心臓の花

初投稿です。主人公は山月記の李徴がモデルです。←気がついたら、影響をバリバリ受けてしまった・・・

心臓の花

若く優秀な芸術家がいた。才気あふれ、闊達な青年は、まさにこれからという時であった。
ある日左胸がチクリと傷んだ。青年は全く気にしなかった。
そうして、数日経った。青年は息苦しさを感じるようになり、病院に行った。医師から告げられた言葉は無情だった。
 
心臓結晶化病といわれるものです。これは、細胞の突然変異により起こり、具体的には血液が石のように硬くなり、心臓にいたっては、完全に鉱石のようになります。そのため体は動かなくなっていきます。残念ながら治療法は見つかっていません。もって後2年でしょう。

青年はあらゆることを試した。治せるならと、怪しげな呪術もためした。すべて意味がなかった。
しかし、周囲に相談はしなかった。彼は、嗤われることが恐ろしかったのだ。
青年は絶望した。今から俺の時代が始まるのだ、それをなぜ、なぜ、なぜ、どうして、どうして。
俺でなくてもよかったのに、俺以外ならだれでもよかったのに。ああ、ああ、ああ。
彼は、絶望のなかで狂気に触れた。作品をつくっては、壊した。作品を作る度、うごかない手に苛立った。天才の彼が味わったことのない、自己嫌悪が沸き上がってきた。
しかし、彼は芸術家であったから、どれほど自己嫌悪があろうと絶望があろうと、造らずにはいられなかった。そうしないことは、芸術家である彼が許さなかった。もし許してしまえるなら、芸術家である彼はすでに死んでしまっているのだ。最も彼はそんなことに全く気付いてはいなかった。
とうとう限界がきた。余命まではまだあったが、もう満足な作品を作ることも微細な部分を作ることもできなくなっていた。彼は最後の作品を作ることに決めた。
心臓結晶化病でできる心臓の鉱石は別名薔薇の蕾と呼ばれる。初めてこの奇病が発見されたとき、医師が心臓を薔薇の蕾に例えたことから巷でそう呼ばれるようになった。心臓の形状故決して咲くことのない花であった。
彼はこの花を咲かせようとしたのだ。
彼は、病院に通いCTをよく撮った。心臓の形状をよく見る必要があった。そうしていかにすれば、花を咲かせることができるのか考え続けた。
その日彼は友人に電話をした。同じ芸術家であり、無二の親友であった。自分が死んだら心臓にある作品をを完成させてほしい。そうなるように自分は取り計らっている。これは自分の生涯の頼みだ。どうか頼む。
寡黙な友人であったから、彼が電話で話しているのに何も言わずに聞いていた。友人は最後に、そうか、では必ずとだけ言った。彼はその言葉で完全に安心した。
電話を終えると感覚を麻痺させる薬を飲んだ。そして彼は、ナイフを自らの胸に刺した。凄まじい痛みと熱さ、加えて興奮を感じた。何度か場所を変えて刺した。そうしないと、薔薇は咲かない。彼は血汚れていく柄を握り返そうとはしなかった。再び握れる自信はなかったのだ。
彼の死体は家族に届けられた。しかし、家族からの反対は強くあったが、彼の遺書と親友の頼みによって心臓の部分だけは親友のものとなった。焼却炉から出てきた骨の中に深紅のものがあった。
親友は列の最後にいたので、その形を確かめることはできなかった。最後に並んだのは、ただ遠慮してだけではなかった。彼の親友として彼の作品に自信があったのだ。作品をなるべく多くの人に見てほしかったのだ。彼が単に自らを殺めたのではないことを知って欲しかった。
列の進みは遅かった。誰もがその結晶を見ていた。彼は笑い出したい気分だった。誇らしかった。辛うじて葬式なのだという思いが微笑だけにとどめさせた。やっと番が回ってくると、深紅の薔薇を見た。美しい薔薇の形であった。それを骨壺の中に収めた。
その後彼の名前で展覧会にあの薔薇を出した。彼が手伝ったことと言えば、作品を磨いたことだけだった。もう作品は完成していたのだ。

薔薇は絶賛された。新聞は一面にその記事を載せた。作品の悲劇性と美しさが聴衆に受けたのだ。今世紀最高の作品と言われた。著名な芸術家たちは、これほどの才能を早くに亡くしたのは惜しいと口々に述べた。しかし、誰もが、これほどの作品を残せたなら幸せだっただろうと言った。


作品には心臓の花と名付けられた。

心臓の花

親友と打ってたところが、後半で「彼」になってますが、これは親友に主人公「彼」が乗り移ってるor親友は主人公の心になって悲しさを殺さなければ、主人公の心臓を加工できなかった、みたいな。

心臓の花

男は若く優秀な芸術家であったが、不治の病、心臓結晶化病に侵されてしまう。作品を作れなくなる恐ろしさに震える主人公は、ついに最後の作品を作ることにする。

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • SF
  • 青年向け
更新日
登録日
2015-10-01

CC BY-NC
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