ。必ず更夜達はこの世界に戻ってくる。
 ……そうしたら更夜達にこの事を任せて私達はKの探索に動けます。この女とセカイがいれば少しはわかる事もあるでしょう。
 才蔵はセカイがもうすでに更夜達と共にいない事を知らなかった。だが仮にいなかったとしてもKの使いの手伝いをさせられるかもしれない更夜達を追う事で真実にたどり着けるかもしれないと思っていた。
 「さふぁ……だったですかい?それがしに刺さっている針を一本抜いてくれませんかね?」
 半蔵がさふぁに笑顔でお願いをした。
 「いいよ~ん?」
 さふぁは素直に半蔵に刺さっている針を一本抜いてあげた。人体のツボである一本を抜いた事で術が解け、半蔵は自由に動けるようになった。半蔵は針を抜いた瞬間に動き出し、才蔵を引っ張りその場からあっという間に消えた。
 「し、しまった!」
 逢夜が叫んだ時にはもうすでに半蔵も才蔵も見えるところにいなかった。おそらく花畑を抜けて周りを囲う森の中へと身を隠したのだろう。
 「くそっ!」
 「逢夜、落ち着け。」
 「も、申し訳ございません……お姉様。」
 逢夜は千夜の鋭い声で委縮し、小さくあやまった。
 「特に逃げたからといって問題はないだろう。あやつらはKを調べる事が目的だ。更夜達がこの世界に戻ってこないかぎりこの世界からは動かないだろう。先を読め。逢夜。」
 「は、はい……。申し訳ありません。お許しください……。」
 逢夜は千夜に躾けられた過去を持つ。幼き日の傷は逢夜であろうが千夜であろうがトラウマになっているようだ。千夜の鋭い声は青年になった今でも逢夜は怖かった。
 逢夜も他の兄弟同様に千夜からの暴行を受けて育った。長女である千夜は父である凍夜(とうや)から『仕置き』と呼ばれる虐待を幼き頃から受けていたという凄惨な過去があった。家庭環境で仕方なかったとはいえ、この四姉弟にはいまだに深い溝がある。
 「お前は危なっかしいのだ。無茶をあまりするな。」
 「お姉様も女の身で男達の乱闘に加わらないでいただきたい。戦闘ならばわたくしがいたします故。」
 千夜の心配そうな声に逢夜も戸惑いながら言葉を返した。
 さふぁは急にいなくなってしまった才蔵と半蔵にしばらく声も上がらないくらい驚いていた。
 「さふぁ……だったか?私の影に刺さっている針を抜いてくれ。」
 「え?あ……わかったよ~ん。」
 さふぁは戸惑った状態のまま千夜の影に刺さる針を抜いた。千夜は重そうな体をやっと持ち上げられた。
 「ふう……。影縫いは解けたが……糸縛りが解けておらんのか……。」
 千夜はため息をつくと動かない体を無理に動かし、逢夜の元まで這いつくばるようにやってきた。
 「お姉様……動かぬ方が……。」
 逢夜の心配もよそに千夜は逢夜の肩に手を置き、印を結んだ。
 「この影縫いはずいぶんと特殊だな……。針が刺さっているのはお前が先程まで倒れていた所だがその影縫いがここまで続いている。という事は催眠術もかけられているという事だな。」
 千夜はそうつぶやくと息を吐いて逢夜の肩をグイッと押した。刹那、逢夜の体は自由に動くようになった。
 「ありがとうございます。術が解けました。ではわたくしがお姉様の糸縛りを解きましょう。」
 逢夜はうつぶせになっている千夜のすぐ上を手刀で凪いだ。目に見えないくらい細い糸が何百本も千夜に絡みついていた。逢夜はそれをすべて切り、千夜を解放してあげた。
 「すまんな……。」
 「いえ。問題ありませぬ。」
 千夜と逢夜は自由になった体でさふぁを一瞥した。
 「……?」
 さふぁはいまだに戸惑っていたがその場に大人しく正座をしていた。
 「さて……用事が終わってこちらに戻ってくると思われる更夜達を待つとするか。」
 千夜は逢夜に目を向け、逢夜は小さく頷いた。


 

旧作(2015年完)本編TOKIの世界書三部「ゆめみ時…4」(芸術神編)

旧作(2015年完)本編TOKIの世界書三部「ゆめみ時…4」(芸術神編)

三部の四話目です。 話は起承転結の結にかかる部分です。 ゆめみ時…も次回で最終話となります。 人の心の中に住む霊とは生きている人間に進むべき道を記し、そちらへ誘うものである。 その霊達の行動は生きている人間の感情というエネルギーから来ているのか……それともすでにエネルギー体となってしまった霊が持つ何かなのか。 それはよくわからない。人は実に不思議な生き物であるのだった。

  • 小説
  • 中編
  • ファンタジー
  • 時代・歴史
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-11-15

CC BY
原著作者の表示の条件で、作品の改変や二次創作などの自由な利用を許可します。

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  1. 夜は動かぬもの達
  2. 二話
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