天才探偵と天災ワトソン
とある都会の一角にある、來見探偵事務所。
そこには天才探偵“來見遙”と“天災”的な頭脳の持ち主、“筒井陽介”とその他の事務員達が。事件解決へと道をひいていた。
第一章 「來見遙」
「イヤです」
月曜日の昼下がり。來見探偵事務所に響く所長の声が事務所内の空気を震わせる。今日は雲一つ無い青空が広がる快晴だ。その太陽の陽射しが古びた窓から所内に差し込んでくる。夏の太陽はジリジリと皮膚を小麦色に焼いていくが、冷房の効いた室内に居るとその日光の持つ熱さえも暖かく感じる。
突然の所長の声に驚き、筒井陽介は声の正体へと目をやる。來見遙。この來見探偵事務所の所長であり、現役の探偵だ。とは言えもう何十年もやっているベテランの探偵ではなく、今から5年程前に探偵事務所を開業した。「來見の推理は当たる」と評判になり、一気にお困りの方御用達の探偵事務所となったが、彼女はひっそりと探偵業をしたかったらしい、でも依頼を断るわけにもいかず、渋々とこの御用達探偵事務所を経営している。
「あーもーほら來見ちゃん、ちゃんと食べなきゃ。きのこ」
事務員の川井なつみが來見の声へと返事をする。どうやら川井が昼食として作ったきのこパスタが気に召さない様だ。
「イヤです。きのこ嫌いなんです」
口をナフキンで拭きながら來見が言う。
彼女の前にあるパスタ皿にはきのこだけが残っていた。來見は手を合わせ、ご馳走様でした、と言うと席を立ち、皿を流しまで持っていく。
それを見た川井は、もぅ......、とため息をついた。
「來見先生、好き嫌いはいけませんよ。ほらなつみちゃんだって困ってる」
筒井が來見に向かって言った。來見は少しぴくっと肩を震わし、少しの間動きが止まっていたがすぐに流しまで道のりを辿り始めた。
長い髪をポニーテールに結ってあるのが、歩く度に左右に揺れる。
「川井さん、残ったきのこはどうすれば良いですか?」
「あーまってね、來見ちゃん」
筒井は川井が流しにいる所長の所まで行ったことを確認するとため息をついた。
「はぁ......來見先生の好き嫌いにはもうお手上げだよ......」
「まぁ、気を落とすなって。來見は昔からあんな奴だ」
筒井の呟きに、伴博明が答える。伴は來見探偵事務所の副所長だ。來見を昔から知る、來見の一番の良き理解者。明るく気さくで優しい性格だが、それが故に來見に甘い。
「そうだけど......」
筒井は納得いかない表情を浮かべながら、伴の言葉を肯定する。
「まぁ気にするこたねぇさ。一応あれでも成人済だからよ、食べもんくらい好きなの食わせてやれよ」
伴は口の端をにぃっとあげた。その笑は彼の心の優しさを表してるようだった。
「伴さんは來見先生に優しすぎるよ」
ソファーに腰掛けながらもう説得力が無くなった言葉を返す。
とは言え、全くもって推理の役に立っていない“天災”的な頭脳の持ち主の筒井を雇い、その上助手という大切なポジションをさらせて貰っているので、あまり文句は言えない。申し訳なさそうにきのこを流しの横にある三角コーナーに入れる來見の姿をみてから、筒井コーヒーを口に含んだ。
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