執筆中その3 ミス・タンブリン・ガール

執筆中その3 ミス・タンブリン・ガール

 お手紙読んでくれましたか?
わたしはあなたの声が好きです。
あなたの耳の形が好きです。
あなたの首筋が好きです。
あなたの二の腕が好きです。
あなたの筆跡が好きです。
あなたの履いている靴下の柄が好きです。
あなたの唇の色合いが好きです。
でも。
あなたのお顔はあまり好きではありません。


 「なに聴いてるの?」
教室の窓辺の席で一人静かに座る僕に声をかけてきたのは勝野ゆいだった。
ゆいの顔はいつもつまらなそうで、
雰囲気もクラスのみんなとは30センチくらい地面から浮いている感じだ。
「木村カエラ」
僕はそれだけ言うとまたイヤホンを耳につけようかと思った。
でも、ゆいが何か言いたげな顔をしていたのには少しそれもためらってしまった。
「どうしたの?」
その言葉を待っていましたと言わんばかりにゆいの顔がほころんだ。
「わたしね、小説書いてるの」
だから読んでほしいの、と言った。
「僕に?」
そう聞いた僕にゆいは
「当たり前じゃん、前野くん」
そうだよね、と僕。


 「私もカエラは時々聞くんだ」
ゆいはそう言った。
でも、それは今本当に言いたい事じゃないんだろうな、
ということは少し世間のみんなより疎い僕にもわかった。
僕のそんな気持ちを察したのかゆいは言った。
「あのね、前野くん。わたしのお願い聞いてくれる?」
お願い?
「小説を読んでってこと?」
「それだけじゃなくてさ」
ゆいは少し言いづらそうな顔をして言った。
「タイトルを考えてほしいの。わたしの小説の」
宿題手伝ってよ、と同じようなノリで言われましても。
それに僕は人並みにしか本は読まないからな。
ちょっとだけ困ったことになったな。
「お茶の子さいさいだよ」
ゆいは楽しそうだった。
ゆいは感情の起伏が激しい。



 
 ゆいの小説は訳がわからなかった。
それは僕の理解力が乏しいという訳ではなく、
かといってゆいの文章力が格別低いというわけでもなかった。
単純にゆいの書くお話はぶっとんでいた。
サイケデリックという言葉をお話にしたらああなるのかもしれない。
ゆいはそういうお話を意識して書いているのかどうかは別として、
あの奇抜で不可思議で恐怖すら感じる文章はすごかった。
とてもじゃないが、この高校で彼女の小説を理解できる人は一人もいなそうだ。
面白く無いというわけはなく、
というかむしろ面白かった。
理解するのと面白いと感じるのは違うのだな、
と再確認できた。
ゆいにこう言った。
「面白いね。でも、タイトルがまったく思い浮かばないよ」
そっか、とゆいは言ったが落胆しているわけでもないらしかった。



 僕のクラスに赤松れいかという女子生徒がいる。
れいかさんは女子生徒の多くかられいか様だなんて呼ばれている人物で、
女王様のような雰囲気をまとっている。
目が大きく可愛げのある顔だが、
特別際立って可愛い顔立ちではないが愛嬌はある。
れいかさんは女子生徒らにれいか様と呼ぶ事を一度も強要したことはないらしく、
皆が勝手にそう呼んでいるらしい。
僕は一度もれいか様だなんて呼んだ事はない。
というか女子生徒を下の名前で呼んだ事なんてほとんどない。
 れいかさんはゆいの小説の中にも出てきた。
名前こそ変えてはあったが読んでいる最中にその事は理解できた。
 赤松れいかは宮藤れいこの名で登場していた。
主人公の通う高校を手中に収めている女王様的存在で、
気に入らない生徒を火あぶりの刑に処してしまう問題児だ。
シナリオを省いて説明すると、
宮藤れいこは最期は鳥になってしまう。
主人公の唱える「アブラカタブラ」によって、
彼女はリョコウバトになってしまうのだ。
そうしてそのリョコウバトはどこか遠くを目指して飛び立てしまう。



 「ちょっときみ」
ホームルーム終了後に帰る準備をしている僕をクラスメイトの女子生徒が呼び止めた。
細い眉毛をしたスケバンみたいな女子生徒だ。
その後ろには子分みたいな感じで2人の女子生徒が立っていたが、
構図的にそう見えるだけだろう。
「なに?」
ぶっきらぼうに答えようとしたわけではないが、
どこかぶっきらぼうな言い方になってしまう。
「相変わらず素っ気ない喋り方だね。
れいかさまがお話したいことがあるんだって」
「赤松さんが?」
「うん。教室で待ってて欲しいんだって。
多分図書室掃除は20分もすれば終わるからさ。
てか、あんたも図書室掃除じゃなかった?」
「まあ。名目上は」
要するにさぼりだ。
ま、私も時々さぼるから人の事は言えないけどね、
とそのスケバンは言って帰って行った。
子分もその背中を追って行った。



 帰ってもよかったのだ。
実際、赤松さんとは普段からまったくもって話さないので緊張していたし、
しかも何を言われるかわからないまま待っているのはつらいし。
でも、僕は待っていたのだが、これは心のどこかで赤松さんから愛の告白をされるのでは、
と妙な期待でも抱いていたのかもしれない。
別に僕は赤松さんにそんな感情を抱いた事はないし、
多分彼女も同様だとは思うのだが。
 赤松さんは20分ほどしてから教室にやってきた。
教室の隅で頬杖をついて待っている僕を見て変な顔をしていた。
その原因は待っててくれたんだ、という嬉しい気持ちと、
なに掃除さぼってんだよ、という怒ってる気持ちの融合なのかもしれない。
「待っててくれたのは褒めてあげよう」
れいかさんは開口一番そんなことを言ってくださった。
ありがたいお言葉だなんて僕は思いませんが。
「でも、掃除さぼるのは駄目だよ」
「いつもの事だよ」
「それじゃあ尚更だ」
そう言ってれいかさんは僕の目の前の席に座った。
グレーの地味なカーディガンを着ていて、
上品ではないが可愛さが漂っていてどこか僕を誘惑しているんじゃないか、という色気さえ感じた。
「話ってなに」
香水の匂いがする。
シャンプーの匂いかもしれないけど。
「あのね」
どこか話しづらそうな顔をしていた。
「わたしの書いた小説をぜひ読んでほしいの」
この高校の女子生徒は皆小説を書いているのかもしれない。


 思い起こせば赤松れいかさんもどこかフワフワしていて、
この人も皆より数十センチほど浮いている人であった。
基本的にはお馬鹿なんだけど、
時々テストで97点だとか高得点を叩き出したり、
趣味がプラモデル作りであったり、
私服が典型的サブカル女子であったり色々変わっている。
私服はクラス替え直後の遠足で一度見ただが、
あれでもう変わり者なんだな、と薄々感じてはいた。
おまけによく分からない音楽を聴いてるらしいし。
「乱数放送」というスパイ専用ラジオの音源を集めた「the conet project」を愛聴しているという噂を聞いた事はあるが、本当かどうかはわからない。
 そんな変わり者の書く小説なのだから変わっているんだろうな、と思ったら
本当に変わっていて安心した。
この人の小説の主人公は赤松さん本人だった。
魔法使いで作家で靴屋の娘という設定で、
住んでいる街はスペインなんだかスウェーデンなんだか終止わからなかった。
恐らくこれは僕の理解力が悪いのと、
れいかさんの文章力の高さの両方が起因となっているに違いない。
終わり方もすごかった。
最後の最後に「未完」とある。
恐らくは夏目漱石の「明暗」や、
太宰治の「グッドバイ」にでも憧れているらしい。
そう言えばこの小説の始まり方も「吾輩はれいか様である」とあるのだから、
コンプレックス丸出しだ。


 「わたしがこんなの書いてること、みんなには内緒ね」
読み終わり、茫然自失している僕にそう言った。
人差し指を彼女の唇の前に立てていてとても可愛いらしい。
「それでさ」
「タイトルを僕に考えろと?」
「よくわかったじゃないの、褒めてあげましょう」
流石の僕にもそれはわかった。



 結局、タイトルは保留にした。
想像力なんて微塵も無いような僕にタイトルを捻り出すだなんてことは至難の業だった。
帰り道、途中までは赤松さんと一緒なので歩いて帰った。
「髪の毛可愛いね」
お世辞100%で愛を込めて赤松さんに言うと「むふ」っと奇妙な笑い声をあげた。
よく見ると顔が金魚みたいだ。
昔見た「金魚注意報」という漫画を思い出す。
この金魚みたいな赤松さんの髪型はコロコロ変わる、という訳でもないようだが、
時折変わる。
今は毛先がクルクルとカールしていて巻貝みたいだ。
実際、僕と勝野さんは「巻貝」と呼んでいる。
そうして交差点で僕らは別れた。
ここでモテる男は機転を利かして家まで送るだなんてするんだろうが、
僕はそうはいかない。
遠ざかって行く赤松さんの背中を見つめている僕は、
僕の中に赤松さんへのちょっとした恋心に似たものを発見して顔を赤らめた。


 男は夜道を歩いていた。
男の手には月明かりが反射した包丁が握られていた。
そうして彼の目の前にはゆらゆらと歩く乙女の姿がある。
その背中までの距離は10メートルもなかった…。



 自分が過去に書いた小説をたまたま発見してしまうことほど恥ずかしいことはない。
一貫しない一人称、やたらと多い登場人物、ほとんど破綻したシナリオに加えて、
話が途中で終わっていたら赤面どころの騒ぎではないだろう。
「未完」だなんて生易しいことは言っていられない。
ひょっとしたら4半世紀は引きこもらざるを得ない精神状態に陥るかもしれない。
大抵の小説は不要となったノートの後ろの方にでも書かれている物で、
僕の場合もそうだった。
今思えば理解不能なニックネームや必要の無い特殊能力なんかを大量に書いていた僕は救いようの無い阿呆だったのかもしれない。
そんな小説を嬉々として友人に見せていない分、まだ救いはあるのか?
そんな事を考えながら僕はメロンパンを齧っていた。
小説風に言うと「僕はそんな風に思いを馳せながらメロンパンをゆっくりと口に運んでいた」
僕もまだまだいけるかもしれない。
いや、無理か。


 ゆいは可愛らしいが友達は少ない。
校内での女友達は数える程しかいないと本人も言っていたほどだ。
嫌われていたわけではなかったし、
皆から敬遠されていた訳でもなかった。
ただ単に不運だったのだ。
赤松さんという人を妙に寄せ付ける変わり者が同じクラスにいたのが間違いだったのだ。
それに比べるとゆいはそこまで人を寄せ付けることはなかった。
よく言えば素朴で、
言い方を変えれば魅力がなかったのかもしれない。
でも、僕は素朴が好きだ。
劇的な日常より素朴な日常を望む、
だなんて言ったらそれはどこの学園小説の主人公だい、
とでも言いたくなるが、まあそういうことだ。
そうして僕も素朴で、ゆいはもっと素朴だった。
れいかさんをフルネームで言える人は数多くいても、
ゆいの名前をフルネームで言える人はどのくらいいるだろうか。
試しに聞いてみようか。
きみはゆいのフルネームを言えるかい?



 「ゆい」
僕はゆいの手を静かに握ってそう呟いた。
ゆいは僕の手を静かに見つめていた。
もう一度呼んであげよう。
「ゆい」
漸くゆいが答えてくれた。
「なに?」
それは冷たい答え方ではなかった。
僕の耳が正しければそうだった。
ゆいは僕に一度も冷たい態度をとったことはない。
ゆいは静かな顔をしてその唇の潤いを僕の瞳に反射させる。
その度に僕は悲しくなった。
だから僕は言った。
「好きだよ」
そうして僕は夢から覚めた。


 なんであんな夢を見たんだ、と考えている時、
ゆいが以前、僕に言った事を思い出した。
「小説の中では私は神様なの」
その時の僕は「神様?」
と聞き返していたのかもしれない。
「例えばね」
とゆいは言った。
「例えばね、私は私の小説の中で政治家になれるし、
すてきな恋人と付き合うこともできる。
それから、嫌いな奴を殺す事だってね」
ゆいの目は輝いていた、気がする。
僕の目が正しく機能していればの話だが。
「普通の日常のお話とかは書かないの?」
ちょっとした質問をしてみた。
ただ、反論めいた事をしようと思った訳ではない。
するとゆいが質問に質問を重ねてきた。
「前野くんは普通の日常のお話を読むの?
普通に学校に行って、普通に授業を受けて、何事も無く帰宅するような」
「それはそれで面白そうだね」
僕の答えには無視してゆいは言った。
「わたしは日常的に起き得ないことを小説の中で表現したい。
カメレオンと結婚して、温泉卵に襲われて、
海にラブレターを書いてみたい」
だから、とゆいは言う。
「来世は小説の中の登場人物になりたい」
小説の中の住人達にも尊い命はあるのだろうか。
僕はそんなことばかり考えていた。


 どうでもよい事かもしれないが、僕は一つ思い悩んでいることがある。
それは赤松れいかさんのことだ。
別段、恋の話ではない。
ただ単に彼女をどう呼ぶべきか今更ながらに悩んでいるのだ。
僕は女性を下の名前で呼ぶ事に慣れていないということは以前どこかで書いたが、
ただ逆に苗字プラスさん付けだと嫌に距離感が生まれてしまうのが嫌なのだ。
赤松さんと呼ぶか、
それともれいかさんと呼ぶか。
決めた。
これから僕は彼女をれいか様と呼ばせていただく。
異論はなかろう。


 以前、僕の友人に小説の書き方を伝授した、
というか単に相談されて半ば適当に受け答えした記憶がある。
友人が悩んでいたのはストーリーそのものではなく、
それに絡む登場人物についてだった。
僕は彼の小説を一度読んだ時からある違和感を覚えていたが、
当初は何も言わなかった。
それがまた相談を持ちかけられて、
これは言ってやるしかないな、と思った。
 彼の小説は悪くはなかった。
ストーリーは一貫していて、
途中で趣旨が変わる事はないし、登場人物にくさいセリフを吐かせることもなかった。
主人公の一人称はちゃんと「僕」で統一されている。
そこら辺の点については全く問題が無かったのだが、
一つ気になったのは登場人物の多さだ。
というか名前が出てくる人物が多すぎる。
教室で一言二言会話しただけの人物に名前を与える必要はあるだろうか。
例えば、僕の場合で説明すると、
以前スケバンっぽい女子生徒とその後ろの子分みたいのが出てきたのを覚えているだろうか。
ここで名前をだしてしまえば、
スケバンは目黒さんといい、
後ろにいた子分みたいな2人組は白井さんと大谷さんなのだが、
あそこで3人とも名前を出してしまえば、
読者が絶対に「お、こいつらもストーリーに絡んでくるのか?」と期待してしまうから、
僕は敢えて名前を出さなかっただけである。
 彼の小説も同様のものだった。
大量に名前の出てくる連中はいたが、
それらのうち正確にストーリーに絡んでいたのは半分にも満たない。
だから僕はその点に関しては彼に忠告してあげた。
上記の理由で僕は彼の名前をここでは出さない。
というか彼もまた、このストーリーにはまったく関係しない。
これはあくまで余談である。


 以前、ゆいが書いた作文を読んだ事がある。
それは高校1年の時に書いたものらしく、
内容は人生と小説を対比する物だった。
世界中の人々(それぞれが主人公)は永遠の恋人(ヒロイン)を探して生きていて、
その時、自分とヒロイン以外の周りの人々は単なる脇役に過ぎないということを、
400字詰めの原稿3枚にびっしりと書かれていた。
 何で今更そんな事を言うのかというと、
最近、学校で久々に掃除をしている時にゆいのを含めて数十人分の作文の束を発掘したのだ。
それらは高校1年の夏休みの宿題であったことを思い出した。
僕は何て書いていたっけな、
と思い探してみたが見つからなかった。
当たり前だ、思い返してみれば提出した記憶がない。
適当にぱらぱらと見ていくとれいか様の作文用紙が見つかった。
タイトル部分には一際奇麗な文字で、
「インカ帝国の栄光と滅亡」と書かれていた。
比較をする為に他の人のタイトルを見てみた。
「北海道旅行」
「花火大会の思い出」
「弟が生まれた」
だいたいこんな感じだ。
「夏休みの思い出」
こんなの誰が書いたんだ、と思ったらスケバンの目黒さんだったので、
そっと作文の束に戻した。



 改めてれいか様の作文と対峙してみた。
まさしく荘厳であった。
タイトルだけは。
肝心の中身なのだが、
400字詰めの原稿用紙6枚に小説がびっしりと書かれていて、
インカ帝国の文字はどこにもでてこなかった。
小説の中にウパニシャッド哲学を愛する乙女(れいか様の自己投影?)が出てきたり、
アヘン戦争の生き残りが登場したりはしたが、
インカ帝国との関連性は0に等しかった。
作文の最後の空白に「もう一歩」のスタンプが押されていてその横に、
「作文と小説は違います」とあった。
当然である。


 ある日の昼休み、僕が教室で一人で自分の席に座っているとゆいがやってきた。
「小説のタイトル想い浮かんだ?」
忘れていた、大切な事なのに。
しかし、忘れていたとは口が滑っても言えなかった。
「考えていたよ」
これは嘘。
「でも思い浮かばなかった」
これも嘘。
「そっか」
ゆいはそう言ったが、それにはやっぱり落胆の色は見えなかった。
でもね、と僕は言う。
「面白かったよ」
これは本当。
「お世辞?」
ゆいは笑うと八重歯が可愛い。
もっとそのまま笑っていて欲しかった。
「そうでもなさそうだね」
そうしてまた八重歯を見せてくれた。


 れいか様が今日も僕のところへやって来た。
れいか様はいつも上機嫌な顔をしていたが、
今日はそうではないらしい。
ひょっとしたら無抵抗な僕に愚痴話を一つや二つはこぼす気なのかもしれない。
「どうしたの?」
ここで聞いてあげるのが社交儀礼なのだと僕は知っていたから聞いてあげた。
別に聞きたくはないのだが。
「前野くん。ゆいちゃんとどういう関係なの」
どういう関係と聞かれても。
「いや、それは普通のさ」
「普通のカップル?」
「えぇ?」
なるほど、れいか様はどうやらゆいに嫉妬しているらしかった。
れいか様には彼氏の一人もできたことがないらしいし。
所々端折って関係を説明すると、
それでよい、だなんて言ってどこか満足気だった。
やっぱり変な奴だ。
「れいか様、本題はそれじゃないでしょ?」
あら、よく気がついたわねとでも言いたげな顔をして、
「そうよ、タイトルよタイトル」
「やっぱりそれか」
「やっぱりってなによ」
「良いタイトルがあるんだ
インカ帝国の栄光と滅亡っていう」
やめて、とれいか様は叫び僕の耳は一瞬だけ聞こえなくなった。
凄い声だった。
ジェット機のエンジン音はこんな感じなのかもしれない。


 その日の夜から本格的にゆいの小説のタイトルを考える事にした。
手始めに、ゆいに関する言葉をあれこれノートに書き連ねてみた。
そのノートとは僕が過去に書いた小説が載っているやつだ。
今では黒歴史のノートなのだが、
手近にあったどうでもよいノートはこれしかない。
 サイケデリック、変人、清楚、妄想癖…妄想癖!
ゆいは幻想を書き連ねる、だから妄想癖。
それから。
八重歯。
うん、八重歯。
でも、八重歯をタイトルにする気はなかった。
僕は一杯のサイダーを飲んでから、歯も磨かずに寝た。



 答えは湧かなかった。
明日、ゆいに謝らなきゃね。
 「おはよう」
登校時に僕とゆいはよく会っていたが、
今日だって例外じゃない。
「タイトルさ」
珍しく僕から切り出した。
「あ、学校着いてから教えてよ」
ゆいは僕がタイトルを思いついたとでも思っているらしかった。
僕はゆいの奇麗な髪を見ながら歩いた。
きれいなショートのボブヘアーはゆいの顔によく似合っていた。



 最後に君に一つ質問しよう。
これが全部僕の妄想だって言ったらきみはどうする?

執筆中その3 ミス・タンブリン・ガール

執筆中その3 ミス・タンブリン・ガール

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-10-09

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