石田の場合

 今までの人生に「悔いはない」と答えられるほど出来た人間でもない。

今日この日、石田は行くはずだったイベントをすっぽかしてMacの画面を見つめている。
行かないと決めたので気を負うこともない。
冷めきったコーヒーが入ったマグカップを左手に持って、静寂を楽しむ……訳でもなく、
これはどこか外国の、そう、ニューヨークかシカゴ辺りにあるカフェ内の、いわゆる雑音をアプリで流していた。
人間は全く音がない状態、もしくは騒々しい状態にいると想像力が削がれるらしいが、
適度な雑音の中にいるとかえって想像力を活性出来るらしい。
どこの出典だったか忘れたが。
「お気に入りに入れておこう」
石田はこの適度な雑音をアプリ内のお気に入りに追加した。
「……大丈夫かね」
石田の視線の先にはMacの画面に映し出された、とある人物の動画が一時停止の状態で止まっていた。
この文面が創造されていく直前まで見ていた動画だ。
適度な雑音が良い、という情報もこれで仕入れた。石田の目下のお気に入りである。
とにかく勉強家な28歳の男性が次から次へと知識を提供してくれる動画なのだが、その中に無駄な情報はひとつもない。そこが気に入っていた。
人間の頭にはこんなに知識が入るものなのかと驚愕する一方で、自分もこうなったら……という想像を繰り広げる。
石田はこの一ヶ月、とにかく没頭した。
 そのおかげで集中力は格段に向上した。以前までは本を買ってもーーとくに難しい本は半分ほど読んだところで次の本へ浮気したり、そのまま「積み本」と化してしまうなど日常茶飯時だった。
だから本の前半だけはやたら詳しいが後半は全くの無知という損な状況を自ら作り上げていた。
 だが今は違う。
集中力が上がったことで、一冊一冊きちんと最後まで読めるようになった。
もちろん難解な本や、分厚い本は途中で集中力が切れるが、それは自然な現象らしい。
その時は目を休ませたり、アーモンドを食べたりする。そのまま寝てしまい、気がつけば夜という情けない時もある。
やはり本は良い。
石田は哀愁深くそう思った。
色んな人の、色んな頭の中が覗けるからだ。
昔、こう言っていた人がいる。
「偉人の頭と取り替えるのは不可能だが、偉人の知恵を借りることは出来る」
数年経った今でも覚えている言葉だ。
その影響か、石田はビジネス書や自己啓発書を読むのが好きだった。
小説は自分が好きな人、尊敬している人、仲の良い人が勧めたら買って読んでみる、そんな程度だった。
かといってファンタジーが嫌いという訳でもない。むしろ好きだった。
小学生の頃は、自分は本気で月の使者だと思っていたし、30歳間近になった今でも鳥山先生作品のように
気を集めて何か出ないかーーという可能性を無下に扱ったりはしない。
この30年間一度もそういった現象に遭遇したことはないが、この地球上にいる全人類の中で一人ぐらいそういう人がいたっていいじゃないかと思っている。
人間はなぜ魔法を語ることが出来るのか。それはきっとこの歴史のどこか、もしかしたらホモハビリス辺りは魔法が使えたんじゃないだろうか。知らないことをなぜ想像出来るのか。
科学と魔法、その他にも人類が知らないエネルギーと使用方法があって、今の人間の脳ではまだ取り扱い不可だとか、
人類にはまだ早いだとか、そういう神様が秘密にしているもの、つまり「神秘」を追う存在であり、進化の過程にいる段階なのだろうか?どう進化すれば使えるようになるんだろう?
とは言っても人間は自分に関する生体知識すら乏しいのにーー
 そんなことを延々と、いや嘘だ。30分程度はずっと考えていられる程に、ファンタジーも好きだった。
特に好きな作品は「はてしない物語」だった。偉大な物語創造家であるミヒャエル・エンデ作で、これはなんと説明したらいいのだろうか。
ただ読むだけでなく、奇妙な体験が出来る本、と言うべきだろうか。
これはぜひ皆に体験してほしい、出来れば純粋な人に。石田はそう思った。

 時計は23時を指していた。
相変わらずLINEの文面は既読にならない。いつも見るのは遅い方で慣れてはいるが、今回は早目に見て欲しかった。
送り先は小寺だった。
小寺は石田のひとつ年上で、石田の友達だ。石田が「親友」と呼べる内の一人だ。
(もう二人いる。村岡と長谷川という人物だ)
その小寺が最近悩んで電話をかけてきてくれたので、なんとか力になれればと思いアレコレLINEで送ったのだが、
「送りすぎたな……」
送った内容を見返してそう呟いた。
小寺なら温かく読んでくれるだろうが、それにしても少し先走り感が否めなかった。
けれどもやはり本心なので、これで良いと自分に言い聞かせ、LINEの画面を消す。
小寺のことが気がかりではあるが、連絡を待とうと心の中で小さく呟いた。

 石田は動画の続きでも見ようか、と考えマウスに手をのばしたが、そこで思いとどまった。
「今はこの物語作成に投じよう」
だが良いネタが思い浮かばない。こんな時は自分のノートを見るのが一番だ。
このノートは28歳のとある人物(ここではD氏としておこう)、このD氏が紹介していた「読書ノート術」を見て意気揚々と作成したノートだ。
 本を読んでも中身をさっぱり忘れてしまえば意味がない。何度も何度も読めば良いという訳でもなく(最近では東大主席弁護士による7回読み法という方法があり、なかなか効果があるらしい。そういう話もある)
じっくりゆっくり読めば良いという訳でもない。
そこでノートの出番だ。
ノートにとにかく書けば良いという訳でもない。ないないづくしで申し訳ないのだが、この手法は詳しく説明すると長文且つ説明文になるので割愛する。
このノートには本のことだけでなく、思いついた言葉やアイデア、マインドマップ、ブレインダンプやちょっとした落書きなんかが書かれている。乱雑そのものだが、別名アイデア帳なので、その方が良い発想が出来る。
汚い字にもメリットがあったりする。
 兎角人間は忘れる生き物で、この「忘れる」という機能が人間を助けているのだが、
アイデアについてはやっかいな機能だ。ほんの数分したらもう忘れている。思い出す確率も低い。
それはもったいないので、思いついたり考えたりしたらその場で書くようにしている。
先日は、「淀川にエヴァの足が浸かったらどの程度浸かるのか」ということを考えていた。
普段考えているのはそんなことだ。
他の人は一体何を考えて歩いているのだろう? もしかしたらあの人が見ている世界は精霊とかが飛んでいるのかもしれない、私には見えていないだけで。くうう……。

 さて、そろそろ飽きてきただろう。
というのも理由がある。
石田もこの話をどこに持っていこうか迷い始めたからだ。
この話を放り出して、本を読みに行ってもいいかななどと考えている。
ここまでお読みいただいたあなたには大変申し訳ございませんと言うしかない。
大変申し訳ございません。

けれどもひとつだけ弁解させていただけるなら、これだけは伝えておきたい。

今までの人生に「悔いはない」と答えられるほど出来た人間でもない。
けれど今は自分で自分のことを信じている。
願わくば、あなたの話も聞かせてほしい。

未完

石田の場合

石田の場合

自分のリアルタイムな脳内をアウトプットしてみました。 集中力を高める小技なんかも紹介しています。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-10-19

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted