ウェディングベール

帰巣

新しい建物と古びた建物が入り交じる商店街を僕の父が運転する車がゆっくり徐行する。信号が赤になり横断歩道を喋りながら歩く通行人を僕は薄目で見ていた。
父の退職を機に僕は10年振りにこの生まれた町に帰って来た。人口は10万人にも満たない小さな市。だけど居心地がよくて商業施設もあり買い物も困らないある意味いい市で僕はこの市が小さいながら好きだった。けれど父の転勤で遠くの地で生活を始め、親友と呼べる人が出来てからの元の地に戻るという話になったが、僕は迷わず後者を選択した。
町を過ぎ小さな畑や住宅街がよぎる。昔とは全然違っていて知らない所に来ているみたいだった。10年も居なければ変わるんだな、と思いながら昔の写真を見ながら外を眺めた。すると、草の手入れをしてない、遊具などが錆びた小さな公園を通り過ぎた。
「父さん、止まって!」
突然の僕の声にキイっと閑静な住宅街にブレーキの音が鳴り響く。ドアを開け、青々と生い茂った草道に足を下ろす。ふわっと少し乾いた草の匂いが鼻をくすぐる。
「こんな所で降りてどうしたの?家はもっと先でしょ。忘れたの?」
車の窓を半分くらい開けて母はくすっと笑った。目尻のシワがきゅっと目立ち、母さんももうそんな歳なんだなとしみじみ思ってしまった。
「そんくらい覚えてるよ。ここから歩いていくから母さん達は先行ってて」
車を見送り、公園の深くを草をかき分けるように進んだ。ブランコから漂う錆びた鉄の匂いは僕に過去を思い出させた。ブランコに腰を下ろすと僕の耳に年季の入ったブランコの板が軋む音が心地よく響いた。
すると花壇の方に目が行った。この公園は寂れているが、花壇だけは美しく整備されているようだった。花壇の方に足を運ぶと少しツンとしているがどことなく落ち着けるラベンダーの香りが僕の全身に纏った。
僕はだいぶ長い間6月の少し暑い太陽に照らされながら、ラベンダーと一緒に日光を浴びていた。すると草を踏む足音が聞こえ、人影が見えた。
「何...してるんですか?」
僕はその声の人物に驚きを隠せなかった。
怪訝そうに僕をじっと見つめるジョウロを持った彼女。
「すみれ...だよな?」
「そうだけど...。もしかして風ちゃん?」
すみれは僕の名前を「風真」だから風ちゃんと呼んでいた。10年前の事なのに、ちゃんと僕の事を覚えていた。
「やっと帰ってきたんだ...遅いよ」
すみれの目尻にはうっすら涙が光っていた。僕も釣られて涙が出そうになり、慌ててこらえた。
「ごめん...10年も放ったらかしにして」
ポケットに入っていた青のハンカチを差し出し、すみれは小さな声で「ありがとう、変わってないね」と言って受け取り、そっと涙を拭き取った。青のハンカチはすみれの涙で藍色に染まっていた。
「家...変わってないの?」
「あ、ああ。変わってないよ」
借家という形で不動産に僕の家は物件になっていたが、1度は入居者がいたが1年もたらずにまた引っ越していったらしい。それからずっと空き家になっていた。まあ、ありがたかったかもしれない。
「...おばさんのロールキャベツが食べたいな」
すみれは俺の母さんの作ったロールキャベツが大好物だった。すみれの家は共働きですみれの父さんは早く帰ってくるが母さんは遅いため、よくうちで一緒に晩ご飯を食べていた。
「あのなぁ...俺達今日こっち来たんだぞ。そんなの忙しくて母さん作れる訳ないだろ
ちょっとくらい遠慮しろよ」
するとすみれは俺の腕にぎゅっと抱きついた。僕と定規1本くらい背の違う彼女の髪から昔と変わってないほんのり甘いシャンプーの匂いが漂った。
「つ...つかむなよ!」
すみれはじっと僕の顔を見てにかっと笑う。
「風ちゃん家にレッツゴー!!」

ウェディングベール

ウェディングベール

高校生2年生の木戸風真は10年振りに生まれ育った町に帰る。風真がこの町に帰るのには理由があったーー。 それはそれは幼き日にした大切な約束を守ることだった。そして約束の相手、泉堂すみれに再会する。約束は守れたと安堵した矢先に、とんでもない事態が発覚。 実は親友、西崎大宙の彼女になっていた。 不器用で口べたな男の子と約束を待てなかった女の子の物語 風真はすみれにウェディングベールをかけてあげられるのか?

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-10-10

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