《小説》交換日記 第1章 ハル 第1話

第1章 ハル 第1話

その子はいつも、静かに席についていた。授業中はもちろんのこと、給食中も、そして休み時間も。
授業中、誰かがふざけて騒がしくても、みんなが夢中になって議論を始めても、元気よく歌を歌っているときも、その子は静かに座っていた。

その子の名はハル。喋れないわけではない。ただ、誰にも話しかけないし、話しかけられないだけ。
いじめられてるのではないし、学校が嫌いなわけではない。ハルは先生のことが大好きだし、このクラスのみんなのことが好きなのだ。他の友達がおしゃべりしてるのを、ハルは野原にタンポポが咲いているように、おとなしく、誰の邪魔もしないでニコニコしながら聞いているのだ。
友だちは、そんなハルに気がついて、ときどき笑い返しては、また話に戻っていく。ハルも笑い返す。それで十分なのだ。少なくともハルはそれで幸せなのだ。

友だちが、ハルのことを好きなのには、ちゃんと理由がある。ハルは、いつでも、誰にでも親切だ。それはとっても自然で、気がつくと隣りにハルがいて、大変だったことがあっという間に片付いてしまう。
こんなことがあった。クラス1の慌てん坊のアッキーが給食当番だったときのこと。これまたクラス1の呑気者のテツくんが、給食の重いおかずを抱えて教室に入ろうとしていたアッキーにぶつかった。なんとか落とすまいと頑張ったアッキーだったが、やっぱりバッシャーン。
「何すんだよー」
と、切れそうなアッキーの横に、ハルがいた。ちり取と雑巾を持って、ハルが片付け始めていたのだ。アッキーは次の言葉を失った。だって、もう片付いてしまうから。
「あ、ありがと」
ハルはニコッとするだけ。ただそれだけ。
他にもある。いつかの帰りの会。あいさつのあと、さっきまでの曇り空からポツポツと雨が降り始めた。あっという間に大粒の雨に変わり、途方に暮れていたミック。
「傘ないよ~」
って、独り言が漏れた時、横にハルがいた。折り畳み傘を2つ持っていた。うさぎの可愛い柄の傘はハル。もう一つの赤の傘をミックの手に差し出して、ただニッコリ笑っただけ。
「でも…?」
やっぱりハルはニッコリ笑うだけ。
「いいの?」
ミックが聞くと、
「うん!」
と頷いた。やっぱりニッコリと。
「ありがと」
とミック。ハルはいつも笑ってくれるのだ。

ハルと話していると、不思議な空気に包まれる。友達の誰もが経験していること。
自分とハルしかいない感じ。不思議な時間が流れるのだ。それがとても温かい。

困った時にいつもハルがいる。それも笑顔で。クラスの友だちは、そんなハルに何度も助けてもらった。いや、これからも。だから、ハルもクラスの大事な友達なのだ。

そんなハルを、和美はいつも不思議そうに見ていた。ハルは、なぜ、遠くで静かに友だちを眺めているのか?

和美は思い出していた。恩師がくれた言葉を。
「『みんな』になる!」

和美は考えていたのだ。
「私がハルに繋がりたい」と。

《小説》交換日記 第1章 ハル 第1話

《小説》交換日記 第1章 ハル 第1話

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-10-22

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