優しい雨音

ASKノベルゲームメーカーでの処女作品です。

はじまり


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しとしと。――しとしと。
……静かで優しい雨の音。



しとしと。――しとしと。
ぼやけた世界に染みていく
心地のいい、雨の音。



「……はぁ。目覚めはとってもいいのにね。
 そんな日に限って、体は動いてくれない。
 やりたいことはたくさんあるのに。むぅ」


布団に入ったまま、両の手足に力を入れても
ちっとも私の言うことを聞いてはくれない。
……慣れているけれど、やるせない気持ちに
なるのです。


しとしと。――しとしと。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、雨は
静かに降り続けています。


「お外に出たいけど、今日は雨だから。
 ……今日は雨で。……良かったのかな」


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こんなことは、いつものこと。仕方のないこと。
そうやって、期待した気持ちを抑え込むのです。
……本当の気持ちを痛いくらい知っているのに。


「次に目が覚めた時は、お散歩できたら嬉しいな。
 んー、そだ。体はちっとも動かないけど、心は
 自由に動かせるから、今日は物語を紡ぐのです。
 んと、んーと。どんなお話になるかな。楽しみ」


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ぽてぽて。――ぽてぽて。



ふいに聞こえてきた不思議な音によって、空想の
世界から現実の世界に連れ戻されたのですが……


「ぽてぽてって。……心当たりが無さすぎますよ。
 心なしか、いえ、徐々にこちらのお部屋の方に
 近づいてきているような気がするのですけども」



ぽてぽて。――ぽて。


…………。障子の向こう側で音が止まりましたね。
どなたなのでしょうか? 誰かいらっしゃる予定
はないですし。……はっ。もしや、どろぼうさん?
でも、ここには何も無いので逆に申し訳ない気が。


こんな状況でなら、体だって動くはず。…………。
はい。そんなの関係ないのですね。えっと。動け
ない私が今できることは、……ぽてぽてさん?が
悪い方でないことを布団の中から願っておくこと
ですかね。




…………? かなりの時間が経ったと思いますが、
物音ひとつ聞こえません。……あの不思議な音は
空耳だったのでしょうか。


「……あの。そこに誰か、いらっしゃいますか?」


しとしと。――しとしと。


「よしっ。空耳さん決定です。……ん。ふわわぁ。
 ホッとしたら何やら、うとうとしてきたのです」



すぅ――。すぅ――。



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――しとしと。しとしと――。


「雨の音はやっぱり安心しますね。んー。のびー。
 ……ん、のびー? あっ。体がちゃんと動くの
 です! えへへ。ちゃんと体動かせてるのです」


「そういえば裏山で栗拾いをしたかったのですよ。
 小雨がやんだら栗拾い♪ 晩御飯は、栗御飯♪」


「よし。ちゃんと動けてますね。そうと分かれば
 お布団畳んで♪ 着物に着替えて♪ それから
 ――ん? それから大切な……えと、何だっけ」


いつも鼻歌まじりで、歌いながら準備をしている
ので忘れるはずがないのですが、どうしても続き
を思い出せないのです。


「まぁ、いっかです。取り立てて異常なしですし。
 さてと。障子を開けて、空気を入れ替えますか」


「えと。……異常ありました。これは一体、何で
 しょうか。んー。白くて、卵みたいな形をして
 いますね。あ。触るとふかふかして温かいです。
 ぎゅっとするのに、いい感じの大きさなのです」


「んー。これは……卵型のぬいぐるみさんですね。
 そうと分かれば、さっそくぎゅっとしてと――」


――かさり。


「……ん? 何だろ、これ。お手紙?」


『きっと貴女の力になると思い、この子を託します。
 どうかこの子の側にいていただけないでしょうか。
 
 追伸:
 このたまごから、何が生まれてきてほしいですか』


「いやいやいや。待ってください。えと。どこから
 ツッコミをいれたらいいのでしょうか。落ち着け、
 私。まずは正座をして、落ち着いて状況整理する
 のですよ」



えっと。ぬいぐるみさんをプレゼントされました。
それも見ず知らずの方に。はっ、感謝しなくちゃ。


「どこぞの誰かさん。贈り物をくださり、本当に
 ありがとうございます」


「さて。あとは追伸を解読するのみですね。んー。
 このふかふかのたまごさんの中に、もうひとつ
 ぬいぐるみさんが入っていたりするのですかね」


「答えは分からないですが、入っててほしいのは。
 ……かっぱさん。うん。丸っこくて、ぽてぽて
 してて可愛らしくて。ふわふわしたかっぱさん
 のぬいぐるみさんが、中に入っていたらいいな」


……今、たまごさんが動揺した気配がしたような。
困らせてしまったでしょうか。そもそも、かっぱ
さんって卵でしたっけ。ここは無難に、小鳥さん
の方がいいのでしょうか。


「……あの。やっぱりたまごさんとしては、私が
 考えたかっぱさんより小鳥さんの方が、都合が
 よかったりするのでしょうか?」


…………。…………。……いけない。また、誰も側に
いないのに、独り言ばかり言っちゃってるのです。


――私は、すぐ空想と現実の世界をごちゃまぜに
してしまうから。だから、他の人は気味悪がって
私から離れていく。ひとりぼっちになってしまう。


……でもね。だけどね。動けない私の唯一の希望
でもあるから――。


「ごほっ。ごほごほっ」


何だか、苦しい。思い出したくないことばかりが
頭の中で渦巻いて、うるさいの。たくさん呼吸を
してるのに、意識がぼやけていく。まるで空気で
溺れているみたい。……息の仕方がわからないの。
暗闇が迎えに来る。怖いよ――ねぇ、誰か助けて。



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さすさす。――さすさす。


「……ん。すみません。通りすがりに介抱して
 くださり本当にありがとうございます。もう
 発作は落ち着いたので、もう大丈夫ですから。
 そろそろ目も回復して見えてくる頃かと――」


おぼろげに光を取り戻した私の目に映ったのは、
かっぱさん。ぽてぽてして丸い姿で……背中に
ちっちゃな白い羽根のついている、かっぱさん。


そう見えた気がしたのですが、結構無理をして
いたみたいで、私の意識は再び暗闇に奪われて
しまいました。だから、介抱してくれた誰かの
姿は分からないのです。けど、ずっと私の手を
握ってくれていた手の温もりのおかげで、安心
して意識を手放すことができた気がするのです。


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しとしと。――しとしと。


「まだ雨は降ってますね。……えっと、かっぱ
 さん? あれ。お布団畳んだのに、いつの間
 にか敷いて横になってる。むぅ。頭が重たい。
 あれは全部、不思議な夢だったのでしょうか」



「夢は、夢なのです。……気持ちを切り替えて
 元気を出すのですよ。大丈夫。……。大丈夫」


――ぐすっ。


悪夢を見てうなされて泣くことには慣れている
けど。今回の夢は――温かくもあったから――


「かっぱさん。……寂しい、ですよ」



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よし。元気に御飯の準備をするのです。えっと。
いつもの調子でいきますよ。


「お布団畳んで♪ 着物に着替えて♪ それから
 ――大切な眼鏡をかけまして♪」


……忘れていたのは、眼鏡でしたか。かけないと
何も見えないのにね。夢の世界は眼鏡が無くても
はっきりとものが見えるから、忘れていても平気
だったのですね。


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ん。この匂いは……御飯の炊き上がった香り?
今日はまだ準備してなかったはずなんだけど。
も、もしや空耳じゃなかった、ぽてぽてさん?


ぱたぱた。ぱたぱた。


「……まだ、私、夢を見ているのでしょうか」


台所の側の机には土鍋が。蓋を開けてみると、
ほかほかの栗御飯。そして、寄り添うように
机の側に座っていたのは丸くてぽてぽてして
いて背中にちっちゃな白い羽根のついた――


「ありがとうございます。もしかして貴方が
 これを作ってくださったのですか」


――こくんと頷く彼を、そっと抱き寄せると
あったかくて、優しい雨の残り香がしました。


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優しい雨音

優しい雨音

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-11-09

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