愛され上手

来るまでいちにちいち緑茶(絆レベル0) 10/18 誕生花ムラサキシキブ

「いよぉ、マスター。モテモテだねえ」

 勿論、皮肉である。少年は疲弊した様子で微笑みを浮かべて、パイプ椅子を引いた。金属製のマグカップから異国的な香りの湯気が立っている。チャイでも淹れたのだろう。

「しかし、この時間になるまで解放してもらえないとはねえ。愛され系マスターも楽じゃないってか?」

 少年が頷く。溜息か飲み物を冷ます為なのか、曖昧な吐息がこぼれる。手元の薬草を束ねて布でくるみながら、真意を推し量ろうと耳をすませる。カップはいつまでも傾かない。どうやら溜息だったようだ。乾燥した葉がいくつか割れる。吸い付くような静寂の中にいると、全てに音があることを知る。夜のカルデアは完璧なシェルターだ。ここで一人夜明けを待つことを考える。気が狂うだろう。

「もう休むのか」
「オレが居ちゃあ邪魔でしょ」

 立ち上がろうと椅子を引きずると、悲鳴のような音がした。カルデア中の生き物が目を覚ますのではないかと肩が跳ねるが、勿論、職員もデミ・サーヴァントも微睡みの中だ。到底生き物とは呼べないが、英霊たちも恐らく。

「まさか。ロビンと話そうと思って来たのに」

 何やら雲行きが怪しくなってきた。そう言われては逃げられるはずもない。浮かしかけた腰をそのまま降ろす。乗り気なふりをして椅子を引く。また、世界を揺さぶり起こすような悲鳴が上がる。叫びたいのはこっちの方だ。

「へえ、そいつはまた、どういう用向きで? とうとう解雇通達とか?」

 勘弁してくださいよ。

「いや、そうじゃなくて。ロビンとまともに話したこと、余り無かっただろ」
「イヤまあ、そりゃあそうだが。何? 悩み相談? オレよりそういうの向いてる奴いるでしょ」

 これだからアンタのことが嫌いなんだよ。

「自分に指揮を任せてくれてる相手のことだし、なるべく皆のことを知っておきたくて」
「へえ、それで個別会話で好感度アップ作戦?」

 そういうサービス、こっちは求めてないんで。

「もしかして迷惑だったかな」
「いや、そういうわけじゃねーですけど」

 そうだよ。

 目の前の主人が苦手な理由は色々とある。昔の自分を見ているようだとか、そのくせ彼が救うものはかつての自分とはまるで桁が違うことだとか、そんな彼が歴史にはきっと記憶されず、無様な自分の空転はこの先も永遠に記録されたままなことだとか。けれど、それ以上に。

「でも、いつも真面目な話を避けてるだろ?」

 そういう、生真面目な顔をしてずかずか他人の触れられたくない部分に入り込もうとしてくるところだ。土足で入ってくるのならまだいい。玄関できちんと靴を揃えて脱いで、馬鹿丁寧にお邪魔しますの一言を添えたうえでのこのこやってくるから嫌なのだ。どうしたって追い返すわけにはいかなくなる。

「いやあ、それ言っちゃいますかね。大体キャラじゃないでしょ、そういうの」

 この世界には他者が溢れている。何億といる個体にいちいち真面目に向き合っていては身がもたないというのに。目の前の少年は至極当たり前に、全員と特別であろうとする。

「不器用だな」
「それ、アンタが言います?」

 他者に深入りすることは、その肩に乗せているものを一緒になって背負い込むことと同じだ。ほんの少しずつ譲り受けてきたつもりでも、いつの間にか人間をひとり押しつぶすのには充分な重量に成長している。ましてや只の人間なら尚更。

「じゃ、ひとつ手のうちを明かして人間関係のコツってのを教えてやりますよ」

 椅子が軋む。今度の悲鳴はいくらか遠くに聞こえた。青い目をした少年は、大真面目に白い頬をこわばらせている。いつの間にか異国の香りは遠ざかり、立ち上る湯気も薄らいでいる。咄嗟に曇れ、と念じた。

「人間関係は程々にすること。人の本音なんてロクなもんじゃない。誰かが口を開いたらすぐに耳をふさぐこと。……勿論、これもオフレコで頼みますよ」

布越しにハーブが砕けた音がした。世界が終焉を迎える時は、咳払いさえ轟音だ。

「ロビン」

 短い人生の中でたったひとつ手に入れた教訓だ。数多に仕える主のうちのたった一人のために歪める気は元からない。慇懃に戸を叩かれたのなら手土産を持たせて帰すまでだ。

 やがて廊下に響く自分の足音以外、何も聞こえなくなる。なるほど、世界の端とは、常に変動し続けるものらしい。

愛され上手

愛され上手

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-10-18

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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