振り向かない人を追いかけて悲しくないの?
ねえ、神尾。振り向かない人を追いかけて、悲しくないの?
ずっと問いかけたかった。仲良くはしてくれる。でも、きっと振り向いてはくれないよ。神尾が望むような結果にはならない。
杏ちゃんのこと。ずっと見てるの、知ってる。そんなに、どこがいいの、あの子の?可愛い、っていっても十人並み。気まぐれで、向こう見ずで、正直持て余しそうな女の子だ。
神尾の手には余ると思う。
やめときなよ。やめたほうがいいよ。
言いたくて、一度も言ったことない。えらいよね、俺にしては。これだけは言っちゃダメだ、って心の奥底で思ってる。言っちゃったら、……神尾はきっと立ち直れないほど傷つく。振り向いてくれないなんて、……きっと神尾は思ってないから。だから俺は硬く口を閉ざす。
杏ちゃんの話も、黙って聞いている。面白くもなんともないけど、神尾が夢中になるなら、仕方ない。仕方ないけど、……お返しに、毎日電話で愚痴を言う。すごくくだらないことでも、神尾は大真面目に聞いている。
内容なんか、どうだっていいんだ。その日の最後に、神尾に俺の声を聞かせることが大切。神尾の声を聞くことが大事。一日の終わりは、神尾の声。それでやっと安心して眠れる。
まさかそのあと、杏ちゃんに電話したりしてないよね?……って、深夜に及ぶ電話だから、きっとそれはない。ない、と信じてる。
自分でもバカみたいだな、とは思ってるよ。思ってるけど、どうにもならない。何かしなきゃいられない。じゃなきゃ、もっと大きな爆発を起こしそうで。
これが何なのか自分でもよくわからない。ただ、……正直なところ、俺は杏ちゃんが……。
大っ嫌いだ。
なあ、深司。
振り向いてくれない人を追いかけるの、悲しくないのかよ?
ずっと言いたくて、でも言えない。そんなんじゃない、って深司は言うと思うし。深司はプライドも高いから。
でも知ってるぞ。俺は、ちゃんと知ってる。橘さんのこと、ずっと目で追ってるの、俺はちゃんと見てる。
……そうだよな、橘さんはカッコいい。カッコいいよ、尊敬してる。思いやりもあるし、テニスもうまい。リーダーシップもある。俺たちの憧れの的だ。
深司が橘さんから、ちょっと特別に思われてることもわかってる。エースだ、って思われてるし、……深司には特別なテニスのセンスがある、と思われてるんだよな。
実際、そうなんだと思う。深司は天才肌のテニスプレーヤーだ。考え方とか、ちよつと人と違ってるし、変わり者って思われてるかもしれないけど、ほんとに一流なんだろうな、と思う。ほんとは不動峰なんかにいないで、私立行ったほうがよかったんじゃないか、……って思うくらい。
もちろん俺は一緒でよかったと思ってる。同じ不動峰で、一緒にテニスできて、よかったと思ってる。よかった、っていうか。……俺たち、だって、運命で結ばれてるもんな。それは心の底で信じてる。
だから、わかるんだ。橘さんのこと、そんなに追いかけるなよ。どっちにしろ、橘さんはぜったい俺たちには追いつけない。追いつけないし、……橘さんには橘さんの特別な領域があるんだ。
毎日の深司の電話。ほぼ半分は橘さんのこと。橘さんがさ、とか、橘さんにこんなこと言われた、とか。……そんなこと気にするなよ。深司には深司の、やり方がある。橘さんとは違うんだ。
なんで、毎日深司は橘さんのことを俺に言うんだろう?なあ、なんでだよ?そんなに、なんで橘さんのこと気にしてんだよ?
なあ。
毎晩、電話で話したあと、……悔しくて眠れなくなる。橘さん、て名前を聞くたびに苦しくなる。聞きたくないんだ、その名前。
ここんとこ、寝不足なの、深司のせいだからな。
悔しいから、昼間はいっぱい杏ちゃんの話をする。深司が、実は嫌そうにしてるの……わかってる。なあ、俺が杏ちゃんの話するの、嫌なんだろ?同じくらい俺だって嫌なんだ、橘さんのこと聞くの。
そんなこと、ぜったい言えない。だって俺たちの橘さんだ。俺だって憧れてはいる。でも深司からその名前を聞くのが嫌なんだ。
もうやめろよ。橘さんのこと追いかけるの。悲しくなるだろ?俺が悲しいよ。深司が橘さんのこと追いかけるの。
振り向かない人を追いかけて悲しくないの?