Ⅸ アヤタカ 「ミザリー先生のお部屋 後編」

Ⅸ アヤタカ 「ミザリー先生のお部屋 後編」

 武具装備の授業を担当しているミザリー先生は、 アヤタカがいじめられているのではないかと誤解して部屋に呼び問い詰めた。 しかし誤解だと無事に分かり、 お詫びとして彼女はお菓子をあげるねと言い台所へ消えていった。
 「はい、 サイオウ君。 お口に合えば良いけど……。」
 彼女が持ってきたお菓子は砂糖がまぶされたラスク、 それと木の実が入っているクッキーだった。 手作りらしくひとつひとつの形も少しだけ違っていた。
 ミザリー先生の部屋のソファで待っていたアヤタカは、 まだ少し熱いアップルティーを机に置いてぺこりとお辞儀をした。
 ミザリー先生がお菓子を手に取ったことを確認して、 アヤタカも後から手を伸ばす。
 小さなクッキーを摘まんで口に放り込む。 クッキーはほんのり甘くて、 お店のものと違い口に入れるとほろほろと崩れるところが美味しかった。 アヤタカがもぐもぐしていると、 ミザリー先生が口を開いた。
 「貴方、 鷹の爪っていう唐辛子を引いたでしょう?」
 アヤタカはまだクッキーが入った口をもごもごさせながら、 こくんと首を倒した。 ミザリー先生の美しい顔が微笑を浮かべる。
 「あれはね、 媚薬とか本音を出させる薬の材料にも使われるの。 だから人の心がよく分かる人にもあの材料はついていくのよ。」
 アヤタカはなにも言わず表情も変えなかったが、 目だけぱちくりと瞬きさせた。 ミザリー先生はその様子を見て、 なんとなくだけど彼はそのことを自覚しているんだろうなあと思った。 きっと彼は違うと思ったらかぶりを振って否定するタイプだ、その姿を思い浮かべたミザリー先生がくすりと笑う。   アヤタカはクッキーを飲みくだしてようやく口を開いた。
 「あの、 相性が良い中でもっと格好良い材料とか無いですかね? できたらなんか……琥珀に勝てるくらいの……。」
 「あら、 鷹の爪も格好良いじゃない。」
 ミザリー先生のわざとらしい言い草に、 アヤタカはやきもきした表情を見せた。 そしてそれを見てミザリー先生はまた笑う。笑いが収まったところでまたミザリー先生は質問をした。
 「はー……。 ねえサイオウ君、 もう光の間には行った? 」
 光の間。 アヤタカが昨日行った、 すべての種族が生気を養うことができる不思議な光で満ちた空間である。 そしてそこでアヤタカはアポロンと出会った。
 アヤタカは、 はい、 行きましたと簡潔に答える。 簡素な答えだったため、 会話が弾んでいないとでも思って焦ったのか、 先生は少し固い顔になって次の質問をした。
 「そっかー…。 どんな所だった、 とかも覚えてる?」
 何処までも続く境界線の無い白い世界。そしてオーロラのようにたなびく紫に輝く布……。 アヤタカは昨日の情景を思い出しながらも、 そんなとってつけたような質問を振るなんてよっぽど自分との会話に困っているんだろうな、 と彼女の気遣いに有り難い反面気まずい気持ちでいっぱいだった。 アヤタカは大まかに見たものを伝えている最中、 ティーカップを口につけたまま話を聞いている彼女のきらきらした瞳を見ていた。
 その後、 ミザリー先生は感心したような吐息を漏らし、 ため息まじりに呟いた。
 「すごい……。 あなた、 光の間でもちゃんと意識があるのね……。」
 アヤタカは え? と聞き返した。
 「あぁ、 ごめんなさい……。 あのね、 光の間っていうのは別名”魂の故郷”とも言うんだけれども、 簡単に言えばよっぽど感覚が鋭くないとそこに居た時のことはぼんやりとしか覚えていないの。 大体の人は、 光の間では意識が鈍くなって大した行動はとれないし……。 そうね、 人間でいう夢を見ている時みたいに。」
 アヤタカは到底信じられなかった。 しかしそれを口にしようとする直前に、 ふっと彼は昨日の周りの人たちのことを思い出した。 思い思いに寝そべる者、 布をハンモックのようにしている者……。 あの時、 実はほんの少し違和感があった。 何故あの人たちは誰も会話をしていないのだろう? それはもしかすると、 あそこでの意識が全く無いから? そうなると、 もしかしてアポロンもぼんやりしていて……。 ということは、 今度の遊ぶ約束も無かったことに……!
 アヤタカがそこまで考えた後、 ミザリー先生が情報を付け足した。
 「でも例外として、 貴方みたいに光の間でのことを覚えていて、 光の間でも自由に行動ができる人はいなくはないわ。 覚えていない人達の中でも、 時々何かの波長があって意識と記憶がはっきりする時もあるけれど、 いつもではないわ。 ごく稀に貴方のようないつもはっきりしている人が……。 本当にいるんだ。 面白いわね……。」
 アヤタカは今の話を聞いて少し希望が見えた気がした。 アポロンはあの時かなり言動がはっきりしていた。 ならば覚えているかもしれない。 希望を込めてアヤタカは聞いてみた。
 「あっ、 あのっ……! おれ光の間で、 アポロン先輩っていうんですけどその人とずっと喋ってて遊ぶ約束までしたんです! もしかして、 あの人もそういうタイプですかね?」
 え、 と呟いてミザリー先生はきょとんとした。
 アヤタカは、 先生が何でも知っている前提で聞いちゃったけど、 冷静に考えるとミザリー先生はアポロンさんのことを知らない可能性の方が高いかも。 困らせちゃっただろうか……。そこまで考えた後、 ミザリー先生は意外そうに声を上げた。
 「へぇ、 アポロン君もその場所に居たの? それで色々話した……と。 彼も意識がはっきりしてるんだ! 知らなかったなあ。 ねぇねぇ、 他にはそこに誰がいたとか覚えている?」
 アヤタカは昨日のことを思い返そうとしたが、 周りの人をそこまでじろじろ見ていなかったので分からなかった。 しかしアポロンがこの先には高学年の優秀な人たちがたくさんいる、確かそんなことを言っていた気がする。
 「う~~ん……でも、 知ってる人はアポロン先輩しか居ませんでした。 人がちらほらいることは分かったんですけど……。」
 ミザリー先生は そっか、 と言って紅茶に目を落とした。やがて口を挟むように時計のオルゴールが時間のくぎりを伝えてきた。
 「あら……もうこんなに話していたの? ごめんねサイオウ君、 こんな時間までひきとめちゃって。 それに、 誤解で呼び出しちゃって……。」
 ミザリー先生はしゅんとしていた。 アヤタカは焦って明るい声で語りかける。
 「いえいえ、 先生が謝ることじゃありませんよ。 それよりおれこそ……すみません。 せっかく心配してくれたのに、 ひどいこと言っちゃって……。 お菓子、 美味しかったです。 面白い話も聞けたし、 得しちゃいました。」
 最後にアヤタカはにかっと笑い、 小さな八重歯が端から覗いた。
 ミザリー先生はつぼみが花開くように ぱぁっと笑顔になった。 元のきらきらしたミザリー先生に戻り、 アヤタカも安心をする。
 失礼します、 とアヤタカが部屋から退出する時も彼女は優美に手を振っていた。
 アヤタカは、 まだ自分に待ち受けている受難を知らない。
 カツ、カツとアヤタカの足音だけが廊下に響く。 音は談話室へと向かっていった。
 しかし談話室の手前で、 足の音は何故か途絶えた。 談話室では、 部屋の明かりが煌々としている。
 「あの先生本当美人だよな!!」
 「可愛いのに色っぽい!!!」
 談話室では飢えた生徒が騒いでいる。
 アヤタカは足を止めた。
 何故呼ばれたんだ、 どんな話をしたんだ、 ミザリー先生の部屋はどうだった、 私室での彼女はどうなんだ。 矢継ぎ早に用意されていく質問はだんだんと品が無くなっていく。 その質問に答えなくてはいけないのは誰だ、 アヤタカだ。
 アヤタカは手で顔を覆い、 しゃがみ込んだ。
 アヤタカの受難は、 これからだ。

 ミザリー先生の部屋から、 かちゃかちゃと食器を片付ける音が聞こえる。 廊下を歩く何者かが、 彼女の部屋のドアノブに皺だらけの手をかけた。
 「ミザリー先生。」
 ドアの向こうから、 低い優しい声が聞こえる。 ミザリー先生は はっと洗い物をする手を止め、 タオルで手を拭きながら はーい、 と返事をした。
 「入っていいですかな。」
 ミザリー先生がドアを開けると、 そこには老人の男性が立っていた。
 とても黒い肌に高い鼻。 白い髭も髪も、 短く切り揃えられている。 そしてターコイズブルーに輝く瞳。 肌の色と対照的であるそれは、 何もかも見通してしまいそうなほどに神秘的だった。
 ミザリー先生はにこっと笑い、 その男性を受け入れる。
 「お待ちしておりました、 校長先生。」
 ミザリー先生はドアをひき、 ソファに向かってどうぞと手を差し出す。
 校長先生と呼ばれたその人は、 ソファに座り神秘的な瞳を細めた。
 「どうですかな、 聞けましたか。」
 校長先生はアヤタカの座っていた場所で、 ミザリー先生のアップルティーを飲んでいる。 ミザリー先生は少し眉をひそめて不満気な声を出す。
 「はい……。 でも、 校長先生の無茶なご注文には困ったんですよ。 何でもいいから、 適当な理由を作って彼を呼び出してくれ、 なんて……。 どれだけその理由を作るのが難しかったか。」
 ご立腹なミザリー先生に、 校長先生が ほっ、ほっ、と笑った。
 「笑いごとじゃないですよ、 もう……。 さて、 話を戻しますが、 結論から言いますと当たりです。 証拠の裏付けまで取れました。」
 話が始まったとたん、 校長先生の穏やかな目がすっと鋭くなる。 ミザリー先生は続ける。
 「やはり彼は、 光の間の最高位に行っています。」
 「なんと……!」
 彼の目が今度は大きく見開かれる。 場つなぎに、 持っていたティーカップを口へと運んだが、 もう中身は空になっていたので飲むふりをしてから机に置いた。
 「しかもあのアポロン君もそこに居たそうです。 今まで彼にははぐらかされていましたが……。 思わぬ収穫でした。」
 ミザリー先生はやっと宝を見つけたという顔で微笑んだ。
 校長先生は切り揃えられた髭を撫で、 低く唸り声を出す。
 「ふむ……。 いや、 ミザリー先生ありがとう。 貴女にばかりこんな役目を……。 しかし、 これで間違いありませんな。」
 校長先生の不思議な瞳がどこか遠くを見る。 ため息交じりの声が漏れた。
 「彼は……”世界の監視者”でしたか。」
 ミザリー先生の頭に、 昔の自分と校長先生が話したかつての会話が蘇る。

ー校長先生。 彼があの、 世界の監視者のうちの一体ですか?

ーええ、 光の間の最も明るい世界、 紫の布がかかったあの空間に行けることが何よりもの証拠です。 その者たちは、この時代に生きる我々が間違った道に進まぬ様監視するために生まれてきた、 私たちよりも本来はるかに古い魂。
 かつての時代に生き、 役目を終えたはずの魂がお目付け役としてこの世界を見張るために再び生まれてくる存在です。 ………しかし、 本来そのような者が生まれてくるのはひとつの時代に一体、 多くて二体という稀有な存在であるはず。 それが今、 監視者たちがこの世に何体も生まれてきている。

ー彼に限らず、 この世代には大きな力を持った子がたくさん集まっています。

 記憶の中の校長先生の言葉と、 今目の前にいる校長先生の言葉が重なる。
 「大きな力がこの時代に集まりつつある。 そしてそのようなことが起きるのは、 決まって歴史が大きく変わる時……。」
 校長先生が、 胸にかけている棺型の首飾りを抱くように握りしめた。
 「一体、 何が始まるのか……。」
 ミザリー先生と校長先生が窓の外に浮かぶ無数の星たちを見上げる。
 大きな月は新月に向かって欠け始めていた。

Ⅸ アヤタカ 「ミザリー先生のお部屋 後編」

Ⅸ アヤタカ 「ミザリー先生のお部屋 後編」

やあ! ぼくはアヤタカだよ。 今回の話にでてくる「アヤタカの受難は、 これからだ。 」という文章は、 俺たちの冒険はこれからだ の発音で読んでね。 別に打ちきりじゃないよ。 というか、 打ち切られるほど立派な物じゃないからね! まあとりあえず、 読んでね。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-11-15

CC BY-ND
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