雨夜取り

雨夜取り

真夏の夜に急に雨が降り出した・・・

 ディスクに置いてある紙がナヨナヨになるほど湿気の多い真夏の夜、私は夜遅くまで会社で仕事をしていた。
 
 夜十時を過ぎたころ、ようやく仕事にも目途がつき、パソコンの電源を切って帰り支度をし、事務所のカギをかけて私は会社を後にした。

 疲れた体で夜道をフラフラとおぼつかない足取りで帰っていると、頬に冷たいものが上から落ちてきた。「あ、雨だ」と右頬を触りながら空を見上げた次の瞬間、大粒の水玉が私の顔に降り注いだ。「ひゃ~雨だ」そんなことを言いながら私はどこか雨宿りできる場所はないか、鞄を頭に乗せて傘の代わりにしながら探した。

 すると、古くさびれたシャッターの降りた店が目に留まった「ちょうどいい。あそこで雨宿りさせてもらおう」そう言いながらその店の軒下に私は入り込んだ。「傘持って来ればよかったな~」と濡れた肩を手で払いながらそんな愚痴をこぼしていると。「すごい雨ですね」と誰かから話しかけられた。声のする方を見てみると同じ軒下で雨宿りをしている女性が右側に立っていた。身長は170cmくらいで長い黒い髪と紫色のエプロンが印象的だった。

「あ、すみません。気づきませんで、他にも雨宿りしてる人がいたとは」と軽く頭を下げた。「いえいえ、大丈夫ですよ」と女性はニッコリと笑いながら軽く会釈をした。「夏は急な雨が多くて大変ですね~」と少し気を遣う意味で与太話を彼女に投げかけた。「本当ですね。この時期は雨宿りする人が多いですよ」

 その返しを聞いた私は「あ、この人もしかして店の人かな?」と思い、「ここのお店の方ですか?」と尋ねた。「そうですよ。かれこれ30年以上ここでやってます」と女性は答えた。「30年?その割にはすごく若く見えるような気がするが」とその時思ったがあまり深くは追及しないようにした。「すみません。勝手に雨宿りしちゃいまして」と続けて話すと「いいですよ。雨宿りくらいご自由にしていただいて」と女性はニッコリと笑って答えた。

 話すことが無くなり、しばらく沈黙が続いて聞こえるのは雨音だけになっていた。一刻(約30分)ほどすると雨が上がったので、「あ、雨上がったみたいですね」と女性に話かけるつもりで私は言ったのだが、そこには女性の姿はなかった。シャッターの開く音も閉まる音もしなかったので少し不思議に感じたが「店の中にでも入ったのだろう」と私は思うことにした。

 次の日の朝、会社に向かっている最中に雨宿りした店を少し見てみたが、昨日と同様シャッターがまだ降りたままだった。「まぁ、まだ朝だからお店が空いてないのかな」と思いながら会社に向かった。

 私は職場の同僚にそのお店の話をした。しかし、同僚はなんとも不思議そうな顔をしながら「そんなとこに店なんかあったか?」と首をかしげるだけだった。
 
 「お前、あそこで雨宿りしたのか」と後ろから職場での勤務が長い上司が話しかけてきた。「はい」と私が返事をすると。上司は心配そうな顔をして「場所を紹介してやるから、今からお祓いに行ってこい」と何やらただならぬ雰囲気で私に言ってきました。

 事情を聞くと、かなり昔の話になるそうなんですが、あの店で働いていた女性が店主からかなりのいじめを受けていたとかで事件になったことがあったのだそうな。その事件がきっかけで店は廃業になり、何度も取り壊しの話が持ち上がって壊そうとする度にトラブルや事故が発生してついに取り壊しもあきらめることになった。ちなみに店主とその女性は自宅で一緒に遺体となって見つかったらしい。

 その話を聞いて、私は急いでお祓いに行きました。神主さんに会うと少し驚いた表情をしながら「早くこちらへ!」と言って挨拶もそっちのけですぐにお祓いを始めてくれた。

 お祓いが終わると「早く来ていただいて本当によかった」と神主さんは胸を撫でおろしながら言った。「どうかされたんですか?」と私が問いかけると「いやね、最初にあなたが訪ねてきてくれたあの段階で髪の長いエプロンを来た女性があなたの首を絞めようとしていたんですよ」と言った。私は背筋がゾクっとした。「見ますか?」と神主さんはおもむろに鏡を取り出して私の顔を映した。すると首のところに人の手のような青いアザができていた。

 今、あのお店の前には「KEEP OUT」と書かれた黄色いテープが張り巡らされ、「雨宿り禁止」と書かれた立て看板が置いてあるという・・・・。

雨夜取り

雨夜取り

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-10-25

Public Domain
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